- FARION MES( 1):【居酒屋1999】雑談・自己紹介--------<08> 93/04/17 - 165/179 GBG02043 維/YUI 今日(4/17)のメッセージに ( 1) 93/04/17 12:00 コメント数:1 >>★何があっても維/YUIさんの人生、誰にも代われない…だからこそ素敵! そりゃそうでんがな・・・。 いまさら、なにをゆ〜とります・・・。 代われない人生が生命の数だけある・・・んな、あたりまえのこと。(笑) だから・・・だよねっ?! (*^^*)フフン・・・ ねぇ!!!だからぁ、素敵でいましょっ!!! > ALL                             維/YUI。 166/179 JBA00321 〜ちゃば〜 改めて自己紹介 ( 1) 93/04/17 14:17  随分御無沙汰しておりました。〜ちゃば〜です。  見た事ないという方、はじめまして(^_^;)以前、多少こちらにお邪魔していた頃が ありました。暫く足が遠のいていたのですが、先日より何故かふと立ち寄りたくなり、 また、お邪魔するにいたりました。改めて自己紹介という形を取らせていただきます。  プロフィールには、詩しか書いてないので(^_^;)  ハンドル:〜ちゃば〜 もしくは 〜銀狼 氷牙〜 いずれにしても〜がポイント(笑)  1968.5.22生まれの現在24才、未だに学生してます。某国立大の理学部  物理科に所属、物性理論研に籍をおいてます。  今、つきあってる彼女がいます(^_^;)もうすぐ三年の付き合いになります。長い ようで短い三年でした。三月まではお互い学生だったので、一緒に居る事が多かった のですが、彼女は就職したので、会う機会が減ってしまいました。でも、ずっと一緒 にいられるといいなぁ、と思える、大切な人です(^_^;)ウワー、テレルテレル  この他、不明な点がございましたら本人に聞いてください。RTにはたまに顔を出す と思います。皆さん宜しくお願いします。                            〜ちゃば〜 171/179 SDI00635 みれ RE:鷹さんみれさん、おめでとー!! ( 1) 93/04/17 17:11 123へのコメント  #123 SUKE さん   。・:*:・。・:*:・。・:*:・。 お祝い、ありがとう〜SUKEさん 。・:*:・。・:*:・。・:*:・。  SUKEさんの顔を思い浮かべると、必ず「優しい笑顔」なんですよね(^^;)  だからっていつも優しい顔してるって訳でもないだろうけど(笑) 残る 印象が「優しい笑顔」ってのは、いいですよね。  結婚って「幸せになる」こと…ウンウン…あたしも、そう思います。世の中の 結婚したい、或は結婚した人達の誰もがきっと「幸せになる」ことを望んで そうするのだと思います。  何か問題が起きてもそこから目を逸らさずに、出来る限り自分にも相手に も真摯な姿勢で対処してゆくことって、幸せになるためにとても大事な要素 かも知れない、と思います。  それから、この頃「腑に落ちるか否か?」って感覚が、人間関係をりよ良 くしてゆく為にとても大切なことだと感じます。 腑に落ちないことを見過 ごしていたのでは、結婚して一緒になっても心身ともに「幸せ〜♪」って気 分になれないように思います。  あ、あたし?(笑)あたしは「腑に落ちる」生活をお互い望んで努力出来 る相手見つけたので(!?)、結婚することにしたんです(*^^*) シアワセニ ナルカラネ!! (あ〜、またのろけてるように思われそうな文章かいちゃった(-_-;))  SUKEさんの「腑に落ちる」相手が早く見つかるといいね…                    … ナンダカ モウミツケテルヨウナ キ モスルケド… ・:*:・みれ・:・。,★ 172/179 SDI00635 みれ RE:け・っ・こ・ん・〜。だよ ( 1) 93/04/17 17:11 131へのコメント  #131 アラミス さん  ゚'*:・。.゚'*:・。.゚'*:・。. ありがとう! アラモシ(^^;)さん .。・:*'゚.。・:*'゚.。・:*'゚  人の縁って、本当に不思議…シミヂミ…とそう思いますね。  例えば、いつも通ってる道じゃない別の道通っただけで、出会う人々が違 うんですものねぇ。ある日、毎日の暮らしのほんの些細な事を変えただけで、 数日後に大きな変化があったりするしぃ。  おめでたいことが続くってことは、もしかしたら(^^;) …関係者が少し前 の「いつもの暮らし」の中の何かを変えてみた結果だったりするのかもね。 そして、その時期が一致していたのかな…って(笑) ・:*:・みれ・:・。,★ 173/179 GBD03557 シゲ RE:(^^;) ( 1) 93/04/17 21:24 163へのコメント コメント数:1 :お〜い!!足がふえたね〜〜〜っ  >>> シゲ (ついでに、新車だって!!) スリスリスリ・・・>アキラ ねぇねぇねぇ、うちらは4座のオープンエア楽しめる車買わない?>維/YUI 174/179 GBD03557 シゲ RE:今日(4/17)のメッセージに ( 1) 93/04/17 21:24 165へのコメント コメント数:1 すごく私信なんですが、一つの誓いとしてボード上に・・・ :>>★何があっても維/YUIさんの人生、誰にも代われない…だからこそ素敵! 少なくとも維/YUIの辛さに関しては、ほんの一部でしかないのかもしれないけど、 これからはシゲが肩代わりしてあげれるようにする。 辛い時は一緒に泣こう!楽しい時は一緒に笑おう!ずっと。 もちろん、維/YUIの人生は維/YUIのものなんだけど、時間を共有する僕達 だから素敵な事は二人でもっと素敵に・・・ 175/179 GBD03557 シゲ RE:なんとも・・・(^^; ( 1) 93/04/17 21:24 169へのコメント コメント数:1 :  シゲさんがどの程度までの冗談を言えるか賭けようか? 冗談じゃなく、僕は根っからの女好きですからねぇ・・・ 177/179 GBG02043 維/YUI RE:(^^;) ( 1) 93/04/17 22:30 173へのコメント お金あるなら、バンバン買ってくださいましぃ〜〜〜 =I!! ((^_^) 維/YUI。 178/179 GBG02043 維/YUI RE:今日(4/17)のメッセージに ( 1) 93/04/17 22:31 174へのコメント はい。                          維/YUI。 - FARION MES( 4):【操舵室】お知らせ・提案など--------<01> 93/04/17 - 114/114 JBH00742 炎 RE:Jリーグ・ラビリンスについて ( 4) 93/04/17 07:42 113へのコメント  再度のご回答有難うございました。  今回の参加決定の経緯に関して、  おおよそのところは理解できたつもりです。  従いまして、特にそちらからのご質問がない限り  一旦取り止めにしたいと思います。  私の「目的」については一切お話しするつもりはありません。  ただ私と致しましては、今回の件については  これまでFARIONが採っていた方向性と  微妙な食い違いがあったように思われたので  敢えてオープンな形で質問させていただいたわけです。  迅速なご返事に感謝いたします。  なお、私の質問中に失礼な表現がありましたらお詫び申し上げます。 - FARION MES( 7):★アリオン世紀末書込み寺------------<02> 93/04/17 - 133/133 SDI00635 みれ ARION語録(0) ( 7) 93/04/17 18:33        ★・*・゚・*・★ アリオン語録(0) ★・*・゚・*・★ --------------------------------------------------------------------------- ・あなたがたは、自由になりたい、自分を解放したいと言う。  あなたがたは決して自由に「なる」ことを欲しているわけでは無い。  あなたがたの本当に知りたいのは自由になる方法ではなく、  自由についての説明だ。  あなたがたは決して自分を解放したいのではなく、解放されるとどうなるか?  を説明して欲しいだけだ。 ・あなたがたは、自分に色々な問題が起きた時に解決法をアレコレ考える。  しかし解決法は自分の外側にあると、決めて掛かっている。  自分の内側に解決法があるとしたら、自分自身が変化しなくてはならないからだ。  自分自身が変化することに対して恐れを抱いているから、自分の外側に解決法を  是が非でも見つけなくてはならない。 ・あなたがたが『自分』と呼んでいるのは、あなたがたの表層的な感覚に因れば  あなたがたの所有欲の対象であるモノの集合体のように感じるだろう。  つまり、『自分』と名付けることの出来るモノが『自分』なんだ、とね。  しかし本当の『自分』とは、名付けることの出来ないモノも含めた存在であると  いうことを忘れてはならない。 ・人間は名付け親になりたがる。  何でもかんでも、名前を付けて『自分』の範囲に収めようとする。  これは、『自分』の範囲が名付けられるものだけで、成立していると誤解している  からに他ならない。 ・人は、説明したがる癖も持っている。  どんな状況も自分の「納得する」システムのやり方で、  説明が付かなければ気が済まない。                        『自分』の勧めるシステムのやり方で全てに説明を付けてしまうと、  『自分』のシステムの上だけに世界が拡がるので、安心出来るのだろう。  箱庭のように、全てを俯瞰できないと我慢出来ない人には、未知の世界のことは  不要な世界のこととなる。 ・全てのことに説明が付かなければ気が済まない人が、未知のモノに出会うと  大急ぎで自分のシステムの中の言語で説明しようとするが、それでも説明の  付かないものに対しては、「○○に似ているから、○○と同じ傾向のモノだろう」  と勝手に表層だけの判断を与える。  こうして、このタイプの人は本当のことから遠ざかる。  何もかも説明出来ないと気が済まないのは、臆病な性格の人間に多い。                                          - FARION MES(13):★KAZEの神秘学遊戯団----------------<03> 93/04/17 - 155/160 GGA02514 KAZE 音楽は楽しまなくっちゃ (13) 93/04/17 03:19 148へのコメント コメント数:1 隆ちゃん、どうも。 今年の春は、花たちがいつもの春よりも一生懸命に咲いている気がします。 おそらく僕の花たちにむける気持ちがずっと素直になったのでしょうね。 じっと花を見つめているとまるで僕が花の中で咲いているように 感じたりもしたりしますが、小さい頃のことを思いだしてみると、 あらゆるものにすぐに同化してしまうことがとても多かったようで、 そうした感覚がだんだんに失われてきていたのかもしれません。 リラックスしたいときには、自分が雲になったり風になったり、 小川になったりしますが、自我の肥大した人間にとって、 ときには自分を対象のなかにとけ込ませることが必要なのかもしれません。 >これまでの35年間はそれなりに「成果」があったように思いますが、大事なの >はこれからだとも思います。やっと物事をまともに考えられるようになったかな >ぁってところですから、・・・ そうですね、僕も「大事なのはこれから」だと感じています。 やっと何かに気づくことができて、やっと一歩だな、という感じで、 これから歩むプロセスをじっくりと楽しみながらいろいろ学んでいきたいものです。 しかし、20歳頃から退化をはじめるタイプの方も多いようで、 そういう方はものすごく損してるんじゃないでしょうかねえ。 今から思えば、20歳頃なんて、一歩を踏み出すまでにさえ至ってませんでした。 な〜んにもわかってなかったですからねえ。 20歳からやっと試行錯誤がはじまって、35歳あたりでやっとスタート、 あと5〜10年くらいでやっとワンステップくらいいくのでしょうか。 これから学んでいけると思うと、とっても楽しみです(^^)。 >唯物的な知識を詰め込まれてフラフラになっている人が、霊的(または精神的) >な教義に触れると、それが次元の低いものであっても容易に取り込まれてしまう >のは、ある意味でしかたのないことなのかもしれません。 困るんですよね、極端から極端へと走る人って。 唯物論なら唯物論をつきつめて、それをぶちぬいていくほどにならないとね。 そうでなくて、適当なところで安易に納得したりするから、 唯物信仰を霊信仰に鞍替えするだけになってしまうんでしょう。 ま、どっちの信仰もおんなじようなものといえばいえますよね。 「この頃馬鹿が多くて疲れません?」っていう桃井かおりのでるCMがありましたが、 ほんと、そんな感じです(^^;)。 >・・・全ての存在は何かしらの犠牲の上に成り立っているわけで、どう生きれば >その犠牲に報いる事ができるのかを真剣に考えねばなりません。 そう、その供犠を捧げてくれているすべての存在に対して、 どれだけのおかえしができているかを真剣に考えてみたら、 その何億分の1さえもお返しのできていないのに気づいてガクゼンとするのが 人間として当然の反応なのだと思います。 太陽がただただ私たちに無償で投げかけてくれる光だけを考えても、 その与えきりの愛の姿は途方もないくらいに大きいものです。 せめて、「生かされている」ことに感謝しながら日々を過ごしていきたいものです。 >子供の教育に限定すると音を楽しむというスタンスが一番自然に思えます。それに >しても、あんなに歌が好きだったのに(今でも好きですが)カラオケが好きになれ >ないというのは、やっぱりへそまがりなんでしょうかねぇ(^^;)。 最近の音楽教育は音楽を楽しむのを罪悪に感じさせようとしているとしか思えません。 僕は学校で一番嫌いだったのが音楽の時間でしたが、 自分で一番楽しんでいたのも音楽でした。 このギャップって、いったい何なのでしょうね。 コンクールで競いあう方々の多くは、本当に音楽を楽しんでいるのでしょうか。 音楽は競いあうものであるとしか考えない方も多いようですから、ここでもやはり 「馬鹿が多くて疲れません?」というフレーズが思い出されてしまいます(^^;)。 カラオケは僕も大嫌いです。 あれは「音楽」ではありません。 ほとんど我の放出で、あんなことしてまで発散しなければならないほど、 現代人は自然な「歌」から遠くなってしまっていることには、 悲しみしか感じることができません。 カラオケにのって、決められたライン上を決められた通りに辿っていくことに ストレスの発散以外のどんな意味があるというのでしょうか。 ま、あれをアスレチッククラブの感情部門としてとらえれば それはそれでいいのかもしれませんが・・・。 ただ、僕は学生のころバーテンをしていて、カラオケのお世話や なぜか歌唱指導っぽいことなどもしてまして(^^;)、 それを通じた悲しいまでの人間感情のドラマには いろいろ勉強させてもらったというのはあります。 >音楽は不思議なもので、昔聞いていた曲を聞くと、その頃の記憶がよみがえって >きます。 そうですね、ある音楽を聞くと決ってある思い出のシーンが浮かび上がってきます。 「歌は世につれ世は歌につれ」でもあって、その時代背景も思い出されて、 ついついそのころのことをあれこれ次々と思いだしたりしますね。 >人間にとって、音というのはよくわかっているようで、実は未知の部分がきっと >まだまだたくさんあるんですね。 その未知の部分というのは、神秘学のメインテーマのひとつかもしれません。 そもそもなぜ音があるのかということが一番の疑問です。 シュタイナーの「音楽の本質と人間の音体験」に収められている 「音を通しての霊界探検」では音の世界について次のように述べられています。  音の世界を通して、人間の魂のいとなみは深化し、活気づけられます。人間 は音そのものを体験し、その音と別の音との関係を体験するのです。将来、人 間は音の背後を体験できるようになるでしょう。人間は音を霊的世界に入って いく窓のように考察するようになるでしょう。ある音がほかの音やメロディに 対してどのような位置にあるかは不定の感情に依存するものではありません。 音をとおして、個々の音の背後に、魂は道徳的−霊的な体験をするのです。音 という窓をとおして、魂は霊的世界に突き進むのです。個々の音の秘密が、音 の背後の個々の音の体験のなかで明かされるのです。 >ドイツリートのテープ、僕も聞いてみたいので生テープをお送りしますので、ダ >ビングお願いします。 生テープはかまいませんよ。 住所を教えていただければ、すぐにお送りします。 ついでに、グルジェフのテープなどいくつかついでに送りますので、お楽しみに。 >僕は5日間ほど、おチビさんを抱えて主夫をしなければなりません(^^;)。 大変そうですが、がんばってくださいね。 ま、何事もそのプロセスを楽しむというのが大切ですから、 その苦労を十二分にお楽しみくださいね(^^;)。 きっと得るものがあると思います。 梅、桃、桜にはじまった春の花たちの競演を つつじ、菖蒲・・・と楽しんでいきたいな、と思い、 春の花見ドライブを計画しているKAZEでした。 156/160 NBG00612 岳同 RE:日々に新たに、また日に新たなり (13) 93/04/17 07:15 150へのコメント KAZEさん、こんにちは。 >やっぱり、特に企業では、なかなか自分だけのマイペースは長続きしないようですね。 >僕も、最近は出張がやたらと多くなったり(今日も日帰りの出張でした)、 >人を指導したりしなければならなくなったりで、 >本来のマイペースがなかなかに困難になっているのが現状です。 企業は成長する存在ですから、成長する企業ほど本来の能力より多くの仕事を抱える ものです。そのようなギャップや矛盾をどのように克服していくかが企業活動の方向性 を決めると思います。 仕事は受け口を求めて潜在的には蓄積されており、上司から見たら、仕事が出来て 気持ちの良い部下には、片腕どころか両腕両足になって欲しいはずですから、仕事も お金と同じで「大切に扱ってくれる人の所に自然と集まってくる」ものですよね。 しかしながら、企業での仕事というのはやはり、「借り物」という感覚も最近では あるのです。仕事は自分や仲間を磨く砥石であって、地位や職能も就業している期間 その会社から借りているものなのです。だから、責任を与えられて仕事=自分になって しまって背負い込んでしまうのでなく、会社を一歩出た時は自分でありたいと感じて います。一面でマイペースで、各自の良さを持ち寄ればそれでいいのではないかという のが最近の心境です。 しかし、ある時期仕事で修羅場をくぐることもよくあることです。 修羅場を乗り越えるごとに人間が一回り大きくなることは実感しています。 これはえらいエネルギーの要ることですので、いつまで出来るか解りませんが、 思い返すに修羅場は実に天の配剤だと思っています。 > まことに日に新たに、日日に新たに、また日に新たなり > >というのがありますが、殷の王朝を創始した湯王は、 >昔から聖天子として知られてきましたが、 >彼は洗面器に上記の文字を刻みつけ、毎日洗面するたびに、それを見て、 >政治に取り組む覚悟を新たにしたのだといいます。 これは、無心ということにも繋がるかもしれませんが 動き回る水ほど清水(せいすい)であるという言葉がありますが、 むしろ 立ち止まるべきときに立ち止まり 勢いよく流れるべきときに流れる それが自然の姿に適った変幻自在 ではないかと思います。 一瞬一瞬が新しく産まれ続けているという意味では 現在は過去の鏡、未来は現在の鏡なのですね。 それでは、また。 159/160 GGD03030 《 隆 》 花達の季節 (13) 93/04/17 16:58 155へのコメント  KAZEさん、こんにちは。    桜が徐々に散り始めて、とても美しい風景になりました。今日なんかはびっくり  するほど暖かくて、眠くってしょうがありません(^^;)。花はどうして咲くのかな  なんて子供の時思ったりしましたが、ほんとにけなげに咲いています。それにし  ても、最近はその花に集まってくる虫が少なくなってしまったように思います。  これじゃあ花も咲きがいがないんじゃないかなぁなんて思うのですが、これもし  かたないことなんでしょうか。    >今から思えば、20歳頃なんて、一歩を踏み出すまでにさえ至ってませんでした。  そうですね。なんもわかってなかった上に、問題意識もほとんど無かったような  気がします。今考えるといろんな事を学ぶチャンスはたくさんあったのに、ボー  っとしていたために全部水の泡になっていたように思います。10年後20年後  に後悔しなくてすむようにしたいものです。    >「この頃馬鹿が多くて疲れません?」っていう桃井かおりのでるCMがありま  >したが、ほんと、そんな感じです(^^;)。  ほんとにこの頃「この馬鹿!!」って言いたくなる事が多くて困ります。だから  といって自分は馬鹿じゃないのかと言われると、まあ、自分の事はわからないわ  けで偉そうな事は言えないのですが、もう信じられないくらいの馬鹿が世の中に  ははびこっていまして「はぁ〜、なんだかなぁ」です。一つが間違っていたから  と言ってその全てを否定する必要はどこにもないわけですし、一つ正しい事があ  るからといってその全てを無条件で受け入れるなんて論外です。教育のあり方の  間違いが一つの原因なのでしょうが、KAZEさんのおっしゃるように適当なところ  で安易に納得する姿勢に一番の問題があるのかもしれません。僕は怠け者でいい  加減な奴ですが、そういうところで強情なのが唯一誇れる事なのかも・・・。単  に変な野郎っていう風にも見えるのでしょうが・・・(^^;)。    >太陽がただただ私たちに無償で投げかけてくれる光だけを考えても・・・  そうですよね、水も空気も世の中のもの全てがそうなのだと思います。それはま  さに自分も自然の一部分である事を実感させてくれる事なのですが、せめて自然  の中で孤立するような事にならないようにしたいと思うのでした。    カラオケはストレスの発散以外に意味はないでしょう。  音楽はそのメッセージ性を考えるとある程度は我の放出もやもうえないと思いま  すが、最近の(ことに日本の)音楽シーンを見ると、その「我」の質があまりに  もチンケでため息が出ます。程度の低い私小説読んでるみたいでついつい「馬鹿  たれ」てな言葉が口をついて出てしまいます(^^;)。ア-、ヤレヤレ    >人間は音を霊的世界に入っていく窓のように考察するようになるでしょう。  こう考えるとなるほどと思える部分が多々ありますね(^^)。でも、そうだとする  と、しょうもない音楽を公共の電波にのせるという行為は・・・なんかぞっとさ  せられます。    >その苦労を十二分にお楽しみくださいね(^^;)。  そうすることにします(^^)。まあ、大変といってもたかがしれていますが・・・。  家事は嫌いじゃ無いですしね。ケッコウ、ムイテイルカモシレナイ    >梅、桃、桜にはじまった春の花たちの競演をつつじ、菖蒲・・・と楽しんでい  >きたいな、と思い、春の花見ドライブを計画しているKAZEでした。  いいですねぇ。つつじやさつきは昔からなじみ深い花でして、今から僕も楽しみ  にしています。春は体調がすぐれないので僕にとっては憂欝な季節なのですが、  美しく咲く花がせめてもの救いです。花粉症なんかになってしまうのは自然にと  け込んでいない証拠かもしれんなぁなどと道ばたでけなげに咲いているタンポポ  を眺めながら思うのでした。                               by 隆ちゃん 344/347 GGD02212 Soo 生命とイノチ (14) 93/04/17 13:35 337へのコメント  「どちらでも良い」ことが、人によっては「命より大事」だったりする。 それが宗教なんだそうだ。本気マジで信仰しているものにとって、棄教を強い られることは、生命を脅かされること以上にトンデモナイことなのだろう。 私は「踏み絵」より細川ふみえが良い。(イミフミェイ;)  チトお古い話で恐縮するが、某写真週刊誌が、某「K福のK学」の教祖、 (かつてARIONが、『彼は釈迦の再来ではない』と断言した)O川R法 をおちょくった記事を掲載し、憤った会員達が出版社にイヤガラセをした。 イスラム教がマホメットの冒涜にあたるとした某小説の訳者が惨殺されたの に比べると、まだカワイイもんだと思った。本気で信仰している者が信仰の 対象を冒涜されると、自分をけなされたとき以上に悲憤慷慨するものらしい。  だから宗教はコワイと言う人がいるが、人間とは元々何かのために自分や 他人を殺せるコワイもので、そのコワさを引き出す一つが宗教だったりする んだと思う。戦後の日本人は見事に去勢され、コワくない民族となり果せた。  人間本来のコワさを忘れた一般小市民達から見れば、信仰に生きる者達は ブキミではあるが、人間のコワさを思い起こさせる存在であるとも言える。  「何かのために自分や他人を殺せるコワさ」を日本人から奪い去ることは、 USA&GHQの日本占領政策の柱であったろう。日本国憲法が思想の自由、 信教の自由を保証しているのはたぶん、なるべく日本人がバラバラになり、 まとまって行動せず、つまりパワーを発揮しない事を願ってのことだった。  少しずつ論点がズレて行くようで申し訳ないが、このコメントのテーマは、 「人間は自分以外のものの為に命を捨てられる存在である」…これは人間で なくとも生物であれば、例えば親が子孫を守るために自分を犠牲にするプロ グラムが遺伝子に組み込まれている…というようなことを言うつもりだった。  たしかARIONは、「イキル」ということが好きだと言っていた。また、 「カミ」と「神」を区別していた。だとすると、「イキル」と「生きる」、 「イノチ」と「命(生命)」も区別するのだろうか。  「イノチ」が必ずしも、肉体の生理的機能が維持される事のみを意味する のではないことは容易に想像がつく… Soo. 347/347 GBG02043 維/YUI RE:祈り (14) 93/04/17 22:25 331へのコメント **現世の地獄 / あの世の地獄 ?!!** このごろ気になっている言葉に、”いさぎよい”ってのがあります。 ふと、そんなのを思いだしました。 どこぞの歴史ファンタジーに、死んでからあの世でのこと、地獄での過ごし方・・ みたいなことについて書いてありました・・。 一所懸命に生きて、生き抜いた結果として死を迎え、生きてきたときに間違いやら 罪やらをおかしてきた・・・として・・・。 死んで後、たとえばえんまさまのさばきをうけるまでの間、いったいあなたは 何を考え、どう行動するか・・っていうようなこと。 (なんか、一気に宗教じみちゃうなぁ・・・・^^;;) 罪やら間違いやらをおかすのが嫌で、おどおどしながら生きるのも1つだし、 たとえ間違ってしまうかも・・というリスクをおってでも、自分の心でつかみとって 生きるのも1つ。 自分は間違わず罪ももたず、出来るかぎり罪のある奴とは 接しない、関わらない・・・なんてのもありそうです。 掟にそむいてでも、心の求める方向を選び、現世だろうがあの世だろうが、 地獄を見るのも自分のこととして生きる・・・なんてことを考えさせたかった・・・ のかなぁ・・・。 少なくとも、おどおど生きるのはやだわ・・・・。 (^_^)ねえ?                           維/YUI。 - FARION MES(15):★平成松川塾◎日本を考える----------<01> 93/04/17 - 196/198 JBH00712 桂 桂 星と革命 (15) 93/04/17 02:56  星はなんでも知っている。  何故西郷南洲翁は星になって帰ってこなければならなかったのか。 何故平将門の首は切られた後、星になって坂東に飛んで言ったのか。  星とはそもそも、中国の陰陽思想の言う「気」の事である「気」 はありとあらゆる部室を形ずくる元素のこである。それは星座を元 にする神の世界をつくりあげた。北極星は最高の神が住む紫微天宮 とよばれ、そしてそれを守護するのは北斗七星なのだ。北斗七星は 武道の神である。日本ではこれをして「妙見信仰」と呼ぶ。そーい や七つの傷を持つ拳法使いもいたな(^_^)  妙見は星の使い、星の 神である。千葉は房総里見一族、栃木は下野足利一族は妙見信仰に 熱く、特に里見一族の信仰は日本各地に広がった模様、それに応え てか、江戸は元禄8人の星の使いが現れて里見の姫を助ける物語も 生まれたほどだ(最近では真田広之と薬師丸ひろ子のアレね)。そ う、あの犬どもに宿った八つの玉は星の精霊、暴虐と乱世が人民を 不幸に陥れ、人倫が地に堕ちようとするとき現れる神の使いなので ある。但しそれは決して救世主ではない。怒れる神の力を示す者で あって、力で神の法を示すのだ。  西郷はまさしく星にのって帰ってこなければならなかったのだ。  民衆の怒りと、偽善を重ねる為政者どもにたたきつけるために。  すいこ伝の武者ども、108人の英雄どもはそれぞれ「地刹・天 昂」と呼ばれる星を持つ。それぞれ36と72に分けられ、この世 に乱をもたらす為、そして新たなる天下国家をもたらすため星は何 度も集まり現れそして離散して行く。無頼のジャーナリスト、竹中 労は’72の沖縄独立をかち取るため、そして日本定刻からの脱出 をはかるため赤軍派を支持、新たなるすいこ伝の演出のため自らを 「革命浪人」と呼び、当時黒ヘル(アナーキストの事)だった 松田政男、自衛隊基地襲撃事件の首謀者滝田修、そに他平岡正明 や太田竜などをしきりに扇動して本気で革命をやろうとした。  「革命の星は現れり!」  だが現代になっても、西郷は現れない。竹中は癌で逝ってしまった。 沖縄人の声も、アイヌ民族の声も今は誰が其の声を聞くのだろう? JBH00712 桂 桂 197/198 JBH00712 桂 桂 ヤクザと大和魂 (15) 93/04/17 02:58 コメント数:1  そもそもヤクザの起源とはなにか?  人はそれを歌舞伎ものと呼ぶ(なんかどこぞの漫画もののよ うになってきたなぁ)。時代は室町時代の頃か? 日本の中の 遊牧の民、河原乞食、サンカ者、渡りし(渡り民)、生粋の自 由人たち。それは権力にも社会にも縛れない、自分の地からで 生きていく、それ故に虐げられやすうい民でもあった。秀吉の 頃はまだ良かった。だが家康が天下をとればとたんに弾圧を加 えはじめ、それどころか階級制度による部落差別、忍者集団す らも権力者の走狗にしてしまった。  忍者達は明治の頃には立派に警察官になった。現代の暴力機 関のご先祖様だ。ヤクザ者達はどうしたか? みんなが高倉健 か藤純子宜しくしていた訳ではない。江戸の頃から口入れ屋稼 業というのを始めていた。まぁ、今で言うところの人材派遣と 言うところだ。地回りはテキヤ。裏渡世に生きれば渡る人生裏 街道。  ヤクザがいわゆる国粋主義、右翼かしたのは日清、日露戦争 以後だと言う。戦争は買ったが講和条約は景気快復には及ばず、 国民の不満が高まった。ヤクザといえども政治に知らん顔して いるときではない。外国人排斥運動の基礎はここらへんからあ るのか?  ヤクザの語源は丁半博打で言うところの縁起の悪い数字の事。 損ばっかりしてまともに生きて行けないからつけられたのか。 だが、任夾の道は違うという。「弱きを助け強きをくじく」本 当にそうであったらどんなに胸のすく事か。家の後ろはここの 地元の本部。何度か恐い目にあってみると、つくずく因果なも のだとかんがえてしまう。バイクですっとばしてもベンツの近 くには寄りたくなくなる。  だが、そんなヤクザでも、声を聞くと本音は違う。「最近は 堅気の方が悪い」なるほど、ヤクザが悪い事をするのは当たり 前だが、それと当たり前の事を堅気がするようになってしまっ た。これはどうした事か。ヤクザといえども仁義は守る。どー いう仁義かは知らないが。しかし堅気は、一般市民はどうした 者か、仁義どころかなにをいわんや。人殺し以外はなんでもす るきか?   なんでも聞いた話には、終戦直後に本土にいた日本人を守っ てくれたのはヤクザ者だそうである。あの戦いに負けて、やっ てきたのは駐留軍、そしてこれは悲惨な事実ではあるが、無理 矢理日本につれてこらされて強制労働させられた朝鮮人の”復 讐”である。白人の暴力と、朝鮮人の復讐とそして敗戦と、失 意の日本人を助けたのがふだんであったら寄りもしないヤクザ 者だったというのはどんな訳か。  小市民は平時で有れば好きかってな大きい事でもいってられ る。だが、いったん事が起きればどうしたものか、ヤクザは度 胸がある。  大和魂とはどちらのためにある言葉か? (こんかいのRESで事実誤認があったごめんなさい。あと、 戦後の暴力団の歴史は、もう一つには韓国・朝鮮人の差別 の歴史であったと言う飯干洸一氏の言葉をつけ加えて起きます) JBH00712 桂 桂 198/198 JCC00626 ナガト RE:ヤクザと大和魂 (15) 93/04/17 22:06 197へのコメント 桂 桂 さん、いいですね、すごく。 竹中労→竹中英太郎→夢野久作→杉山茂丸→頭山満なんて系譜がひょっとしたら オリジンは西郷まで行くのかもしれませんね。 やくざとえいばなぜか渡哲也主演の映画をすぐ思い出します。 昔気質の「不死鳥のテツ」は現代ヤクザとの抗争の果てに結局組長から捨てられ 流れ者となって復讐の牙を研ぎますが、「狂犬・石川」は女房の遺骨を噛りながら ポン中となって育ての親に愛憎半ばする暗い眼をむけ、組織間抗争で綱渡りのよう な駆け引きをする思惑など一切無視して、悪鬼のように荒れ狂います。 前者は清順の「けっしてどこにもない美意識の結晶」なのでしょうが、深作の後者 は、「なにかありそうな話」ですね。ふり返れば鳴海清なんてのもいましったけ。 そういえば(何がそういえばなのか知りませんが)外国人労働者問題とやくざは、 確かにどこかで繋がっているのかもしれない。安藤昇は朝鮮半島から出稼ぎを束ね て玄界灘を渡り最後は李礼仙とともに死ぬ。混血の沖縄やくざ南風原ジョーは父を 追って南海の道を下りマニラに至る。 以上、映画のお話。 現実のやくざは「思想・結社の自由」を唱えるほどもはや矮小化され、企業舎弟と しか呼べなくなってしまいましたが、こうした作り事の中で走り回るやくざは、 現実には彼等がやくざ社会からもオミットされる本当の底辺だった恨み、身を寄せ る「異世界」さえも「実社会」と何ら変わらなくなってしまった恨みを、懸命に 訴えているのかもしれません。 その端境がいつだったのか? ご指摘のように日清日露の間の10年だったようにも思えます。(私の曲解かな?) 児玉誉志夫は戦前、陸軍参謀本部作戦課の参謀辻政信から爆弾を渡され、渡米して 日米和平工作に赴こうとする重臣を暗殺しようと狙っていたそうですが、こうなる ともはや単なるやくざ・国士ではなく、ただの権力の走狗です。 強いものとは絶対に戦わない。というのが現実のやくざの本質でもあるようです。 占領下に米国諜報機関と戦ったやくざがいたという話はきいたことがありません。 事実はむしろ反対で、彼等はCIC(米陸軍対敵諜報部)の思惑通りにせっせと スト破りを続けながら、利権拡張に走り、反米闘争が高揚した60年安保の際には なぜか「ウエルカム・アイク」と叫ぶにいたる。それからすれば、ロッキード事件 の根っこははるか敗戦時にまでさかのぼるのかもしれません。 待てよ・・?やはり起源は明治、それなら幕末かな・・・?  ※ちなみに占領下の無警察時代に、第三国人のやくざと戦った日本人やくざが   いたという話は本当のようですね。   私は以前、戦後ずっと売春を生業として生きてきたある老女からその話を聞い   たことがあります。新宿駅周辺の(現南口)闇市を束ねていた尾津組の組長の   ことで、彼女は「あの親分のような人はもういないね・・」と嘆いていました   が。現実の尾津がどんな人物であったか私には知る由もありませんが、彼女の   記憶の中で、尾津が、醜業に手を染めなくてはかなわなかった自分たちの痛み   をわかり、守ってくれた男として刻みこまれていることだけは確かです。 それにしても。 以前、この部屋でどなたかが秀逸なことを言われていました。 「やくざは指を切り、侍は腹を切る。指しか切らないやくざが、侍に頭が上がる  はずがない」 名言ですよ、これは。 あるいはやくざがただの利権屋である時代は、同時に侍の不在をも示しているの かもしれませんね。 先ごろ書き込んだ「困民党綺談〜似非侍博徒」の話は、思えばこのどなたかの名言 に誘われたもんでしたが、軽挙妄動の常で恐ろしいことに最後のまとめの言葉を ゴニョゴニョ口ごもったままでアップしてしまいました。軽挙妄動をお詫びすると ともに、話を深めて下さった 桂 桂 さん、どうもありがとう! それにしても、私もはやく物事を端的にいえるようになりたいもんです。                                ナガト 拝 - FARION MES(17):◆メディアレポート(本/映画/音楽 etc)--<01> 93/04/17 - 297/297 GAH00555 roro RE:今月のムー その2 (17) 93/04/17 10:33 293へのコメント 吉村作治氏といえば、宜保さんがエジプトでピラミッドの霊視をしたとき、ずい ぶんと驚いていませんでしたっけ? 私もあのときは、くいいるようにTVを見 てしまいました。過去の情景は見通すし、そればかりでなく「超能力者のアイデ アによって、ピラミッドの石は上に積み上げる重さが軽くなっていたようです」 なんて、すごい事実(宜保さんが言うと事実のような気がしてくる)がどんどこ 出てくるんだもの。過去の謎が、宜保さんによってこうもあっさり解明できるな ら、もっと古墳とか遺跡を霊視してもらっといた方がいいんじゃないの、なんて 真剣に考えてしまいました。ノストラダムスとまでコンタクトするとは思いませ んでしたが。 そういえば、本屋にいったらノストラダマスとかいうパロディーの本があって、 「手も足も歯もない丸いなんたら」というフレーズを受けて、無理やり「これは パックマンの予言である」なんてこじつけてあって、けっこう笑えました。コミ ケで売っていたやつらしいです。 通りすがりのroroでした