- FARION MES( 2):【居酒屋1999】自己紹介・雑談--------<09> 93/12/12 - 01333/01338 GBG02755 すまる エッグパック ( 2) 93/12/11 00:31 私が美容学校で習った、エッグパックをここ、FARIONに参加している 女性たちに紹介します。だって、みんなきれいになってほしいんだもの。 私はこれを体験して、実際に肌がきれいになったのですぅ。(*^^*) 材料は 卵、小麦粉大匙3、オリーブ油(乾燥肌・・3ー4滴、脂性肌・・1ー2滴)     オキシドール1、2滴、他化粧水適宜      これらを伸ばし易いかたさにします。     あとはガーゼを顔に覆うだけ、と蒸しタオル。 これらの材料をよく混ぜ、準備が整ったら、さっそくかかりましょう。 1、(これは省略しても構わないけれど、やればそれだけの効果はあります)   マッサージ、顔が火照る位です。パックの乾燥を早めます。   マッサージクリームを蒸しタオルなどでよく拭き取ります。 2、毛(まゆげ、額、鬢)の生え際にクリームを塗っておきます。   (これは、パックが毛に張りつくの防ぐためと、パックによって毛が脱色されない    ようにするためです。 3、パックを顔に広げます。出来れば、首にも伸ばした方が、よいと思います。   学校では刷毛で塗りました。 4、ガーゼを載せて、またその上からパックを伸ばします。   ガーゼを鼻のところで切って、ガーゼを顔に馴染ませます。   瞼の上に湿らせたコットンを載せて、目が疲れるのを防ぎます。 5、乾くのをじっと待って下さい。    時間がかかる場合には、風に当てて乾かしても良いです。 6、指で触れても、つかないようになったら、蒸しタオルを載せて、   パックを柔らかくし、やさしく下から剥します。   蒸しタオルなどでパックをきれいに拭き取って下さい。 7、あとは化粧水で落ちつかせてください。 以上です。 たまごにはタンパク質補給、オリーブ油には奪い取った脂肪の補給、 オキシドールは漂白と殺菌、特ににきびのひどい人には効果があるかもしれませんが、 同級生はしみるなあとこぼしてました。 終わったあとの肌はすべすべで、しっとりしてます。 ただ、卵アレルギーの人には勧められません。 これで、肌があれた友達はいませんでした。たぶん、安全な方法だと思います。 しかし、究極の美容法は、バランスの取れた食事、適当な睡眠、 そして、何よりも、楽しむ心ですね。 皆さま、お試し下さいませ。(*^^*)〃^_^〃                          すまる 01334/01338 KFD00473 たまご RE:スタートレック ( 2) 93/12/11 01:15 01330へのコメント コメント数:1 >>たしか、スペースシャトルの1番機の名前が「エンタープライズ」  エンタープライズ  コロンビア  チャレンジャー  ディスカバリー  確かこんなのがあったな。  最初に飛んだのはコロンビアだったかな?  チャレンジャーは事故で・・・(-_-;)悲しいことになってしまいました。 >>飛行性能を検査する実験機だったような…。  そうそう、B−747の背中に積んだ写真を見た記憶があります。 >>アメリカ人の、それも宇宙開発部門の人々には、人気がある証拠 >>でしょうね、これって。  でも(^_^;)  エンタープライズってアメリカ海軍の空母にもあるけど(^_^;)  日本だったら、「ふじ」とか「さくら」とかになるんじゃ?  栄誉ある名前の「ひまわり」を襲名したりして(^_^;)        たまご 01337/01338 GBE02650 ユ−リ RE:スタートレック ( 2) 93/12/11 13:57 01334へのコメント  そういえば、確か「マイティ・マウス」って宇宙船も実在したと思うぞ。(^^;  宇宙船といえば以前、空中で静止して、そのままカニさんのように横移動できるロケット型の宇宙船の飛行(?)実験のテレビを見た事があります。  思わず昔読んだスタニスワフ・レムのSF小説に出てくる宇宙船を思い出してしまっ て、「時代は確実に進歩している」と妙な感心をしてしまいましたが…(^^;                        GBE02650 ユ−リ 01335/01338 GBE02650 ユ−リ RE:スタートレックあれこれ ( 2) 93/12/11 13:54 01314へのコメント  ちなみに、ジェームズ・T・カークのTはタイベリアスだそうです。(^^; GBE02650 ユ−リ 01336/01338 GBE02650 ユ−リ RE:最近、よく耳にする曲 ( 2) 93/12/11 13:56 01318へのコメント > Mr.ス―ル―(ジョ―ジ・タケイ)って人は、最近では、映画 > 「クワイ河に架ける橋」(ダッタケ?)に出演していました。なかなかの > 人物ですよ。  ジョージ・タケイさんですが、あのデビッド・リーン監督の不朽の名作「戦場に架け る橋」(同じ戦争映画の「遠すぎた橋」とゴッチャにしないでね…ついでにバラしてし まうと、僕はこの二つと、あろう事かサイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」 をゴッチャにして覚えていた過去があります…(-_-;)の、(;_;)な続編(勿論、監督は 別人)「戦場に架ける橋2」に極悪非道の日本兵役で出演しておられました…(^^; > 特に、デ―タはいい!なかなかの名優だと思う。 > 今回は、バルカン人の出番が少ないのが残念。  データはいい味を出してますねえ。  士官として設計されたアンドロイドだけあって(どないな設計じゃ(^^;)能力的には 凄いモノを持ってるのに、あの性格ですから今いち頼りにならないという…(^^;  実は少し前、新スタートレックを見た次の日のことなんですが、上司と仕事の話をし ていた時にフト気がつくと、いつのまにかデータ君式話の聞き方をしている自分に気が ついてバツの悪い思いをいたことがあります。(^^;  データ君式話の聞き方=顔の向きは右斜め45度上。視線は宙をさまよい、「ふんふ ん」と、いかにも「なるほど、なるほど」といった顔をして小刻みに2、3度うなずく。  バルカン人のクルーがいないってのは最初僕もがっかりしましたけど、まあバルカン 人っていったらスポックのイメージがあまりに強すぎるし、クリンゴン人のウォーフ君 が目立たなくなってしまうから、バルカン人が出ないのは計算の上で…と見ました。 > これも、しかり。最初の映画の時は、もうめちゃ感動したなあ。 > ワ―プ突入シ―ンも素晴らしかった☆☆☆☆!  そういえば、僕の例の友人も「一作目のエンタープライズ号を見た時は、不覚にも涙 が流れるのを止められなかった」と言っておりました…  世の中には本当に色々な奴がいるものでございます…(-_-;                        GBE02650 ユーリ 01338/01338 PFA03563 YAHATA 暮れの秋葉原に見たもの ( 2) 93/12/12 00:21 1.毎度おなじみ「まはー」な方々。あれで損してるような気がするのは私だ けでしょうか。(^_^;)今のところAT互換機には興味がないのですが、「絶対 金額重視」の私としては買うとしたら一応考えに入れるかもしれません。 2.閉じてから久しい×××ムセン。シャッターには貼り紙が。7つの疑問と かが提示されていてその中に、「倒産後のビルはどうなるのか?」なんて書い てあったのですが、その後ろが破ったようにはがされ、誰かが落書きした ソフマップになるよーん 顔がこんなんなりましたね。→(-_-;)よせよなー、従業員は大変なんだぞー。 CRT様を迎えるために 部屋の掃除だ YAHATA - FARION MES( 3):【めでぃあ室】本/映画/音楽 etc----<01> 93/12/12 - 00320/00320 KGH02737 弥沙 夜の神話 ( 3) 93/12/10 23:22  「夜の神話」    たつみや章 作    児童文学  今、読み終わった本です。  涙がボロボロ出て、止まらなかった。  都会から田舎へと、急に引っ越した主人公の男の子。  その生活になじめないでいた時、ふと立ち寄ったお宮で、“お方様”に会います。  その方は、ツクヨミの神様。もらった“サトリまんじゅう”で、それまで気にも  止めていなかった動物や、植物、家霊の“ヨネハラ”さんと言葉を交わす  ようになります。   そして、“パパ”が勤める原子力発電所で、起こる事件。    ム−が滅びたのは、神々の“闇鬼”退治だった。   再び、“闇鬼”がこの世にあふれている。   「人間はおろかだが、すべからく闇鬼に堕落しているものでもないと   わかったぞ」   ツクヨミさまの言葉。    う−ん。また、本にはまってしまった。今度は、児童書だわ。                                弥沙  - FARION MES( 6):・壁(1)=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・= 93/12/12 - 01899/01902 PFA03563 YAHATA とりあえず賞与の日 ( 6) 93/12/11 00:17  前日より人事の人との面談が相次ぐ。  重かったYAHATAの口もようやく滑り出し、少しずつ事態はよい方向に向かい そうに見える。YAHATAは初対面の人には割と口が軽い。  今の行動パターンではどこの職種に移ったところで同じ苦しみを味わうであ ろうということを再認識した上で、まずカウンセリングなど受けてはどうかと いう結論に至る。異動で解決する問題ではないのだ。  それで心が洗われたとして、その後YAHATAはどこにいるのか?  今の自分が変わることに、多少の戸惑いを残しつつ…。 1年目が一番多かったぼーなす(;_;) YAHATA 01900/01902 GBA01276 しまうま 夫婦(メオト)まとコメ(^^;) ( 6) 93/12/11 11:18 #01886 維/YUIさん  どうもお久しぶりです(^_^)。 :結局バイクはあきらめて、電車でブーツはいてヘルメットもったままで乗って行きま :した。   何もヘルメットまで持たんでも(^^;)。周囲のバイク乗りの人々が「もう乗らない (寒いから)」と次々宣言する中、僕はとりあえず年内は乗るぞ!と思ってます。 #01891 シゲどん  こんちわぁ(^_^)。 :だから事故の自衛策にはならんのかもしれんけど、ちょいと気分がのらないなぁ・・ :とか、トラブルが続くなぁ・・とかいう日は乗らないのが賢明なんだな、きっと。  なるほどなー。心に留めておきます。 :虫の知らせっていうか、僕なんて例えば電話が鳴る1分くらい前に「あ、電話」 :って、感じることが高い頻度であるんだけど、  あやしいヤツ・・・(^^;)。  遅ればせながらOLT見たぞーっ!(^^)v        しまうま (GBA01276) 01901/01902 JAA02535 竹 3 号 引っ越ししたのにぃ〜 ( 6) 93/12/11 20:05  今日(12・10)新しい寮に引っ越ししました。が、生活がすぐに出来なく なってしまいました。というのも、県の検査がまだ終わっていなくて、 水も出ない、浄化槽も使えないという状態なのです。 幸い電気は使えるので良かったのだが、電話をすでに移転してしまったので、 14日迄、RTはお預けになってしもうたワイ。シクシク                     新しい部屋の寒い所より                       ミーモ(竹 3 号) P.S寒川神社に近くなったなぁ。 01902/01902 JAE00201 竜人 心珠の話,最終編 ( 6) 93/12/12 00:49  今まで,何回かに分けて少しだけ,書いて居た  このシリ-ズも今回で最後のようです・・・.   抜けた剣は,何処に行ったのか?  最大の疑問でもあった,これが解けました  ある時,振り返ってみると,鞘に収まったまま  背中に収まっていました.   時が来るまで,眠るように・・・.  心珠と鞘,どちらが本当の鞘かは判らぬまま・・・.                      竜人(たつと) - FARION MES( 7):★アリオン世紀末書込み寺------------<02> 93/12/12 - ウ01776/01778 GBA01276 しまうま RE:苦しみは魂の砥石か? ( 7) 93/12/11 11:18 01773へのコメント  Sukeさん、どうもご無沙汰しておりますです(^^)。 :今はとにかく、自分を磨き続けることを忘れないようにと、奮起努力することしか :出来ません。  ひょっとしたら、何かを目指して自分を磨き続け、成長し続けること自体が「成 功」なのかもしれませんね。 :愛する対象がないと、自分を磨き続けることは非常に困難なのでしょうか? :そういう意味だとしたら、愛する対象というのは、どんなものなのでしょうか? :この部分をもう少しはっきりと知りたいと思います。  言葉足らずでしたね。スミマセンm(__)m。  とゆーか、言葉にはしづらい「気分的なもの」ではあるのですが・・・。  自分を磨く、というのは、もちろん自分で決意して自分のためにおこなうもので す。ただ、自分ひとりでは手の届かないところというのが、あると思うんです。  僕はどちらかというと、「自分のために何かしてやる」というのが苦手な方で (←最近まで美徳かと思っていたが、実はすごい悪徳だと気づいた)、人に迷惑を かけるのは怖いくせに、自分が害を被ることには無頓着なことが多いのです。でも よく考えたら、隅々までよくわかっている(つもりの)自分自身を幸せにしてやれ ないヤツが、果たして周りの人を幸せにできるだろうか?  僕は、自分を「本当の幸せ」に導いてやろうと思ってます。それは、自分のため であり、愛する人のためでもあるんだと思います。  とゆーよーな説明でよろしいでしょうか? どんどん突っ込んでくださいね。僕 自身すごく勉強になりますので(^_^)。  まあ要するに、恋をしているということだすよ(^^;)。  しまうま (GBA01276) 01777/01778 JBH02324 なえ 発言者削除 :ちょっと書き方がおかしい(^^; ( 7) 93/12/11 13:14 01775へのコメント 01778/01778 JBH02324 なえ RE:お礼 ( 7) 93/12/11 14:00 01775へのコメント  うん。ありがとシゲちー  つい良くなるとね、さらに早く回復出来ないかと焦るんだよね。  実はそれが一番引っかかり安い禁物事項なんだけれど、貴方には  教えられる事が多くて、嬉しかったりするんだな、これが(^^  障害は思ったより無くて・・ただ前とは性格に変化が起きた様に  は感じるな。でも、どれが本当のその人らしさなんて、長い間に  作られて行くもので、いままでと違っていても、これからの、時  間が、新たなその人らしさを作るなら、それも良いかも・・知れ  ないね。 - FARION MES(13):★KAZEの神秘学遊戯団----------------<03> 93/12/12 - 00876/00882 GBA01350 まるじろう RE:「声が来る」とは「器になる」こと (13) 93/12/11 00:05 00875へのコメント  KAZEさん、暖かいお言葉ありがとうございます。  >>「神秘学にのめり込む」というのは形容矛盾でもあるんですね。    ほんとに申し訳ありません。とにかく意味的な記憶しかないもので、    決して決してOさんがそういう言葉でおっしゃったわけではありません。    この私がここに書く言葉として間違ったのが真相だとお考え下さいませ。  >>「理屈を云々ということではない」「神秘学を妙な知識の集積にしてはいけない」    まさに、Oさんの言われたのはそういう意味でした。その通りです。    私が「神秘学」という言葉を狭く捕らえてしまっていたのですね。   (これでも、昨日、会社の朝礼での3分間スピーチで、「神秘学の勧め」的な事を    しゃべったのですから、どの面下げて、と言われそうですが・・・オッチョコチョイメ!)  >>ま、いろんなことを深くとらえるための「方便」として、  >>また「過渡的な考えかたのガイド」としても、  >>シュタイナーの思想はとってもお役にたてると思いますので、    なんと寛容なお言葉でしょう。どうもいつも肩に力の入る私は、恥じ入ります。    でも、いくら私が門外漢でも、そこまでお手軽には考えてないつもりです。    ただ、私は、あせって無理にわかろうとはしないつもりです。    自分の生活や音楽を通じて、ゆっくりと着実に積み重ねて行きたいですね。    死ぬまでに間に合わないかも知れませんが。それはそれでいいと思ってる。  さしあたり先日いただいた「神智学の門前にて」のレジュメを読み進めてますが、   「役にたつ」という、やや実利的な臭いのする言葉ははばかられるくらいに   かなりずっしりとした、いい手応えがあります。嬉しいことです。  >#874 ついでに「悪」についてですが、        ↓(笑わないで!)    ピーナッツ・ブック(要するにスヌーピーですが、結構好きなんです、私)で    「最も大きな悪を為した人は、自分は善をなしたと信じてる。」    というセリフ(再びうろ憶えの言葉、ごめんなさい)があって、うなりました。    もっとも大きなので言うと、戦争なんかがそうでしょうね。    「私」も、「善いこと」をしてるつもりで「悪」を為してるかも知れない。    思い当たること無きにしもあらずで、恐ろしい事だと思います。                                まるじろう 00877/00882 HCB00374 DIRAC RE:悪とは時期はずれの善 (13) 93/12/11 11:02 00874へのコメント  KAZEさん、RESありがとうございます。 RESを読ませて頂きまして、参考にさせて頂きます。ありがとうございます。  今この時期に「悪のみつめ」を題材にさせて頂きました。 世間には、善の顔をした悪もあり、また、一見、悪の顔に見える善もある。 言葉の定義は、世間的なとりかたをして下さい。「悪は熱しない善である」 「善と悪の2分するのはどうか」のような議論はやめにして、世間的な感覚 でいきます。 善と悪の見極めは難しいということです。時間がたって気が付いたときには、 「しまった」なんてことになりかねないわけです。 悪に知らずのうちに指向していく心、増長させてしまう自身の心をよくみつめて 、日々過ごしたいと思います。 ここで、題材かわって−−−  人それぞれの人生状況があって、同じ対象に対しても、正反対のアドバイス が必要な場合があります。異論があるかも知れませんが、精神世界は主観の 世界ということなのだと思います。私は、「自分を滅していく修行」が必要 でしょうし、また「自分を出していく修行」が好ましい方々もいらっしゃる かも知れません。このように千差万別の心の状況を、一般論で説明するのは なかなか困難でありましょう。本から得る知識も重要ですが、概して書いて あるのは、共通事項とか一般論なわけです。それを自分の人生状況に応用して いく。これは、極めて難しいことだと思いますが必要なことだと思います。 自分の状況はわからないものです。自分の顔が自分自身では見えないように、 自分の心(主観の源)を自分でみることは出来ないのではないでしょうか。 客観視が必要でしょう。客観視の一つのあり方が、知識を基にした実践の歩み、 そして幸いにも同時に知識の応用にもなっていると思います。 このある種、密教的考え方−−−まさに神秘だと感じます。 ありがとうございました。   00878/00882 HCB00374 DIRAC 祈りの構造 (13) 93/12/11 21:50 コメント数:1  こんにちは。  祈りの構造ということで、つらつらと。  仏教の立場にたてば、欲界、色界、無色界があって、これらは、迷界 と呼ばれています。悟界がその上にあります。六道とは、欲界のことで、 地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人間、天上とこの6つをいい、これらを、輪廻 するとされます。天上も6道に入っていて悟りの世界ではないことに注意です。 弘法大師の十住心論によると、6道は第2住心程度ということになります。 まあ、言葉はどうでもよいのですが、要するに、我々よりも進化した心の状態が いっぱいあって、我々の境涯はどちらかいうと、かなり低いという考えが あるということです。  祈るということがあります。祈りが通じるという表現があります。 私の勝手な解釈も含まれますが、祈りは通じるべき、道があるということでは ないでしょうか。また、通じていく場所(精神的境涯)があるということでは ないでしょうか。まず、祈りの対象が必要だと思います。そして、その対象の 境涯に自分の心の一部が同調して祈りが通る。祈りの対象を持つことが、祈り の経路を作ることであり、対象の境涯に同調することが、経路に祈りをのせる ことにたとえられるのかも知れません。そんなわけで、普通の人が、一生懸命、 突然祈っても、祈りは特殊な場合を除いてほぼ通じないのではないかと想像す るわけです。約2年前に祈りの立場から宗教について書かせて頂いたことがあ ります。宗教家というものはそういう意味で我々とは違う部分もあるのだろう ということです。キング牧師の祈りの一件などは、まさにそういう事だと 私は解釈します。ただし、宗教全般を考えた時に、いろんな境涯の信仰の対象 があるので、−−−−−まあ、いろいろあるわけですね。 我々は、第2住心にいることになるわけですが、信仰の対象の境涯が余りにも 高いと心の同調が難しい。そのかわり、祈りが通じれば不思議は大きい。 逆の場合は、同調容易だったりしますが、不思議は小さかったり、あまり 為にならない−−むしろ害になったりするのだと思います。 要するに、自己を向上させていかないとより上部の境涯に祈りが通じないと 想像する−−ということです。そして、その方法は2000年以上の昔から 経験的に「利他」の歩みであるらしいと教えているようでなりません。 ありがとうございました。 00881/00882 NBG00612 岳同 RE:祈りの構造 (13) 93/12/11 22:57 00878へのコメント DIRACさんの言葉を拝見して、ふと思い出したことがあります。 >要するに、自己を向上させていかないとより上部の境涯に祈りが通じないと >想像する−−ということです。 仕事に関連してLANについて勉強していますが、OSIという組織でネットワーク を7階層に設定しています。どのネットワーク・プロトコルもこの7階層で表現できる わけですが、 7、アプリケーション層 6、プレゼンテーション層 5、セッション層 4、トランスポート層 3、ネットワーク層 2、データリンク層 1、物理層 下へ降りるほど物質的な通信ケーブルそのものになります。 上へ上がるほど電気的な信号から意味性を伴ったメッセージやソフトウエアの世界に なります。 LANを接続するための、色んな機構が急激に発達していますが、 第1階層での接続にはリピータという機構があり、これは電気信号をただ他のLANに 伝送するだけです。 第2階層にはブリッジという機構があり、信号の電気的なチェックなどが行なえるよ うになっています。 第3階層にはルーターという機構があり、これは通信の意味性まで考慮して宛先制御 やプロトコルの変換(NetWareやTCP/IPやメインフレームのSNAなど)まで可能になっ てきています。 これらの機構は、これらのうちのいずれかを選択することになりますが、最近の大規模 LANではルーター接続が主流です。 でも、これって不思議とDIRACさんのお話しを思い出させませんか。 アプリケーション層で意味のあるメッセージが行われても、それを媒介する物理層 にとっては、単なるビットのオンオフにしか過ぎないのですよね。 上位層に行くほど意味性を帯びてくる、下層にいくほど物質的、面白いなあと思いま した。 00879/00882 GGD03030 《 隆 》 今年最後の風邪?(^^;) (13) 93/12/11 22:07 00863へのコメント  KAZEさん、こんにちは。    またしても風邪をひきこみまして(^^;)、ご無沙汰しました。全く僕の風邪は年中  行事で、なんともはやです。まあ、今回は喉の痛みと脱力感だけで熱が出ないの  で助かりますが・・・。    最近、ときどきRTを覗いたりしますが、考えてみればこの遊戯団はFARIONでは  特異な会議室かもしれませんね。僕にとっては非常に居心地がよいので、長々と  いついているわけですが(^^;)、この部屋にふさわしい書き込みをしているかどう  かは考えると、少し(^^;)(^^;)(^^;)ではあります。このところ新しくこられた方  の書き込みは、総じて知的というか、この部屋の雰囲気に会っているような気が  しますし、なにか新しい展開の予感がしますね。まあ、僕は僕でしかないのでこ  れからも相変わらずでしょうが、息抜き要員ということでこれからもよろしくお  願いしいたします。    雪の名前に比べると風の名前はほとんどなじみが無いですねぇ。どうしてなんだ  ろうか???。それだけ僕は雪と縁が深いのでしょうかね。風にはずいぶん泣か  されて来たような気がしますが、逆に言うと風に鍛えられて育ってきたとも言え  ます。雪山では恨めしい風も、夏場のそよ風になると、なんとも言えずありがた  いものですし、そうしてみると人間なんて勝手な生き物だなぁと思いますよね。    >こんなあたりまえのことがあたりまえでなくなってることが、  >教育環境では一番の問題なんだと思うのです。  ご紹介の「現代と社会に生きるのに必要な社会問題の核心」の抜粋を読んでいて  思ったのですが、僕が学校に通っている頃の教師は反体制派という感じの人が多  かったような気がします。子供心にそういう教師(赤旗を配りそうな人)にうさ  ん臭さを感じたものですが、今になって考えるととんでもない話だと改めて思う  のです。反体制の是非うんぬんではなくて、子供に一個人の狭量な価値観を植え  付ける事が非常に問題だなぁと・・・。  子供を持って始めて感じたのですが、頭でわかっている以上に子供の可能性は計  り知れないものがあります。今、つくづく思うのは、最低限のしつけ以外は過度  に関与すべきではないという事です。大人の、それも大した事無い自分の考えで、  子供の可能性を抑圧してしまう事は、人間の進化を妨げる事であろうとさえ思い  ます。逆に、最近のマスコミやその他の変な雑音から、いかに守ったやるかが必  要な世の中になってきたのかもしれません。    >小さい頃からのことをどんどん積み重ねて、それらを踏まえて育っていくと  >思っていましたから、そういうのってかなり???なんですよね。  それはおっしゃる通りだと思いますし、実際そうなのですが、一時的に忘れてし  まっているですね、みんな。我々が意図的に忘れようとしてきたのか、はたまた  KAZEさんが忘れまいとしてきたのか、両方共に自然にそうなったのかはわかりま  せんが、忘れた人もどこかに必ず憶えているはずなのです。僕は子供との付き合  いで思い出しましたが、何かの刺激でよみがえって来るものなのですよね。問題  は、思い出す為の刺激(変な表現ですが(^^;))が最近はとみに少なくなっている  事だと思うのです。小さい頃からの積み重ねにいつもこだわっている必要はない  けれど、時々は思い返してみる必要はあるはずなのです。それがなおざりにされ  ている現状はやっぱりどこかおかしな感じがしますよね。    >ですから、それを暴走させるととんでもないはちゃめちゃなリズムになり、  >よくコントロールすると、高次なものを創り出していけるようになります。  これは欲に限らず、全ての事柄にあてはまりますね(^^)。向上心も欲ですし、餓  鬼の食欲も欲には違いがない。例が極端ですが、要するにバランスが大事という  事なのでしょうか。    昔、子供の頃、「大人びた子供」とよく言われたものですが、大人になってみる  といわゆる大人の世界は居心地が悪かったりします。要するのただの「へそ曲が  りなのかもしれませんが、「子どものような心」は死ぬまで持っていたいものだ  と僕も思います。                               by 隆ちゃん 00880/00882 NBG00612 岳同 今日感じたことなど・・・ (13) 93/12/11 22:12 KAZEさん、こんにちは。 遅れ馳せながら、私もCPUを増強してWINDOWSユーザになりました。 MS-WORDなど、概念の違いに戸惑うことばかりです。(位置合わせの難しいこと!) さて、何だか師走っていう実感が湧かないこの頃です。 木枯らしの季節にも相俟って 年の瀬にも活気がなく めっきり寂しく感じられます 勢いを失っている事柄と 相変わらず堅実な事象を考え合わせてみると 本質から離れている物事が 次第に摘みとられていくように思います 自分自身が摘みとられることのないようにと 改めて身が引き締まります 00882/00882 GBA01350 まるじろう 心の働きは不思議な力に動かされ… (13) 93/12/12 01:06  今日(もう昨日ですか)は、外的にも内的にも、ちょっと出来事がありました。  先日来重態となっていた知り合いの親しい先生の奥様が亡くなられました。   (KAZEさん、そう言えば今日も土曜日。「2週間違ってたら・・・」です。)   今日、お宅へ弔問に伺ってきたのですが、その先生も77歳で子供さんもなく、   おひとりになられて、ひどくお寂しそうでした。40日弱の入院期間でしたが、   その間、付き添った先生にも、諦めと助かるのではという気持ちが交錯したとか。   それに、ちょっと胸がつまったのは、その先生はカトリックの信者なのですが、   奥様はそうでなく(私は今日初めて知ったのですが)、葬儀は仏式。   人の死というものは、宗教や宗派にはなんら関係のない全く個人のものですが、   こうやって「形」にせざるを得ない場面に出くわすと、複雑です。   残された先生の寂しさと先生の奥様への申し訳なさのようなものが倍加されて、   なんともお気の毒でした。誰も悪くないのですが・・・・。  そんなことを思いつつ、何故かピアノを弾きたくなり何ケ月ぶりかで触れたのです。   バッハのマタイ受難曲の中の「愛ゆえに救い主は死にたもう」とか、   ヤナーチェクの《草蔭の小径にて》の中の「おやすみ」とか・・・・。   もちろん、下手だから詰まり詰まりで「演奏」としては全くお話になりませんが、   何か不思議に、そんなことはどうでもよくて、音楽に没入した気がします。   「弾いた」とか「聴いた」とかの実感がないポッカリ空いた時間だったような。  またとりとめもない個人的な話をしてしまいました。失礼します。                               まるじろう - FARION MES(14):★HVHYの預言解読部屋------------<03> 93/12/12 - 01561/01564 GCC01413 HVHY RE:久々の解読(古代史の盲点) (14) 93/12/11 14:48 01555へのコメント  *[なぜ、ハジベなのか?・・・その4]  話の時代が前後しているが、意図的なことだ。  最終的には、[持統+不比等の戦略]というところまで、  繋がるようにしたいと考えている。  すべて、冒頭2行の詩篇解釈の延長線にある。  例のNob さんは、不比等の前世記憶を持つという。  印象批判のレベルであれ、何らかの意見が伺えれば幸いだ。       〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ・ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  もう一度、崇神[10]から応神[15]まで、  どのような仮説が考えられるか検討してみよう。即ち、  「ヒボコ系」か「非ヒボコ系」かについて、一人ずつチェックしてみる。  この場合、一応、「ヒボコ」は確かに垂仁天皇の時代に渡来した、とする。  つまり、“いわゆる「物部氏」”と「ヒボコ」を区別して考える。  垂仁天皇[11]の時代の「サホヒコの反乱」は、よくよく考えてみると、  垂仁その人が既に「ヒボコ系」であった可能性すら窺わせる。  なぜならば、もともと「ヒボコ系」と思われる「サホヒメ」を皇后として、  その子供である「ホムツワケ」を天皇にしようとしていたからだ。  結果的には、「出雲大神」の祟りで、「ホムツワケ」は皇位に着けなかった。  そして、崇神[10]からの連続性がある「オシロワケ」が景行[12]となる。  つまり、「出雲大神(=ニギハヤヒ?)」は景行[12]のバックに居たわけだ。  ところが、景行[12]の皇后の2皇子は、(※これが「オウス」「コウス」)  皇位に着く機会を持たず、皇妃「ヤサカイリヒメ」の子供が成務[13]となる。  ここで、「ヤサカ」という称号が誰でも気になるだろう。  「ヤサカ(=八坂)」と言えば、“牛頭天王としてのスサノオ”。  しかし、既にここの部屋で話題になった通り、  「スサノオ」が「牛頭天王」と化したのは後の時代の話である。  (※「スサノオ」その人自身は〈大和〉と縁が無かったことに注意…)  したがって、成務[13]は「スサノオ直系」と“自称”する勢力  によって擁立された、と考えてみることも出来よう。  (※原田氏の作った系図では「ヤサカイリヒメ」は「ニニギ」の末裔だが…)  崇神[10]〜景行[12]という流れは「物部氏」がバックアップしていた。  つまり、「ニギハヤヒ直系」即「スサノオ直系」であった。  そうしてみると、この時代には「アマテラス」など重要視されておらず、  「スサノオ系」の(と称する)集団の勢力争いだったことが歴然としている。  より具体的には、次のようにカテゴライズすることが出来よう。           |   崇神王朝系   |   応神王朝系    −−−−−−−+−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−      背景勢力 |   [物部氏]   |   [ヒボコ]    −−−−−−−+−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−           | “ニギハヤヒ直系” | “スサノオの直系”       系統  |    または    |  …と自称したが、           | “それを自称した” | “半島からの渡来”    −−−−−−−+−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−           |   考元[8]   |   垂仁[11]      所属天皇 |   開化[9]   |   成務[13]           |   崇神[10]   |   仲哀[14]           |   景行[12]   |   応神[15]  このような仮説に立つならば、「ヤマトタケル」は、  東国開発に功績のあった“崇神王朝における最後の人物”であり、  「ヒボコ」の西日本日本海側からの侵攻によって宮都が奪われたため、  東国に取り残されてしまった“置き去りにされた英雄”…と考えられる。  そして、“いわゆる「物部氏」”の一派も、この混乱期にあって、  そのほとんどが東国へ放り出されてしまうのであった。  (※この辺りから関東における「フツヌシ」の伝承が生まれたか?…)       〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ・ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  ところで、6世紀前半(継体[26]の頃)にあっても、  「物部氏」は大和川水系を押さえる巨大豪族であった。どういうことか?  三輪山の近辺を見ると、「石上物部」「穂積」「三輪君」が居た。  これらのグループは全て同族だっただろうか?  この中で、「三輪君」は崇神[10]の末裔。  「穂積」は崇神[10]を擁立した“いわゆる「物部氏」”の末裔。  ここまでは、「穂積」が「ニギハヤヒ」に繋がっていれば、  “本物の「物部氏」”のグループと言える。  しかし、大和川水系を押さえている「物部」の大勢力は、  少なくとも「ニギハヤヒ」には繋がっていなかった。そして、  「石上物部」すら大和川水系の「物部」と同族であったかも知れない。  或いは、祭祀だけは“本物の「物部」”に任せていた可能性もある。  つまり、既にここの部屋で再三述べたことだが、  「物部氏」というものを“直線的”に捉えた途端に、  古代史は“そのほとんど全てが闇の中へ入ってしまう”のである。  例えば、すまるさんが「私は物部氏の末裔です」と言う時、  “どの時代の「物部氏」に繋がっているのか?”が問題とされるのだ。               ニギハヤヒ直系                  |                 ?|?                  |                 穂積氏                  |                  ・               (完全に断絶)                  ・                  |             皆の知っている「物部氏」  確認しておくと、今まで“いわゆる「物部氏」”と説明してきたグループは、  「ウツシコメ」「イカガシコメ」「イカガシコオ」などを含む、  後の「穂積氏」のグループであり、即ち“崇神王朝の血統”である。  つまり、「物部氏」と「蘇我氏」の対立と言う時の「物部氏」ではない。       〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ・ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  以上の考察にも拘らず、もしも、  「蘇我氏」が抬頭する時代の「物部氏」を“崇神王朝の血統”とするならば、  “いわゆる「物部氏」”と「ヒボコ」は同族か、少なくとも協力関係にあった、  と考えざるを得ない。そして、こちらの仮説に立った場合は、  崇神[10]〜応神[15]という移行期が極めてスムーズだったことになる。  即ち、次のいずれか以外は絶対に考えられないのだ。    1.・「ヒボコ」の渡来時期は崇神[10]以前。      ・崇神王朝も応神王朝も「ヒボコ」の勢力が立てた。      ・「物部氏(=穂積氏)」とは「ヒボコ」の勢力である。    2.・「ヒボコ」の渡来時期は垂仁[11]の頃。      ・崇神王朝は後の「穂積氏」の勢力が立てた。      ・応神王朝は「ヒボコ」の勢力が立てた。      ・6世紀の「物部氏」は「穂積氏」と関係ない。              (A)「ヒボコ」の勢力である。              (B)「ヒボコ」とも関係ない。    3.・「ヒボコ」の渡来時期は垂仁[11]〜応神[15]の頃。      ・崇神王朝は「物部氏」の勢力が立てた。      ・応神王朝は「ヒボコ」の勢力が立てた。      ・6世紀の「物部氏」は崇神系の“巻き返し”である。  そして、現在のところ、2−(A)が濃厚だと私は思っている。  しかし、そう結論する前に、継体天皇[26]が擁立される過程について、  即ち今度は応神[15]から継体[26]までを、よくよく検討してみる必要がある。       〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ・ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  いずれにせよ、「物部氏」について追い掛けてみるだけでも、  古代史の様々な謎が見えてくることが、理解して頂けるのではなかろうか。            (…次はどの時代へ行くか…)                                  HVHY 01562/01564 GCC01413 HVHY RE:久々の解読(古代史の盲点) (14) 93/12/11 20:11 01555へのコメント  *[なぜ、ハジベなのか?・・・その5]  「タカミムスビ」が考えたであろう“国譲り”のプランは、  一体どのようなものだったか?(※“国奪い”のプラン???)  まだ「ニギハヤヒ」が《宗像》の支庁に居た頃、  つまり、その長男の「アジスキタカヒコネ」も一緒に居た頃、  「タカミムスビ」は《宗像》の統治権奪回を胸に秘めながら、  忠臣であった「アメノワカヒコ」を《宗像》へ送り込んでいた。  「アメノワカヒコ」は言わば“連絡係”のような立場で赴いたわけだ。  ところが、この「アメノワカヒコ」は、  「ニギハヤヒ」の次女「シタテルヒメ」と懇意になってしまった。  また、義理の兄となった「アジスキタカヒコネ」とも仲良くしたのである。  その同じ頃、「タカミムスビ」は同様の目的で、  「アマテラス」の子供「アメノホヒ」を〈出雲〉へ送り込んでいた。  当時は「スサノオ」も健在だったわけだから、「出雲族」の立場から言えば、  「アメノホヒ」はむしろ“人質”であったとも言える。  何しろ、その頃の〈出雲〉の主権は「オオクニヌシ」にあった。  「オオクニヌシ」は「スサノオ」の末娘「スセリヒメ」の養子婿である。  そして、既に、直系後継者の「タケミナカタ」も生まれていた。  このような状況下で「スサノオ」は、(※形の上では「アマテラス」が)  「ニギハヤヒ」「アジスキタカヒコネ」親子を〈大和〉へ出兵させた。  この『ニギハヤヒの大和入り』は非常に旨く行った。(※既に述べた通り)  「ニギハヤヒ」は〈大和〉の首長「ナガスネヒコ」の妹を娶って、  「ウマシマジ」「アメノカヤマ」「イスケヨリヒメ」の2男1女を設けた。  「アジスキタカヒコネ」はこの3人の腹違いの兄ということになる。  一方、〈日向〉の「アマテラス」はと言えば、  新しい愛人「タカミムスビ」との間に2人の子供を設けていた。  その1人が「アメノホヒ」。(※彼が〈出雲〉へ赴いたことは述べた)  もう1人が「ホノニニギ」であった。(※彼が後に「天孫降臨」の主役となる…)  ほぼ以上のような状態で、〈出雲〉の盟主「スサノオ」が亡くなるのだ。  この段階における各地の状況を整理してみよう。   〈日向〉     《宗像》      〈出雲〉     〈大和〉  「アマテラス」  「宗像3女神」   「スセリヒメ」  「ナガスネヒコ」  「タカミムスビ」 「シタテルヒメ」  「オオクニヌシ」 「ミカシキヤヒメ」  「ホノニニギ」  「コトシロヌシ」  「タケミナカタ」 「ニギハヤヒ」                              「・・タカヒコネ」           「アメノワカヒコ」 「アメノホヒ」  「ウマシマジ」                              「アメノカヤマ」                              「イスケヨリヒメ」       〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ・ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  《宗像》は「アシハラナカツクニ」であり、言わば緩衝地帯であった。  そして、「ニギハヤヒ」の統治以来、事実上〈出雲〉の属国であった。  「出雲族」の立場で言えば、この段階で、  《宗像》を含む〈出雲〉の王が「オオクニヌシ」。  その正統後継者が「タケミナカタ」。  〈大和〉の王が「ニギハヤヒ」。  その正統後継者は(候補は何人も居たが)定まって居なかった。  そして、まだまだ“〈出雲〉が本国で〈大和〉は分国”の意識があった。  つまり、全体として見れば、出雲王国の王統は、  「オオクニヌシ」−「タケミナカタ」というラインにあったのである。  ここで、いわゆる“国譲り”の事件が勃興する。  これは当初、「《宗像》を譲って欲しい」という話だったのである。  《宗像》の支庁は、建前上は「アマテラス」の〈日向〉の支庁だった。  したがって、支庁の統治権は〈日向〉にある。筋の通った話だ。  ところで、「ニギハヤヒ」とその長男が〈大和〉へ去った後は、  「ニギハヤヒ」の末子である「コトシロヌシ」が、  母である「タギリヒメ」と共に政治に当たっていた。  「タギリヒメ」は「スサノオ」と「アマテラス」の間の子供だから、  「コトシロヌシ」は「アマテラス」の孫に当たる。  別に“国奪い”しなくとも、「アマテラス」の後継者が統治している。  少なくとも「アマテラス」の立場から見れば、  敢えて「コトシロヌシ」を追い払う必要もないではないか?  ところが…、「タカミムスビ」の立場に立てば、事情は異なってくる。  「タギリヒメ」は「タカミムスビ」の“何”に当たるか?  “過去の男”(!)である「スサノオ」が、  自分の愛人「アマテラス」に産ませた子であり、しかも、  《宗像》にずっと居たわけだから、自分とは血縁も地縁も全く無い。  もちろん、こういった“先夫の子”でも、可愛いと思う人は居るだろう。  しかし、「コトシロヌシ」に対してはどうか?  「タギリヒメ」と「出雲族」の盟主「ニギハヤヒ」との間の子である。  この「コトシロヌシ」まで可愛いと思えと言うのは酷ではないか?  さて、「オオクニヌシ」という人は、  原田さんの記述の通り、戦いを好む性格ではなかった。また、  《宗像》は直接的に自分が開拓した土地でもなかったので、思い入れも無かった。  しかも、もともと《宗像》は〈日向〉の支庁だったのだから、  「日向族」の強い意向があれば、はねつける理由も無かったのである。  そのため、「オオクニヌシ」は『「コトシロヌシ」に聞いてくれ…』と言った。  「コトシロヌシ」は(私の解読では)自分の子供ではない。(※神話では子供)  「コトシロヌシ」を守る強い動機も無かったのである。  そして、当の「コトシロヌシ」は、〈大和〉からの応援を待った。       〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ・ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  では、この段階で、〈大和〉に居たそれぞれの勢力はどう反応したか?  「ナガスネヒコ」にすれば、あまり関係ない話だ。  「ニギハヤヒ」「アジスキタカヒコネ」の親子にとっては、大いに関係がある。  そして、中途半端な立場に立たされたのが、  「ニギハヤヒ」が〈大和〉に来てから作った子供たち、  即ち「ウマシマジ」「アメノカヤマ」「イスケヨリヒメ」の3人だ。      アマテラス−+−スサノオ−+−*            |      |      +−−+            |      |      |  |            タ      ニ      ミ  ナ            ギ      ギ      カ  ガ            リ−−−+−−ハ−−+−−−シ  ス            ヒ   |  ヤ  |   キ  ネ            メ   |  ヒ  |   ヒ  ヒ                |     |   メ  コ                |     |          +−−+−−+     +−−+−−+          コ  シ  タ     イ  ア  ウ          ト  タ  カ     ス  メ  マ          シ  テ  ヒ     ケ  ノ  シ          ロ  ル  コ     ヨ  カ  マ          ヌ  ヒ  ネ     リ  ヤ  ジ          シ  メ        ヒ  マ                      メ  「(アジスキ)タカヒコネ」は「ニギハヤヒ」の子供であり、  「ウマシマジ」以下の3兄弟の義理のお兄さんだった。  この「タカヒコネ」と仲が良かったのは「ウマシマジ」である。  「ウマシマジ」は自分の娘を「タカヒコネ」に嫁がせた。(※「イイヒノヒメ」)  「イスケヨリヒメ」については、あまり解らない。  そして、「アメノカヤマ」(後の「尾張氏」の祖)は、  「タカヒコネ」と“ソリ”が合わなかった。(※この辺り理屈ではない…)  これらの人間関係に関する仮説は、その他のことも考えられるが、  「どんな関係であっても構わない」と言うわけには行かない。(!)  なぜならば、この人間関係の中に、最も重要な秘密が隠されているからだ。  「タカミムスビ」を中心とする「日向族」は、  「シタテルヒメ」と懇意になって《宗像》に住み着いてしまい、  “連絡係”(諜報部員)として機能していなかった「アメノワカヒコ」を追放。  (※これに関して神話では“殺した”ことになっているが…)  代わりに「ホノニニギ」を送り込んだ。ところが、ここで妙なことが起こる。  「ホノニニギ」は「タギリヒメ」を見た途端に“一目惚れ”してしまったのだ。  これは、Nob さん言うところのFGかも知れない。(※ウソかマコトか?)  それにしても、「タカミムスビ」の嫉妬の対象であった「スサノオ」が、  「アマテラス」との間に残した娘(それも“子持”の)に、よりによって、  自分の子供である「ニニギ」が惚れてしまったとは、どういう因縁か?  さて、その一方〈大和〉では、“国譲り”に対する方針が定まり、  「シタテルヒメ」と「コトシロヌシ」の実兄に当たる「タカヒコネ」が、  その結論を持って《宗像》の地へ乗り込んだのである。  「ニギハヤヒ」にとっては、《宗像》は自分が最初に政治を司った土地である。  その意味で、《宗像》の覇権が「日向族」に移ってしまうのは忍びなかった。  しかし、もはや「ニギハヤヒ」にとっての中心地は〈大和〉であった。  自分の世代はともかく、次の世代に入れば、本国の〈出雲〉から、  「タケミナカタ」が統治権を主張して乗り込んでくるかも知れない。  (※このような主張は“筋が通る”ことに注意!)  そんなことは、〈大和〉の誰一人として望まないことだった。  ただ、「日向族」の主張を退けて、(※つまり武力も行使して)  長男の「タカヒコネ」を《宗像》へ戻す、という方策はあった。  しかしながら、「タカヒコネ」自身、そういう積もりは全く無かった。  自分が育った記憶から言っても、〈大和〉に愛着があったのだ。  この時、「ウマシマジ」と「アメノカヤマ」の立場はどうだったか?  「アメノカヤマ(=コウクラジ)」は、正直なところ、  「タカヒコネ」が居なくなるほうが嬉しかった。  だが、「タカヒコネ」と力を合わせて戦うのも嫌だった。  したがって、自ずと優柔不断な態度にならざるを得なかった。  その一方、既に述べたように、「タカヒコネ」と仲が良く、  自分の娘を「タカヒコネ」に嫁がせていた「ウマシマジ」は、  《宗像》に残された「タカヒコネ」の兄弟と母を〈大和〉へ引き取れば良い、  …そう考えたのである。もちろん、「タカヒコネ」自身もそれを希望した。       〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ・ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  こうしたそれぞれの思いの結果として、「タカヒコネ」は、  微かに記憶の残っている《宗像》へ赴いたのである。  ところが、これは言わば“攻める作戦”ではなく“引く作戦”だから、  〈大和〉の思うように事は進まなかった。つまり「ホノニニギ」は、  「シタテルヒメ」「コトシロヌシ」については〈大和〉へ引き取らせたが、  その母親の(そして「ニギハヤヒ」のかつての妻であった)「タギリヒメ」は、  〈大和〉へ行くこと“まかりならん!”…と強行に主張したのである。  この気持ちが“どういうもの”であったかは既に説明した。  こうしてみると、歴史の大きな側面に、  “人間関係の歴史”があることは否めないのである…。       (…次に「イワレヒコ」の時代へと移って行くわけだが…)                                  HVHY 01563/01564 GCC01413 HVHY RE:久々の解読(古代史の盲点) (14) 93/12/11 23:38 01555へのコメント  *[なぜ、ハジベなのか?・・・その6]  今回はそのまま前のアーティクルに続けよう。  いわゆる“国譲り”の結果として、「(アジスキ)タカヒコネ」は、  「シタテルヒメ」と「コトシロヌシ」を〈大和〉へ連れて帰った。  「ニギハヤヒ」としては、「タギリヒメ」が来なかったことは誤算であった。  しかしながら、既に「ミカシキヒメ」という妻が〈大和〉には居たわけであり、  「シタテルヒメ」「コトシロヌシ」にとっては“母親との別れ”になったが、  「ニギハヤヒ」にとっては、どうしても納得の行かない事柄では無かった。  また、「タギリヒメ」が自分の子供を〈大和〉の後継者にしたいなどと考えて、  〈大和〉の王位の後継者問題を複雑にする可能性があることからも、  今回の事柄については結果的に最も良い方向へ動いた、とも考えたのである。  その一方、〈出雲〉の「タケミナカタ」は全く納得が行かなかった。  なぜなら、《宗像》という場所は〈出雲〉に勝るとも劣らぬ重要な場所であり、  ここの統治能力を実質的に失うことは将来の「出雲族」に不利益を及ぼす、  と見抜いていたからである。(※「タケミナカタ」が聡明で勇敢だったのは有名)  また、〈大和〉と一緒になって兵を動かた結果「日向族」を打倒すれば、  その流れに乗って自分が大和入りすることも可能だったのである。  もともと自分は「スサノオ直系」であり、理屈の上では、  〈大和〉を含んだ大出雲王国の当主なのだから、無理な話ではない。  ところが〈大和〉は、言わば妥協案で応じる方針を取った。  そのため、「タケミナカタ」は独りで兵を起こした。(※一人ではないが…)  「オオクニヌシ」にも応援を受けず、「ニギハヤヒ」にも応援を受けなかった。  その“勇敢さ”というものは、現在でも諏訪神社の祭に伝わっている。       〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ・ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  さて、「ホノニニギ」は、どうしても「タギリヒメ」が欲しかった。  「タギリヒメ」は“子持”で、年も若いわけではなかったのに…。  回りの長老たちは、『宗像3女神』の誰かと結婚するのは良いが、  〈大和〉の大王「ニギハヤヒ」がかつて娶った「タギリヒメ」とだけは、  出来れば結婚して欲しくない、と猛反対した。その理由は、  『宗像3女神』と結婚して「スサノオ」の血をも引くことによって、  後に〈大和〉へ進出した場合、「出雲族」としての立場も主張できるが、  「タギリヒメ」との間の子供では、「コトシロヌシ」との関係に問題を残すし、  後々「タギリヒメ」にとって辛い話になってくることが目に見えていたからだ。  しかし、結局、「ホノニニギ」は「タギリヒメ(=コノハナサクヤ)」を娶った。  その結果として生まれてきた子供が「ホホデミ」であった。  そして…、この「ホホデミ(=ホヲリ)」こそが「イワレヒコ」なのである。  タカミムスビ−−+−−アマテラス−−+−−スサノオ−−−+−−*          |         |         |          |         |         |          |         |         |        ホノニニギ−−+−−タギリヒメ−−+−−ニギハヤヒ−−+−−*               |(コノハナサクヤ)|         |               |         |         |               |      +−−+−−+   +−−+−−+               |      |  |  |   |  |  |             イ ホ      コ  シ  タ   イ  ア  ウ             ハ=ホ      ト  タ  カ   ス  メ  マ             レ デ      シ  テ  ヒ   ケ  ノ  シ             ヒ ミ      ロ  ル  コ   ヨ  カ  マ             コ        ヌ  ヒ  ネ   リ  ヤ  ジ                      シ  メ      ヒ  マ                                メ  天=天孫  +−−−−−−−+  +−−−−−−−+  +−−−−−−−+  日=日向  |天 日 出 国|  |天 日 出 国|  |天 日 出 国|  出=出雲  +−−−−−−−+  +−−−−−−−+  +−−−−−−−+  国=国巣  |1 2 1 0|  |0 1 2 1|  |0 0 1 3|        +−−−−−−−+  +−−−−−−−+  +−−−−−−−+  上の数値は、「血」の配分表である。  それぞれの立場の違いについて、ある側面を表しているだろう。  長々と“国譲り”から“天孫降臨”までを語ったが、  整理してみれば、上の系図になってしまったのである。(※ホントかいな?)  何だか最初から「この系図」が作ってあったようにも見えるが、  歴史の真実とは、複雑にしてシンプル、なのかも知れない。  因みに、「タギリヒメ」=「コノハナサクヤ」とは、原田氏の本にも出ている。  それだけでなく、私の仮説によると、「タギリヒメ」は「ニフヅヒメ」でもある。  「ニフヅヒメ」が「ワカヒルメ」とされているのは根拠があるのだ。  しかし、この関連の話は、主題から少し外れるので、またの機会にしたい。       〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ・ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  続いて、「イワレヒコの大和入り」へと続くわけだが…。  またしても、「ニギハヤヒ」の子供たちの人間関係が問題となるのである。  例の原田氏は、〈日向〉と〈大和〉の合体策が、  大きな戦闘も無く進んだように書いている。そして確かに、  〈大和〉は〈日向〉との合体の方向へ動き始めていた。それは何故か?  実は、《宗像》の覇権を事実上〈日向〉に譲ったことは、  〈大和〉にとっても大きな問題だったのである。  …というのも、《宗像》が〈出雲〉の勢力下にあった頃は、  《宗像》や〈出雲〉を経由して大陸や半島の情報が入ってきていたが、  “国譲り”の件で《宗像》を失い、しかも〈出雲〉とも疎遠になったので、  〈大和〉は言わば西日本の中で孤立した恰好に近くなってしまったのだ。  (※しかも〈出雲〉は既に「アメノホヒ」の勢力が席巻し始めていた…)  したがって、次第に勢力を増して東へ侵攻してくる〈日向〉との合体策は、  〈大和〉にとっても必要なこと、との観測が強まったのである。  では、[旨い合体策の方法は有るか?]…ここが最大の問題であった。  ここで考えられることは、果たして、  「イスケヨリヒメ」に「イワレヒコ」を養子として貰い、  「イワレヒコ」が実質的に「ニギハヤヒ」の後継者として即位する、  というプランだけであろうか? もっと様々なプランが存在するのではないか?  さて、いよいよ、人皇第一代へと話が迫ってきた。          (…ここから一つ目の山へ入っていく…)                                  HVHY 01564/01564 JBH00742 スサノオ RE:犬猫の仲? (14) 93/12/12 01:09 01553へのコメント  D・フォーチュンが黄金の暁団の表舞台で活躍したとすると  裏方で活躍したとも言えるのがアニー・ホーニマンである。  彼女は父親の仕事の関係上、金銭的にも裕福であったし  M・メイザースに仕事を紹介してもいる。  彼はホーニマンの父親の経営する博物館の職員として一時職に就いた。  しかし結局はその職もリタイアした彼はその後団の資金を  全面的にホーニマンに頼らざるを得なくなる。  ところがホーニマンの純粋とも潔癖ともいえる性格に対して  当時の団の運営はかなりいい加減な面があったようで  (魔術師の集まりだから当然といえば当然かも知れない。)  団の運営に対する不満が出て来たのは当然である。  結局そのことに端を発し彼女は資金をストップしてしまい  団とも次第に距離を置く形になってしまうのである。  (その後、彼女は黄金の暁団を脱退する。)  D・フォーチュン、彼女は来た。  ではアニー・ホーニマン、彼女は来たのか。  私は「とっくの昔に来ていた」と思うのである。  ホーニマンとは誰か、クロウリーとは接触があったのか。  あまり「解読」とは関係の無い話ではある。                       スサノオ - FARION MES(15):★平成松川塾◎日本を考える----------<01> 93/12/12 - 410/411 JBH00742 スサノオ RE:米の話 (15) 93/12/11 02:24 409へのコメント コメント数:1    俺は飯を食うのだ。    私はご飯を頂きます、ではない。    とにかく俺は飯を食うのだ。    残飯に棄てられるぐらいなら    お腹を壊しても食って食って食いまくる。    どんぶりに飯を盛り、汁をかけ、    それを有無を言わさず噛み砕くのだ。    とにかく俺は飯が大好きなのだ。                     スサノオ 411/411 JBH02324 なえ RE:米の話 (15) 93/12/11 13:16 410へのコメント   へ〜〜スサノオさんて・・・   軟弱なのかと思ってたけど、結構気骨なんだぁ。(^^; ゴメンシテネ   メシが大事って・・・良いのでわ? 日本人てば、やはり米で育てられた   のでわないかと・・・・。きょうび農家でも朝メシはパンだで (-_-;) ( ナゲカワ シ イ ・・・・)   あ、正露丸持ってる??( ハライタ イチ バン (^^;) 01565/01565 GCC01413 HVHY RE:久々の解読(古代史の盲点) (14) 93/12/12 01:56 01555へのコメント  *[なぜ、ハジベなのか?・・・その7]  既にしばしば指摘されていることだが、  日本神話における「アマテラス」は持統天皇[41]。  いわゆる“天孫”として降臨する「ホノニニギ」は文武天皇[42]。  それぞれに、このようなモデル設定が為されている。  そして、このことは持統と共に、藤原不比等のプランだ、とも言われる。  一つ注意しておきたいことは、これも既に散々指摘されているが、  天智[38]・天武[40]・持統[41]の立場は、  どれ一つとして同じでは無い!ということである。もちろん、  天武[40]の時代まで日の目を見ていなかった不比等の立場も、  父とされる藤原鎌足とは全く異なっている。(※この辺りは常識?)  やはり、沢山の書物が出ていることでも解る通り、  藤原不比等というのは日本史の中における再重要人物だろう。  不比等に関して間違えたら、歴史解釈が全て狂う、と言っても過言ではない。  それだけに、ズブの素人が何を言えるのか?…という側面がある。  しかしながら、ここの部屋は預言解読を主眼としている、として逃げておこう。       〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ・ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  藤原不比等の婚姻関係をチェックしてみる。                       ※蘇我倉山田石川麻呂(兄)                        蘇我連子(弟)         五    天            |         百−−−−武            |         重         不       蘇         娘−−−−+−−−−比  (1)  我           (3)|    等−−−+−−−連              |        |   子              |  +−−+−−+   女              |  |  |  |              麻  宇  房  武              呂  合  前  智                       麻                [藤原四家] 呂  これが後の摂関政治の基礎を切り開く[藤原四家]の系図である。  3番目の結婚は、天武[40]の未亡人を貰ったわけである。  これによって不比等は、新田部皇子の義父となり、重臣たちに睨みを利かせた。  それより大きな問題は、[藤原四家]の中でも中心となる「北家」を含む家系は、  蘇我馬子の従兄弟に当たる蘇我倉山田石川麻呂の弟と、  見るからにダイレクトに繋がっている、という事実ではないか?  この1番目の結婚は、まだ天武の時代で、自分が日の目を見ていなかった頃。  したがって、この血筋に不満があるならば、実力が着いた段階で、  別の婚姻関係を結び、そこを[藤原四家]としても良かったのではないか?  因みに、蘇我倉山田石川麻呂は、いわゆる「大化の改新」の時、  大極殿で上奏文を読み上げた“あの蘇我倉山田石川麻呂”である。  つまり、中大兄皇子や中臣鎌足に買収されて、(?)  蘇我氏打倒に協力したものの、結局、中大兄皇子に殺されてしまった人。  天智天皇[38]の段階では、いくら協力した蘇我氏でも、  蘇我氏は邪魔者であり、生かしておけない大敵だったのだ。ところが…、  藤原不比等は“天智が生かしておけなかった人物”の従兄弟の娘と結婚し、  その家系を「藤原氏」とし、残りは「中臣氏」に戻す、と宣言した。  大胆に言ってしまえば、後の「藤原氏」は「蘇我氏」でもあるのだ。(!?)  つまり、ここに、「蘇我氏」とはどういう氏族であったか?  …という大きな問題が浮上するのである。       〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ・ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜            県                  *      美     犬    (4)           不      努−−+−−養−−−−−+−−−−−−−−−−−−比      王  |  三     |     賀−−+−−−等         |  千     |     茂  |(2)         |  代  +−−+     比  |         |     |  |     売  |         |     |  |        |         |     |  |        |         橘     多  |  文     宮         諸−−+−−比  |  武−−+−−子         兄  |  能  |     |              |     |     |            |     |     |            奈     光     聖            良     明−−+−−武            麻     子  |            呂        |                    (略)  次に、持統[41]以降の皇統をチェックしてみると、  やはり婚姻関係を通じて、彼が[不比等王朝]を作り上げたことが解る。  それは百済系か? 新羅系か? 中国(唐)系か?  …といった議論はともかく、まず、誰と結婚したかを注視しよう。  2番目の結婚の相手は「賀茂氏」の娘であった。  何気なく「比売」と着いているのは、「賀茂氏」の由緒を示しているのか?  「賀茂氏」とは一体どういう氏族だったのか?  この辺りで“ピン”と来た人、“ふむふむ”と頷く人も有るだろう。  最後は「県犬養三千代」との結婚である。これも大いに意味があるはずだ。  当時の政治状況という問題もあるし、やはり、血筋の問題も必ず関係ある。  しかし、この「橘三千代」の問題は一端“棚上げ”として、  「賀茂氏」及び「蘇我氏」について考えてみたい。           (…意外に謎を解く糸は少ない?…)                                  HVHY