- FARION MES( 2):【居酒屋1999】雑談・自己紹介--------<07> 93/02/25 - 300/310 VFB00116 キャンドル お初にお目にかかるキャンドルです*(^.^)* ( 2) 93/02/25 16:29 コメント数:1 ニューフェイスのキャンドルです。入会して2日目です、どうぞお見知りおきを!! いやあ、実はどう自己紹介を載せようかと最近のログを拝見してたのですが…… 増々悩んでしまった。(-?-) 皆さんの様に豊富な知識は持ち合わせていませんが、目に見えないものを尊ぶ気持ちは たくさん持ち合わせています。 最近思うことは、子どもの頃のほうが純粋で正義感溢れてて、もっと素直で…… いつの間にやらそれらが少しづつ、タンポポの様に飛んで行ってしまったような*** とは言うものの、幼稚なところはひきづっているようで、マンガを見て感動しても ワンワン泣くし、新聞、TV何でも心に響くと泣いてしまいます。家系的なものも あるのですが。。。(母も妹もよく泣く泣く、涙腺が弱いのでしょうか) 生まれは三重県、育ちは主に名古屋、今は大阪にいます。が、できることなら もっと自然のあるところに転居したいと思っています・・・・・でも、そう簡単に 引っ越しもできず・・・ 青くて広い空、海、荘厳な山、緑、澄んだ空気etc.自然って本当に大好きです。 皆さん、お仲間に入れて下さいねっ(^.^) 301/310 PBA02422 さはし ユーゴ内乱 ( 2) 93/02/25 20:08 296へのコメント 旧ユーゴスラビア諸国の混乱を見ていると、矛盾が吹き出す時ってのは、最悪の 姿で噴出するもんだなぁ、なんて思えてしまいますね。まだあれがユーゴスラビ アだから多くの人が客観視できるわけで(とても不謹慎だとは思います)、例え ば旧ソビエト諸国があのような状態になったとしたら、それこそ混乱は地球レベ ルのものになるでしょうねぇ…。 世界の様々な様相を見ていると、理性と感情の天秤は、アンバランスな状態なの だな、とつくづく思うのでした。 307/310 HFD01514 なえ RE:今日の夕方 ( 2) 93/02/25 22:03 305へのコメント コメント数:1 はーいはーい!!見た見た!!MES(13)#931にも書き込みしたんだぁ(^ー^)v でね、中1の娘にせがまれて天体写真も撮ったのだん。(実はそんな趣味があった?) 星に、何だか、とても郷愁をそそられる人ってねー、宇宙人魂を持つ人なんだってさ・ 何かの雑誌に出てた。(^ー^;) ウソ カ マコト カ・・ 今がスターウオッチングの最適な季節。疲れた身体をちょいと動かして、空を仰ぐ。 きっと星達が、メランコリックメロディで、心も身体も、ほぐしてくれる・・。 うーーにゅ。ろまんちっく(^ー^)>ね さはし殿 そだそだ!さっきねー、地震があったのだ。8:40頃ね。広島震度1福山震度2 ついARIONのMESを思い出しては・・・(^ー^;)・・となった なえ でした。                       ウウウウ・・・ (広島と四国の間にまたがる瀬戸内海の海底には、大きな震源が眠っていて、そろそろ 起き出すシーズンだと!!・・くわばら くわばら(^ー^;)) 308/310 HGG01312 たまご RE:ちょっとおセンチな今夜 ( 2) 93/02/25 22:10 2 #シゲ GBD03557 02/24 20:04 題名:RESP ちょっとおセンチな今夜 なんか、かわるがわるに色んな人がメールを送ってくれる。 今回も、たまごと、維/YUIちゃんとの一連の会話をを送ってくれた。 僕はとっても嬉しいよ。FARIONで書き込みがみられないからってF歴史に 来てくれたり、メールで話し掛けてきてくれて、僕も相談に乗ったりしてね。 今はFARIONに戻る気持ちはない。でもボトルはキープしておいてくれ。 僕が一回り大きくなったら戻るから。 ARIONとは違う、もっと身近な。そう、僕がフォーラムにいることで、 周りの人間の心が安らげるような・・・ そんな人間になれたら戻るよ。それまでは僕のボトルを飲んでいてくれ。 決して空になることのない不思議なボトルだから。 それじゃあ、みれ女将と、さはしマスター、アキラの兄貴に宜しく伝えてくれ。 じゃあな。 −−−−−−−− というようなメールがシゲから届いたので, RESメールだから帰ってこないと代理でアップしちゃると脅迫したら(^_^;) 今日またメールが届きました. −−−−−−−− 1 #シゲ GBD03557 02/25 18:40 題名:代理UPでもなんでもせい。 代理UPはシスオペ削除になります。(^^) だからアキラさんに僕のメールの著作権を放棄する旨を言っておいたから 勝手にUPすればぁ。(俺って親切かもしれない) お節介な人達はいっぱいいるわよん。 ちなみに、たまごのそれはYUIちゃが送ってくれてたりする。 しかし、FARIONに行かなくても情報が入って、僕のが代理UPされたら 入会してるのと一緒だわな・・・(^^;) −−−−−−−− うちらはいったい何をしているのでしょう.(^_^;) ええい,いい加減に帰ってきんしゃい>シゲ では,また,よろしく>YUIさん(^_^;)         たまご 310/310 HFD01514 なえ SEND貰った。嬉しかった。 ( 2) 93/02/25 22:36 それは、シュメールさんでした。すっごく嬉しかった。←←単純 (だって・・年長組のおにーさんだもん) 無理矢理SEND攻撃しておいて・・でも、・・貰ったモン勝ちだい。 へっへっへ・・・へへへ・・ヘ ヘ ヘ・・・・ダンダン コエ ガ チイサク ナッタ・・・(^ー^;) ご・・ごめんなさーーい。 ピュー ______@ ``(>o<)" ゴチッ  ドタッ シーーン (また、当分酒屋には顔出せ無いなー。)←←反省だけならサルでも出来る.. ←←反省だけならタヌキブタでも出来る。え?ホント?ウソウソ... もしかして、あたし、たぬぶたというハンドルでも良いかも知れないぞい(^ー^;) - FARION MES( 6):・壁(1)=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・= 93/02/25 - 488/489 GBA01276 しまうま 風船 ( 6) 93/02/25 07:45 握りしめていた手を開くと、何もなかった。 空を見上げるとあの風船が舞っていた。 追いかけよう。 でもどうやって? 知っているくせに。 - FARION MES(10):★MWの深層心理研究室--------------<01> 93/02/25 - 148/148 GGD02212 *ねぎひさお* 親不孝な夢? (10) 93/02/25 08:55  2/24未明、夢に母親が出てきた。詳しい経緯は忘れた が、母は三本ほどの紐を束ねて自分と私の胴とをくくり 付ける。互いに引っ張り合いながらも私は母を振り回す ように走らせ、遠心力を使って紐を断ち切ろうとする。 紐は一本、二本とちぎれて行き、ついに残りの紐も切れ、 母は弾みで飛ばされて家の外壁にぶつかり顔や右の肩に 深手を負う。傷ついた母を抱えながら私は途方にくれる。  自分中心に親を振り回して絆を断ち、傷つける?とは(・・;)なんて親不孝な私。 別の解釈は無いものかと考え、思い出したのが、大学生の時に聞いた、ユングの 流れを汲む河合隼雄氏の講演会。「青年の自立」みたいなテーマだったと思う。 自立と性の問題とは深く関り、これを「自立性」という#"んな駄洒落とともに 覚えているのが、「経済的だけでなく、本当の意味で親から自立するのは衛星が 軌道から脱出するのと同じくらい難しい…」というような話。幼児期からの惰性 と甘えで、いい加減にしていた母との関係(あるいは「母性的なもの」との関係 ?)を考え直すべきなのかも知れないとも思った。 - FARION MES(11):★KAZEの神秘学遊戯団----------------<02> 93/02/25 - 865/872 MHD02672 TAO 途中で息切れしないように(^_^;) (11) 93/02/25 00:31 857へのコメント コメント数:1  >KAZEさん  出口王仁三郎やアトランティス関連は私を中心に進行しましょう…との  お達しですが、はてさて、どこまでやれることやら(^_^;)。まあ、のんびりと  構えながらやって行きますか。それにしても、  :ま、TAOさんはパワフルだから大丈夫でしょう(^^)。  なんて言われると、結構皮肉っぽく聞こえますが(^_^;)。確かにエネルギー源と  しての“感情”は豊かなようですが(^_^;)。←月は「感情が深い」蠍座のTAO  KAZEさんの方は、結構関心がバラエティーに富んでいますね。  紹介された「12世紀ルネサンス/西欧世界へのアラビア文明の影響」と  いう本は面白そうですね。私もこないだ井筒氏の「超越のことば」(岩波)を  読んだところですが、この中でも、イスラーム哲学が西欧哲学史に及ぼした  影響について触れていました。中世キリスト教思想に対するイスラーム哲学の  影響は、なかなか深いものがあったようです。そのイスラーム哲学自体も、  KAZEさんが言われた通り、ギリシャ文化の影響が濃く見られるから面白い。  ここらへんは、F歴史のどこかの会議室でも取り上げられているかもしれません  から、今度探してみますか。  ジュンディー=シャプールという都市については、確かシュタイナーの翻訳著では  「ゴンディシャプール」と記載されているものですね?どの著作に載っていたのか、  ちょっと思い出せませんが、結構アブナイ記述があったような気がします(^_^;)。 あらゆるテーマの底を、本源から流れている“何か”を模索するというのは、  果てしない作業になるでしょうが、すぐ息切れしないように、マイペースで  考察を積み上げて行きたいものですね。  TAO 866/872 MHD02672 TAO 日ユ同祖論「者」というのは結構面白いです (11) 93/02/25 00:32 864へのコメント  >隆ちゃん  今晩は。隆ちゃんの紹介された「大和民族はユダヤ人だった−出エジプトから  日本への道−」はまだ読んでいないのですが、その他のは結構読みました。  それで感じたのですけど、日ユ同祖論そのものより、日ユ同祖論「者」の方が  興味深いと感じてしまいました(^_^;)。日ユ同祖論者というのは、何というか、  ある種の傾向性を感じてしまいますね。神秘学的というか。  最初に日ユ同祖論を唱えたのはN・マクレオドというユダヤ人で、明治初年頃  横浜で出版された「The Epitome of the Ancic nt History」にその論文が入って  いるようですね。  日ユ同祖論は二つの流れがあるようで、下記の通りです。  ・日本人がユダヤに行って、ユダヤの祖の一人になった。  ・ユダヤ人が日本に来て、日本人の祖の一人になった。  日本人の日ユ同祖論者もこの二つに分かれていて、前者は木村鷹太郎、増田勝軍、  山根キク、奥所一男ら、後者は小谷部全一朗、佐伯好郎、烏谷幡山、川守田英二、  中田重治、比屋根安定、川瀬勇ら…(山本七平も後者の一人だと言われているよう  ですが、真偽は定かではない)。皆、やはり何となくオカルティックなノリが  あるみたいですよ。 ネストリウス派キリスト教の研究で有名な佐伯好郎博士も、明治41年に「太秦を  論ず」という論文を発表していますが、例の聖徳太子に寵愛された秦河勝一族を  取り上げ、この秦氏が実は流民のユダヤ人…なんて内容らしいですよ。面白い  でしょう。  :二人の間に生まれてくる子供を見ればなにかわかるかもしれませんね。  ははは。顔を見れば分かる、なんて(^。^)。日本人とユダヤ人の男性染色体の  大きさがほぼ同じで、これは他の民族には見られない、なんていう論もある  らしいのです。これが本当とすれば、妙にミステリアスな(?)符号ですね(^_^;)。  それでは。  TAO 867/872 GGA02514 KAZE ブレンデルのハイドン(^^) (11) 93/02/25 00:53 852へのコメント コメント数:1 NoBさん、どうも。 そうですか、NoBさんはポゴレリッチのファンですか。 でしたら、ひょっとしたらミケランジェリなんかもお気に入りでは? 僕もそこらへんの演奏というのは、わりと好きなんですが、 個人的にいうと、ちょっとタイプの違う、 ブレンデルのハイドンなんか最高に好きなのですが、 NoBさん好みではなさそうな気がします(^^;)。 僕は以前はひたすら感覚の洗練などの方向に行きかけたのですが、 どうも最近は、そこらへんの方向性にはちょっと飽きがきてまして、 ある種の精神性とでもいえるようなクサさや暖かさのほうを指向しています。 それと、クラシックでは、最近声楽家の方と知り合ったこともありまして、 ドイツ・リートなどにも関心が出てきました。 先日は、アイヒェンドルフの詩にシューマンが曲をつけた歌曲を集めた ミニ・コンサートがありまして、とってもよかったです。 今後、メーリケやノヴァーリスなどの詩に曲をつけたものなどを集めて ミニ・コンサートなどを定期的にやってみようか・・・なんて話もあったりで、 そうした方面はこれまでそんなに知らなかっただけに、とっても新鮮に感じています。 やっぱり、ときには音楽にひたすら身を委ねてしまいたくなるKAZEでした。 868/872 PAG03543 NOISE 「目がさめたなら出て来なよ」王仁 (11) 93/02/25 01:48 コメント数:1 どうもKAZEさん。  このあいだ、「カライドサイクル」を造りながら、「大日本言霊学」の大石凝真 素美のことなどを思い出していました。大石凝によれば、天地開闢以前の極元の原 初宇宙にはただ「ス」という物が、「十八綾図(コンペイトウ)の象(カタチ)を 造りて、ス、ス、ス、……」と呼吸していて、そこに「タ、タ、タ、……」の対照 力が働らき、球状の「至大天球」(タカアマハラ)が形成され、その中心部に「大 気」(ノリ)が結晶し地球が成った。と、いうようなことをいっているんですが、 この宇宙の原形である「十八綾図(コンペイトウ)の象(カタチ)」を「六角切子 の玉」ともいうらしい。宇宙の原形が幾何学立体であった、という大石凝の説は面 白いでしょう。そして、「コンペイトウ」といえば、あの寺田寅彦先生を思い浮か べますね。  十和田龍(出口和明)の「神の活哲学」は、わたしも以前に読みましたけれど、 よくまとめられていて良いでしょう。光文社文庫の新刊、「出口王仁三郎の霊界か らの警告」のほうはカッパホームズから出た原書に加筆したものなので、特に目新 しいものはなかった。カッパホームズからは、その後、おなじく武田崇元の手によ る「出口王仁三郎の大降臨」というのが出ているんですが、上の大石凝の説もこれ に載っていたものです。  それから王仁三郎の伝記としては、講談社文庫から「巨人出口王仁三郎」出口京 太郎著、が出ていたんですが、近頃みかけないので、もう絶版になったのかもしれ ませんね。色々な興味深いエピソードが盛り込まれていて、夢中で読んだのが懐か しい。出口ナオの「大本神諭」は平凡社の東洋文庫におさめられています。  喜三郎を王仁三郎に改名したのは、ナオに懸かった神さんが、「喜」を「鬼」に 変えてオニザブロウと読め、と命令したけれど、いくらなんでも「鬼」は………、 と思って「古事記」から王仁をという字をみつけてこの名前になったといいます。 王仁三郎をワニザブロウと読む人もいますが、それはまちがい。ナオの筆先によれ ば、王仁三郎には、現代社会の悪の見本として「乱れた世のやりかた」をやらせる、 というのです。だから、それを見て自分の悪を悟って、改心し、善に移れ、と……。  王仁三郎が神示によって与えられたという、大本教の三大学則というのがありま すが、あれは本田親徳の学則三条を、そのまま写したもので、神示によって与えら れものじゃない。大本の言霊学にしろ先人の説いたところを引用したのがほとんど なのですよね。それをまとめただけで、つつけばボロがみえてくる。しかし、そん なところも王仁三郎の魅力のうちで、筆先の「乱れた世のやりかた」をする鬼の役 割を演じさせられていたのかも………。  王仁三郎が床次竹二郎(とこなみ 政治家)の弟に渡した「遺書」の一部に「大 本は駄目」と題する一節がありますので、引用してみます。  今、大本に現はれし、変性女子はニセモノじゃ、誠の女子があらはれて、やがて  尻尾が見えるだろ。女子の身魂を立直し、根本改造しなくては、誠の道は何時ま  でも、ひらくによしなし。さればとて是にまさりし候補者を、物色しても見当た  らぬ。時節を待ちていたならば、いづれ現はれ来るだろう。美濃か尾張の国の中、  変性女子が知れたなら、もう大本は駄目だらう。前途を見越して尻からげ、一足  お先へ参りましよ。皆さん後からゆっくりと、目がさめたなら出て来なよ。盲千  人その中の、一人の目明が気をつける。ああ惟神(かんながら)惟神、叶はんか  らたまらない、一人お先へ左様なら。 「変性女子」とは王仁三郎のことで、自分は偽者だ、と言い残しているんですね。 なんともまあ、すっとぼけた遺書で、いかにも王仁さんらしい。 鬼を演じた仁三さんはたいした役者だったと思う。 はたして、時節に現れる変性女子とは………。  TAO さん>  岡本天明のビデオ画集、どうでした。  クレパスも面白いけど、書や日本画が好きです。 *-*-*-*-*-* というわけで、磐山語録を……        ==============================         [214]                      苦にすれば、苦は長びく。                                ==============================        ========================================         [215]                          ひごろにくき烏も雪の朝(あした)かな                      −−芭蕉−−                                     ======================================== いつもはうるさくて憎らしい烏も、 一面の雪景色の冷え々々とした朝には……        ==================================         [220]                        どんな真理を知るよりも、                  先ず恥を知ること。                                  ==================================             磐山『草店家風』より 869/872 GGA02514 KAZE 自ら反る (11) 93/02/25 11:55 862へのコメント 隆ちゃん、どうも。 こちらも、ここ数日はとっても寒く、先日の暖かさとはうってかわって 本来の冬に逆戻りという感じですが、こうやって暖かさと寒さが交替しながら、 次第に暖かさの方が優勢になってきて、はる〜!となっていくのでしょう。 しかし、今年は例年通りやはり雪が降らなくて、残念でした。 花粉症の季節へ、ということですが、隆ちゃんもいろいろたいへんだあ。 僕は根が鈍感なせいもあって、花粉症には縁がなくて、助かっています。 最近まわりの方にもどんどん花粉症になる方が増えてきているようですが、 やっぱりあれは、自然環境の破壊を象徴したレジスタンスなのでしょうね。 この花粉症は、なぜか都市部の方が発生することが多いようで、 聞くところによると、風邪がウィルスへの憑依によって成立するように、 花粉への憑依によって成立するのだ、ということですが、さもありなんですね(^^;)。 いろんな方にお話を聞いたところによりますと、盆栽いじりをはじめとして、 草花を育てている方には、花粉症の方がきわめて少ないようで、 やっぱり、最大の療法は、万象万物への感謝ということなのかもしれませんね。 お金と名誉ということに関連して、「無欲」ということについて。 先日来、いろんなカセットブックスを市立図書館から借りて聞いてるなかで、 山本七平さんの企業家の思想シリーズというのがあって、 昨日はその第4巻目の「北条泰時」を聞いていました。 この北条泰時は、日本初の本格的な法律である貞永式目をつくったので有名ですが、 この方は、本当に無欲に徹した方らしくて、エピソードを聞くにつけ、 ああ、やっぱり立派な方っているもんだなあ、と感動することしきりでした。 この泰時に大きな影響を与えたのが、明恵上人で、その「無欲」ということについて 明恵上人の伝記には、泰時とのこういう話があるそうです。 『如何なる方便を以てか天下を治むる術候ふべきか』と尋ね申したりしかば、 上人仰せられて云はく、『如何に苦痛転倒して、一身穏やかならず病める病 者をも、良医是を見て、是は寒より発りたり、是は熱に犯されたりと、病の 発りたる根源を知って、薬を与へ灸を加ふれば、則ち冷熱癒えるが如く、国 の乱れて穏やかならず治り難きは、何の侵す故ぞと、先づ根源を能く知り給 ふべし。・・・これを療せんと思ひ給はば、先づ批の欲心を失ひ給はば、天 下自ら令せずして治るべし』と云々。泰時申して云はく、『此の状もっとも 肝要の間、我身ばかりは心の及び候はん程は、此の旨を堅く守るべしといへ ども、人々皆是を守らん事難し。如何し候ふべきや』と云々。上人答えて宣 はく、『其れ易かるべし、只太主一人の心に依るべし。古人云はく、其身直 くして影曲らず、其の政正しくして国乱るること無しと云々。此の正しきと いふは無欲なり。又云はく、君子其の室に居て其の事を出す、よき時は千里 の外皆之に応ずと云々。此のよきと云ふも無欲なり。只太主一人、実に無欲 に成りすまし給はば、其の徳に誘せられ、其の用に恥じて、国家の万人、自 然と欲心薄く成るべし。』 明恵上人というのは、ひたすら理想主義的で、この話などは、極論に近いのですが、 この理想論を行動に移そうとした泰時というのは、なかなかの人物で、 最近の政治家に聞かせてやりたいものです。 でも、明恵上人もそうですが、日本の名僧たちというのは、仏教的というより、 むしろ儒教の理想から深く影響を与えられているようで、面白いですね。 さて、この泰時の態度というか心がけに関連して、思い起こされるのは 孟子の根本精神でもある「君子自ら反る」という「自反」ということです。 先日読んだ安岡正篤さんの「知命と立命」の中で、こういうことが述べられています。 人間一切の進歩とか文明・文化というものは、人が人の内面生活に反る---- 自分が自分に反る----という、個人個人の心を通じて初めて発達するのであ る。言い換えれば、個人の偉大さというものの上に、社会・人類の一切がか かっているのである。 とかいう理想的な話をしましたが、それはそれとして、 「筋金入りの怠け者」という点では、僕も負けてなくて、 僕が貧乏物語を続けているのも、そのせいなんでしょうね(^^;)。 僕や相棒も、貧乏なくせに、趣味などには、ええいままよ!なんて すぐに浪費してしまうくせがあって、やれやれなのでした。 >いつも思うんですが、儲ける人がいるってことは損をする人がいるわけで、 >自分が儲けるために人に損をさせるなんてまっぴらごめんです。 そうですね、僕もまったくそう思います。 でも株なんかでいうと、自業自得ということですから、仕方がないですね。 株式操作なんかにひっかかるのも、欲心あればこそ、なので、 誰を恨むこともできないという気はします。 もちろん、株式操作をするのは下劣ですが、そういう方は、 ちゃんとカルマの法則で、「蒔いた種を刈り取る」ことになるのだと、思います。 >なんてたって小汚い(清潔ですが)服装でうろちょろしてますから・・・(^^;)。 >何処からみても貧乏人です。 いやあ、僕も貧乏貧乏したスタイルで、いつも迫っています。 僕や相棒もいつも安物のオンパレードで、しかもそれを息長く着ています(^^;)。 うちらふたりは、書籍などになるとむちゃくちゃ浪費癖があるくせに、 ファッション関係になると、すごくケチになってしまいます。 しかし、僕の会社は広告会社だけあって(^^;)、営業さんを中心に、多くの方が、 ブランドもののファッションを買いあさってたりしてて、 いつも僕なんかは心の中で「アホ!似合わねえよ。品のねえやつだなあ!」 なんて、思っているのでありました(^^;)。 >僕は利殖の達人なので・・・ そうなんですかあ、知らなかった(^^;)。 僕は利殖にはとんとうといくせに、 ひとの利殖のためのいろんなパンフレット類をつくることがあります(ナゼダロウ)。 友人の中に、利殖を得意としながらも、僕と知り合っていろいろ話していくうちに、 精神的なことが基軸にないといけないと思い始めてる方がいますが、 そういう方と話して気づくのは、やはり情報収集や判断力に先だって、 「こまめさ」というか、常にそういうことに関心をもっているこというのがあるようで 僕にはそこらあたりのことが根本的に欠けているのだなあ、と思います。 >現世利益の為だけに先祖供養っていうのは全然先祖供養になっていないわけで、 >困ったものです。やっぱり本質的なところは「思いやり」とか「心配り」なので >あって、「思いやり」のある方は神様仏様にもご先祖様にも人間にも、はたまた >動物にもきちんと接せられるのだと思います。 そうですね、この「現世利益」というのがすべてのネックになっているようですね。 お正月になると、現世利益を求めた集団が神社につめかけ爪キが、 自分のやっていることが本当にわかているのか、疑問ですね。 神社に行って手を合わすとしても、やっぱり自分のことばかりをウ祈るというのは それに対応した存在方の憑依を許すことにつながっていきます。 「供養」ということにしても、その本質は、「自らを空しくする」という 供犠の心がけにあるわけで、それがないなら先祖供養なんかやめちまえ!と 過激に思ったりするのでした。 >僕のイメージする神道ははた目からみるとのらりくらりしているような悠然とし >たスタンスなんです そうですね、神道の本来の部分は、砂漠の宗教から出たキリスト教のような、 「愛の必要な宗教(^^;)」と比較するのは無茶で、 おっしゃるように森羅万象のなかで「のらりくらり(^^;)」してる部分が大きいですが ただ、神道には、先にもいったような「祈願」ということが メインになっているような妙な根付き方をしているところがあって、 「光明思想」的な反省的でない部分があるということです。 さきの「のらりくらり」の反面として、神道というのはものすごく高性能の車で、 運転技術がA級でないと乗りこなせないので、運転のヘタクソな者が乗ると、 暴走してしまって操作ができなくなる、とでもいえましょうか。 >王仁三郎・輪読会、いいですねぇ。 僕も、楽しみにしています。 あの豪快なシャレモノというポーズの裏に、 人類の未来を見据えていたような悲しいユーモアを感じさせられたりするような ふところの深さが魅力ですね。 一応、TAOさんが進行役ということで(*^^*)、 ぼちぼち楽しみながら道中参るといたしましょう。 貧乏がリンボー・ダンスしてる僕ですが、 王仁三郎の「清貧ではなく清富であれ」という言葉に力を得ているKAZEなのでした。 870/872 GGA02514 KAZE ゴンディシャプールの衝動 (11) 93/02/25 11:56 865へのコメント TAOさん、どうも。 ということで、出口王仁三郎とアトランティス関連は TAOさんを中心に進行していくことに、決まり!ですね(*^^*)。 ・・・とはいっても、無理しない程度にマイペースでお願いします。 もちろん、僕も特に王仁三郎関係ではいろいろコメントしていこうと思ってます。 隆ちゃんやその奥さんもかなり気合いが入っているようなので、楽しみですね。 「パワフルなTAOさん」のエネルギーの根源は、月の蠍座なのかもしれませんが、 そもそも僕の相棒は、太陽が蠍座です。 で、たぶんエネルギー量は、僕の比ではないと日頃から感じています(^^;)。 >ジュンディー=シャプールという都市については、確かシュタイナーの翻訳著では >「ゴンディシャプール」と記載されているものですね?どの著作に載っていたのか、 >ちょっと思い出せませんが、結構アブナイ記述があったような気がします(^_^;)。 それについての記述があるのは、 「いま、シュタイナーの『民族論』をどう読むか」(イザラ書房)です。 他の方にも、その概観がわかるように、その部分を紹介させていただきます。  神秘学において、時間は7進法に則っている。10進法における999に 相当するのは、7進法では666、ヨハネ黙示録で「獣の数」とされる数で ある。666年には、キリストの衝動に対立する、ペルシアのアカデミー「 ゴンディシャプール」が発している(ゴンディシャプールは、ユスティアヌ スによってアテネを負われ、ペルシアに向かった哲学者たちによって作られ たアカデミーである)。この666年という年は、太陽が春分点に牡羊座に あった時代(紀元前747年から紀元後1413年)に属している。この2 160年つづく時代の中心点は、紀元333年である。つまり、333年の 333年前にイエスの生誕があり、333年の333年後にゴンディシャプ ールの衝動が発しているのである。このゴンディシャプールから発した衝動 は、その当時の人類には早すぎる文化を与え、人間を地上に結びつけて霊的 世界から引き放すために、、「キリスト・イエスの最大の敵対者」・・・に 指導されていた。  しかし、ゴンディシャプールの衝動は、おなじ地方に出現したイスラム教 徒によって鈍化された。イスラム教の「空想的な宗教教義」・・・によって、 ゴンディシャプールの牙は鈍くされたのである。そして、イスラム教に覆い 隠され、包み込まれたゴンディシャプールの衝動は、666年が3度繰り返 されたとき、すなわち1998年にあらわなものになるとされている。19 98年にはゴンディシャプールの衝動がイスラム教という覆いを突き破って 出現することになる。その前触れとして、1998年が近づくにつれて、イ スラム教の勢力が拡大するのである。イスラム教は、そのシンボルが三日月 であることから見て取れるように、月の影響下にある宗教である。その月の 中に潜んでいた666の獣が、月を突き破って出現する用意をしているので ある。 ということで、なかなかに、ううむ、という内容ですが、 やはりそれにつけても、イスラム関係のことをちゃんと勉強しなくちゃ、と思います。 この際、ついでに、輪読会に、井筒さんの著作のどれかでも加えるのも いいかもしれませんね。 なんか、テーマがいろいろあってk、 今後いらっしゃる方なんかには目移りがしてわけわかんなくなりそうですが、 このバラエティー感覚が、「お遊戯」の特徴ですから、 楽しくマイペースでお互いいきましょう、のKAZEでした。 871/872 GGA02514 KAZE 幾何学宇宙 (11) 93/02/25 14:19 868へのコメント NOISEさん、どうもです。 >「目がさめたなら出て来なよ」王仁 なんかクライマックスはこれから、って感じがしてちょっとワクワクしますね。 この世紀末のライブ感覚と゚「うのは、なかなかにスリリングなものがあって、 ちょっと恐いような、だからこそ見逃せないようなところがあります。 「時節に現れる変性女子」って、一体・・・。 ま、それはこれからのお楽しみということで、 >このあいだ、「カライドサイクル」を造りながら・・・ このカライドサイクルは、結構楽しめたでしょう。 たくさんあるけど、どれをカラカラ回してもあきないですよね。 今、うちではテレビの上やらピアノの上やらにカライドサイクルが ディスプレイされていまして、ときおり手にとってはカラカラまわして遊んでいます。 >大石凝によれば、天地開闢以前の極元の原初宇宙にはただ「ス」という物が、「十 >八綾図(コンペイトウ)の象(カタチ)を造りて、ス、ス、ス、……」と呼吸して >いて、そこに「タ、タ、タ、……」の対照力が働らき、球状の「至大天球」(タカ ト>アマハラ)が形成され、その中心部に「大気」(ノリ)が結晶し地球が成った。と、 >いうようなことをいっているんですが、この宇宙の原形である「十八綾図(コンペ >イトウ)の象(カタチ)」を「六角切子の玉」ともいうらしい。宇宙の原形が幾何 >学立体であった、という大石凝の説は面白いでしょう。 先日体験してきたシナジェティクス・ワークショップでは、 組み立てた大きな模型を、辺と点とを基点にして、 次第に幾重にも折り畳んだり、また展開したり、というワークがありまして、 それを繰り返し体験しながら思ったのは、 宇宙というのは幾何学立体であり、それが展開されたり折り畳まれたりで、 さまざまに次元が展開してきたのではないかということです。 そのことは同時に、神秘学の基本原理でもある、 ミクロコスモスとマクロコスモスの照応ということとも符合したり、 一即多、多即一ということとも類推させるものであって、 今回のテトラスクロールの輪読会から、そこらへんのことが ぼんやりとでも見えてくればいいですね。 >「コンペイトウ」といえば、あの寺田寅彦先生を思い浮かべますね。 僕は、寺田寅彦さんの大ファンです。 このところ岩波書店から随筆集が刊行されているところですが、 それは高いので、改めて岩波文庫の数冊の随筆集を買い込んでまして、 たまにひろい読みしたりします。 そういえば、この寺田寅彦さんの随筆は、高校生のころ、 ブルーバックスと平行して読んだ記憶がありまして、 あの科学精神と芸術精神の調和感覚がとってもステキに感じていたのを思い出します。 >十和田龍(出口和明)の「神の活哲学」は、わたしも以前に読みましたけれど、 >よくまとめられていて良いでしょう。 そうですね、僕もそれで、王仁三郎の哲学(?)の概略が なんとなく見えてきたような気がしてきたところです。 輪読会で扱うには、これが進行上、扱いやすいかもしれませんね。 「出口王仁三郎の大降臨」は、まだ手にいれてませんので、 「大石凝の説もこれに載って」いるということなので、早速探してみることにします。 しかし、つい最近まで、そこらへんのことはそんなに調べてなかったのですが、 知れば知るほど興味深いですねえ。 平凡社の東洋文庫の出口ナオの「大本神諭」ですが、 つい最近市立図書館で相棒が見つけてきまして、借りてきているところです。 これ、まざ在庫なんかあるのかなあ、本屋さんには並んでないけど・・・。 磐山語録ですが、 >苦にすれば、苦は長びく。 今、僕はちょうど仕事を「苦」にしてまして(^^;)、 確かに「苦」にすればするほど、長びいていきます。 単純な真理なのですが、これが一番自縄自縛につながります。 自らの無明を感じさせられる語録ですね。 >どんな真理を知るよりも、    >   先ず恥を知ること。  これは、ほんとうにどきっとする言葉ですね。 隆ちゃんへのレスで孟子の「自反」ということについてコメントしましたが、 自らを省みるということがない人間は、まさに「恥」を知ることがないのでしょう。 論語には「礼を知らざれば以て立つこと無きなり」とありますが、 まさに、「恥を知る」ことは「礼を知る」ということでもあるのだと思います。 おそらくこのことは、王陽明の「知は行の始めなり。行は知の成るなり」ということと 深くつながってくることで、「真理を知る」ことが「行のはじめ」であって、 その真理を体現するためには「即行」となっていなくてはならず、 そういう姿勢の最初の段階として、「知即行」でないみずからを深く「恥」じ、 「礼」を知らなければならないのだろうと思います。 礼をわきまえた「あたりまえ」の人間をめざしたいKAZEでした。 872/872 TCC00116 NoB RE:ブレンデルのハイドン(^^) (11) 93/02/25 18:27 867へのコメント あ、KAZEさん、どうも。なんとなくKAZEさんと僕とでは逆の方向みたいな? 感じもします。いえ、深い意味はないですよ。というのも、僕は感覚の洗練 に向っています。シュタイナー的にいうなら、霊性的というべきでしょうか。 ヨガの呼吸法とオイリュトミーの実践から、ふと、フルートを吹きたくなって、 こんとこ急にはじめました。まったくの初心ですが、音はでます。それと オイリュトミーの感じが生きてくる……。 オイリュトミーの影響か、音楽の嗜好もちょっと変ってきました。レッスン でベートベンをやるんですが、なるほどぉとかわかる。 NoB - FARION MES(12):★アキラのハルマゲドン探偵局--------<01> 93/02/25 - 496/498 GCC03437 星也 RE:諸星大二郎 (12) 93/02/24 23:09 467へのコメント コメント数:1 RE:暗黒神話でしょう。 馬頭星雲が、「やまたのおろち」の象徴だったと。 孔子暗黒伝の方は、 「黄金の胎児」(ヒラニア・ガルバ)の見る夢、で、 終わっていたような気もします。 RESの遅い、星也。 497/498 JBH00742 COOL RE:諸星大二郎 (12) 93/02/25 00:04 496へのコメント コメント数:1  こんにちは、星也さん!  ふ〜ん、馬頭星雲は「やまたのおろち」の象徴だったのですね。  なるほど納得、納得??(これぞ究極の?独り言モード)  ARION曰く?、「雲を払え」。 498/498 RGE01147 誠惇 RE:RE:諸星大二郎 (12) 93/02/25 17:35 497へのコメント > ふ〜ん、馬頭星雲は「やまたのおろち」の象徴だったのですね。 > なるほど納得、納得??(これぞ究極の?独り言モード)  どう言うこと、どう言うこと、おせーて。>>COOLさん  >>星也さん  「孔子暗黒伝」の最後と「暗黒神話」の始まりがつながってるんですよ。  しってたらごめーん。     By 誠惇 - FARION MES(13):★HVHYの預言解読部屋------------<02> 93/02/25 - 916/935 GDB00064 オリハル RE:また質問です スミマセン (13) 93/02/24 23:10 896へのコメント しまうまさん、どうもです。わざわざきいてくれてありがとうございます。 >内面は「常に」グロテスクで見るに耐えない状況でした。 と、書きましたことの意味は、やはり、ふせておくべきだと思うんです。ごめんね。 私も「知ろう」としたばかりに、危険な状況のままで生きていたのですから。分かる方 には既に分かっているはずなんです。上記の様な状況だった為に、苦しくて、「彼」に は「とても今は出来ません」と答えたわけでした。 > 今のオリハルさんの内面は、どんな具合でしょう。清浄で健全で、恥じるところ >ないものばかりでしょうか。ただひたすら自分を肯定していられますか?  苦しい時の自分と比べたら、月とスッポンのような違いがあります。今は神にとても 感謝しています。私は単に人間存在であります。ただひたすら自分を肯定することは今 は、ないので、特別何もしていません。しかし、周囲は「ただひたすら否定形」が多い のでその2義性を理解せしめる必要性は感じています。つまり、彼らは第1目的を肯定 しかしていないことに気付いてないんです。そのために、意図性が入ります。                                 イキイキ > オリハルさん・・自分を否定する心、を、否定していませんか。生意気いってす >みません。でも、そんな気がするんです・・・。        ~~~~~~ 確かに「自分を否定する心を否定している」とは言えるでしょうが、意識エネルギーの 回転する方向が逆です。同じ意味を表わすのに、「肯定しようとしている」と表現する ことも可能です。でも、人間の意識に与える潜在的な影響力は逆のものになってゆくの です。文章の「意味」だけに着目すれば、同じですが、実は、逆なんだよーん。 松川さんとちょっとお話しましたけど、しまうまさんを64したわけではないよーん。 ちなみに、EMAモーターの火花放電ギャップの対生成で起こっている現象をば ないよーん ←→ あーりよーん オリハル 921/935 HGG01312 たまご 無茶な預言論(2)預言の役割 (13) 93/02/25 03:02 コメント数:1   さて,預言を与えるものがいるから預言があるわけで,預言を与える以上与える  理由があると考えられますが,預言の働きがこれまで示してきたように,因果関係  の崩壊>時空間の円環の新設にあるとすれば,それは実に新しい発想を我々に提供  してくれます.   つまり,預言は未来を見たり占うものというよりも,未来を創り出す原動力に関  わるものであるということです.未来は自分で拓きなさい,という人生訓があった りしますが,これは文字どおりに本当の事であるかもしれないのです.   またこれは“にわとりが先かたまごが先か”という議論に似ていて,預言によっ  て未来を知ることと,預言が未来を創ることは,双方が影響しあっているとも言え  ます.   そう考えてくれば,預言がダブルミーニング,つまり多重に意味を持っているこ  とは,自然に思えてきます.意味がどうとでも取れるように書いていあるのは,ど  ういうような選択も可能であることを裏付けているとも考えられるからです.(と  いうことは,はっきりした預言は変えることができない未来を示しているのかもし  れない!)   しかし,ここで注意を要するのは,どうとでも取れるならあってもなくても同じ  だという考えを持つののも,また,自分が思ったら未来はその通りになるという発  想を持つのも,預言がもっている本来的な役割からは遠くなるであろうということ  です.   これ以降の具体的考察は各人にお任せします.(^_^;)   未来はあるがままに存在しますが,それを創るのは我々自身なのです.   たぶん.    まだつづく(^^;  たまご 922/935 GCC01413 HVHY RE:無茶な預言論(2)預言の役割 (13) 93/02/25 06:54 921へのコメント  −−−−−−−−−−−−−> たまご さん  |(ということは,はっきりした預言は変えることができない未来  | を示しているのかもしれない!)  その通りだと思います。  (※このことに関してはかなり以前に触れたことがありますね…)  にも拘らず、「例外」もあります。  「例外」について考察するために、まず、  例によってカテゴリー分けをしてみましょう。                   |  当たる / 外れる    −−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−     ・はっきりした「預言」  −|→ (a)   (b)     ・はっきりしない「預言」 −|→    不 明     ・はっきりした「偽預言」 −|→ (c)   (d)     ・はっきりしない「偽預言」−|→    不 明  まず、はっきりしない「偽預言」の場合は、  当たる外れるを云々することが不毛であるばかりか、  それについて検討したり解読したりすることも不毛ですね。  (※本物と勘違いして解読に貴重な時間を割いてしまう可能性を考えると怖い!)  但し、“何を意図して曖昧な「偽預言」を流すのか?”  と想像してみることは、必ずしも無益とは言えませんが…。  次に、はっきりした「偽預言」の場合を考えます。  (d)外れる場合・・・(“単なる出鱈目”のケース)←これは論外!             「誘導的意図」が功を奏しないケース             「確定していないこと」を闇雲に吹聴するケース  (c)当たる場合・・・「誘導的意図」が功を奏するケース             「確定していても言うべきでないこと」を言うケース  ここで注意すべきことは、 >>>  「偽預言」とは“単なる出鱈目”では決してない  ということです…。  次に、はっきりしない「預言」の場合は、  やはり、当たる外れるを云々することは不毛に近いのですが、  それについて検討したり解読したりすることは“何がしかの意義”を持ちます。  そして、「“何がしかの意義”を持つ」という意味は、 >>> “「預言」に対してどのように反応・対処するか?”ということによって、 >>> 我々は「預言」が示唆する未来に対して能動的作用を及ぼすことが出来る…  という意味に他なりません。(※それ以外の意義があるのでしょうか?)  この意味において、「預言解読」は正に“行動への礎”と言えるでしょう。  最後に、はっきりした「預言」の場合を考えます。  (※これが言わば“本題”ですね!)  (a)当たる場合・・・「確定していること」を証明のために示すケース             「確定していること」を警告のために示すケース  ARIONが解釈不要なほど具体的なことを言うケースは、  このいずれかのケースがほとんどだと思います。  但し、後者のケースは最近は希ですし、(※何故でしょうか?…)  前者に至っては“何らかの必要性”がない限りは行いません。  (b)外れる場合・・・「確定していないこと」に関して、             そのシナリオの一つを“敢えて”提示することにより、             別の進路への変更を人間に期待するケース。  これが当初に述べた「例外」に当たるわけです。  そして、このケースは、どの程度の具体性を持ったものを  “はっきりした「預言」”と分類するかという問題はありますが、  かなり多いのではないでしょうか?  ところで、(c)の「誘導的意図」が功を奏するケースと  この「例外」に当たる(b)のケースは、丁度、裏腹な関係にありますね。  ここが、言わば、“戦い(?)の焦点”だとも言えます。  そういうわけで、(※何がそういうわけか?)  今後の益々のご活躍を期待します!                                  HVHY 926/935 GCC01413 HVHY RE:駄文 (13) 93/02/25 09:45 891へのコメント  −−−−−−−−−−−−−> アラミス さん  某会議室において、「これからは言いたいことを言うぞ発言」  をなさっていたように記憶致しておりますが、大変結構なことだと思います。  アラミスさんがということでは決してありませんが、  オカルト関係者(?)には情報を“勿体ぶる”タイプの人も多く、  それは理由のないことではないとは言え、(※正当な理由はちゃんと有る…)  業界イメージ(?)を悪くしていることもまた確かです。  さて、雑談はこれぐらいにして、本題へ入ります。  |ここで行われているARION のMSG の解読はかなり見えてきている・・いや、  |一部ははっきりとさえしている。(議長のおかげですね) そして、  |これも死に満ちているように見えるのは私だけでは無いと思うのだが。  「解読の内容が少なくとも部分的には明確になってきている」というのは、  それが“議長のおかげ”かどうかはともかく、本当のことでしょう。  世紀末フォーラムになってからでもやがて一年を経ようとしている現在、  少しでも解読が進んだことを実感出来るならば、  この会議室の存在意義も少しはあっただろうと胸を撫で下ろします。  ところで、「死に満ちている」という形容に関してですが、  ARIONのメッセージなりこの部屋での解読なりが、  “しばしば「死」のイメージを喚起させる”…という意味でしょうか?  もし、そうだとしたら、  そのアラミスさんが正に抱く“「死」のイメージ”は、どのようなものですか?  ここのところは意外に大事なポイントのような気がします。  もちろん、解読は(既に述べたように)哲学でもファンタジーでもありません。  解読が「死」に触れるとすれば、“「死」のリアリティ”にこそ触れるべきです。  |「死」を考える度に、私は10何年来のある想いを思い出す。それがどうでもよい  |ことなのか、とらわれている事が愚かなのか? 今となっては後戻りさえできや  |しない。まったくもって「人には知らない方が幸せな事も有る」だ。  “この辺りのところ”についてもう少しお話頂けたら…。そのように感じます。  差支えなければ、宜しくお願い致します。                                  HVHY 929/935 GCC01413 HVHY 「宵の明星」 (13) 93/02/25 10:27               〜 銀 盆 〜       > 銀盆の反射を受けて輝く石       > それは 泉の奥に眠る清らかな石       > その泉に手を入れるな     (光の黙示録 第24章 11)  さて、「銀盆」とは、「月」のことだ。  この場合の「月」は「満月」だろうか?「三日月」だろうか?  「石」は、既に語ったと思うが、  「シヴァ・リンガ」或いは「真珠」或いは「星」である。  実は、今の時期に、夕方西の空を仰ぐと、(※仰がなくても良い低い位置だが…)  「銀盆の反射を受けて輝く石(星)」が堪能出来る。  それはもう“お見事!”と言うより他ない。  (※「明星」に関しては、なえさんも最近何か触れていた…)  第四部の表紙挿絵に描かれている「水星」が「金星」でもあるとすれば、  そこに表現されている「銀の御舟」は、  正に現在の天空の状態を表していることにならないか?  もし、そうであるならば、  「過ぎ行く時のしじまを縫って帆掛け船は出て行く」というのも、  正に今年(93年)のことを言っていることになるだろう。  ARIONの預言は、ダブル・ミーニングどころか、  トリプル或いはマルチプル・ミーニングであることに本当に驚かされる…。                                  HVHY 930/935 GBG02043 維/YUI 朝を告げる鳥は・・・ (13) 93/02/25 12:42 昨日の朝、うぐいすの声を今年始めて耳にしました。 いつもよりか、おそい気がしたのですけれど・・・ね。 で、ふと思ったのですが、 朝が春ならば、 鳥は鴬。 平板な鳴き声でしたけれど、かなり大物になれそうな(^^;)良い声でした。                                    東風・梅花・ホーホケキョ 維/YUI。 931/935 HFD01514 なえ 明星 (13) 93/02/25 14:42 コメント数:1 先日触れて居ながら、ちと躊躇があって・・削除したのですが、(^-^;)(^-^;) やっぱ言いたい事は言ったモン勝ちとアドバイスくれたアラミスさんの意見に同意 して、言ってしまふ。 今宵の月と金星はぜひぜひぜひぜひ!!!見るべし!!! 昼間でも見える程の最高光度となった本日、月と金星は絹一枚の差で共に依りそい 今の時間帯でさえ見る事が出来る。 しかも、月の形は三日月、金星の姿も三日月。ドラマです。 これだけの状況は、もはや、今世紀どころか、かなりな時間が過ぎないと見えない のよん。 ちと遅い発言でごめんね>ALL 934/935 HFD01514 なえ 明星 補足 (13) 93/02/25 15:29 そうか、今日が天気に恵まれず曇だったって事・・すっかり忘れてた。←ボケ おまけにアクセスしなきゃ、解んないでないかい。m(_ _)m スイマセン ところで、この金星は、宵と明けに見えるのだが、一晩に2度見る機会は有るのだろ うか。実は、3月下旬から4月上旬にかけて、今後8年間は見られないという、2度 視が起こる。この日、夕暮れに沈む金星は、再び、明け方に東の空に浮かび、やがて 日の光と共にその姿は見えなくなってしまう・・・。 「鐘」という字は、里に立ちて金を望む姿にも見える。←←三番目の鐘の関連(^ー^) 地球の兄弟星、金星は、とても身近にありながら、実はマカ不思議なお方なんです。 935/935 RGE01147 誠惇 ティータイム (13) 93/02/25 17:35  友達から旅行土産で、ちょっと面白いお菓子をいただきました。  その名も、じゃーん  ”月の雫”(甲府のお菓子)  このお菓子ご存じですか? > 議長、維さん&オール  表面は白砂糖で包んであるのですが、  中には、ぶどうが一粒皮ごと入っているんです。  ”月 … 黄泉の国   雫 … 滴(しずく)岩   ぶどう … 紫、ワイン … 血の儀式”  などと、お菓子を食べながら妄想している自分を見つけ、  「ちょっとなあ(^^;;;)」    皆さんもどうぞ、”月の雫”を召し上がってください。(^^)/          By 誠惇 - FARION MES(15):★平成松川塾◎日本を考える----------<01> 93/02/25 - 054/057 JBC02250 伊藤博章 RE:心と日本の役割について (15) 93/02/25 00:13 052へのコメント コメント数:1 しまうまさん、こんちはーす!! しまうまさんは、一番大切なものって何ですか?私は最近わからなくなりました。 人は何のために生まれたのか。 5歳くらいの時悩んだことがありました。人は何故死ぬのかなど・・・ 私の理想主義と現実の違いに深く悩む今日この頃です。^。^レ 人間がやすらぎを感じる時、それはどんな時なのかな? 私達は今、幸せすぎてそれを感じることすら出来なくなっているのかもしれない。 どんな人間になりたいのか・・・・・・・・???ハゲホゲ ハゲ??? んー私自身何を言いたいのか主旨がつかめん!!(@.@);.... しまうまさん、わけのわからん文書ですんまへーん                     From 伊藤 博章:JBC02250 055/057 GBG02043 維/YUI RE:心と日本の役割について (15) 93/02/25 12:27 054へのコメント コメント数:1 こんにちは、伊藤さん。 唐突ですが、ふと思ったので・・・。 >>私達は今、幸せすぎてそれを感じることすら出来なくなっているのかもしれない。 ”幸せ”・・・それは本当に望んでいた幸せなのだろうか? これが”幸せ”なのだと、教え込まれたものではなかったか? 幸せすぎるから感じ取れない安らぎって・・・あるのだろうか? 最近になって、なんとなくやすらぐ・・・ということを思いだした気がしています。                横入りしてごめんなさいね。  維/YUI。 056/057 GFD00204 松川 貴     RE:心と日本の役割について (15) 93/02/25 16:45 052へのコメント  しまうまさん、いらっしゃい。  我々の社会を守ろうと懸命な人も、一体社会の何を守ろうとしているかで生きる態 度が違ってくるでしょうねえ。  しかし、彼らは「何を守ろう」として戦っているのか本当に自覚的に考えたことな ど実際にはないんじゃないかと思います。(いや、私も含めてのことですよ。)  大部分の人は変革などといいながら、自分の属する社会と自分自身が乖離している ことに考えがいたりません。だから政治改革だと誰かが唱えれば「その通りだ!」と 応ずるのに何の躊躇もいらないのです。自分の外に社会があり政治生活があると思い 込んでいるのです。市民は「考察」するばかりで済みますから楽です。ズドンとやら れるのは自分自身であり、自分たちは映画を見てああだこうだ言える観客とは違うの だということが分からないんです。しかしただ単に制度を改革しさえすれば今までよ りも良いと「感覚的」に感じられるものばかりが自分たちの生活にやってくるのでし ょうか。私にはそうは思えません。みな身銭(比喩ですよ)は切らずに社会から上前 をはねることばかり考えているように見えます。私たちはそのような発想を前提に社 会改革を唱えているのではないでしょうか。  社会主義者たちはいつも「制度」のことばかりを問題にしてきましたので、その絶 大な影響力(思考方式)は現代のさまざまな社会運動の中にまで入り込んできて市民 の「考察」に筋道を与えることになります。  私が社会問題について考えるとき、すがるような思いで取り組んでいるのがシュタ イナーの社会論でした。シュタイナーが私の「情念の編」と同じようなことをすでに 1919年にドルナハで述べていたことを発見しましたので、一部引用してみましょ う。    今日では、私は善き人間として安住の地を得、すべての人間を愛する思想を伝   えたい、などと望むことが大切なのではありません。私たちが社会過程の中に生   きて、悪しき人類と共に悪しき人間にもなれる才能を発揮できるということが大   切なのです。悪い存在であることが良いことだからではなく、克服されるべき社   会秩序がひとりひとりにそのような生き方を強いているからなのです。自分がど   んなに善良な存在であるかという幻想を抱いて生きようとしたり、指をしゃぶっ   てきれいにして、他の人間よりも自分の方が清らかである、と考えたりするので   はなく、私たちが社会秩序の中にあって、幻想にふけらず、醒めていることが必   要なのです。なぜなら幻想にふけることが少なければ少ないほど社会有機体の健   全化のために協力し、今日の人びとを深く捉えている催眠状態から目覚めようと   する意気込みが強くなるでしょうから。それには、今日公認されている科学に内   在する弱くて投げやりな、麻痺状態になった思想に巻き込まれず、霊学の与える   、よりエネルギッシュで、より迫力のある思想を身につけることが、大きな助け   になってくれるはずです。(『社会の未来』P31-P32 )  自転車に乗っていると目の前が真っ暗であったことに気がつきます。何も見えない のです。真の暗闇です。私は自転車を降り、その場に立ち止まるしかありません。自 分の足元からどのように道が続いているのかまったく見えないからです。以前そんな 夢を何度か見ました。  だから塾長を務めるのは結構ものぐるおしいものがありますよ。                                   松川 貴 057/057 GFD00204 松川 貴     RE:心と日本の役割について (15) 93/02/25 16:46 055へのコメント 維/YUIさん、いらっしゃい。  私が維さんに話しかけるのはこれが初めてですね。維さんとはすれ違ってばかりで したからね。  ここでも愉快かつ深刻な話をしていただくと有り難いです。  今後ともよろしく。                                   松川 貴 - FARION MES(17):◆メディアレポート(本/映画/音楽 etc)--<01> 93/02/25 - 260/260 JBH00742 COOL RE:あたしの見つけたもの(^O^;) (17) 93/02/24 22:09 259へのコメント  お早うございます?、みれさん!  臨月を前に事故で亡くなってしまうなんて、彼女(と子供)が可哀想。  『竜虎の交わり』だったから、なのかなあ。  『竜虎の交わり』は、いわゆる対決姿勢。  だったら、『比翼連理』で行けば良い。  『比翼連理』は二羽の鳥が翼を連ねて空を飛ぶ様子だそうです。  そうですよね。>しまうまさん。  そうそう、私が最近印象に残った曲といえば、  映画の“BODY GUARD”の中でかかっていた曲です。  曲名はよく思い出せませんが…。(^^;)  あの娘が買ったシングルCDにはこの曲が入っていたのだろうか。イミフメ、フメ、フメ!  色々とありがとう!>みれさん、ARION。サラニ、イミフメ!!!