- FARION MES( 2):【居酒屋1999】雑談・自己紹介--------<07> 93/02/16 - 158/181 HGG01312 たまご ちょっとおセンチな今夜 ( 2) 93/02/15 22:07 コメント数:1   THE DOOR IS ALWAYS OPEN. −第3幕−    よくあるようなバーのカウンター.   久しぶりに店に来る常連客,マスターを相手に語りはじめる.   以下,常連客の台詞のみ記述.   やあ,おひさしぶり.   ちょっと,ここのところたてこんでて,忙しかったものだからさぁ.   あ,おしぼり,どうも.   ちょっと,見ない間に店改装したんだね.驚いちゃった.   それから,マスター正式にこの店に就職したんだってねえ.おめでとう.   あとさあ,ボトルキープがもうすぐ3000本なんだってねぇ.   世の中景気が悪いそうなのに,ここは,いつも繁盛だね.   ちょっとした世間話の後,突然,表情が暗くなる常連客.   照明少し落とす.   あと,ちょっとさ,ニュースを聞いたんだけどさあ.   あのひとやめたんだって.ほら,彼さ.   うん,そう.   いや,ちょっとさあ,頼りにしてたから,惜しい人をなくしたと思って.   あは,そうだね.死んだ訳じゃないけど.   あと,いつもきてた常連がいたでしょう?   うん.いつも,わたしとじゃれてたあいつ.   ああ,こなくなったんだ.そうか.   マスター,バーボンくれない?   あ,おごりなんだあ?   そう,ありがと.   でも,バーボン飲んだ事ないんだよね.   あはは,ちょっと,酔ってみたくてさあ.   マスター,客にバーボンを渡す.   常連客,思い出したように呟く.   ね,マスター.いいよね.この店.   来るものは拒まず,去るものは追わずでさ.   いや,そんなことないよ.   いい店だって.   だって,いつも扉が開いてるだろう?    壁ネタかもしれないけど,ここに書きたかったの(^_^; たまご 159/181 GBG02043 維/YUI RE:ちょっとおセンチな今夜 ( 2) 93/02/15 22:57 158へのコメント コメント数:1 あ?あのお客のようなふりした、皿洗いのに〜ちゃんでしょ? そのうちもどってくると、ふんでいるのだけれどねぇ〜〜〜〜私は。 だって、まだ半分も飲んでないんだよ、ボトル。 ここのボトルは1999まではとりあえずKEEPしてあるって噂だし。                           維/YUI。 PS: だって、帰って来てくれないと、皿洗いとゴミ当番が・・・・(^^;) 164/181 HGC02325 ガッチャ 3000人突破おめでとう\(^_^)/ ( 2) 93/02/16 00:27 143へのコメント コメント数:1  02/07 16:11の時点では3049人だったんですが、途中退会した人の番号が先詰めさ  れていなかったのでしょうね。  また、さっき見たのですが、今度は 3113人でした。  まさか、もうすでに3000人を越えていたって事はないですよね(^^;)  (あっ、なんかあげあしとりみたいになってしまったな〜)  ともあれ、約10か月近くでこの会員とは...  5月の満1周年では 3600人の予定。  最初の頃とは違って、ますます変な事は書けなくなって来たにもかかわらず、最近  になって、変な書き込みをしているではないか!>をれ  おめでとうございます。  これもひとえにみれさんの魅力のたまもの!!  あと、SUB-SYSさん達のしっかりとした運営!!  これからもよろしくお願いします。  (ヤダヨォ〜って言わないでね(^^;))                              ガッチャ 167/181 JBH00742 COOL RE:どもども ( 2) 93/02/16 00:41 146へのコメント コメント数:1  RE:138 維/YUIさんへ  RE:146 スマルさんへ  話しかけ易くなったって…。  そしたらそれ迄は話し辛らかったって言うことですか?(^^;;)  私の場合、変わったというか変えてもらったというか、そんな感じです。  そんなこと言ってるスマルさんも変わった。(笑)  あ、あのぅ維/YUIさん。  「猫が剥がれて来た」っていうことですが、私は“犬”なんです。  …ってなもんで、お休みなさい。 168/181 JBC02250 伊藤博章 RE:人間の目に余る行動・・・ ( 2) 93/02/16 01:06 144へのコメント しまうまさん元気!! しまうまさんって☆とってもやさしい人ですね☆!!(@。@);ニコニコ いやね、私は他の人にこのようなことを言っても聞き入れてくれる人は、ほんのごく わずかなんですよね!! ●ほんとうにうれしかったですよ(^。^) 先の文章で一番心に残ったのは、次の通りですよ @幸せになるために奮闘するなら、他人とではなく自分自身とするべきである事 A自分になにができるかを検討し、それについて実施していくつもりですとの事 私自身自分で何をしたらいいのかは、定かでは有りません。たとえそれがかなえられ ないかもしれません。単なる自己満足じゃないのと言われるかもしれません。 しかし私は一人の人間として、孫達から預けられたこの自然界を救う義務があるし、 どう生きても一つの人生ならば、この人生を生物の幸せのために使っていきたいとお もっています!! かっこいいこといっているけど、結局何もできないのかもしれませんが・・・ PS  甘エビはいいよー!!魚のぶりもおいしいぞー ちと恥ずかしいのだかこの前肉じゃがと鳥のうまにを作ってみたでー もしよければアマエビ送ってあげようか(クールたっきゅうびんニテ) 175/181 GBA01276 しまうま RE:今日(2/15)のメッセージに ( 2) 93/02/16 06:57 148へのコメント :微笑みが、蝋人形のようにならないためには、細かい修正ってか、破壊・創造が :つきものなんだけどね・・・。 なんかさ・・そういうのが思いっきりできない :のって嫌じゃない?  思いっきりやっちゃえ〜〜〜っ!! \(^O^)/ソレソレーイ!!!  無理におしとやかにしてると、心と体によくないんだぞい。スネたり愚痴ったり 怒ったりってのは、笑ったり喜んだりってのと同じくらい生活必需品だもんね!  なんて、いいコぶりっこの僕が言ってもぜんぜん説得力ねーけどさ(^^;)。ま、経 験者談とゆうことで・・・。  あ、そいえばこういうこと、YUIさんから学んだ気がするなぁ。  がんばれよーう!! YUIさん’S PACE で、ね。   ^_^  しまうま 176/181 GBG02043 維/YUI 今日(2/16)のメッセージに ( 2) 93/02/16 11:30 >>★小川の音に溶ける程の言葉だけれど、確かに維/YUIさんに届く幸せ… 小川に溶けた言葉 風に乗った言葉 日溜まりでふくらんだ言葉 霜で凍った言葉 そこから、幸せの糸を紡ぎだすのは、 私達の仕事 何一つ、欠けるものなどなく 織り上げる、タペストリー 紡ぐのが面倒なときもあるし 織るの手が疲れてしまうこともあるけれど それでも・・・ね 止めないと思う 幸せは、いつでもあるけれど 留まってはいない 昨日の幸せは今日の幸せとは違うかもしれないけれど だからこそ幸せなんだね 明日も幸せと共にあるように 心からの祈り                              維/YUI。 177/181 NAA02416 放浪惑星 RE:3000人突破おめでとう\(^_^)/ ( 2) 93/02/16 12:22 164へのコメント  89年の11月にオープンした某将棋&チェスフォーラム(どこが某やねん (^_^;))の会員数は、最近9千人を越えました。1年約3千人のペースですね。 まぁ FSHOGI の場合は、シスオペさんの魅力の賜ではないと思いますが(^_^;)。  ちなみに私はパチンコフォーラム(FPACHI)でもサブシスをしておりますが、 こちらは去年の9月のオープンで最近5千人を突破しました(^_^;)。うーむ、 なんちゅう厭味なサブだろか(^_^;)。  なお本日の午前6時現在における FARION の実質会員数は2971人です。ただ し、いわゆる幽霊会員さんもそこそこにいらっしゃいますが。 178/181 GBG02755 スマル 変ったと、自分で感じているよ。 ( 2) 93/02/16 12:32 167へのコメント コメント数:1 と、言うか、仮面がいっぱい在ることに気付いたってことかな。 聖女、悪女、少女、老婆、賢女、愚女、淫乱、貞淑、DRY、WETなどなど。 で、自分が自分を楽しんでいるって感じ。 最近は悪女ってかいたずらな私が好きなんだな。 軽いのがお好き。 でもあんまりお調子に乗ると、メって聖女が叱ったりするもんで、 そこらへんが、また、面白い。 本質がどうも女々しいもんで、表くらいは、DRYでありたいんだ。 同じ悩むなら、遊び心を持って悩めたら楽しかろう!                      ニャハハ スマル - FARION MES( 6):・壁(1)=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・= 93/02/16 - 390/411 GEB00123 しょうる RE:RE:キャプテン・フューチャー ( 6) 93/02/16 00:49 385へのコメント コメント数:1   エドモンド・ハミルトンといえば、思い出すものがあります。   ずっと昔、びっくり日本新記録が1回終わった時、   「スターウルフ」という、   当時日本で始めてのTVSFドラマだという触れ込みで   はじまった番組がありました。   「スターウルフ」は地球人なのですが、   異星人に育てられて、その異星人の星が攻めてこようとしたので、   反旗を翻して戦いに乗り出したという話だったかな。   なかなか好きでした。   地球人の仲間の乗る「バッカス三世号」とかその船長の宍戸錠が、   いい味を出していました。   半年で終わってしまったような気がしますが、毎週みてました。   原作は読んだことがないのですが、確か、エドモンド・ハミルトンの   作品を元に作られたドラマでした。                      しょうる 395/411 PFA03317 Eddie おーおーおーYES!YES! ( 6) 93/02/16 03:40 365へのコメント  私の未だに愛聴盤の"Going for the one",これを高校時代に聞いて、宙  を舞う様なボーカルと知性的かつ、パワフルかつ、美しい曲に脳味噌  がひっくり返ったのでした。  で、未だにひっくり返りっぱなしというわけ。                やたら興奮している Eddie 399/411 SDI00617 英理庵 RE:元発言がどこだかわからない ( 6) 93/02/16 12:06 380へのコメント  RE #380 たまごさん  キャプテン・フューチャーの原作についてのコメントは、さはしさんからあ りましたので省略。んで、ちと堅い話。  NIFへのアクセス頻度やそのパターンってのはひとそれぞれですね。興味 のある会議室だけ登録しておいて MREで一気読みというひとが多いかと思うの ですが、タイトル一覧を表示させて興味のありそうな発言のみを拾い読みする ひと、あるいはメッセージのみを表示させてから、コメントリンクを利用して 関連発言をまとめてダウンするひともけっこういます。  そのようなひとたちに対する配慮として、タイトルはできるだけ内容を適切 に表したものにする(特にメッセージ)、コメントリンクは正しくつけてマル チコメントは避ける、てな姿勢が望まれます。コメントにおけるタイトルの付 け方についてはちと難しい問題がありまして、まだコンセンサスが得られてな いとは思いますが。  今回たまごさんが「元発言がどこだかわからない」てなことになってしまっ たのも、単に未読が多いからだけではなく、タイトルと内容の不一致も原因の ひとつではなかろうかと想像しています。まぁ「壁」ってのは落書きなんで、 そう堅い姿勢は似合わないかもしれませんが、ほかの会議室においてはお互い に注意しましょう。 400/411 SDI00617 英理庵 スターウルフ ( 6) 93/02/16 12:06 390へのコメント  RE #390 しょうるさん  うん、スターウルフもエドモント・ハミルトンの作品ですね。ハヤカワSF 文庫に収録されています。確か全3巻だったと思いました。比較的後期の作品 で、ちょっとハードボイルドな雰囲気の漂う暗めのスペースオペラでした。テ レビドラマになったスターウルフも見ましたけど、僕としては不満がありまし たが(^_^;)。宇宙船にGがかかって宍戸錠の「あの」ほっぺたがプルプルと震 えるシーンがなぜか印象に残っています(^_^;)。 - FARION MES( 7):★アリオン世紀末書き込み寺----------<01> 93/02/16 - 795/804 HGB02122 天祈 RE:怒りと破壊行動について思う事 ( 7) 93/02/15 23:06 784へのコメント コメント数:1  レスありがとう。  確かに、最近は激しい感情を持って怒られるという機会が減っていますね。  また、「怒る」ことはとても「大人気なく」て「悪い」感情で、抑制される  ことが人間関係にとって好ましいとされる向きがあります。  「喜び」も「怒る」ことも、心の底から吹き上げてくる感情からしてみれば  同じことですよね。  怒り=破壊行動−−−>罪悪感−−−>別の感情  憎悪とは、どういう感情なのだろう?  別の感情とは?  怒りは何故、破壊行動を伴う(わなければならない)のだろう?  >人はそんな怒りという感情に耐えられるほど強くないから、破壊行動等で別の  >逃げ道を捜す。  「逃げ道」というニュアンスには、何等かの「抑制」が絡んでいるためだとも  思えますし、単純に破壊行動につなげてしまうのは、それが一番の近道である  のかも知れませんね。  >いつか、憎悪にも耐えられなくなる日がくるのかも知れない・・。  ふむむ...                              HGB02122 天祈 796/804 HGB02122 天祈 RE:怒りと破壊行動について思う事 ( 7) 93/02/15 23:07 786へのコメント  初めまして。OZ弐さん。今度ハンドルの由来も教えて下さいね。  確かに、「怒り」は、体の内側にくすぶってしまうものですね。  思い切り喧嘩を始めてしまうとか、茶碗を壁に叩きつけるとかすると、  案外気持ちがすっきりしますよね。  バイクで走っていて、トロい四輪のサイドミラーを思い切り蹴り壊した  あの感覚(^_^;  とにかく、「怒り」は一人では消化し難い感情のようです。  「怒り」を真正面からぶつける何か(物、者)がないかぎり、  発散されない感情だと思っていいのでしょうか?  辞書で引く限りは、かなり広範な意味にも取れます。  満員電車の中につまった感情も、「怒り」だとするなら...?                           HGB02122 天祈 797/804 HGB02122 天祈 RE:怒りって。スマルの場合 ( 7) 93/02/15 23:08 787へのコメント コメント数:1  こんにちは。(^_^)/  「不快な気持ちが表面に出てくる...」  OZ弐さんが辞書から引用してくれた一端です。  やり場のない怒りが噴出して、「悲しみ」に転換され、若しくは「憎悪」に  なって心に居座る...  再び「憎悪」という言葉が出てきましたね。  私は「憎悪」について、今まで考えたことがありませんでした。  *自分の心に添う(沿う?)ように、現実を変えて行こうと努力することが、  *怒りの訳のような気がします。  怒りの方向性を、ある種の「創造」に持っていくということでしょうか?  「喜ぶ」「楽しい」と言った感情は、何かから干渉されて心が変化した  結果で、自分自身に返ってくるものです。大概、そこで終わりますね。  「悲しみ」もそうですね。ひっそりと自己が解消していく感情です。  「怒り」自分から発せられた「怒り」は何かに対し、再び「破壊」という  側面をもって行使されなければ解消されない感情だという共通した見解が  幾つかありました。  「怒り」を抑圧しようとすると、「憎悪」に変ってしまう...  何か行動を起こすことにより、「創造」に持っていく...  感情と行動の狭間で揺さぶられながら、何かを見つける。  スマルさんはこう言いたいのかな?  もしかしたら、「怒り」は「鏡」として心に作用すべきものなのかも知れません。  「喜び」という感情は、実は「鏡」という反射のいらない、傲慢な危険を  含んだ感情なのかも知れませんね。←ヒネクレ過ぎ?                           HGB02122 天祈 798/804 HGB02122 天祈 RE:怒りについての私見 ( 7) 93/02/15 23:09 791へのコメント  レスありがとう。  竜人さんは3つの点を上げてくれましたが、これらは全て、「他」との関わり  から生じるものです。勿論、「感情」というものは「他」からの干渉、「他」  への干渉から湧き上がる情動ですね。  >貯まりに貯まった怒りはどの様な形で吹き出すのでしょうか?  これには非常に興味があります。  最後まで怒りを見つめつつ、増幅して行く怒りの姿を観察できたら、自己の  見えなかったありかたが浮き彫りにされてくるのではないでしょうか?  そこで「創造」する行動につなげると、スマルさんへのコメントで発言しました。  すると、激烈な感情に流されることなく、あくまでも自分の感情だとして  見つめることも必要になってくるのでしょうか?  また、冷静客観的な自分を心に忍ばせておくことで、「怒り」の本質から  離れ、濁った「怒り」となってしまう危険性(=抑圧)になってしまうのも、  妙な事だと思います。  む、難しい...  マトモじゃないもの (^_^;                            HGB02122 天祈 799/804 HGB02122 天祈 「怒り」と、今までの感想 ( 7) 93/02/15 23:11  「怒り」について  破壊衝動はさておき「破壊」というものには、嫌なイメージが浸透していますね。  また、そのイメージが故に、常識としての「怒りの抑圧」が作用していると思われ  ます。  もしかすると、どうしようもないところまで、怒りと己れを対峙させる、  これがもっとも「怒り」の理に適っていることかも知れません。  (言ってしまえば、怒りの持続)  例えば引き絞られた弦に乗せられた矢のような、そんなイメージがあります。  タメられた矢は、真っ直ぐに的を射ることもあるだろうし、とんでもない方向に  ずれてしまう、といったことも考えられます。(プラス=創造、マイナス=破壊の  イメージとして)  とすると、憎悪にはどうも別な意味合い(発露としての)があるような気が  します。  さて、上記について、レスがあったら嬉しいな。                              HGB02122 天祈 800/804 GEC02256 てんてる 質問です。 ( 7) 93/02/16 01:11 てんてると申します。 唐突な質問なので無理に 応えて頂かなくても結構です。 私が今まで読んだ本の中に、 1976年に出版された「天国の扉」に始まるシリーズ (千乃裕子 著)が有りました。 ご存知でしょうか? もしご存知でしたら、その後のことについてお教え下さい。 またラプチャーは既に終わりましたか? 801/804 HGG01312 たまご 怒りのみなもと? ( 7) 93/02/16 01:19 795へのコメント   動物学的(?)に純粋に感情を分析するなら,「怒り」と破壊行動が結びつくの  は自然なことなように思えます.(専門家ではないので詳しいことは分かりません  わたしが観察した範囲内です)   身近な動物,例えば犬,などを見ていて犬が「怒る」のはどんなときでしょう?   自分のテリトリーに他の犬が入ってきたとき?あるいは,餌を近所の猫に横取り  されたとき?はたまた,近所の幼児に尻尾をおもちゃにされたとき?   さて,これらの場合,動物の本能として,どんな行動が予想されるでしょう.い  ずれも,戦闘もしくは防御行動に移らなければなりないでしょう.   感情を快と不快にわけるなら,「怒り」の感情は明らかに不快な状態で,しかも,  かなり不快の度合が高いというときに発生します.野生動物を考えるなら,かなり  不快な状態というのは,生死に直結する可能性が高いのではないでしょうか.つま  り,不快な状態=死が近いという仮定がもしも成り立つなら,「怒り」が発動され  るその状態は生物にとって緊急事態なわけです.   人間においても,怒りが破壊行動(もしくは衝動?)を引き起こすのは,この野  生時代のなごりではないでしょうか.怒ると顔が赤くなったり,体が熱くなります  が,これは体内の血流量を増加させ,突発的な行動に対応するための準備と考えら  れるからです.   しかし,人間の場合怒りが戦闘行動に結びつかなければならないことは,普通の  社会生活の場合,考えにくいでしょうから,怒りが発動されて,体がエネルギーを  貯えているのに,使われることはありません.このギャップ,アンバランスが罪悪  感あるいは別の感情などとして,放出されるのではないでしょうか.  結論:   怒りの感情に耐えられないから破壊行動を取るのではなく,怒りが破壊衝動を引  き起こします.怒りのエネルギーはその成立要因からみて莫大なものです.しかも  人間社会においてはあまり使い道がありません.  怒りの解決策:   怒りを発生しないようにすること.動物にとって,怒るのは重大事なわけです.  しょっちゅう怒る人はその機能がどこかおかしいとも考えられます.怒る前に,そ  の感情の原因を取り除いてやればいいのです.怒っていることは,当人にはそうで  も,他人にはたいていつまらないことが多いものです.   別の方法.せっかくため込んだこのエネルギーを別の用途に使えるとすれば,こ  れは効率的です.怒る度に走って来るとか,大声で叫ぶとか,発散させることが必  要でしょう.しかし,もっと進んだ使い道として,創造的な仕事に振り分けられれ  ば,仕事の能率が相当アップするはずです.   ただし,これらの手段をとるには具体的にどうすればいいのかは知りませんの  で,あしからず.(^_^; たまご 802/804 GDB00064 オリハル SEIKO MATSUDA = St.MATHILDE ( 7) 93/02/16 01:24 私が聖子さんとの過去の生涯を思い出したことや、現地(東ドイツ)に行った事、等々 は追々述べて行く予定でいます。今は、聖マチルダ皇后の紹介をさせて頂きたいと思い ます。 「聖者カレンダー」(中央出版社、¥7500)によると、3/14は聖マチルダ皇后 の日でした。他に、同時代人がいないかどうか「聖者カレンダー」と「教会の聖人たち (上)及び(下)」(中央出版社、各¥4635)を調べますと、他に6人、全部で7 人いました。  3/14 聖マチルダ皇后  7/13 ハインリヒ皇帝       = マチルダ皇后の孫  8/16 聖ステファノ(ハンガリー)王= マチルダ皇后の外国の義理の息子(王)10/11 ケルンのブルーノ司教    = マチルダ皇后の末っ子 10/31 ウォルフガング司教     = 一人の同時代人 12/16 アデライデ未亡人      = マチルダ皇后の義理の娘(王妃) 驚いたことに10/31の人以外はすべてマチルダ皇后と深い関係があったのです。  日本キリスト教団出版局(〒160 新宿区西早稲田2−3−18)から1986年2月 15日刊の「キリスト教 人名辞典」(2000年前までの約16000名の人名を網 羅)¥43000(10年をかけ、260名の執筆者が参加)に、聖マチルダ皇后は次 のように載ってます。(高価だったので、買わないで、書き写しました) 「マティルデ Mathilde(独・仏)Mathildis(ラ)Matilda (英) 890頃-968.3.14 ドイツ王妃、聖人。ザクセン伯ディートリヒの娘で、ザクセン朝初代のドイツ王ハイン リヒ1世*と結婚し(909)、6子をもうけた。すなわち、のちの神聖ローマ帝国の初代皇 帝オットー1世*(大帝)、ロートリンゲンのギゼルベルト、フランスのルイ4世と結婚 したゲルベルガ、ユーグ・カペーの母ヘドヴィヒ、バイエルンのハインリヒ、ケルンの ブルーノ*である。夫の死後は息子たちの争いに苦慮した。彼女はハインリヒに王位を継 承させようとしたが、ギゼルベルトが反対し、オットー1世もギゼルベルトを支援して、失敗に終わった。しかし、オットー1世を動かして948年ハインリヒにバイエルンを 与えた。クヴェドリンブルク女子修道院、ノルトハウゼン修道院などを建設した。オッ トーとハインリヒとは、母が貧しい人々と交わり、教会のことに熱心なのを嫌ったが、 彼女は人々への援助の手を休めることなく、その善良さによって皆に親しまれた。(OY)」  *のマークは、この人名辞典に別掲で載っていることを示します。 「ドイツ史」(山川出版、¥2800)の年表によると、聖マチルダ皇后の息子のオッ トー大帝により、神聖ローマ帝国が始まった(962年)。「この頃王妃マティルデの 保護下に文化繁栄(いわゆるオットー朝ルネサンス)。ロマネスク建築様式の始まり。」と、あります。 オリハル 803/804 GGD02212 *ねぎひさお* 私も怒りについて… ( 7) 93/02/16 06:35 791へのコメント  錨(anchor)は海に沈めるものだけれど 怒り(anger)は何処に沈めたら良いものか 沈める前にイカリの源(ソース)を探してみよう。  幼い頃の私は非常に泣き虫で、オバQを見ても失敗ばかりするQちゃんが 可哀想で泣いていました。泣くと息が苦しいので、テレビを見て泣きそうな 時は「これは作り話なんだ」と自分に言い聞かせたり、笑いたくなるような 冗談を考えたりもしました。 くだらない駄洒落ばかり出て来るのは、私が 元々泣き虫さんだったからです。  怒ったときも胸がつかえて息が苦しいので、それから逃れるために色々と 考えました。自分の思い通りに行かない時は、何時の間にか唇をとがらせ、 眉間にしわを寄せるようにしていることに気付きました。この不快な顔面の 緊張は怒りをさらに助長します。どうして自ら不快な表情を作るんだろう? 他人が気に入らないというよりも怒っている自分自身が気に入らなくて不快 感が沸き起こって来るのでは?…バカバカしい、自分で怒りを増幅している、 と考え、なるべく唇や眉間の力を抜くように心掛けるようになりました。  人間の憤りは憎悪や復讐心にスリ替えられがちのように思います。例えば、 可哀想な人(または動物)を見て世間に対して憤るという類のものには私は 懐疑的です。本当に可哀想な人達のためにと思って憤っているのか?  「不当な扱いを受けている」(と思い込んでいる)自分を勝手に投影して (感情移入して)、日頃の不平不満、幼い頃の大人への不信感、学生時代の 劣等感など、直接関係の無いものまでもぶつけようとしていないか?  「怒気」には毒気があるそうです。怒ると息の中に出て来る毒素を誰かが 抽出してネズミに注射したら死んでしまったと聞きます。怒る時は、自分の 肉体的な寿命が縮むのを覚悟で怒るべきでしょう。それでも、自分の寿命を 惜しんで怒るべき時に怒らないというのは、愛の乏しいことかも知れません。  私が「義憤」という言葉を知ったのは、大学生になってからでした。  アリオンのような神霊にも「怒り」に該当するものはあって、生きようと するイノチの流れがよどめば嘆き、流れに逆らい殺そうとする動きには憤る のはないだろうか?本当の怒りは憎悪からではなく愛から来る。愛も憎悪も 対象を必要とする。愛はひたすら対象がイキルことを望むが、憎しみは滅ぶ 事を指向する。愛は作用するほど強くなるが、憎しみは作用するほど衰える。 *ねぎ* 804/804 GBG02755 スマル どもども、コメントありがと! ( 7) 93/02/16 12:33 797へのコメント 天祈さん! >> 「喜び」という感情は、実は「鏡」という反射のいらない、傲慢な危険を >> 含んだ感情なのかも知れませんね。←ヒネクレ過ぎ? うん、ヒネクレ過ぎだよう。 喜びがなかったら、私は生きていたいって思えないよ。 それに喜びだって鏡さ。 自分の本当に欲しいものが見えてくるもの。 どんなときの自分がうれしいんだろうって。 じゃあ、そういう自分をこれからも表現してみようかなって。 そういう自分が、理性にそぐわなくても、自分の1部だって認識できるものね。 喜びは、未来を導いて、 怒りは、過去を修正するのかもね。 いま、元気なのは、喜ぶ自分を憎まず愛することにしたから。 昨日、悲しかったのは、自分を愛してあげなかったから。 明日は、どんな自分に会えるんだろう。            明日、未だ見ぬあなたに会えると希望に胸を膨らませて、              そんな私を抱き締めたりするの                                     スマル - FARION MES( 8):★香貫花mam の愛と自由で一晩中!----<01> 93/02/16 - 565/565 GGD02212 *ねぎひさお* RE:#563 & RE:#564 ( 8) 93/02/16 06:35 >オリちゃんは 変な人だが 良い人だ (五七五) >ハズミちゃんから エンガチョコもらった ナリユキ君 (字余り) …みたいなもんすから、同情に値しません。↓ 少し休ませてもらおう…と言っておきながら書き込みをやめない *ねぎ* - FARION MES( 9):★猫が好き♪の宗教円卓会議----------<01> 93/02/16 - 090/090 PEH01124 猫が好き♪ 横道:会話をすることの意味について ( 9) 93/02/16 00:23 088へのコメント | ただ、私は、どちらかと言うと、論理的説明をするというよりも、 | 直観的発想をするようなところがあります。 | 私自身はその直観は大切にしてします。 | それによらずに、聖書の解釈はできない部分がありましたので。 | それで、論理的に、完全な根拠を提示できなくても、その解釈自体が | 崩れるとは言えない場合もあるかも知れないとも思っています。  「直感・感性・感情」と「論理」との関係について。  ぼくは思うんですが、人間というものは自分の「直感・感性・感情」からは 離れられないものです。そしてまたそれらのものは、決してダイレクトに伝え ることができるものでもない。  論理というものは、それ自体で完結するものではなく「直感・感性・感情」 を共有するためのツールであるという側面が無視できないと思います。いや、 本当はそれどころか、「直感・感性・感情」を伝え、共有することこそが、論 理というものの目的なのではないでしょうか。  世の中で「感情的」というのがあまりかんばしい意味で捉えられていないの は、「感情的」というのは「伝え得ぬ」ことであるからで、「論理的」という ことの本当の意味は「伝え得る直感・感性・感情の表現」であるように、ぼく には思えます。  ある意味で、たとえば文豪クラスの表現力があれば、論理を駆使しなくても 同様に「直感・感性・感情」を伝えることは出来るはずです。ですがぼくら常 人はそれだけの表現力がないので、しょうがないから論理にたよるのです。も っともいずれにせよ「自分には論理にたよる必要がないくらい表現力がある」 と誤認してることを「感情的」と言うのかもしれなかったりはして(=^_^;=)。 - FARION MES(10):★MWの深層心理研究室--------------<01> 93/02/16 - 142/142 GCC03437 星也 列車事故の夢 (10) 93/02/15 21:49  2/6だったかな。これは 高速で走っている列車が橋の上から転落する。 落ちようとする間際、PKでその落下を止めようとするが、力が足りない。 その列車には、「何か」のために「どこか」へ行かなければならない者が 何人か乗っていた。 事故は、それを阻止しようとする側が仕組んだものである。 私(OR 俺)と彼女は、たまたまそれに乗り合わせていただけだったが、 事故の及ぼす意味はわかっていた。 彼女の力(それは俺の力を増幅する性質を持つ)を借りて、 「どこか」へ行かなければならない者を、安全区域にテレポートさせていく。 事故のために「虫の息」の者を健常な状態に修復しながらの為に 普通のテレポートと違って力の消費が激しい。 彼女と俺も、事故のためにけっこうな怪我をしているから、余計、だ。 とりあえず、最重要人物何名かは、安全区域に「飛ばす」事が出来たが、 事故に巻き込まれた者はまだ多数いる。 「どうするの? ★★★★」 彼女が問う。 彼女自身、既に消耗しきっていて、俺の力を増幅する事もできない。 最後に迷ったすえ、もう一人だけ「飛ばし」て、 俺は彼女の手を掴み、「飛ん」だ。 高速で走っている電車が「その」橋の上にさしかかったとき、 ゆらりと時空が揺らぐのが感じられた。 一瞬彼女は俺をみやり、目をそらした。 この電車に乗っている人間の数がさっきよりずっと少ない事を知っているのは 彼女と俺しかいない。 この夢に関しては、あまり自分でコメントはつけたくない。 一連?の「夢」シリーズはこれで終わる。 再び、夢を見ても憶えていないサイクルに入ったらしい。 - FARION MES(11):★KAZEの神秘学遊戯団----------------<02> 93/02/16 - 824/825 MHD02672 TAO アトランティスよりの道 (11) 93/02/16 01:32 818へのコメント  >岳同さん  岳同さんは書泉グランデのご常連ですか。私もよくあそこへ行きますが、  この頃は神道関係の書籍も充実して来ているようですね。さて、古書店の  方ですが、私の知る限りでは、オカルト・精神世界関係では、良さそうな店は  思い当たらないように思えます。占い方面では、古書センターの隣にある  「原書房」が有名ですが…。  あと、大書店では、池袋西武のSMA館B1・B2Fにある「ブックセンター・  リブロ池袋店」が、専門書関係ではかなりマニアニックな品揃えを見せて  いますので、意外な掘り出し物が埋まっているかもしれませんね。  つくづく、大陸書房が潰れたのは惜しまれますね。大陸書房から出ていた  ケイシー関連の文献で私が入手しているものは、「エドガー・ケイシーの  大アトランティス大陸」の他、「大霊視者エドガー・ケイシー」「エドガー・  ケイシーの転生とカルマからの解脱」「エドガー・ケイシーの超意識への挑戦」  「エドガー・ケイシーの超能力健康法」といったところですが、他にもまだまだ  出ていたようです。この中で特に「大霊視者エドガー・ケイシー」は秘教的な面  からのアプローチを見せていて、非常に不可思議な内容になっています。これは  お勧めですから、もし古書店で見つけたら、是非買われた方がいいですよ(^_^)。  プラサード書店は、私も何度か行っていて、シュタイナー関連の翻訳本を買った  ことがありますよ。閉めるか、移転するという話になっているのですか。それは  知りませんでした。結構苦しいご時勢なのですね。  さて、これでサヨナラ…というのも何ですから、「エドガー・ケイシーの  大アトランティス大陸」からちょっと面白そうな箇所を。  ケイシー・リーディングによれば、初期のアトランティスにおいては、人間は  いわば“想念投射体”ともいうべき形態で、自ら物質の中に入りこんで行ったと  いいます。    : アトランティスで多くの者が、物質体を身に招くことにふけって    :いた頃の時代に… (618-3) : 最初の人の子らが物質にその身を現わすために到来し、次には自    :らに破壊的力を招く活動をとり、これを覆えそうとして、神の子が    :幾度となく肉体を身に受けては地上に生まれ出ようとしたその時代    :のアトランティスにおいて…             (866-1) : アトランティスにおいて、その体形を変化させよう、体に付属し    :た余分なものを除こうとした者たちへの助言者として、今で言う最    :初の被造人類が生み出されるために宇宙意識への準備を、必要性を    :ついに聞かせることになったその変化を初めて人が目にした時に…    :                     (2454-3)  ケイシー・リーディングにおいては、人間は神の霊的被造物とされていて、  そこにケイシーのキリスト教的なフィルターを感じることがありますが、  それはさておいて、最初「人間」は今のような人体を持たない、まだ不定形な  存在だったということですね。シュタイナーでも、レムリア、アトランティス  時代の「人間」は今とはかなり異なった形態だったと言っていますし。そうそう、  両者とも、最初は性別がなく、後に分かれたという点では一致しています。  もう遅くなったので、今夜はこれぐらいで。多分、気分が向いた時だけになる  でしょうが、またお話したいと思います。では…。  TAO 825/825 NBG00612 岳同 病について (11) 93/02/16 02:38 以前、話題になったことがある十字式健康法に行ってきました。 どうも、何人かの方から背骨が湾曲していると言われていたので、 機会があれば、一度受けてみようと思っていました。 時間は2〜3分といったところでしょうか。 男性は上半身裸になって、先生の前に逆を向いて座ります。 ちょうど、健康診断のかんじですね。 治療というと、気合いをかけながら、丁度雑巾をたてに絞るような手付きで 背骨に気を入れたり、ずれを直したりします。 ここ痛くないかいと言って、尾てい骨の横の部分を押えられると 普段はなにも自覚症状はないのですが、結構痛いんだな、これがっ。 やっぱり先生には何か分かるんですね。でも治療自体は、物理的には、 触れるか触れないかで痛いようなことはやりません。 多少、背骨は曲ってるが、大した程ではない。胃腸関係で、問題があるようなら またいらっしゃいとのことでした。受けた後、背中が引き締まった感じがしました。 まあ、しかし。仕事帰りのサラリーマンやOLの多いこと。 聞いていると、自律神経がどうのこうのとか、中年から若い人まで。 確かに、現代病に効くというか、現代人の生活が背骨の湾曲しやすい生活習慣 なのでしょう。 というようなことがあって、家で先週分と今週分のワンダーゾーン のビデオに撮ったのをを2週分まとめて見ました。 先週は「病」というテーマでしたね。 シュタイナーの肉体・エーテル体・アストラル体・自我がしっかり紹介され、 病気というものが、これらのバランスのずれによるものとの説明がありました。 ご覧になりました? エイズに感染しながら、自然治癒を経験した「WHY I SERVIVE AIDS」の著者 ニーロ・アシステントさんが番組中で次のような神秘体験を語っています。   「私の人格が解きはなたれ、やがて   自分と宇宙が一つになったのです。   そしてもはや、自分の存在がなくなり   本質的なものだけが残ったのです。   突然、私が目ざしていた魂が上から   私のもとへ降りて来たのです。   それは、とても強い体験であり   とても強いエネルギーだったのです   わたしはエイズで死ぬということを   受け入れたのです。   そして、残りの人生をどう生きるかが   大切なことだと考えました。   エイズを敵として戦うのではなく   逆にエイズを受け入れるのです。   そしてその結果、私は生かされていた   ことに気がつくのです。」 このあと、彼女のエイズ反応は消えていってしまったそうなのです。 また、元ガン患者の杉本喜久代さんは 自分がガンと知ってから、心が研ぎ澄まされてきて、相手の細胞の叫びまで聴こえる ようになった。そして自分のことをありのまま受け取ってくれるご主人が一番 有難かった。病による気付き、魂の成長のようなものがあることを知った、 と語っていました。 一方、御主人の方は、 今しか、家族のことを考えられる時はないと気付いた。 今は、病気にありがたいと思っています。 同じく、元ガン患者である母親の娘さん小平陽東美さんは(当時小学校6年) 病気とは恨んだり、憎んだり、戦ったりするのではなく、仲良くしていると自然に 離れて行ってしまう。人間関係も同じ、と当時の作文を読み上げていました。 こういう極限状態に、人間は鍛えられ 本質的なものに目覚めるのでしょう。 私の愛読書の「兵法家伝書」柳生宗矩:著 の次のような、一節を思い出しました ので少し紹介します。(教育社「五輪書」宮本武蔵:著 所収)    病気について   勝とう、勝とうと、そればかりを思いつめるのも病気である。   兵法を使おうと一途に思うのも病気である。我武者羅に鍛錬の   成果を現そうと思うのも病気、積極的にかかって行こうとばかり   思いつめるのも病気である。さらに、待ちかまえていようとばかり   するのも病気であり、こうした病気を除こうと一途に思いつめる   のも病気である。   何ごとも心がひとつのことに固定した状態を病気というのである。   このさまざまな病気はみな心にあるものなのだから、これらの   病気を内から去らせて心をととのえることである。 余談ですが、ワンダーソーンのナビゲータでは吉田智子さんが一番好きです。 彼女を登場させた場合、結構絵になる映像が撮れるのか人間ドラマになるんです。 ウーンと唸らせられるような。 あんまり、科学実験の連続のようなのは、感動まで行けないです。 でも、あの番組はいつも楽しみに見てます。 ゲストでは高田真由子さん。はっきり言ってファンです。 上品そうななかに、何かはっとすることを喋るんで、タダモノではないなと 思っています。 - FARION MES(12):★アキラのハルマゲドン探偵局--------<01> 93/02/16 - 491/491 NCD01751 しろおか シンクロ現象体験者の臨床カルテ ^ ^;) (12) 93/02/16 03:57 シンクロニシティ(非因果的連結原理)、共時性とも呼ばれる。    〜 私自身はこの言葉の概念を以下のように定義付けする。〜  機械論的な因果律性を持たずに起こり得る必然的な同時生起。 今から思い起せば私のシンクロ現象体験は、かなり以前に遡るらしい。この「らしい」 と言うのは、以前の私は超常能力や霊的現象などの存在は半ば認めていたものの、自分 には関わりの無い別世界の出来事だと思っていました。その証拠に、私の長年の夢は、 一度でいいからお化け屋敷に一泊してみたいという他愛のないものでした。常識という 堅固な固定観念に縛られた私の目にはシンクロ現象などの存在は認識の仕様がなかった のでした。それが ある出来事 を切っ掛けに様々な超常識的(ドし難いほどの非常識) 体験を積み重ねることで(い‥嫌すぎるゾー^ ^;)、常識的な固定観念は突き崩された。それは比喩的に言えば、確固不動と信じ切っていた大地が足許から瓦解する様な衝撃的 な出来事で。精神的には殆どパニック状態に陥ったのでした。 もしかしたら私の神秘体験は平井和正さんに匹敵するのかもしれない。<−−(私は常  に最悪の事態をも想定する癖が身に付いているのだよ。フフフ ^ ^;) と、まーぁ!話を元に戻して!。その ある出来事 を切っ掛けに私のシンクロ現象は飛 躍的にその頻度を増し。ス−パ−で買物中に、或いは道端で擦れ違う人々が、まるで私 の考えていることを見透かす様に当て擦り始めたのです。無論彼等の意識的視野には私 の存在など片隅にも入ってはいないでしょう。ただ思い付いた言葉を衝動的に喋ってい るにすぎないのでしょうが、私にとってはその意味は明白なものがありました。 そして或日、会社の上司にあたる 丹○ 茂 なる人物が私の家を訪問した際に。彼は、 私自身にしか知り得ないことがらをズバズバと言い当てて。自分の頭を指差し、こう言ってのけた。 「お前の考えていることが、この辺でなんとなく分るんだ」 私は、この信じ難い(信じたくもない)現実を渋々と認めざるおえなかった。                                   しろおか - FARION MES(13):★HVHYの預言解読部屋------------<02> 93/02/16 - 818/823 MHA01114 シュメ−ル ユーリさんへ RE:ご先祖様の話 (13) 93/02/15 22:31 ユーリさん はじめまして。 安倍氏の話しが出てきたんで、ちょっと教えてください。 私、安倍氏が前九年の役あたりに住んでた衣川に住んでるせいで、安倍氏の事はそれな りに詳しくなってるんですが、ユーリさんのルーツの情報詳しく教えて貰えませんか。 安倍氏の家系図にもいろいろあって、その今紛失しているという家系図の内容が知りた いのです。そして、どういう伝承が伝わっているのか。お父さんのほうの家系なのか、 お母さんのほうの家系なのか。山形にしても、一関にしても、安倍氏の末裔がいてもお かしくないんですが。で、ポイントは貞任との関係です。貞任の直系でなくても別に構 わないのであって、貞任の父である頼時の息子、娘に関わる家系図が多くのこっていて、それぞれおもしろい。安倍氏の末裔と称する人達は、2、3なんてかずでなく残ってま す。正統性の基準は難しくって、現在はまだ基本的情報の収集段階です。ちなみに、安 倍晋太郎さんは貞任の弟の宗任の家系らしく、その家系図も手元にあります。この宗任 系の安倍氏は九州に多く、東北に住んでる安倍さんどころか、九州にすんでる安倍さん も結構安倍氏の末裔だっていうのが多いです。作家のアベジョウジさんもこの系統。宗 任は殺されずにその後も九州で活躍したので、比較的おおっぴらにこの家系は広がった みたいですが、それ以外の系統は逆賊の汚名をきせられてるもんだから、密かに伝えら れていて、それゆえ、真実味も在るんです。あと昔から公然と安部の末裔をなのったの が秋田家です。てなわけで、私はユーリさんの家系に伝わる伝承に非常に興味がある。 原本が紛失していてもいいのであって、そこになにが書いてあったかが分かればいいの です。ユーリさんのお祖父さんはどういった伝承をもっているんでしょうか。もしかす ると、ユーリさんちの伝承も衣川でこれまで集めた安倍氏情報の中にあるのかもしれな いし、新しい発見かもしれない。すでに集まっているものであれば、ユーリさんちのど なたかと私は面識か電話のやり取りをしたことになるんだけど…。   HVHYさんローカルねたでゴメン。でも、安倍氏はARIONさんが指導したと いっているアマ氏の末裔だって説が在るし、岩手に住んでると、ARIONさんの詩編 は結構地元のことに思えることが多い。特に、釜石や遠野辺り。で、ちょっとお邪魔さ せてください。ローカルねたが盛り上がりそうになったらメールモードも考えときます。 819/823 GCC01413 HVHY 忘れられ行く鎮守様。 (13) 93/02/15 23:42            〜 こんぴら様を従える八幡様 〜  私の生家の鎮守様は八幡神社であった。  この神社では秋の祭りとは別に1月末にも祭りが行われる。  農家を練り歩いて収穫された米(余った物?)を集め奉納するのである。  そして、この米でついたお餅を2/11に撒く。(いわゆる紀元節)  面白いことに、集めて歩く時「こんぴら様の米集め〜」と言い、  米を貰うと「おおきにごたげさま」(ありがとう、おかげさまで)と言う。  本殿の両脇に摂社が祭られているので、そのどちらかが金平社なのだろう。  この八幡社はこんぴら様を従えているわけである…。  因みに、この神社の鳥居は全て石で出来ていて、従って白色(〜灰色)である。  そして、地元では、付近の別の地区にある石作神社の方が“格上”とされている。  ここの八幡神社の鳥居も石作(いしづくり)神社で作られたのであろうか?  社も木肌そのままであり、赤はどこにも使われていない。  八幡神社と言っても、いろいろあるようだ…。                                 HVHY 820/823 GCC01413 HVHY 由来のある街、由来のない街。 (13) 93/02/16 02:48                〜 街道と川 〜  私の生家は旧国道21号線(中山道)沿いである。  今は約500m南側を走る岐大バイパスが国道21号線となったので、  この道(中山道)は県道に格下げになっているのだ。  では、旧中山道(本当の中山道)はと言えば、  旧国道21号線(中山道)の約500m北側に今も走っている。  そして、この道の両側には“いかにも街道筋”という町並みが今も残っている。  (※この街道は金津園の丁度南側を通り抜けて行く…)  この本当の中山道と境川が交差する位置(街道の北側)に手力雄神社がある。  (※天の岩戸を“こじ開けた”のが手力雄命)  その約500m西南側で境川は東南からの支流と合流しているのだが、  その合流地点(境川の南側)の地名を手力(てぢから)と言う。  この一角には未だに風呂なしの長屋が何棟も残っている。(※銭湯がある)  また、この一角は大雨が降ると何時も水に漬かってしまう。  一方、神社の北西側(境川の北側)は、蔵前という地名でお屋敷が並ぶ。                      境川          [蔵前]       /                 神社 /                  ■/      −−−−−−−−−−−−/−−−−−−− 旧中山道                 /          [蔵前]  /               /   境川 −−−−−−−−× [手力]               \                \      −−−−−−−−−−−\−−−−−−−− 旧21号線(中山道)                  \                   \                    \ 支流  このことから想像されることは、  元々の手力の人々は川と街道の交差点で警護に当たったのではないか?  ということである。(※このようなパターンは他の街道筋にも見られる…)        〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ・ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  さて、東京でも、意味は恐らく違うが似た環境に出会う。  善福寺川が神田川と合流する地点と近辺の街道筋の関係がそれである。  (※付近は立正佼成会の一大拠点となっておりサイバーパンクな光景を醸し出す)  この辺りは旧街道が何処なのか良く解らないのだが…。  (※維/YUIさんご存じですか?)  もっとも、東京の場合、細かい支流は皆“暗渠”になってしまっているので、  埋められた川までチェックすれば、もっといろいろな事柄が見えて来る。  因みに、環七沿いの杉並福祉事務所・幡ヶ谷授産所・本町出張所  を結ぶラインは、やはり元は川であった。(※西新宿で神田川に合流する)  こういう場所には決まって寂れた公園と寂れた商店街が点在している。  このような光景は世田谷区の深沢にも“突如”出現する。  のみ川緑道と八雲の氷川神社から西へ延びる道筋がクロスする辺りに、  形容の仕様のない“陥没した商店街”がある。(東深沢小学校の南側)  (※目黒区八雲の辺りは埼玉の八雲の人達が移動して来て切り開いたらしい。    従って、氷川神社を祭ったのは当然の成り行きであった…。これは余談。)           小学校  のみ川 −−−−−−−−−+            [八雲]           商店街  \          [下山]   \               氷川神社    道 −−−−−−−−−−−−\−−−−−−−−−−−−−− ■                   \                    +−−−−−−−−−−−−−− のみ川  この商店街の辺りは、昔の地形図を見ると、  「水田に面した北斜面」であった。(※旧地名は「下山」と言う)  大正の初期には道も人家も全く存在していなかった。  (※当時、世田谷の半分以上は似たり寄ったりの環境であったが…)  ということは、この商店街と町並みは“由来のないもの”ということになる。  どうしてこのような脈絡のない開発をしたのだろうか?  この一角にも(寂しい)公園が作られている…。  やはり、街というのは“作られるもの”なのであろうか?                                  HVHY 821/823 GCC01413 HVHY 屋敷町の死角。 (13) 93/02/16 04:00              〜 作られる死角? 〜  北は小田急線(その北は北沢川緑道)。西と南は寺社の墓地。東側は世田谷線。  …という“囲まれた一角”の西の奥に、これ又、隔離された町並みが出現する。  特に、北西の角地(線路沿い・墓沿い・行き止まり)には、  通常の(やや広めの)一軒の敷地に11軒のボロ・アパートがひしめいている。  住所は世田谷区宮坂。豪徳寺の駅から歩いて2〜3分の場所だ。  古い地図を見ると、この一角は昭和初期の段階でも単なる空地であった。  (※但し、線路の南側に平行した道は既にあった。    これは墓地に突き当たって線路を北へ横切り赤堤へ抜ける道であった。)  ということは、やはり、ある段階にそのような特異な町並みが形成されたわけだ。  因みに、宮坂は、世田谷八幡宮を控えた地区であって、  全体としては押しも押されぬ“お屋敷街”である。  宮坂地区会館(区役所の分所)は町並みと調和しないモダン建築。  この会館の前には、世田谷線の車両(江の電の旧型車両)が常設展示されている。  立地を無視した乱開発が、屋敷町の中に死角を作ってしまったのか?  しかし、ここも、川沿いの水田に面した北斜面ではあった…。                                  HVHY 822/823 GCC01413 HVHY 本物の豪邸。 (13) 93/02/16 16:08               〜 戦略上の例外 〜  世田谷代田の駅を出て、  線路沿いに右手へ歩いていくと踏切に出くわす。  この踏切を渡らず左の方へ坂を降りて行くと  右手に環七を渡る歩道橋があって、  この歩道橋は代田八幡神社の境内へと繋がっている。  この歩道橋の上の辺りから、  代々代田村の領主であった斉田家の豪邸が眺望できる。  この豪邸は田園調布や成城の豪邸とはスケールが違う。  そのスケールの違いは歴史の違いと言い換えることも出来よう。  代田という村は、新編武蔵風土記稿に寄れば、  1590年に旧吉良家臣の代田七人衆によって切り開かれた。  (※代田七人衆とは、斉田(2家)・清水・秋元・柳下・山田・大場の各氏)  その代田七人衆の筆頭者が斉田2家中の1家であったのである。  ところが、このお屋敷は、  北沢川流域の水田を挟んで南側の北斜面に立地している。(代田本村)  一方、村を守る八幡神社と円乗院は、川を挟んで北側の南斜面に位置する。  (宮前または本屋敷)(※一時期私はこの八幡神社の近くに住んでいた…)  何故、北斜面が本村とされたのであろうか?  この北沢川と烏山川に挟まれた台地は、  吉良氏の世田谷城のある台地と陸続きであり、  府中道(滝坂道)と堀之内道(現在の環七に重なる)の交差点でもあった。  つまり、本村と言われる地域の北端は、世田谷城防衛上の重要拠点だったのだ。  そこで、吉良氏はここに小砦的番所を設け、斉田以下の代田七人衆を常駐させた。  (※以上の推論は区教育委員会発行の資料より)                  ‖                  ‖             八幡神社■‖             (宮前) ‖ ■円乗院        −−−−−−−−−−‖−−−−−−−−−− 北沢川              斉田家○‖             (本村) ‖        ==========+========== 滝坂道                  ‖                  ‖        −−−−−−−−−−‖−−−−−−−−−− 烏山川                  ‖                  ‖                 堀之内道  因みに、この斉田家の豪邸は、  付近にある若林小学校の敷地と丁度同じくらいの敷地に  石垣を積み上げて建っており、外から建物が全然見えない…。  また、付近には、ここの斉田家が所有するマンションが林立している。  このようなことは、どこの地区にも必ず見られることではあるが…。  (※やはり、歴史が物を言っているのであろうか?)                                  HVHY 823/823 JBH00742 COOL 悪魔とは (13) 93/02/16 19:34  悪魔と一括りの言葉で表現されるものとは、一体何であろうか。  そして、それは“本当の悪魔”か???  日本には、何時からその様なものが存在するのか。  『悪魔』は美しい。 - FARION MES(15):★平成松川塾◎日本を考える----------<01> 93/02/16 - 039/039 JBC02250 伊藤博章 RE:027に関連して (15) 93/02/16 00:40 036へのコメント はじめましてゾウリムシさん!! 私は、伊藤 博章と申します。(^_^); 私も貴方様の意見に大賛成です。しかしながらいつになれば人間は今までのミスに気 付くのでしょうね!!  実際賢い動物である人間は気付いているのでしょうが、つい自分達の欲望のままに 動いているのでしょう。 異性にやさしくするだけが本当のやさしさだとも思えない私は、それに気付き私達の 孫たちにもらったこの地球あるいはこの自然を守り育てることこそが真のやさしさで あり、悟りだとも考えます。  日本のような豊かな国こそが、各国のリーダとなりこの自然界を守り育てる義務が あるのではないでしょうか。 先程のコメントにも載せた通り、各先進国は今や月に移りすむ計画を実施するための 研究のなかにさまざまな現地球環境の救う手段を見出しています。月に移りすむ手段 を取り上げたいのではなく、地球環境を破壊せずかつ皆の幸せを追求することも出来 るということを私は言いたいのですが・・・  とにかく、一人の人生というのは生き方によってとてつもないものとなります。一 人一人の人生をもってすれば、必ず動物も植物も全てのもの達がこれから幸せに暮ら 国作りも可能かと思っています。 またくどくどしゃべってすみませんでした・・・ 最近おじんくさくなったのかなー@。@); (真剣なんですよ。私自身も試行錯誤しております) 皆の力で研究所でもつくれたらいいね!! From 伊藤 博章(ID:JBC02250)