- FARION MES( 2):【居酒屋1999】自己紹介・雑談--------<09> 94/05/17 - 02159/02166 JCF00616 優位 再ハンドル変更(^^; ( 2) 94/05/16 18:18 /TO:ALL  ハンドル名を 「YUI ⇔ 優位」  より、         「優位」 に変更します。  煩雑になってしまうのと、  面倒なのがその理由です。  維/YUIさんには、大変御騒がせして、申し訳ありませんでしたm(__)m  今後はこれで腰を落ち着けることにします。 〓 YUI ⇔ TANAKA Masanori 〓 02160/02166 MXE01454 ペリクレス ハンドルを変えました ( 2) 94/05/16 21:42 コメント数:1  どうも、ほとんど発言どころか読みにも来ていない幽霊会員の Periclesです、このほどハンドルネームを変更というか、元に戻 すことにしました。今度の(?)ハンドルネームはスサノオです。 今後とも御見知りおきを(^^)                          スサノオ 02161/02166 JBE00251 SIN 何処でお会いしたのかしら?? ( 2) 94/05/16 23:42 02155へのコメント コメント数:1 こんにちは ねずみさん。 先の書き込み直後にレスを戴き,ありがとうございました。私のペースは週に 2度程のアクセスで,ご返事が遅くなります。(.. > なんだか、以前どこぞでお会いしたような・・・ 覚えていらっしゃいますぅ? うぅーむ。そうなんですか。気になりますね。(^^; 私は何処でもハンドルを SINに統一していますが,ねずみさんもそうですか? もしそうでなければ,ねずみさんがこの間の文中で,敢えて意識された表現を 用いられた箇所が有りましたら,うっふふふ・・・なのですが。 でも,こちらに来てから1年以上経ちますので,ここでの ねずみさんの事は, よくとは申せませんが,存じております。(^_^) 今後(も?)よろしくお願いいたします。 02162/02166 NBB01420 SUKE 出張届け! ( 2) 94/05/17 01:35  2〜3日、留守にします。  私の職場はゴールデンウィークも休み無しなので、社員は交代で連休をとります。  というわけで、SUKEは今週お休みなのです(^o^)             帰ったらまた寄るね、マスター!(^^)…☆ッテナモンダ Suke. 02163/02166 HGC02325 ガッチャ RE:ハンドルを変えました ( 2) 94/05/17 02:31 02160へのコメント コメント数:1  # 02160 ペリクレス さん     ハンドルネームで「スサノオ」さんと言う人は既にこのフォーラムでアクティ  ブに活動していらっしゃいますので、運営としては重複を避ける為に別なハンド  ル・ネームへ変更して頂きたいと思います。また、この事はローカル・ルールに  も記載されている事ですので、よろしくお願いします。                      FARION SUB-SYSOP HGC02325 ガッチャ 02164/02166 MXE01454 スサノオ RE:ハンドルを変えました ( 2) 94/05/17 03:52 02163へのコメント  ええ、以前にGCC02651のIDで入会し、そのとき スサノオのハンドルネームで登録しております。以下がその 証拠です。 4142 VFC01132 あっこちゃん 4143 HDA01467 岩崎 光二    4144 JCH02601 志村 健太郎   4145 KFC03346 Eric 4146 VFC01360 高天原 4147 GCC02651 スサノオ 4148 HGH00755 CristalBoy 4149 GHG01774 原田秀実     4151 VFB01471 たくや 4152 HGH02456 平島 弘一    4153 GHE02362 加藤謙児 4154 MHC00362 April  どのくらい前だったかは、もうわすれてしまいましたが(^^; JBH00742氏がスサノオにハンドルの変更をしたのは、確かつい 最近、93年の10月〜12月の間であったと思います。  僕のIDが失効したのが93年9月、明らかに僕の方が先の 訳です。(GCC02651の本人であることは、ほぼ確実に証明出来 ます。)ですので、僕には、ハンドルを変更させられるいわれ はないものと思います。                         スサノオ #上記は、FORUMの会員情報より抜粋。 / 02165/02166 PGB01143 魔界のめーそん 新しき人達へ ( 2) 94/05/17 09:38  さはしマスターの復帰も嬉しい話だが、英雄サブマスターにも相変わら ずのサービスをお願いしますよ。  最近、新しい..それも若い人達が、随分とこの店に訪れるようになっ たようだ。漏れ聞こえてくる話っぷりからして、個性的でユニークな発想、 自らの悩みを自らの努力で切り開く情熱、赤い血潮を持たない拙老にとっ ては羨ましい限りだ。平穏で波乱のない世界に身を置くことが如何につま らないものか、この酔いどれ爺のめーそんを見ていれば一目瞭然..  そう..不安と困難こそ生有るしるし..  キープされたまま、埃を被った名札をぶら下げて並ぶボトルに語り掛け ても...酔いつぶれためーそんの生欠伸が返ってくるだけ。                 酔いどれルンペン 魔界のめーそん 02166/02166 TBE03167 ねずみ RE:何処でお会いしたのかしら?? ( 2) 94/05/17 12:49 02161へのコメント たっ大変失礼いたしましたぁっ! ^^;ゞ >SINさま 私、完全に勘違いしておりまして・・・ この間FSHISO MES8 #839で同名の方とお話をしたんですよ。 それで、まったく同一人物だとばかり思っていたんですが、IDナンバーをチェッ クしたら別の方だということが分かり、大変アセっております。 粗忽なもので、いつもこんな間違いばかりやってるんです。 いきなり、妙なRESをしてしまってごめんなさい。 あ、それから、私はよそでもねずみの名前で出ております。 ただし、公開HPのSUPERCATだけは、NEZMIで、またRTのときにはうんこ星人と いうのもあります。 であっ! ^。^ - FARION MES( 3):【めでぃあ室】本/映画/音楽 etc----<01> 94/05/17 - 00466/00466 JBH02324 なえ 三国志人形劇 ( 3) 94/05/17 11:03  三国志を、人形劇で、赤壁戦い以降の二幕が上演されます。  日 時 5/29(日) 午後1:30開館 2:00上演  場 所 町立文化センター クレオホール  入場料 前売り 全席自由 大人 2千円 子供 千円  主 催 広島県文化ホール活性化協議会      町民文化センター  後 援 日中友好親善協会広島  公 演 中国揚州人形劇団・劇団影ぼうし  演 題 空城の計 脚 色 ジェームズ三木  人 形 NHK平家物語等人形作家   川本 喜八郎  観覧ご希望の方や、詳しくはメールにてお問い合わせ下さいませ。m(_ _)m  (入りが少ないって、某*育委員会からハッパかけられちって(^^;)  ps しかし・・地方ゆえ・・来てもらえるだか(^^; - FARION MES( 7):★アリオン世紀末書込み寺------------<02> 94/05/17 - 02243/02251 PXB05763 セン・シュア RE:SUKEよりARIONへ(自分が決める善 ( 7) 94/05/16 23:27 02238へのコメント  SUKEさん、こんにちは。 元気そうで、何よりです。  あなたが希望のビジョンを手に入れることができますように。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−  前回、私はあなたに一連の言葉を勧めたわけですが、 >私には(−−−)、字面に共感することが出来ませんでした。  そうですか・・。それは、本当に、良かった。あのような言葉は必要なけれ ば、使わないで済ますに越したことはありませんからね。私にとっても、あの 言葉を必要とした時期は随分昔のことです。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− > 当時の私は何か見えないがどこかに存在する、不思議な雰囲気のようなも > のを感じていました。  私も同じような感覚をよく経験したものです。いったい、何をきっかけとし ているのか、ともかく、予期しない時に、そういった現実からすっと離れて未 知の世界への暗示を感じ、そして、また消えてしまう。私達は、そのイメージ を具体的に記憶できなくても、そこへ向かって魅きよせられていくのでしょう か。そうだといいと思います。  少し意味あいはずれますが、私は未来のビジョンを具体的に見たことがあり ます。私は都市プランナー志望ですから、未来の都市のイメージです。その圧 倒的な情報量に私の心はすっかりくらくらしてしまいました。それは突然現れ て、空間的・時間的・そして様々な感情・その世界を支える理想・さらにその 時点での未知の可能性さえも含んだ総体的なイメージの複合体を瞬間的に見せ られて、少ししてたちまち消え失せました。  それは、本当に素晴らしいビジョンでした。  これを記憶から失わせない様にするためには、本当に厳密に言葉を用いて、 一つ一つを大切に取り出していく作業を行うしかないと思いました。あいまい な言葉を用いると、直ちに、イメージは別のイメージとリンクして、次から次 へ、拡散して、価値のない雰囲気の垂れ流ししか残らなくなってしまうんです。 私はそのビジョンを眺めて満足したいとは思いませんでした。  今度、再びビジョンの降下が訪れた時に、自動的にそういう体系化作業を行 えるよう、思考パターンの整理を真剣に行った時期がありました。最近では、 随分と疎かになっています。また、ビジョンの降下を引き出す、謙虚な姿勢を 見失いつつあるようで、反省しています。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− >ふと今回の自分の体験が「新しい自分」が出来上がっていたことに >気付いた旅だったのかも知れない、と思いました。  そうですね。SUKEさんの体験談には、私が大切に感じている重要な要素がき ちんと含まれていましたよ。ですから、その想いをもう少し、肯定的に、そし て冷静に見つめてみて欲しいと思います。きっと新しい発見ができますよ。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−  私達は、その場、その時を、何かにとりつかれたように生きていきますが、 後になって大切になってくる経験への思いは、いつでも疎かになったまま捨て 置かれているものです。私達はもっと今という瞬間に忠実に生きていくべきな のでしょう。     調和・統一・継続・向上・克服・実現・理想・希望の8語を信奉する人                         セン・シュアでした。 02244/02251 PXB05763 セン・シュア RE:見えない・・・ ( 7) 94/05/16 23:30 02232へのコメント  月狼さん、こんにちは。  発言#2232は非常に重要な内容を含んだ発言だと思いました。それでRESを返し たいな、と思うのですが、   >自己喪失の体験 バーナデッド・ロバーツ著  大きな本屋でも見つけられなかったので、引用部分だけから判断します。まず要素 としては、知性と洞察の関係を、自分の考え方を変えるという観点から考察する、と いうことですね。洞察の結果を知性によって教理化(≡汚染)してはならない、と。  そこで知性が依存する一切のものにとらわれない洞察、これを月狼さんは直感だと 考えたわけですね。ここは多分、誤解してはいないと思いますが。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−  さて、月狼さん。  私に作用するものに関する限り、「直感に基づく洞察」というやつは厄介でして、 「これだ!」って言う手応えがないんですよ。むしろ「え? なんで??」とたじろ いでしまうものなんです。  まあ、二者択一問題というものを最初に提示した私ですが、漠然とした感覚におい ても、真剣に考えた結果においても、「Aだ、私はAを選ぶ。」と99%がた決定し ていたところへ「Bにしろ。」と命じるのが直感の作用なんです。  それなら、直感の命じるままBを選んでいけばいいのに、と思うでしょうが、なか なかそれは難しいです。「知性に頼らず、感覚的に生きればいいんです」って言う人 もいるでしょうが、それに徹するのはやはり困難です。直感は重要な場面で発生する もので、普段の日常生活では、依然として正確な状況分析が効果を発揮するものです から。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− >今、自分が欲しているのは「これだ!」って言う手応えなんだと思う。  そうです。私も色々難しく書いていますが、その手応えをつかみたいと欲する気持 ちが一番最初にくるでしょうね。先のSUKEさんへのRESで書いたような内容ばかり ではなく、その「手応え」は、本当に自分自身にあらゆる変化をもたらします。  だからと言って、それまでの期間、必死にあれこれ考えたり、悩んだり、本からの 知識を漁っては翻弄されたり、色々な思考錯誤を繰り返してみるのも決して無駄骨で はなかったと気づきますよ。私達は何も考えまいとしても、意識せずに、色々余計な こと考えてしまうものですから。  むしろ、徹底的に管理して、考え抜いて考え抜いて、どうにも解決できずに、ある 時考えることをすっと放棄した瞬間に、すべての解決は得られるのではないでしょう か。私は最初からそこまで意識してやったことはありませんが、実際のところ、そう いうものだと思いますよ。       調和・統一・継続・向上・克服・実現・理想・希望の8語を信奉する人                          セン・シュアでした。 02245/02251 PXB05763 セン・シュア RE:おみゃーさんへ ( 7) 94/05/16 23:31 02242へのコメント  おみゃーさんは、私が最初思い描いていたよりは、ずっとせわしい人ですね。 そこで、できるだけ早いペースで本題に入りましょう。  その前に、 >どうしても、あなたの一連の書き込みから生きた人間の息吹というのか命とい >うのか、が感じられないのです。もう少し言うならあなたの設定している人間 >像は、ある一面だけに限定されているような感覚を覚えます。  それは本当ですか。なえさん、おみゃーさんばかりでなく、私の発言を読んでく れている人すべてに共通する認識ですか、それは。だとすると、それは私にとって 挫折を意味するような気がします。それについて、反論したり、あれこれ考えたり することは私にはできません。今のまま続けていって、どうしても、誤解が解けな いようでしたら、私はこの会議室において、挫折します。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− >さて、人間の多面性についてまだ答えてもらってないので再度RESしますね  ところで、私はおみゃーさんが、私に人間の多面性の何について話して欲しいの か、まるで理解できません。先の私のRESを「単に事実を記録したにすぎない」 と一蹴していますが、私が人間の多面性を尊重しているという事実を示すだけでは 不足なのですか?  それと、私は人間の多面性に関して誤解を招くような発言をしたつもりもありま せん。それに、あなたの思い描いている「多面性」のありかたについての説明も、 ほとんどない訳ですから、誤解の原因もつかめません。  私としては「多面性」というキーワードから、幾つかの話題を展開していけるか も知れないという感覚でずっと発想の羽を広げていたわけですが、今の状況で本題 にはいると、「そんな話を聞きたいんじゃない!!」ってまた一蹴されそうで非常 に恐いんですけれど・・・。  今日は、他の人へのRESで忙しかったのですが、一応、このWeekday中に、幾 つか挑戦してみましょう。それでは、また。        調和・統一・継続・向上・克服・実現・理想・希望の8語を信奉する人                             セン・シュアでした 02246/02251 SDI00635 みれ RE:天命 ( 7) 94/05/17 01:34 02241へのコメント  #02241 YUI ⇔ 優位 さん  どうも、割りコメされます(笑)  YUI ⇔ 優位君のファイルは、何だか見落としていたことに気付かされる ような気がして、私はとても楽しいです(^_^)  早速、YUI ⇔ 優位君の質問(?)に答えましょう。 |  1─人事を尽くして天命を待つ。 | | なにしろ、1番目は人事を尽くした後はど〜するのぉ?? | みたいに言われるとそれまでで、なあんにもしなくなっちゃうんですね(^^; | 人事は尽くしましたよ、じゃあポケーっと待ってますよん、みたいな。  この捉え方は面白いなぁ、と思いました。  私にとっては人事は、それこそ途切れの無いものであり、従ってこの格 言の解釈も「一つ事のための天命を待ちながらも、別なる人事をこなし続 ける」という風に解釈しているんです。  YUI ⇔ 優位君の様な観方も有りなんだなぁ…、面白いなぁ…と思いまし た。 | 何しろ、天命が何たるか、ハッキリと自覚出来ないのが本音で、 | 自覚出来て初めて、2番目に移行するのだと思います。  この解釈も、またまた「へぇ〜!」と思いました(^_^;)  私にとっての天命は、それこそ「神の味噌汁…もとい、神のみぞ知 る」であり、従って「自覚するなんて無理だわ」というのが答ですね。  私流の「人事を尽くして天命を待つ」の解釈は;  (1) 私が人事を尽くした…と感じるまで努力したならば、結果がどうあれ    それを天命として受け入れる。  (2) 一生懸命に義を尽くして生きる努力をしていれば、人間の力で努力し    きれない部分は神様が援助してくれる。  以上の二つなんですよ。  ARIONとの関係は、人事を尽くして天命を待つことと余り関係無さ そうに思えるのですが、どうでしょ?   ・:*:・みれ・:・。,★ 02247/02251 NBB01420 SUKE 信じる、しかない? ( 7) 94/05/17 01:35 02241へのコメント  #2241 YUI ⇔ 優位 さん、いつもどうもです(^^)  ちょっと気になったこと...  >> 兎にも角にも、今は天命を信じるしかなさそうです。  「しかない」から信じるのでしょうか?             ===そういえば(^o^)===  その昔、「愛の戦士レインボーマン」ってゆー実写のヒーロー番組がありまして、  私も大好きで主題歌なんか歌いまくりましたが、  「いまさら後にはひけないぞーーだぁから行くのだレインボーマーン!」  というフレーズにいつもひっかかるものがありました。  仕方がないから愛の戦士をやるのかしらん?って。  (そういえばレインボーマンのタケシ青年は結構泣き言が多かったよーな(^^;)…)             ===閑話休題(^.^;)===  優位さんの分類では、私は1番目がやっぱ好いかな。  天命というのは多分、どう転んでも起こることなのでしょう。  それが自分にとって都合の良い方向に起こるのかどうかはわかりません。  だからこそ天命を「待つ」というのは方便のような気がします。  つまり、ここまでやれば必ず報われるということではない、と思います。  私は「人事を尽くし(続け)て天命を待つ」という言葉が隠れているんじゃない  かという気がしてなりません。  ところで優位さんは何かしら天命と思えるものがあるのでしょうか?                     ありそうね(^^;)…☆ッテナモンダ Suke. 02248/02251 PXB05763 セン・シュア RE:天命 ( 7) 94/05/17 08:16 02241へのコメント コメント数:1  こんにちは、優位さん。  割りコメの割りコメってやつですか?   「天命」についておもしろい話が進んでいるので、簡潔なRESをちょっと。   私の考え方は#02211にあるようなタイプですので、それを踏まえてもらいた いんですが、  「人事を尽くす」という場合、それが世のため人のため、であろうとも、純 粋に個人的な目的に走っていようとも、それを、いわゆる天が評価する際には、 ある程度まとまった「人事を尽くしている集団」の一人のやっていることとし て考えるのではないかと思います。  早い話、何か人事を尽くした人間と、天からの恩恵を受ける人間は別の人間 ということが起こりうると思います。そのため「天命を待つ」という考え方は しばしば理不尽に裏切られます。  そんな殺生な、と思わないでください。  例えば、ニュートンやアインシュタインなど科学上数々の発見を成し遂げた 天才は、自分で科学法則を創造したわけじゃないんだから、インスピレーショ ンの形でそういった発見を天からもらったものでしょう。  一方で、真剣に研究したり、考察したりして、魂すり減らすような努力して いる人がいて、一方では、小道を散歩してたら偉大な法則を見つけちゃった、 ってそれはもっと理不尽ですよね。ならば天才というのは、天命のアンテナで あって、無数の人々の努力がそこへ反映されていると考えた方がいい。  この考え方は、自分自身を納得させるために思い付いたもので、真実性は乏 しいんですけど、あらゆる方面で応用が利きます。どうでしょ、か?   調和・統一・継続・向上・克服・実現・理想・希望の8語を信奉する人                         セン・シュアでした。 02249/02251 GCC01413 YHVH RE:天命 ( 7) 94/05/17 12:49 02248へのコメント  >> セン・シュア さん  『私のような思考パターンを持つ人間がこの会議室にとって必要かどうか?』  『それは、この一連の発言にどの程度の反応が返ってくるか?…によります』   ・最近は、この手の発言が減っているので、    なかなか好ましい傾向だ、と思って見ています。(^^;)  『「越えた力」については、あなたから指摘された「高次の力の一声」の他に、   「自分」を隔てた周辺の「自分」のもたらす「調和の作用」があるように感じる。   「自分群」はそれぞれ単独に「高次の力」と結び付いてるのではなく、   ある程度集まって全体として「高次の力」と結び付いていく。   まだまだイメージの域を抜け切れない表現で申し訳ないが、   そういう感覚を受けることがあります』   ・この部分について、この段階では、何を言っているか曖昧だったのですが、    以下の部分を読んで、何となく納得しました。  『早い話、何か人事を尽くした人間と、天からの恩恵を受ける人間は、   別の人間、ということが起こりうる、と思います。そのため、   「天命を待つ」という考え方は、しばしば理不尽に裏切られます』  『ならば、天才というのは、天命のアンテナであって、   無数の人々の努力がそこへ反映されている、と考えた方がいい』   ・ところで、「天才」のイメージですが…、    私の場合には、「天才」=「無心になれる人」という感じ。    もし「天命のアンテナ」と言うのであれば、    あらゆる人々が「天命のアンテナ」だと思います。   ・それから、「天命を待つ」という状態は、    厳密に言うと、「待つ」という状態ではありません。    したがって、「裏切られる」ということはない。    何だかトリッキーな話ではありますが…。  『この考え方は、自分自身を納得させるために思い付いたもので、   真実性は乏しいんですけど、あらゆる方面で応用が利きます』   ・松川さん流に言えば、最も興味深かったのは、この部分です。    「自分自身を納得させるために思い付いた」というわけですから、    何か「具体的な出来事」があったのですよね?(※過去?現在?)    もちろん、一つの出来事ではなく、度重なる出来事だったかも知れません。    いずれにせよ、その「具体的な出来事」について、伺いたいですね。    セン・シュアさんのお話は、しばしば抽象化されていて分かりにくいので…。   ・セン・シュアさんが最初に提示なさった問題は、    大きく言ってしまえば、「生/死」の問題だと考えています。    一見「理不尽」にも見える人生ですが、おそらく、    「原因→結果」と「時間の流れ」をパラレルに見るからであって、    そのような常識的見方を取り払ってしまえば、必ずしも「理不尽」ではない。    そもそも人間は、(そして動物も)、「死」と隣り合わせの生き物です。  『私は森が大好きです』   ・最後になりますが…、何処かお薦めの森はありますか?                                 YHVH 02250/02251 JBH02324 なえ こんにちわ セン・シュアさん ( 7) 94/05/17 13:31 02230へのコメント  RESが遅れてすいません。  一昨日から農繁期になり、もっぱら田植えをしてました。  この二〜三日は植え田直しで、体力の勝負ですね。(^^;  (平生往生…(;_;))  小鳥で目覚めるって良いですね。  馬はもう調教してあるので、別段困らないですが、いちお  相手を見るんですよ。馬って。だからバカにすると反対に  無視されますし、なめて掛かると逃げられますので、最初  に、力関係を明確にして置くと、割りと従順ですね。  眼を見たら、自分が強いか相手が強いか判断出来ますから  自分より強い相手には絶対に逆らわないですね。(賢い)  大体馬は、人の三歳程度の知能を持っていると言います。  セン・シュアさんは馬はどう思われますか?。牧場とかで  試乗出来る所もあるし、動物は人と違い律儀ですね。  ウソはつきませんし、素直だし。飼っただけの反応が確か  で、とても満足感がありますね。(これでアレルゲンじゃ  なきゃ嬉しいのだけど。)馬のそばに行くと、鼻水が出る  んです(^^; ウルル  でわでわ。またね。 02251/02251 GDB00064 オリハル RE:SUKEよりARIONへ(自分が決める善 ( 7) 94/05/17 15:53 02237へのコメント SUKEさん、RESどうもです。いえいえ、私が波動を広げるとかいう事ではなくて、私 が知り得るのは「結果としてどうなったか」ということでしゅ。その浸透する過程にお いてもどのように浸透しているかということをたまにキャッチするだけで、それも結果 として知り得るのでしゅ。そういう過程の全ては、丁度、自分で食物を消化している自 覚がないのと同様に私がどうにかしているという自覚はないのです。そういうことは高 次の存在が行ってると思います。私はその必要なコマなのだろうと思います。私は「波 動」とか言ってますが、これは体感的な言葉でなく、科学的思考法に合せた言葉でしゅ。 虫の知らせとかが起きるのはきっと何等かの「波動」が媒介しているからに相違ないと いう考えによって「波動」と仮に言ってます。ちょっと間接的RESになりました。 でも、「織春」という文字をどちらでお知りになったのでしゅか?                              オリハル - FARION MES( 9):★TAO の《神々の曼陀羅》―美と信仰と史― 94/05/17 - 185/187 JBH00712 桂 桂 性の民族史 ( 9) 94/05/16 22:31  「秘宝館」なるものに行って来た。いわゆる「アレ」です。  ・・・・・・。  是非一人でなく、彼氏or彼女連れ、もしくは夫婦で行って 見て下さい(爆笑)。 桂 桂(JBH00712) 186/187 MHD02672 TAO おめでとうございます。 ( 9) 94/05/16 23:10 184へのコメント コメント数:1  NoBさん、最近何やら忙しそうだなぁと思っていたら、結婚されていた  のですね。かってのNoBさんのご発言を思い返すと「嘘ぉ〜」てな気持ちも  ありますが(失礼!)、本当におめでとうございます。他人の結婚話が  こんなに嬉しく思えたのは、本当に久々です。  こちらは全く縁もなさそうですし、かって恋愛した女性から「新しい彼が  出来た」と言うメールも頂いて「とほほ」なもんです。まっ、いいか。  三島由紀夫の事件、昔の日記にしっかり書いてあります。小学生の幼稚な  文章でお恥ずかしい限りですが…(しかし歳が知れる…)、    11月26日     昨日、三島由紀夫が切ぷくし、死にました。新聞をみた時は、 びっくりしました。なぜあれほど高名な作家が気が狂ったと     しか思えない行動をしたのでしょうか。彼はだれも気づかない     悩みをもっていたのではないでしょうか。それとも本当に気が     狂ったのでしょうか。三島由紀夫の死は永遠の謎となって     しまいそうです。しかし、三島由紀夫に対する世の声はつめたい。     これでは三島由紀夫がうかばれません。もっと彼を理かい     すべきだと思うのです。  新聞か雑誌で、床に転がっている三島の首の写真も見た憶えがあります。  幼い心にも、結構ショッキングな出来事でしたね。  「リトルブッダ」ですが、NoBさんには物足りなく感じられるかもしれませんね。  今回はなんとSFXも駆使しているし、ベルトルッチ自身も、子供にも理解  出来るようにと、敢えて易しく作っているようですし。  「シェルタリングスカイ」は、主演女優のデブラ・ウィンガーが強烈に印象に  残っています。他の女優では、夫の死後に砂漠をさまよう時の虚しさに満ちた  表情があれだけ強烈に出せたかどうか。趣味の問題になりますけど。  物部氏については、いつかちゃんと書かなければならないと思っています。  「物部」の定義自体が、まだ曖昧なままなのですが、物部王朝というのが  あったとしたら、その源流はどこから流れて来たのか?重要なテーマの一つ  だと考えています。三輪の古代祭祀とも絡めて考えたいところですね。  「神道」については、最近とみに懐疑的になって来ていますが、こないだ  村上修一氏の「天皇の祭祀」(岩波文庫)を読んで、その感を深めました。  般若心経ですが、ちょうど他の会議室(FARION内の)で話題になっています。  しかし、「女神礼拝の密教典」だとは知りませんでしたね。その「女神」と  いうのは、どんなもんでしょうか。  仏教については、実は研究不足でよく分からない部分も多いのですが、  仏教が、当時の日本列島に存在した宗教形態に比して優れていたとは  言い切れないのはあるかもしれません。むしろ、NoBさんのおっしゃる  「それ以前は、ポリネシア的な要素とプレ道教があったのではないか」と  いうご指摘は、神道という概念が共同体の宗教として成立する以前の  情景を窺わせますし、もしかすると「ある散逸した諸層の、しかし、  高度な宗教形態」として「日本古代」が見えてくるのではないか、という  予感は、私にもあります。  「コメ」の問題ですが、最初から超越的な権威のシンボルとして存在して  いたのではないか、という問題は、「肉食」との関連もあって一筋では  いかないものを持っていますね。「コメ」が果たして“日本民族”への  帰属意識をかき立てる呪術的な存在なのかは、さらに検討を要するでしょうが。  「ペニスがエレクトした地蔵」かぁ。今度行く機会があったら、探してみます。  TAO  P.S. あ、もしNoBさんも「三島由紀夫の修羅」を見に行かれるのでしたら、     その時はよろしくお願い致します(笑)。 187/187 TCC00116 NoB RE:おめでとうございます。 ( 9) 94/05/17 12:55 186へのコメント TAOさん、祝福ありがとう。ええ、そうなんです。引っ越しもそういうことだったの です。ですから、TAOさんもかなと思っていたりして。 以下、話が雑ですが。 桂 桂さんが、「秘宝館」の話をされていましたが、SPAの連載にもありますが、こ の手は日本中にありますね。僕のお奨めはというか、唯一実際に見たという点では、 白浜神社のものがいいです。これは、すごいいいです。このフォーラム的にいうな ら、パワーがあります。遺跡でもあり、しかも、発掘は、鳥越先生です。ここの秘宝 館にある像のコレクションもかなりいいですよ。これは、(爆笑)というより、ふか く人間を敬虔にさせるくらいすごいです。 笠井先生の公演はどうしようか迷っています。人数も限定されているし、オイリュト ミー仲間の人のたちの話も聞いてみたいし。というわけで、ペンドです。 リトルブッダで気がかりなのは、アメリカのチベット意識のせいか、どうもあれが仏 教として理解されている風潮がありますね。日本などでもありそうです。これらに対 して、日本のいわゆる仏教派がなにも批判してないように見えるのも不思議ですね。 般若心経関連については、宗教史(歴史フォーラム)のほうで書いたので、場合によ ったらサマリを書きます。意外に知られていないのが不思議なのですよ。これは、か なり学問的にもいえるし、エリアーデとか読めばばっちり書いてあるので、きちんと した宗教学者ならたいてい既知のことだと思うのですが。とはいえ、FARIONで話題に なっているのですか? いや、ここしか見てませんので。 NoB - FARION MES(10):★Dr.Sooの《夢酔い人の部屋》--------<01> 94/05/17 - 00433/00433 GBG02755 すまる やほー>とかち (10) 94/05/16 23:40 00423へのコメント 夢なら、すまるも多少は、解読するんだぜ、知らなかったか? なんちって、きっと外れるだろうが・・・(^"^;) 1、なぜ旅が終わるのか。 それは、新しい旅立ちがとかちに用意されているから。 いまは、今までたどってきた旅の疲れを癒すこと、整理すること、 そして、新しい旅立ちのために、鋭気を養っている状態だから。 2、普通列車なのか。近郊型なのか。 あなたはわりとゆっくり自分を見ている状態だと判断しているよ。 近郊型なら、駅と駅が近くで、距離も短く、 あなたの旅が、じっくりゆっくり、一駅一駅とまって、端折ることが なかったことを示しているのではないかしら。 けれど、のんびりではないのね。 通勤列車ってことだけど、目新しいことに挑戦ってことではなく、 普通に流れている状態のままに、旅は終わり、始まるってことかもね。 3、夢の中で眠ること。 夢は自覚されないもう一人の自分や、深いところの自分と出会うところ。 たぶん、もう少し深いところの自分と会話することを意味しているのではないかな。 まだ、あなたの自覚は浅いところにあるからね。 自分のもう少し奥の意図を感じられるようになると良いと思う。 ベッドが下段だったことも、もう少し内面に潜ると言うような意味に受け取れる。 なんてのはいかが?>>とかち君。 すまるは、最近日中に、昔の夢が走馬燈のように駆けてゆくよ。 「ああ、こんな夢もみたなあ・」て感じで。 それも、ここFARIONが始まった頃見ていた夢が多いのね。 夢たちが、この夢は成就したから、お別れだよーって言っているような気がしている。 不思議でしょ? 不思議よね。 ではでは。。。 スウさん、おじゃましました。(^_^)                             すまる - FARION MES(12):★SUBUDHの《アジア・チャンプル》----<01> 94/05/17 - 00231/00231 JBH00712 桂 桂 聖徳太子 (12) 94/05/16 22:32  聖徳太子は実在したか?  よくよく考えると聖徳太子には「実名」が無いのだと言う。  「ウマヤド」がそれにあたるかと思っていたら、あだ名で あって「ウマヤド」という豪族の姓は存在しないのだという。  蘇我と物部の対立というの図式も変だ。  神道と仏教の対立というのがそもそも安直すぎるし、それ にこの時代に「神道」という概念は一般常識すら越えた、そ れも越えた通念としてあったから(これすら不適当な表現) 「勢力」という考え方自体がおかしい(「神道」という言葉 は後世になって作られた)。豪族同士の確執だとしても、ど うしてそこに仏教概念が入ってくるのか。聖徳太子はあまり にも「超人」として描かれ過ぎている。  しかもこの後漁夫の利を得たのが、中臣(藤原)鎌足らで ある(大化の改新)。  そして彼らは対朝鮮外交で次々と失敗をする(白村江の戦 い)。百済に引っ張られ、新羅と中が悪くなり、大陸文化の 窓口を失う。これによって日本に入っていた帰化人はその技 術を吸収された後、生活を保障されずに放置されたらしい (一説には用がなくなって行き場のなくなった帰化人が伊賀 甲賀の土地に集まって里を為し、自衛のために忍術体系を産 み出したとの説あり。これに類するのは藤原四鬼党の乱であ る)。  ニギハヤヒは消され、変わって中臣氏の開祖、アメノコヤ ネが取って代わる。それまであった大陸との文化交流は既得 権として時の権勢に収奪される。これによってこのに国あっ て当然の朝鮮、中国の文化の跡が「万世一系」として刷り返 られる。  蘇我入鹿暗殺事件(乙巳の変)の時、現場にいた古人大兄 は「韓人、鞍作臣(入鹿)を殺し、我が心痛し」と語ったと いう。韓人とは誰を指すのか? その国籍は?  蘇我、物部、聖徳太子の影に国際陰謀あり? (参考:聖徳太子の陰謀・佐治芳彦) 桂 桂(JBH00712) - FARION MES(13):★KAZEの神秘学遊戯団----------------<03> 94/05/17 - 01278/01284 GGA02514 KAZE 自由のために(3)ホスピス●個性化 (13) 94/05/16 18:49 引き続き、「津田広志 編著「生のアート」」(れんが書房新社)から、そのII 「病と啓示/ホスピスをめぐって」より、「生」をめぐるいくつかの問題について 考えてみたいと思う。 このII章の最初には、著者のホスピスケアを実践している生田チサトさんへのイン タビューが収められている。非常に重いテーマであるが、それゆえにこそ切実な問 題について考えさせられる。その中から「ホスピスを我が心の内に建てる」という 生田さんが90年に活動を開始された「ホスピス ケア フォーラム」のスローガ ンに関連したことについて語っている部分、そしてホスピスの最終目標について語 っている部分をまず紹介することにしたい。 ……大きなスローガンは「ホスピスを我が心の内に建てる」ということです。 この新しいフォーラムで考えたことは、まず、我々の中の死はどこにでもあ るという認識があるんです。電車の中でも、路上でも、ホスピスの病院でも、 家の中でも、どこにでも死はあります。でも、自分の中にホスピスが建って いないと死を避けてしまうのです。…… ……自分が生きていて、命をいただいて、死んでいくプロセスはすごく難し いですが、最後に自分の霊性、タレント性に出会うのです。ユングの言葉で いうと、自我からセルフに帰るわけです。あるいは自我とセルフが統合され るのです。最後に下血したり吐血しても、しばらくすると、みんなすごくき れいな顔になりますね。…最後は天や宇宙に飛翔したという実感があります ね。喪失体験が、逆に素晴らしいものと感じられれば、最高です。…  世界のために生きることが大切なのではなく、ユングのいう個性化するこ とが大切なのです。個性化することによって、本来の自分の姿で社会や世界 と出会うことができるようになります。この個性化に向かうことがホスピス だともいえます。個性化は、自分の感情の嵐に目を向け、壁を崩してボーダ ーレス化することです。 「ホスピス」の語源は「もてなす」ということで、「ホスピタル」というのは、そ こからきているのはよく知られている。しかしその「ホスピタル」が患者をモノと して扱い、病名というレッテルを貼り、一見その生命を守るかのようにみせながら 実はその生命の尊厳を奪っていくようなシステムと化しているのは現代の最大の病 なのかもしれない。これは、死者にいわゆる「引導」を渡す葬式にしても、その肝 心な部分が捨象されているのと同じことである。 ここで、生田さんが語っている「ホスピス」が、「本来の自分の姿で社会や世界と 出会う」ための「個性化」にあるということのを読んだとき、はじめてその本来の 意味について合点がいった。「本来の自分の姿で社会や世界と出会う」ということ は、本来の自分に直面することでもあって、「死」にあたって、そのためのきっか けとなる、つまりそれが「もてなす」ことに他ならないのである。 だから、「ホスピスを我が心の内に建てる」ということができてないといけないと いうのは非常によく理解できる。自分とちゃんと出会ってない人はホスピスをして も「もてなす」ことには決してならないのである。 知人に、「仏教と医療を考える会」という仏教系のホスピスを実践されている方が いるが、そうしたことに関わっている方が、ちゃんと自分と出会っているかどうか はなはだ疑問である。このことは以前から疑問であり、そうした方々がいったい 「ホスピス」と称して何をしているのかが理解できなかった。僕の知っている範囲 でもそこに関わっている僧侶たちはほとんどが唯物論者である。当然、医者の多く もそうした僧侶と同じ認識の基盤を持っている。やはり「ホスピス」という以上、 そうした方は「本来の自分の姿で社会や世界と出会う」ことからはじめるべきでは ないか。今回、生田さんのインタビューを読んでそう思った。 *この項、続く。 ☆☆☆KAZE☆☆☆ 01279/01284 GGA02514 KAZE 自由のために(4)ホスピス●小さな父 (13) 94/05/16 18:50 (承前) ホスピスの問題をさらに続ける。 現代のホスピスというのは、近代医療の「父権主義」へのアンチテーゼとして登場 してきたものであると「生のアート」の著者、津田広志氏はいう。それを最も如実 にあらわしているのがイヴァン・イリイチが「医原病」と命名したものである。 「医原病」というのは、「病気を生み出すように治療とケアを行う」倒錯的な医療 行為のこと。イリイチは「脱病院化社会」でそうした現代の医療行為の諸問題につ いて語っているが、長くなるのでそれについては、具体的には省略するが、要する に医師は次第に企業家のようになり、その資本の支配が、人間の身体の延命を市場 化するようになっているということにつながってくる問題である。 こういう市場性のもとでは、人間の身体は次第にマン・マシーン化してくるように なる。「健康管理」という用語が最近ではごく自然に使われるようになているのが、 それをよく表しているようである。この「管理」という言葉は、「商品管理」のよ うに「モノ」に対して使われるものである。 さて、本来「ホスピス」が批判している「父権主義」とはいったいどういうことだ ろうか。それについて、津田氏は次のように説明している。 …父権主義の特徴を簡潔に分類すると、どうなるだろう。私は次の三点にまと められると考えている。まず第一に、医師が患者をオブジェとみなし、一切の 社会的人間関係を捨象して数量的/抽象的な対象として扱うこと…、第二にそ こから患者の心的世界や諸器官の全体連関を捨象して病状の判断を行い、病名 をつけること(ラベリング)、さらに三番目は重要なことであるが、倒錯性を もっていること、つまり一見患者の生命と存在を守るかのように見せかけなが ら実は抑圧するという機能である。抽象的、審判的、倒錯的、この三つが父権 主義の抑圧機能である。これを父権主義と名づけるのは、近代家族の<家>の 中における父の存在によく似ていることと関連している。いうまでもなく、こ こで患者はまさに<こども>の比喩である。 危険なことに、こうした「父権主義」を批判する立場の「ホスピス」運動が、こう した父権主義を取り込み始めている。テレビや新聞でよくとりあげられるホスピス 像にも、それは「感動的な風景」として描かれているような形で現れている。そこ には近代ヒューマニズムの偽善性が非常に露骨に現れているといってもいい。 では、本来のホスピス、自己の中にある父権主義(これがもっとも危険だ)に対抗 できるためにはどういう在り方が求められるのだろうか。 それについて津田氏は「小さな父」ということをいう。それはフロイトのいう「個 人の先史時代の父」、ユング派のいう「父なるウロボロス」、クリステヴァのいう 「想像的父」のように、母でありながら父であり、両性具有的であり、もちろん、 男女を問わず象徴的に心性のなかにある。それについて津田氏は次のように説明し ている。 ……父権的な一方的支配ではなく、<こども>に近い患者をその状態に応じて、 しかもできるだけ言葉を使わずに受容する、その意味では<母>の行為である。 しかし他方、必要なら言語から非言語に至る広範囲な表現を用いつつ、患者に 心理的に安定した秩序を与える<父>でもある。患者の身体の様子を<母>の ようにうかがいながら、同時に<父>のように秩序と身体の処し方を教える存 在。それはある意味で両性具有的な存在である。……  そこで私は一つの命名をしてみたい。まず、旧来の父権主義の父を抑圧的な 意味を込めて<大きな父>と呼び、<母>の要素をもちながら<父>である存 在を象徴的に<小さな父>と呼びたいと思う。この奇妙な<父>が、実はホス ピスにおいて非常に重要な、シンボリックな意味を果たすのではないか。 では、この「小さな父」が心性としてなければどうしてホスピスができないのだろ うか。これについては、患者がヒーリングされるというのは、他からヒーリングさ れるというのではなくて、患者自身の中にある「ヒーラー」をケア・スタッフの姿 の中に投射することによって、自分の中で起こる、ということを理解しなければな らない。 末期患者は治療者をそれと認めるだけでは変化はおきない。この二人の間に相互的 な意識の投射が起きる必要がある。治療者は患者の中に自分の傷ついた部分や影を 見いだすことで患者を理解し、その反対に患者は治療者から治癒した自分のイメー ジを見いだす。つまり、自分の欠けた部分を相互に投射して見いだすのである。 このように、ホスピスは医師と患者という絶対的な関係からは不可能であり、それ は上記のような相互投射できる関係において、内なるヒーラーを目覚めさせること で可能となるものである。 こうしたホスピスをめぐって提出されている「小さな父」という考え方は非常に重 要である。それはもちろんホスピスだけの問題ではなく、すべての人間関係学につ いて考えていかなければならない問題だと思われる。 人間同士がコミュニケーションするということを考えてみよう。コミュニケーショ ンする二人の間に相互的な意識の投射がまったくないコミュニケーションというの は、考えにくい。その投射が「傷ついた部分」や「影」ではないとしても、コミュ ニケーションが、相手を理解し相互に変容していくためのものでない場合、それは 単なる「力」の押しつけでしかない。「大きな父」同士のコミュニケーションとい うのがそれだろうが、そこに生まれるのは「創造」であるとは考えられない。「小 さな父」同士の相互変容のためのコミュニケーションこそが、「創造」なのではな いだろうか。 このことを敷衍して考えていくと、人間はあらゆる関係性において、この「小さな 父」ということが目指されなければならないのではないか。それによってあらゆる 関係は相互変容の場となり、その関係そのものが相互の「内なるヒーラー」を気づ きへと導くものとなる。「エコロジー」というテーマでも、このような在り方が、 基本的な姿勢となる必要がある。現状では多くのエコロジーが、「大きな父」的な ものであることは言うまでもない。それは医療の現場とまったく同じこと。 さて、最後に、「自由」についてだが、自由というためには、「他」の自由もセッ トで考えなければならないのは当然のこと。自由は創造のためにあるのだから、そ れぞれの自由にあたっては、先のような相互の変容のためのコミュニケーションが 不可欠である。相手を理解し、相手のなかにあるものを自分のなかに取り入れてい くこと。そしてそれを気づきとすること。それこそが「自由」の条件なのではない か。そう思う。シュタイナーのいうカルマと自由の問題もそこらへんのことがキー になっているように思われる。 「ホスピス」とは「もてなす」こと。だから、それを自由との関係でいうと、自分 も他ももてなせるような自由をもつことこそがホスピスの基本ではないか。そんな ことを考えさせられた。 ☆☆☆KAZE☆☆☆ 01280/01284 JCF00616 優位 東理論第3部の読書会 2) (13) 94/05/16 23:44 コメント数:1 【5月第3週/第2回目の読書会】−ペアレント発言  ■2)物理学者の時空概念  「解ったようで解らない」相対性理論を簡単な例を使って  説明しようとしたガモフが、読者に注意を促しているのは、  1─「観測者の立場」が明確にされていない。(「異なる観測者の立場」の混同)  2─「時空の連続体」と「時間」・「空間」の本質との関係  の2点です。  〜〜〜〜〜〜〜  1として挙げた「異なる観測者の立場の混同」は、  P.10の中段以降の「物理学者は、2つの…」からの1段落に記述されており、  2として挙げたものは、  P.10の前述の段落の次の段落(「このように…」から)に示されています。  〜〜〜〜〜〜〜  つまり、まとめると、  「限定された方法論」である対象物の解析方法は、  本来、時間と空間の本質とは関係の無いものであります。  なぜなら、「時空の連続体」として、時間と空間の本質を問わないように  設定したからです。  にもかかわらず、「観測者の立場」が明確にされていないため、  必然的に、「時間とは何か?」「空間とは何か?」といった疑問を  生み出してしまい、結局、「解ったようで解らなく」なってしまいます。  ───────  P.10下方の、ファインマンとミンコフスキーの主張する、     【時間】\          ──→〈四次元空間〉     【空間】/  〈〉は実在であり、【】は虚実的なもの(=影法師)であるという  考え方、つまり時間や空間は単独では存在せず、組み合わさって  ひとつの4次元空間として捉えるという考え方は、  今後次元のシフト等の問題とも合わせて考えられますので、  ひとつ押えておきたいところです。  時間が右だとすれば、空間は左です。  右は単独で存在せず、左も単独では存在しない、あわせて初めて  存在する事ができるのです。  また、さらに発展させれば、陰陽螺旋や精神・物質波動の概念なども  次第に理解されてゆくものだと思います。  これから出て来るある〈2つの組み合わせ〉は、  幻の存在として扱えるようになってきそうです。  〜〜〜〜〜〜〜  P.11東理論では、  〈4次元時空の連続体〉=「意識=生命」   であり、  〈4次元時空の連続体〉=【時間】+【空間】 であるから、  「意識=生命」    =【時間】+【空間】 であるのです。  【】は影法師ですから、単独では存在しません。  でも、生命を記述する為には、影法師の【時間】と影法師の【空間】という  2系の要素を描く必要があります。  東理論では、後に「転がる時計」という影法師の時計が登場します。  これにより、生命を記述できる可能性が生まれるのです。 〓 YUI ⇔ TANAKA Masanori 〓 01281/01284 NBB01420 SUKE RE:波動とは何か (13) 94/05/17 01:32 01252へのコメント コメント数:1  #1252 KAZE さん、波動についてコメントありがとうございました。  こういう説明を頂ける機会が少ないので、大変参考になりました。  ご紹介いただいた本は、今度本屋に行ったときにチェックしますね。  「波動」という言葉について、やはりこのフォーラムでの使い方と物理学での使  い方は違うのだなとわかりました。(多分そうだろうとは思っていましたが)  また「エネルギー」=「力」というのも、物理学では厳然と単位(次元)が違い  ますから、イコールではありません。エネルギーに差がある時にその差が力とし  て顕在化する、といった関係です。  しかし大切なのは言葉の意味ではなく、文章の意味でしょう。そう踏まえて読ん  でみると、ここで言う「波動」や「エネルギー」のニュアンスがわかってきます。  例えば「エネルギー」については「何かを為し得る勢い」というようなニュアン  スで広く捕らえてみると、「恋愛のエネルギー」というのも確かに存在しますね。  >> 波動とはエネルギーの最小単位のことである、と私は考えています。……  エネルギーというと様々な形態をとるけれど、それらに共通し、なおかつ最も純  粋な最小の単位という見方で良いのでしょうか?  脚色のない、最も純粋な、というのがポイントかと思います。            ============  ちなみにノートから引っぱり出した力学上の「エネルギー」とは「ある物理学的  状態に存在する物質が、他に対して仕事を成し得る能力のこと」となっています。  その種類には「運動エネルギー」「位置エネルギー」「熱エネルギー」「電磁場  のエネルギー」「質量エネルギー」があるということになっています。  様々な形態があって、しかもそれらの相互変換さえ起こるというのに、それらに  共通した純粋な形態としての「エネルギー」というものは捕らえどころがないの  ですね。  それは何か燃料のような液体でもなく、光輝く石炭のような固体でもないので  しょう。  物理学ではそれら各種エネルギーが同じ次元の単位系を持っているということが  判るだけで、実際には根元的なものが存在なのかは回答していないと思いました。          =================  このフォーラムでの言葉の使い方と、物理学上の言葉の使い方を、私ははっきり  使い分けたいと思います。そしていつかはそのどちらもが同じものへ到達する事  になるはずだと考えています。  だからこそ、私個人的にはここで交わされる色々な話に、自然科学的な側面からの  見方も忘れずにやってゆきたいと思っています。  否定するためではなく、精神科学と自然科学の双方から理解し合うという形で。  いつかは「エネルギー」とかの言葉の話を突っ込まなければならないだろうと思っ  ていました。まだまだこれから考えなければならないことがたくさんありそうです。  今後ともよろしくお願いします。         案外この場に異質な存在かもしれない私(^^)…☆ッテナモンダ Suke. 01282/01284 NBB01420 SUKE RE:超相対性理論 (13) 94/05/17 01:33 01267へのコメント  #1267 英雄さん、レスありがとうございます!  驚きました、英雄さんの作品が掲載されたのですか?  私が大学受験で浪人している時、早稲田大学理工学部に超相対性理論の研究サー  クルがあるというので、文化祭に見に行った覚えがありますが、既にサークルは  つぶれていて誰も知らない、ということでした。  そこで誰かに出会っていたら私ものめり込んだのかもしれません。  しかし潰れてしまったというのでは、「なんだ、そんなもんなのか?」と思って  しまったものです(^^;)。  清家氏に賛同する研究者はプロ/アマチュアを問わず結構多いようですが、そう  した人々の資金援助で氏の研究が成り立っているのであれば、氏はその才能をか  けて好意に応えて行く人道的義務があるだろうと思います。  著書は数冊出ているようですが、その後の報告活動は為されているのでしょうか?          =================  >> 理論一辺倒の清家氏とは結局最後は一致しませんでした。       ありゃ、清家氏は確か自分で実験装置を作って実験していませんでしたっけ?  理論と実験を両方やるというので、なかなか大した才の御仁だと思っていましたが。  >> 「電場が回転するというが、イメ―ジが湧かない、電場が回転するっ  >> て言うのは何なんだ」  英雄さんに説明しても仕方がないのかも知れないけれど、参考までに電場について  私の抱いているイメージをちょっと説明してみたいと思います。  電場というのは、ちょうど霧の中の外灯のようなイメージではないかと思います。  距離の自乗に反比例する力場ですが、光の場合も光源から離れるほどに照らす面  積が自乗に比例しますから、ちょうど「電場の強さ」:「光の明るさ」という対  応で見えます。  私の記憶では清家氏は球形電極を三角形に並べて回転電場を作るのだったと思い  ました。すると光源は3つあって、その明るさの強弱がぐるぐる入れ替わるよう  な状況でしょうか。  霧の中でそうしたランプを遠くから眺めれば、何か光がうごうご(?)回っている  ような感じに見えそうです。  ただし灯台のようにビームを振り回すイメージではないと思います。というのは、  無造作に空中に放り出された電場の影響は、光と違って集束したりせず波のよう  に広がって行くからです。  ま、これもSUKEが抱いているイメージというだけですので、ご参考程度で(^^;)  >> 「万物の根源は波動である」  素粒子という概念がありますが、おそらく粒という存在はないのだろうと私は考  えています。素粒子も原子も物質波が空間的定常波として閉鎖されている状態を  言うのであって、そういう意味では物理学的にも「万物の根元は波動である」だ  と考えています。  それにしても私には清家氏の数式についてゆけないので(^^;)、「波動」という  ものを根底に据えて「いる」のか「いない」のかさえ判断できない(-_-;)             もう一度挑戦してみようかなぁ(^^)…☆ッテナモンダ Suke. 01283/01284 GGA02514 KAZE 新しいミラクル論をご存知ですか? (13) 94/05/17 10:52 01280へのコメント >優位さん、どうも。 ちょうど折良く、FFORTUNEのMES11のカズタマの部屋に、 新しい「ミラクル論」が紹介されたのはご存知ですか。 このミラクル論は、インナーミラクルさんという方のユニークな理論ですが 僕に東理論を教えてくださったのもこのインナーミラクルさんなのです。 ミラクル論のひとつの柱が東理論だと思われますので、 もしまだでしたら、ぜひお読み下されば、 今回の読書会のためにも、なんらかの役に立つのではないかと思います。 ちなみに、関係するアーティクルは、FFORTUNE/MES11の 444〜452,455〜458,464〜467,469です。 かなりな分量ですが、きっとお役に立つのではないかと思います。 僕は、関連アーティクルを「ミラクル論1994/05」ファイルとしてまとめて、 表紙などをつけた形で、製本して読みやすくしたところです。 ちなみに、今回の東理論の読書会には、 インナーミラクルさんがいろいろ協力してくれそうです。 インナーミラクルさんは東理論を徹底的に読み込まれているそうで(^^)、 非常に心強い限りなのであります。 さて、僕の方は、東理論を読むにつけ、 自分の物理学への理解の不足が露呈してきているようで^^;、 これではいけないと思い、ちゃんと基本的なことだけでも いろいろ勉強していくつもりでいます。 で、東理論を読み進めながら、その都度理解のために必要になってくる 物理学のいろんな考え方や用語などについて、 僕のわかる範囲ではありますが、コメントしていこうかなと思っています。 つまり、「東理論のための物理学用語解説」ってことですか。 でも、「解説」ってことにはならないかもね^^;。 ☆☆☆KAZE☆☆☆ 01284/01284 GGA02514 KAZE 場と波動など (13) 94/05/17 10:54 01281へのコメント SUKEさん、どうも。 >「波動」という言葉について、やはりこのフォーラムでの使い方と物理学での使 >い方は違うのだなとわかりました。 ううむ、妙に誤解させるような「波動」の説明をしてしまいましたね。 ちょうど買ったとこで手許にあったものですから、 無責任につい安易な説明の仕方をしていまったようです。 でも、僕にも精神的なエネルギーと物理的なエネルギーの関係だとか、 精神的な波動と物理的な意味でいわれる波動の関係について、 明確な説明ができるまでの理解ははるかに遠い課題ですので、 「誤解」ともいえないのがちょっと残念です。 それと、物理学への僕のあまりの勉強不足というのも大きくて、 ちゃんと勉強しなくちゃあと思っているところです。 僕の物理学へのおおまかな理解内容を言っておきますと、 (これがおそまつなんですよね、現状では^^;) 現代物理学では「場」というのが最も基本的概念なんだと理解してます。 この「場」の考え方は、電磁気現象に関するファラデーや 電磁場理論のマクスウェルにはじまるんだと思いますが、 結局のところその「場」というのは、 「空間のある領域に連続的に分布している物理的な量」とでもいえるんですよね。 ま、この説明もちょいと変かもしれませんが、とりあえずはとうことで。 で、僕たちが物として見ているのも、 こうした「場」のひとつの現象形態なのだというふうに考えられます。 ですから、「粒子」っていうは、実体なのではなく、 この「場」における「ふるまい」というふうにとらえることができると思います。 そこで問題になるのが、有名な(^^)自然の4つの力。 つまり、重力、電磁力、弱い力、強い力です。 このうち量子力学では、重力が説明できなくて、 それには空間を連続的に満たす力場の理論としての相対性理論が必要になる。 で、量子力学と相対性理論を統一的に説明できる理論が模索されているんですね。 で、ここで提出されているのが「超ひも理論」というわけです。 これは、時空の各点ごとの場を「ひも」で説明しようというもののようですが、 この「超ひも理論」によって、重力場の量子論が可能になった?のです。 そしてそこには「多次元宇宙」の考え方が前提とされています。 ま、あまりにもおそまつな説明ではありますが、 とりあえずこうした理解を前提にしてちょいと話を飛躍させると、 まずこの我々の時空は「場」であって、その場の各点ごとの「あらわれ」を 「ひも=弦」、つまり「波動」ということで理解し、 かつその「あらわれ」を弦の基音のような状態のエネルギーとして 理解していくことができるのではないかと思うのです。 で、そうした考え方を「時間」が「意識」を通じて空間化されるという考え方で (ちょいと乱暴な説明ですが)精神の科学と物理学との統一場的なビジョンを 提出しているのが、先日から読書会をはじめた「東理論」ということなのです。 その東理論のビジョンを基軸にしながら、 数−波動−幾何学といったことを統一的に考えていきたいな、 というのがここのところの僕の基本的な(かなり雑ですが^^;)考え方なのです。 で、そこに必ず関わってくるのが シュタイナーの神秘学ということになります(^^)。 というのも、それは単に物理学ということではなく、精神科学としても またいのちの科学として、社会科学としても 統一的なビジョンをもっているからです。 これからは、部分だけが切り離された状態で理解することは、 理解から最も遠いことになるように思われるのです。 ということで、最終的に大ボケ神秘学になってしまう可能性は否めませんが^^;、 ま、いろんなことをひっくるめて考えていくことに、 僕は非常に壮大なライフワークを夢想しているのであります(^^)。 ☆☆☆KAZE☆☆☆ - FARION MES(18):★あもりの二人三脚ネットワーク------<01> 94/05/17 - 00983/00984 JBH00712 桂 桂 RE:始まりかぁ… (18) 94/05/16 22:30 00982へのコメント  #00982   憤り、哀しみは何故起きるのだろう?  「それ」が自分の期するものと違っていたから?  理想が幻滅になったから?  それとももっと別な?  誰に、何に、「何故」疑問が起こったのだろう? 桂 桂(JBH00712) 00984/00984 JBH00712 桂 桂 ミーイズム (18) 94/05/16 22:31  誰もが経験した事だろうだと思うけど、よく学校や その中のクラブ活動で「自分のやりたい事をあげてみ ろ」と質問された事はないだろうか?  するとまぁ、なんとなくだけど幾つか上がって来る。  でもどうしてもそれは自分が「本当に」やりたい事 とは違ってくるような気がしてくる。望んで入った所 なのに、どうも「あれ、違うな」という気持ちが抜け ない。それどころか、「他人の進めで入ったから、本 当は違うのだよ」とでも言い出す。  これが別の側面だと、最初から規則が在るのに入っ た途端、「そりゃおかしいのじゃないの」と反旗を翻 す場合も在る。だったらこなけりゃいいじゃん、とも いいたくなる。  「したい」意志を持つのは自由だ。  だが「できる」場所は非常に限られている。  「自由」は常に制限つきの代物だ。  「自由」といいながら常に抑制、限度が付きまとう。  にもかかわらず、人はいつでも、いつまでも「フリー」 なるものを求めてやまない。  それは果たして在るのか。  矛盾を追いかける矛盾した存在。 桂 桂(JBH00712)