- FARION MES( 1):【居酒屋1999】雑談・自己紹介--------<06> 93/01/22 - 559/598 PBA02422 さはし 人形劇 ( 1) 93/01/21 21:18 551へのコメント コメント数:2 人形劇はズッと見てました。「八犬伝」はその中でも印象的でした。NHKの 人形劇と云うと「ひょっこりひょうたん島」とかありましたけど、僕にとって の人形劇は、やはりこの系統のものでした。 「三国志」も良かったです。(^^) 567/598 SDI00635 みれ RE:めーそんの恋物語り ( 1) 93/01/22 14:42 551へのコメント コメント数:1  RE:551 魔界のめーそんさんへ  をを! めーそんさん、ワンちゃんだったのね(^〇^)  ううむ、しかし凄い恋物語ね。自らの生命を賭けても護り抜くって・・・・。  と話しながら最近見た映画「ボディ・ガード」をチラリと思い出してしまった(^^;)  あ、あたしには「Blanton」を、もう一杯頂戴ねー>維/YUIちゃん  めーそんさんの恋物語を聞いてしまって(^^;)あたしも何か話さねば・・・と思うんだ けどさぁ・・・(^。^;)ウウッ・・・あたしの恋は・・・。  もう少し酔ってからにしようっと〜♪                                ・:*:・みれ・:・。,☆ 568/598 SDI00635 みれ RE:NEWSの後で ( 1) 93/01/22 14:52 566へのコメント コメント数:3 RE:#556 シゲさんへ  ヘプバーンが永遠の女優さんになってしまった、と思って哀しがってたら、 なんと今日は「あべ・こーぼー」氏が亡くなってしまった(;_;)  なんだか青春のページが2ページ続けて茶色くなってしまったような(-_-;) さびしーよねぇ・・・ほんとーに。  で、そんな風な感傷に浸ってたのに、タモリとサンマの阿呆ッ(^^;)、笑って いいともを思わず見てたら、不本意にもゲラゲラと笑って涙まで出てしまった。 あたしって、ほんとにコロコロと気が変るんだなぁ・・・シミジミ・・と実感しました。 (コロコロの犠牲になって振り回された方々、すんまへんでした(^^;))  この世に生を受けて、たった一人でもいいから「あなたが居てくれて良かっ た」と、ホンの一瞬でも輝いた笑顔で言ってくれる人がいたならば、やっぱり 生まれて来て良かった、と思えるんだろうなぁと考えるあたしでした(^_^)               ☆みれ・:・。,☆ 581/598 JBH00742 COOL RE:NEWSの後で ( 1) 93/01/22 19:51 568へのコメント  安部公房さんが亡くなったのですね…。  数年前、某教育テレビで養老猛司さん(「唯脳論」MES(13)#614参照)  と対談をしてたのが妙に印象に残っています。  確か「世紀末を語る」みたいな切り口だったかなあ、その番組。  はは、「笑っていいとも」見てました、私も。  だから?「サケ、ノメ!」(ここは台湾の居酒屋か?) 585/598 PBA02422 さはし RE:星になるなら ( 1) 93/01/22 21:12 571へのコメント 超新星は中性子星になり、新星は白色矮星になり、超新星になるよりも重い星は プラックホールになってしまうそうな…。太陽もあと50億年かすると白色矮星 になり、余熱が冷えてしまうと、真っ黒な冷たい星になって一生を終えるらしい。 ま、遠い未来の話だけれど、そのころミロクさんは果して誰を救うんだろうか(^^;) 597/598 GHD00135 無 給 専 従 無給専従の洗脳体験記・転載のお知らせ ( 1) 93/01/22 23:01 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ この掲示は 1)FPAPA,FJON,FSHIMIN,FBT,FMISTYの各掲示板 2)FPAPAの電子会議室『ふろ屋』、FJONの電子会議室『NIFTY*WATCH』、FARION の電子会議室 『【居酒屋1999】』 3)一部のHPとパティオ に同時掲載しています。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 以前FPAPAに散発的に書いてた「無給専従の洗脳体験記」のLOGをFPAPAの掲示板に1月2 日に再掲載しておりましたが、この度再編集してFARION(世紀末フォーラム)の掲示板に 転載しました。興味のある方は一度参照していただければうれしく思います。 この「体験記」は昨年10月に私が「自己啓発セミナー」に参加した記録及びその時の資料 を可能な限り公開したものです。「体験記」でもふれていますが「自己啓発セミナー」の内 容はまだ参加する可能性のある人〜つまりまだ参加していない人には言わないことと約 束させられます。ですからなかなかその内容が大っぴらになることはありませんし参加 者のプライバシーの問題もあり扱いが難しい面もあります。しかしあえてしつこく再掲 載する動機は、参加して3カ月すぎた私の感想がこの「自己啓発セミナー」がひとの心の弱 みに付け込んだ暴利をむさぼる悪徳商法でしかないというのだからです。 それからFPAPAの掲示板の参照数がおかげさまで100近くに達しています。改めてここ にお礼申し上げます。 なお、FARIONへの転載を期にFPAPAでのこの話題はひとまず終わりにしたいと思います。 我ながらこんなロングランになるとは思ってませんでした。FPAPAのみなさま、3カ月間お 騒がせいたしました。 1993年1月22日 無給専従 - FARION MES( 3):【縁 会】オフ:プラン・レポート----<01> 93/01/22 - 592/594 JAE00201 竜人 発言者削除 :コメントモードになってた ( 3) 93/01/22 03:59 591へのコメント 593/594 JAE00201 竜人 参加します。初めてなんで皆さんよろしく! ( 3) 93/01/22 04:05 コメント数:1  タイトルオンリーです。 (^^) 594/594 GGA02027 GREY 参加表明はコメントモードでお願いします ( 3) 93/01/22 21:56 593へのコメント  コメントになってた発言を削除してメッセージ発言として登録なさってます が,出来ましたらオフ参加表明は,告知発言へのコメントとして下さいませ. FARION SubSys/GREY - FARION MES( 7):★アリオン世紀末書き込み寺----------<01> 93/01/22 - 736/736 GDB00064 オリハル 負けて勝って負けたように見せて勝つこと ( 7) 93/01/21 22:58 日本が「負けて勝って負けた様に見せて勝つ」ことについて 一二三神示、日の出の巻、第二十帖より 『今度は世に落ちておいでなされた神々様をあげねばならぬのであるぞ、臣民も其の通 りざぞ、神の申す通りにすれば何事も思ふ通りにすらすらと進むと申してあろがな。此 れからは神に逆ふものは一つも埓あかんぞ、やりてみよれ九分九厘でぐれんざぞ。神の 国は何うしても助けなならんから、神が一日一日と延してゐること会得らんか。皆の者 がかみを軽くしてゐるからお蔭なくなってゐるのざぞ、世の元の神でも御魂となってゐ たのではまことの力出ないのざぞ。今度の経綸は世の元の生き通うしの神でないと間に 合はんのざぞ。何処の教会も元はよいのであるが、取次役員がワヤにしてゐるのぞ、今 の様は何事ぞ。比の方は力あり過ぎて失敗った神ざぞ、比の方がよい手本(みせしめ) ぞ。世界かもう(構う)比の方さへ我で失敗ったのざぞ、執念い様なれど我出すなよ、 慢心と取違ひが一等気ざはりざぞ。改心ちぐはぐざから物事後先になりたぞ、経綸少し は変はるぞ。今の役員、神の道広めると申して我を弘めてゐるでないか、そんな事では 役員とは言はさんぞ。今迄は神が世に落ちて人が神になりておりたのぞ、これでは世は 治まらんぞ。神が上で、臣民、人民下におらねばならんぞ。吾が苦労して人救ふ心でな いと、今度の岩戸開けんのざぞ、岩戸開きの御用する身魂は吾の苦労で人助けねばなら んのざ。  十年先は、五六七(みろく)の世ざぞ、今の人間鬼より蛇より邪見ざぞ、蛇の方が早 うするぞ、早う改心せねば泥海にせなならんから、神は日夜の苦労ぞ。道は一つと申し てあろがな、二つ三つ四つあると思ふてはならんぞ、足元から鳥立つと申してあろが、 臣民火がついてもまだ気付かずにゐるが、今に体に火がついてチリチリ舞ひせなならん ことになるから、神、執念(くどう)気をつけておくのざぞ。三四気つけて呉れよ、神 の国は神の力で何事も思ふ様に行く様になりてゐるのに、学や智に邪魔されてゐる臣民 ばかり、早う気付かぬと今度と云ふ今度は取返しつかんぞ。見事なこと神がして見せる ぞ、見事なことざぞ、人間には恐ろしいことざぞ、大掃除する時は棚のもの下に置く事 あるのざぞ、下にあったとて見下げてはならんぞ、この神は神の国の救はれること一番 願ってゐるのざぞ、外国人も神の子ではあるが性来が違ふのざぞ、神の国の臣民がまこ と神の子ざぞ、今は曇りてゐるなれど元の尊い種植えつけてあるのざぞ、曇り取り去り て呉れよ、依怙(えこ=ひいき)の様なれど外国は後廻しぞ、同じ神の子でありながら 神の臣民の肩持つとは公平でないと申す者あるなれど、それは昔からの深い経綸である から臣民には会得(わから)んことであるぞ、一に一足す二でないと申してあろが、何 事も神の国から神の臣からぞ、洗濯も同様ぞ。今度の御用外したら何時になりても取返 へしつかんことになるのざから、心して御用して呉れよ、遣損ひ出来ないことになりて ゐるのざぞ。天に一柱地に一柱火にも焼けず水にも溺れぬ元の種隠しておいての今度の 大建替ぞ、何んなことあっても人間心で心配するでないぞ、細工は隆々仕上げ見て呉れ よ、此の神はめったに間違いないぞ。三千年地に潜りての経綸で、悪の根まで調べてか らの経綸であるから人間殿心配せずに神の申す様素直に致して下されよ。末法の世とは 地の上に大将の器(うつわ)無くなりてゐることざぞ。オロシヤの悪神(あく)と申す は泥海の頃から生きてゐる悪の親神であるぞ。北に気つけて呉れよ、神の国は結構な国 で世界の真中の国であるから、悪の神が日本を取りて末代の住家とする計画でトコトン 智恵出して何んなことしても取る積りで愈々を始めてゐるのざから余程褌締めて下され よ、日本の上に立ちて居る守護神に分かりかけたらばたばたに埓あくぞ。早う改心して 呉れよ。十二月二十六日、一二Θ。』 まだ、チョット先の事かも知れませんが、上記の「北に気つけて呉れよ」に関係あると 思われる部分を一二三神示より抜粋します。 日月の巻、第三十八帖 『大きアジアの国々や、島々八十(やそ)の人々と、手握り合ひ神国の、光り輝く時来 しと、皆喜びて三千年、神の御業の時来しと、思へる時ぞ神国の、まこと危き時なるぞ、夜半に嵐のどっと吹く、どうすることもなくなくに、手足縛られ縄付けて、神の御子ら を連れ去られ、後には老人不具者のみ、女子供もひと時は、神の御子たる人々は、愈々 暗い臭い屋に、暮さなならん時来るぞ、宮は潰され御文皆、火にかけられて灰となる、 この世の終わり近づきぬ。この神示(ふで)心に入れ呉れと、申してある事わかる時、 愈々間近になりたぞよ。出掛けた船ぞ、褌締めよ。十一月三十日、ひつ九のか三。』 ちなみに、山本鈴美香の御神託を「ムー」誌、1986年02月号より抜粋します。 『今のままで行けば、9年以内に大災害が起こるのも、14年以内(丁度2000迄)に日 本のある地域が、ある国に侵略され、占領されるのも、避けられない事実となります。』 更に一二三神示、松の巻、第七帖より抜粋 『偉い人皆虜となるぞ。夜明け近くなったぞ。夜明けたら何もかもはっきりするぞ。夜 明け前は闇より暗いぞ慌てるでないぞ。神の国一度負けた様になって、終ひには勝ち、 また負けた様になって勝つのざぞ。腹の中のゴモク一度に引張り出してもならぬし、出 さねば間に合わんし、いよいよ荒事にかかるからそのつもりで覚悟よいか。わからん人 民退いて邪魔せずに見物してござれよ。六月二十三日、アメのひつ九のΘ。』 失礼があるかも知れませんが、どうぞお許し下さい オリハル - FARION MES( 9):★猫が好き♪の宗教円卓会議----------<01> 93/01/22 - 076/076 PEH01124 猫が好き♪ RE:風邪ひきの 岡 です/宗教家と金儲け  ( 9) 93/01/21 22:32 075へのコメント  えーと、#015から問題提起を抜粋します。 | A:「宗教家(聖職者)は職業か?」 | B:「宗教家(聖職者)に期待される(職業)倫理とはどのようなものか?」  で、これに対してぼくが#073によって提出した、特に「B:」に関する仮説 は以下の通りです。 (B) 聖職者に特別に期待される倫理というのもはない。それは一般市民に要求   される倫理というのもと同様のものである。 *  「宗教の目的論」は、本論とは関係がないように思えます。  「需要者がどのようなコンセプトを求めるか」に話を還元してしまえば、そ れは更に「需要者がなぜ宗教家の金儲けを正当なものと認めたがらないのか」 というのと同様の価値判断の問題となってしまい、そもそも起論が意味を失い ます。 *  今後考え得る展開はいくつかありますが、そのうちはっきりと意見対立につ なげられるのは次のケースくらいでしょう。 (1) 「聖職者には特別な倫理が期待される」と主張する論客があらわれ、「聖   職者に特別な論理が期待されるということはない」という説に対立する。  個人的には、「聖職者には特別な倫理が期待される」と考える人々は少なく ないものと思っており、その考えというものがどのようなプロセスからかたち づくられているものなのか興味がありますので、ぜひこういう論が提出されれ ばと思わないわけではありません。  また別に、ぼくが「言行一致」と表現した一般に要求される倫理に含まれて いるものに関して別の論点が提出される可能性もあります。ですがこちらは、 いずれにせよ展開がむつかしいように思います。 (2) 聖職者が、言行一致倫理に基づき、自分の「行」を支配基準とすべき「言」   の内容の妥当性。   しかしこれは本論から反れるものであるように思えることは、すでに述べ   ました。「教義内容」の妥当性の問題になるわけですから、であるならば   「聖職者の倫理」の話になどする必要はないわけです)。 (3) 言行一致倫理の評価。これについてはしかし#075で述べられていてあれで   十分であるように思えますし、もともと宗教論ではないように思います。 *  で、#075末尾の発言にひっかかったんで。次のところ。 | ただし、この提案の源となる発想と、宗教=商売という発想とは、別のモ | ノであると思いますが・・・。  「宗教=商売」という発想というのがよくわからないんですが。  社会的存在としては、「商売する主体」以外にも、さまざまな主体のありよ うがあるわけですよ。で、たとえば「金儲けをするとその信頼を損なう経済活 動主体」というのはぼろぼろあるわけです。たとえば「公益法人」「財団法人」 なんかがそうですわね。  いや、別に宗教が・公益法人が・財団法人が、商売をやっても営業してても、 聖職者やそれらの団体の職員が高給を取り華美な暮しをしていても、そりゃ全 然かまわないんじゃないでしょうか。ただ、それは言行が一致しているように 見えないことにつながるため、なかなかうまくいかないというだけの話です。 うまくいかないからみんなそれは避ける。うまくいかないのは言行不一致とな ってしまうことを、(滅多に)避けられないからです。  同様に、別に宗教が権力を目指してもかまいませんが(原理上それは可能だ と述べているだけで、現実にはかなり迷惑なものになりかねませんが)、まあ それも同様の理由からうまくいきにくいでしょう。  またもひとつ同様に、別に宗教がレベルの低い哲学をふりまわしてもかまい ませんし、別に自己満足をふりまいても一向にかまいませんし、事実誤認に基 づいた論理構成による悟りを主張しても全然かまいませんが、それもまた同類 のプロセスからうまく機能しないことになりましょう(これは原理上可能であ るというだけの話ではなく、現実に幾多の宗教団体や宗教的個人がこのレベル のことをやらかしており、現実にうまく機能していない例をいくらでも見るこ とができますね)。 *  #015で表明された疑問についてはすでに冒頭で述べた通りですが、その背景 として述べられていた「疑問を導いたプロセス」に対しても、これはひとつの 回答になっているのではないかと思うのですが(要するに、話が次にどっちに いくのかがよくわからないのである。こんだけ待ったが発言がなかったという ことは、話は続かないということなのかもしれないのだが)。 注:  たとえば「金を集めること」を教義によって正当化することによって逆に言 行一致としようとしたケースもないわけではない(例:原理研・統一教会の文 鮮明)。この場合、「言行一致」の「言」の部分をどの程度納得づくで流布で きるかという問題となる。  なお、このアプローチとは逆に、たとえばローマ法王庁やゴシック様式教会 などがもたらすことがある好意的宗教感情というものがそもそも特異なもので あり、その特異さを分析するという方向で行った方がいいかもしれない。要す るに、「権威主義」の肯定・「宗教無謬性」への信仰などが機能した場合、必 ずしも信者は、対等の倫理要求をしないというかたちで、「言行一致」倫理を 排除するケースが認められるからである。 つけたし:  ここまで書いてきて思ったのだが、もしかしたら「言行一致基準」が適用さ れる宗教・聖職者と、適用されない宗教・聖職者がいるが、その差は何なのか という話にした方がわかりやすいかもしれないという気がしてきた。それにつ いての仮説ももう喋っちゃったが。 - FARION MES(11):★KAZEの神秘学遊戯団----------------<02> 93/01/22 - 598/610 GGA02514 KAZE RE:一連のチャネルメッセージについて (11) 93/01/21 20:23 597へのコメント コメント数:2 天祈さん、はじめまして。 “MIZUHO”さんのメッセージについてのご意見、ありがとうございます。 >一つは、これらを敢えて「チャネル」と判断し、全面的に受入れていること。 >これは、今後訪れるだろう様々な「情報の誘惑」において、危険な体質の表れの >ように見えて仕方がありません。 >「高位」の存在の言葉らしいから、何と無く受容してしまう。そこには無防備な >だらしなさを感じます。 ま、「チャネル」というネーミングをしたのが不適切であるとすれば、 そうかもしれませんね、と申し上げておきましょう。 でも、だからといって、「全面的に受け入れている」ことには ならないと思うのですが、どうでしょうか。 それが「断定」であるといわれるのなら、そのネーミングは外してもかまいません。 ううむ、でも、「「高位」の存在の言葉らしいから・・・」というのは、 ちょっとした固定的な断定の仕方ですね(^^;)。 >KAZEさんには、言葉を伝える者としての責任があります。 >KAZEさんが、今後MIZUHOさんのメッセージを背負っていけるのかどうか、 >重大な問題があります。 そうですね、僕のなした行為にはすべて責任が伴います。 もちろん、いかなる言動に対しても、さらには「思い」に対しても、 すべての者はその全責任を負うものであるというのは、僕の信念でもあります。 僕がメッセージを紹介したのは、僕が“MIZUHO”さんという方の人格について 長期的にみて、信頼に足ると判断したことと、 メッセージの内容が、ひとの人格を阻害するものでは少なくともないと判断したこと、 僕の知る限りの神秘学的な知識に沿うものであったこと、 それに、別の形で紹介することにくらべて、利害が絡む可能性がきわめて少ないこと、 つまり、メッセージを紹介することで、何等の利益も生む可能性はないこと、 などといった理由からでした。 で、もしも上記の点について、何らかの時点で障害が生じる、 たとえば、このメッセージのおかげでこんな迷惑を被った・・・などということが 十分納得のいく理由で生じたときには、メッセージの紹介を取りやめ、 その生じたことについて謙虚に対応しようと思っています。 >メッセンジャーさえも納得されていないものが、どうして効力を発せられるもの >でしょうか? >受け取る側に一切の責任を委ねているようにしか思えません。 >いかがでしょうか? それについては、たとえば大本教などに見られたような メッセージに対する出口なお他のリアクションなどについて参照してください。 鎌田東二さんなどの「言霊論」をはじめとする著作を参照してくだされば、 そこらへんの考え方についての示唆が得られると思います。 つまり、“MIZUHO”さんの現在のスタンスについてですが・・・。 それと、「自己審神」、「相互審神」などについても同じです。 「受け取る側に・・」というのは、その「責任」の意味によります。 そこらへんのこちについては、状況の推移に沿って 真摯な態度でいるということしかいえないのかもしれません。 >会議室の様相を見詰めていると、一人を除く誰一人としてメッセージのありかたに >疑問を提示していませんし、反対意見も、伺ったことはありません。 >これは、現在の新興宗教の縮小のように見えます。 「新興宗教の縮小」、ですか(^^;)。 それが一番いやだから、こうしたオープンな、利害のからまない場を使ったのですが、 それが理解されてないとしたら、ちょっと悲しいことですね。 「反対意見」については、メッセージの内容におかしいところや、 ひとを堕落させるものがあるとすれば、コメントいただきたいと思います。 そうした「意見」などがでることなどを期待してた部分があったのですが、 それがなかったのは、僕の提示の仕方に問題があたのかもしれませんね、反省します。 >FARIONの全会員でないにしろ、私たちは世紀末をどのように受け、どの方向に >自分を導いて行けばいいのかを真剣に模索している筈です。 >敢えて言うのなら、私たちはもはや流れに任せる一般人ではないのです。 >決定的な人間の甘さでしょうか。 僕もそれを真剣に模索している者のひとりだと思っていますし、 そのための最良の道は、「人格」の形成であると確信しています。 そして、その基本は、自分があらゆることに対して持っている責任というのを 自覚すること以外にはないと思っています。 そのことについては、この会議室のFMISTY及びFARIONの<1>の過去のログを ご参照いただければ、耳にタコができるどころか、大きな瘤になるくらいの しつこさで、繰り返し繰り返し強調し続けてきたつもりです。 僕がシュタイナーの神秘学をいろいろ検討していたりするのは、 シュタイナーのスタンスは人格を高次にすることを最大の課題にしていたと 確信しているからでもあります。 >今後、許されぬ危険への対処の術に欠けていると言わざるを得ません。 その「対処の術」についてご提案くだされば、とっても助かるのですが・・・。 ただ、その「対処の術」は、すべての人格を健全に高めるためのもので なければならないというのは、大原則だと思います。 そして、その「危険」についても、具体的なその可能性について、 教えていただければ、その危険を避けるべく最大限努力したいと考えます。 そして、そのためには、メッセージをとりやめるべきであるとしたら、 それについて幼児的な議論をすることもない、というのはすでに語ったことです。 できれば、なんらかの批評的な意見をくださる場合には、 それに関する提案なり、新たなビジョンなりをご提示くださると助かります。 >最後に、ARIONとの関連を示唆する発言が幾つかありましたが、 >私はそれらを全て否定します。 僕も、その関連について肯定的に発言しようとは思いませんし、 またその反対に、「全て否定」という根拠も持ち合わせていませんので、 どちらとも判断のつきかねる問題ですね。 >ARIONからのメッセージは非常に具体的で、※抽象を超えた抽象で満ちて >います。ARIONでさえみだりに語らぬほどに、「神」に対する畏敬を、 >感じるからです。 そうですか、僕はそれについては、「理論では語ることのできない真実」を 実感することはいまだできないでいます。 僕は、ARIONを信仰するとかいうスタンスからは最も遠いものですし、 それは“MIZUHO”さんのソースに対してもまったく同じです。 ただ、ARIONのメッセージの内容について、 自分なりに響いたことについて謙虚に尊重したいとは思っています。 その点では、“MIZUHO”さんのメッセージについても同じです。 ですから、どちらにしても、「響かない」内容について、 それをことさらに持ち上げたり、引き下ろしたりする気は少しもありません。 いかなる無根拠な「権威」についても、僕は肯定はできないと思うからです。 >決して軽々しく扱えない大きな問題だと思うからです。 とっても真剣にこの問題を考えてくださっていることを 心からうれしく思います。 本当は最初のあたりでそこらへんのことをコメントくださると、 メッセージに対する権威化の否定の必要性などといった大切なスタンスについて もっと強調することができていたのかもしれません。 ちょっと遅きに失した感はありますが、そこらへんの考え方については 上記に述べた通りです。 今後も遠慮なくご意見などいただければ幸いです、のKAZEでした。 599/610 HGB02154 SPOHE RE:一連のチャネルメッセージについて (11) 93/01/21 21:04 597へのコメント コメント数:1 天祈さん、はじめまして。 「一連のチャネルメッセージ」についてですが、 > 最後に、ARIONとの関連を示唆する発言が幾つかありましたが、 > 私はそれらを全て否定します。 という、天祈さんの今回のUPと、みれさんの、 >630/*** SDI00635 みれ RE:“鎖の跡のある女” >(11) 92/09/02 13:45 627へのコメント コメント数:2 > > ところで、ARION達って、スサノオ系の力と関係があるなんてこと・・・ > ・・・あります(キッパリ!)・・・・・・ > >             ☆みれ・:・。,☆ とが、両方とも「正しい」と仮定すると、MIZUHOさんのソースと、ARIONとの関係 について考えられることは、  @MIZUHOさんのソースは、「スサノオ系」ではない(...程度のこと?)  AMIZUHOさんのソースは、全くの「ニセ神」である(としたら、大変だ!)  B「スサノオ系の力と関係」はあるが、ARIONは、もっと「上位」の存在である   (...程度のこと?) の、どれか、ということでしょうか? (他にあったら、教えて下さい) Aの場合だったら、確かに大変ですね。ぜひ、そいつの「正体」について、 教えて下さい。(でも、僕にとっては、「ズシン」とくるメッセージですけど..) あと、何かが「正しくない」としたら、考えられることは、  CMIZUHOさん、または、KAZEさんが、「ウソ」をUPした  Dみれさんが、「ウソ」をUPした  E天祈さんが、「ウソ」をUPした   (以上、本人が、「自覚している」・「自覚していない」に関わらず、です) の、どれか、でしょうね(アンマシ カンガエタク ナイ !)? 何か、知っておられるのでしたら、 もう少し、「素人にもやさしい」説明を、お願いします。(なんでそんなに、「自信」 を持って、「否定」できるのか、できれば、その辺の「根拠」についても、ゼシ!) それでは、よろしくお願い致します。 HGB02154 SPOHE 600/610 GDB00064 オリハル RE:“MIZUHO”のチャネル・メッセージ<54> (11) 93/01/21 23:04 589へのコメント 私は、一二三神示で「早よ型して呉れよ」というのを、「この雛形について知らせる」 事だとばかり思っていましたが、ちょっと認識がずれていたようです。ARIONは常 に本筋ですし(だから、凝り固まることがない)、MIZUHOのメッセージでも「型を云々 せずに、型に生きる人となって呉れよ」というような事を言ってました。私は人間心で (雛形を人に伝える)心配をせずに、「本筋だけを生きればいい」という感じがしてい ます(例えば「愛の開示」[BY ARION]とかです)。最近の流れは「本物指向」の ような気がしています。MIZUHOのメッセージ<54>でも、 > ************************************************************  >                                 > 人の心が抜け落ちて、金と物とで作用する。今のこの世の有り様は、 >                                 > 神の心にそわぬぞよ。ゆえに、神は舞い降りて、人を使うて、この  >                                 > 度の掃除のための下準備。いよいよ時が満ちて来た。そろそろ準備  >                                 > ができて来た。この度のこと、よう考えてくれよ。この世がどう動  >        〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜         > いておるのか、よう考えてくれよ。きらびやかな光に惑わされるな  >                 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  > よ。それはまことの神の光ではないぞ。似せてつくりた偽物ぞ。偽  >                                 > 物相手に踊るなよ。それでは人はみじめなぞ。           >                                 > ************************************************************ と言っています。一二三神示にも「型の意義」についてありましたので、この会議室に UPさせて頂こうと思いました。 カゼの巻、第八帖より 『世界中自在に別け取りしてゐた神々様、早う改心第一ぞ。一(ひとつ)の王で治める ぞ。てん詞様とは天千様のことぞと申してあろがな、この方シチニの神と現はれるぞと 申してあろがな、天二(てんぷ)様のことざぞ。行なしではまことのことわからんぞ、 出来はせんぞ、神の道無理ないなれど、行は誰によらずせなならんぞ。この方さへ三千 年の行したぞ、人民にはひと日も、ようせん行の三千年、相当のものざぞ。海にはどん な宝でも竜宮の音秘(おとひめ)殿持ちなされてゐるのざぞ、この世の宝皆この方つく りたのざぞ、神の道無理ないと申して楽な道でないぞ、もうこれでよいと云ふことない 道ざぞ。日本の人民もわたりて来た人民も、世持ちあらした神々様も人民も、世界の人 民皆思ひ違ふぞ、九分九分九厘と一厘とで、物事成就するのざぞよ。世を持たれん天地 の大泥棒をこの世の大将と思ってゐて、それでまだ眼覚めんのか、よく曇りなされたな あ、建替(創造のための破壊)は今日の日の間にも出来るなれど、あとの建直し(新た に創造すること)の世直し、中々ざから、人民に少しは用意出来んと、おそくなるばか りぢゃ、それでカタ出せ出せと申してゐるのぢゃぞ。あれこれとあまり穢れてゐる腸、     〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜                ばかりぢゃから、一度に引出して、日に干してからでないと、洗濯出来んようになりて 御座るぞ。ひぼしこばれん人民あるから、今のうちから気付けてゐるのぢゃぞ。けんび き痛いぞ、あまりにも狂ふて御座るぞ。元の根本の世より、も一つキの世にせなならん のざから、神々様にも見当取れんのぢゃ、元の生神でないと、今度の御用出来んぞ。二 月十六日、ひつ九のΘ。』 どうぞ失礼をお許し下さい。 オリハル 601/610 GDB00064 オリハル RE:一連のチャネルメッセージについて (11) 93/01/21 23:05 597へのコメント 私は、一応、このような神示に対しては「先ず信じてかかる」習慣があります。本など を読むときもそうです。その内、1年、2年、3年と時間が経つに従って、偽物は、関 連の和からはみ出して行きました。今の所、MIZUHOのメッセージは一二三神示との調和 もよく、大きな問題を生じておりません。この宇宙には「全く同じ事」など二度とあり えないですから、常に創造的ですよね。全ての事は、愛の力にさらされ続けて、時間が 解決して行くのだと思っています。 オリハル 602/610 GGA02514 KAZE 忙中に閑なし、貧乏暇なし(^^;) (11) 93/01/21 23:08 ほんのお知らせですが、明日の早朝から出張などがありまして、 まるまる二日、アクセスできません。 来週も月曜日から出張で、それからも度々出張などが重なって、 結構多忙な週になりそうな気配が濃厚です。 ま、サラリーマンの性(サガ)ということですが(^^;)、 さすがに忙しさがある限度を超えて休みもばかすか飛んでしまうと、 かなりきついものがあります。 それでも、「中」なる姿勢を忘れないようにしたいと思っているKAZEでした。 603/610 GGA02514 KAZE “MIZUHO”メッセージ<58> (11) 93/01/22 00:13 ************************************************************ 日月の神じゃ。日月の神はこの星を、治むる神でありたぞよ。なれ ど、悪神そそのかし、人の心に入り込み、悪の心を持ちてより、人 はこの世のことのみを、心に思いて暮し居(お)る。まことの心は いつの日も、光の波に包まれて、神を求めて泣きしかな。なれども 人は気が付かず、悪の思いを受け取りて、悪に染まった世となりた。 次なる新たな天地はの、神と人との区別なく、人の寿命は伸びてゆ き、永遠(とわ)の心となるのぞよ。新たな身体授けしは、神と人 との世をつくる、その新たなる礎ぞ。人は人とて人でなく、神は 神とて神でない。その新しき世のために、今は心を鬼にして、そな たの幸せ後にして、伝えるためのお役目ぞ。人と人とのつながりを、 切ってゆくのが、魔の力。そなたがひとりでこもりては、言葉は人 には伝わらぬ。伝えぬ言葉の虚しさよ。これは、そなたの事ならず。 この世のすべての人の為。そなたのことを言いおきて、実はその人 それぞれに、伝えしまことの言葉なり。まことの言葉輝きて、心に 巣つくる悪を切る。切られた悪はたまらぬと、その大将にしがみつ く。いくら大将怒りても、神の力に勝てはせぬ。あれよ、あれよと 言う間、神の光で暖めて、悪の心を溶かすのぞ。その戦いの厳しさ は、そなたの夢にも思えぬが、これはまことの話ぞよ。 ************************************************************ 604/610 GGA02514 KAZE “MIZUHO”メッセージ<59> (11) 93/01/22 00:14 ************************************************************ 悪の大将迎え撃つ、場所は富士山、富士の山。この日本の神界の強 きお方が住たもう。木花(このはな)殿のお力は、やさしきばかり でありはせぬ。神を率いて戦うぞ。そのお力はこの星の、隅の隅ま で轟くぞ。天明に降ろしたはの、天明、未だ意識のままに、神を引 き入れる術(すべ)知らずして、危なきことを思いての、筆に降ろ して描かせた。まだその時期が危ううて、神の心をわかりたる者が おりたがゆえなるぞ。なれどこの時、人の世は、神の心をわかる者、 あれよあれよと言う間(あいだ)、少のうなってしもうたぞ。これ では神のこの言葉、伝えようにも伝わらぬ。もう、謎ときの暇はな く、直接人に伝えなば、時は迫りて間に合わぬ。それゆえ、神のこ の言葉、そなたに降ろして伝えさす。 そのお役目はいにしえの、昔昔のまた昔、そなたは神と共にあり。 神の愛でたる魂を、持ちて生まれた御子なれば、このお役目にこれ 以上、適した者などおりはせぬ。生まれたその時、その日から、神 はいつでも見守りて、つらい思いもさせたのは、強い力と思いとを、 そなたに持ちてほしいとの、大神様のお心を、神々様もご納得。魔 にやられつつ、そなたはの、ひとりでここまで耐え忍び、神のお役 目果たせると、神が見込んでこの言の葉を降ろしたぞ。 ************************************************************ 605/610 SDI00635 みれ RE:一連のチャネルメッセージについて (11) 93/01/22 14:32 598へのコメント RE:#598 KAZEさんへ  ここの会議室に発言するのは、エートエート・・・久しぶり(^_^;)ですね。  今日は『あたし個人』としての意見を書いてみたいと思います。何故『個人』 というところにこだわるかと言いますと、自身がチャネラであるとかSYSOPである とかという立場上、普段は言いたいことも言えないことが多いからです。勿論、 『個人』だと断ってみたところで、あたしの立場が変化する訳ではありませんが せめてそういった立場に付随する、ある種の力に因らない意見だと思って頂けれ ば幸いだと思います。  あたしはARIONのチャネラであることで、他のチャネラや霊能者、またそ のメッセージについて話す時、あたしが何を言っても「ARIONの正当化」で あるとか「我田引水だ」とか言われることが多いのですね(^_^;)。また、ここの フォーラムのSYSOPであることから、あたしが何か言うと「SYSOP・コマンド」だ と受け取られかねないということもあります。今回は、そういった枠外での意見 を言ってみたくなったのです。おお、何と長い前置き!(^^;)  で『あたし(個人)』の意見を以下に記します;  KAZEさんが#556で言われたことですが、ちょっと長い引用になってしまい、申し 訳ないのですが・・・・ |ううん、「サニワが絶対に不可欠」というのは、必ずしもいえないと思うけど、 |(だったら、シュタイナー的な自己認識の道はすべて虚偽になってしまうから。 |もちろん、虚偽だととる方は大勢いらっしゃるようですから、なんともいえませんが)|でも、「本当か嘘か」ということの結論はどこまでいってもでないと思います。 |極論をいえば、ARIONだって、証明されるものではありませんから・・・(^^;)。 |だからといって、どうでもいいと、開き直る気も全然ありませんが・・・(^^;)。 |慎重でなければならないということは、もちろんそうですし、 |いつもそれを忘れないようにと心がけているつもりですが、 |僕の意図(があるとすれば(^^;))、メッセージをできるだけそのままUPして、 |そのメッセージの有している内容について云々する以外にないということで、 |その内容が読んでくださる方のなんらかの参考になれば、ということなのです。 |だから、「でっちあげだあ!」なんていう方がいても仕方がないでしょうし、 |それを課題評価して、祭り上げる方がいても、それぞれだという気がしますから、 |その感じ方を僕の方で規制することはできないだろうと思っています。  審神(サニワ)は、極論するようですが絶対に必要です。シュタイナー的な自己 認識とチャネリング(高次の存在とされるものとの)は一緒ではない筈です。この 場合のチャネリングは「自己」との対話では無いからです。また、自身を【神】と 名乗る存在には、特に気をつけなければなりません。《Q・ka・kaさんも#555で指摘 されていたことですが=(もちろん、自分を神であると過大評価すると自我の暴走 が起こりますが)》  余談ですがARIONの場合には、最初あたしは不気味だったもので色々な方々 に相談して、メッセージを受け取る度に審神を受けていました。こういった神霊の 成せる技には人間の知識や経験が全く役に立たないことが多く、受信する本人(こ の場合あたし)も素人である場合には、先ず恐怖心が強く起きます。その恐怖心を 如何に超えてゆくか?というところから入ってゆくわけで、この辺は個人の自己洞 察や自己開発などと同じメソッドなのかも知れませんが。あたしの場合には、2年 間ほど専門的に審神をされている霊能者の方や、教授などと継続してお付き合いし ながら「自我の暴走」がどういう時に起き易いのか?とか「メッセージに自我や欲 が混入するのは、どういう時か?」を学びました。これはチャネリング=自己との 対話以上のもの、としての話ですけどね。  近ごろのMIZUHOさんのメッセージには、【神】と名乗る存在の自己顕示が現れて いますが、これは危険信号ですよ>KAZEさん  MIZUHOさんのチャネリング<59>より、疑問部分を引用します。 | あれよあれよと言う間(あいだ)、少のうなってしもうたぞ。これ | | では神のこの言葉、伝えようにも伝わらぬ。もう、謎ときの暇はな | | く、直接人に伝えなば、時は迫りて間に合わぬ。それゆえ、神のこ | | の言葉、そなたに降ろして伝えさす。  時が迫っていて謎ときの暇はない、と話されていますが・・・これは少し違いますね。 神々の「コトノハ」は常に分かる者だけに分かるようにとの配慮から、謎解きの必 要があります。直接人に伝えることの出来るものと出来ないものがあるからですね。 ここでも、「神のこの言葉」と【神】からの言葉であることをわざわざ言っているこ とにも、疑問が残ります。 | そのお役目はいにしえの、昔昔のまた昔、そなたは神と共にあり。 | | 神の愛でたる魂を、持ちて生まれた御子なれば、このお役目にこれ | | 以上、適した者などおりはせぬ。生まれたその時、その日から、神 | | はいつでも見守りて、つらい思いもさせたのは、強い力と思いとを、 | | そなたに持ちてほしいとの、大神様のお心を、神々様もご納得。魔 | | にやられつつ、そなたはの、ひとりでここまで耐え忍び、神のお役 | | 目果たせると、神が見込んでこの言の葉を降ろしたぞ。 | | ************************************************************  ここの部分が最も疑問な部分なんです。「このお役目にこれ以上、適した者など おりはせぬ」と【神】である存在に言わせしめる必要は、【神】である存在には不 要のこと。こういった「宣言」や「熨斗」が必要なのは、人間存在若しくはそれに 近い存在、つまり「人であったことのある霊」である場合が多いのです。世の中に は【神】と名乗ることで自らの権威を高めようとする「霊」という存在もあること を、覚えておいた欲しいと思います。少し厳しいことを言っているようですが、あ たしは何人も【神】と名乗る「霊(たまに自我もあり)」のチャネリングをした人 々を見てきたので、危惧しているのです。そういった「霊」の言う通りに【神】と して崇めたら大変です。  その言葉を降ろしている本人にとっても、自我詐称とでも言うべき状態が起きて しまいます。終いには自分が何をしたかったのか?ということまで分からなくなる ことすら、あるのですよ。これを一般に霊障とか言っていますけど、とても深く傷 つくこともありますので、気を付けて欲しいのです。  【神】と名乗ることで多くの人々にメッセージを受け取らせる可能性が高くなる としても、その反対側に自我の危機というリスクがあることを知っている人は少な いのです。自我が崩壊してしまっても、その【神】と名乗る存在は助けてくれませ ん。そもそも【神】は自身を【神】と名乗ることを避ける傾向にあります。あたし がMIZUHOさんに感じる危惧は【神】というフレーズがあまりにも多いことにもあり ます。(だからって減らせば良いってものでもないけどね(^^;))  以上、あたし個人としての意見ですが、あたしは決してMIZUHOさんが嘘を言って いるなどと言うつもりはありません。ただ、KAZEさんが審神をしている訳でもなく、 彼女の人格的な部分を信頼するあまり、霊的な傾向を見落とされている状態が果た してMIZUHOさんの為になるのか?という心配もあって、老婆心ながら書いてしまっ たのです。あたしは自分にも他人にも、チャネリング・メッセージに関しては厳し くあるつもりですが、この姿勢が相手を傷つけかねないことも知っています。  もし傷つけてしまったなら、御免なさいね。                              ・:*:・みれ・:・。,☆ 606/610 GBG02755 スマル(珠) こんちわ (11) 93/01/22 16:39 598へのコメント KAZEさん、お久しぶりです。 勉強不足の私が、ここに言葉を連ねるのは、恥ずかしいんだけど。 ROMだけはしてるんだよん。 MIZUHOのメッセージについて、私の思うところ。 名によらず、心に響くものを、受け入れる。 そういうスタンスが、私は好きです。 MIZUHOのメッセージが、嘘でも本当でも構わない。 何かが、心に響いて来て、自分の姿を映し出してくれる。 アリオンのメッセージが本当かどうかなんてのも、どうでもいいのかもしれない。 でも、私には、アリオンの言葉が、心に大きく響く。 私の生き方に、刺激を与えてくれる。 正しいと感じたなら、それを行動しよう。 それだけなんだよ。 読む人が自分の感受性で、判断すれば良いこと。 自分の判断には自分で責任を持つこと。 KAZEさんが、UPしているからと言って鵜呑みにするのもおかしいし、 KAZEさんの責任にするのもおかしい。 自分で、これは好きか嫌いか、心に響くのか響かないのか、判断すれば良い。 アリオンという名を離れて欲しいとアリオン自ら発しているとおり、 正しいと感じた自分を信じ、行動するしかないでしょうに。 もう、誰かのせいにして、歩くのはやめようよ。 自分で選ぼうよ。                          スマル 607/610 HGB02122 天祈 利害とチャネル (11) 93/01/22 18:55  丁寧なコメントを有難うございました。  私は言葉のあやを解こうとはしません。発言の大要をうかがい、やりとりを  します。  重要な事は、何故このメッセージが流されなければならなかったかです。  メッセージの生じたことわりについては、言及しても意味が意味を失うだけ  でしょう。  少なくとも、KAZEさんには何等かの想いがあったからだと思います。  チャネル自体が、何等かの意図(広い意味で取ってください)を持ったもの  であり、示唆と教唆に満ちたものであると受けたいのは私だけでしょうか?  無論個人的な考えですが、同意を求めるまでもなくほとんどの人が同じことを  考えているのではないでしょうか?  同時に、単に受け側の利益損失などというような次元ではないと思います。  傷けられた者があって初めて、成立せねばばらない利害...  こと精神に関する限り、傷ついてからでは遅いといった局面もあり、物理的な  利害をあてはめるのはおかしいと思います。  「審神」を引用されたことが、「利害」の有無を証明するものなら、  審神自体、利害追及の手段になってしまいますね。もし審神がそうしたものなら、  私は異を唱えたりはしません。  「対処の術」とは、疑うことです。(すなわち「審神」ですか?)  「危険」とは、人が人として生きなくなることですか。  すなわち、チャネルをすることで生じる、代償の重い危険性だと、この場では  考えてください。  私は、この会議室でのやり取りを、不毛な終り方にしないようにしたいと  思います。                              HGB02122 天祈 608/610 HGB02122 天祈 チャネルの初歩的疑問 (11) 93/01/22 18:59 #599 SPOHEさんへ  過日RTでの、礼を知らぬ不粋な言い方、失礼しました。  「私のメッセージが**系であり、**から降りたものだ」  私がそう告げたのなら、SPOHEさんはどう受け取られますか?  また、そのメッセージが他のチャネラーと相似していたら、  いかがお考えになるのでしょうか?  私がMIZUHOさんのメッセージに抱いた想いと同じだと思われます。  自信について言及するのなら、他力本願が嫌いだからです。                         HGB02122 天祈 609/610 HGB02122 天祈 困った(^_^; (11) 93/01/22 19:00 # 605 みれさんへ  審神の件のご説明有難うございました。  やっと中矢氏の「日月神示」を手に入れることが出来まして、  現在読んでいる最中です。  (よく見たら、どうもパート2らしいんですけれど)  時を同じくして「審神」関係がたくさん出ておりました。  この本を読んでしまった結果、今後の発言の持って行き方が  分らなくなってしまった。(^_^;                             天祈 610/610 NAA02416 放浪惑星 RE:一連のチャネルメッセージについて (11) 93/01/22 19:54 599へのコメント  ☆ SPOHEさん  #599の発言中に使われている丸数字「@A etc」ですが、これはJISコー ドで未定義の、いわゆる機種異存文字です。端末によっては空白になったり別 な文字が表示されたりしますので、できるだけ使わないようにお願いします。  なお #599 の一部を一部修正後再掲載させていただきます。ご了承ください。                         FARION SUBSYS 放浪惑星 ----------------------------------------------------------------------  (1)MIZUHOさんのソースは、「スサノオ系」ではない(...程度のこと?)  (2)MIZUHOさんのソースは、全くの「ニセ神」である(としたら、大変だ!)  (3)「スサノオ系の力と関係」はあるが、ARIONは、もっと「上位」の存在である   (...程度のこと?) の、どれか、ということでしょうか? (他にあったら、教えて下さい) (2)の場合だったら、確かに大変ですね。ぜひ、そいつの「正体」について、 教えて下さい。(でも、僕にとっては、「ズシン」とくるメッセージですけど..) あと、何かが「正しくない」としたら、考えられることは、  (4)MIZUHOさん、または、KAZEさんが、「ウソ」をUPした  (5)みれさんが、「ウソ」をUPした  (6)天祈さんが、「ウソ」をUPした - FARION MES(13):★HVHYの預言解読部屋------------<02> 93/01/22 - 655/670 GCC01413 HVHY 『エ』のポジショニング (仮説) (13) 93/01/21 21:08           〜 『エ』とは何か?(続き) 〜  「アエイ」或いは「カエイ」「ワエイ」などと素早く発音してみる。  すると、「エ」の音韻は、「ア」と「イ」の間に埋まってしまうことに気付く。  即ち、音韻から見る限り、「エ」は「ア」と「イ」の中間点にあるわけだ。  一方、「E」は「光(I)」と「炎(O)」の中間点とも見做された。  このことから、下記の図が出来上がる。                  [青]                  “光”              \   『I』               \   ・                \  ・                 \ ・                  \・      [白] “生”『A』・・『E』・・『N』“死” [黒]                   ・\                   ・ \                   ・  \                   ・   \ ←「E−Line」                  『O』   \                  “炎”                  [赤]  この図をネガティブに解釈すれば、 >>> “「E−Line」は『I』と『O』を分離させ『A』と『N』を分離させる”  という意味合いに取れるのだが…。  一方、“「波動ダイナミズム」の中心軸に位置している”といった表現も出来る。  振幅運動の場合、エネルギー最大になるのは“振動の対称軸”に於いてであった。  つまり、対称軸(中心軸)というものは、  本来「エネルギーの飛び交う」場所なのである。  (※この表現は比喩であって、物理学的な正確さは欠く…)  「E−Line」とは、元来、  それ自体が独自に存在を主張するような性質のものではないのだ。  にも拘らず、それが独自の主張を始めれば、亀裂が生じ、動きが滞る。  即ち、「波動ダイナミズム」が失われる…。  さて、『エ』とは、何なのだろうか?                                  HVHY 656/670 GDB00064 オリハル RE:『エ』 (13) 93/01/21 23:02 654へのコメント 「宇宙言語」では、「エ」=「運動」です。「e」の様な渦が、その文字です。                                                              オリハル    657/670 PAG03543 NOISE RE:『エ』 (13) 93/01/21 23:46 654へのコメント ご無沙汰です。 さて、手元の古語辞典で『エ』を引いてみたら………  え(感)上代語。ああ。  え(名詞)よいこと。よいもの。  え(造語形)愛スベキ・ヨイ、の意を表す語。   「あなにやし(アアホントニマア)−男を(=ヨ) などと出ていました。  アナニヤシ エ オトメヲ  アナニヤシ エ オトコヲ これは「古事記」での イザナギ・イザナミのミトノマグワイの時の言葉ですね。 「ミササギ・ミササキ」の表記は 「陵」「山陵」「御陵」などがありますが、 一説に、「ミサリドコ」=「御(ミ)避(サ)り地(ドコ)」 が転略して「ミササギ」となった、ともいいます。 つまり高貴の御方が「神避(サ)りた場所」で、 それを「山陵」の字を当てたのは、古来から山頂を利用したため なのでしょう。 で、「エノミササギ」 ということを考えると、 「愛すべき善き御方が神避(サ)りた場所」 ということになります。  まあ、これは恐ろしく単純な見解ですけれどね。 658/670 GCC01413 HVHY 推論は推論を呼ぶ。 (13) 93/01/22 00:13            〜 「緑の領域」の別の様相 〜           “E”     “J”   “B”           『5』  =  『10』 ÷ 『2』                      <光>           「エ」 ←−→   −−−−− [ルシフェルの分離]                      <影>  つまり、『エ(E)』は、  「ルシフェルの分離(竜宮の変)」という事柄に関わっている。        〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ・ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  ここで、カバラ体系・和声学体系の他に、  「死神の体系」と言われる数霊体系があったことを思い出そう。                   『13』             「0」  ←−−−→  「13」             「1」  ←−−−→  「12」             「2」  ←−−−→  「11」             「3」  ←−−−→  「10」             「4」  ←−−−→  「9」             「5」  ←−−−→  「8」             「6」  ←−−−→  「7」                   対 応  この体系によって、上記の図を変換してやると…。           “H”        『3』           『8』 ←−→   −−−−−         (緑の領域)       『11』  左側は、何度も説明している「緑の領域」を表す。  (※それが『E』に対応するケースとその意味合いについては既に述べた…)  では、右側の意味合いは何だろうか?          ↓         “777” “5×6”   ↓         『3』   『12』   『21』   『30』   『48』          ・     ・     ・     ・     ・   反射軸 −−−・−−−−−・−−−−−・−−−−−・−−−−−・−−−          ・     ・     ・     ・     ・         『11』   『29』   『38』   『47』   『56』                            ↑   “7×8”  この図式も何らかの形で“「緑の領域」の別の様相”を示しているはずである。  そう言えば、少し前の書き込みに、妙な(?)ことが書かれていた…。       > 四十七と四十八で世新しく致すぞ、       > 三人使ふて三人世の元と致すぞ       > 三人を掘り出すぞ        (ウメの巻、第七帖)  ARIONは「五六は無に帰せよ」と言っている。  しかし、これは、単に“無くせ!”と言っているわけではなく、  “そのまま生かして”というニュアンスを含んでいる。 >>>   「ARION」から「AIN」へ  その鍵を握っているのは、分離したルシフェル(I/I)であり、  人間神殿火炎回転(RO)であり、(※即ち『666』+『6』)  そして、その裏側で「緑の世界」を司る「緑風大王」なのである。  では、「緑風大王」とは誰なのか?                                 HVHY 659/670 PBC00367 Q・ka・ka えのみささぎ (13) 93/01/22 01:16 苗代清太郎のことだま研究によると、 え   たのしい の   おほきい み   そのもの さ   しごと き   しめす なので、「えのみささぎ」とは 「楽しく大きい仕事を示す」ものということになるようです。 660/670 GCC01413 HVHY 言い換えの様々なパターン。 (13) 93/01/22 03:00                〜 『H』 〜          “Y”            “HVH”        「アダム過程」          「イヴ過程」           1              234                           (2)  “2つの「H」”を掛け算すれば、これは『8』である。  (※そうでなくとも、そもそも「H」は『8』であるわけだが…)  ところで、イヴ過程の中心は「V」(太陽)であった。  その「V」は、『22』であり『BB』であるから、「H」を内包するとも言えるが、  「V」は“2つの「H」”に“サンドイッチ”されている。  因みに、「H」の読み方は「ヘー」である。(※音韻的には『E』だ!)                  『3』                  “V”                  / \               “H”『8』“H”  『3』→「V」→『22』であり,『8』…『4』→『22』であるから、  (※或いは、“2つの「H」”自体が「BB」であり『22』だから…)  「V」と“2つの「H」”は『22』という数字を通じて結び付いていると言える。  この『22』という数字は、タロットカードの大アルカナの枚数であり、  「生命の樹」の小径(パス)の数にも対応している。(※かつて触れたこと)  ところで、上の図を見て、「水」の化学式「H−O−H」を思い出す人も居よう。  この連想は正しい。即ち、「V」は「O」(酸素)であると考えても良い。  そして、「O」は『炎』であった。(※燃える音は“ぼー”と言う…)  更に、下の等式で解る通り、  アダム過程「Y」とイヴ過程の中心「V」は、  「死神の数体系」において“表裏の関係”にあるのである…。            “Y”     “V”            『1』  +  『3』   =   『13』  そして、“2つの「H」”即ち『8』(或いは『4』)の裏側に隠れているのが、  正しく『5』(或いは『9』)なのである。(※これが「緑風大王」???)                  『7』                   青                  “Y”                   ・                   ・                   ・      (緑) 『8』“H”・・『9』・・“H”『8』 (緑)            (ヘー)   ・   (ヘー)                   ・                   ・                  “V”                   赤                  『6』  「隠者」の持つランプの中のヘキサグラムは、  『6』であると同時に実は『5』でもある…ということのようだ。  それは、「薔薇(○)」と「十字(+)」を結ぶ“鍵”なのだろうか?                                 HVHY 661/670 GCC01413 HVHY 古い話は新しい。 (13) 93/01/22 04:33                〜 生命の樹 〜        但し、<月>と<地球>の位置を反転させてある。       ARION数霊          ↓         『10』      <光>      ) 『Y』“1”                   |               *−−−+−−−*   ) 『H』“2”                   |   大深淵 〜〜『8』〜〜〜〜〜〜(風)〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 次元の壁                   |       )               *・・・|・・・*   )                   |       )         『6』      <日>      ) 『V』“3”                   |       )               *・・・|・・・*   )                   |       )         『4』 ↑    <地>      )             |     | \            黄泉国    |  ×−−−−−→『H』“4”             |     |         『2』 ↓    <月>  『V』というのは、“<日>を中心としたヘキサグラム”に対応する。  或いは、その中心にある“<日>そのもの”を表すと言っても良い。  また、「薔薇十字」の内の「薔薇(○)」を表す。  そして、このヘキサグラムの土台は<地>(“4”の『H』)なのである。  この過程の目的は、“純粋な<日>の生成拡大”だ。(※「赤の儀式」)  一方、<光>から<月>へと突き抜ける縦軸と (※分裂した『I』に対応)  「コクマー」「ビナー」(代表のワンセット)を結ぶ横軸のクロスは、  『Y』と「“2”の『H』」に対応することになる。  それは、総じて言えば、“<光>を中心としたクロス”と言える。  また、「薔薇十字」の内の「十字(+)」を表す。(※言わずもがなだ…)  そして、このクロスの土台は<月>(ARION数霊の『2』)である。  この過程の目的は、“純粋な<光>の生成拡大”だ。(※「青の儀式」)  さて、ここで、<月>と<地球>が反転している理由だが、  この図の状態の時、<月>が“満月”になるからである…。(!!)        〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ・ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  更に注目すべきことは、「ヘキサグラムがもう一つ隠れている」ということ。  それは、「大深淵」の丁度上にある<風>を中心としたヘキサグラムである。  もちろん、これが、  “<日>の「3」(或いは「6」)と<光>の「3」(或いは「4」)の合体”  を意味することは言うまでもなかろう…。(※これが「緑の儀式」)  ところが、この合体の中心軸に、正に「大深淵」が存在しているのだ…。  つまり、この「大深淵」こそが「緑風大王」を解く鍵なのである。  カバラで「ダート」と言われているもの。それは一体、何なのか?  私が思うに恐らく、この“次元の窓”というものが、  侵入者(?)の忍び込む入り口になってしまったのではないか?                                  HVHY 662/670 GCC01413 HVHY 比較象徴学。 (13) 93/01/22 05:57 コメント数:1         〜 スパスシフィカ。そして、銀の月の粉。 〜  あまり気が進まないが、“解読の一環”であるという前提の下に、  ARION数霊体系とカバラ体系とヨーガ体系の比較を試みる。    [ARION数霊] ・・・・[カバラ体系]・・・・[ヨーガ体系]  “銀”『10』光(シリウス)    「ケテル」     「サハスラーラ」                     |       「アジュナー」                     |          |     『8』風(銀河系境界)   (ダート)        |                     |          |                     |       「アナーハタ」  “金”『6』火(太 陽)    「テファレト」       |                     |       「マニピュラ」                     |          |     『4』地(地 球)    「マルクト」        |                     |          |                     |          |  “銀”『2』水( 月 )    「イエソッド」  「スヴァディスターナ」                            (「ムーラダーラ」)  例えば、次のような詩篇はどのように解読されるのか?      > 銀盆の反射を受けて輝く石      > それは泉の奥に眠る清らかな石      > その泉に手を入れるな     (光の黙示録 第24章 11)  「泉」とは、「黄金の壺」が投げ入れられた「黄泉」のこと。  即ち“「月」であり「水」である世界”のこと。或いは「星月夜」。  そして、「銀盆」とは、「三日月」或いは「満月」のこと。  そうすると…、「銀盆の反射を受けて輝く石」「泉の奥に眠る清らかな石」とは、  「シヴァ・リンガ」のことだと容易に想像が付くだろう。また、  「銀盆の反射」とは、「星月夜の光」即ち“ルシフェル系の冷たい光”を指す。  これこそ即ち、「銀の月の粉」ではなかろうか?  因みに、この石は、「大洋にありて、真珠の光」と別のところで表現されている。  (※「潮の満干は月の引力による」と言われていることに注意!)  つまり、結局のところ、この話は、  “「月」を土台にした「青の儀式」”の一要素を言っているのである。  さて、では、「泉に手を入れるな」とは、どういうことか?                                  HVHY 663/670 GCC01413 HVHY RE:比較象徴学。 (13) 93/01/22 06:45 662へのコメント                 〜 補 注 〜  前記#662の図を見ると、  「マルクト」の位置が「ティファレト」と「イエソッド」の間だとか、  「マニピュラ」と「スヴァディスターナ」の間だとか、勘違いされそうですが、  「マルクト」については“単に『4』(地球)に対応している”と考えて下さい。  因みに、カバラでは、「マルクト」を正に我々が立つ“地面”に対応させます。  以上の注釈にも拘らず…、 >>>  “『4』(地球)=「マルクト」=「ムーラダーラ」”  という解読も充分有り得ます。(※カバラの標準からは外れるが…)  その場合の『6』『4』『2』の位置関係は次の図の通りです。    [ティファレト]>  “太陽” 『6』              マニピュラ  |                     |    [イエソッド] >        |  『2』 “月”                     |   |スヴァジスターナ                     |   |    [マルクト]  >       『4』−−+                   “地球”                  ムーラダーラ  但し、この場合、「泉の奥」は「地球」だということになるでしょう。  (※前記#662では、「泉の奥」も“「月」の領域の一部”と見做している…)  この辺りは、微妙な違いのようでもありますが、  曖昧にはせず、注意深く行きたいと思っています…。  さて、俗に「太陽と月の結婚」と言われますが、  『月』というものについての理解が浅いと、それが失敗に終わることは、  今までの多くの解読からお分かり頂けると思います。  『月』を単に「太陽」との対比に於いて捉えるだけでは不充分なのです。  『月』は、「太陽」とセットである前に、「星」とセットだということです。  「銀の月の粉」は、「月」から降ってくるように見えながら、  実際には、「月」と“合わせ鏡”の「星」から降ってくるのです…。                                  HVHY 666/670 GFD00204 松川 貴     RE:「緑の領域」 (13) 93/01/22 13:22 653へのコメント コメント数:1  HVHYさん >新田神社の神官は、「漢字より読み方の方が大切である」と言っておりました。  私には、その新田神社の神官さんが、「考えるな」とおっしゃっているように聞こ えます。『記紀』はやはり政治的な意図を持った書物です。だからこそ、私は表記に こだわっているんです。表記にはその当時のエリートたちがおおやけには口にしなか った隠れた基準があるはずです。その隠れた基準が地下に根を張り、地上に『日本書 紀』の疑似漢文となって現れたわけでしょう。  現在の日本の神社関係者で『記紀』の記述にたよらないでいられる人は皆無でしょ う。ですから、8世紀の初めに出来たこの政治的な書物は、1300年近くの時を越 えて、現代の日本人の民族意識をも呪縛しているといってもさしつかえないと私は思 います。普通の日本人は神道の理の面には無知ですから、当然神社などの神官をたよ りにします。しかし、その神官たちがたよっているものが、実は8世紀以来の仕組ま れたイデオロギー──対立史観さえ一方のイデオロギーを写す鏡です。結局同じこと なんです──でないという保証はないのです。(神官たちは、実際には何が起こった のか具体的にはちっとも知りません。それなのに、いったい何をどう正そういうので しょう。)  やはり私は「可愛之山陵」と「高屋山上陵」・「吾平山上陵」との間には暗黙の区 別が存在すると思います。  あまりにも気にかかったので、今日朝のうちにまた図書館へ行ってきました。する と意外なことが判明したんです。底本として信頼度の高い岩波の『日本書紀』は「高 屋山上陵」と「吾平山上陵」をそれぞれ「たかやのやまのうえのみさざき」・「あひ らのやまのうえのみさざき」と読んでいるんです。(後で中公バックスの『日本書紀 』の当該ページを開いて確認したら、この本も「上陵」は「うえのみさざき」と読ん でいました。私は「抜け作」です。)  「上陵」は「えのみささぎ」ではありません。私はHVHYさんのメッセージ(#64 3)に触発されて、『歴史読本』の「皇室陵墓一覧」の振り仮名表記を確認し直した後 、内心顔を真っ赤にしながら、「葉隠・どうなる日本精神?」部屋の#113と#114を削 除したのです。実際『歴史読本』の振り仮名表記はHVHYさんのおっしゃる通りだ ったからです。  私は、「みさざき」というような言葉は存在せず、「みささぎ」が正しいと完璧に 思い込んでしまいました。それで、今度は岩波の『日本書紀』の漢文の記述をここに 転載するときに、なんとまた嘘の転載をしてしまったのです。  #652の以下の箇所です。 >  ヒサ    アマツヒコヒコホノニニギノミコトカムアガ    ヨ   ツクシノヒムカノ エ    エ > 久にありて天津彦彦火瓊瓊杵尊崩りましぬ。因りて筑紫日向可愛 此をば埃と >    ノ ミササギ ハブ > 云ふ。之山陵に葬りまつる。P142(振り仮名は実際は平仮名です)  すなはち、「之山陵に」のところに片仮名で「ノミササギ」と振り仮名を振ってい るのが、それです。ですが、そうではなく、岩波版の『日本書紀』の記述は「エのミ サザキ」なのです。ですから、今から載せる方が正しい表記です。 >  ヒサ    アマツヒコヒコホノニニギノミコトカムアガ    ヨ   ツクシノヒムカノ エ    エ > 久にありて天津彦彦火瓊瓊杵尊崩りましぬ。因りて筑紫日向可愛 此をば埃と >    ノ ミサザキ ハブ > 云ふ。之山陵に葬りまつる。P142(振り仮名は実際は平仮名です)  私は仕事場に古語辞典を置いているため、「みささぎ」という語を確認するのをつ い怠ってしまいました。そこで私はあらたに自宅用に古語辞典を買ってきました。今 それを使って「みささぎ」の項を調べてみましょう。 ┌──────────────────────────────┐ │ みささぎ【陵】〔古くは「みさざき」〕天皇・皇后などのお墓。│ │ 山陵(さんりょう)。                   │ └──────────────────────────────┘  私はほっとしました。「みさざき」の方が古いということは、こちらが本来の読み 方なのだということです。  この一連の私のドタバタで、結局、何が分かったのでしょう。それは、私が「葉隠 ・どうなる日本精神?」部屋に転載した「皇室陵墓一覧」の訓読法はおかしいという ことなんです。  「可愛〔此云埃〕之山陵」の部分についてみれば、取り方によっては「愛」の文字 は「アイ」と発音するんですよ、と言っているようにもとれます。しかし、そう読む と「可」の文字の処理に困ります。「筑紫」や「日向」だって音読みではありません から、当然前もって読み方を知っておかなければなりません。それなのになぜ、こと さら「可愛」の直後だけに「此云埃」のような不可解な注が挿入されたのでしょう。 そもそもこの注はもとからあったものなのでしょうか。注を挿入しなければならない ということは、何か重要な意味があるからです。しかし、今のところ私にもそれが何 なのかは分かりません。  とにかく「皇室陵墓一覧」の振り仮名表記は奇妙です。『歴史読本』の「皇室陵墓 一覧」のP157に出てくる花園天皇の陵墓名は漢字表記では「十楽院上陵」です。ちゃ んと「上陵」が出てきていますね。しかし、不思議なことに、この天皇の陵墓に限っ て「上陵」を「えのみささぎ」ではなく「うえのみささぎ」と読んでいるんです。他 はみな「えのみささぎ」です。一箇所だけですから、誤記ということも考えられます が、これもまた奇妙なことのように思えます。  『魏志倭人伝』から『記紀』の登場にいたる500年の間にいったい何が起こって たのか、500年といえば、相当な長さです。全国に残された宮内庁が管理している 名もわからぬ古墳のあるじ達。この人たちの名誉をなんとかして回復させてあげたい ものです。また、宮内庁の管轄から外されて放っておかれている古墳のあるじ達も。                                   松川 貴 667/670 GCC01413 HVHY RE:「緑の領域」 (13) 93/01/22 15:40 666へのコメント  −−−−−−−−−−−−−−> 松川 貴 さん  どうもお騒がせして申し訳ありませんでした。  「エのミササギ」という読み方をしたのは、  新田神社の人がそう言っていたので、鵜呑みにしたわけですが、  「ミササギ」の更に古い言い方が「ミサザキ」であったとは・・・。  歴史というものはやはり“奥が深い”のですね。(そういう問題ではない?)  (※これについては、どちらも嘘ではないわけで、あまり問題はないですね…)  さて、吾平山上陵が「アヒラノヤマノウエノミササギ」だとすれば、  これは単に「場所+陵」という型式のネーミングということになりますね。  因みに、地元では現在「アイラサンリョウ」と呼んでいるようです。  やはり「場所+陵」という型式に変わりありません。  一方、可愛山陵は、地元で現在「エノサンリョウ」と呼ばれています。  しかも、地元に「可愛(エノ)小学校」があるわけですから、  あたかも「可愛(エノ)」は地名のようであり、  可愛山陵も吾平山上陵と同様に「地名+陵」という型式だと思えます。  しかし、「エノミササギ」の『エ』は、地名ではない。  そうすると、松川さんの言われる通り、  可愛山陵と高屋山上陵・吾平山上陵との間には隔たりがあることになります。  つまり、可愛山陵の特殊性というものが際立ってくるわけです。  ところが、その歴史読本の表記を全く無視することも出来ませんから、  「アイラノヤマノエノミササギ」という場合の「エ」は「ウエ」と道義である  というケースを除いては、この読み方が正しいか間違っているか気になりますね。  「上陵」を「ウエノミササギ」と読んでいる例もあるとなれば尚更です。  これはもう、歴史読本の編集部に問い合わせた方が早いのかも知れません。  陵墓一覧のような本を作るのであれば、かなり“注意深く”編集するでしょうし。        〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ・ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  以上のことはともかく…、  私も、可愛山陵を理解する上では、  「此云埃」という挿入部分が最大のポイントになると思います。  これに関しては、既に、変な考察をしてみました。(#654)  さて、確かに、どこの神社でお札を貰っても、(※神社本庁管轄以外の神社は別)  “「天照皇大神」のお札を先頭に置け”と言われたりするのは、妙ですね。  元々は“そういうこと”は無かったはずです。  幾重にも幾重にも歴史が歪曲されてしまっているのです。  その絡み合った糸を解くことは余りにも困難ですが、  「だからこそ歴史は面白い」ということも又、真実なのかも知れませんね…。                                  HVHY 669/670 QFG02515 SHANA スパスシフィカの歌 (13) 93/01/22 19:57 「魔法のプリンセス ミンキーモモ 夢を抱きしめて」 というアニメの挿入歌で、 「マリン・マリン・マリン」 という歌がありまして、 その冒頭は以下のようになっております。  青い海の底 眠るのは  真珠の夢 人魚の涙  そして 私の恋…… まさしく、スパスシフィカの歌ではありませんか! ここでいう「私」は人魚さんであります。 そして恋のお相手はといいますと、  夢見る 私の王子さま  翼 広げ 抱きしめてね となっております。 なんと、“はね”が生えているんですね、これが。 でも、もっと奇妙なところもあります。 たとえば、  水の中から ずっとまってたの  めざめのキスで 魔法をといてね  そしたら ステキな Ladyになれるわ この人魚さんはいったい何者なんでしょうか? 言うなれば「眠れる海の美女」ってところでしょうかね。 そして、  遠くに見える 小さな島まで  涙を すてにいったこともある 謎はさらに深まります。 なんとなく、預言的解読ができそうなんですけどねぇ。 だれか挑戦しません? え〜と、この歌は、KING RECORDの 「歌うフェアリー・テール!」  というCDに収録されています。 アニメ・ソングのコーナーに置いてあると思います。 ちなみに、この歌の作詞は、小森まなみさんという人です。       実はミンキーモモをほぼ全話ビデオに録ってある SHANA でした PS.オタクではない。 670/670 GGD02212 *ねぎひさお* エ? えーっと… (13) 93/01/22 23:19 654へのコメント 「エノミササギ」についてはNOISEさんのコメント(#657)のとおりだと思う。 「埃及(エジプト)」など、外国の地名の多くは、中国語で発音の近い字を あてた('エイチュウ?'トカイウノカナ?)のを借用したものだったように思う。  ところで、漢字の「音読み」の殆どは、かつて韓半島(朝鮮半島)からの 渡来人に習った読み方が元になっていた。これは旧仮名づかいによる読みを 見れば一目瞭然で、中国語よりも韓国語による読みの方が良く一致する。  ちなみに「愛」の韓国語読みは「エー」とやや口を大きく開いて発音し、 ハングルで oH (近似的に表示)のように綴る。カタカナのエを横にしたような 部分 H が母音[ε]を表し、[a]と[i]を表す要素を合成して作られている。  [ai]が[e]に転じるのは日本語でも珍しくなく、方言でよく見られる。 「俺の田舎の鹿児島じゃ、『貝を買いに来い』というのを『けけけ…』」 ってな歌を昔ラジオで聞いた。  余談ですが(コメント全体が殆ど余談ですが;)「埃」は「非常に小さい」 ことの表現でもあり、分・厘・毛 … 塵・埃(「埃」は「分」の十億分の一) というふうに下って行って、さらに…清・浄 … 曖昧・模糊…というふうに なっていたように思う。(私の記憶の方がアイマイモコとしております。) ?→___________→?        |        左図はカタカナの「エ」の字形からの    D-cross? |↑エイッ!        |        自分でも意味不明の思い付きです。    エッ?↓| D-jump?        |        深く考えないで下さい(^^;)*ねぎ* ?→ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄→? - FARION MES(14):・壁(2)=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・= 93/01/22 - 914/934 NAG02033 EX 苦情受け付けます。 (14) 93/01/21 22:51 ******** 芯のうねり ******** 私がそのままの報いである果実と愁いを、 当然に受け取ってのち(不承不承)、立ち還ってみると・・・ 静かである。 通常の原初の目で目撃された通り、 かまわないから、DANCE!DANCE! 表面のさざ波ではなくて、 我々が一体である深い底のうねりを 感じさせてくれないか? それらすべてに永遠の刻印がされている。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 神は、生まれては滅びる様なものが、 欲しいのだろうか? それとも、その賜物の誕生と滅びをただ見つめる事を、 お望みだろうか? この私は、影の滅びに荷担している・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 中心は動いてはならない。 916/934 GDB00064 オリハル 神の光 (14) 93/01/21 23:01 あなたの真実! 共に神の光を生きよう! オリハル 917/934 MHD02672 TAO 完璧な読み違いでした(_ _;) (14) 93/01/22 00:58 909へのコメント コメント数:1  >シゲさん  改めてシゲさんの一連の発言をじっくり読み返してみたら、げげげ…。  完璧に読み違ってしまっている!シゲさんは「障害者」としての自分を  否定したのではなく、家族が自分を認めないことに対して愚痴り、反発  したのですね?そういうことでしたら、#901は完全なフライングでした。  ごめんなさい(_ _;)。  私は大学時代から福祉関係の運動を体験していて、今も聴覚障害者の  福祉運動に携わっていますが、現在のシゲさんのような、あるいは  もっと重度の肢体障害者の方々とも関わり合う機会が少なからずあり、  過酷な状況にも関わらず自分の人生を貫こうとしている方々の姿には  胸打たれるものがありました。だから、シゲさんの一見「自己否定」の  ような文を読んで、冗談じゃないよと過敏に反応してしまったのですが、  それが完璧な読み違いとは…トホホ。  :僕の家じゃ「障害者は障害者らしくしなさい」「家族の指図に従って  :いなさい」っていううちなんだ。  うん、私も、家族によって「障害者」がスポイルされて来た例をずいぶん  見て来ましたから、そういう家族がいるってことはよく分かります。  例えば、耳の聞こえない一人娘に対して家を出ることを許さず、その娘さんが  50代になるまで、家に縛り付けていた母親もいましたし(結局、その娘さんは  母親と凄絶な大喧嘩をやらかし、50代を越えてやっと家を出られましたが)、  また、これも耳が不自由な息子に、本人の意向などお構いなく理不尽な要求を  繰り返し、結局息子を病的な精神状態に追いやった父親もいました。  私はその娘さんも息子さんもよく知っているのですが、理解を持たない家族の  横暴さとは恐ろしいものだ、と実感させられるほどに、後遺症が強く残って  います。  :だから、家族の中では、僕に生きる価値は与えられていない。僕自身は  :生きる価値というか、生きる楽しみを前向きに探してるつもりだ。  :「N」の家庭の中に、生きる価値を見出せなくなったことを、愚痴った  :だけだ。  そこまで見えているのでしたら、シゲさんは絶対スポイルされないでしょう。  :一部の国では、施設も、職員も、入所している人も輝いていますよ。  :それに比較して、日本の大半の施設はどうでしょうか。  ええ、日本の現状は恐ろしく貧相ですね。最初、私はシゲさんが  施設に「障害者」が入ること自体を否定していると思ったのですが、  そうじゃなくて、日本の貧弱な現状では、「障害者」をありのままに  輝かせることは出来ないんだ、という意味だったのでしょうか。 ただ、お節介ですが、結婚で家を逃げ出すという発想は勧められないです。  やはり無理解な家族から逃げ出すために、まだ学生の身で結婚に踏み切った  「障害者」の方がいられましたが、結局離婚しました。「やはり、逃避の  ために結婚を使っては駄目ね…相手を利用して、相手を不幸にしてしまった」  と。  身体が自由に動かない方の場合、親を慕うにせよ、憎むにせよ、果たして  親と別れて暮らして行けるか、恐怖感があっても当然でしょう。しかし  誰でも、いずれ親がいない状態で生きて行くことに入らざるを得ない。  自分が先に死なない限り、親の死を絶対見なければならないのだから。  なお、私にとっては耳の聞こえない身体を持って生きることは、誰かとの  “約束”になっているように感じられて来るようになりました。  アーリオーンは言ってくれました、  −−−あなたのケースでは、そのことは前世からの申し送りとかに関係ない。     あなたは、その属性を身につけてこの世に在り生きて、生き抜くことで     他者を生かしてゆくことを覚えるのだ。それこそが、あなたの魂の望む     ことなのだよ−−−  TAO 919/934 GBA01276 しまうま たまごさんへ (14) 93/01/22 07:49 911へのコメント コメント数:1  こんにちは(^_^)。  #908では、「こんなの、どうだっていいやって思っちゃう。」だなんて人の発言 にコメントする態度とは思えないような書き込みをしちゃいました。こっちこそ、 ごめんね。  たぶん僕とたまごさんは、いろいろ考え方とか感じ方とか、物事の表し方なんか が違うんだと思う。でも違ったからってたまごさんに対する気持ちは変わったりし ないし、留年生同士だし(こんなんで友情感じて欲しくないかな?(^^;))、やはり 違うから理解しようと思うんだと思うし、だから感じたことをスッパリと・・・でもホ ンワリと・・・でもいいんだけど、言っていただいてぜんぜん構わないですよん。とゆ ーか、むしろそれが嬉しかったりします(^_^)ホントホント。  #912のお話も聞かせてもらっちゃった。  なんだかたまごさん、ちょっと辛そうだな・・・とゆう感じを受けるのは僕の思い込 みかもしんないけど・・・。思うこと感じることに、理由なんていらないよ。っていう のは甘い考えかなぁ。  あ、そだ。それより何より、テストがんばってねぇぇ!!      しまうま 920/934 HBA00401 PHOQUE 無題 (14) 93/01/22 09:01 コメント数:1  ひきだしは閉じてしまおう  箱庭の幸せはみなかったことにして…‥ § 921/934 HBA00401 PHOQUE だけど,と敢えて言うけど…‥ (14) 93/01/22 13:36 908へのコメント コメント数:1  文字によるコミュニケーションの限界ってことなのかもしれないけれど, 「実際に逢えば,印象が変わると思うよ」(あるいは「そんな人じゃないっ ってわかるよ」)っていうのは,なんか全然問題の解決になってないような 気がする。 **:  知るひとぞ知る某フォーラムで,私は運営にたてついている問題会員だっ たりするのだけれど(笑),そこの運営のとりまきらしき連中(運営グループ とは公式には無関係)から,RTCなどでよく「PHOQUEさんも一度オフに来 て下さいね(^_^)」かなんか誘われるのだけれど。なんか,「懐柔してやろ う」という魂胆がミエミエで,結構気分が悪い。 (なにしろそこのフォーラムのオフ会議室は,オフ後の報告は歯が浮く誉め  言葉−特に初対面の人の容姿について−で胸が悪く成りそうなくらいなの  である(^^;))  確かにね,実際に逢えば,百万の言葉を交わすよりも理解しあえるかもし れない(あくまでも「かもしれない」だからね)。だけど,実際に本人を目 の前にしてしまったからこそ見逃してしまうことだって,絶対にあると思う し,逆に,物理的なかかわりがない関係だからこそ忌憚のない本音で接する ことが可能になる部分だってあるんじゃないのかなぁ。  昨日,ある人と話していてその時にも言ったことなんだけれど,ネットの 中での自分が日常生活の自分から離れて一人歩きしている,というのは確か にあると思うのね(ここ=FARIONでのPHOQUEと,日常での私の評判の差と言 ったらそらもう凄まじいもんですわ(^^;))。  だけど,それはどっちかがホンモノでどっちかが仮の姿,なんてことはな い,と少なくとも私は思ってる。「こうありたい自分」も「こう見られたい 自分」も「こうありたいけれど,でもそうできない自分」も,全部本当の自 分なんだし,たとえ自分を偽っていたとしても,「偽る」という行為の主体 としてのメタ自己みたいなものも含めて全て自分なんだってね。  そこにギャップがあるとしても,それは多分,平面図と俯瞰図と断層写真 とサーモグラフィと…‥,とそういう見る角度/見せ方の差に過ぎないんだ と私は考えるようにしてる。全ての見方を同時にすることが出来ない以上, どこを切り取ってどの角度で見せるか,見られるか,その違いは避けようが ないんじゃないかってね。 **:  それに,実はここのところが私が一番気にしているところなんだけれど, 「実際に逢う」という形のコミュニケーションが本来のもので,通信上のみ (=文字のみ)によるコミュニケーションはその代用品というか,仮のもの というか,要するに「ホンモノではない」という,なんかそういう枠に,自 らはまり込んでいってる,そんな気がするのね。  ひょっとしてそれって,とっても寂しいことでない?  確かにネットはコミュニケーションの為のツールだけど,それを「実際に 逢う」という形のコミュニケーションの代用品として捉えることは,ネット の可能性に自ら枠をはめて狭めることではなかろうかと思ったりするわけだ。  だって,その枠に従うなら,物理的に逢う機会のない人同士のコミュニケ ーションというのは,永遠に「仮のもの」のままになってしまうわけでしょ? そういう物理的限界を越える為のツールとしてネットワークのコミュニケー ションを捉えている人間からみれば,それはネットの可能性を矮小化するこ とに他ならないし,個人的には,大事に思ってるものを過小評価されたのと 同じ様なくやしさを感じてしまうのね。 **:  「実際に逢えば解りあえる」っていう言葉を目にするたびに,いつも気に なっていたことをちょっと書いてみました(^^;)。  ここで「全てのコミュニケーションは幻想である」なんてこと,まさか誰 か言い出さないでよね(^^;)。                  成熟したネットワーカーを目指す(笑)                       ** HBA00401/PHOQUE ** P.S. とはいえ,シゲさんが「諦観」なんて言葉の全然似合わない人だって   ことは,私も同感。それは,彼に逢う前から持っていたイメージ通りで   はあるんだけれどね。 922/934 SDI00635 みれ RE:無題 (14) 93/01/22 14:58 920へのコメント コメント数:1 RE:#920 PHOQUEたんへ  やだいやだいっ! ひきだしを閉じるのは、反対だぁ〜。  箱庭の幸せも、本当の幸せも「コミュニケーション理論」の「通信」と 「物理的な出会い」のどっちが本当か?ってのと同じ様に、どっちも本当 の幸せの切り取り方の違いだけ、ってことにはならないのぉ?  なんでもいーけど、そこに幸せが見えるのに手にとらないのって悲しい。  あたしは自分が悲しいのって何とか解決できるから、まだしもだけどさ 誰かが哀しくなるのを見てるのは、じぇーったいに嫌だぞい(^^;)  ところで、箱庭の幸せってなんだい?(^^;)                            ☆みれ・:・。,☆ 923/934 GBD03557 シゲ RE:完璧な読み違いでした(_ _;) (14) 93/01/22 16:17 917へのコメント コメント数:1 TAO さん、こんにちは。 まあ、僕の場合、どうともとれる表現を多用しますので、誤解されるのが当然かも しれません。ごめんなさい。 : ただ、お節介ですが、結婚で家を逃げ出すという発想は勧められないです。 : やはり無理解な家族から逃げ出すために、まだ学生の身で結婚に踏み切った : 「障害者」の方がいられましたが、結局離婚しました。「やはり、逃避の : ために結婚を使っては駄目ね…相手を利用して、相手を不幸にしてしまった」 : と。 実際問題として、結婚する相手がいません!(^^;) アイテガイナケリャショウガナイ しかしながら、愛する人はいます。TAO さんもご承知かと思いますが、僕は人を 愛することを、避けてきた人間です。失うことへの煩い、傷つけること、不幸に してしまうことへの危惧。 そんな僕が、今、人を愛しています。自分の利害のためじゃなく、ただ、その人の 側についていてあげたい。見守ってあげたい。 TAO さんのいわれたその過ちは、僕は、結婚こそしてないものの、一度経験してます。 それを踏まえた上で、今、人を愛してる。 もっとも、片思いなんですけどね。 と、いうことで、家を逃げ出すんじゃなくて、家と距離を置く。という所でしょうか。