- FARION MES( 3):【めでぃあ室】本/映画/音楽 etc----<01> 94/04/04 - 00430/00430 CXJ00675 ぴさ RE:友川と宮沢りえの関係 ( 3) 94/04/03 20:49 00429へのコメント  #429 NOISE さん   どうも、こんばんわ。   >>あのぉ、昔といっても…、   >>M10の友川特集は去年の今頃放映されたんだけど……   ほほぉ、一年前でしたか。僕は2年ぐらい前だと思っていました。特に見よう   と思って見た訳じゃぁありませんでしたので、「宮沢りえ」と「恐かった」   ことぐらいしか憶えていないんですね。   あと印象としては普段の態度と歌う時の態度が全然違ったことですね。   「緊張してるんです。」とか言ってたようだけど・・・。  1年ひと昔・・・ /// ぴさ /// - FARION MES( 2):【居酒屋1999】自己紹介・雑談--------<09> 94/04/04 - 01992/02001 NBA02777 アポロ RE:RE^4:自己紹介 ( 2) 94/04/03 00:23 01933へのコメント コメント数:2 #01933 ぴさ さん こんばんわ   先日は失礼いたしました。どうも済みません。m(__)m |− JOB番号92のユーザーからメッセージです− |うっはっは、こんばんわ(^^;; |− JOB番号92のユーザーからメッセージです− |今日は少し頭痛がするのでまた来るとしよう。(^^;; さようなら。 私、RTの操作でこんな方法がある事を知りませんでした。 初心者入門のフォーラムは眺めたのですが、現在も理解出来ていません。(__;) これは、どの様に操作すれば良いのでしょうか? (;_;) …                               アポロ 01997/02001 MHF01607 える PAGEコマンドは ( 2) 94/04/03 18:55 01992へのコメント  アポロさんが受けられたのはPAGEコマンドといいます。 おっと、その前に同じフォーラム内にアクセスしてる方から 個人的にメッセージが受けられる(他の人からは見えない) SENDコマンドをご存じですか? HLEPコマンドをフォーラムの 中で打って、SENDコマンドの説明を求めると以下のような文章が 表示されます。 SEND ID メッセージ アップロード/ ダウンロード中、またはオンライン入力中の会員に対しては、 SENDでメッセージを送ることはできません。また、SEND OFFとするとメッセ ージを送受信することができなくなります。再度メッセージの送受信をする ためには SEND ONとしなくてはなりません。一度SEND OFFとすると、SEND ON をしない限り、フォーラムを移動してもメッセージの送受信はできません。                         (NIFTY HLEPコマンドより)  フォーラム内で「UST2」をして表示された人に対してアポロさんから その場で1、2行程度のメッセージが送れるコマンドです。送り方は 例:SEND MHF01607 こんにちは☆ とアポロさんが打つと(その時そのフォーラムに私がアクセスしていた場合) 私の画面にだけ、アポロさんのIDより「こんにちは☆」とメッセージが送ら れてきた旨が表示されます。 *********************************************************************  前置きが長くなりましたが、アポロさんが今回受けられた − JOB番号*のユーザーからメッセージです− ****** といったものは、いわば上記のSENDメッセージのRT版です。 RTに入って「/U」とコマンドを打つと以下のようにその行の最初に JOB番号が表示されます。 そのJOB番号に対してメッセージを送ると RTにアクセスしている他の人には見えない個人宛のメッセージが送れるのです。 例) /U JOB CH ID HANDLE 5 1 MHF01607 える 6  1 AAA12345 エルル (解説:エルルさんがえるに「こんにちは☆」のメッセージを送りたい場合。) /PA 5 こんにちは☆ (解説:えるの画面に表示されるメッセージ) − JOB番号6のユーザーからメッセージです− こんにちは☆ となります。これに対して えるが返事をする場合は /PA 6 やほっ、エルル元気?(例) というふうになります。 この時、「/PA 6」と「やほっ、エルル元気?」を続けないで、途中で 改行を入れると、万が一文字化け等でメッセージが漏れてしまった場合 「/PA 6」の時点でRT上に(他の皆に見えるように)表示されるので 一番始めに説明した「SENDコマンド」よりも個人向けメッセージとしては より確実になります(他の人に見えないようにしたい場合)。  かなり長くなりましたが(^^;)一番の方法は次回RTに入った時に 誰かみつけて、その人のJOB番号に向かって「/PA JOB番号 メッセージ」 を打ってみて練習してするのがいいでしょう☆(^_^)  私はたったこれだけの事を習得するのに覚えが悪くて(&キータッチが 異常に遅くて)30分近くパソ通歴長い人に練習のお相手をしてもらった 事があります(^^;)(4年程前)(^◇^;)                          えるっ 01998/02001 CXJ00675 ぴさ RE^6:自己紹介 ( 2) 94/04/03 20:49 01992へのコメント コメント数:1  #1992 アポロ さん   どうも、こんばんわ!   そういえばあの晩は突然頭痛が痛い状態(?)になってしまったので、アポロさんに   だけ挨拶してサッサと帰ってしまった晩でしたねぇ。   で、パゲ(と世間では呼んでいる)の方法ですね。   僕も人に教えられるような立場じゃないのですが、お教えしましょう。   まず、/u と打ち込んでJOB番号を見て下さい。これはいわゆる出席番号だ   と僕は教わりました。(ちなみにJOB番号が1番だと英雄(ヒデオサンジャアリマセン)   になれます) そして、「/Page [JOB番号] [メッセージ]」と打ち込んでみて   下さい。 するとアーラ不思議、[JOB番号]の方に[メッセージ]が伝わっている   はずです。はじめは自分の[JOB番号]にパゲをやってみるとよいでしょう。   以上、簡単ですが猿でも分かるPAGE講座を終わります。(^^;;      課金をケチって初心者用フォーラムにはいかなかった /// ぴさ ///   p.s. CA(チャットアダプタ=チャットを便利にするソフト)が、FGALTMあたり      にあると思います。一見の価値ありですよ。それでは、また(^O^)/ 01999/02001 CXJ00675 ぴさ RE:RE^6:自己紹介 ( 2) 94/04/03 20:58 01998へのコメント  あら、えるさん書いてくれたのですね。ありがとー。  #1998は、読み飛ばしてくださーい。(^^;;          オンラインはいかんなぁ /// ぴさ /// 01993/02001 JCF02051 めのう はじめての書き込み ( 2) 94/04/03 01:45  はじめまして。  先月、損害保険の満期金で墓石とMACを買いました。  去年の夏に『世紀末書き込み寺【壱の巻】』を買って以来、夢にまで  見たNIFTYですが、何せ不慣れなものでマニュアル片手に右往左往の  日々です。(これ、ちゃんとupできるかなあ)  フォーラムに入るとすぐのメッセージで、いきなり自分のハンドルで  呼ばれて、驚くと共にえらく感動してしまいました。  こりゃー、こっそり読んでるだけじゃイカンと思ったものです。  (それから今日まで半月が経ってしまった...)  ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いします。                               めのう 01994/02001 JCF02051 めのう 2回目の書き込み ( 2) 94/04/03 02:53  オートパイロットでupして、確認がてらログを読んだら  エイプリルフールで大変なことになっているようで...  ちゃんとupはできたけど、私、思いッきり浮いてしまいましたね。  やっぱり未読の処理は大切です。 私も4月1日に2回目の結婚記念日を迎えました。 これは本当です。                            めのう 01995/02001 GGC01047 神仙 初めまして /神仙 ( 2) 94/04/03 06:57 初めまして、「神仙」と申します。  私は、この激動の世紀末を何とかサバイバルしていきたいと考え、  修行に勤しんでいるものです。  皆さんは世紀末に対し、どういう気持ちで臨んでいるのでしょうか?  とにかくこの日本もいよいよ危なくなってきたなと感じている今日この頃  であります。  私にはぴったりのフォーラムだと感じていますので、これから、少しずつ  参加させて頂きたいと思っています。  よろしくお願いします。  自分の強い分野は、ヨーガ,仏教,気功,超能力といった辺りです。  それではまた。                                                                  神仙 より 01996/02001 GGD03030 《 隆 》 RE:ごめんなさい。m(__)m ( 2) 94/04/03 17:05 01985へのコメント  おめでとうレスを付けようと思ったら・・・。    でも、今回は「シゲさんらしいね」とはとても言う気になれなかったのでした。    子供が欲しいという気持ちは男も女もなく、シゲさんの気持ち、なんとなくわかる  ような気がします。    こればっかりは「頑張れ!」とも言えませんけど、かわいい赤ちゃんが授かります  ように!!    P.S.占いで見ると、今年来年も可能性が無いわけではないが、1996&1997は可能性    大ですぞ。                                by 隆ちゃん 02000/02001 PBA02422 さはし 犬山のお祭り、見てきました ( 2) 94/04/03 21:41 こんにちは。 昨日、今日と、愛知県は犬山市の犬山祭りを見て来ました。 自分の郷里なので、小さな頃から見慣れた祭りですが、活気のある場所と いうのはいいものですね。それほど美味しいものではないと判っていても、 「焼きそば」やら「イカ焼き」の匂いについつい釣られてしまうし。(^_^;) 桜が咲き始めたばかりで、まだまだ満開には遠いのが少し残念でしたけど。 02001/02001 GAF01741 伝衛門 RE:パスポート書き換え物語 ( 2) 94/04/04 01:15 01971へのコメント こんにちは&初めまして\(^o^)/シゲさん。伝衛門と申します。よろしく御願いし ますm(..)m >> 役所に行って、気持ちのいい対応だったなんて5回に一度もないですね。 役所と言うわけではないのですが……… 以前、交通違反の罰金を支払いに日本銀行の支店に行ったことが有ったのですが、 その時は受け付けの女性が、気さくな方で、待っている間少し話して時間をつぶしてま した(^^;                     WRITTEN BY 伝衛門 (GAF01741) - FARION MES( 6):・壁(1)=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・= 94/04/04 - 02311/02312 PXB01563 おみゃー RE:Unsuccessful comment ( 6) 94/04/02 20:42 02310へのコメント えっ?                ?_?  まったく見当外れだったわけ?  うんじゃあ何故?って再度質問させていただきます。  MES6 #2217でオリハルさんは >>すまるさんは私に関することで意地になっているような気がするが、 >>それを解決しなくていいのかなぁ。  と発言されていますが、#2200から始まるすまるさんの文章からは  オリハルさんに対し何か言いたいことが有るとは読めませんでした。  かえってオリハルさんが横槍を入れている。あるいは難癖を付けている  (オリハルさんの言うところの反FARION的発言のことなどなーんも考えていない)  ので逃げ出したい(FARIONではなくオリハル氏から)と読めました。  だから「あなたには興味が無いから私にちょっかいを出すのはやめてね」  と暗に言っているのではないでしょうか?  (当時のLOGを読み返しても#2200がオリハルさんのことをさしているとは   思えません)  上記の解釈を前提として >>| 私に近付くとロクな事がないかと思います。 >>|私がもっとつき離してあげればよかったかな。  を読むと、近付くのは誰で、つき離したのは誰でしょう?  MES8 #257へ続く                               おみゃー 02312/02312 JBH02324 なえ 夜の道 ( 6) 94/04/03 20:01  犬を連れて闇夜を走る。  ちょっと以前までは考えられない状況。  道は白く浮かび、草は深い紺色にしなる。  月も無く、街灯はほんのり。  遠い山で夜鷹が鳴いた。  「あれが光害のせい。」  遠くたなびく白いサーチライトは南に出来た空港の。  西にほのかに遥かな街明かり。  夜が更けても眠らない街。  犬の息づかいだけがこだまする白い闇夜。 - FARION MES( 7):★アリオン世紀末書込み寺------------<02> 94/04/04 - 02082/02088 NBA02777 アポロ RE:<MES(18)#764関連コメ>ARIONと 私 ( 7) 94/04/03 14:54 02075へのコメント #02075 Soo さん こんにちは  もう春ですね。暑い、暑い、この部屋は日当りが良すぎて困ってます。 「御本尊」て良くSGKの人が大切にしている物ですか?  ARIONて最初、自動車教習所の教官かなって思ったんですよ。(^^;) 類似していると思うのは、その責任範囲なのですけれども・・・  免許取りたての人が、川に転落しても「教え方が悪いから転落したんだ」 などと言う人はいません。飽くまでも本人の責任は明白です。  これは、社会が職業としての教官の立場を認めているからです。  ARIONは、人間の可能性を教える教官ではないかなぁと思ったり したのですが、不都合な問題が起こった場合は、その人々と現在は同罪である と考えています。  でも、(今日も3チャンネルで、)「人間の不思議」永井 駿さんのように、 宗教と科学を結び付ける架け橋的な方向に進めばきっと社会が認める存在にな ると思います。永井さん(お医者)は奇跡を再現できないのですがARIONは 何度でも実験できるでしょう。     フー暑いので 失礼します。          アホロ−>アポロ       02083/02088 NBA02777 アポロ RE:アーリオーンは超能力集団とどこが異るのです ( 7) 94/04/03 14:55 02076へのコメント #2076 SUKEさん、こんばんわ 「朝の続きです」  「具体例2」の前に、中心人物さんの外見特徴  一見普通のおじさん。良く見ると、目がグリグリと出ている。 体型は、カエルが直立した雰囲気で、近くに寄ると、普通の人よりも 肌がジドジドと湿っぽい感じがなぜかします。 「具体例2」の続き  一度、このグループのアジト(普通のアパート)に入った事が有ります。 靴は、何足も有るのに、部屋の中は応対した人物しか見あたり ません。  部屋の中心部にコタツ板があり、周りを囲んでさっきまで 話でもしていた様子。湯のみなどの小物が散乱しています。 この人物は、体はガッシリ、好青年、ホテルのボーイ風の対応でした。  朝7時頃、仕事か学校へ行く足音は聞くのですが残りの人は姿を 見せた事がありませんでした。(窓から覗いた時にはもう人込みの中)  尾行された時初めて、バックミラ越しに顔を見る事が出来ました。 20代後半の男3、女2(なぜか先ほどの奥さんらしき人の顔も)  DC6V、500maの電動ファーンが私の部屋に有りました。 インコの換気用ですので、常に勢い良く風を吐き出しているのですが、 これをピタリと止めてしまいます。  「なぜこんな事ができるのですか?」と質問した所、練習方法を 教えてくれました。  『約1m位の電線の端に電流計を付け針が振れるまで念じる事を繰り返す うちに出来るようになる。100vのモータでも止められる』  インコにいたずらして、図太い声で意味不明の言葉を喋らせたりもしました。    私は「せんべい」が好きなのでバリバリと食べるのですが、彼らには これが耐え難い不快な事らしいのです。  『超能力者はせんべいは食べない。食事も噛まずに飲み込む』が彼らの 常識だそうです。 先の★印の発言者は彼らなのですが、視覚、聴覚は私と連動していたようです。  空缶の蓋で、瞬間的に自分の頭を叩くとさすがに驚くようです。(ケンカシタトキダケド)  つづきは また あした バイト疲れの     アポロ 02087/02088 NBA02777 アポロ RE:アーリオーンは超能力集団とどこが異るのです ( 7) 94/04/04 01:05 02076へのコメント #2076 SUKEさん、こんばんわ 「続きです」  「具体例3」 正体不明の声  セブンイレブンで朝食を買って食べようとしたのですが、「私達は貴方の 食べる音に耐えられないので、超能力が利かない○×の店の前で食べなさい」  この声は例の4人組なのですが、私は○×の店がどこに有るのか分からず ウロウロ、腹減った早く食べたいと思いってました。  この木の下で食べてみよ、食べ始めると「なぜ言うとうりにしない○×の店に 行け」人に迷惑を掛けるのも悪いからと思いトボトボ歩いて行くと、  中央高速道路の下に来ました。見上げると、防音壁が右から左にヅラーと並で いました。ここから大音響で、しかもエコーがタップリ利いた女性の声で (トラックの騒音より数倍大)『貴方のおかあさんは、本当のおかさんでは ありません。貴方はおばあさんのおなかの中から生まれました。』  この後、なぜそうなったかを先祖まで、さかのぼり説明してくれたのですが 腹が減っていたのと、エコーで単語が聞き取れなくあまり理解できません。  声の主も『あなたの声は非常に汚い、彼を通して話しなさい。』 彼とは、中心人物さんです。  なんだか理由は、ハッキリしないのですが、霊界でなにか混乱が起きている ので、霊界に今すぐ来てほしいとの事でした。(現世にいるより、霊界で混乱 を静める方が先祖が苦しまなくて済む) 『これからアマノ架け橋を下ろしますので登ってきて下さい。』 橋の降りてくる場所まで、移動指示がでてそこまで15M程移動しました。  『目印としてそのポリ袋を前に出して持っていなさい。 そこにアマノ架け橋を引っかけます。』 空を眺めていると、雲がピエロ風の天使になっていました。 腹が減って集中力がないのか、橋は見えませんでした。 声の主に、私しには見えません。 現世でガンバリます。 この後、なにか残念な状態になったようで、現世で私は苦しむ事になる と言っていました。 本当の話か超能力者のお遊びなのか良くわかりません。  つづきは また あした                 アポロ 02084/02088 GBE02650 ユ−リ 決別のための旅行記 ( 7) 94/04/03 22:38 コメント数:1  3月からこのかた、年度末で忙しくしていました。  実は、新入生の受け入れ等々、五月の声を聞くまでは、 まだまだ忙しさから解放されないのですが、 幸いなことに、日曜の夜に少しだけ時間的な余裕ができた、というか、 神様から暇をいただきましたので、 以前から、心に掛かっていた、これだけを書いておこうと思います。  先日、友人の葬儀に参列してきました。  彼とは、大学時代から気の合った仲間で、 勤めるようになってからも、当時、帯広と名寄と、離れた場所に住んでいたのですが、 連休などは常に会っていました。  特に、勤めて1、2年程、職場の人間関係等で私が激しく悩んでいた頃、 彼は物心両面で、私を支えていてくれた男でした。  今年のGWにも、釧路まで遊びに来るという話があり、 私はとても楽しみにしていました。  彼の死の知らせを受けたのは、彼の葬儀のほんの2、3日前でした。  私に電話をかけてくださった彼の父親の話によれば、 富士山の樹海の中で偶然発見された時、 彼の遺品の中のメモ帳に私の名前が記されていた、とのことでした。  彼の父親は、そのメモ帳に記されていた名前と、 以前、一度お会いした時の記憶を思い返して、 ようやくのことで私の所在を突き止め、電話をくださったのでした。  年度末でお忙しいことは重々わかっていますけれど、 なんとか美深まで来ていただいて、 彼の友人として、弔辞を読み上げていただきたい。  それが、彼のお父さんの願いでした。  それからは、私はとても仕事に手がつきませんでした。  電話を受けてから、急いで仕事の整理をつけ、 美深までの電車の手配をつけたのですが、 今でも、記憶が飛んでいるというか、 思いだそうとしても思い出せない部分があります。                      GBE02650 ユ−リ                             (つづく) 02085/02088 GBE02650 ユ−リ RE:決別のための旅行記 ( 7) 94/04/03 22:53 02084へのコメント コメント数:1  行きの夜行列車は本当につらいものがありました。  時折よぎるひと駅ひと駅が、 確実に「彼の死」という現実に近づく里程標のようだった、と言えば、 あの時の僕の心境が少しは理解してもらえるでしょうか。  列車の中で弔辞の文章を考えるのは、本当にたいへんでした。 彼のことを思い出すたびに、涙がこぼれ落ちそうになるのです。  「これは、弔辞を言っている最中に泣くだろうな…」  それを、この時に覚悟しました。  駅についたのは、葬儀のはじまるほんの1時間ほど前のことでした。  今にして思うと、お寺で彼の遺影を目の当たりにした時に、 はじめて彼の死を現実のものとして受け入れたような気がします。  彼のために堂々と胸を張り、 彼の記憶を列席した人々の胸に焼きつけるような、 立派な弔辞を読み上げてやろう。  そう、思っていたのですが、やはり駄目でしたね。  お経がはじまった途端に、涙がどうしても止まらなくなって。  で、結局弔辞は涙が止まらないまま読み上げることになってしまいました。  何度も何度も嗚咽で喉が詰まり、 口から出るのは、彼がいかに僕にとって良い人間であったかという言葉ばかり。  本当に、何度耐え切れなくなって、 やめさせてもらおうと思ったことか、わかりませんでした。  それでも、なんとか最後まで胸を張って終らせることができたのは、 せっかく呼んでいただいたお父さんのお気持ちに応えたかったのと、 美深町のお歴々の前で、彼に恥をかかせたくなかったのと、 やはり、これが彼にしてあげられる最後のことだと思ったからでしょうね。  申し訳ないことをしたかなあ、と思ったのですが、 後で親戚のかたがたから、御両親がとてもよろこんでくださっていた、 という話を聞いて、少しだけ、救われた思いがしました。                         GBE02650 ユ−リ                          (つづく) 02086/02088 GBE02650 ユ−リ RE:決別のための旅行記 ( 7) 94/04/03 22:54 02085へのコメント  これは、葬儀がすべて終ったあとでお父さんとも話をしたことなのですが、  御遺体と体面した時には寂しさを隠せませんでしたが、 最後に御骨まで拾わせていただいて、 御家族や親戚のかたがたとお話をし、 初七日の法要まで列席させていただいたら、 なんとなく気持ちの整理がついたような気がしています。  納得は、今でもしてないですよ。納得はしていません。  僕の名前を残しておくくらいだったら、 何故もっと早く僕に会いに来るなり電話するなりしてくれなかったのか、 せめて、最後の挨拶くらいしてくれていたら、とか、 今でも、あいつに言いたいことは山のようにあります。  でも、ようやく気持ちの整理がついた、というか、 もっとはっきり言うと、あきらめがつきました。  つらい旅でしたが、行ってよかったと思います。  もしも行っていなければ、今でも引きずっていたと思うとね。  自分に近い人間の葬儀に列席したのは、 決してこれが初めてのことではありません。  でも、今回ほど「死」を真近に感じたのは初めてです。  今日生きている人が、明日も生きているとは限らない。  理屈では理解していたつもりでしたが…  それから、一人の人間の死が、どれ程の悲しみを伴うものなのか、 それも知ることになりました。  今では、「死」だの「自殺」だの軽々しく(あえて、この表現を使いますが) 口にする人間には、それなりの目しか向けることができないと思います。  そして、人間って、逝く時にはこんなにあっさり逝ってしまうものなんだなあ、 ともね、感じました。                       GBE02650 ユ−リ                  …我が友、蛙鳴に… 02088/02088 MXF02022 わっきぃ Re:遅ればせながら... ( 7) 94/04/04 02:21 02064へのコメント | こんにちは、わっきぃさん。RTではお世話になってますぅ(^^)/ こちらこそ,最近はあんまりRTにはでれないので,お久しぶりです. | | ARIONのメッセ―ジを読んで、感じたことや疑問なんかを、ここ | でドンドン話し合いたいですね。 | 例えば、わっきぃさんにとって、一番ピン!ときたメッセ―ジなぞあ | りますか?ああ、ハロ―メッセ―ジなんかでもいいですね。 そうそう,ぴん! とはくるのですが,あっというまに 次のことに ぴん! ときて,そのうち,ぴんが多くなってしまって わけわかめです. 逆に,気持よくないことも,次のイベントに入ると,消えてしまうので 大変楽なのですが.:-) | (実は、もちょっとARIONに出て頂けたならば、等と思ってるん | です>みれさん) 私も そうは思うのですが,時の変わり目で色々あるのでしょう. と,いうわけで 今後とも よろしくお願いします. ps. key-in が 大変遅いので + 文章を作るのが大変下手なので REP するのが 遅くなります. 気長に 付き会って下さい. _o_ 94-04-04 MXF02022 : わっきぃ - FARION MES(11):★アキラの《平井和正*異界漂流》----<01> 94/04/04 - 392/393 GGD02212 Soo 清めの塩 (11) 94/04/03 23:52 388へのコメント  「藁でも掴みたい」「盲信したい」ってのは、誰にでもあるんでしょうね。 母親への依存や無条件の信頼なしに乳児の健全な心身の発育が望めないように、 そういう部分も時には人間に必要なのでしょう。但し他者に依存するばかりの 人間ばかりになってしまっては困るわけですが…。  玉置詣での時にN地さんから貰った「清めの塩」は、包んでいた(けろけろ けろっぴぃのプリント入)ティッシュが破れかけてきたのでそのまま紙の小袋 (三匹の子豚のイラスト付)に入れ、ついでに般若心経を縮小印刷したやつを 貼り付け、御守りのように懐に忍ばせている私。  塩を懐に入れておくのはツアー参加記念のつもりだが、少しでもケガレから 逃れたいという想いも自分の中にある。依存心というか、楽な方に流され易い 弱さみたいなものを再認識してナルホドこういうものかなと改めて思ったり、 そういう自分を可愛いとも思ったりする。  自分は汚れている?という妄想めいた不安と幾つかの挫折体験と結び付いた コンプレックスを抱いてツアーに参加した自分を供養してもらった気がする… 般若心経にも「不垢不浄」とあるが…このへんはプライベートなところなので、 別にUPさせて頂きます。(つづく)                Soo. 393/393 GGD02212 Soo RE:魂の故郷より (11) 94/04/03 23:52 390へのコメント  私は日帰り参加でN地さんの話は皆さんと同じだけ聞けなかったもんで、 UPしてくれてありがたいですぅ。>桂 桂さん。 - FARION MES(13):★KAZEの神秘学遊戯団----------------<03> 94/04/04 - 01152/01157 GGA02514 KAZE 科学に愛を!数式に愛を! (13) 94/04/03 00:43 01147へのコメント コメント数:1 YUIさん、どうも(^^)。 >これから船井さんに求められるのは、「波動」やらなんたら >騒いで枝葉末節の「応用」方向に終始してしまうのではなく、 >そのまんまの本質を「体験」されることだとおもいます。 >そして体験した結果を理論として構築して頂きたいんです。 >結果を科学的に反映する、ということでしょうか。 船井さんというのは、むしろ体験的かつ実践的な方で、 決して「「波動」やらなんたら騒いで・・・」という方ではないと思います。 船井さんが度々いってるように、書籍で紹介されているのは、 その得ている情報の10パーセント程度しかないのは確かのようですし。 それと、「応用」というのは決して枝葉末節ではないのだと思います。 もちろん、こうした方にありがちのちょっと安易な姿勢は随所に感じますが^^;。 ま、船井さんというのは主に経営者への啓蒙を主眼とした役割の方のようで、 科学的に理論化する云々、ということが役割ではないようです。 それよりも、自分が実践的に確証したものを「原理原則」として コンセプト化して提示するということの方が適している方のようなのです。 >「科学的」と言われるのには、絶対の法則を持った理論体系が必要で、 >身近な例を採れば、「数学」なんですね。言葉は方便にすぎない訳です。 >物事の「中心」の感覚こそ掴めても、数の式には何物もかなわないのです。 ううむ、そこらへんのことはどうなんでしょうか。 「言葉」はもちろん「方便」ですけど、 別の意味で「数式」も「方便」でしかないと僕などはとらえているんですが。 それはある種の体系的な近似表現ではあるとしても、 やはり抽象化の産物であって、「真理」そのものではないのだと思います。 むしろ、「数式は「真理」そのものにはなりえない」のでは。 この3次元にいる以上、この世界で表現される数式というのは、 この世界に限界づけられた「方便」でしかありません。 >悟ってない肉体(現・地球)人間は、悪想念によって >「真理」をただしく(純粋に)降ろす事ができないのです。 >脚色(想念による)、というのは数についてもあてはまるのです。 つまりは、そういうことなんでしょうね。 ですから、「数式そのもの」というのが、客観的に提示されるということは そういう意味でもできなくなるのは明かだと思うのです。 >そんな理由から、「人間の人格の向上」はまさに必然的なものになります。・・ >結論としては、科学を「悟る」際には人格の向上は必ず付随するものである、 >ということです。逆に言えば、人格の向上無くして科学の進歩はありえない、 >となるでしょうか。 そうですね、真理を表現する「数式」は、 それを用いる人間の人格のレベルによって異なってくるともいえます。 その「数式」が「真理」に近づいていくためにも、 人間全体の人格のレベルを向上させることが条件になるともいえるでしょうか。 おっしゃるように、現代はそういう意味での「シンギュラーポイント」ですから 「ひとりだけの悟り」の「小乗」ではなくて、 「人間全体の悟り」をめざす「大乗」。 つまりは、シュタイナーのいう「キリスト衝動」を推進しなければなりません。 宇宙進化論的にいうと、木星紀へのステップともいえるでしょうか。 ですから、テーマは「愛」なのです。 「科学に愛を!」「数式に愛を!」ということですね(^^)。 ☆☆☆KAZE☆☆☆ PS 後のレスは随時してきたいと思います。 いろいろ考えさせられるところがあるものですから^^;。 01155/01157 JCF00616 YUI 数が宇宙に変容する (13) 94/04/03 18:28 01152へのコメント  ■船井さんについて   船井さんの役割で、「コンセプト化」という言葉がでていましたが、   まさにその通りですよね。今後もそうあって頂きたいと思います。   KAZEさんのお話によれば、実体験も積んでいらっしゃるようで、   なんともありがたい話ですね(^^)   「波動何たら..」は敢えて反論を引き出すものでした、   気を付けなくって、ごめんなさい m(_ _)m   要は、「そうであって欲しくない」という願望の裏返しを出して、   KAZEさんにご説明を頂戴したかったのです(^^;  ■数式も方便、「一切は方便」   なのですね。ですけれど、数式は言葉よりは扱い易いですし、   「個人によって」脚色される可能性は少ないので、よりよく   真理をあらわすことができるのでしょうね。   要は、その”方便”を使用する主体が問題となる訳で、   主体そのもの=真理という観点に立てば、一切が方便なのですね。   そこから、「我即神也」という論理が成り立つとも言えそうです。   つまりは「体験こそ真理」ですが、真理探求へのよき案内役として   数多の(言葉による)書物が存在し、(数式による)数学..etc.が   存在すると捉えるのが妥当だと思います。   数式は我々の住んでいる日常の世界(3次元)の産物であり、   ある意味で「限界」が存在する、というお話があります。   では、4次元世界そのものを表そうと試みる数学的概念が生まれる   場合にはどうでしょう?共通の「4次元の真理」を「概念」で記述   してしまおうという場合です。  ■大乗について   は、まさにその通りで、現代に求められるべきものは   誰にでも解るような「大乗」の教えで、個人の集合による大きな意識による   バイブレーション・シフトが必要なのですね。   インドなどでは専ら「個」へ関心が集中し、「個」の満足を満たすだけの   ものと成りがちな傾向があるそうですが、それでは地球進化に対して   何の影響も与えずに終わってしまう可能性が高いのではないでしょうか?   現代は、「ルシファー」の働きが異常に強すぎて、本来人間が進化して   ゆく為の「障害物」的な働きをしていたことが真に理解されていない   為に、「個」への執着から逃れていない状況なのだと思います。 YUI 01153/01157 GGA02514 KAZE 空性とは縁起である (13) 94/04/03 12:18 01148へのコメント YUIさん、どうも。 >完全・不完全の議論は「空」の本質を見抜いていなければ >真に実りあるものとはならないでしょう。 「空性とは縁起である」といわれます。 空性とは、「ものが他によって存在すること」であり、 だから、「他による存在に実体はない」のですが、 その反面、それは「縁」によって起こります。 「完全さ」というのは「実体」といいかえてもいいですが、 それは変わらずずっとありつづけるものでなければなりません。 しかし、その「完全さ」というのは、時間による展開を拒否するものですし、 他による依存という空間的展開も拒否するものです。 だからこそ、「一切は空である」。 つまり「すべてのものに実体はない」ということがいわれるのですが、 だからといってすべてが「不完全である」ということもいえません。 「不完全即完全」といった方がいいかもしれません。 YUIさんの言葉を使うと、「完全途上の不完全」ともいえるでしょうか(^^)。 「縁」を時間と空間というふうにわけてとらえるとするならば、 時間における縁起は「不完全」であるが故に生起するともいえますし、 空間における縁起は「完全」であるが故に成立するともいえます。 「完全さ」は時間を拒否するともいえるでしょうし、 「不完全さ」は空間を変容させる衝動であるともいえるでしょう。 諸行が無常であるというのは、時間における縁起の不完全さ故のもので、 諸法が無我であるというのは、空間における縁起における完全さも 時間による展開がないとすれば存在は「無」となるということであり、 同時にまた変容が前提となることで固定的な「我」は成立しないということです。 >結論としては、「完全途上の不完全」はより的確に表現すると、 >●「空」としての広がりの場を持つ中心から生まれる >様々な波動が交錯するような多次元世界における各波動(次元)階層 >の変容の過程における変容の姿である。 上記の空論、縁起論に加えて、時空の多次元的様相とその展開ということが 「完全途上の不完全」ということの説明として補足されなければなりません。 おっしゃるように、「多次元世界における各波動(次元)階層」の間で起こる 「変容」のダイナミクスということになります。 それは、各次元波動における完全さと それが高次の波動にシフトするが故の不完全さということであり、 また各次元における時間・空間における「空」としての縁起は、 「不完全即完全」ということが前提となって生起するともいえます。 ですから、「空性とは縁起」であるということが 宇宙進化論の大前提となるといえるのでしょうね(^^)。 ☆☆☆KAZE☆☆☆ 01154/01157 GGD03030 《 隆 》 ツクシの佃煮(^^) (13) 94/04/03 17:06 01149へのコメント  KAZEさん、こんにちは。    日の光が春になりました。昨日は子供達が採ってきたツクシを佃煮にして食べまし  たが、ほんのり苦くて、春の味がしました。一面ツクシだらけになるのは、もう少  し先のようですが、世の中がモソモソ動き出す様子は、いつ見ても楽しいものです。    木の芽、花の蕾、ツクシもそうですが、張ったり、破ったりするする様子を見てい  ると、思わず「頑張ってねぇ」と声をかけたくなってしまいます。    >日本では「花」についていろいろなコンセプトが提示されてきたのですが、そう  >したものの原点ともいうべき西行の「漂泊の花」「物狂いの花」「数奇の花」  >「無常の花」・・・などを表現した歌を、先日吉野山の西行庵を訪れたのを記念  >してご紹介してみることにします(^^)。  日本人は花を見ながら、いろんな事を考えたようですし、禅の世界でも花の美しさ  を例にとって、物の見方や考え方を説明する方がいるようです。僕などは、ただた  だ「きれいだなぁ」とか「けなげに咲いとるなぁ」とか思うだけですが、花を見る  と心がなごむのは、一体何なのでしょうねぇ。    西行庵は僕も行った事がありますが、ある意味で、ああいう場所での生活は僕の理  想です。勿論、僕には電気も必要ですし、電話やTVやパソコンも無いと寂しいで  すけど、コンクリートやアスファルトのない空間、土や緑に囲まれて小川のせらぎ  や鳥や虫の声が聞こえる空間が理想ですね。単なるわがままという気がしないでは  ないですが・・・。    僕のキャンプ好きはこのあたりの事が原因なのだと思うのですが、最近は場所を選  ばないと、やたらうるさかったり(カラオケの機器を持ち込むやからがいたりする  らしい)、やたら明るかったりして、楽しみがパーになる事がしばしばあるようで  すから、大変です(^^;)。    >ARIONの最近のオープニングメッセージにあるように、ひとはきわめて多く  >の場合、相手に自分を投影しているものだから、相手と話しているように思って  >いても、結局のところそこにいるのは自分の分身にほかならないのですよね。  >別の言い方をすると、ひとは誰かを鏡にして自分を見ているといえるでしょう。  そうそう、あの一連のオープニングメッセージは、妙に納得してしまいました。そ  もそも、ごく普通の人間は他人の(人間だけでなく、動物や植物も)気持ちなんて  わかるはずもなくて、全ては自分の想像の産物でしかない。鏡という表現はすごく  言い得て妙だと思いますが、自分のまわりの現象は、自分自身の投影であるのでし  ょう。ちょっと極端ですが、僕にとってのこの世界は、僕自身が創り出していると  も言えるわけです。    複雑なのは、そういう世界が人間の人数分ある事で、一見するとパニック状態(^^;)  ってな話にもなりかねません(だからこそ、世の中面白いという考え方もできます  が・・・)。パニックにならないのは、自分の想定が必ずしも真理ではないという  暗黙の了解があるからに他ならないのですが、それが出来ない方同士がぶつかると、  当然の結果としてパニックが(争い事など)発現するのでしょう。    >もちろん、その上で、自分はどう感じ考えているのかをしっかり把握しておくこ  >とが大切で、そうでないと相手への迎合の集合になってしまうんですよね^^;。  >ここでも、「個の確立」と同時に、その上に立った共同体への参加ということが  >非常に重要なテーマとなってくるのはもちろんです。  ですね。妙な話ですが、自分の見た事・考えた事に絶対性をもたせる事も、集団へ  の迎合も、実は本質的には同じ事のように思えます。自分の投影もある種の幻想、  集団が醸し出す世界も幻想なんじゃないんでしょうか。そう考えると、どちらも幻  想の虜になっているに過ぎないと・・・。    自分の感覚に疑いの目を向ける事は、決して自分を否定する事ではないし、同じよ  うに他人の言う事に懐疑心を抱く事が、相手の人格をおとしめる事でもないのです  が、どうもそのあたりを錯覚しがちなのかもしれません(特に律儀な人は)。  結局は『「個の確立」と同時に、その上に立った共同体への参加』に尽きるのでし  ょうけど、あちらが立てばこちらが立たずっていうのが現状のようで、なんだか困  った話ではあります。そういう僕は、ちゃんと自覚しているのかというと、そうし  ているつもりが、ただの中途半端だったりするのかもしれませんが・・・(^^;)。    >それに関連した話で、「弱者が進化する」というコンセプトが好きな人に  >森毅さんがいて、こんな話を最近読みました・・・  う〜ん、さすが森先生、いつもながら肩に力が入ってないというか、視点が面白い  ですね(^^)。「考えに拘りがあると、物事が見えんようになるよ」と言われている  ような気がします。    >そうした「不完全」な存在がその不完全さをバネにしてがんばっていくところに  >進化というダイナミズムがあるのではないかなと思うのです。  ですよね。こういう事を言ってると「自分の不完全さを擁護するための言い訳なん  じゃないの」とか言われてしまいそうですけど(^^;)、完全なものにダイナミズムは  無いような気がします。  言い訳で思い出しましたが、僕は何かができなくて責められると「大器は晩成する  のだ」と言って(要するに「今出来なくてもいいでしょう」という言い訳(^^;))逃  げていましたが、そろそろこれは使えなくなってきたなぁ。    >ある意味では、人間の天敵というのは「神」なのかもしれません^^;。  >感謝の波動などもふくめたエネルギー連鎖を考えていくと・・・  神様が天敵とは・・・(^^;)。でも、先日のお茶飲み話のときにも伺いましたが、  いろんな生物が、それぞれにエネルギーを供儀として捧げている(いろんな形で)  事を考えると、その循環こそが宇宙のダイナミズムの一形態なのかもしれませんね。  先ほどの「外界はすべからく、自分自身の投影」というような事もあわせて考える  と、天敵もへったくれも無いような気がしてきました。    >最近、なぜかいろんな方に、子供のことを相談されるのですが、  KAZEさんは、いろんな人に頼りにされちゃう人なんですねぇ(^^)。僕は「そうだろ  う、そうだろう」と思いますが(例によってこれは占いです(^^;))、それにしても  子供の相談までうけるというのは・・・大変ですね(^^;)。    >要するに、自分の言っているこ、表現していることを理解してほしいだけのこと。  そうです。ただそれだけの話なんだと僕も思います。子供は自分の言ってる事を理  解して欲しいのです。そして、もし、こちらが理解できなくても、一生懸命理解す  る努力をすれば、それはそれで納得してくれるものだとも思います。  親は自分の考えを子供に理解させようとばかりしますが(いわゆる押しつけですね)  これでは、どちらが子供かわからないという事になっちゃいますよね。子供の事で  悩んでいる方の多くは、実は自分達がまだまだ子供なのだ(未成熟という意味で)  という場合が多いんじゃないですかねぇ。    とかなんとか言ってる自分はどうなのかと言うと・・・なんとも言えないのが現実  だったりしますが・・・(^^;)。                                by 隆ちゃん 01156/01157 GGA02514 KAZE KAZEの便り●有田正広・平尾雅子デュオコンサート (13) 94/04/03 22:50 4月2日の土曜日、僕にとっては待望の 「有田正広・平尾雅子デュオ・コンサート」に出かけた。 期待していた以上の演奏で、思わず涙が滲んできたほどだった。 神技ともいえるのではなかろうかとさえ思う。 これほどのコンサートを聞けることはなかなかないだろう。 CDなどでは感じとれない息づかいや「熱」のようなものに、 溜息がでるような感動が襲った。 いうまでもなく、有田さんはフラウト・トラヴェルソ、 平尾さんはヴィオラ・ダ・ガンバといういわゆる古楽の演奏家。 コンサートの最初には、有田さんが楽器の説明や、 古楽を演奏するということについて少し話があったが、 それについて少しばかり考えるところがあった。 というのも、今日4月3日には、知人のやってる小さな写真スタジオで 地元のフルートの独奏会があったのだが、その「違い」は、 多くのことを考えさせられたからだ。 別に演奏が良くなかったとうのではなく、それなりによかったのだが、 金属の楽器としてのフルートと、木でできたそれとの違いといってもいいし、 それを前提とした音楽の演奏そのものの質の違いともいえるものだ。 音楽とはいったい何だろうと思う。 古代においてはそれは、「場所の聖霊(ゲニウス・ロキ)」である 聖地の自然霊の解放ということを意味していたのではないかと思う。 そのころ人間はそうした「大地」と切り離されてはいなかった。 音楽はその「大地」への捧げものであった。 しかし、次第に人間は大地から切り離されていく。 それとともに人間は個としての性格を強めていく。 従って音楽も大地への捧げものから、共同体への捧げものへ、 そして個人への捧げものへと変質をせざるをえなかった。 もちろんそれは大きな意味を持っていたと思う。 古楽の演奏を聞きながら思うのは、 それは近代の音楽にくらべて、「個」の表現という性格が少ないということ。 そしてそれが故に、大地から切り離されかけている人間を もう一度「大地」とはいえないまでも「場」に連れ戻し、 それによって個を癒す働きをもっていたのではないかということだ。 今日、金属のフルートの演奏を聴きながら感じたのは、 しかもテレマンやバッハなどの演奏と ドビュッシーやそれ以降の演奏を聴き比べて感じたのは、 近代以降の音楽というのは、 個を個として定立させる働きをもっていたのではないかということだった。 それはそれとして非常に意味深いものなのだが、 さて現代、そして近未来の音楽というものを考えたときに そのまま個を個のままにしておく傾向のある音楽が 果たして有効かどうかは非常に疑問である。 特にこの一年ほど、声楽のことや古楽のことを考え感じるにつけ、 音楽を「場」へと解放することについて考えざるをえなかった。 もちろん、古楽が古楽として鑑賞する云々ということはそれでいいのだが、 なぜ古楽かということになると、その現代的意味について考えざるを得ない。 大事なのは、古楽の演奏は、近代を通っているということ。 つまり、個が個として定立し、ともすれば暴走しがちな時代を経、 今もその時代に直中にあるということ。 古楽の演奏と鑑賞の大きな可能性というのは、 個を自由な意志を通過しながら共同体へと連れ戻すことかもしれない。 そして、音楽は「個の中の大地性」とでもいえるものを 解放する方向にいかなければならないのではないだろうか。 現代の音楽の多くは、良くて個人の感情の解放。 悪くすれば自我の暴走を助長するものになりがちである。 そこには宇宙論が決定的に欠落している。 バッハの音楽は壮大な宇宙でもあるが、そこには個の個としての定立がない。 宇宙論としての音楽を、個の自由な意志を通じて、 もう一度構築することが必要なのではないかと思う。 古楽を聞きながら、その可能性を思う日々である。 ☆☆☆KAZE☆☆☆ 01157/01157 JCF00616 YUI 比嘉氏の講演会のお知らせ (13) 94/04/03 23:54  と、題したものの、地元の回覧で回って来たモノですので、  埼玉県和光市近辺にお住まいの方や、隣接地域の方へのお知らせ  ということになるでしょうか(^^;  【日時】平成6年4月14日(木)      午後1時〜午後3時30分  【会場】和光市民文化センター(サンアゼリア)大ホール      入場無料  【講師】琉球大学農学部教授 農学博士 比嘉 照夫氏  【演題】EM技術は環境にどのように役立つか     ※問い合わせ先:市民部廃棄物対策課(清掃センター)             TEL:048−464−5300  なお、主催は和光市です。 YUI - FARION MES(14):★YHVHの預言解読部屋------------<03> 94/04/04 - 01972/01976 GCC01413 YHVH 労働1号どころではない話。 (14) 94/04/03 23:06 コメント数:2   *[4月2日の夢]   夢らしい夢というか、笑える夢を見たので、ちょっと書いてみる。   ストーリーは飛んでしまったが、UFOの夢だった。   アダムスキー型などと呼んでいる、でっかいUFOだった。   でっかいのに、飛び方は、ブラウン運動もどき。非線形だった。   それが近付いて来ると、周囲にいた人間は、怖がって逃げた。   目前に迫ったとき、私はそれを、韓国から来た、と認識した。   しかし、実際にUFOから降りて来た人たちは、北朝鮮の人だった。   大韓航空機ハイジャック事件の日本での受け取られ方について、彼らは尋ねた。   「それについて詳しい情報を持っていないので、しばらく待って欲しい」。   「少なくとも、そちらが思っているほど、悪くは受け取られていない」。   …というような返事を、私はしたような気がする。       〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ・ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜   それにしても、北朝鮮は、既にUFOまで開発しているのだろうか?(^^;)                                YHVH 01973/01976 GCC01413 YHVH RE:労働1号どころではない話。 (14) 94/04/03 23:13 01972へのコメント えっと、ちょっと間違えました。  今朝、見たので、4月3日ですね。  う〜む、どっちだったかな〜。・・・。             YHVH 01974/01976 PFH02766 河井 浩美 RE:労働1号どころではない話。 (14) 94/04/03 23:29 01972へのコメント うーん、やっぱりUFOといえばアメリカが産地でしょうねぇ プラズマ兵器の説が好きな私です。 夢の話に茶々入れてごめんなさい。 01975/01976 GCC01413 YHVH その思い。 (14) 94/04/03 23:34    今朝、仕事に行くとき、武蔵野線に乗った。    武蔵野線と言えば、かつて、シゲ君が夢で見た、あれ、だ。    荒川を越える時だったかどうか、ハッキリとはしないが、    心に浮かんで来たのは、日本武尊の有名な「辞世の句」であった。         やまとは くにのまほろば         たたなづく あおがきこもれる         やまとし うるわし    コンサート・ホールで素晴らしい音楽演奏を聞いた時…。    そういう時と全く同じような感動が、体の中を貫き通った。    この言葉が心に浮かぶ度に、その感動は、何度も何度もやって来た。    人よ、夢よ、その思いよ! 幕は閉じるのか? 開くのか?                             YHVH 01976/01976 PFH02766 河井 浩美 「自分を見る。」ことについての私見。 (14) 94/04/04 01:25 火水では「イノリマカナイ行」という言葉が有ります。 これは、この前にコメントの中で書いた「五つの杖」という 行動マニュアルの基本にそって、自らの行動をかえりみ、 その行動をしてしまうに至った、心にまとわりつく「身欲」を自覚し、 その「身欲」の囚われを解いていく一連の作業のことです。 これこそがアーリオーンの言う「自分を見よ。」ということではないのですか? 一切の執着を取り、自分の心の響きに素直になり 心の響きのままに自由になる。 アーリオーンの言わんとすることではなかったのですか? この心の響きのことを、火水では「スサナルのヒビキ」と呼び、 心の響きのままに自由になることを「ウブスナのウタ」を歌えるようになると言ってい まいます。 そして「スサナルのヒビキ」が出て「ウブスナの歌」が 歌えるようになって初めて、私たちは「神人合一」し 「神一厘の仕組」に融けいることができます。 私たちは「地の日月地の神」「地のミロク」となることのできる 御霊をを頂いているのです。 用語が違うだけで日月・火水とアーリオーンが言わんとすることには ほとんど差がないと思います。 もうこの5月から「中の三年」「準備の三年」に入ります。 この三年は神の時間の三年だから、物理時間の三年とは限らない。 現に「初発の三年」は火水が出てから三年のはずが 約二年で終了した。「遅れれば早めるだけじゃ。」 「この神の申すこと、毛幅さえも違っておれば、神はこの世に居らぬぞよ。」 これは「ナヲの筆先」にある言葉です。 「後の三年は実地じゃ」これは、雛型芝居としての「第二次大本事件」の この日本における成就に他ならない。 この時に今の日本政府および日本国民は、「皇道大本(第二次)」と 同じ道をたどる。 この時に、「身欲」は無理矢理はぎおとされ、 「身欲囚われ」が強いものほど、はぎ取られる「苦」も大きい。 早く早くと神は100年前から警告してきました。 天理、妙光、金光、黒住、大本、日月と・・・ そのほかにもいろんな媒体を通じて神はメッセージを送っています。 早く「自分を見て」そして「響き」を出してください。 今から皆さんに訪れる「苦」は身欲囚われを手放す、その「苦」なのです。 日本政府は一度解体し、日本民族は再起不能かと思われるまでおちる。 しかし、それこそが神の救いであることを知ってください。 これで「ヒノモト(スメラ)の民」は黙示録に関われないのですから。 - FARION MES(15):★平成松川塾◎日本を考える----------<01> 94/04/04 - 509/511 GGA02514 KAZE 国民の国民による国民のための新聞^^; (15) 94/04/03 00:44 508へのコメント 松川 貴さん、どうも。 僕は一応広告屋なもんですから、 マスコミ関連の本音の話はわりと聞く機会があります。 そうしたことから最近思うのが、 結局日本のマスコミはこれまでずっと大衆迎合というか、 悪く言えば、愚衆へのヨイショ、を使命としてきただけなのではと思います。 朝日新聞のお偉方にしても、自分で何をしてるかわかってない。 ただ大衆が何を集合無意識的に望んでいるかということについて、 おどろくほど嗅覚が優れていて^^;、それに逆らうことができないでいるんです。 それが、別のところでは、新聞の拡販のための、さまざまな手段を問わない 大衆煽動型イベントとしても現れているのだと思います。 今やってる高校野球なんかもそのひとつですよね。 Jリーグだって、読売新聞の拡販の重要な戦略なことは誰だって知ってるように。 もちろん高校野球のほうが、「純粋さ」というコンセプトを詭弁に使ってる分、 ずっと悪質ではありますが^^;。 先の地方記者がいっていたのも、結局、 「お偉方たちは、保身以外特になにがいいのかたぶんわかっていない」 ということで、その「保身」を「新聞の倫理」「報道の倫理」とやらにすり替えて、 自分でそれに気づいていないというおそまつさ、無自覚さに尽きるのでは。 >過激人がいくら騒いでも、国民という一と言をきくと、 >国中の者が是非によらず足腰も立たなくなるが日本人だ。 結局、朝日新聞も「国民」のための新聞なわけです。 「国民」の「国民」による「国民」のための新聞^^;。 レミングの暴走のように、自分たちが何を望んでいるか知らずに、 みんなが走るのにあわせて走っているだけなんです。 だから、やはり気づいた者から、合わせて走るのをやめなければ。 ふるえて逃げ回っていた?福沢諭吉のようにではなく、 非難されようとも末々まで批判されようとも行動した海舟のようになって、 「国民」という言葉にふりまわされない意志を持つこと。 それしかないようです。 「国民」の声に過剰に忠実であり、 目先の経済原理に右往左往するマスコミといっしょに走り回るのをやめて、 今自分に何ができるのかを、僕も日々のひとつひとつのあり方の中で 模索していかなければと改めて感じている今日この頃です。 ☆☆☆KAZE☆☆☆ 510/511 JCC00626 ナガト kazeさんへ (15) 94/04/04 00:56 コメント数:1 ※これは#507、509 のkazeさんの卓見への感想&質問です。  まとめコメントなので取り敢えずメッセージとして掲載します。 #507、509 kazeさん はじめまして。 >先日、こちらの地方にいる朝日新聞の若い記者と話す機会があったのですが、 >最初はなかなか本音を語ってくれなかったものの、話す内に、朝日新聞的姿勢 >に憤っていることがわかりました。 >そして、どういう記事が掲載されて、どういう記事が掲載されないかについて >もその日和見的な、迎合的な、無責任な姿勢を情けなく思っているようでした。 >でも、それへの批判は、もちろん無言の内の絶対のタブーであるとのこと。 >つまり、そういう記事は決して書いてはいけないから、 >書いても無意味であるということを記者は暗黙の前提としているということ。 >先日の米関連の記事にしても、米に関する冷静で的確な、しかも「大衆」を >煽らないようなあり方は却下され、いち早く「大衆」を煽動することに繋がる >姿勢をとるよう指導があったとのこと。 これは相当貴重な経験をされたものですね。 ここまで自社の内部事情を外部に話す記者というのは非常に希、といいいますか、 マスコミ以外の業種にもなかなかいるものではありません。具体的にその朝日の 若い記者は何を経験したのか。ぜひそこのところをお聞かせ頂けないでしょうか。 しばしばゴシップネタになることからも明らかのように、天下のアサヒにも暴行記 者やセクハラ記者、パンチラ盗撮記者等等、様々な人間が働いております。ご紹介 のような「本音」が、一体アサヒの構造的な体質のなせるものなのか、それとも その記者個人のアンテナの問題なのか、はたまた彼に「指導」を行ったデスクが単 に主観的な判断を押し付けたのにすぎないのか。 事柄が曖昧な限り、彼ら管理する者達は「それは彼の情勢判断に未熟な点があった ために没にしたにすぎない」という、いわゆる「編集権の自由」を屁理屈として 堂々と振りかざすことでしょう。 しかし真に「冷静で的確な」報道原稿が却下されたのならば、これは報道の基本に 関わることですので、もはや情勢判断を巡る判断の問題とはいえません。 却下されるに至った具体的な事情が判明すれば、今後、似たような加工の匂いの する記事をどのような目で眺めるべきかを判断する上で大きな参考となることで しょう。 また、 >いち早く「大衆」を煽動することに繋がる姿勢をとるよう指導があった ことが紛れもない事実であるならば、これは対応もきちっとしなければなりません ね。おそらくその記者は自分の取材した事実を踏まえて原稿を書きデスクに提出し 、それを没義道な理屈で却下されたことと思われますが、この却下がまさに事実を 踏まえない歪曲・捏造----世論誘導である場合、彼が取材している事実と歪曲され た記事との間には必ず何らかの齟齬が存在しています。場合によっては取材された 側の中にその齟齬に遣り場のない怒りを覚えている方もいるかもしれません。 この齟齬が存在する限り彼らの錦の御旗である「編集権」の砦も崩すことは可能で す。実際にそのような事例で訴訟となり、報道機関が敗訴し謝罪・損害賠償を支払 った判例も存在しております。 一体その若い新聞記者は何を報道しようとし、何を却下され何を指導されたのか。 そして彼は、いま現在どのような心でいるのか。 ぜひ具体的に紹介していただければ助かります。(無論、地名・個人名などは仮名 でまったく結構です) ps:kazeさんのマスコミ相手の「静かなる対決姿勢」には非常に共感できます。   やはり大事なのはフリーハンドで情勢を見極めた上で、物事を判断すること   ですね。「全くマスコミってやつあとんでもない輩だぜ」などという印象批評   は誰にでもできるまさに戦後的な知的ファッションでしかないのですが、それ   は実はマスコミの姿勢と同質のどこかの高みから手を汚さずに行う似非批判で   す。それでは彼らの心臓を刺すことはできません。 >ただ大衆が何を集合無意識的に望んでいるかということについて、おどろくほど >嗅覚が優れていて^^;、それに逆らうことができない >だから、やはり気づいた者から、合わせて走るのをやめなければ。(#509)   これはキツイ一発ですね。このような見方こそ彼らへの大きなボディブローに   なることでしょう。 >今自分に何ができるのかを日々のひとつひとつのあり方の中で模索していくこと ---まさにそれが大切なのだ、と私も心底から思いますよ。                            ナガト 拝          511/511 GGA02514 KAZE 「空気」を変えなくちゃ^^; (15) 94/04/04 02:42 510へのコメント ナガトさん、どうも(^^)。 お話した朝日新聞の若い記者とは、マスコミとは関係のない 私的なパーティーで知人の紹介で偶然あって、 いろいろ話しているうちにその類の話になったわけです。 もちろんその話だけしてたわけではなく、趣味の話の合間に ちょうど聞いてみたかったことがあったので聞いてみたのでした。 ちょっと誤解される書き方をしたかもしれませんので、 少しだけ具体的に書きます。 彼は(僕の印象では)非常に素朴で良心的な方で^^;、報道の姿勢について 最初から意識的に批判的な姿勢をとっていたのではありません。 僕が日頃から新聞社的な偏った報道だと思っていることについて 具体的にいろいろ話しているうちに、実際に記事として載せられる基準だとか その「慣習」についての話になったわけです。 で、いろいろ意識的に考えてみると、いろいろな報道の問題について いろんな角度から内部批判的にならざるをえなくなったということです。 たとえば今回の「米」の問題についていうと、 僕の「なぜ新聞社は、わざわざ米について、消費者が衝動的に行動するよう 促進するような報道をとってしまうのか云々」という内容の質問に対して、 もし「米」に関する記事を、配慮して書かないでいるとすると それに対して、「なぜ書かないのか」という教育的指導がくるから、 配慮して書きたくないと思ったとしても、 それを書かざるを得ないということなどを言っていたわけです。 正確にいうとすると、煽動を目的としてそうするというよりも、 「大衆が何を集合無意識的に望んでいるか」ということに対して、 新聞社的倫理^^;でもって迅速にこたえる必要があるという判断を その他の配慮とか責任とかを無視して、 最優先してしまうということだと思います。 で、その若い記者によると、たぶんその記事を選ぶ責任者は、 確固とした判断基準があるわけではなくて、 他の新聞社に負けないようにとか、早く報道しなければとか、いうことだけで それを通常の新聞社的ワードで慣例に則って表現するように 指導してるだけなんだろうということでした。 >ここまで自社の内部事情を外部に話す記者というのは非常に希、といいいますか、 >マスコミ以外の業種にもなかなかいるものではありません。 「内部事情を外部に話す」といっても、やはり聞き方なんだと思います。 新聞記者というのは、僕の知っている限りにおいては、 非常に素朴で単純正義感の強い方が多いようで、 そうしたことを具体的に聞きながら、 「だから、僕はここらへんが納得いかないんだけど、どうなの?」と 聞いていけば、(地方の若い方の場合)いろいろ話してくれます。 つまり、日頃から報道に対してそんなに疑いをもってはいなくて、 具体的に話し、意識的にさせると、「それは困ったね^^;云々」となるんです。 ですから、こうした話というのは、そんなに特殊じゃないと思います。 要は、話す人間関係とそのテーマを意識的にさせることだと思います。 テーマをちゃんと真面目に大切なこととして提示すれば、 もともと素朴で正義感の強い方が多いのですから。 もちろん、ひとそれぞれでいろんな方がいますから一概にはいえませんが^^;。 >却下されるに至った具体的な事情が判明すれば、今後、似たような加工の匂 >いのする記事をどのような目で眺めるべきかを判断する上で大きな参考とな >ることでしょう。 ですから、そうしたことに至っている具体的な事情だとか、 具体的な指導だとかいうことはなかなか明らかにはならないでしょうね。 山本七平さんの有名な著書に「空気の研究」というのがありますが、 日本人は誰が決めたといえないうちに、「全員一致」で決まってしまう、 という「空気」というのを持っています。 朝日新聞はそれこそ「国民の国民による国民のための新聞」であろうと 努力していると思っているではないかと想像されます。 たぶん「世論誘導」だとは思ってないと思うんです。 その若い記者に聞いても、「悪気ではないだろう」というのですから^^;。 問題は「悪気ではないのにどうしてそうなるのか」ということにあります。 問題のキーはまさにそこにあるわけなんです。 戦前の戦争報道にしても問題は「悪気ではない」ことにありました^^;。 結局のところ、問題はマスコミの姿勢云々という以前の問題で、 日本人のそうした無自覚な「悪気のなさ」と、 それ故にある種の集合無意識的な流れに対して流されやすいということ。 その部分を、一人一人が自覚していく以外にないのではないかと思います。 「誰が悪いか」という問題設定では糸口が見えてこないと思うのです。 「今自分に何ができるのかを  日々のひとつひとつのあり方の中で模索していくこと」 というふうに僕がいったのは、 まずそうしたことを自分がひとつひとつ自覚していくことからはじめて 少しずつ自分のまわりの方にそれを拡げていくしか、 とりあえず糸口が見つからなかったからです。 質と量の転化というか、集合無意識の部分がそれを望むようにするよう、 微力ながらがんばっていくしか、とりあえずはないかなと思うのです。 もちろん、マスコミ人などのオピニオンリーダー的な方に そうしたことを意識化するよう働きかけるのは有効でしょうが、 最終的には、「街のおばちゃん」が自覚するようにならないと だめなんだろうなと思う今日この頃なのです^^;。 「空気」を変えなくちゃ^^;、ってことですね。 ☆☆☆KAZE☆☆☆ - FARION MES(17):★パワフルなえ★の《おふくろ通信》--<01> 94/04/04 - 871/874 JBH02324 なえ 《花まつり》にご招待 (17) 94/04/03 21:02 コメント数:2   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆         花 ま つ り   に  ご 招 待   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆   春爛漫の暖かい日がやって参りました。四月八日は釈尊シッタータ太子  のお生まれになった花まつりの日です。この日にちなんで、貴方の好き  な花を一輪捧げませんか??。別に宗教関連希望では無いので、どなた  でも大歓迎。ぜーんぜん拘り無く、お花を愛でて、貴方の優しい気持ち  を少しだけ、おすそわけ下さいませ。  会食のメニューは、「甘茶」と「お菓子」です。  お菓子は純和風で「桜餅」にしましょう。ちょっぴりハッカの香りが、  とてもシンプルで素敵です。  お部屋にお入りになられる時に、花の名前を仰って下さいね。  期間は15日まで、半カ月と致します。好きな花の由来など、お聞かせ  下さいませね。(^ー^)  出来ればコメントリンクで始めたいので、RE: をお使い下さると嬉しい  ですぅ。でわでわ、お待ちしています。 m(_ _)m 873/874 JBH02324 なえ ヒアシンス (17) 94/04/03 21:07 871へのコメント  庭の一番の主役はヒアシンスと水仙なの。ヒアシンスはギリシャ神話の悲  恋物語。主人公の名前はハイアシンサスだと思うけど・・。  好きな人が亡くなり悲しくて、泣く泣く花に成ってしまった、悲しいお話  しの通りに、花びらが、アアって文字に見えるそうですね。  春に先駆けて咲くのはアネモネ、スノードロップ、そんな球根の類や、梅  桜・桃・・・それから、山では「こぶし」や「まんさく」ですね。そうそ  う、そういえば「ふきのとう」も立派な花でしたね。(^^;  春は、小鳥達も虫達も、可憐な花びらの蜜を求めて、みんな早起きです。  朝日が登るのを待ちかねて、モヤの木立を抜けると、うぐいすや、めじろ  が、仲良く花の近くに止まっていました。 874/874 MXF02022 わっきぃ Re:菜の花 (17) 94/04/04 02:22 871へのコメント では,えんりょうなく お茶を一杯.ズズ-- これと言って 思い入れはないのですが... 最近,朝の電車の中から見る事があって  ふと,すし詰めの電車であることを忘れるほど 気持が 安らいだ思いがすります. 春っていいですね−. 出来るなら 道端に咲く 可愛いい  花々を 一緒に添えたいのですが 私にとって 名前をきにしていなかったので  今回は 心に 咲かしときましょう. ところで,かえるが鳴いているのですか? 早いですね.! 5月にむかって 全てが すくすくと おおきくなってくれると いいですね. 94-04-04 MXF02022 : わっきぃ ps. 桜と梅の件は okです. 今日 京都から(実家です)もどったら アパ−トの 盆栽が 梅から桜に変わっていました. とてもきれいに咲いていて 大屋さんに 感謝感謝!! - FARION MES(18):★あもりの二人三脚ネットワーク------<01> 94/04/04 - 00782/00800 VFC02636 ぼんぼん RE:DOUBLE BIND (18) 94/04/03 09:07 00776へのコメント コメント数:1 Re:Mes(18) #776  たまご君の「多重人格」は別に珍しいことではないとか便利なものだと 言う人達には想像もできない苦悩が, 世の中には存在するということです. 00783/00800 TBE03167 ねずみ RE:DOUBLE BIND (18) 94/04/03 12:03 00782へのコメント たまごが苦しんでいることは知ってるよ。僕だって、だてに7年間不眠症+ノイローゼ やってきたんじゃないです。(←んなもんで威張るなよ) そうじゃなくってね、たまごは被害者ではない、ということだけ知っておいて ほしかったんです。 うんこ星人ことねずみさんでした。 00784/00800 KFD00473 たまご 主人公であること (18) 94/04/03 13:52 00652へのコメント  >>>>一輝 さん 事実がよくわからないうちに、いろいろな想像を巡らせて、 苦しい書き込みをしているようですが、 問題提起が面白いところをついていますので、ちょっくらコメントなんぞします。 私が一連のトラブルを経験して感じたことは、 「人は各々の人生のドラマの主人公である方がそうでないよりよい」 だろうということです。 ちなみに、ここでいう「主人公」とはどんな存在かと言えば、 それは「トラブルを乗り越えられる」存在です。 ここまでは恐らく多くの人が一致できると思いますが、 これ以下の考えは、意見が分かれるでしょう。 一輝さんは、 甘えと責任転嫁 −> 被害者人生という「公式」を持っているようです。 また、一般社会や現実は厳しいというこだわりが強くあって、 厳しくあることが一番よいことであるという意見表明になっているのでしょう。 そして、そういう意見を持つには、それを持つに至る何らかの経験が あっただろうと想像できますが、本人が語らないので、それは想像でしかありません。 一輝さんはどうしてそういう意見を持つに至ったか本当の所を語るべきですね。 これに対して、私は全く逆の提案をしたいと思います。 それはこの会議室では甘えや責任転嫁をも歓迎するということです。 最終的にトラブルを乗り越えられるために、という限定はつきますが。 トラブルを乗り越えるというのは本人の力だけによるものだけではない。 だから、甘えても責任転嫁してもいいじゃないかと思うわけです。 こう思う理由は、今回の私には支えてくれる人が居たからです。 トラブルに陥っている人を誰も支える事が出来ない、 あるいは支えようとしないという場であるよりも、 トラブルにある人を支えようとする人がいる場の方が人が集まる場としては まともだと思います。 「実践会議室」というたいそう立派なお題目がついてしまったので、 この会議室はそういう会議室で、だから会議室で実践とは何だ???? という話になっているようなのですが、 私が企画したこの会議室のイメージは、ここはただの「場」であるという認識です。 そして、それは現実社会とは異なった価値を持つ場であるということです。 しかし、その価値は何であるのか、私も知りません。 だから、よく言えば試行錯誤、悪く言えばいきあたりばったりな会議室でいい。 ここには評論家は必要なくて、主人公を必要としています。 というような内容は巻頭言とそれ以下の数個のメッセージで表明しているハズですが、 理解されていないようです。 しかし、その過程(=この会議室が何かわかる過程)さえ、会議室のテーマに 含んでしまえばよいとも考えていますので、それはそれでいいんです。 ところで、甘えと責任転嫁を受け入れるこの場は、 厳しさを排他的なものとはしません。 むしろ、ある意味ではより厳しい場となるはずです。        たまご 00785/00800 KFD00473 たまご アキラへ (18) 94/04/03 13:52 あなたが言う「厳しさ」とは何か。 あなたはもっと説明をしなくてはならないと思います。 そうでないと、あなたは「厳しさ」を逃げ場にしているだけということになります。 それではしょーがないなぁってな感じがします。 これまでのあなたの書き込みの中から、疑問点をいくつかあげておきます。 あなたは「厳しさ」は真に信頼している人間から与えられなくてはならない。 と言っているのにも関わらず、私に「厳しく」当たるだけのみしか行わず、 「その他のフォロー」を行わなかったのは何故なんでしょうか? 信頼関係が無いウチに厳しく当たったのであれば、あなたの言説からその結果が どうなるかは自明ではありませんか。 あなたは子供扱いしたくなかったって言っていますが、想像すると、 説明したり、信頼関係を構築したり、そういったことが、 ただ単に面倒なだけだったのではないでしょうか。 なぜなら、私には「その他のフォロー」をしてくれた人達がいましたから。 その比較でそう感じられました。 その人達は甘えている私を根気よく面倒を見てくれていましたし、私が 自分自身の意志で立ち直るためのサポートもしてくれました。 私が私の意志で立ち直るという事は、そうしないことより、はるかに厳しい事で あるのは既にみれさんから説明があった通りです。私にとっては逃げた方が 楽でしたからね。 以上の点から、「フォロー」をしてくれた人とあなたとの間には決定的な 違いが感じられます。それはもともとあなたに信頼を感じていなかった、 いわば、僕にとって普通の人だったという感覚が、 今は全く信頼することが出来ない人だという感覚になっています。 ところで、あなたは今回の問題で当事者であるのにも関わらず、 全く当事者意識に欠けていることに気が付いていますか? あなたが言うように多重人格なんか誰でも持っているのだとすれば、 あなた自身もこの問題に関連して自分の中の何かを解決、または乗り越えなければ ならない当事者なんですよ。 まぁ、あなたには実際に問題が起こったわけではないから、 そういう問題を持ったまま何か起こるまでほったからかしにしておく、 というのもあなたが出来る選択ではあります。        たまご 00786/00800 KFD00473 たまご はまっているのは誰か (18) 94/04/03 13:52 さて誰がはまっているのかと言うと、 はまっているのはここに書き込みをしている全員じゃないかなぁ という見方を僕はしています。 そういうとき、今までこのフォーラムの「やり方」は、 はまっている誰かを「ハングオン」することで、 みんなにそれを還元していくという手法が取られていました。 そして、そういう方法を好んでやっている人が多かったようです。 しかし、今回はみんながはまっています。 であれば、そういう手法は取れません。 じゃあ、どうするのか? それぞれが自分を表現していくことが必要なのではありませんか? そうして他人の考え方、感じ方を知っていく方がよっぽど「前向き」です。 自分を表現するのに、とりあえず、評論はいりません。        たまご 00787/00800 KFG01743 智美パパ RE:御免なさい (18) 94/04/03 15:46 00781へのコメント   湖の鷹さん      コメントありがとう。おはなし内容の趣旨に共感いたしました。    00788/00800 KFG01743 智美パパ RE:たまごの内部事情10 (18) 94/04/03 15:48 00780へのコメント   なえさん。      コメントありがとう。   さとりの議論は、申し訳ありませんが、打切りにしたいのですが・・・。   当面の目的はさとりの体験であり、さとりを議論ではないと思うからです。   このフォーラムでの発言者の会話は良い実例でしょう。それぞれ、自分の視点   から相手の発言を読みますが、それでもケースとして最適です。自分自身の発   言であれば、なお良い事例ですしょう(みえにくくなるのが欠陥ですが)。      (このFARIONでおきていることは)、「あわせ鏡」であり、「はまる」   であり、「自己欺瞞」であり、「お互いにお互いを自分をみていないこと」で   す。最近のハローメッセージは、こうした現象に注意を喚起しています。これ   らは、すべて「さとりではない」状態だと思われます。「さとり」はわかりま   せんが、「さとり」ではない状態はよくわかります。      というわけで、実例をあげながら、この話をすすめてみませんか?   (つづく) 00789/00800 KFG01743 智美パパ 実例(1) (18) 94/04/03 15:50   下の事例は、私のまわりで実際におきた実例を題材にしています。これは、私   からみた解釈ですので、本当のところはわかりません。あらかじめおことわり   申し上げます。なお、このケースの中にはFARIONのアクティブは含まれ   ていません。      ある種のボランティアAは、救われたいと思っています。Aは(救われるべき   人とAが思った)Bにその心理を投影します。すると、AはBを助けようとし   ます。Bは、Aに感謝しました。Aは慶びを感じました。そして、ボランティ   ア活動に熱意を持ちました。しかし、CはAの善意に感謝しませんでした(と   Aは感じました)。AはCの言動を不快に思いました。      で、いきなり結論ですが、Aは救われなかった。だからAは喜んだり、不快を   感じたりしたのです。すこし、詳細をみてみます。      Bが感謝すれば、(AはBにAをみていますから)、Aの中の救われない部分   が救われます(とAは錯覚します)。(この部分は、複雑ですので、すべて書   きれませんが)。Bが大人であれば、Aに感謝し、しかし、Aに深入りしよう   とはしません。こうしてAはBに不満感じます。Aの救われたい気分が満たさ   れないからです。こうして、Aは他のBを探すでしょう。      Bに少し心の弱いところがあると、Aの善意にのめりこみます。AもBにのめ   りこみます。これが一番こわい関係です。(あわせ鏡)。しかし、Aは満足て   ないでしょう。なぜなら、BはAではないからです。Aは救われていません。      Bが感謝しないと(Aが感じたとき)、Aは不快でしょう。Bは感謝しない。   Aは感謝とはこういうものだという(自分が思っている型)にはまらないと、   怒ります。彼は自分が救われていないから、自分の投影した結果が満たされか   ら不快に思い、怒るのです。      さて、たったこれだけの事例でも、いくつかわかったことがあります。彼は、   自分の不快や怒りが外からきたものだと思っている。自分からきたとは思って   いない。これが、自分に「責任」をもたないということの、典型的な例だと思   います。(もっともプリミティブなものです)。      Bの立場からの描写もしたいのですが、今回はやめておきます。 00790/00800 KFG01743 智美パパ 実例(2) (18) 94/04/03 15:55 SUB:実例(2)   これは、ある宗教団体でおきた事例です。どこにでもある代表的な事例ですの   で、参考になるでしょう。      Aは(Aが自分では善意と思っている)アドバイスをBにしました。Aは、自   分に本来むけるべき、そのアドバイスをBに投影しました。そして、Bがその   アドバイスを不快に感じました。BはAに怒りました。Aは、そのBの怒りが   不当なものであると感じました。・・・ (と永遠に続く)。      Aが相手に「お前は傲慢だ」というとき、Aが「傲慢」である可能性が高い。   なぜならば、Bにそれを投影していから。(誰でも傲慢なところがあるから、   誰でも誰に対しても投影できる。別は恥ずべきことではない)。   Aの傲慢の正体は、一種のBに対する優越感です。しかし、そのさらなる正体   は自分自身の劣等感です。Aは劣等感を感じる。だから、それを他者に投影し   する。すると、彼は優越感を感じることができる。彼が攻撃的な性格をもって   いるとすると、自分がおこるか、Bを怒らせようとするでしょう。それは自分   を守るために生じていることです。自分を攻撃することは困難ですが、人を攻   撃することは簡単です。ええかっこをしたい。そんなに守りたいものは何か?      一方、「B」のケースです。Aが不快をBに与えたのではなく、Bは不快だ。   Bは、これを認めることです。      (英語でいうとわかりやすい。I am unpleaed to hear you. これは受動態で   しょう? 他人のせいにしているわけ。英米人が他罰的なのは、外交的な人が   多いのは、英語という言語の中に秘密がある。)      Bは、これを認めること。それは嘘を付かない始めの1歩でしょう。   Bは、自分が不快に感じていることを正当化しないこと。   (言葉の定義とか、思考の自動化などをしないこと)   これが、自分で自分に責任をとるということの始めの一歩でしょう。   そして、自分をみる、ほんのはじまりでしょう。   しかし、これは暴露話や感情をはきだすことではないでしょう。      次に、どうして不快を感じたのか?   まずは、相手の言葉が真実である可能性は高いでしょう。   しかし、相手が「B」に投影していたら? はまってしまう。   だから、「B」が傲慢だからと簡単に結論するのではなく、   不快なのは、「B」の傲慢を相手に投影したからだと結論するのではなく   この不快に感じたこと。それだけをみつめることでしょう。   不快をとりのぞく必要はないでしょう。      そして、必要ならば、Aから離れるのです。   Aから離れることができないのは、Aが必要だからです。   Aにどんな不快感をもっていても、BにはAが必要なのです。   そこには、あわせ鏡が存在しているからです。   はまって、離れることができないわけです。      ここから、先になると、私もわかりません。ここまでが限界です。   理屈はいえますが、体験を話せません。確実にいえるのは      嘘をつかない。実際におきたこと。本当のことだかが事実であり、こわいこと   であり、その人が話していることではなく,やったことだけが事実である。   たとえば、ある人が殺人をやった。ほんの冗談のつもりで小突いたと言ったと   します。しかし、ある人が殺人をしたということはまぎれもない事実です。   ある人の言ったことは信じてはいけない。ある人がやったことをみることです。   殺人をしたある人は、大嘘つきなんですが、事実をつきつけることが、もっと   も怖いことなのです。素直になるというのは、こういうことをいうのだと最近   思うのです。 00791/00800 KFG01743 智美パパ 実例(3) (18) 94/04/03 15:57   最後に私の体験した実例です。   最近、勤務先で議論になった。ある複数の言葉の定義にかかわるものでした。   ふたりとも怒っています。ふたりとも意見に相違があります。   このとき、良い、機会ですので、私はさとりをやってみようとしました。つま   り、相手の主張を理解しよう。相手は何をいいたいのかはっきりさせたい。誤   解したくない。そこで、しつこく質問した。      ところが、それが、彼には面白くなかったようです。      ひとつは私の指摘がズボシだった。「彼は論理的であることを信条にしている   が、実は彼の主張が論理的でないことを私が暴露してしまったことに彼がきず   いた」。そして、「俺の方が仕事はできる。仕事もできないのに、文句をいう   な」。彼はこう思ったようです。   もうひとつは、先に話を進めたい。(コスト管理と時間管理)。   本当は甘えている。「俺は忙しいんだから、そのくらいは自分で考えろ。俺を   わずらわせるな」「俺のいう通り、やってればいいんだ。部下なんだから」      私はどうだったかというと。本当は、さとりなんかどうでもいいんであって、   「ここは決めておかないと、あとでもめて、話がかわり、けっきょく、とばっ   ちりは俺にきて、忙しくなる。そんなのは嫌だ」   「そうすると、結局、時間とコストがあとでかかるじゃないか」   「なんで、俺を馬鹿にするんだ。いいかげんな論理のくせして」   しかし、本当は彼に依存しているのです。   そして、自覚していることですが、私はけっして論理的なポーズをしたいだけ   であって、本当は論理的な人間ではありせん。      双方とも 他者のせいにして、自分が正しいと思っている。その根底にあるの   は、自尊心と依存心です。自尊心とは、いい方向にころがると、いいんだが、   だいたい優越感、劣等感とセットになっている。または、依存心とか支配欲と   もセットになっている。      で さとりなんだが・・・。私は、さとりをとろうとして、失敗した。   私の場合に限るのかもしれないが。さとりは、相手と自分の差を表面的に認識   することから、始めることが、必ずしも、良い結果を生むわけではない。それ   は、さとりというよりは、単なる自己主張でしかなくなる。はからずも、そう   いうことがわかったしまったわけです。      お互いに誤解している。その正体は、言葉づらではなく、その人が素直ではな   いことからきています。自分の感情に責任をもっていないことからきています。   自分の感情に責任をもっていないということは、自分の欲望を相手に投影して   いることからきている。さとりの本質は、こんなところにあります。      ところが、自分の欲望を認めるふりをするという点が、あわせ鏡の特徴です。   こうなると、なかなかやっかいです。      今日は、こんなところで。 00792/00800 KFG01743 智美パパ ごめんなさい (18) 94/04/03 16:00 コメント数:1 コメントのつけかたを間違いました。コメントリンクをはずしてもらえませんか? 00800/00800 HGC02325 ガッチャ RE:ごめんなさい (18) 94/04/04 00:52 00792へのコメント  #789,#790,#791のコメント先を解除し、単独発言にしました事をお知らせします。                      FARION SUB-SYOP HGC02325 ガッチャ 00793/00800 KFG01743 智美パパ RE:もうちょいだな…(^^)(長文注意) (18) 94/04/03 16:15 00755へのコメント コメント数:4 ダブルバインドとはうまいことをいったもんだ。 ダブルメッセージともいうだろう。 たまごさんは、たしかに被害者だろう。しかし、加害者でもある。 そして、これは全員にも同じことがいえる。 しかし、加害者だ被害者だと思っているうちには救いはない。 そうすると これが禁止用語となり、呪縛される人もででくるのが怖い。 これがあわせ鏡。自己欺瞞。 だから・・・。どうする? 00795/00800 KFG01743 智美パパ RE:もうちょいだな…(^^)(長文注意) (18) 94/04/03 18:01 00793へのコメント   2   彼の発言の動機は、「自分は山を越えた。自分は、それを伝えていく役割があ   る」という匂いを感じる。それが、鼻につく。かつ、たくみに禁止命令をはり   まくり、自己保全をしているようにみえる。ARIONという虎の衣をかりて   いるようにみえる。いつでも、他人を批判できる状態においており、他人を怒   らせることができる状態においているようにみえる。      たとえば、彼は、人の一番弱いところをつくはうまい。FARIONのはまり   言葉なんかをけっこう人に対してうまく使う。それが禁止命令なんかになって   いる。たとえば、桂さんには、自分が被害者だという意識をすててみたらと言   っている。(俺は逆のことをいう。被害者に意識にどっぷりつかってみればい   いとね。甘えはみればいいと。たまごさんは、甘えてもいいといいつつ、桂に   対しては被害者意識をすてろといっている。たまごさんのスタンスからみれば   被害者意識につかってから、それからすててもいいといってもいいはずなんだ   が・・・)。一揮さんに対する発言も相当辛辣だ。だって、自分が主人公って   のは、一揮さん人生の信条のひとつだから。「そういったって、あなたは人生   の主人公になっていなんじゃない」とたまごさんは水をかぶせたわけだ。一揮   さんだって、人の子だ。いつも、「主人公」であるわけではない。   こうした人の痛いところをつき、相手に投げかけてしまう人の本質的な特徴は   何か良くとれば純真であり、別の言い方では「おさない」。逆説的だが、実に   ずるいやりかたでもある。 00796/00800 KFG01743 智美パパ RE:もうちょいだな…(^^)(長文注意) (18) 94/04/03 18:02 00793へのコメント   3 対策   だから、彼がしかけたように思われる。罠にかかってはいけない。無限の自己   欺瞞の底に沈んでいくだろうから・・・。   彼は、他人には自分を表現しろと主張している。しかし、彼は、自分を「内部   事情」では表現してきっていないように思える。自己欺瞞を感じる。それは、   普段のたまごさんの言動から判断していることである。彼の自己欺瞞の罠に、   はまってはいけない。今度の彼の罠は以前よりたくみになった。彼は、立ち直   っただろうが、前より、したたかになって帰ってきたように思える。 00797/00800 KFG01743 智美パパ RE:もうちょいだな…(^^)(長文注意) (18) 94/04/03 18:05 00793へのコメント   4 パラドックス   しかし、たまごさんの発言は、もっともな部分も多い。だから、腹をたてよう   が、たてまいが、関係なく、使えるものは使う。目的適合性を尊重してみたい   ものだ。      たとえば、たまごさんをハングアップしなかったといいきれるだろうか?   彼は加害者であった。しかし、彼は被害者でもあった。たまごさんが自己分裂   したのは事実だろうが、これは、典型的な、まさに自己分裂であるように思え   る。それは、FARIONという場が作った(つまり我々が作った)ものであ   り、たまごさんがそれを代表した。たまごさんの現象は、我々が望んで作った   ものだし、たまごさんが望んだものだ。おとなしい言い方をすれば、たまごさ   んが、自分自身で安定するためには、分裂するという方法を選択し、それに順   応した。彼の型は雛型だと思う。      そして、したたかになって戻ってきた。そして、たまごさんは、彼は他の人も   自分の体験をすることを、切望しているようにみえる。だから、彼は罠をしか   けているわけだ。彼は、人を助けたいなどとは思っていない。だって、彼は助   けてもらいたいんだから。 00798/00800 KFG01743 智美パパ RE:もうちょいだな…(^^)(長文注意) (18) 94/04/03 18:07 00793へのコメント   5 ・・・   彼の罠を破壊するためには、事実のみが、鍵を握る。   彼の罠は、我々がしかけてしまった罠でもある。   そして、皮肉なことに、たまごさんのいう自己表現のみが、罠の打破となる。   それが、自分に責任を持つということだ。      しかし、私は、たまごの今回の発言を、どう自分の中で感じたかは、話さない。   自己表現もしない。話せば、罠にかかるだろう。そして、自己欺瞞の底に沈む。   それでは、たまごさんと同じになってしまう。      つーわけで。そろそろ戦線布告だよ。>たまごさん。      たまごさんが返してくる、コメントは3つの可能性を想定している。   その答えも、すでに準備中だ。   他の人の発言についても、可能性を想定している。その答えを、準備している。      しかし、そのことをここでは書かない。手のうちはみせられないからね。 00794/00800 KFG01743 智美パパ たまごさん発言によせて (18) 94/04/03 18:00   1   たまごさんの発言は、「何を言ってやがるんだ」と思う人が多いだろう。する   ってーとだ。それ。たまごさんの発言から、「たまごさんは加害者ではなく、   被害者である」というような表現を感じ、たまごさん攻撃がはじるかもしれな   い。(彼は、その発言から、たくみにこの予防線をはっていると感じる人もい   るだろう)。      仮に、たまごさんの発言がたまごさん以外の人の発言だったとする。すると、   その発言は、辛辣で、本質をついた指摘と感じるだろう。   実際、彼は「自分は加害者ではなく、被害者である」とは一言も明示的にはい   っていない。もっとも、自分は加害者だったともいっていないが・・・。する   と。自分の嫌な部分をたまごさんに投影していて、たまごさんを攻撃するから   だという議論が始まるわけだ。そして、反省してしまう。投影しているものさ   がしをはじめるだろう。すると、問題の本質は、隠されてしまう。問題の本質   はふたつある。そこで、たまごさんのテクニックというものを暴露しておく。   彼の状態から判断して、もうそろそろ始めてもいいだろう。 00799/00800 HGB02122 あもり 二の句を失う(^_^; (18) 94/04/03 23:40 「たまごの内部事情」を読んで、私は言葉を失ってしまいました(^_^; 何故か? *たまごさんの答えが「予想と違っていた」 *たまごさんの答えが「私の常識の範疇にない」 ちなみに、私がたまごさんに望んでいた答えと言うものは次の通りです。 「何かをしなきゃという正体のない切迫感が、いつの間にか、みんなを 導いて行かなければいけないんだという感情にすり替わり、シナリオの 世界に没頭し始めた。 シナリオの中では、他人に対する自分の姿というものが第三者的に映っ ているので、「僕には分かっているんだよ」みたいなニヒリズムととも に、たまごさんのもつ美学が反映して、結果的にチャネリングを始めて しまった。(ARIONがもっとも身近にいる?のと、他人に与える影 響の大きさ=短絡的に相手に対し分からせたいといった思いが、最短距 離を通った事による) しかし、チャネリングを桂さんやみれさんに指摘されたたまごさんは、 自分を守るという最短距離である「すべてをゴマカせ」=退会に繋げて しまった」....単純な見解ですけれどね。 いくら霊的な事が好きな私でも、「多重人格」についての考察は、オリ オン座よりも遠いところにありそうな気がする訳でして... では、たまごさんが「自分を観る」というテーゼの時には、いったいど のような感想を持っていたか?....パラドックスに悩んでしまうかも知 れない私でした(^_^;                   HGB02122 あもり