- FARION MES( 1):【居酒屋1999】雑談・自己紹介--------<06> 93/01/05 - 194/244 SDI00635 みれ RE:はじめましてMOLYXと申します。 ( 1) 93/01/04 18:02 163へのコメント  ようこそFARIONへ・・・MOLYXさん!  居酒屋の女将の「みれ」です、よろしくね(^_^)。  女将とは名ばかりで、客に紛れてカウンターの隅でバーボンのグラス重ねて くだを巻いていることが多いのですが(^_^;)  ARIONも、神出鬼没を決め込んでいますし(笑)、好きな酒を飲みながら 好きな人達と好きなことを話しているのが一番かな?とか思ってます。  ARIONは、誰のところにも行きますし、あたしも誰のところでも話します。 ここ居酒屋は、初めての方も常連の方も関係なく「正直で素直で無邪気で、不思 議なことや偉大なる者への畏敬の心を持つ」人なら、間違いなく楽しめるところ ですし、各会議室も同じ様な傾向があると言えますね。  MOLYXさんは、お酒は飲めますか?  飲めるんなら、あたしのボトルから奢っちゃおう〜♪ ★世紀末フォーラム/SYSOP/SDI00635/みれ★ 234/244 GBG02043 維/YUI 今日(1/5)のメッセージに ( 1) 93/01/05 11:33 コメント数:1 >>幾星霜の年月を経て、ここでやっと出会えたね・・・維/YUIさん! ?  ・・! おひさしぶり・・?かなっ?! (^_^) でも、心のずっと奥底で遠い昔にした約束のことを きっと覚えていたのよね。 いままで、なんどもなんども呼びかけられたり、肩を叩かれたりしてたのに ずっと、ずっと気づかないでいたのかなぁ・・・>私。 ごめんなさい。 m(_ _)m 出会えたのはいいけれど、その先はどうなっていくのだろねっ。 前はわからない明日以降って、怖かったりもしたけれど、 今はなぜだか割りと平気なの。 わかっていたって、ある意味では一緒なのだもの。 私は私の心のままに、せいいっぱいのことするんだもんっ!! 自分に自分以外に、誠実でいることって・・・むずかしいけれど 本当は一番楽なことって、改めて思う。 自分の気持ちが安らかで健やかでいなければ、人様のことなんて手伝えないもん。 はぁ〜〜〜〜〜。   でも、やっぱり・・・ぐれるときはぐれるんだけどさっ!! (^_^;;)                             維/YUI。 235/244 PBC02112 宇宙猫 新年のご挨拶. ( 1) 93/01/05 13:08 コメント数:1  あけましておめでとうございます.  予定より少し早くアクセスすることができました.  妄想かもしれませんが,年頭に当たって感じるのは,  これから本当の世界になってゆくんだなー,ということです.  とっても嬉しい反面,一生懸命本当の自分を生きなくては,というふうにも  思ったりします.(自分に対して)  でもそんなこともとても楽しく思える.  今年はどんなことが起こるか楽しみです. 240/244 SDI00635 みれ RE:自己紹介です! / せう゛ぇる ( 1) 93/01/05 16:04 222へのコメント いらっしゃいまし〜、せう゛ぇるさん(^_^)  黒魔術と悪魔ねぇ・・・(^_^;)、黒の方は、あまりお薦め出来ないなぁ(笑)。  世間で知られてる黒魔術や悪魔の感覚って、少し斜に構えた感じの不良っぽい 魔術くらいに捉えられていることが多いのだけど、事実は結構恐ろしいものがあ って、あたしゃゼーッタイに近づきたくないもんです(^_^;)。  そもそも魔術の力は一つなんだけど、それを利己的な目的で利用すると黒にな る道へ踏み出すわけなんですよね。ま、せう゛ぇるさんが「良い子の魔術」の方 へと歩んでくださるように、皆でオマジナイを・・・ヲイヲイ・・(笑)。  ここのフォーラムは、居心地良いですよ(SYSOP自らの言、間違いない(~^~)エッヘン)  よろしくねー。             ★世紀末フォーラム/SYSOP/SDI00635/みれ★ 241/244 GED02746 りお 天使のたまご ( 1) 93/01/05 16:06 229へのコメント >> ひょっとかして,押井監督だったかしら そうです.脚本・監督が押井守で,天野喜孝さんがアートディレクション を担当してました.<箱舟>の中で<卵>を抱いている<少女>と,<戦車 >に乗ってやってきた<少年>が出会う物語でしたね(こう書くとぜんぜん 訳がわからんな(^^;).わたしは好きだったんですが,「見てると眠くな る」という人もけっこういたなあ(^^;) 242/244 SDI00635 みれ RE:今日(1/5)のメッセージに ( 1) 93/01/05 16:15 234へのコメント  うんうん、維/YUIちゃの言う通り、「出会えたのはいいけれど・・・」ってね。  遥かなる昔の約束・・・そして邂逅・・・そして、そして、そして(^_^;)。  人としての現実生活やら何やらと、魂の活動と・・・この二つの異なる位相を持った 世界にまたがる「想い」は、時折、相容れない感情を引き起こしたりして、生身の 感情には制御が困難だったりもするけれど、それでもやっぱり「出会って良かった」 と、きっと思う「出会い」であることは間違いないのよね。  高原の朝のすがすがしい空気を深呼吸するような、そんな気分をいつも味わえる お互いであれば、何も言うことはないのよねぇ(^_^)。  ぐれるときは、やっぱりぐれましょう(笑)。  心のままに精一杯のことをする・・・そうね、やりましょっ!                ・:*:・みれ・:・。,★ - FARION MES( 6):・壁(1)=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・= 93/01/05 - 174/180 PEH01157 酷使夢想 酷使夢想の会計学 ( 6) 93/01/04 23:48   酷使夢想のフロジェクト      地方自治体や政府はひとつの巨大な事業体(組織)である。   また、会社と呼ばれる存在もひとつの事業体である。   私はサラリーマンであり、会社と係わって生活してきた。   私はサラリーマンだから、会社と会社組織の基盤である経済に関心がある。      ARIONは、制度が変わるという。(正確の表現は失念したが)   だから、私は、制度の変革というものも経済や会社に関心がある。   法律、行政、政治などの関心がこれに続く。      このフォーラムの中で私は経済や会社の専門家といえる立場にあるだろう。   そこで、預言解読を詩で表現するという試みとは、別にこの6番の壁の中に、   こうした制度の変化というものについて専門的に分析していこう。   ただし、多少は、オカルティックなイイマワシを塩胡椒しておこう。      同様の書き込みを、FNWJ2にも書き込みをしていくつもりなので   あらかじめご了解いただけると、ありがたい。   ただし、あちらではARION色は落とすつもりだが・・・。      また、この書き込みを専門的にして、FLRARNかFBMAN1に書く。   興味のある方は、並行して読んでみて欲しい。   ただし、オカルト色をはずして純粋に学術的に書いていくつもりだが・・・。      さて、本題だが。   結論から述べると、資本主義社会の根本が破壊され、溶解していくだろう。        その動きは、すでに2年前からあらわれている。     それは天王星と海王星の働きが土星に及んでいるからである。     今、天王星と海王星は合とよばれる状態で、黄道上のほぼ同じ位置にある。     しかも、天王星と海王星は山羊座に存在している。     山羊座と土星を守護星としている。     天王星は破壊、海王星は溶解、土星は社会を固める役割がある。     だから、天王星は社会を破壊し、海王星は社会を溶解する。     この状態は占星術上の視点では、天王星と海王星の合がとけてからも続く。   資本主義の根幹をなすものは、私有財産である。   (パンツは誰のものかという枝葉末節な議論は脇におく)   私有財産ののの根幹をなすものは、父権である。   これを証明には歴史を古代にさかのぼってひもとく必要があるので話さない。      すなわち、資本主義社会とそのママ子である共産主義社会の崩壊とは   そのまま、父親というものの存在が消え去ることを意味する。   それは女性社会の登場である。        ここまで書いて、ARIONのメッセージを連想した人も多いだろう。     ARIONの発言は2重化が基本なので、もう1本の糸もたぐる必要がある。     それは、5月7日のメッセージにもあるが、簡単に示唆するにとどめる。      このフォーラムで今年おこったことをみて欲しい。      それを真っ直ぐに受け止められた人は何人いただろうか。      (私は、そういう話には縁ガなかったが・・・)      誤解して欲しくないのだが、      女性社会とは、女性が「エバル」時代が来るということではない。   女性社会とは、女性が男性の代替として社会に登場するということではない。   女性社会とは、女尊男卑という意味でもない。   さて、各論にはいろう。   当面の私の関心事は、会計制度である。   会計制度というものは、深く社会の構造と関係している。   会計制度とは一種の言語である。   言語とは、社会構造と、表層のレベルではほとんど不可分ものである。       それは、知的情報なり知識情報のレベルかもしれないが・・・    言霊という言葉もあるように、それは魂とも不可分だと私は思っている。   また、会計制度とは、歴史の中での慣習の蓄積である。   こうした歴史の積み重ねが壊れていくということが制度の崩壊なのだ。   だから、資本主義や共産主義を語る時、会計ぬきには何も話せない。   このことは、肝に命じておいた方がいいだろう。   アダム・スミスの重商主義、リカード、マルクスとケインズ(両者は双子の兄   弟なのだ)、サミエルソン、マネタリズム・・・。   こうした話もマクロ的には大事で、時々触れることもあるかもしれない。   しかし、第一に会計制度そのものを切り口に狭く切り込んでいきたい。   さて、この会計制度。企業会計だけではない。   家計もあろう。しかし、もうひとつある   それは政府の会計である。   私は、企業会計と政府の会計の両方について、今、おきていることを、   まず 話していこう。   そして、それが どんなにまやかしかということを、ふれていこう。   そして、最後に、会計制度というものがどう崩壊するか夢想してみよう。   それが何を意味するのか 一緒に考えていこう。   そして、最後に何がおきるか 一緒に考えていこう。   貨幣制度というものが破壊されるのではないか思っている人も多いだろう。   私は金融論とか財政学を視座にして本当に貨幣制度というものが、壊れるのか   どうかみる試みもするだろう。   少なくとも、預言部屋にあった貨幣制度の解釈は、1面的である。   信用貨幣と呼ばれるものの機能の1部はたしかに完全に触れられていたが・・      もし貨幣制度が壊れるとするとそれはルーブルからであろう。   そして、金本位制の復活からであろう。   続く - FARION MES( 7):★アリオン世紀末書き込み寺----------<01> 93/01/05 - 671/673 PEH01157 酷使夢想 あけましておめでとう ( 7) 93/01/04 21:12   大好きな親愛なるARIONへ      あけましておめでとうございます。   今、ここで、今年のARION計画のさらなる進展をお祈りします。      ARION。ご無沙汰ですね。      今年は、ARIONと画面の上でまたお目にかかれそうな予感ですね。   ARIONの発言が減ってからも、私は、時々(たまにだな)、ARIONと   天使族が、我々に注ぐ力を感じていました(夏と夏前後は休業状態だったよう   ですが・・・)。   我々が望めば、人は誰でも、みれを媒体に接触しなくてもARIONを感じる   力があるのでしょう。      でも、ひさしぶりにARION発言を読むと嬉しいものです。私は、ARIO   Nのメッセージ(私は預言よりメッセージの方が好きです)を欲しています。   とても寂しかったですよ。なんとなく、天使族が私をふってしまったような印   象がありましたから・・・。   はやく、こういう依存心から卒業したいものです。天使族は、本当は、必要で   ない方が ノーマルな状態なのですから(多分)      私は、私利私欲と社会的な成功(名誉(多くの人々からの賞賛)と金ですね)   という野心が強く、加えてガキ(男はだいたいガキですが)ですので、天使族   の意向に沿っていないかもしれませんが、なんとか世紀末を生きていこうと思   います。      私の今年から来年にかけての目的は、   ・ 一人の男として自立(月依存からの解放が当面の目標)   ・ 光の黙示録の解読   ・ ある社会的活動の立ち上げ   です。      自分をみる練習は、遅々として、進んでおりませんが(全然、やっていないと   いう方が正しい)、月依存と関係した話でもありますので、なんとか最初の壁   だけでもやぶりたいものです。      光の黙示録の預言の解読の方向を大きく逸脱した時には、ご指導いただければ   幸いでございます。      社会的活動につきましては、多分、天使族も関心があることと思いますが、   一言でいうと、ある巨大な組織群の活動をガラス張りにする仕組みをつくるこ   とです。93年はくみ、組の年 世紀末への仕組みが作られる年。その仕事が   少しでもできれば、と思っていますが、会社の中で売上につながらなくても   プロジェクトとして認知していただけるかどうかが障害になりそうです。      先の今年と来年の目標である自立と関係することですが・・・、   ある方からの示唆なんですが、来年6月くらいには、私にも大きな変化があり   そうです。私は、その変化に精神的に耐え抜くだけのものを準備しておかなけ   ればならないようですね。   今のところ、その時、かなりデカイものが私のまわりで動き、それに巻き込ま   れることになりそうだというくらいの予感しかありません。そのデカイものが   私自身の深層でもあるといった程度のことは鈍感な私でもわかります。      すでに、そのデカイものを抑えていた封印は、解かれてしまったようでして、   たまたまARIONが封印を解いた時期と重なっています。私の封印をといた   のが、ARIONか、はたまた天使族か、それとも悪魔か それとも 別のも   のかは わかりませんが・・・。      というわけで、どうも93年は乗り越えらそうにもありませんが、94年には   でっかい壁をやぶる試練が待っていそうです。93年は、その準備期間という   ことになりそうです。その時、私が望んでいたもの、夢にみていたものが な   んであったかを知るでしょう。愕然とするか、狂喜するか わかりませんが、   いずれの場合であっても、その状況で得たものの償いを、世紀末までに精算す   ることになりそうです。あ〜 こわ。      では、ARION 並びに 天使族の皆様 それから今のところ一緒に活動さ   れていると思われる龍神の皆様。計画の成功と成就をお祈りして 結びの言葉   とさせていただきます。    672/673 GDB00064 オリハル A・R・I・O・Nの意味の一考察 ( 7) 93/01/05 00:03 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。 以下に、「ARION」について自分なりに考えてみたいと思います。 ARIONが5体に分かれて活動しているというのは、どういう事なのでしょうか。 「宇宙言語」と言うのがあります。これは、DR.W.JOHN WEILGARTというドイツ出身のア メリカ人が、天使存在から授けられた「自然言語」で、精神病の治療にも使われている そうです。この言語は、「文字、発音、意味」が一つに調和している言語で、記憶に基 づく今の言語より、ずっと直観的な言語です。母音は、短音と長音の2つを区別し、意 味も違います。基本的に、アルファベットに近いです。 例えば、○と書いて、アと読み、空間を意味します。     〇と書くと、アーと読み、時間を意味します。     ”受話器の形”と書いて、Bを表わし、「一緒」(唇が一緒だから)の意です。    (BROTHER、BOTH等、英語でも、「一緒」の意味のある単語が多いように思う) ARION=アーリオーンと読ませるようですので、「アー・R・I・オー・N」です。 意味は、「時間・(陰に対する)陽・音・感覚(FEELING)・(質に対する)量」です。 まとめた意味としては、「全時間を通しての巨大な音楽」 この様な解釈は、正しいのかな? 全然怒ってないオリハル - FARION MES(10):★MWの深層心理研究室--------------<01> 93/01/05 - 082/082 PEH01157 酷使夢想 智美の夢日記 (10) 93/01/05 08:21 132行 私は、オカルティックを夢はほとんどみないんだけど、 MWの部屋は深層心理の部屋だとういことなので 一応,書き込みしておこう。 う〜んと。 え〜と。 夢は2つあるんだが、3つかな。えーと 明け方連続してみた夢です。 他にも、今日はみた夢があるんだが それは 仕事の関係だったと思う。( 忘れた) あまり愉快な夢ではなかったよ。オカルト関係ないので 書かない。 1  地球がなくなって 7と4の比率 (たして10にならないね。)  で地球から影響をうける妖精か女性の  天使のたぐいが戻れなくなる。(メイージピンク)  イメージとしては、仮面ライダーピンクの女性戦士を想像するよろし  この女性戦士のたぐいは イメージがQ.Ka.Kaなんだね。 帰還にかかる時間が、いろいろな天体別に説明があるんだが・・ 今は アンドロメダ(または銀河からの帰還には一日かかる)  もどれないとは、もどるための核がなくて、再生できない。  存在はあるんだけど、再生できないので 消滅する。  で 残るものが水とか いろいろのケースをシュミレーションする。  でも水は汚染されていてだめ。再生しても水のなかでとける。  で そのためにパンフレットが準備されていた。ハワイにあるのね。これが。  それは みれともうひとりの女性が管理している。  その女性が誰かは忘れたんだけど。Q.Ka.Kaだったような印象がある。  ハワイといっても地下のようなところにあって、  地球はほろびているはずなんだが、地球であって・・・地球ではない。  そのパンフレットは地球の物質だから  その妖精のたぐいは その物質を基礎にして 再生することもできる。  そのパンフレットを使って なんか戦う必要があるわけね。  で、そのQ.Ka.Kaは、何か理由があって これないわけだ。 で、私は、みれに 早く きてくれと懇願するわけなんだね。 2 みれ  ぶつぶついいながら みれ登場  なんと、びちびちのハイレグのビキニに着替える。 みれは、筋肉がしっかりしていて そうだな 南欧の色が少し黒い女性で、 まあ ワルキュレーのような印象があるわけ。 ぶつぶつ 文句を言っている。  「あたし 絶対 姑になんたら かんたら」と言っている。  「まあ しかたないから うんたら かんたら」 「これは 大きなカシで うんたら かんたら」 あんまし いい気分ではなかったね。わたしは だって 危機がせまっているんだぜ。 で あとは 忘れた。 3  あとは、今年は男の子が女の子を呪う時で  呪いグッツがやたらとうれる。  そのグッヅは 人のかっこも模倣した象徴的な けっこう大きい道具  それで、自分をふった女性を呪うんだよ。( 呪いかたは知らない) 人の骸骨を象徴していてね。 復活祭りのおもちゃのようだったよ。 だって 度黒か腰のところの骨はかぼちゃだったしね。  去年は女の子の呪いグッヅだったとよね。ということ  この商品は、ARIONたちが開発したもんだね。これが 私がみたのはひとりのものと 3人が縦につながっているものなんだ。 それを とっても狭い部屋で みるんだね。 私は ドアのところから 立って それをみているんだ。 で、あちこちがオカルティックなんだけど  女の子たちが、けっこう広い部屋で デートなんだからとか  せいぜいうぶに振る舞わないととか(女性は白人の女性だったよ)  けっこうアトラクティブな女性だったんだが 身長もあって ガッシリしている。  しっかりヌードはみてしまった。だけど そそらなかったね。多分 童貞の時と なんとかの時は ああだから こうだから(会話の中身は忘れた)  なんとか いろいろ言っている。  「ああ 危ないな 彼女は」と私は 思うわけ つまり呪われる候補者なんだね。  私は、それを天井からみてるんだね。  で、その部屋の左はしに小さな部屋があるんだが  そこで、 男の子がトイレとかバスルームで自殺する。  死して、呪いを成就させるわけだ。  で、そこは 寮か学生会館のようなところなんだが  次に、同じ寮か学生会館のようなところで、その儀式のようなものを  準備している。  いわゆるエクソシテストのシ〜ンが こう次々と  その準備は、ARIONをいれた天使族がやっているんだ。  必要なことだからと。  例えば、ドカドカと人がかえってくるからと  エレベータの側の  わざわざ、外にむかったドア(窓 とても大きい)を  あけて、シャッターのようなものもあける。  私は 外にいて 彼ら天使族の仕事ぶりをみている。  部屋の外からね。  そこへ人が帰ってくる。  どんどん 窓があけられていく。  窓のところに何かがぶるさがっている。  男の子のしんだ姿だよ。とても悪魔的なんだね。  人が外をみる。  私も 彼らとは反対に外庭のすぐ側でそのものをみている。  人が横たわっていて、そのあおむけ。  裸で  その腹から胸のあたりに、小さいものがうごめいている。  茶色のもの。こぶしくらいものが 数匹いるんだ。   でも おどろきはなかった。恐怖もなかった。  タンタンとシ〜ンをみているんだね。  で夢をみながら,獣の叫ぶような音が聞こえていて  今思うんだか、これは実際にそのような音が聞こえていたんだね。   で 覚醒したら 7時20分なもんで 私 あせるわけだ。  私が目をさましてから やんだ。  近所の家がかっているコリーなんだよ。遠吠えのような鳴き方をしていたの。  細部を思い出しながら かくと切りかないから これで夢はおしまい。  コメントは つけてほしいけど やっはり つけないでほしい。  コメント書く時間がおしいからね。夢を書き留めた方が意義があるから。  この夢は 自分で分析するよ。  私にとっては 比較的新しい テーマの夢なんだ。  どうも 様子がかわったみたいだね。 占星術で分析すれば、きっと共時性のあるシンボルがドカドカでてくるのは わかっているんだが、 それで ど〜した ってことになるから 星ではみない。 シンクロしたね〜で 喜んだって しかたないもんね。 あ そうそう それから こしの下の方が熱くなっている(肛門の上の腰骨ね) それがど〜しただね。去年の今頃もこういうことあったな。 ほっとくことにしよう。 仕事の嫌な夢にしてもそうだが、  正月早々 あまり嬉しくないことが 今年はおきそうだね。  特に仕事に係わる人間関係で嫌をおもいをするだろう。  だけど、嫌と思うのは自分だからね。自分に原因があるわけさ。 - FARION MES(11):★KAZEの神秘学遊戯団----------------<02> 93/01/05 - 486/491 GDB00064 オリハル 神よ! (11) 93/01/05 00:00 2つの道があるそうです。1つは、「自分」を強調してゆく超人の道です。もう一つは、「神」を強調する預言者、使徒の道です。前者を「修行の道」と呼んでもいいでしょう。後者は「信仰の道」と呼んでもいいでしょう。日本人の自然な発想の中には、精神的な 事柄に対して、「修行の道」、「超人の道」を思い浮かべる傾向があると思います。そ のため、一人の人に対して、その人の「欠点」や「長所」をことさらに注目しようとす る「見方」があります。しかし、この「見方」はひっくり返すべきだと私は思います。 「”神は”何故そのような出来事を創ったのか」とか「この出来事には如何なる意味が あるのか」というふうな、「神に注目した”見方”」に慣れ親しむことで、「自我的な 世界感覚」から解放されて行くと思います。 今年もよろしくお願いいたします、のオリハルでした(笑)。 487/491 GGA02514 KAZE ようこそ、竜人さん。 (11) 93/01/05 00:22 473へのコメント 竜人さん、はじめまして。 お部屋を覗いてくださって、どうもです。 僕は、当神秘学遊戯団の団長を務めておりますKAZEと申します。 今後ともよろしくお願いしま〜す。 (ちなみに、副団長はTAOさんがされています(^^)。) 当遊戯団では、いろんなテーマを幅広く扱っておりますので、 (「遊戯団」を「雑技団」と思ってた方がいらっしゃいましたが、 さもありなん、という感じもします(^^;)) 何からでも関心のあるネタから、ご自由にどうぞ。 僕にわかる内容でしたら、できるだけフォローさせていただきまので、 小舟にでも乗った気になって(^^;)、ごゆっくりマイペースでどうぞ(^^)。 これまで議論してきたりした内容は、DLにも登録されていますので、 お暇なときにでも、どうぞ。 これまで僕のメインテーマはシュタイナーでしたが、 このところ、中国哲学などに凝りはじめているKAZEでした。 488/491 GGA02514 KAZE 心の内の響きあいなど (11) 93/01/05 00:23 477へのコメント 隆ちゃん、どうも。 例年、年末年始は静かに過ごすのが常の僕にしては、 このお正月はなかなかに忙しいものになってしまいました(^^;)。 ま、いろいろありますが、ともあれ、今年もよろしく(^^)。 さて、高藤聡一郎さんといえば、なつかしい感じがしますね。 最近は「ムー」を読まなくなっているのですが、 まだそうしたテーマが何がなんだかよくわからないころ、 たま出版からでている「悠かなる虚空への道」というのを読んで、 ふ〜ん、「仙人」ってのはそういうものなのかあ、なんて思ってましたが、 今になって考え直してみると、この「仙道」というのは、 シュタイナー的にいうとすれば、肉体に直接働きかけて霊人になるという 方法論なのかもしれませんね。 ただ、この「悠か・・・」に限っていうとすれば、そこに説明されている 「すべての因果律を超越した不死の生命」「真の自由人」というのは、 果たしてほんとうにそうなのかなあ、という疑問がわきます。 それは、そこには「他」の存在者との関わりという要因が気迫だからです。 >人間がカルマや役割を持って生まれてくるのならば、それらのハードルを少し >でもたくさんクリアできるように自分自身をよく知る事が大切です。 そうですね、「占い」というのはそのための最上のガイドのひとつでも あるべきだという気がしますが、問題はいかにそれを「愛の原理」として 他者をも自らと同じように生かすことができるか、ということにまで 高めていくことができるかどうかなのだという気がします。 そういう意味で、中国では「儒教」という生の哲学・実践学の系譜が 続いてきたのでしょう。 実は最近、「論語」を読んだりしてるのですが(^^;)、 これがなかなかのもので、たとえば「四柱推命」などの「うらない」には かならずそうした生の哲学・実践学との関わりが欠かせないように思えます。 このことは、西洋の占星術にもいえることで、愛の実践のない占星術というのは、 危険な魔術への道へと通じるものとなりかねません。 仏教的にいえば、「自利」が即「利他」になっていなければならない ということでしょうか。 ま、ここらへんの視点が、僕が「占い」ということで感じるポイントなのでした(^^)。 「五行」については、隆ちゃんの方がかなり詳しそうですが(^^;)、 「易」と「陰陽五行」というのは、日本の古代の深層に深く根をおろしているようで、 易は招来されたという6〜7世紀の日本の特に祭祀をみていくと 興味深いことがいろいろあるようですね。 今、ちらちらと、以前買っていた吉野裕子さんの 「易と日本の祭祀/神道への一視点」(人文書院)をひろい読みしてるのですが、 伊勢神宮の祭祀、弁財天信仰、鬼門、厄年などにみられる陰陽五行の影響など 日本の文化と切っても切り放せないものがたくさんあるようで、 これからもいろいろ見ていきたいテーマのひとつですね。 >我々凡人もチャンネル・ソースからの発信を無意識の中で受け取っているのかも >しれませんね。チャネラーのメッセージの中に共鳴する部分はすでに自分が受信し >て持っている事柄なのかもしれないとふと思いました。単なる思い過ごしかもしれ >ませんが・・・(^^;)。 いえいえ、「思い過ごし」なんかではなくて、 メッセージに共鳴できるということは、「受信」している可能性は高いと思います。 「シンクロニシティ」が多発するというのも、無意識の部分で響きあっていなければ それらは決して起こりえないのだと思います。 メッセージを紹介していたのも、まだ潜在的な「響きあい」を 顕在的なものとするための一種のトリガーとするためである ともいえるのではないでしょうか。 僕も、何の「縁」かわかりませんが、 メッセージを紹介するお手伝いをさせていただいたりしましたが、 僕にしてもメッセージの内容はどれも「響く」ものでしたし、 この会議室でお話していたシュタイナーなどの考え方と かなり共通するところがあるということは、 やはりどこかで潜在的に「共鳴」しているところはあるのだという気がします。 残念ながら、メッセージは休止状態で、あとはどうなるかわかりませんが、 心の内の静かな響きあいを感じようとする方なら誰にでも、 必要なメッセージは常に届けられているのではないでしょうか。 さてさて、最近、僕のものぐさもあって、輪読会の進行が滞ってますが、 近々続きのレジュメをUPして進めていこうとおもいますので、 僕のわかることわからないこと(プララヤのように(^^;))いろいろありますが、 随時気のついたことなどコメントくださいね。 今年はますます、心の内なる静かな響きあいが 顕在化してくる年になるのではないかという不安と期待の中で揺れているKAZEでした。 489/491 GGA02514 KAZE シュタイナーの性愛の神秘学 (11) 93/01/05 02:20 485へのコメント *ねぎひさお* さん、どうもおひさしぶりです&今年もよろしく。 >ふにゅ。シュタイナーが魂と性愛に関してどういう見解を持っていたのか >聞いてみたいものです。(ちとアブナイ話題かもしんないけど…) ということですので、せっかくですからちょいとばかし紹介をば(^^)。 別に「アブナイ話題」でもありませんし、そこらへんについては、 ●アラン・ハワード+ルドルフ・シュタイナー「性愛の神秘学」(西川隆範編訳/創林社) というのがちゃんとあったりしますので、 西川隆範さんによるその「序」からいくつか参考になりそうなところをば(^^)。 まず、シュタイナーの『教育の基礎としての一般人間学』の第14講より。 さて、人間の胸部は上に向かって頭になろうとする傾向を持っていますが、 下に向かっては肢体となる傾向を持っています。・・・もしもいつか自然科 学がさらに進んで、いかにして手と足、腕と脚が濃縮され、外に向かって生 じる以上に内へ向かって人間の中に押し込まれてしまっているか、その秘密 を解くようになったとすれば、性の謎が解明されるようになるでしょう。そ のときは性とな何かについて正しく語れるようになるでしょう。今日性をと りあげるときにやり方は、すべてかなり本質からはずれてしまっているのは、 まったく驚くにあたりません。なぜならわかていないことをうまく説明する ことはできないからです。(高橋巌訳) さらに、『自由の哲学』では、「個体と類」という章で、 シュタイナーは女性問題に次のようにふれているようです。 (西川隆範氏による説明紹介) 類の概念に基づいた価値判断をすれば、人間を完全に理解することは不可能 であり、もっとも強固な類による価値判断が行われるのは、人間の性を問題 にするときである。男性は女性の中に、そして、女性は男性の中にあまりに 多くの異性一般の性格を見て、個体の性格をあまりにわずかしか見ていない とシュタイナーは指摘し、女性は、個々の女性の特質ではなく、女性の自然 の任務と要求についての一般的な表象によって制約を受けているので、社会 的な地位があまりにも低いものにされていると述べている。 また、『神智学の門前にて』という講演で、聴衆から出された、 「結婚」ということについての質問に対して、 シュタイナーは、次のように語っています。 結婚というのは二元的なものです。今日、世界のあらゆる物事が不正にも性 的なものに帰せられています。結婚においては、偉大な宇宙的対立が活動し ています。男性は女性的なエーテル体を有しています。女性は男性的なエー テル体を有しています。男性において、霊的なもの、魂的なものはむしろ女 性的なものです。そして、女性において霊的なもの、魂的なものは男性的で す。私たちの魂は最高のものに向かって努力します。男性の魂は女性的なも のなので、男性は最高のものを女性的なものに比較します。外的なもの、つ まり体は外的な象徴であり、比喩です。『すべて過ぎ去るものは比喩にすぎ ない』『永遠に女性的なものが我らを高みへ導く』のです。 さらに、太古の時代における「性」については、「アカシャ年代記より」から。 性愛に関わるすべての表現行為は、もともとこの上なく高貴なものだった。 ・・・性愛をただ満足させようとする利己的な衝動はなかった。すべての性 的行為は子孫繁栄のための供犠であった。性的行為は、人間が世界のために 行う奉仕であり、神聖な事であった。そしてこの行事を祭司が主宰し、指導 した。 続いて、性愛と精神的=霊的発展との関係について、西川隆範さんの見解を。  現代においては、性愛が精神的発展の障害になるか否かということより、 男女間の魂の葛藤が精神の発展を妨げていることの方がはるかに深刻な問題 であろう。 ・・・ 精神の発展には、二つの道があると思われる。一つは、魂の静寂の中で一歩 一歩、光に向かって上昇していく道で、古代以来、現在に至るまで霊的な修 行をする人はこの道を歩んでいる。  もう一つの道は、人智学風にいえば「人生を通しての秘儀参入」ともいう べき行き方であって、人間関係の試練の中で自我を成長させる道である。  この第二の道を歩む者には、男女の愛の葛藤は(その葛藤の中で魂が崩壊 する可能性ももちろんあるが)自我を成熟させるもっとも大きな試練の一つ であろう。平穏な愛の中にいる者は幸福であり、精神は徐々に満ち広がって ゆく。男女の愛の戦いの中にいる者は、その魂の試練を通して存在の秘密に 到達する可能性を生きているといえる。 それから、ついでですから、1968年にカナダで最初のシュタイナー学校をつくった 著者のアラン・ハワードの「性愛の神秘哲学」の観点をいくつか。  性は動物的形姿の遺産である。同時に、性は本質的に霊的進化の目的に仕 えている。私たちの課題は、この二つの面に調和的な均衡をもたらすことで ある。 ・・・ 私たちは性行為への自然な素質を新たによく考え、私たちの霊的な起源と私 たちの能力の光に照らして、この本能を越え出なければならない。伝統と権 威に基づく道徳に影響されてはならない。と同時に、私たち独自の判断力の 光に照らして正当と考えられる道徳的理念は投げ捨ててはならない。私たち は完全に独立した観点に立って、人間の本性と道徳的進化の可能性に一致し ない見解を拒まねばならない。  性と人間とを理解しようとするなら、私たちは性から独立した個的な存在 であり、ただ人間は性の中に置かれているだけであるという認識に、道徳的 先入見なしに注目しなければならない。個的存在としての私たちは、この引 力をその独自性において把握し、この引力は人によってさまざまな強さで働 くことを知っておくことが必要である。自由な意志の決定により、私たちは この引力を使用したり、抑制したりできる。  男女の関係はどのようなものでも性的なものである、というのは偏見であ る。男女の関係は人間的なものであり、それゆえ、霊的なものである。性は 二義的な要素である。性は本能のレベルにおいてのみ主要な役割を果たす。 二人の人間が・・・他者の「固有の本質」に忠誠を尽くすとき、愛は本能と 因習的道徳の限界を乗り越えている。  人間は単なる自然以上のものである。人間は、自然によっては満足させら れない望みと欲求を発展させ、自然に与えられた快の代償とはなり得ないも のを欲する。知識はその一つである。社会的正義もの実現もその一つである。 霊的自己意識の最高のレベルにおける道徳的自由の発展もそうである。この ような要求を満たすためには、私たちの何かを犠牲にしなければならない。 この犠牲が道徳を築く。私たちが自由に選択し、自由に決意したことのため に、自然から与えられたものを抑圧するのである。「低次のもの」を犠牲に して、「高次のもの」へ向かって努力するのである。  このような道徳の目的は、明らかにより高次の満足と幸福へと到ることで ある。この種の満足を私は「喜び」と考えている。 ・・・  「低次のもの」を拒否することは、「高次のもの」を獲得するための保証 にはならない。まず「高次のもの」を理解し、望まなければならない。「高 次のもの」が徐々に獲得されるだけでなく、「高次のもの」の力の固有の本 質を通して、私たちの感覚の中に存在する低次のものが変化してゆくのであ る。 ・・・  性の享受が精神的なものでなく肉体的なものだからという理由で性的関係 を軽蔑するのは、肉体を軽蔑することである。肉体という道具を使ってはじ めて私たちは霊を認識することができる。  性の享楽は、現実的な享楽である。性的享受を必要とする限り、人間は性 行為ができることを、人間的な、喜ばしい仕方で神に感謝する。性を拒否す るように命じるいかなる道徳的根拠もない。しかし、それは享楽であって、 喜びではない。ここが問題である。この享楽によって、より大きな「楽しみ」 つまり喜びがあることが見えなくなるなら、この享楽は私たちの進化を妨げ ることになる。喜びは霊的なものである。本能的、肉体的な衝動から発する ものによってだけでなく、人間の自由な道徳的意志から生じる努力によって も、喜びに到達できるのである。 ちょいとといいながら、長くなってしまいましたが、 「性愛の神秘学」についての概略だけは示せたのではないかと思います。 ほら、「アブナイ」部分っていうのはなかったでしょう(^^)。 ここらへんの考え方というのは、 物心ついてからの僕自身の考え方を裏付けてくれたものでもあって、 最初読んだとき、なぜかほっとしたのを覚えています。 こうした「性愛の神秘学」というのは、ちょっと番外編のようにみえるけど、 神秘学的宇宙進化論の根幹にも関わる問題を秘めていると考えているKAZEでした。 490/491 GGA02514 KAZE 心身一如など (11) 93/01/05 18:55 470へのコメント TAOさん、どうも&今年もよろしくです(^^)。 年末年始、ちょっとごたごたしましたが、 そろそろまた僕なりのペースを取り戻そうかなと思っています。 “MIZUHO”さんのメッセージの休止は、 もちろんTAOさんのコメントのためではありませんので、ご安心ください。 “MIZUHO”さんにとっても、自分が本当はどうしたいのかを あらためて考え直すプラスの意味での「休止」だと思います。 みれさんも「孤独」についてコメントされてましたが、 やはりそういう方の「孤独」というのは、僕なんかが感じる「孤独」とは また違った意味でのそれを強烈に感じざるを得ないようで、 よほどしっかりした意志とプラスの意味での諦念を持たないと なかなかバランスがとれないのかもしれません。 もちろん、メッセージはずっと続いているようですが、 それをどうするかは“MIZUHO”さんの今後の「意志」次第ということですので、 それを待ちたいと思っています。 ご紹介いただいた現代思想の西田幾多郎特集、やっと買ってきました。 梅原猛さんと中村雄二郎さんの対談など面白そうですので、 さっそく目を通してみたいと思います。 現代思想を買ったついでにユリイカも見てみると、 特集が「幻想博物誌」ではないですか。 渋澤龍彦以来、このテーマは僕にとっては非常に魅力的な「娯楽」になっていますので ついでに買ってしまいました。 ばらりとながめたところ西野嘉章さんの「聖環図譜」というのが 天体図などがふんだんに盛り込まれていて面白そうだし、 江戸学の田中優子さんと中国文学の竹田雅哉さんの対談もなかなか楽しめそうです(^^。 さて、「ひとつが 多であり/多が ひとつである。」についてですが、 これは「一即多、多即一」という、神秘学的認識にとっても非常に重要な考え方で、 西田幾多郎なんかでは最重要の考え方のひとつですし、 例のエランなんかでも、「握一点開無限」という仏教的な認識を指摘してましたが、 その考え方とも深く関係してくると思いますので、 それについてはいずれきちんとテーマ化していきたいと思っています。 それから、「神秘学的観点から見た、恋愛や性の問題」についてですが、 それについては#489でもまとめて紹介しましたが、なかなかむずかしいテーマですね。 ちょっと「神秘学」からははずれるかもしれませんが、 今日、湯浅泰雄さんの「身体論/東洋的心身論と現代」(講談社学術文庫)を 読んでましたら西田幾多郎と並んで重要な近代日本の哲学者でもある 和辻哲郎さんの結婚観が近代ヨーロッパのそれとの対比で紹介されてました。 近代の常識的な見方に反して、和辻は、結婚の本質は契約関係ではないとい う。契約は破られ得ることを前提にして結ばれるものである。和辻によれば、 結婚の契約は単に、夫婦関係を安定させる手段にすぎないのであって、結婚 の本質は契約による関係ではない。それはむしろ、同じ本質を共有する二人 の結びつきが生む新しい関係である。和辻は夫婦関係を「二人共同体」とよ んでいる。このことは、二つのちがった存在が結びつくことによって一つの 新しい全体がつくりだされる、ということを意味している。さらに和辻は、 人間にとって心と身体は分けることができないから、結婚においては愛と性 を分けて考えることはできない、と言う。愛は相手の全人格、すなわち心と 身体の不可分な全体に向けられたものでなくてはならない。和辻はさらに、 男性の愛と女性の愛はもともとちがった性質のものであるという。男性の愛 は「愛する愛」という能動的な愛であり、女性の愛は「愛される愛」という 受動的な愛である。そのような異質な愛が結びつくところに、結婚による二 人共同体という新しい全体が生まれるのである。 心身を切り放さない「心身一如」という考え方というのは、 東洋的心身論の基本となる考え方のようで、 スポーツと武道との大きな考え方の違いもそこにあるようで、 最近僕が儒教などの中国哲学や日本の思想に興味をひかれているのも、 そこらへんの考え方の西洋との違いに注目しているからでもあります。 西洋の哲学者というのは知と行がアンバランスなことが多いように感じるのですが、 中国や日本の場合、人格と行いから切り放された「知」というのは 意味を持たないというところが、なかなかに素晴らしいように思えるのです。 ま、そんなこんなで(^^;)、 いろいろぶっちゃけたことが起こっていきそうな今年も、 お互いいろいろ刺激しあってがんばっていきたいものだと思っているKAZEでした。 491/491 GGA02514 KAZE おひさしぶり>NoBさん (11) 93/01/05 18:56 484へのコメント NoBさん、おひさしぶり&本年もよろしく、です。 Kの部屋については、僕もNoBさんが「けっこう悩んで」るんだろうなあ、とか 予想して、静観してましたが、まだちょっと時間がかかりそうですね。 「自力フォーラム」ということですが、できたら呼んでくださいね。 僕として、Kにはもやはりつかずはなれず(^^;)、っていう スタンスでいたいと、そう思ってますので。 もちろん、僕でできることでしたら、お役に立ちたいと思ってますので、ご遠慮なく。 僕の方でも、NoBさんとはちょっとスタンスは違いますが、 少しずつ僕なりにいろんなことがわかりはじめていますし、 そのうちにどこかで接点ができるかもしれないなあ、 なんて気長なことを考えています。 ま、ともあれ、今年もいろいろよろしく、のKAZEでした。 - FARION MES(13):★HVHYの預言解読部屋------------<02> 93/01/05 - 520/529 GCC01413 HVHY 『薔薇』(ROSE) (13) 93/01/04 18:10              〜 A・R・I・O・N 〜             |                  |      グループ   |       神霊配置       | 複素平面上  −−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−             |                  |   第1類   『A』 | 「A」         (1人) | )             |                  | )   第3類   『R』 | 「R」(=Я)     (1人) | )『4』             |                  | )       ( 『I』 | 「I・I」       (2人) | )   第2類 (     |                  |       ( 『O』 | 「O・O・O」     (3人) |  『3』             |                  |   第1類   『N』 | 「N・N・N・N・N」 (5人) |  『5』             |                  |             |                  |   神霊配置漸化式 : P(n) = P(n−1)+P(n−2)        1  1  2  3  5  8  13       『A』『R』『I』『O』『N』『*』『*』  本物のアリオン        誕  神  十  太  死  移  再   はARIONの        生  殿  字  陽  滅  動  生   “先の先”に          →  →  →  →  →  →    未だ隠れている…?                 |  > 黄金の鷹 暁の星となる時 |・「黄金の鷹」とは、“有翼太陽”。  > 海人王 其の人来たる   |     (※即ち、薔薇十字の原型)                 |・「暁の星となる」とは、   薔薇十字の洗礼の後に    |  十字が完成して<星>が生じること。   アトランティスの神     |・「海人王」とは、もちろん、   ポセイドンはやって来る…。 |  ポセイドン(ネプチューン)である。   (『I』→『O』→『N』) |                 |              “小三位一体” → “大三位一体”      「 父 」     『A』      『A/N』      「 子 」     『R』       『R』      「聖 霊」     『I』      『I/O』                     (※付加要素は『O』&『N』)  ・ここ1〜2年ぐらいは、『O』と『N』に力が注がれてきた。   それは、“小三位一体”に含まれるアンバランスを、   今のうちに是正(補正)しておくためだと考えらる。   (※「黄泉王の復活」「国津神の復活」といった事柄もこの文脈に属する…)  ・来たるべき時には、“大三位一体”が地球上に行き渡るだろう。   この時、『O』と『N』の受入れ準備が不充分だと、問題があるわけである。       > 回せ 回せよ 回転灯籠       > 巡る 巡る 炎の輪       > まことに移ろい易きは 人の心       > この日をもって 心と別れよ       > 愛の炎だけを武器として戦え       > 戦うのは 全ての人々 全ての自己       > 最後に残るのは  自己 己れ       > 自己と戦い 勝ったとき       > カリマホロバ マホロバとなり       > 輪廻の鎖は解かれる     (「光の黙示録」第19章より)  ・詩篇のこの部分は、主として、         前半が“『R』上に於ける『O』の作用”         後半が“『N』の作用”(の一側面)   を示していると言える。   ところで、『R』とは、「神殿=人間=666」(回転場)のことであった。   「ROTUS 」「ROTALLY 」「ROSE」等の語句は、   『R』と『O』の性質というものを示唆しているわけである…。                                 HVHY 521/529 GCC01413 HVHY 夢の設計図。 (13) 93/01/04 18:52                〜 夢、再び 〜  [側面図]            『金鯱』             『太陽』            I I               O        『神殿』666             A            A A           A   A          A     A         A  『山』  A        A AAAAAAA A       A  (ピラミッド)  A         『大海』      A             A    N N N N N N     A               A  N N N N N N N             −−−−−−−−−−−−−−−−−→                    進行方向  [上面図]     AAAAAAAAAAAAAAAAA     NNNNNNN     A               A    N       N     A               A   N         N     A               A  N           N     A               A N             N     A       I       A N             N     A      666      A N      O      N     A       I       A N             N     A               A N             N     A               A  N           N     A               A   N         N     A               A    N       N     AAAAAAAAAAAAAAAAA     NNNNNNN                                 HVHY 522/529 GCC01413 HVHY 相剋の結果は? (13) 93/01/04 20:49        〜 「大いなる熱きもの」と「大いなる冷たきもの」 〜    …のうちのどちらかを選べ!    このようにARIONは言い、聖書にも書かれている。    では、それぞれは一体何を意味するのであろう?    一般的比喩として解釈した場合に考えられる意味の他には、    次のような意味が考えられるのではないか…。    [第1類神霊クラス]に於ける選択        『A』か『N』か?   |  ・「生」か「死」か?                    |  ・「創造」か「破壊」か?                    |  ・「拡大」か「縮小」か?    [第3類神霊クラス]に於ける選択        『O』か『I』か?   |  ・「薔薇」か「剣」か?                    |  ・「太陽」か「星」か?                    |  ・「炎」か「光」か?    ところが、いずれの場合も、普通に考えれば、    “選択”するのではなく、むしろ“両立”させるべきであろう。    実際、ARIONも、両方の要素が必要であることを常に示唆している。    ここで、もう少し突っ込んでみよう。     > 大いなる「冷たさ」と大いなる「熱さ」の間に横たわるもの。     > それが、あなたがたの求めるものだとだれかが言うだろう。     > しかし、私は言おう「それは間違いである」と。     > 大いなる「冷たさ」と大いなる「熱さ」のどちらかを、     > あなたがたは選ばねばならないのだ。     > 何故ならば、この相剋の結果があなたがたの求めるものだからだ。    よく読むと、このメッセージはなかなか微妙だ。    まず、「間に横たわるもの」とは何か?    恐らく“あらゆるバランス点”のことを言っているのだろう。    すると、ARIONは、          どんな“バランス点”にも求めるものはない!          “バランス”を考えたら求めるものは得られない!    と言っていることになる。    次に、「相剋の結果」とは何か?    実は、ここの部分の解釈が最も難しい…。    「相剋の結果」とは、果たして、          “選んだ結果としての一方”即ち          “「冷たさ」と「熱さ」のいずれか一方”    を意味しているのであろうか?  私は違う(!)と思う。    と言うのは、もし“選んだ一方”を意味こツ竄「るのなら、    「相剋の結果」などと“回りくどい”言い方をする必要性がないからだ。    このように考えて来ると、    「2つの要素が共に必要である」という事柄と、    「2つの要素のいずれかを選ぶ」という事柄とは、必ずしも矛盾しない。    むしろ、意を決して選ばなければ、どちらも得られない…というわけだ。    (※二兎を追う者一兎を得ず? 虻蜂捕らず?)    長々と書いた割には、平凡な結論に落ち着いてしまった…。                                 HVHY  (オマケ)       維/YUI : そんなの当たり前じゃないの?       HVHY  : そりゃそうなんですけどね・・・。(^^;) 523/529 PFG01325 MINT まだまだ続くジュウレンジャー (13) 93/01/04 21:10 506へのコメント  >>5人はそれぞれ武器を持っているのであるが、  >>剣を持っているのはドラゴンレンジャー(緑)とチラノレンジャー(赤)  >>の2人であり、それぞれ“獣奏剣”と“竜撃剣”を持っている。  ドラゴンレンジャーは、チラノレンジャーのお兄さんにあたるのですが、  実は、(緑)は、常任ジュウレンジャー(?)ではないのですよ。  常任ジュウレンジャーは、赤、黒、青、黄、ピンクの5人です。  緑は、途中から登場してきて、理由は知らないのですが、寿命が決まっていて、  テレビでは、確か、すでにこの世の人ではなくなっているはずです。  というわけで、緑は、6人目のジュウレンジャーなわけです。  それにしても、本屋で勉強(?)して、これだけのことを読みとってくるとは、  COOLさんも、す・ご・い(笑)             2日連続、ジュウレンジャーのショウを見たMINT 525/529 GCC01413 HVHY 相剋の結果は?(続き) (13) 93/01/04 21:24            〜 実は平凡な結論ではなかった 〜        それは何故か?       >>>     『A』か『N』か?       >>>     「生」か「死」か?        …という「選択」。        これは何を意味しているのか?           “「生」を選ぶ”とは、どういうことか?           “「死」を選ぶ”とは、どういうことか?        〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ・ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜           “「死」を選ぶ”とは、どういうことか?                       ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄        ここに、空間間隙移動(?)の『鍵』が秘められている…。???                              HVHY 527/529 GDB00064 オリハル RE:エジプトである (13) 93/01/05 00:40 494へのコメント この、宜保愛子さんとピラミッドの番組は、私達の、この369の動きとの直接の 関係はないと思われます。                               オリハル 528/529 GGD02212 *ねぎひさお* RE:真理って・・・ (13) 93/01/05 07:00 503へのコメント  ひっとりじゃないってぇ、すってきなことねぇ… こんなのを天地真理アマチマリが歌っていた。(天地真理…改めて見ると凄い名だ。) 私はふざけながらマジなことを言う。(MES(18)ではどうも^^/>たまごさん) 「一人じゃないって素敵な事」(「天」の字解は「二人」と誰か言ってた。) これは「真理」の根幹をなすものと私は思っている。「在って在る」絶対存在が 「一人よりも二人が善い」と悟った事が天地創造の始まりだったのだと… 流行歌の歌詞とカミゴトをリンクさすのはオリハルさんのノリかな(^^;)<<*ねぎ* - FARION MES(14):・壁(2)=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・= 93/01/05 - 773/783 SDI00635 みれ 予め知るということ・・・ (14) 93/01/04 20:40 コメント数:4  今夜はショウコウ酒にしようかな。  年末にピクルスを作る為に買い込んだ酒だけど、結構美味しいね。  ちょっとチャネラであることの悲しみについて、愚痴ってみようかなぁ(^_^;)。 悲しみって言うと、やや大袈裟かも知れないけれどさぁ。予め知ること、つまり 予知なんか出来ないほうが、よっぽどいいと思う時って多いのよね。  こと人間関係においての予知は、関る人間からの「自発的な気付き」がない限り あたしの口から起きることについて前もって話せない。これは個々の人に関しての 情報である場合(例えば、その人特有の病気や仕事など)は話せるのに、何人かの 人が関る「人間関係」の問題になると、言えなくなるのよね。  特にあたしが関る場合は、とても辛い。でも口にすると、その方向への皆の意識 が更に問題をややこしくする場合が多く、ARIONからも「自発的な気付き」が ある場合を除いて「示唆」すら禁じられているのね(-_-;)。  ならば「予め知る」ことなんてない方がよっぽどいい・・・とつくづく思うの。  人間の愛憎関係を含む人間関係は、恐らく最も「何か」を学ぶためには最適な土 壌だろうと思うけれど、そしてもっと突き詰めて言うと「恋愛」は人が多くを学ぶ ものだろうとは思うけれど・・・。  昔、あたしはARIONの抑止を振り切って「予め知ったこと」を、関る人達に 話して何とか物事が悪く転ばないようにしようとしたことがあった。そして、皆が そのつもりでいたにも関らず、やはり「予め知った」ようになってしまったことが、 何度もあった。そして、心破れて分かったの、予め傷つくのはあたしだけでいいん だってこと。これは別にあたしが犠牲になるとか、そんな崇高な気分で書いてるの じゃないからねぇ(^_^;)。  あたしは自分で自分を何度も殺そうとして失敗し、そのときにARION達に助 けられて「生命」を預けた形にして生きているのだから、あたしの人生と言う言い 方は正しくないかもしれない。借り物の人生なんだから、何があっても文句は言え ないなぁ・・・と思いながらも、やはり予知なんか出来ないほうがいいと思うのよね。  きゃは、愚痴ってしまったわぁ・・・すんません(^_^;)。  こゆ風に書いてしまったら、もしかしたら気が楽になるかもって楽天的に考えた りしてるのも確かでふ。(^。^;)ウウッ・・・壁に甘えて、どーする>あたし 774/783 GBG02043 維/YUI RE:BE-LIVE IN YOU (14) 93/01/05 00:09 744へのコメント おくればせ・・・のRES(^^;) だぁ〜れが、不特定多数の誰かを導いとるんじゃいっ!(ったく、もぉ〜) 私は先導師ぢゃぁないですよぉ〜〜〜っだ。 万一、ついてきた運の悪い人がいたとしても、その人達は 自分の力で歩いているだけだよぉ〜。 たまたま、前に私がいたりすることは あるかもしれないけれど。                       それだけ〜                             維/YUI。 776/783 HGG01312 たまご RE:予め知るということ・・・ (14) 93/01/05 03:55 773へのコメント   みれさん,こんにちは.   みれさんくらいの超人になると悩みも超越できるのではないかとまでは思っては  いないけど,もっとドライにやっているのではないかなぁ,と思ってましたけど.  やはり生身の人間,できないものはできないのですよね.   わたしにはその悩み,辛さ,痛みをしょってあげる事はできないけど,なんにも  してあげられませんけど,愚痴ならいくらでも聞いてあげますよ.他ならぬみれさ  んのことだから,このフォーラムの誰でもそう思うのではないかなぁと思います.   知ることというのは,予知に限らずとも,人より多くの事を知ることって,辛い  ことをしょいこむのではないかと思います.たとえば,日常生活のちょっとした他  人の秘密だって,それをしゃべっちゃいけないとなると,ずいぶんな心の負担にな  ります.ましてや,他人の未来となると,それはもう想像に絶しますね.   一方で,人間の好奇心というのは際限がないんでしょうね.自分の未来を知りた  いのは特にそうかもしれない.知りたいんだけど,知りたいのは,悪い未来じゃな  くて,いい未来なんですよね.でもって,悪い未来を聞かされたりしたりしたら,  その人を憎んだりしてしまう.特にそれが的中したならね.予知した人のせいじゃ  ないのにね.   古来,よくない預言をする預言者は,好かれないんですよね.世の中が中世ヨー  ロッパなら魔女狩りで,殺されてたりするかもしれない.どうしてなんでしょう.  予言する人はよい方向に向けようとして予言するのにね.人間のやることは繰り返  しなんでしょうかね.   未来が分かっていて,でも,なにもできない.分かっている通りになってしまう  のって,つらいだろうな.でも,それが巡り合わせというものです.誰かが“見な  くては”ならないのでしょう.   がんばってね,みれさん.   きっと,こんなことは私なんかが言わなくても,ご自身でわかっていらっしゃる  のでしょうが,それでも,愚痴言いたくなるときはありますよ.人間はね.   がんばってね,みれさん.   また今度飲みながらRTしましょうね(^^;  たまご