- FARION MES( 2):【居酒屋1999】雑談・自己紹介--------<07> 93/03/08 - 461/483 JBC03613 ミコノス はじめての、書き込みです(^^)。 ( 2) 93/03/07 23:59 みなさんはじめまして、ミコノスと申します。 このフォーラム入会して、当分ROMしていましたが、そろそろ顔だしちゃおうかと 思いまして、勇気を出して(?)アップするところです(^^)。 簡単な自己紹介をしますと、 年 齢:36(心は少年?) 性 別:男 (前世は女?) 住 所:広島県****** ハンドルの由来(そんなたいしたもんじゃないけど(^^;)) エーゲ海のミコノス島になぜかとても憧れ、いつか行きたいと思っています。 その他参加フォーラムは、FMISTY,FPSY,FCAR,などで、ここのフォーラムにもけっこ う見慣れた方がいらっしゃるので、うれしい〜(^^)。 こころを扱うものは全般的に好きなもので、もう少しROMして全体の流れがわかっ てきたら、出没させていただこうかと思っていますので、その時はよろしく! P.S オープニングメッセージいつも関心(感心)して読んでます。                          [JBC03613] ミコノス 462/483 PFA03563 YAHATA RE:東京の大学 ( 2) 93/03/08 00:39 437へのコメント  #437  さん 》 くれるので、「FAX送信音聞いて、筆記していた。」だの「バーコードを直読  「モデムと会話ができる」とか「FAXに電話して声で文書を送る」人とい うのはいませんか?イルカヨソンナヤツ ぐったりしてる YAHATA 463/483 PFA03563 YAHATA ひとりごと ( 2) 93/03/08 00:39  疲れてるよ。 「またかよ。」  長引くんだよ。自分の無能さがいやでね。 「慌てすぎだっての。」  着実な進歩なんて待ってられないよ。 「みんなそんな進歩しかしてないよ。」  だからしたくないんじゃないか。私の性格わかってるだろ? 「無理なものは無理だ。」  …疲れた。 「休めるとは思えんな。倒れるほど頑張るとも思えないし。」  頑張るって言葉は嫌いだ。言葉だけだが。 「他に何かいい表現があればそれを使いたいのか。」  そうだな。何かあの響きが嫌い。 「我が侭だな、それも。」  わかってるさ。…ひねくれてるだけだよ、どうせ。 「結局何がしたいんだ?」  わからなくなってきた。人に決めてもらうわけにもいかないし。 「でも考えようとしてないだろ。」  疲れてる。 「発散した方がいいぞ。」  どうやって? 「…自分で決めろ!」  めんどくさいから発散しない。何かしただけで立ち直れるのか、とかそんな こと思いながらするんだろうから。 「言われてたよな。『こんな時ぐらい考えごとはよしましょう』ってさ、TD Lで。そんな調子なら確かに誘われる方も迷惑だ。」  …Kには申し訳ないと思ってる。 「反省するのはそういう時だけか。」  反省の内に入らない。フィードバックがない反省なんてのは。 「それは誰の受け売りだ?」  一般論。…情けない。私は何も考えてない。こんな自分、ぱっと脱ぎ捨てて…。 「それが慌ててるってんだよ。」 頭はぐじゅぐじゅ YAHATA 464/483 GBG02755 スマル 待ってるよ〜 ( 2) 93/03/08 01:46 429へのコメント URDさん、誰にでも辛い瞬間はあります。 でも、それを誰かに理解されることがあったなら、 どんなに心安らぐことでしょうね。 同じ立場に立てるかどうか私にもわからないけれど、 下らないと思えることにこそ、悲しい思いをするものですよね。 だけど下らないことだからこそ、大切に抱き締めて ちゃんと自分のポケットにしまいたいなって思うんです。                        スマル 470/483 GBA01276 しまうま 何を欲しがるか? ( 2) 93/03/08 06:44 :何を欲しがるか?で決るね、これからのしまうまさんの喜びも悲しみも…  自由があり、何よりも愛しい気持ちがある。これ以上何を欲しがるだろう。  どんな枠もいらない。  こころのはばたきの、赴くところへ向かうんだ。  諦めたら、二度とどこへも飛べなくなっちゃう。  一つの愛を自分の手で閉じておいて、また別の愛を開くなんて・・・そんな器用な ことできない。  すべての窓を開こう。空気が澱まないように。たとえ黄金でも、塗り込めたくない。  あの自由という名前の虚空だって飛べるよ、きみとなら。 飛ぼう! 471/483 GBD03557 シゲ 出戻りだけんど文句あっか? ( 2) 93/03/08 14:14 コメント数:3 退会して1ヶ月と経過しないのだけど、舞い戻ってきました。 大きくなれるまで戻ってこないと思ってた。だけど、戻りたい気持ちはあった。 でも、戻らないのも意地だったのだが、こうして戻ったのも意地だった。 たった1ヶ月弱の間に、何が変わったということはないのだけど、 「強いシゲでなければならない」ということを認識した。 もちろん、涙を流さないとかそういうことではなくて、 そうだなぁ・・・なんていうか、「それが大事」の唄の一節にあるような、 「負けない事、投げ出さない事、逃げ出さない事、信じ抜く事」 そんな事かなぁ。 最近入会して僕の事を知らない人に簡単に自己紹介。 シゲ:人生を誰よりも速く駆け抜けようとした男 だけど今は、人生を生きる事を急ぐよりも、人生を生きるために充たす時間を 大切にしたいと思う。 「嬉しい時は笑い、悲しい時は涙を流し、淋しいときは人に甘えて、悪い事には怒る」 というのが基本信条。 「大風呂敷広げるもよし、好きに生きればいい。棺桶に片足突っ込むまでに辻褄 合せればいいじゃねぇか」がポリシー。 人生を速く駆け抜けようとした結果が、棺桶に片足どころか、一度は寝てしまった 僕だけど、何を間違えたか生きている。 ここでこうして会えたのも何かの縁なんで宜しく。 それじゃ、さはしマスター。景気良くボトル一本宜しく。(みれ女将のツケで!(^^)) シゲ 472/483 GBG02755 スマル 塩タンおいしいね。 ( 2) 93/03/08 15:01 コメント数:1 きょう、塩たんと言うものを口にした。 えるちゃんお勧めのもの。 美味しかった。 焼肉と言うものは、年に1回も食べないので、 めずらしくて、楽しかった。                   以上  スマル // - FARION MES( 6):・壁(1)=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・= 93/03/08 - 515/521 GBG02755 スマル セーラームーン見てる?? ( 6) 93/03/08 01:47 508へのコメント コメント数:2 満月には、願いごとを叶えてくれる不思議な力があるんですってね。 月に祈ると愛が叶うって信じたいな。 「月のおかあさん、この愛を届けて欲しいの。  そして、この愛で、幸せになりたいの。  」 いとしのエンディミリオンは、いつになったら、うさぎの気持ち受け止めて くれるのかしら?                      スマル - FARION MES( 7):★アリオン世紀末書き込み寺----------<01> 93/03/08 - 853/855 JBH00742 COOL RE:あたしのカミゴト日記:後編 ( 7) 93/03/07 23:54 845へのコメント  こんにちは、みれさん!  「もう少し自分のこと分かりやすく説明して欲しい」  とのことだったので、遅ればせながら説明してみたいと思います。  確か、FARIONの何処かの会議室でも触れたと思いますが、  みれさん達が大宮神社に行った同じ2月3日の午前中に  私は人と連れ立って同じく大宮神社にお参りしていたのでした。  私達も手水舎で手を洗い、口をすすいだ後本殿へお参りしました。  そしてその後、本殿の左側にある二つの社、稲荷社と御嶽社に向かい、  これまた、お参りをしました。  そして最後に本殿の右側にある社にお参りしようとしたのですが、  連れの人が言うには、その社は天満宮であるとのことでした。  私は、「天満宮なら菅原道真という“人”を奉っているはずだ。」  と判断をしてお参りをすることを取り止めにしたのでした。  連れの人は「そんなの関係ないと思うけどな〜。」と言っていたのですが  私はいわゆる“人格神”に胡散臭さを感じてしまい、  お参りをすることが出来なかったのです。  この時の胡散臭さの基となったのは菅原道真が“人”であるという事でした。  というのも、私は何時も私なりのカミゴト???をする際には  お参りする対象が上の存在(父なる神?)であるかどうか  にその価値基準を置いて来たからです。  以上、頭の中である程度整理が着いたところまで書いてみました。  続きが書けるかどうかは分かりませんが、  書けるようでしたら、又再びUPします。 855/855 GBE02650 ユ−リ RE:あたしのカミゴト日記:後編 ( 7) 93/03/08 00:58 851へのコメント  うん、やっぱりそうだと思ったんだよ。(^^;  もう少しコメントを続けると、僕は神様のことを人間や人間以外の全ての存在をエネ ルギ−的に、というか霊的に(まあ、なんでもいいけど)統合しているものではないか と思ってるんですけど…まあ、詳しく考察すると、また寝てしまいますので。(^^;                           Ю・С - FARION MES( 8):★香貫花mam の愛と自由で一晩中!----<01> 93/03/08 - 566/568 GBD03557 シゲ 誰かを傷つける事は承知の上で ( 8) 93/03/08 14:15 コメント数:2 僕が舞い戻ってきた理由を言ってしまう。 僕は、維/YUIちゃんを愛している。 他に維/YUIちゃんを愛してる人がいて、プロポーズもしてる。 しかし、維/YUIちゃんは僕を愛してる。 僕との間の子なら産んで育てたいという程にだ。 だけど彼女は、その人のプロポーズを受けようとしていた。(或は、している) さて、なんで彼女は僕を愛していながら、別の人と結婚しようとしたのか。 必然もないのにその男と結婚するなら、僕と結婚する事の方が普通だろう。 だが、僕と結婚は今は出来ないという。それは彼女自身の心の約束で意地だそうだ。 だから彼女の心の束縛を解く為に戻ってきた。結果として、別の男性から奪う形に なるかもしれないし、傷つけることだろうけどね。もちろん自分を含めて。 しかし、愛することは誰かが傷つく事。きっと仕方のない事だろう。 昨日言ってたように、ここに戻ってきて、この文章をUPしたど。覚悟せい>YUI シゲ 567/568 GBG02755 スマル RE:誰かを傷つける事は承知の上で ( 8) 93/03/08 14:47 566へのコメント きゃ〜、お帰り、シゲさん!! 大胆な告白!! でも、誰よりも幸せになってね。                        スマル 568/568 JBH00742 COOL RE:誰かを傷つける事は承知の上で ( 8) 93/03/08 20:57 566へのコメント  こんにちは、シゲさん!  お帰りなさい。(FREKISHIを何時も拝見させて頂いております。)  「誰か」と、私が呼ばれているようなので、  一応の意思表示としてUPさせて頂きました。  それで、今日は特に“これだ!”ということではないのですが、  シゲさんが「愛は誰かを傷付けることであり傷付けられることである」  旨の発言をされていたので、ちょっと発言させて頂くと…。  「愛は誰かを傷付けることでもなければ傷付けられることでもない」  と、私は思います。(…勝手な推論ですが。)  その根拠は?と尋ねられると言葉に詰まってしまうのですが、  ARIONの詩編から拝借して、私が最近感じるところをUPさせて頂くと…。      まことの愛とは 気の巡りよ                  (「光の黙示録」詩編第18章より)      まことの愛は 神の息吹で生き返る                  (     同    上     )  それでは、よろしくお願い致します。  (えっ、ここは預言解読部屋ではないって…(^^;)、失礼しました。) - FARION MES(11):★KAZEの神秘学遊戯団----------------<02> 93/03/08 - 934/951 TCC00116 NoB RE:教祖と創業者 (11) 93/03/08 00:09 930へのコメント コメント数:1 エフェドリンで名称よかったかな。これは、たいていの売薬風邪薬 に入ってます。元来は、麻黄(カンポヤク)からとったものです。 聖子のカコナールがこれですな。で、青竜湯もこれがベースのカク テルだから……、たしか、気管支の神経を興奮させるのかな。 漢方の原典、ショウカンロンには、慢性用のしょほうではなく、 キンキヨウリャクのほうで、現在の花粉用例にちかい、いやゆる 青鼻っていうんでしょうか、それで載っている。 ま、案外、西洋薬と漢方って差がないんですよ。 ええと、オンラインで書いてるんであいまいのとこあるけれど、 漢方は原典を読んで確かめたほうがいいですよ。 そのね、漢方のいくつかは、アロパシー原理で出来ていて、 ちゃうちゃう、ホメオパシー原理だ。だから、症状を誘発する ものがあるんです。 NoB 935/951 TCC00116 NoB RE:私も花粉症ぞなもし (11) 93/03/08 00:11 932へのコメント で、ねぎ、さん、現在はよくなりましたか。 NoB ps あ、こんにちは、よろしく。ちなみにマクロバイオティクスでは 蛋白質が原因としてますね。 936/951 NBG00612 岳同 ただいまでーす (11) 93/03/08 01:03 こんにちは。 旅は、視点の次元を変えて、日常の枠を超えた気付きをもたらしてくれることもある ようですね。 ・自分を特別視しない。自分のことで精一杯な人間は人貧乏・時間貧乏が相応しい。  世の中の役に立つことに徹したなら、相応の器が与えられる。 ・自分から、霊的状況や才能を求めないこと。  それは、必要があって降ろされ、伝えられることだけが真実である。 ・不幸だったと考えるより、その状況を乗り越える勇気と力が自分に不足していた  と考える方が正しい。 ある用件でのミニ旅行で、飛び入り状態で乗った深夜バスのなかで、 あれこれ自問していたのでした。 #911 TAOさん わたしも同じ原書房でTAOさんの丁度前日「九鬼文書の研究」(三浦一郎・八幡書店) をパラパラと見てみたのですが、とても難解であきらめました。 そういえば、真新しい「霊界物語」が10万円で出てましたね。 セスの訳文については、コメット研究所というところから入手可能のようですよ。 #912 KAZEさん さすが、KAZEさん。情報迅速ですね。 ケビンの本「ケビン ライアーソンの自己変革セミナー」は、まだ手に入れてないので 気を付けておきますね。 #916 EARTH WORKさん 東京オフについては、近々待合せ場所と時間を発表します。 不慣れですが、どうぞよろしくお願いします。 とりあえず、今夜はこの辺で、 今週も皆さん頑張りましょう。 937/951 GBG02043 維/YUI RE:エフェドリンは、、 (11) 93/03/08 02:11 931へのコメント コメント数:1 ふ〜ん・・・そうなのね・・・。 どうもありがとう。   m(_ _)m 維/YUI。 938/951 GBG02043 維/YUI RE:私も花粉症ぞなもし (11) 93/03/08 02:16 932へのコメント コメント数:1 ちょっと、余談ですが・・・(いつも、そればっかりだけど ^^;) 私の場合、会社で仕事してないとき・・・とか、人込みに居ないとき・・・とか、 花粉症はでなかったりします。(ニュースで花粉が飛んでいる・・・といっても。) 極端な話、田舎の杉林に居てもぜんぜん平気だったりするわけです。 結構、そういうこと・・・・だったりします。                            維/YUI。 939/951 GBG02043 維/YUI RE:教祖と創業者 (11) 93/03/08 02:23 934へのコメント コメント数:1 NoBさん、どうもありがとう。 ふむふむ・・・。 慢性症状には、たしかにあんまり意味ないですね、小青竜湯は。 (ハウスダストのアレルギーは、そんなもんではなおらないのでした・・・。) とりあえず、症状をとめるには良いんですけどね・・・。 どっちにしても、アレルギーって、薬では症状を弱めたり抑えたりはできても、 根本的には直せないって・・・そんな気がしています。  私の場合。 漢方の原点ね・・・・、探してみましょっ!!  (^^) ↑     典でした・・・。               維/YUI。 940/951 GCC01413 HVHY RE:SETH (11) 93/03/08 04:32 928へのコメント  >> Nob さん  KAZEさんよりも先にNob さんからコメントが付いてしまいました。(^^;)  何やらこの先“変則的”な会話になりそうですが、興味深い話題ですので、  私はこの部屋で自分の考えを述べて行こうと思います。  確かに私はプラトンのイデア論を未だに引用するような人間ですから、  古典的オカルト認識論に立脚していると言えるかも知れません。また、  オカルト修行の類が「権力の構図」を生み出す場合があることも承知しています。  (※その方向からの“オカルト批判”は自分の部屋で既に展開済みです…)  ちょっと先に釘を刺しておけば、  私はそもそもヒエラルキー社会を否定しておりません。むしろ、  形だけの自由を与えられながら見えないヒエラルキーに縛られる社会よりは、  節度と秩序のあるヒエラルキー社会の方が余程マシだと思っています。  (※こういう話題はNob さんにとって恐らく重要ではないでしょうが…)        〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ・ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  さて、本題ですが、Nob さんは、  “「古典的オカルト認識論」と「メタ学習による超認識」とは根本的に違う”  という点を至る所で強調なさっています。       「古典的オカルト認識論」   「メタ学習による超認識」         (オカルト修行)        (メタ学習)             |             |    ※ドグマと    |             |  ※ドグマから     権力構造    |             |   解放された      の温床    +−−−→『超認識』←−−−+   「意識の進化」  そして、後者のプログラム(?)に拠れば、  ドグマや「権力の構図」を一切回避しながら、しかも、  オカルティストを上回る(?)知覚・認識を生み出すことが出来る…  と主張なさっているわけですね。  では、お尋ねしたいのですが、     *****************************     *“そのプログラム”は、(完成した暁には)、      *     *    ・(誰によって)記述可能ですか?       *     *    ・特別な教育がなくても誰でも理解出来ますか? *     *****************************  ここで、仮に、Nob さんによって(いずれ)記述され、しかも、  その内容は特別な教育がなくても誰でも理解出来るものだった…としましょう。  そんなものが出来たなら、EXさん辺りに、(^^;)  真っ先に“タダ”で譲ってあげて下さい。(※EXさん欲しいと思いませんか?)  次に、Nob さんによって(いずれ)記述されたが、  その内容は誰でも簡単に理解出来る代物ではなかった…としましょう。  この場合は、若し「意識の進化」とやらを求める人がいれば、  「教育」という方法論によって伝達するより他ありませんね?  そして、記述されたものの真の意味を理解しているのは、  当初は記述者以外に一人もいないはずですから、  最初の「教育者(先生)」はNob さん以外には有り得ません。  すると、このケースの場合ですら、  オカルト修行の場合と同様の問題点を孕むことになりませんか?  更に、最終的なNob 理論の完成形が“記述不可能なプログラム”になる場合は、  オカルト修行で言うところの直伝・口伝によってしか伝達不能となり、  仮にドグマは避けられたとしても、「権力の構図」の問題は避けられません。  つまり、ドグマと「権力の構図」の問題は、  「超認識」の方法論そのものに付随しているわけではないのです。        〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ・ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  因みに、私は、そもそも、 >>>  “「超認識」の方法論”という形で、 >>>  全く客観的に記述され得る理論は存在しない…  と考えています。(※オカルト体系ですら全て疑似的なものに過ぎない!)  それでは「超認識」への契機を与えるものはと言えば…、 >>>  「偶然」であり、「夢」であり、「師匠」であり、 >>>  そして、「愛」と「死」である。  このように考えています。(※事実そうなのです…)  (※こういう語り口って、Nob さんは大嫌いではありませんか?)  もちろん、時と場合によっては、 >>>  ガムシャラなオカルト修行がその契機を与えることもある。  そのことを否定はしていません。(※但し、そこにはドグマや権力の問題が…)  さて、以上の話は、#925の補足です。                                  HVHY 941/951 TCC00116 NoB RE:私も花粉症ぞなもし (11) 93/03/08 09:24 938へのコメント コメント数:1 ワイルの報告にもありますが、猫アレルギー(ほんとのそれ)の人に 催眠をかけて猫好きの心理にして猫に接触すると、アレルギーがでな いということがあります。 だからといって、心理的なものというのじゃまるでないわけです。 NoB 942/951 TCC00116 NoB RE:教祖と創業者 (11) 93/03/08 09:27 939へのコメント コメント数:1 漢方の本は、できるだけ原典に戻って読み直すといいと思います。 日本で漢方と呼ばれているのは、かなり日本化されています。 ま、どっかできちんと議論しようかな。 日本の漢方というのは、東涯以降変化していて、かなり即物的なん です。日本というと、なにか日本精神をファンタジーする人が多い ですが、江戸の漢方医はかなり合理主義に近い。 あ、そうそう、僕はアレルギーはなおるんじゃないかと思っています。 NoB 943/951 TCC00116 NoB 漢方雑感(長文) (11) 93/03/08 10:27 僕も漢方に関心もったことがあるですが、「素問」「霊枢」はさすがに概説書 でごまかしましたが、「傷寒論」と「金匱要略」は中医的な立場のものです が、校訂本でもってけっこう読みました。 漢方は歴史的に面白いのです。なんというか日本の漢方のほうが古代中国の考 えに近く、中国は漢方がどんどん進歩してしまう(これを中医といって漢方と は普通区別します)し、解釈がどんどん変る。このあたり、荻生徂徠の古文辞 学なんかと似てる。あれを東洋的な思想とみなすのはちょっと違うんじゃない かというかですね。これに対して、日本の漢方は、後世派っていうのと江戸期 の革命的な吉益東洞の流れを組む派とあるのですが、それに昨今は中医がま じって、さらに和方までひっくるめて、現在のナンデモアリ漢方になります。 この東洞が日本の漢方に実に重要なのです。普通の日本史などだと、進歩的な 蘭医の杉田玄白あたりが近代医学的な要素として位置付けられているのです が、その江戸時代における医学史って、実は他でもかなり、即物性がありま す。どうやら、ターヘルアナトミア、がなくても、腑分的な解剖の知識はどう やら日本にはあったようです。ですから、蘭医という時代精神性が突出してい るのではなく、玄白(蘭医)、東洞(漢方)、そして、石坂宗哲(鍼医)と いった時代精神がまさに、徂徠なんかと呼応した、反朱子学的な(反東洋的 な)、内在的な近代世界の発現としてすでにあったと考えられます。 つまり、江戸後期にすでに、日本人はいわゆる東洋的な人間身体、つまり、朱 子的な「気」がどうたらという考えよりも一種機械論的な身体概念を獲得して いるのです。というか、「気」を江戸の医学を含めての思想家は機械論的に克 服しているのです。 鍼医の、石坂宗哲(襲名名)などは、一種御殿医の鍼医なんですが、鍼の学問 をほとんど徹底的に宋学的なものを脱構築しています。極端には、鍼なんかど こ打ってもいいとすらいうのです。これは、現代中国裸足の医師の素朴な考え とは違うのです。さらに、宗哲はシーボルトに鍼打っています。シーボルトも その効果なりを確信していて、一説には、注射針というのは、このシーボルト と宗哲の出会いから生まれたともいいます。 京都の今熊野に日本の優れた医師の名を刻んだ石碑ががありますが、そこに は、ちゃんと、この三名の巨人はいます。たしかに玄白はひろく評価され、東 洞はその後の日本漢方の主流となったわけですが、が、面白いことに石坂宗哲 は現代からは消えてしまいました。むしろ、宗哲以前の宋学的な、鍼が戦後復 興してしまった。これは、実は、GHQの影響です。 いわゆる日本の漢方医とくに鍼灸医は戦後GHQ支配のもとで、西洋医学に実質 組み込まれ、そのもとの国家統制にゆだねられたのです。その意味で、日本に は、表向きには東洋医学なんてないのです。西洋的な医師の資格があれば、東 洋医学を知らずにいわゆる東洋医学的な処方をしても法に触れませんし、ま た、鍼灸医は、基礎的な西洋医学の知識と、形骸化した「素問」「霊枢」「難 経」の知識を学んで国家試験をパスし、それに依存して、頭のてっぺんの百会 のツボから、足の裏の湧泉のツボのポイントを近代的な観点の身体像にいかに もマップしてそれを実践するのですが、これは、まさに西洋医学的な知識のあ りかたなんです。 ここで伝統は断絶し、形骸化した古典が、疑似的に東洋医学の鼓舞のもとに読 まれている。この意味で、現在日本で漢方と呼ばれているものに、東洋的な ファンタジーを持つのは、僕は倒錯かもしれないとも思うのです。 このあたり、むしろ、批判的なのは、ほとんどオカルティストと考えていん じゃないかと僕は思うのですが、野口晴哉という人がいたのですが、彼は、そ ういうGHQ的な国家の体制をがんと拒否してしかも、漢方とも違うある奇妙な 医学体系を作ってしまったのですが、彼にも一種つぼ理論とかあるのですが、 身体マップを作るのを禁じています。体にさわってわからん人がそんなこと 知ってどうするというわけです。このほうが一貫しています。 ついでのついで言えば、「柔道」っていうといかにも「日本」っていう感じで すが、これもまた、近代日本の「東洋医学」みたいな近代概念による構成体な んです。嘉納治五郎は、日本に伝承されるいろんなお家芸みたいのを西洋のレ スリングと比較研究して、いかにもスポーツ的にまとめたわけで、個々の業で はないなら、「柔道」には、起源はないのです。 同じことは、「剣道」「日本食」なんかについても「天皇制」、「着物」なん かにも言えて、そのぉ、日本ちゃちゃちゃの「日本」って、明治に擬古的に でっちあげられたもののようです。いや、もっと正確に言えば、その明治の擬 古性っていうのは、江戸中期からあって、芭蕉の文芸なんかも一種ポストモダ ンであり脱構築的なものだったわけです。おまけで言えば、昨今はやりの神道 は、たぶんにキリシタン文書の焼き直しが元に潜んでいるんじゃないかと思い ます。日本の「神」と称するものは、案外、キリシタンの神観に由来している のではないかと。 最後に、僕は、そんなわけで、最近は、漢方的な考えも僕は自分の問題として は捨ててしまいました。西洋薬も調べていくと抗生物質以外の多くはハーブや 漢方になるんです。実際に売薬会社は漢方薬を精錬して、薬を開発している。 とくに日本の状況では、あまり漢方薬と西洋の薬は大差ないです。 冗談を交えて強いていえば、僕は、うさぎ飼っているんですが、うさぎさんは どんなときでも、餌は与えるけれど、基本的には、自分の生命力で生きていく わけでよ。具合いの悪そうな顔しているときもありますが、じっとこらえてい る。まあ、西洋であれ東洋であれ医学を軽視してはいけないのだけれど、この うさぎさん見てると、体調の悪いとき生き物はじっと耐えるんだなあとか学び ました。 まあ、うさぎと人間は違って、うさぎさんみたいに自分のうんこは食べないん ですが……、あ、そういえば、でも、「金匱要略」に人糞っていうのがあった なあ。そういう意味では、それも、人糞も漢方薬なのでしょうか。おしっこ飲 むというのは僕の知る限りではありません。ちなみに、僕は飲んだことありま せん。 NoB 944/951 TCC00116 NoB sub:メタ学習 (11) 93/03/08 10:30 コメント数:1 NoB:メタ学習 HVHYさん、コメントどうも。この議論できたらあちらでしたいし、あちらなら 本格的にできますし、HVHYさんにも有益だと思うのですが、farionとfmistyの 関係もわからないので、Kazeさんからコーション(注意)が出るまでここで少 し。ま、向こうとは別の骨格で書きますが。 問題背景については、HVHYさんが完結に素描されているとおりです。 さて、HVHYさんの、  その内容は誰でも簡単に理解出来る代物ではなかった…としましょう。  この場合は、若し「意識の進化」とやらを求める人がいれば、  「教育」という方法論によって伝達するより他ありませんね?  そして、記述されたものの真の意味を理解しているのは、  当初は記述者以外に一人もいないはずですから、  最初の「教育者(先生)」はNob さん以外には有り得ません。  すると、このケースの場合ですら、  オカルト修行の場合と同様の問題点を孕むことになりませんか? ここに、テーマの切り分けがうまくなされていないように思うのです。ま、僕 自身メタ学習について述べていないし、今後も当面出す予定ないんで、そうと ばかりも批判できませんが。 論理のポイントは、  「教育」という方法論によって伝達するより他ありませんね?  そして、記述されたものの真の意味を理解しているのは、  当初は記述者以外に一人もいないはずですから、 これは、一般に見られる「独我論」のスタイルです。つまり、ちょっとキツイ 言い方でごめんなさい。教育という問題を独我論のアポリアにすり替えている から問題がむつかしいのです。 すでに例を上げましたが、人間の顔面認識は遺伝子的メカニズムに依存してい ます。おそらくこの機構を人間は文字認識に流用しています。文字の習得は、 旧来の人類にとっては、超学習とも言えます。で、文字というシステムです が、これを例に考えてみてください。現在の人類でも識字率は低いですが、こ の教育が、HVHYさんの独我論的アポリアによって不可能になっている……とい うことはないですね。 おなじです。ただ、超学習ができない人が多数存在するだろうことも予測でき ますが、というのは、超学習には困難がいくつかあります(これはここでは申 しません)。 あと、HVHYさんは、おそらく超学習の不可能性に関心をもっておられて、その 可能性に関心ないのではとも思います。それはそれでいいのですが、実は、オ カルト修行ですら、そこには、修行者の内的なawarenessが重要なんです。 で、awarenessは、実は、ドグマの構図の外部にある。 awarenessのメカニズムに依存する超学習のほうが、より自然的なんです。 ああ、そうだ、ひとつ超学習のアポリアにを言ってしまいましょう。超学習と 意識進化の関連には身体変容が関連しています。 ついでに、超認識は、かなり先天的なものです。先天素質のある子供をゆがめ て教育しないなら、かなりのレベルに自然に到達します。 ついでのついで。グルのパラドックス。いわく、グルを選ぶの「私」という問 題。グルを選択して服従すうことの根本的パラドックス。 ま、この程度。 NoB 947/951 GCC01413 HVHY RE:sub:メタ学習 (11) 93/03/08 17:24 944へのコメント  >> Nob さん  何故だかKAZEさんが休憩中(?)なので、  勝手にここで話を進めてしまいます。(※本当に進むかどうかは別として…)  始めに言っておきたいのですが、  私はNob さんの理論を否定しようとしているわけではありません。  むしろ、「一瞥(first glance)」という概念などは、  「認識」という事柄における“核心”を突いていると思いますし、  オカルト修行に纏わる「権力の構図」の問題も全く当を得た話です。  私の疑問提示は、一方では、  Nob さんの理論の完成度を試す役割を持ちながら、  他方では、Nob さんの理論の特質と全体像を浮かび上がらせる…と思っています。  言わば、私は、Nob さん以外の平均的理解水準を代弁しているわけです。        〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ・ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  |すでに例を上げましたが、人間の顔面認識は遺伝子的メカニズムに依存して  |います。おそらくこの機構を人間は文字認識に流用しています。文字の習得は、  |旧来の人類にとっては、超学習とも言えます。で、文字というシステムですが、  |これを例に考えてみて下さい。現在の人類でも識字率は低いですが、この教育  |が、HVHYさんの独我論的アポリアによって不可能になっている…ということは  |ないですね。  もちろん、不可能ではありません。  そういうことを言おうとしているのではなく、 >>> “独我論的アポリア”(?)に準ずる「教育」の場合には、 >>> それが“何の「教育」であっても”ドグマと権力の問題は付き纏う。  そのように私は申し上げているのです。  (※この点は共通の了解事項でしょうから私もこれ以上触れません…)  そして、Nob さんは、 >>> 「超学習」は“独我論的アポリア”を免れている。 >>> その一つの証拠は「人間の文字習得の歴史」である。  と主張されているわけですね。  この辺りでNob 理論の本質が少し見えてきたような気が致します。 >>> Nob 理論の本質は「時間の短縮」にある >>>    〃   は「偶然性の制御」にある >>>    〃   は「非接触的遺伝子操作」にある >>>    〃   は「memeへの介入(?)」にある  というような“言い方”はちょっと比喩的に過ぎますか?  もし、この比喩が見当外れでなければ、  私が“「超認識」への入り口”としている「偶然」「夢」「師匠」「愛」「死」  等は、Nob さんから見れば、一種の“子供騙し”に映るでしょうね…。  |あと、HVHYさんは、おそらく超学習の不可能性に関心をもっておられて、  |その可能性に関心ないのではとも思います。それはそれでいいのですが、  「不可能性」に対する関心と「可能性」に対する関心は、  ほとんど同じものだと思いますが…。(^^;)  |オカルト修行ですら、そこには、修行者の内的なawareness が重要なんです。  |で、awareness は、実は、ドグマの構図の外部にある。  もちろん、その通りです。  「血肉化」(?)するかどうかは“その1点”に懸かっている…  といっても過言ではないでしょう。  |awareness のメカニズムに依存する超学習のほうが、より自然なんです。  これは根拠が稀薄ではないでしょうか?  オカルト修行の場合も、  (それがドグマや権力の問題を回避出来るかどうかはともかく)、  そのポイントに「内的なawareness 」という事柄があるのだとすれば、  そのポイントを外さず尚且つドグマと権力の問題を回避出来れば、  それはそれで(自然か不自然かは解らないが)問題ないのではないでしょうか?  オカルト修行は“ドツボ”に嵌まりやすいとしても、  オカルト修行がその本質に“ドツボの構図”を抱えているとは言えない。  過去の実例の中に例え“ドツボの構図”が多かったとしても、です。  因みに、私は、オカルト修行を勧めているわけでも何でもありません。  (※そのことは今までの文脈からご理解頂けると思います…)  |ああ、そうだ、ひとつ超学習のアポリアを言ってしまいましょう。  |超学習と意識進化の関連には身体変容が関連しています。  「人間の文字習得の歴史」から鑑みて、当然そうでしょうね。  但し、オカルト修行の場合も、(ご存じのように)、  「身体変容」が大いに関連しています…。        〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ・ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  ちょっと話は変わるのですが、  Nob さんが“このようなこと”を研究されるに至った動機は何ですか?  そのことに非常に興味があります。  私の場合は、「超認識」という事柄に関して、 >>> 「偶然性」に任せてしまえば良いではないか?  という“身も蓋もない”(?)結論に達していますが、  (※従って、オカルト修行も重要視していません!)  それは“Nob さん的アプローチ”を単に放棄したに過ぎないのかも知れません。  その意味で、今後の「Nob 理論」の発展に期待します…。  しかし、“「偶然性」に身を委ねる”という方法論(?)も、  意外に“時間を短縮”することになるかも知れませんよ。  (※どないなもんでしょか?)                                  HVHY 951/951 GGA02514 KAZE 最近、涙もろいKAZEであります(^^;) (11) 93/03/08 21:26 923へのコメント 隆ちゃん、どうも。 花粉症などのテーマがみなさんの共感を得たようですね。 他の会議室で、花粉症を理由にオカミを訴えた極端な話もありましたが、 花粉症やアレルギーの問題は、 それだけ社会問題の要素を色濃くもっているのでしょう。 しかし、さすが博識のNoBさんは漢方なんかにも造詣が深そうですね。 自分が花粉症でない僕は結構ノー天気構えていたのですが、 相棒によると、NoBさんのおっしゃってたことって、ある種常識なのだそうです。 こうやって、僕はいつも相棒にいろんなことを教わって少しは賢くなるのでした(^^;)。 >世の中には自分の逆境を冷静にとらえて淡々と生きておられる方もいらっしゃる >わけで、そういう方を見ると頭が下がる思いがします。 そうですね、僕もそういう境地に早く近づきたいものですが、 無明の僕では、そうしたさりげない生の達人にはまだなれそうにもないですね。 しかし、そういう方って、一種の合気道のような生き方をしてるのでしょうね。 >個人の存在を認めた上で自然体で接する事のが一番無難で・・・ そうですね、僕もそうありたいと常々思っているのですが、なかなか(^^;)。 特に組織ということを引きずってその中で仕事をこなしていく場合、 どうしても役割分担などせざるを得なくて、しかも役割に伴って それぞれが責任を果たせるように指導する立場にいると、 その「自然体」ということが、さまざまな複合的な要素を抱えてしまいます。 そもそも組織というのがきわめて苦手な僕にとって、 そういう状況というのは、三重苦のような状態に近いのですが、 やっと最近になって、そこから多くのことを学べることに気づきました。 ま、この「学び」がある程度のところまでくれば、そのときに、 僕にとって、自分の中の組織について、「合気道」のような境地で対すことができ、 実際に組織の中にいようがいまいが、そんなことは問題ではなくなるのでしょう。 早くそんな境地になりたいものですが、課題は山ほどありそうです(^^;)。 >「ええかげんにさらせ、このどあほ!」・・・KAZEさんがその気持ちをどう対処 >なさっているかわかりませんが、・・・ この「どあほ!」というのが、自分にとっての保身のためであれば すぐにその怒りを反省して、「やっぱり人間できてねーな!」と思いながら、 結構すぐにできることをし、できないことはそれなりに処置をしています。 この場合の怒りなんて大したことないから、ま、これは瞬間だけのことです。 でも、この「どあほ!」が、自分にとってというより、もっと大きな問題の場合は、 「怒り」といってもちょっと性格は異なっている問題で、 今後生じてくるであろう事態を想定して、できるだけ冷静に必要なことを整理しながら それぞれの役割を割り振り、「やるべきことはやった!」なんて思いながら、 コーヒーで一服なんて感じになります。 「やればできるじゃあねえか!」と自己満足したりしてね(^^;)。 >涙を流さないまでも、いろんな事に感動した方が人生楽しいと思いますが、どう >も無感動でいるのがかっこいいというような風潮がいまだに根強いようで、都会 >の若者にはそういうシンプルな感情を隠す方が多いみたいですね。 僕もふつうはクールに、「そんなこたあ、関係ないね」なんて顔してるんですが、 どうも最近涙もろくていけなくなりました。 両手を合わせて、「いただきます」をするだけでも、 なぜか涙ぐんでしまうこともあるほどです(^^;)。 音楽にしても、妙にノー天気っぽいワルツなんかが好きになりましたし、 理論理屈で「胆」のない空論にも、疲れを感じるようにもなりました。 なぜか、最近同じような理論的な文章でも、すごい感動するものと、 悲しい気持ちになるほど空疎なものとが極端に分かれるようになったのです。 でも、確かに、世は、「無感動派」がカッコイイという感じはあったりしますね。 僕も早く、「田舎のおっちゃん」になって、隆ちゃんと縁側でお茶を飲みながら、 花が赤いといっては感動し、空が青いといってはどきどきしていたいですね。 >そのうちぜひお会いして、お鍋でもつつきながらヨタ話(しか僕はできないから >なぁ)に花を咲かせたいですね。鑑賞には耐えませんが、娘達の変な芸もお見せ >したいですし・・・(^^;)。 そうですねえ、ぜひ近いうちにヨタ話オフなど実現しましょうね。 「娘達の変な芸」というのも、ぜひ拝見したいものです(^^;)。 そういえば、昔よく入り浸っていたデザイナーの友人の家に、 小学生の娘さんがふたりいて、よくいっしょに遊んでもらったものです。 そうそう、そのデザイナーの一家が、犬を飼うことになって犬を連れに行くのに、 僕と相棒が同行していたときに、その下の方の娘さんが、 僕のことをそこにいたアフガンハウンドに似てると言ってくれたのでした。 ちなみに、飼うことになった犬というのは、ワイアーヘアード・フォックステリア という、とっても甘えん坊の、よく泣いてひとに咬みつく犬なのでした(^^;)。 >懐かしい。山下洋輔さんというとエッセイの中でナベサダを皮肉っていたのが妙 >に印象に残っていますが、あの文章は本職がピアニストとはとても思えない軽妙 >な味がありました。タモリさんも最近はパワーダウンですけど、あの頃は面白か >ったなぁ。 僕は実は大学時代はジャズを中心に聞いていまして、 そのころは山下洋輔さんのジャズとエッセイもよく読んでいたのでした。 そういえば、最近ジャズが聞けなくなってしまったのでした(ナゼダロウ)。 タモリさんの四カ国語マージャンというのも、あのころは新鮮でしたね。 あの変てこ外国語の祖といえば、ひょっこりひょうたん島のドン・ガバチョの 声優をしていた、今は亡き藤村有宏さんだったのですよね。 あのドン・ガバチョのひたすら明るいアドリブ風のセリフには、 あの青島幸男・植木等コンビ(?)の歌と同じように、 なぜか元気をもらったような気もします。 >「夢がなくなったらおしまいだ」とこの歳になっても思っていますから、多分ファ >ンタジーにはまるタイプなのだと思いますし、できれば自分でファンタジーをつむ >ぎだせればいいなぁとも思っています。 ファンタジー能力というのは、人間にとって一番大事なものだと思います。 僕の考える神秘学というのも、言ってみれば、そのファンタジー能力を 「正しく」用いることで、人格を高めていく自己教育のことなのです。 それは超能力の養成なんていうような、ともすれば歪んでしまうあり方などとは まったく異なったものなのに、多くの場合は曲解されてしまっています。 そうだ、先日も声楽家のOさんのお話をしましたが、 昨日の午後は、僕と相棒とOさんとで、ひさしぶりにいろんなお話をしました。 Oさんの歌うドイツ歌曲は、主にドイツロマン派の詩を用いたものが多いのですが、 先日のミニ・コンサートで歌ったアイヒェンドルフというドイツロマン派の詩人の詩に シューマンが曲をつけた曲集を先日録音したそうで、それがもうすぐ手に入ります。 よろしかったら、例のグルジェフの音楽といっしょに、 それも録音してお送りしましょうか(^^)。 昨日、このOさんとお話した中で結構面白かったテーマは、 まず、日本の国学運動とドイツのロマン派の運動、王仁三郎とシュタイナーなど、 ドイツと日本を平行してみていくと結構シンクロしてるところが多いということと、 外国の歌曲の翻訳版やそれに伴って発展(?)してきたいわゆる歌曲というのは、 日本の言霊というものを無視したものが多くて、それで根付かないのではないか、 とかいうようなものでした。 ちなみに、先日NOISEさんへのコメントでも紹介した、「声の秘密」に関する、 シュタイナー関連の著作を3人で一緒に読書会しながら翻訳してみようか、 という話にもなりましたので、挫折しなければ、この会議室でも、 その進行状況を翻訳を交えてご報告してみたいと思いますので、お楽しみに。 >宗教的なものをことさらに意識せずとも宗教的な雰囲気の中にいられるこの環境が >僕はとても気に入っています。今後のこの会議室での神道談義の中でその源泉のよ >うなものが見つかればいいなぁと思っています。 そうですね、宗教的でありながら宗教団体的でないあり方というのが、 僕にとっても理想的ではないかな、なんて感じもします。 さきほどもちょっと言いましたが、宗教儀式というのでなくして、 「いただきます」ということで、なぜかじーんとあったかいものが こみ上げてくることを空気のようにできる環境というのは、気持ちいいものです。 それをわざわざセクトをつくって宗教的「形式」にあてはめたりすると、 すべてが台無しになってしまいます。 カンナガラの道は、本来そういう空気のような「ありがたさ」のようなものを 自然に感じて生きることではないのかな、という気がします。 さて、「テトラスクロール」が届いたそうですので、 そろそろその輪読会をぼちぼち進めていきましょうか。 進め方はまだ考えていないのですが、なにか提案などあればお願いします。 それと、「カライドサイクル」ですが、中についてる組立付録、 なかなかイカシてるので、娘さんたちに壊されないように、 気をつけながら、楽しんで組み立ててくださいね。 今日も残業しながら、ついレスを書きはじめて 長くさぼってしまって、シマッター!と後の祭のKAZEでした。 - FARION MES(14):★HVHYの預言解読部屋------------<03> 93/03/08 - 042/046 QFH02012 アラミス こんな方向に話しが行くとは(^^;) (14) 93/03/08 00:11 005へのコメント どうも、HVHYさん。 RESを急がせて申し訳有りませんでした。 さて、「どうしますか?」の話し。 答えは後述するとして、まず言いたいのは  >>私の今する(べき)ことは変わらない…。  >>(と、少なくとも、言いたい…!) (※これって武士道?) 松川さんのとこの檄文には私もクラっときた口で(^^;)、この前書いた 文にもそこら辺も含めて書き加え様かと思っていたのでした。何とい うか、またしても議長に先を越された訳で(同じ事を考えているとい うよりは、シンクロしてますよ(苦笑))、もっともだとうなずいて いるしかない(^^;)。 私は流石に自分をサムライだとは言えないので(^^;)腹は切れませんが ある種の覚悟を持って(それは開きなおりでも諦めでもない)腹くく って生きてます。松川さんは、この世の地獄を引き受けますか?と聞 いていますが(そしてあの世の地獄も・・)既にこの世の地獄に生き る私としては、これぐらいの気概を持たにゃ生きていけねぇよ。と答 えておきましょう。(今の何処が地獄なんだ?と言う人もいるでしょ うが、私から別の言葉で言い直せば狂気の世界だと言う事です) * それで、答えですが私もHVHYさんと同じです。 私が今するべき事をやる、ただそれだけの事。特別な事では無く普段 の私のままで・・・逆に言えばそれしかできない様なのだが。 043/046 TCC00116 NoB RE:珍しい内容です。 (14) 93/03/08 15:16 004へのコメント おっと、たまたま見かけたんで、始めまして。 夢は、ツールになるか? 文脈は、Fmisty MES13ですが、ええ、 ツールにもシンボルにもなります。ほいでもって、やっぱり、 ゴミだろうと思います。ま、ご関心あれば、あちらにて、と、 いうのも、この部屋わからん? NoB 044/046 HGG01312 たまご RE:価値ってなんだろう? (14) 93/03/08 19:24 033へのコメント   ご忠告どうもです.>維/YUIさん.   しかしぃ(^_^;)こういうのは,   気をつけてもダメなものじゃないでしょうか.(^_^;)        たまご 045/046 HGG01312 たまご RE:久し振りにこういうのも…。 (14) 93/03/08 19:25 039へのコメント   <オカルティスト・マップ>における幾何学(^_^;)                  体験派      平易                   |      /                   |     /                   |    /                   |   /                   |  /                   | /                   |/      神秘派−−−−−−−−−−*−−−−−−−−−−日常派                  /|                 / |                /  |                   /   |              /    |                 /     |            /      |          難解       理論派            グラフに右上がりに45度の直線を入れてみました.(^_^;)   この直線は右上がりに(理解が?)易しくなっていきます.   つまりは,日常体験派はとっつきやすく付き合い安い人達ですが,神秘理論派  はフツーの人に相手にされないほど難解な言葉で話す人達です.   言ってる本人がなんのことやらわからん.(^_^;)   さあ,みなさんも,この座標平面で幾何学を研究しよう.   めざせ,ユークリッドだぁ.(笑)     絶対にゴミだわ,これって(^_^;) たまご 046/046 GCG01101 アマデウス RE:いつも変わらず…。 (14) 93/03/08 21:41 031へのコメント こんばんは。>HVHYさん  ここの所、自宅の売却やら引っ越しやらで走り回ってまして、ROMするのが 精いっぱい、という状態なのでした。 どうにか落ちついてきたので、またボチボチ参加させて戴きます。 また大ボケばかりかますと思いますが、暖かい目で見てやって下さい(^^;)  実は、私のハンドルの由来であるモーツァルトについて、何か書こうと思って 本を読んでいたのですが(といいつつ、実はモーツァルトのなかでも好きなのは 戴冠式ミサとレクイエムぐらいしかない、というかほとんどそれしか真面目に 聴いたことがなかったりして....(^^;) モーツァルトがフリーメーソンだった というのもごく最近知った事実で、それをネタに何か面白いファイルが書けるかな と思ったのですが....)、読んでいるうちに、フリーメーソンの社会の中での 位置づけがモーツァルトの時代と現代では違っているのに 今更それを云々しても しかたないと思ったことと、前にHVHYさんが言われていたように”記号”に 過ぎないものを追い求めている暇はないと思ったことから、やめてしまいました。 (わかりにくい日本語でごめんなさい)  というわけで、(どういう訳だ?(^^;))よろしくお願いします                               アマデウス - FARION MES(17):◆メディアレポート(本/映画/音楽 etc)--<01> 93/03/08 - 271/271 NAG02033 EX 揺り戻し 温故知新とか (17) 93/03/07 23:51  STINGのTEN SUMMONER'S TALEを聞いているのだがついでに前の前のアルバム、 ブルータートルの夢のSET THEM FREE、LOVE IS THE SEVENTH WAVE、FORTRESS AROUND YOUR HEARTとかに浸ってしまう。  FORTRESSの"LET ME SET THE BATTLEMENTS ON FIRE"が内面で活性化している様だ。 デビー・ギブソンの新譜CDを聞くのついでに過去のビデオを見直すのだが、 「DEBBIE GOBSON LIVE AROUND THE WORLD」は絶対お買い徳だと思う。 WE COULD BE TOGETHERをきく度にうるうるしてみた。ライブだけではなくこれらの VIDEO_CLIPも収録されているのである。  散逸構造理論なんかに代表されるように、西洋のデカルト的枠組みは正統的な科学に あってそれは実際にを超克されていっているのであり、一頃単純に西洋VS東洋でひと くくりに総括して西洋の限界とされていたものももはや、余りに粗雑、単純過ぎて、 通用しないであろう。ちなみに日本の現状はどうであろうか。  実際、いわゆる観測者の問題、古典的科学の限界、ガイヤ意識、エコロジー等は、 あちらからの提起ものであるわけで・・・  ”外国(幽国)にも日月の民はいる”みたいなものかしら・・・ そんなわけで実際の中身にあくまで留意すべきなのだってわけ。 酔っぱらってておるのだ(^^)v ″EX:NAG02033 ″ - FARION MES(20):■バトルのお部屋--------------------臨時 93/03/08 - 522/522 HGG01312 たまご RE:戦争はなぜ起きるのか。 (20) 93/03/08 19:25 508へのコメント   戦争がなぜいけないのかの理由を挙げるとすれば,   100や200はリストアップできるのではないでしょうか.   それなのに,なぜ,戦争は起きるのでしょうか.   それは戦争にはあたかも麻薬のような効果があるからです.   軍事的勝利は人々を陶酔させ,その精神をむしばみます.   本来ならばコツコツと積み重ねなければ手にいれられないことも,たやすく達成  できてしまうのです.   その常用は中毒症状を引き起こし,社会の体力を低下させるものです.   最初は副作用の強い劇薬のつもりが,だんだん感覚が麻痺してしまいには,酒や  タバコを扱う感覚になってしまう.   そんなところも恐いですね.   ついでに言うなら,その中毒患者に説得を試みるのは,甚だ難しくも危険である  ということも言えるでしょうね.たぶん.       たまご