- FARION MES( 2):【居酒屋1999】自己紹介・雑談--------<09> 93/06/23 - 00367/00367 PFA03563 YAHATA RE:お〜い、お二人さん! ( 2) 93/06/23 05:03 00358へのコメント  #00358 オリハル さん 》え、音符が入ってるんですか。なぜYAHATAさんは、 》そこに音符が入ってることを知ってるんですか。 》私のマシンはPC9801VX21です。  正直者には見える…あ、そうじゃないですよ。実は、心眼で…って、これも 冗談。(はい、つかみは失敗(笑))  私のマシンはPC-9801NS/Eですが、勿論そのままではその手の特殊文字は見え ません。そこで、「びゅうまるち」というフリーソフトを使っています。  これを常駐させるとあーら不思議、「猫が好き♪」でも「富士♪朝日」でも… あ、今は見えないんですね。失礼。  FGALSTのLIB7にあります。ここのDLには、どうなんだろう…? YAHATA - FARION MES( 6):・壁(1)=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・= 93/06/23 - 01157/01162 GBE02650 ユ−リ RE:心は雨 ( 6) 93/06/22 21:52 01155へのコメント  YAHATAさん、いいこと言うわ。僕もそう思う。(-_-; 01158/01162 GBG02755 スマル 花のように。 ( 6) 93/06/22 22:03 私は、花でありたかった。 ただ、花でありたかった。 口もなく、耳もなく、 けれど、愛する人のために咲いていたかった。 愛する人のために、自分があると言うことすら知らず、 ただ、そこに在りたかった。 私は、道ばたを彩る花ではない。 足下にされる花である。 目立たなく、愛想もなく、 ただ、生きているだけの花である。 それのどこがいけないのですか? 何か意味を持たなければ、生きてはいけないのですか? 意味の持たないものは、在るべきではないのですか? まして、道ばたを醜く汚してしまう私は、 生きてはいけないのですか? むしられる花ではいけませんか? それでも、命は続いて行くのに。 命を自ら葬ることは許されないのに。 人は、花のように生きてはいけないものなのでしょうか。 ただ、与えられた命をそのままに生きてはいけないのですか? いつでも、善悪、嘘、真実、醜美、理想、 何かに映していかなければいけないのですか。 誰も私を判断しないでください。 私に何かを見ないで下さい。 私をそのままに愛して下さい。 私を疑わないで下さい。 私は、どこまでも私であって、あなたではありません。 あなたの見たいものは、私の中にはありません。 そして、私をあなたの鎖で縛らないで下さい。 私の自由を奪うことはしないでください。 咲いた花をむしるようなことは、もうなさらないで・・ いいえ、例えあなたがこの命を奪っても、 きっと私は違う空の下で、再び咲くでしょう。 何度むしられても、咲くでしょう。                       スマル 01159/01162 HGE03563 ソニック サトリ?? ( 6) 93/06/23 01:28 ついさっき、 夢の中で、自分のアニマと出会った。 そいつは背高く痩せていて、 こまっしゃくれた小悪魔的な娘だった。 僕 「僕の恋人になってよ。」 彼女「嫌。」 僕 「・・・・。何故?」 彼女「・・・彼が私を愛してくれるから。」 僕 「答えになっていない。」(*私が彼を愛しているから、ではない) 彼女「・・・彼は私に優しいから。」 僕 「答えになっていない。」 ・・君は僕が好きなはずだ。 何故なら君は僕の分身なのだから・・。 01160/01162 GBG02043 維/YUI GOOD-BY & HELLO ( 6) 93/06/23 02:31 気づいたら、いつもそこにいたね。 やさしい瞳でみていてくれたね。 遠い夢の草原で一人 たたずんでいたとき 音もなく側に立って 同じ風景をいつまでもみていてくれたね。 いつかあえると、いったね。 不安になると、きまって。 暗い夜が怖いときには しっかりと手をにぎっててくれた。 不思議な不思議な人・・・。 いつからか言葉すくなく いつからか姿みえなく 気配だけをかすかに残し あたたかな想いだけが 想いだせばそこにあった。 ねえ、 風がまた吹きはじめたよ。 ほら、 水も流れはじめたよ。 きっと、 生き返る全てが必ず そして、たぶん、あなたは、 わたしの傍らにいる。 維/YUI。 - FARION MES( 7):★アリオン世紀末書込み寺------------<02> 93/06/23 - 00415/00426 GDB00064 オリハル RE:完全なる光 ( 7) 93/06/22 21:03 00410へのコメント ええ、分かりませんけど。 分かってて「分からない」とは言ってません。(この方が通じる表現?) いくつかの可能性は列挙できますが、実際には分かりません。                          オリハル 00417/00426 JBH00742 炎 RE:炎さんへ(^_^) ( 7) 93/06/23 00:22 00412へのコメント  ・しまうまさんへ  やはり、男性は自分にないものを女性に求めるのでしょうから  男山に登るよりは女山の方が相性がいいかも知れませんね。  星也さんがコメントされていますので、詳しくはそちらを…。  将棋の話も有難うございました。  今後ともよろしくお願いします。                            炎 00418/00426 JBH00742 炎 発言者削除 :入力ミスの為 ( 7) 93/06/23 00:22 00416へのコメント 00419/00426 JBH00742 炎 RE:筑波山(割り込みコメント) ( 7) 93/06/23 00:26 00416へのコメント  ・星也さんへ  コメント有難うございます。  筑波山はイザナミ・イザナギが奉られているのですか。  星也さんは神社とか山とか詳しいのですね。  今後とも色々と教えてください。                             炎 00420/00426 GBA01276 しまうま 発言者削除 ( 7) 93/06/23 01:24 00422/00426 GBG02043 維/YUI せっかくですから。 ( 7) 93/06/23 01:42 00408へのコメント そんなに早く結論付けないで、 オリハルさんが、どうわかっていないのか、 どうわかっているのか、この場で話しあってみたら いかがですか??? ・・・余計な口出しかもしれないけれど・・・(^^;)ゴメンナサイネ。 でもさ〜、炎さんだってわざわざここでオリハルさんに呼びかけたのだし。 だって、オリハルさんに呼びかけるのなら、メールでも用は済むんだもの・・。 読んでしまった読者としては、興味もありますし・・・。                      だめかしら??                             維/YUI。 00423/00426 GBA01276 しまうま またまた(其の三) ( 7) 93/06/23 02:03  ひとことで言えば、内圧は苦難・苦痛に直面して高まる、と思っているのだ。  ただし苦痛はあくまで肉体的・精神的なものに限る。やましいとか後ろめたいと かいう魂の苦痛は、かえって内圧を下げることにつながる(と思ってるんだもん)。  たとえばどこかに水脈が流れていて、厚い岩盤につきあたったとする。もしこの 岩盤を打ち砕きたいのなら、強度の低い岩や吸湿性の高い土層に流れてはいけない。 流れるのはもちろん楽なんだけど、ただしその水脈は以後岩盤があったらそこを避 けて通るという致命的な不自由さを背負うことになる(言い方を変えれば、こうい う不自由さを致命的だと感じないなら、いくら柔らかい方に流れてもいいのだ)。  岩盤にのみ圧力をかけ続けることによって、水脈に内在する力は増幅されてゆく (圧力を増せば増すほど柔らかい方に流れやすくなってしまうが)。  岩盤が厚く頑丈であればあるほど、水脈は多くの力を貯めることができる。そし ていざ岩盤を打ち破ったとき、その水脈の勢いはすごいもんになってるはずだ。  空に吹き上がるのが怖くて、寸前で洩れていってしまう水脈もあるかもしれない。 でもそれは決してイケナイことではないと思う。別に吹き上がることに価値がある わけではない。そこに価値を見いだすかどうか、というだけだ。    しまうま 00424/00426 GBG02043 維/YUI RE:ふみみ、わかるけどね・・ ( 7) 93/06/23 02:16 00411へのコメント だいたいさぁ〜〜、 ARIONさんを好きでも、愛していても、いいじゃないの・・・その人の好みの 問題もあるでしょうし・・・。(^_^;) でもね、ふと思っちゃうことが、MISTYの書き込み寺のころからあったの。 ARIONさんの意見が絶対!!!って一見思える人が、じゃあ本当にARIONさん の言う言葉を尊重して、”わかって”行動しているか・・っていうと・・・???だっ てね・・・。 スマルさんは、そんなこと感じたことない?? もちろん、試行錯誤もあるからさ、はじめっからびしっと出来ることなんて ありやしないだろうけども。 けど、けど・・・少なくともね、 ARIONは、自分で判断しろって言ってる。 ARIONの言葉であるってことも、 本来必要のないことだとも、言ってる。 誰がどう言ったからではなくて、なんであれ 自分の中に響いたり、同じようなかけらを見出だしたから、そうするんだってこと。 そんなん、ARIONさんが言おうが、酔っ払いのおじさんが言おうが・・・たとえ 誰も口にしなかったとしても、あたりまえなのではない??? でもまあ、ARIONさんの言葉を絶対だと思う人は、それを大事にしていけない ことはないでしょうから、”ARIONさんの言った”「自分で判断しなさい」って 言葉を絶対のものとして、行動したらいいのでは?? ARIONさん達は、ひとが本当の意味で大人に、自分の力で歩いていけるひとに なることを望んでいるようなのだけれど、それならばARIONさん達の言葉を 参考にしつつ、自分の力でとにかく歩くってことを始めなければ、なにも変わらない。 ちょっと言葉がすぎるかもしれないけれど、 ”ARION教”だとかって話が、以前あったように聞いているけど(今はどうなのか しらないけれど)、ひとえにARIONさんの話を聞いてそれに過度にすがった 態度になってしまったひとがいたりすることも、そう言われる原因の1つではあると 思う。 こういうのって、ARIONさんに限らず、昔からあるけれどね・・・・。(- -;) イエスさんにしたって、そうじゃない・・・、みんなしてすがってしまってさ、 自分の足で歩こうとはしなかったじゃない・・・。 弟子でさえもね。 ひとは、弱いところあるから、よりかかりたくなることだってあるけど、 でも、よりかかってばかりじゃ生きてることにならないって気が、私はしているの。 間違うし、落ち込むし、優秀じゃないかもしれないけれど、それでもあきらめず 自分で歩けるようになるために、努力してもいいじゃん。    ・・・(^^;)、なんてなぁ・・・このごろさぁ、なんかひっかかっててさぁ・・・ そう、”ふにおちない”っていうところかな・・・。  それがつい、スマルさんの 書き込み読んでて、ポロっとでてきてしまった訳なの。                 また、ゴミ書いてごめんなさい>>部屋主さん(^^;) 維/YUI。 00425/00426 HGE03563 ソニック ボクはARION教信者 ( 7) 93/06/23 03:06 「何でそう思うんだ?」 「だってARIONがそう言っているからさ。」 「何でそう思うんだ?」 「だってバイブルのココにそう書いてあるからさ。」 「何でそう思うんだ?」 「だってナントカ神書にそう書いてあるからさ。」 「何でそう思うんだ?」 「だって天体の位置がこうなっているからさ。」 「何でそう思うんだ?」 「今の流行だからさ。」 「何でそう思うんだ?」 「あの人もそう言っている。」 「何でそう思うんだ?」 「恋人もそう望んでいるし・・。」 「何でそう思うんだ?」 「ボクがそう信じたいし・・。」 「何でそう思うんだ?」 「本能がそう叫ぶんだ。」 「何でそう思うんだ?」 「・・・・・・。」 00426/00426 PEH01306 REIZY RE:炎さんへ(^_^) ( 7) 93/06/23 10:59 00412へのコメント  #00412 しまうま さん  とーとつにレスなど。  筑波山は途中まで一般道路、風光明媚? なところから有料道路になります。  バイクは確か「ローリング族追放」とありますので、楽しめるかと思います。  個人的には自然を満喫するなら表より裏側がいいですね。観光客が行かない  ところに本当に綺麗なところがあったりする場所なので一度探されるのも良  いかと。   出身は一応筑波 REIZY - FARION MES(14):★HVHYの預言解読部屋------------<03> 93/06/23 - 00772/00773 GGD02212 Soo 保守新党ハタ揚げ (14) 93/06/23 06:33  …この時刻には↑まだ明らかではないが、↑こんな感じの政党ができているはずだ。  じ実は私の父親は、現与党の市町村レベルの支部長をしていて、ハタ派のN議員を 支持している。昨夜A新聞の記者から離党の意志を問う取材の電話がかかっていた。  息子の私は政治方面には疎くて、N議員が何派か一昨日まで知らなかった。(^_^;) 地有眠酒糖、斜壊塔、混迷島、狂惨党などと駄洒落を考えるぐらいしかしてなかった 私も、騒動が身近に波及して、今回はハタ迷惑な…などと洒落てばかりもおれない。  果たして新党がどこまで見所の有る党なのか…権力をカネで売買するTake-Shit*や、 A国のB政権でもC政権でもヘーコラするばかりのミャーザワ君にエンガチョしたのは歓迎できるが、 破壊の後にどんな創造をもたらすのか大いに気になるところである。ハタシテ シロ ハタマタ クロ 00773/00773 GCC01413 HVHY めまぐるしい? (14) 93/06/23 18:52  [ARIONマンダラ]???              ***********             *           *            *             *           *      <A>      *          *                 *         *        『7』        *         *    〜〜〜〜〜・〜〜〜〜〜    *         *     『8』『9』『10』     *         * <R>  | 『6』 |  <I> *         *     『4』『3』『2』     *         *    〜〜〜〜〜・〜〜〜〜〜    *         *        『5』        *          *                 *           *      <N>      *            *             *             *           *              ***********       〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ・ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜                        “初”    (1)      A          『7』    (1) 〜〜〜〜R=Я〜〜〜〜 “地”『4/8』“風”・・・「聖鏡」    (2)     I・I     “水”『2/10』“光”・・・「聖剣」    (3)     OOO     “火”『369』“日”・・・「勾玉」    (5)    NNNNN        『5』                        “終”       〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ・ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜     “地の天”『8』*           *『10』“天の天”      (緑)    |\         /|    (青)             | \  (白)  / |             |  \「菊理姫」/  |             |   \   /   |             |    \ /    |  [ 鏡 ]    横 |「不二」 * 「不二」| 縦    [ 剣 ]             |    / \    |             |   /   \   |             |  /「ミロク」\  |             | /  (黒)  \ |      (赤)    |/         \|    (赤)     “地の地”『4』*           *『2』“天の地”       〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ・ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜        『6』→『8』→『4』→『10』→『2』→『1』         人    「メビウス・バンドル」    神                                  HVHY - FARION MES(15):★平成松川塾◎日本を考える----------<01> 93/06/23 - 264/267 GFD00204 松川 貴     RE:AMA族の系譜 <3> (15) 93/06/22 22:30 262へのコメント > 礼拝の様式で決定的に異なるのは、 > 日向族では現在と同じ、二拝二拍手一拝の形式だが、 > 出雲族では四拝二拍手一拝の形式である。 > これもまたインドネシア各地のアニミズムで見られる。  5月に鹿児島のニニギ陵(新田神社)を訪れた時、友人に礼拝の仕方を教わったこ とはすでに(#226)に書きました。  その後、佐治芳彦氏の『日本神道の謎』を見つけて読んでいたら、このような記述 に出会い、驚いた次第です。 > 私たちは神社を参拝するとき、ふつう拝殿の前でかしこまり、両手のてのひらを >くり返し打ち鳴らす──つまり「拍手」する。これを「かしわでをうつ」などとも >いうが、これは「拍手」の「拍」を「柏(かしわ)」と誤字したことからきたとも >いう。 > この「拍手」は神道の流派によって若干異なる。明治四十年(一九〇七)に内務 >省で決めた作法では「二拝二拍手」であるが、これは白河流で『伯家部類』に載っ >ている。白河家は、花山天皇の皇孫清仁親王の子、延信(のぶざね)王が万寿二年 >(一〇二五)臣籍に降り、源姓を賜り、神祇伯(神祇官長官)となって以後、代々 >神祇伯をつとめた。それで「伯家」ともいう。 > ところが昭和十七年(一九四二)神祇院規則の改正で「拍手」は除かれた。これ >は慶長(一五九六〜一六一四)以前には「拍手」がなかったという故実(神宮や皇 >室にはない)にもとづいたものである。だが、その改正が一般に不評だったため、 >わずか二ヵ月で旧に復した。現在の「二拝二拍手一拝」の形は、昭和二十三年(一 >九四八)神社本庁で定めたものである。(P76)  「慶長以前には〈神宮〉や〈皇室〉には〈拍手〉がなかった」ですって……。佐治 氏は読者に誤解を与えかねない書き方をしていますが、これは、 ┌───────────────────────────────────┐ │〈神宮〉や〈皇室〉以外については、以前から〈拍手〉はあったけれども、 │ │〈神宮〉や〈皇室〉にはなかった。                   │ └───────────────────────────────────┘ という意味なんでしょうか。そうだとしたら、これはなかなかにすごい話じゃありま せんか。この佐治氏の記述のウラを取りたいんですけど、どなたか〈拍手〉に詳しい 方はいらっしゃらないでしょうか。  『魏志倭人伝』には、 > 大人の敬するところを見ると、ただ手を打って跪拝(ひざまづき拝する)のかわ >りにする。(岩波文庫版『『魏志倭人伝』P82 )  とありますから、やはり、倭人たちは、目上の人に対して〈拍手〉を用いて挨拶し ていたんでしょう。これがのち神社の礼拝の作法に転化した、という連想にたどり着 くまでそう時間はかかりません。ただ、なぜ倭人たちの〈生活習慣〉であったものが 後年〈神〉に対してのみ行われるようになったのかは不明ですが。  〈神宮〉や〈皇室〉に類縁がある人々は倭人の子孫ではなかったのでしょうか。彼 らは倭人とは違う〈生活習慣〉を持つ別の種族に属する人々だったのでしょうか。  以上、一輝さんの書き込みに触発されて、私がかねて疑問に思っていた点を書き込 んでみました。                                   松川 貴 265/267 GFB00026 一輝 AMA族の系譜 <5> (15) 93/06/23 17:44              <AMA族の系譜・5> 【地名】A音とM音だけ大文字に表記  ★陸路グループと海路グループにまだ分岐していない頃      パミール[pAMirs](タジク共和国)      サマルカンド[sAMArkAnd](ウズベク共和国)  ★陸路グループ(パミール→北インド→雲南→江南→博多湾→阿蘇山→日向)      ジャム・カシミール[jAMmn KAshiMir](北インド)      カラコルム[kArAkorAM](北インド)      アムリツァル[AMritsAr](北インド)      アムバラ[AMbArA](北インド)      カトマンズ[kAtMAndu](ネパール)      アッサム[AssAM](北インド)  〔以下、中国に入るとMが「ン」音になるのでローマ字で綴るとNになります〕      雲南[yuNNAN](中国)     広西[kwANgtuNg](中国) 湖南[huNAN](中国)      南嶺[NAN ling](中国)      江蘇[kiANgsu](中国)     上海[sANghAi](中国)  ★海路グループについては、次回で説明します。                                   つづく 266/267 GFB00026 一輝 AMA族の系譜 <6> (15) 93/06/23 17:47              <AMA族の系譜・6>  ★海路グループ(パミール→イラン→メソポタミア→エジプト→紅海→インド洋→          ここでアフリカ東岸に位置するマダガスカル島へ行く一派と分岐→          南インド→インド洋→インドネシア諸島→フィリピン諸島南部→          台湾→南西諸島→朝鮮半島南端部→対馬→壱岐→出雲)  ★海路グループ先鋒隊は、さらに次のように日本国内の旅を続けた。         (出雲→若狭→富山→新潟→信濃→諏訪→富士山→愛鷹) * 地名のA音とM音による追跡は、陸路グループと異なり、   彼らが中東地域を定住せずに早く移動した為、難しい。   定住した地域には分派した部族が残留し、彼らの部族名から追跡が可能となる。 * AMA族先鋒隊は、太古から地球の霊的な力の源泉であると伝えられた聖山、   富士山をかねてからの最終到達地点としていた。   富士山は当時、阿祖(アソ)山と呼ばれ、   周囲に住む人々へ好影響を与える有効な磁気を帯びたマグマを含んでいた。 * 航海へ向けて海路グループAMA族は、カタマランという船を開発した。   これは、インドネシアでは現在でも使われており、   二艘のカヌーをその間に渡した横木によって結びつけた方式のもので   双胴船とも言われている(弥生式土器や古墳内部の壁画にも描かれた)。   真ん中には帆が掛けられ、数十人の漕ぎ手を要した。   それらの各船体は船首と船尾が高く反り上がったゴンドラ型になっているが、   これは船のゴンドラの装飾(瑞鳥や龍神があしらわれた)のためばかりでなく、   航洋船として航海したときに高波につまずかない為の形態である。   また、カタマランは波にもまれたときに横揺れによる船の転覆を防ぐのに役立ち、   船の積載量も大きくなり、牛馬なども容易に積むことが出来た。   船の形態は、そのまま船型式住居や高床式住居として   インドネシア各地のAMA族の居住形態となり、   日本では初期に於いては高床式住居、後に長屋と呼ばれる居住形態となった。   この住居での生活は、航海中の生死を共にする生き様を上陸後にも継続させ、   部族内部の結束力を高めたことだろう。   両脇に船型式住居あるいは高床式住居が綺麗に並び、   中心を参道が走り中程に集会所、奥座に神殿や拝殿が設置され、   その右と左に首領格の人物(王)の住居があった。 * ここに、海路グループを保護しながら歴史を変えた英雄が居た。   彼の名はアレクサンダー。   BC366年マケドニア王であった父フィリッポス二世の暗殺によって、   弱冠20歳の若さで世継ぎとなったアレクサンダー大王である。   彼は、少年の頃に家庭教師となった哲学者アリストテレスから、   中央アジアに住むAMA族の話を聞き、東方への夢を抱く。   AMA族に接触するには、目の前に立ち塞がる宿敵ペルシャを倒さねばならない。   西方には殆ど関心を示さず、ひたすら東方へと領土を拡大していった。   彼は没するまでの僅か12年の間に、 エジプトからインドまでの広範な地域を支配下に治めたが、   征服地を統合したり組織したりする暇がなく、   後方では、王の戦死の噂が広まるほどであった。   インドで、8年に及ぶ遠征に疲れたマケドニア兵士たちの   命令拒否を承諾しなければ、彼はどこまで遠征するつもりだったのだろうか。   それは、日本である。   アレクサンダー大王は、本気で日本まで旅を続ける気で居たのである。   彼の足跡を辿ることによって、AMA族の軌跡を辿ることは容易だ。 * アレクサンダー大王は、AMA族のアジア諸地域での移動時と同様に、   征服による略奪という手段を選ばず、道路の補修と建設、及び治水事業を興し、   科学、特に天文学、地理学、博物学へ、多大な影響を与えることになった。   博物学者や地理学者、歴史学者、哲学者、芸術家を伴うことで、   遠征を一種の学術調査とし、一方で住民との文化や思想の融合をはかった。 * 海路グループのAMA族は、アレクサンダー大王の手厚い保護のもとに、   イランやメソポタミアやイスラエル、エジプトの重要な聖域を足早に尋ね、   それらに根ざす神秘主義のエッセンスを学んでいった。   エジプト神秘思想、ユダヤ神秘思想、ゾロアスター教などとの接触である。   またピラミッド(方墳)建築も、中東周辺の旅で習得してきたのだった。   最近、巷で騒がれる「日ユ同祖論」(=日本人はユダヤの失われた12氏族と   同祖であるとの説)は、海路グループが持ち帰ったこれらの知識が原因だが、   血の繋がりで言えば、全くルーツが異なるものであって同祖ではない。   日本に於ける「ユダヤ人」の活躍と称される文書に、   この「AMA族」を当てはめると、謎解きが明解になるので試されたい。 * スサノオの名の由来には、二つの説があり、   ひとつは出雲族の先祖を保護したアレクサンダー大王の最初の婚礼地である   メソポタミアの「スサ」の町からとったという説と、   スサノオの生地である沼田周辺では、製鉄の際に出たものが川を赤く染めるのを   「朱砂(スサ)」と呼んだので、そこからとったという説である。   スサノオの「オ」とは、「男」を指すカタカムナ語(縄文語の一種)である。                                   つづく 267/267 GFB00026 一輝 AMA族の系譜 <7> (15) 93/06/23 17:49              <AMA族の系譜・7> * 注目すべきは、インドネシアでの海路グループの活躍である。   ダイナミックな移動を展開しつつ、残留組が後世の歴史を作っている。   これは、AMA族が火山地域周辺を好んで選び入植しようとする傾向があった為だ。  なぜなら、火山周辺のマグマは地表に近く、強い優性の地磁気を多く含んでおり、   その地域に住む人間へ有効な影響力を持つ。   まして、サイキックな力を発揮する特性を有するAMA族にとって、   環太平洋火山帯の中でも、とりわけ活動の活発なインドネシア諸島や日本列島は、   彼らの才能を充分に発揮する場所として、   最も望まれた土壌だったというわけである。 * スマトラ島西部には、アレクサンダー大王の末裔という伝承を持つ   ミナンカバウ族が住んでいる。   あまりにも歴史の舞台から離れた地域での唐突な伝承なので、   学術的には殆ど注目されていないが、AMA族の追跡をしている私としては、   この部族を興味深く思っている。   ミナンカバウ族は、強い種族意識を持った世界最大の現存母系社会であり、   勇猛果敢な部族として永い間オランダ支配に抵抗を示してきた。   20世紀に入って、文学・ジャーナリズム・民族運動・独立運動の分野で、   目ざましい活躍を見せている。 * インドネシア独立(1945年独立)の父、スカルノとハッタのうち、   ハッタはこのミナンカバウ族の出身である。   彼らは、終戦直後日本海軍・前田少将の命懸けの独断によって、   かねてから日本政府との約束だった独立を果たすのである。   独立運動のリーダーであるスカルノとハッタ、そして民衆を支えたのが、   AMA族の末裔であったジャワ島のクディリ朝・ジョヨボヨ王[1135-57在位]の   次の予言だった。    『いつか北方からやってくる黄色い民が白人の大君主を追い出してくれる。     彼らはトウモロコシの実るまでの短期間、この地を支配し、     その後、正義の女神に祝福される日が来る。』   同じような日本による植民地支配解放の予言は、   スラウェシ島北部の町、メナドにもあった。    『ミナサ民族が危機に瀕する時は、     必ず東の空から白馬の天使が舞い降りて救ってくれる。』   昭和17年1月11日、海軍落下傘部隊降下は英雄として、 メナド住民に大歓迎されたのである。   部隊長・堀内大佐の高潔な人格によって、直ちに善政がしかれ、   オランダ軍捕虜には寛大な態度で接するようにとの指示が出された。   戦後、オランダは堀内大佐を戦犯として日本からこの地へと異例の呼び戻しを行い、  大勢の住民が見守る中を処刑した。   住民に人気の高い人物ほど、オランダ側にとっては憎い存在だったようだ。   インドネシア独立がこの地にまで及ぶのは、独立宣言から4年後であり、   全土で、オランダとの独立戦争が展開されるのである。   各島に残留する約3000人の日本兵が独断で脱走し、独立義勇軍PETAに加わる。   独立記念墓地には、多くの日本兵が眠っている。   日本政府、及び文部省に申し上げたい。   これらの事実を歴史から隠し続けるのは、止めるべきである。   インドネシアに親日家が多いのは、以上のような経緯によるものだ。 * AMA族とアレクサンダー大王との間に   どのような婚姻関係があったのかは分からないが、AMA族の護衛にと、   アレクサンダー大王の命を受け、   紅海からスマトラ島まで共に旅を続けた戦士たちが存在したことは、   確かなようである。   アレクサンダー大王の戦士とAMA族の末裔が、   インドネシアと日本の友好関係の中で、   2000年もの月日を経て再び手を組んで仕事をしたのが、   奇しくも欧米植民地支配への抗争であった太平洋戦争であり、   インドネシア独立であったことは、不思議な縁というものであろう。   敗戦し、例え大本営の命令に逆らってでも、   インドネシア国民との約束を守ろうと最後まで共闘し続けた前田少将、   及び自らの決断で独立運動に参加した3000人の英霊たちに敬意を表したいと思う。   次に、AMA族を理解する為にインドネシアを語ってみよう。                                   つづく - FARION MES(17):★パワフルなえ★の《おふくろ通信》--<01> 93/06/23 - 393/393 JBH02324 なえ 特別な日 (17) 93/06/23 12:30 今日は沖縄にとって特別な日だそうです。 沖縄から遠く離れて、しかも過去の重大な戦争という体験さえ持たないわたしが それをTVで見たからと言って、そうそう大した事は言えないです。 ただ、防空壕の中で、半ば土に埋もれたまま、今なお野ざらしの遺骨に、悲しい 想いが溢れて止まらないのはどうしてなんでしょう。 ただ、戦争が悪いとか、誰々がいけないとか、言う事は簡単だけれども、その、 野ざらしの遺骨を一つ一つ集めては慰霊塔に納骨する男の人を、心から敬意持っ て見送りたい。 海の向こうで今でも戦火に苦しむ人を、こうした想いで、真剣に振り返る。その 事が、きっと私達が明日にも我が身に降り懸かるかもしれない戦争という危険性 に、警鐘を鳴らしていると信じたい。 この悲しみの大きさがきっと私達自身の明日を作って行くと信じたい。 - FARION MES(19):■精神世界ぶっ飛び話/バチアタリQ&Q--<01> 93/06/23 - 108/108 QFG02515 めるく 霊についての考察、その3 (19) 93/06/22 22:07  こんにちは、めるくです。  霊についていろいろ考えたことを、また書いてみたいと思います。  これは、すこし霊というものを、  実質的な意味のあるものとして捉えてみようという試みです。 5)生まれ変わりはあるか  本当は前回のところで生まれ変わりの話まで行こうと思ってたんですけど、長 くなったので分けることにしたのでした。  人は生きて、いろいろな経験をして、そしてこころを育てていきます。  でもそれは、死んだらおしまい?  死んだら消えちゃうの?  そんなの虚しいよう。  そんなのやだよう。  かわいそうだよう。  というのが前回のお話でしたね。  人生一生の成果が、霊によって死後も残るとして、では、それからどうなるの かしら。  霊界などの異世界にずっといる?  生まれ変わる?  それともそこら辺にずっと漂ってる?  場に溶けちゃうとか?  私は生まれ変わりだと思うな。そのほうが納得できる。  一生を生きて、そして死ぬでしょ? そしてね、新しい人生をまた生きるの。 そして死んで、そしてまた生きる。いろんな人生を生きて、少しずつ霊を育て ていく。それはね、生きてるってことは、ムダじゃないんだよってこと。  そんな事をいちいち考えなくては、生きることに価値を見いだせないなんて、 なんと心の貧しい人なのでしょう。お気の毒に。お大事に。とでも思う? そ れは違うよ、そうじゃないんだよ。心のなかにあるモヤモヤした思いの正体を、 知りたいと思っているだけなんだよ。  生きてるってことはね、物質じゃないんだよ。分かるでしょ?  自分の前生は誰だったのだろうとか、そういう話をしてるんじゃないよ。  前生なんか忘れちゃったよ。  来生なんてまだ決めてないよ。  そんなのはいいんだよ、今があるから。  でも、前生も来生もあるよ。だから今があるんだよ。って、そういうこと。  今という要素だけじゃ、今という時は成立できないんだよ。  過去があって、未来があって、そしてやっと今が存在できるんだ。  わかるかな?                         め る く