MRE - FARION MES( 2):【居酒屋1999】--------自己紹介・雑談 94/07/28 - 02531/02534 CXK03125 月狼 Re:自己紹介です ( 2) 94/07/27 01:33 02530へのコメント   会議室では、初めまして>月光さん   RTではどうも(^^)   月って言う天体は、僕の一番好きな奴でして、次に好きなのがオリオン座   だったりします。(ハッキリ見えるからか?(^^;(笑)   太陽は魔を滅し、月は魔を救済す   なんかのマンガに書いてあったこの文句が妙に気に入ってて、月の光には   特殊な感慨があったりします。   強い光ではないけど、芯が強い。そんな人間・・・・いいなぁ〜   ひとまず、今後ともよろしく(^o^)/             月狼 P.S ちょっと自己陶酔モードれす(^^;(笑) 02532/02534 PXH01650 英雄 RE:自己紹介です。 ( 2) 94/07/27 12:30 02527へのコメント くぼまさん、ようこそいらっしゃいました(^^)/。 神示関係ですと、14番会議室に詳しい方がおりますので、どうぞ ご遠慮なくお話し下さい(もう、案内済かな(^^;)。 わたしも先日、日月神示のダイジェスト版を購入し読んでいます。 また、機会がありましたら一緒にお話しましょうね。 では、よろしく! お一人様、ご案内〜!>マスタ― ウエイタ―:英雄: 02533/02534 PXH01650 英雄 グレ-トP(^^; ( 2) 94/07/27 12:30 02528へのコメント 福島さん、お体の具合はいかがでしょうか?まだまだ熱いですねえ(^^;;;。 先日は時間がなかったので立ち読みでしたが、購入しました。読後は 3番テ―ブルでお話しましょう。 ARIONは「UFO」について、それを目撃したことの意味を考え る事が大事と言っているようです(7番の#02798を参照)。やはり、 それが意味するものを黙考することが、気づきにつながるのではない でしょうか。 :英雄: 02534/02534 GEE03670 福島 健 こんにちは、福島 健です。 ( 2) 94/07/27 13:51 英雄さん コメントをありがとうございました。実は、僕が不思議な光る物体を見た翌日 (7/24)に、名古屋の友人から連絡がありました。その情報によると、あの 満月の夜に名古屋の方でも、多くの人が光る物体を目撃したらしく、名古屋の 方では翌日の新聞の第一面でも「謎の飛行物体出現」となって騒がれたそうで す。 でも、英雄さんのおっしゃるとおり、UFOを目撃したことの意味を考えること が、実は大切なことなんですよね。(なっとく、なっとく) ところで、『グレートポイント』を入手されたそうで、ありがとうございます。 英雄さんにとって、何か役に立つ情報が本の中に見つかるといいですね。 ちなみに、僕も今日、自宅近辺の書店に立ち寄ると、自分の本が並んでいるの を発見しました。何とも妙な気分です。 身体の方は、おかげさまで、だいぶん落ち着いてきました。英雄さんも、この 夏の暑さに負けずに、元気でご活躍ください。 #2529 プレアデスさん はじめまして、こんにちは。僕もプレアデス関係には大変興味があります。 大高さんの本とかは、お読みになった事はありますか。僕もプレアデスの宇宙船 の写真集など持っているのですが、何かプレアデスに関する情報などありました ら、ぜひ情報交換したいですね。どうぞ、よろしくお願いします。 福島 健                          94.07.27. - FARION MES( 3):【めでぃあ室】--------本/映画/音楽 etc 94/07/28 - 00550/00550 NAG02033 EX RE:ピーターの法則 ( 3) 94/07/27 07:38 00549へのコメント  #549 YAHATA さん >ピーターの法則については古くは「巨泉のこんなモノいらない!?」で紹 >介されていたのが思い出されます。最近では「マーフィーの法則」にも載 >っていますね。 ええ,これは70年初版ですから,隠れたロングセラーじゃないでしょうか. 発売当時のことはよく分かりませんが,現在42版ですね. EX (NAG02033) - FARION MES( 6):∞・∞ 壁(カベ)・∞・∞・∞・∞・∞・∞・∞・∞・∞ 94/07/28 - 02671/02674 GBG02755 すまる RE:起こした騒動のわけ ( 6) 94/07/27 05:44 02670へのコメント ごめんなさい、みれさん。 会話を求めていないのは、私なんです。 キャッチボールなど出来ないものだろうと思います、私のメッセージは。 ただ、こういう考え方もあると、それだけ伝わればそれでいいんです。 ただ、今回、前と違うのは、あなたの裏の意図を探ろうとか、 裏の意図があるだろうとか言うことは全く考えませんでした。 そういう印象を与えてしまったことは、ごめんなさい。 私にも書いたもの以上の裏などありません。 あれだけのことです。 そして、「だから、どうしろと言いたいの」と言われても、 どうもする必要はありません。 私が変化してしまって、ここにそぐわなくなってしまっただけのこと。 でも、もう少し自分の有り様を振り返ってみたいと言う思いはあります。 焦っているとか、足元・・・とか、失礼なことを申してごめんなさい。                           すまる   02672/02674 GBD03557 シゲ Happy Birthday は30日 ( 6) 94/07/27 10:49 02669へのコメント  めのうさん  誕生日は30日ざんす。あと3日っす。おやぢっす。  8月24日っていうのは乙女座なんですね。前日かそこいらまでは獅子座か。  プレゼントが水着姿の写真かぁ・・・。ジュルジュル いいなぁ。しかし、魔除け 写真を見ながら男が夜な夜な一人Hってのも・・・ムニャムニャ  考えようによってはうちのマックはStartUpScreen 童貞?きゃ。めのうさんの 水着姿をうちのマックのStartUpScreenにすると「はぢめての女」になるのね。 しか〜し、マックは維/YUIマシンなんで勝手なことは出来ないだろな。  それでは後ほど第一弾をLIBにUPしておきましょう。JPEGファイルで いいんかいな? :  彼は兄貴系の男性が好きらしいです。 :  (よく「カマっぽい」と言われるが真性ではないらしい)  僕は舎弟にするのが好きなもんでちょうどいいかもしれんなぁ。 02673/02674 GBG02755 すまる 祈り ( 6) 94/07/27 22:28 限りある命、限りない祈り。 用意された「今」 恥じることの無い命 優しさ・・・・ 励まし、友愛、触れあい。 互いを認め合うことの暖かさ いつの世にも、人が人であることを 喜び、祝い、悲しみ、祈り続けた。 人が望む未来は、人にしか望むことは出来ない。 それを忘れてはならない。 人の世の「愛」を忘れてはならない。 互いを慈しむこと、悲しむこと、育て合うこと、 人の命のいとおしさは、人にしかわからない。 神の祈りは、人を表わす。 人を拒むことは神を拒むことに同じ。 あなたを拒むな。人を愛せよ。 愛されることを望め。                           すまる 02674/02674 KFA05313 プラマタ RE:またもや例の… ( 6) 94/07/27 23:19 02661へのコメント * えーとね > みれ*さん 僕もぼんやりしてました。 > でも、下記転載部分だけが何だか話が繋がらないままに浮いて見えてしま  ったので、その部分にだけは同意しかねますが(^_^;) | けれどいまだに人間は、野蛮で暴力的なままの様ですね。 | 子供たちは、決して守られているようには見えないし | 1) こんな所にも、受け入れられないものは | 2) 鍵をかけてほおり込むべき*愚か発言さえある。 | 事実、世界中ではそのように幽閉、軟禁状態にある人が大勢いるし | 今に始まったことではないので、驚くには値しないことだけど | 目の前で現実となる日には***その意識の低さには*** ここは下記の先頭部分とおなじ脈絡の話しです。 別々のことに切り放すことは出来ないです。 | あるいは、そうした環境は必要ですよね。 | 誰からも非難されることなく | 自分自身の独自性が尊重され、守られる様な | 干渉されることなく自由に | ひとりひとりが大空に向かって、両手を | 広げられるくらいの、ささやかな空間。 | 簡単でとても単純なひとつの理解。 僕は「人権の環境」の話しをしていました。 あるいは、しようとしたけど今回のRESとしては、よけいな話しに 入りこんでしまった様に思ったので、中途半端でやめてしまった(^_^;) 書きながらいろんな事を考えてしまって とりあえずお仕舞にしょう*と。変てこなRESのままになってしまって かんべんして下さい。 ぼんやりしてました。 身近な所では 「義務教育」は人権に反する・とか、誰でも普通な事として 登校拒否は認められて当然の権利な様に思う・とか*** ***その、有無を言わさず放りこまれる感じ・暴力的な感じや 堅い椅子だとか、つまんない授業に費やされる貴重な時間だとかを 思っていたわけで*** 僕は同じ脈絡の中で話した事なのに 頭の部分はうなずくけれど、尻尾はそうは出来ないと言われる*** 本当に話しがつながらないと思われたとしたなら、 それは恐らく 1.2)のせいですね。 みれさんは、慎重な方です。 僕はそう思いました。 ありがとう、みれさん プラマタ P.S たぶん同じ時期に、ミャンマーで、なんとか女氏の軟禁5年*とか、 中東の方で40万人以上の難民が出て、(原爆で瞬時に死んだ人数の倍) それがコレラで次々と死んで行く様な事が ニュースに流れていた様な気がします。 - FARION MES( 7):★世紀末書込み寺★・・・・・・・・・・・・ARION 94/07/28 - 02812/02848 GDB00064 オリハル どのようにして創造を大きくするか ( 7) 94/07/27 03:25 02804へのコメント コメント数:1 ゆうじ57世さん、こんちには。 |    つまり、悲惨な世紀末とその後の黄金時代において、できるだけ破壊 |    を少なくし、できるだけ創造を大きくするにはどうしたら良いか。こ |    れを「正邪を超えた〜〜」と表現したのです。 地球表面に住む人間の想念の使い方を創造的=反破壊的な方向へ向かわせることだと私 は思っています。そのために、以下の理解を広めています。NIFTY-SERVEのBBSにも 随時、掲示しています。 『あなたは何を肯定するためにそんなに否定ばかりするのですか』                                 オリハル 02813/02848 TBE03167 うんこ RE:Re*2:Re*2:経験者はヤジる(笑) ( 7) 94/07/27 07:35 02809へのコメント ちんちんなどという、下品な言葉にたかってくるようなモラルに欠ける女性は いくらかわいくても、こちらから願い下げですね。>おみゃーさん う〜んこ〜の気持ちぃはよーくわーかるぅという歌をふと思いだしましたが、 あれ、そんな歌はなかったっけ? 02814/02848 KHC03435 ゆうじ57世 RE:見極めるという事 ( 7) 94/07/27 11:36 02807へのコメント コメント数:1     あもりさん、こんにちわ。  −−自分を抑えてでも、相手に合わせようとすることで「愛」が育まれて...    あまり自分を抑えるのも好ましくはないですね。特に、「苦」を感じてまで    愛を行使する必要はないと思います。なぜなら、      「何故愛するのか?」「何故自由にするのか?」       両方とも、そうする方が気持ち良かったからです。    そう、これが原点だからです。人が成長するのを見て楽しい、人が向上する    のが嬉しい、より大きな課題に取り組んでいく姿を見て喜びを感じる、これ    が原点だと思います。理不尽に自分を苦しめる必要はないと思います。  −−「貧しい人」を選択しろということでしょうか?    そういう意味ではなく、今の世の中、いわゆる弱者や不遇な人達がいて、そ    ういう人達を助けることが「愛」の代表的な行為とされていると思います。    これはこれで当然の行為ですが、愛の対象者は何も「恵まれない人達」だけ    に発せられるものではないということです。今の世の中、「恵まれない人達」    を愛の対象者としているために、愛が欲しいばかりにわざと自分を惨めに見    せたりする人がいますよね。逆に、わざと不幸な人達を探し出し、そういう    人達に恵みを与えることにより愛を実践していると自負している人がいます    よね。そういう歪んだ気持ちを増長させたくないと思っているのです。どん    な人にでも誰でも愛を与えることはできる、という意味です。                           ...ゆうじ57世 02815/02848 KHC03435 ゆうじ57世 RE:見極めるという事 ( 7) 94/07/27 11:37 02811へのコメント #02811 みれ さんへ     こちらこそ、初めまして。毎日、お騒がせして済みません。今後とも     よろしくお願いします。まさかコメントが付くとは思っていませんで     した。さっそく今日の日付と「・:*:・みれ・:・。,★」のマークを切りと     って記念のWindows壁紙を作ろうと思っています (^_^)     んでもって  −−異論はARIONに対して言って欲しいという様な言い方は、おかしい様    に思いますけど如何ですか?  −−何を引用しようと、或は何に影響された発言をしようとも、それを選考・    決定するのは自分自身なんです。その辺のこと、ゆうじ57世さんはどう    お考えですか?     の件、私もその通りだと思ってます。軽率でした。     あれっ、もう終っちまった。せっかくの機会だというのに話が進まない。     なんか、弁解でもしておこう。えぇ〜と、私は「異論はARIONに〜」     とは言っていないはずです。疑問、つまりARIONの本で分からない     ことはARIONに質問を、という意味で言ったつもりです。納得でき     ないなら本来の意味を直接ARIONに確認した方が良い、という意味     で書いたのですが、いずれにしろ適切ではないですね。     今度は、謝って済む問題ではないコメントをお待ちしています (^_^;                           ...ゆうじ57世 02816/02848 KHC03435 ゆうじ57世 RE:RE^4:いやよ、いやよも好きのうち〜♪ ( 7) 94/07/27 11:39 02810へのコメント    マイケル釈尊さん、お元気ですか。  −−ま、まさかとは思いますが、ゆうじさんにとって「面白い」の対立概念は    「役に立つ」なのでしょうか。ぼくは「面白くて役に立つ」雑誌を作ろう    といままで頑張ってきましたが、それは無理な話だったでしょうか。     対立概念とは思っていませんが、ベクトル方向が違う軸と思っています。     したがって、正確には「面白いけど役に立たない」記事や「面白くない     けど役に立つ」という記事があると思います。「面白くて役に立つ」、     確かにこれが理想で、さらに安く、早く、正確であれば間違いなく定期     講読します。自由時間はけっこう真面目な雑誌(だよね)だから、役に     立つのもあるけど、ほかの雑誌には役に立たないのもありますけどね。  −−生物的なレベルの好き嫌いとエゴ・レベルの好き嫌いは、ぼくの考えでは    はっきりつながっています。だからどちらかを善悪と呼んでしまうと話が    違ってしまうのです。善悪は道徳的な概念ですから、なにか絶対的な価値    基準を設定して成り立つもの。でも、生物的な好き嫌いは「生き死に」に    直結しています。善悪を超越しているわけです。  −−で、なんでぼくがこんな話に固執するかというと、「エゴレベルの好き嫌    いをどこまで認めるか」というゆうじさんの発言に関わってくると思いま    す。その「認める」という発想がちょっぴりコワイな、という気がします。    よく大人は「人に迷惑をかけるな」といいます。ちょっと物わかりがいい    振りをしている大人は「人に迷惑をかけなければ、何をしてもいい」なん    ていいます。でも、「人に迷惑をかける」ってなんでしょう。  −−ときに我々に過剰に作用して、我々の生き生きした行動を制限してしまう    ということ。〜〜     私も、人に迷惑をかけるのはよくないんじゃないか、って思いますけど。     でも、その理由は社会生活で営む上で、人に迷惑をかけるとスムーズに     進まなくなり、人間関係も悪化するし、およそ良い方向には向かわない     ような気がするからです。ただ、必要以上に自己規制するのは好ましく     はありませんが、通常の社会生活ではその境界をうまく「迷惑をかけな     いレベル」に設定していると思いますが。時代と共に変わるし。  −−みんなが好き嫌いで行動するようになったら、世の中ムチャクチャになる    と思います? ぼくは、けっこう平和ないい世の中になるんじゃないかと    思います。だって一国の大統領が、「俺はあの国の首相が嫌いだから、水    爆を落としてやる」なんて言いますかね?     わたしはムチャクチャになると危惧しています (^_^; それでも、一度     破壊してやっぱり好き勝手にやっちゃダメか、と悟ってやり直すことが     できればそれでも良いと思うのですが、今の地球が破壊したらやり直し     がきかない。だから、未然に防ぐしかないと思います。「フセインは嫌     いだから〜〜」とか言うの、本当にあり得ると思うなぁ。日常の殺人事     件もその現れだと思うけどなぁ。本当にムチャクチャにならない、とい     う証拠があるなら考え直すけど、、                           ...ゆうじ57世 02817/02848 KHC03435 ゆうじ57世 RE:どのようにして創造を大きくするか ( 7) 94/07/27 11:39 02812へのコメント コメント数:1    こんちには、オリハルさん。  −−『あなたは何を肯定するためにそんなに否定ばかりするのですか』     なるほど、そうするとこの文は「何を創造するためにそんなに破壊     ばかりするのですか」という意味と同義である解釈できるわけです     ね。なるべく破壊が前提にならないような創造を考えたいですね。                           ...ゆうじ57世 02818/02848 PXH01650 英雄 肉体と心 ( 7) 94/07/27 12:31 02790へのコメント コメント数:1 SUKEさん、RESをありがとうございます(^^)。ほとんど迷い言と思 われることを覚悟していましたので(^^;、ありがたかったです。 わたしの場合、なかなか伴侶となるべく人が見つからないので、生物 性と人間性(?)の葛藤みたいなものを感じているんです。 「このまま独身でいいではないか、どうせ生まれてくる時も死ぬ時も 独りなのだから」 「いや、人間は独りでは生きていけないはずだ」 「しかし、相手は見つからない。見つけようと様々な努力が要るのか。 しかしこの事は、努力が実るとは限らない。そんなものに一生懸命に なるより、人生にはもっと大事な事があるのではないか」 30も過ぎて、会社で責任を負う立場にもなると、プライベ―トな時間 というのはホントに減ってきます。で、ジレンマに陥るという訳です。 もちろん性的欲求はあります。しかし妙な事に、好きな人とその欲求が 結び付かないのですよ(つまり、好きな彼女とやりたい、という感覚が 起きない)。肉体的欲求(SEXしたい)と精神的欲求(パ―トナ―が 欲しい)とが分離したままなのです。う―ん、わかるかしら? まあ、実際に妻はおろか恋人さえいない男が、「SEXより心だよ」等 と主張しても説得力はありませんよね(^^;。日頃はエラそうな事を言っ ているが、実は彼女一人もできない甲斐性なし、ってとこですか。 シマッタ、8番向きだなこりゃ:英雄: 02819/02848 JCF00616 優位 パラドックスと詩人 ( 7) 94/07/27 14:57 コメント数:1  どんな人間でも、…子供でも、老人でも、赤ん坊でも、主婦でも、学生でも、  エリートビジネスマンでも、会社の社長でも、泥棒でも、総理大臣でも、  みんなが ”ひとつの絵”をもっている。  数十数年の歳月のなかで、人生という名のキャンバスに、様々な画材をもって  彩色し、自分というひとつの絵をつくってゆく…。画材にも善し悪しがあるだ  だろう。水彩絵の具を使う画家もあれば、クレヨンで済ませる幼稚園児も在る。  また、他人の力作を真似るものも、少なくはないだろう。  しかし、当然ながら、全く同じ絵画は存在しないのは道理である。  ・・・・・。  人は自分の「常に未完成の絵」を他者に売り込もうとする事も在る。  「相手を納得」させるため、説明に躍起になってしまう。  もちろん、その絵は他人には秘密なので、ごまかしたりもできるのだが…。  ただ、本当に素直な人は、絵の詳細を伝えようと、  アウトライン(輪郭)を説明する努力をするものである。  ところが期待に反して、相手は長々しい説明はいやだ、直接に  心に響かないと文句をつけ、自分にとって都合のいいやり方を要求する。   自分はできるだけ理解してもらおうと努力したのに!   1ドット1ドット説明するくらいの勇気もあったのに!   あんたは、どうやら記憶容量(キャパ)が足りないようだね!  ・・・・・。  悲しいかな、それとも嬉しいかな、パラドックス。  風景を描写して完璧に「言葉」に連ねる事のできる人は、いるのだろうか?  詩人・・・?みんな詩人だったら、どうだろうね?? ∴ YUI ∞ TANAKA Masanori ∴ 02820/02848 SGW00342 エスペラント わかっていても根が深いことです ( 7) 94/07/27 16:10 02704へのコメント  ゆうじ57世さんへ。愛についての話題です。 > 愛は気付くことから始まります。他人からの愛に気付くことです。 > 気付かない限り「誰も愛してくれない」「私は愛されていない」 > という妄想から抜け出せません。  私の心は、自分を無意識に孤立無援の状況に追い込もうとします。救いの手を差し  伸べられても、それを受け入れることができません。自分が内面の執着、外側から  の制約から全く自由ではなく、同時に自立した存在でないことを肯定することへの  恐れがあるからです。  この私の心の働きは克服するべきと思っています。 > あなたを本当に救えるのはあなた自身です。 > 諸神霊は気付きのための仕組みを作り、同胞がそれを演じます。 > しかし、それを感知して、あなたの救い主となるのはあなたしかいません。  救いを受け止めること、その救いによって自分が新しくなること、それによって古  い自分が克服されることという、3つの現象が起こると思いますが、そのすべてを  肯定的に受け止めるためには、自分がどこにいるのかを見極める必要がありそうで  す。振り向いたり、他者の視線を気にし始めると、本当には変われません。  本質的なことが起こるのは難しいことです。                        ≡△○ エスペラント ☆★ 02821/02848 SGW00342 エスペラント この夏の課題が決まりました ( 7) 94/07/27 16:10 02707へのコメント  お久しぶりです、めのうさん。  どうです、最近の調子は? 何か楽しいことはありますか?  これから僕は、今まで自分の心のなかで大声だしていた意識に注意を向けないで、  静かにじっとしていた意識に注意を向けようとしています。  厄介な自分と向き合うのは楽じゃないし、疲れます。けれど、癒しの言葉を知って  いるのは、他人ではなくて、自分自身なんだということを信じて探してみようと思  っています。  夏は充実した毎日を過ごしたい!  ではでは、また別の話題がありましたら、その時はよろしくお願いします。                        ≡△○ エスペラント ☆★ 02822/02848 SGW00342 エスペラント 気がついて店の主人さん ( 7) 94/07/27 16:11 02727へのコメント  古いですが、ゆうじ57世さんとの『空腹の子供』の話題。 >  そうです。あなたの言うとおりなんです。それで、あなたが店の主人の立場 >  だったらどう判断しますかね。次に、あなたが子供の立場だったらどう判断 >  しますか。最後に、あなたがその母親の立場だったら、どう判断しますか。  〈店の主人〉のケース    店の主人は、目の前で自分の店の売りものを盗んだ男が、どういう動機で行動    しているのかを知ることができません。取っ捕まえて、交番で白状させてから    では遅いのです。    店の主人にとって、盗人を追いかけてつかまえるのは当然のことです。迷う必    要のない自然な行為であって、そこに善悪の判断が加わることに気がつかない    でしょう。同じ日常の繰り返しに慣れると、判断を放棄して行動する傾向が強    くなります。    しかし、このように、善悪の判断の関わる状況が発生するのは、同じ日常の繰    り返しの中を打ち破る本当に稀な瞬間です。では、どうすれば、同じ状況が、    平凡な日常の繰り返しではなくて、ある新しい可能性を秘めていることに気が    つき、日常とは違う新しい行動に踏み切れるのでしょうか?    普通、直感がそれとなく示唆します。しかし大抵は、それを気の迷いとして払    い除けてしまいます。そして、新しい可能性に気がつくこともなく、同じ日常    の繰り返しが、無自覚に存続されてしまいます。    一瞬の直感の示唆を受け入れるためには、店の主人の普段の意識のありかたは    どのようであればいいのでしょうか。                        ≡△○ エスペラント ☆★ 02823/02848 SGW00342 エスペラント よろしければ参照して下さい ( 7) 94/07/27 16:12 02728へのコメント  ゆうじ57世さんへ。  気になるテーマなので、自分の過去の発言についてお知らせします。 >          日常生活で、いかに冷静に落ち着いて考えて行動して >   も、どうしても意図しない方向へ、悪い方向へ展開してしまうことが >   あると思います。その時の状況を分析すると、以前にも似たような状 >   況があり、うまく対処できないままで終わったということが多いと思 >   います。時を変え、人を変えて繰り返してきたわけですね。このどう >   しようもなく現れる現象は定期的に、場合によっては何回もやってく >   るのですね。私はこの、自分の手には負えないどうしようもないもの >   を「法」と呼んでいます。  私がセン・シュアというハンドルの頃に同じようなことを考えていました。 #2222→  #2166→#2172→#2211→(#2241)→#2248→#2249→#2271   →#2252  こういう発言の流れになっています。  私がまだ気がついていない発想などを教えて下さればと思います。                         ≡△○ エスペラント ☆★ 02824/02848 SGW00342 エスペラント また是非よろしくの挨拶です ( 7) 94/07/27 16:12 02731へのコメント  SUKEさんへ。  先の一週間の議論で、SUKEさんからも意見等をいただきたかったと思いました。 >今でもあなたへの問題意識はそのままあり、謝罪の言葉をぶつけられても、実は >その意図が分からずに受け取れない心境です。しかしあなたが自分の気持ちを示 >すことを望むなら、謝罪をなさること自体を止めはしません。 >ですが多分、大事なことは「なぜ謝罪をしようと思ったか」というあなたの内面 >にあるのだと思います。  新しい心境、新しく大事なことが生まれたら、また会話を始めたいですね。  その時には、どうかよろしくお願いします。                        ≡△○ エスペラント ☆★ 02825/02848 SGW00342 エスペラント 競争意識はどうしましょうか? ( 7) 94/07/27 16:13 02738へのコメント  ゆうじ57世さんへ。進化についての話です。 >   人間も知性を発達させ、次第に「善い方向」へと向かっているような >   気がします。他の動物についても、食物についても、決して悪い方向  なるほど「善い方向」へ向かっていくといいですね。  しかし、こういう考え方もあります。  人間の大脳は動物と違って前頭葉ないし大脳左半球が極度に発達したため、人間の  思考力、創造力、判断力が異常なまでに発達してしまい、それが今日の科学文明を  作り出した原因だというのです。と、同時に、人間の大脳左半球のもつ性質が情報  過剰のもとで、競争意識を暴走させる引きがねとなっているというのです。  で、なぜ人間は、そういうふうな脳の進化の過程をたどったのか、知っていること  があれば教えてもらえますか。同時に、人類はこれから先、自身の内側の競争意識  をどのように処理すべきと思いますか。  また、私達個人は、自身の競争意識をどのように扱えばよいのでしょうか。  競争意識を失わせ、管理された人間達のユートピアか、競争意識とテクノロジーの  暴走を肯定する未来像か、というSF的テーマでもあります。                        ≡△○ エスペラント ☆★ 02826/02848 SGW00342 エスペラント 〈森〉との共生が必要かと思います ( 7) 94/07/27 16:14 02753へのコメント  マイケル釈尊さんへ。 ■人間がほかの生物と棲み分けできないのは、ほかの生物が環境にあわせて自分 を変えようとするのに対して、人間は自分の都合にあわせて環境を変えてしまう からではないでしょうか。でも、どうも最近の人間は自分が動物だということを 忘れているようなので、そのうちエライしっぺ返しをくらうのではないでしょう か。  植物に関してはどうなんでしょうね。〈森〉を失った文明は滅びるといいます。単  に物理的な要因だけでしょうか。〈森〉には二酸化炭素を酸素に変える作用ばかり  でなくて、人間の雑な想念を浄化する働きもあるような気がします。  〈森〉と完全に共生できる都市を作ればいいのだと思いますが、それには、私達の  価値観を大きく変える必要がありますね。どのようにすればいいのでしょう? ■ところでエスペラントさんのハンドルはエスペラント語とカンケイがあるので しょうか。  もともとラテン語で〈希望ある者〉という意味があります。スペイン語にも、ほぼ  同じ発音で同じ意味の単語がありますが、ラテン語で、というはったりが好きなの  です。 ■では、また。南無  もともとは「あなたに帰依します」という意味でしたか。こちらこそ、南無。                        ≡△○ エスペラント ☆★ 02827/02848 SGW00342 エスペラント 弱い心を扱うことについて ( 7) 94/07/27 16:15 02754へのコメント  ゆうじ57世さんへ >  暑い日が続きますね。なんとなく、秋ごろに天地が怒りそうな気が... >  「強い心」と「弱い心」について、私なりの感想を書かせてもらいます。  ゆうじ57世さんは、さりげなく、示唆的な発言を心がけているのですか? >  気がします。強い心の持主は、そういった感情が湧き出ても、冷静に >  判断・分析し、それが本当に正しい感情かどうかを考え、その感情が >  正しくないと判断したならば、口に出したり行動したりすることは控 >  えるものと思います。  私の場合、強い心は弱い心に好きにやらせておいて、自分でそのやり方の不毛さに  気がついて挫折するまで、黙って見つめるようにしてきました。これは相手に対し  て迷惑なので、やめることにしました。 >  つまり、強い心とは「とらわれのない心」あるいは「執着のない心」 >  「柔軟な心」で、弱い心とは「とらわれをもった心」「執着のある心」 >  ではないか、というのが私の意見です。  良かれ悪しかれ、自分の最初の想いを偽らないという姿勢が肝心であると思います。  「傷ついた」という気持ちが生じたとして、それを効果的に表現して会話を有利に  進めようとする気持ちが働くと、たちまち自分でも最初の気持ちを見失ってしまい  ます。それが弱い心のありかただと思います。  この会議室では、なぜ「傷ついた」のか、その原因を自身の心の働きに求め、追求  します。私は「傷ついた」という認識をその後どのように扱っていこうとするのか  を観ようとしてきました。そこで、方針の変更が求められています。  今回の発言へのRESは、何度もする価値がありそうです。ありがとう。                        ≡△○ エスペラント ☆★ 02828/02848 MHD02502 ARION RE:またまたぼくの性の事>ARIONへ( ( 7) 94/07/27 16:29 02474へのコメント SUB ARIONよりNORIへ  #02474 NORIへ  死体愛について  死体…つまり、人の生命活動が終了した後のものという風に、  私は考えている。  既にそこから魂も抜け出てしまった、生命活動の終了した身体は物体だ。  しかも用を為さない物体である。  人は死体を愛することは出来ない。  愛は、例え周囲から一方向の働きかけしか見えなくとも、  必ずそこには双方向の力が働く、双方向性のものだからね。  人が死体を愛する様に見える時は、それは物体への執着であり独占欲である事が  多いのだ。愛する人の死体を手放せないのも、執着である。  デス・ファイルが斯様な形で世間に出まわることで、興味本意、怖いもの見たさ、  の「遊び気分」が満たされるのだろう。  しかし、更なる刺激を求めてデス・ファイルを観る人が増えるなら、  それは憂慮するべきことである。  死体の数々の様態を見、人間の生命機能、活動が終了したらどうなるか?を  知ること…これは、大家族であった昔には家庭の中で学んだことの一つであった。  大家族であるから、老若男女の集合体であり、従って老いた者が先に生命活動を  終える…幼い者はそれを見つめる…といった事が、家庭の中で起きたものだ。  現在の社会は、細切れの核家族が多いせいか「死」を見ないままに成長してゆく、  子供達が増えた。  デス・ファイルを見てNORIが興奮したのは、  相手は死んでいるから、相手をどうにでも出来るだろうということで、  相手が死んでいなくとも動くことが出来なければ、同様に興奮したのだろう。  自分の欲望の赴くままに相手を自由にしたい…この欲望は誰にでもあるものだ。  恐らく、誰でも大なり小なり、一度は願ったことだろう。  NORIは、自分が異性ではなく、同性に対してときめくことを自らが異端視し、  そのことによって自分自身を特別視しようとしている様子が見える。  この自己特別視とデス・ファイルという、言わば死という「禁忌」に触れたものと  が接触したために、そこに大きな衝撃が起きたのだろう。  NORIが最も問題にするべきは、自らを特別視したい気持ちが何故あるのか?  なんだよ。  その反対側には、自分は取るに足りない人間だ…という思いが潜んでいないか?                       −−−ARION,O∴O−−− 02829/02848 MHD02502 ARION RE:エスペラントよりARIONへ ( 7) 94/07/27 16:30 02759へのコメント コメント数:2 SUB ARIONよりエスペラントへ  #02759 エスペラント(若しくは元セン・シュア)  元セン・シュアであると自己申告しているエスペラント、  今後はあなたの自己申告に基づいて、エスペラントとして扱う。  再度、この部屋でのハンドルの変更は、混乱を防ぐ為にも認めないことにする。  あなたの最初の言動は他者への問いかけが殆どであり、  自らの「思い」について語られてはいなかった。 | 問題提起をして、そこからは自由に結果を期待していました。  あなたは新任教諭として着任した教師では無いのだから、  最初の行動が問題提起であったのは、如何なものか?  初めて訪れた場において、あなたは先ず「問題提起」をして、  ここに既に居る者達の反応を知ろうとした。  これを私は礼儀に反すると言っているのだが、理解して貰えなかったようだね。  また、あなたが理解したと思っている事柄には、かなりの間違いがある。 | 次に、ここには理性がもたらす苦悩を経験している人は少ないようです。だから、 | 私が言葉を厳密にし始めると、ただちについてこれないばかりか、それが苦痛とな | ってしまいます。  例えば、この文章であなたが指摘している  「理性がもたらす苦悩を経験している人は少ないようです」についてだが、  この指摘の判断は、あなたの言葉についてこれない…とあなたが、  勝手に判断した所にある。  ^^^^^^  あなたには、自らの説明が拙いからだと、自省する気持ちは無いのだろうか?  そもそも感性的苦悩だの、理性的苦悩だのと分かったような言葉遣いをしているが、  感性的苦悩とは何か?  理性的苦悩とは何か?  それを「分かりやすい日常の言葉に表現」し得ない者が、  理論的に構築された(つまり相手を合理的に納得させることが出来るという意で)  文章をものする事が出来るのか?  理論とは相手を煙に巻く為のものでは無い。  ましてや自らの知識の多寡を自他に知らしめるためのものでも無いのだ。 | その継続される感性的な苦悩に際しては、必ずしも厳密な理性をもってする必要は | ないようです。その対象は感覚的な方向にあったからです。私の向き合う対象は理 | 性的な方向にありましたから、類推して、皆さんの言葉遣いの曖昧さと、不徹底さ | に嫌気をさしていました。問題の根源が違うということにようやく気がつきました | が、幾つか致命的に失敗してしまったようです。 | | 私は自身の苦悩を抱えて、ここにくるわけにはいきそうにありません。私が自身の | 苦悩を暴走させれば、皆さんの側の感性に激しい苦痛を与えるでしょうからです。 | 皆さんの側には、理性の暴走も、その暴走を抑える発想もない故に、すべてを感性 | の側に流し込むからです。 | | 同時に、私は私の価値観を明らかにしていくこともできません。それをすることは | 本来自身の理性を厳しく見つめろということにも関わらず、皆さんにとっては、感 | 性を切り刻めと命ぜらるようなものでしょうからです。  この10行余りの文にすら、あなたの傲慢さが散りばめられている。  「皆さん」と称される他者とあなたエスペラントに、  理解や能力の差があると伝えるこの文章、言い換えれば「我こそ優越した者なり」と  感じさせるかの文章の中に、  「独りぼっちの傲慢芝居」や「寂しいと言えない優越感覚至上主義者の劣等感」を  見出す者は多いのだよ、恐らくあなたは想像もしていないだろうが。 また、あなたが何らかの形で他者に優越しているとしても、  他者があなたを理解し得ないことの理由にはならない。  自分の言っていることが他者に受け入れて貰えない時に、  我が侭な幼稚な精神の持ち主は、  自らの拙さを責める前に、他者の理解の無さを責める。  自らが他者を受け入れるために歩み寄ることよりも、  他者が歩み寄ってくれることを望み、  それが果たされないのは、他者の能力が自分のそれに追い付けないからだ、と  自らの都合の良い判断をする。  エスペラントよ、あなたの考察しようとする努力、  あなたの執着に対する思量、  それらの努力や労力を惜しまない態度は褒められて然るべきだろう。  しかし、もう少し素直になりなさい。  他者があなたを受け入れないのは、あなたが自分自身を受け入れることが  出来ていないからなのだよ。  「こうありたい、こあらねばならない…」が先行し過ぎると、  それを他者にまで求めてしまう傾向が、人間にはあることだからね。  本心は他者に受け入れて貰いたいのに、  「私を受け入れるには、これこれこういう条件を満たさねばならない」などと、  求婚者に無理難題を吹っ掛けた、かぐや姫の様な事を言うのは止めなさい。  「こうありたい自分」を他者に押し付けてはいけない。  幾ら上手に演じても、論理のほころびや文章の縫い目から、  「あるがままの自分」が現れて矛盾を呈することになる。  自らの求めるテーマについて語りたい、他者の意見も聞きたいと思うのならば、  他者の言うことに耳を傾け、例え、それが自らの論と異なっていようとも、  敬意を持って対し、自らの論と異なっているという理由だけで軽く扱おうとするのを、 止めなさい。  天上天下、唯我独尊であることを示したいのならば、  この会議室は不向きだ。  否、このフォーラムには適した場は無いだろう。  エスペラントよ、もう少し心を開き、  「賢そうに見える言葉遣い」を意識することなく、  皆と誠心誠意話し合う努力をしてみないか?  あなたが多少、他者より知識が多かろうが少なかろうが、  意識が高いと思い込んでいようが、  大勢には全く影響は無い。  あなたとあなたの周囲の者達が、心から喜び生きるようにならないのであれば、  あなたの学びは無用の長物であろう?                       −−−ARION,O∴O−−− 02830/02848 MHD02502 ARION RE:ARIONへ、愛情と性のことで ( 7) 94/07/27 16:30 02766へのコメント SUB ARIONより、めのうへ  #02766 めのう  はじめまして、めのう。  自分を相手に委ねてしまうことが出来なければ、  性交は、ただ欲望を満たすためだけの交わりに見えてしまうね。  太古の昔からつい近代まで、女性が自分自身を安心して委ねることの出来る相手は、  「頼れる相手」「力強く自分を守る相手」という傾向があった。  反対側の男性は「暖かく優しく自分を受け入れる相手」「自分が守る相手」という  傾向を持っていた。  これは社会がどうの、教育がどうのという問題では無く、それが生み育てる性と  生ませ、守る性の違いから来るもので、  それ自体の良否が問われるべきでは無いものだったのだよ。  近ごろは社会体制も変化し、男女の相手に求める意識は変化したようだが。  また、男女同権という奇妙な考えが全てに行き渡り、男女の特質故の傾向までも  変化せざるを得ない様だ。  めのう、あなたはあなたの伴侶を頼れる相手だと感じているだろうか?  また、性交や抱擁を喜べない自分に罪悪感を持っていないか?  夫婦が互いの接触を喜べなくなるのは、片方だけの問題では無い。  めのうの伴侶に提案してみると良いことがある。  めのうと彼の立場を逆転させたゲームをしてみなさい。  つまり、めのうが接触したがり、伴侶がそれを拒絶するということだ。  伴侶はめのうになりきり、めのうの言動を模倣する。  めのうは、伴侶になりきり伴侶の言動を模倣する。  お互いにシッカリ真剣に、これをやってみなさい。  馬鹿馬鹿しいと思わないで、やってみてごらん。  そして、拒絶する側と拒絶される側が反転したままで、  お互いに、「この場合、こう言ってもらいたかった」ということを、  正直に伝えてみてごらん。  頭で考えていても何も始まらない。  行動しなさい。  男性の性は女性の性とは異なる。  女性の性は、単体で創造と破壊のエネルギーを合わせ持つが、  男性の性は、創造のエネルギーしか無い。  男性の創造のエネルギーは女性のそれより大きい。  女性だけでは、創造し得ないものも、  男性のエネルギーを受け取ることに依り、可能になる。  男性は創造のエネルギーしか持たない為に、  ある程度のエネルギーのピークを迎えると、  男性は女性に近づき、  自らの創造のピークに破壊の力を加えて、  一つの完成させたエネルギーにしたい気持ちになるが、  これは自然なことなのだ。  こうして形成された創造のエネルギーを女性は受け取り、  代わりに破壊のエネルギーを男性に渡す。  これが生命エネルギーの循環であり、  こうした男女の特性に依るエネルギー分担が、  宇宙生命潮流の流れに合一する、生かし生かされる力=愛を支えている。  こうした自然の流れにお互いに罪悪感を持ってしまうと、それが抑圧になり、  色々な歪んだ形を顕す。  こういう形で説明してしまうと、ロマンの香が感じられなくなるが、  これが私達神霊族から見た、エネルギーの流れなんだよ。  そこに「感情」という色を添えて、美しく人間的なドラマに仕立てるのが、  恋愛というものだろう。  めのう、あなたの伴侶と立場を入れ替えるゲーム、照れないでやってごらん。  あなたの場合、伴侶との本当の意味での融合の為の離反である。  離反することが先に見えるのに、仮の融合を果たしたことの結果であること、  つまり、小さな拘りをお互いに解消しないままの融合は離反を孕むことであると、  理解するためのステップとしての離反であることが、遅かれ早かれ分かるだろう。                      −−−ARION,O∴O−−− 02831/02848 MHD02502 ARION RE:ARIONより全ての者へ ( 7) 94/07/27 16:31 02774へのコメント SUB ARIONより、まるにちょんへ  #02774 まるにちょん  ありがとう。  全ての事々、無事に終了する事を祈っている。  これからの為に、下記に記すことは、あなただけに話すことでは無いが、  この場を借りて記しておく。 --------------------------------------------------------------------  風に吹かれて、靡く松は。  なに色の風を伝えるか。  陽光に輝く、水しぶきは何処に弾けるか。  この世とあの世と、狭間の世。  脆き絆は、絹の赤。  封じられ卑しめられた過去への思いより、  封じられつつある、卑しめられつつある未来への怖れを。  あなたがたの見えない所で、  あなたがたに気付かれないように、  あなたがたの屋形骨が腐りつつある。  腐らせようという目論見が、成功しつつある。  霊主体従の徳を失った者は、  魂の欠けたる者。  欠けたる者は、満ちたる者の足を引っ張り、  満ちたる者は前へ進めない。  こんなことで良いのだろうか?  欠けたる者は、満ちたる者から分けて貰うことを考えるな。  満ちたる者は、持てる悲しみに負けるな。  己が、己のみが欠損を修復出来るのだ。  魂の欠けたるは、己の生き方の結果。  押し並べて平均化する事が正しいと誰が教えたのか。  満ちたる者は欠けたる者に分けることが正しいと、誰が教えたのか。  生き方を押し並べることは不可能なのだ。  悪しき平等主義を、魂の世界にまで持ち込むな。  欠けたる者への憐れみは、奢り。  満ちたることへの無感謝も奢り。  欠けたる者は、欠損を補う努力を。  満ちたる者は、前へ進む努力を。                    −−−ARION,O∴O−−− 02832/02848 SGW00342 エスペラント 良い創造のために ( 7) 94/07/27 18:23 02755へのコメント  ゆうじ57世さんへ、良いことを求める方法についての話題です。  整理して、理解しておきますが、誤解が生じていれば、指摘して下さい。  『全体的に考えて良いと思う方向に進める』ために、  @ 全体としての調和とバランスを考える、  A 陽と陰ともいうべき相対立する価値観を必ず含むことを意識する、  B この相対立する価値観があるという前提で発展・成長の方向を考える、  C その場合、自説を曲げるという「嫌な役」を誰かが演じる必要がある、  D 主観的価値観を超越して嫌な役をかって出るとムダな悪想念を放出せずに済む、  E これにより社会全体に大きな争いはなくなるのではないか   全体として発展・成長の方向へ向かうならば、それは「正しい」、   それと反対の方向ならそれは「正しくない」と思っています。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−  すべての人々が皆、良い方向を目指していても、その判断は相対する2つの選択に  分かれてしまうということですね。見方を逆転させれば、完全に相対する価値観な  のに、その目指すところが同じということが起こりうるのですね。  陰と陽の違いを、善と悪の違いと区別していますが、同じ現象を肯定的に見るか、  否定的に見るかの区別に通じるものがあると思います。  また、内面的に納得のいく判断を、全体との調和のために放棄しなければならない  時があるようですが、その時には、意識の中でどのような処理を行えば、内面的な  一貫性をも同時に確保できますか?  などなど、もう少し説明をもらえたらと思います。                        ≡△○ エスペラント ☆★ 02833/02848 SGW00342 エスペラント 陰と陽について (cf.優位さんの#02784) ( 7) 94/07/27 18:26 02755へのコメント  ゆうじ57世さんへ。 >A 陽と陰ともいうべき相対立する価値観を必ず含むことを意識する、    このことについてなんですが、優位さんの#02784の祈りに関する発言に注目すべき  と思っています。なぜかというと、その図式では陽と陰が発散せずに、収束の方向  へ向かっているように感じるからです。中心に空があるので、対立の図式も回避さ  れています。非常に素晴らしいビジョンだと思いました。  同時にトマスさんへ私が指摘した問題を解決する鍵を見つけました。  普通ある行為の善悪を追求する際に、内面の一貫性を求めると、過去へ、前世へ、  運命やら、神やらへと情報が発散します。一方、環境からのアプローチを考えると、  個人、家庭、集団、国家、民族、人類へと情報がやはり発散していきます。  この2つの、発散していく問題意識を、優位さんは、精神軸、物質軸というふうに  説明しているように思えます(>優位さん?)。で、それぞれに対して、陽と陰の  アプローチの仕方があるということでしょう。  とすれば、自らの空を中心として、その4つのアプローチを収束させることで、意  識をさらに新しい次元の上方へと引き上げていくことができるというビジョンにな  っているように思えます。  今のところ、私に分かることはそのくらいです。  このことについて、ゆうじ57世さんは、何か思うところがありますか?  螺旋状の進化という概念の説明をそろそろ、お願いしたいと思うのですが。                        ≡△○ エスペラント ☆★ 02834/02848 SGW00342 エスペラント 議論についての弱肉強食は成り立つか? ( 7) 94/07/27 18:27 02761へのコメント  トマスさん、お久しぶりです。 >ところでこの「問題意識」ですが、他人が自分とは無関係にそれに取り組んで >いる場合には、<あの人はしっかりとした問題意識を持っている>とか言って >褒めるんですが、いざその問題意識を自分に向けられると<私の意見を聞きな >さいとか、私と同じ悩みを持ちなさい>と言われているような落ちつかない気 >分になってしまうものですよね。  マイケル釈尊さんと、棲み分けについて話をしましたが、私は議論においても、同  じ事が言えると思っています。もし、議論において弱肉強食の原理が働くとすれば、  難しく構築された発言だけが生き残って、そうでない、思い付きの発言はみな淘汰  されてしまうからです。  けれど、同じ視点で議論するならば、認識の程度は自ずと明らかにされ、程度の低  い議論は淘汰されて吸収されてしまいます。  まず発想の違いを見極めること、その後で、認識の程度を競うことを心がけていま  す。このことを、私はセン・シュアの頃に#02298で発言してありますが、この姿勢  は、この会議室にふさわしくはないとのことです。  私はもっと自然な発想に立ち戻りたいと思います。それでまた気がついたことがあ  れば、コメントさせて下さい。よろしくお願いします。                        ≡△○ エスペラント ☆★ 02835/02848 SGW00342 エスペラント うんこの話が聞きたいです。 ( 7) 94/07/27 18:28 02767へのコメント  おっと敬称をつけ忘れてしましました。ごめんなさい。  うんこさん、18番会議室ではどうもです。楽しく話しましょう。 >「金満日本人がアタマで想像している援助論なぞ、現場へ行きゃ全部ふっとぶ」  まず、ちょっとこれについて、話して聞かせて下さい。  興味津々です。                        ≡△○ エスペラント ☆★ 02836/02848 SGW00342 エスペラント RE:祈り−−詳解篇 ( 7) 94/07/27 18:28 02784へのコメント コメント数:1  優位さんへ。  18番会議室では、お世話になりました。 >ここで、祈りとは、中心に向かう「矢印」のこと。ベクトルといっても >いいもかもしれない。よって、祈り=中心に帰一する力。(改行変更)  なるほど、発散しがちな情報を祈りによって中心に帰一するのですね。 >台風は、中心が「空」であるからこそ、周囲にもの凄い力を及ぼす。 >真の宗教者・霊覚者であれば、「ニッコリ」とただ優しく微笑むだけの「悟り」 >にはならない筈である。台風の様な「力」を顕現する能力がある筈である。  台風を例にとるということは、4つの力が均衡を保ちながらグルグル回っていると  いう事ですね。そろそろ日本にもやってくる季節になりましたが。 >祈り、祈りと主張しているように見えるかもしれませんが、 >祈りでなくとも「中心に帰一」して、宇宙の大生命潮流に乗る(=大乗?) >(想念)行為などに繋がるものであったら、それこそ何でも構わないと思います。 >このフォーラムでやっている「自分を観る」ことも同じでしょう。 >ただひとつ、「瞑想」は祈りと同じ種類の作用ではない、と明言しておきます。  優位さんのイメージを見る限りでは、それぞれの想いの向かう先を観ることが必要  であるように思います。同時に向かう先をすべて、自己の空へ向けるために、祈り  の求心力を発現させるのですね。  私は、正しく理解できていますか? まだわからないこともあります。                        ≡△○ エスペラント ☆★   02838/02848 SGW00342 エスペラント RE:エスペラントよりARIONへ ( 7) 94/07/27 18:50 02829へのコメント  こんにちは、ARION。  今日は発言意欲が強くて、しかも疲れないので、つい気持ち良く全部UPしてしま  いましたが、ARIONがここにいたからなのですね。  私はその、何というか、自分で自分の考えをどんどん明かしていくのが苦手で、ど  っちかというと、不器用といった感じなのです。相手に多く話してもらう方が向い  ているように思います。  で、今日の発言の傾向は、以前よりは、少しか良くなってきたかと思っていますが、  もう一度、落ち着いて、今日の発言を見直してみます。 >しかし、もう少し素直になりなさい。 >他者があなたを受け入れないのは、あなたが自分自身を受け入れることが >出来ていないからなのだよ。 >「こうありたい、こあらねばならない…」が先行し過ぎると、 >それを他者にまで求めてしまう傾向が、人間にはあることだからね。  あ、そうでしたか。ARIONは、文章としてUPする前に、私に直感を送ってく  れましたね。たまに、ARIONの発言が前もって既に聞いたことのあるような気  持ちになりますが、今日は特にその傾向が意識的で、嬉しい気持ちです。  そうです。まだ自分のすべてを受け入れるのが恐いという気持ちがありました。  この気持ちを少しづつ克服していこうと思います。 >エスペラントよ、もう少し心を開き、 >「賢そうに見える言葉遣い」を意識することなく、 >皆と誠心誠意話し合う努力をしてみないか?  はい、わかりました。                        ≡△○ エスペラント ☆★ 02839/02848 CXK03125 月狼 Re:肉体と心 ( 7) 94/07/27 20:15 02818へのコメント   英雄さん(^^)   おひさしぶりです >わたしの場合、なかなか伴侶となるべく人が見つからないので、生物 >性と人間性(?)の葛藤みたいなものを感じているんです。   結婚ですかぁ・・・・18の若造の出番ではないですが、僕は結婚をしたくない   と思う人間なんですよね^o^; へ、変かな?(^^;)   家庭内の不和を子供時分から、うんざり見せられてきたせいか・・・・・。   「結婚は幸せな牢獄」なんてイメージがねづいちゃって、父母の愚痴を常々   聞かされて育った月狼少年は、結婚と言う形式に良からぬ思いこみがあるよ   うです。   亭主元気で留守がいい。夫在宅症候群(?)。   結婚して何年も連れ添った二人でありながら、日曜日とかに夫が帰宅すると   ノイローゼが勃発する。「亭主は給料さえ振り込んでくれればいいの。帰っ てこないでぇぇ〜♪」だとか。「あんたのパンツなんて洗えないわ」とか。   なんか結婚してて幸せそうな人って僕はあまりみない。幸せなのは新婚ホヤ ホヤの最初の数年。ひどい時には、数カ月。だんだんお互いの存在がうっと おしくなってきて、最後には近くにいながら遠い存在になって行く。   結婚した人の全てがこんな道を歩むわけもなく、このフォーラムにいるかた のように幸せそうな生活を共に営み続けている人もいて、僕の考えはヒネク レているんですが、それでも・・・・なんか結婚と言う行為には、赤鬼が潜んで いるような、そんな気がして。 まぁ、でもそんな事言ってたらなんだってそうなんですけどね(^-^;)   ひとまづ「何々してくれるから愛する」と言う考えを持ち合う二人は、絶対 にうまくいかない。「あなたのために私が出来る事があれば」こう考える二 人ならきっとうまくいく。でも後者は希有でわありますまいか(ー_ー;)   ああ(^^;) 結婚がなんたる物か知らぬ僕が言う事ではないない(笑)                                 月狼 P.S たわごとでした(^^;) 02840/02848 CXK03125 月狼 Re:パラドックスと詩人 ( 7) 94/07/27 20:16 02819へのコメント コメント数:1   こんにちわ(^^)>優位さん   優位さんの話し読んでて、色々考えさせられましたぁ   相手と自分の使う筆の違い。絵の具の濃さ、色の多さ。これは人生   経験の多寡や人間性により、多かったり少なかったりするのでしょ うね。   明るい色ばかり使う人。暗い色ばかり使う人。輪郭のはっきりした   色遣いをする人。直線的な絵を描く人。曖昧な絵を書く人・・・・いろ   んな人がいて、楽しく。時にはその差異から嫌な思いをしたりしな   がら、でも何かを掴みとりたいと思いながら、叩かれても無視され   ても絵を書きつづける人々がいる。   画家達はお互いの色遣いを認めたり、時には痛烈に相手の絵を罵倒   したりする。そして中には、自分の絵を「すごいだろ〜」と押しつ けてくる人もいて・・・・・。   でも、大切なのは、その人がどんな絵を描いたか?でなくて、なん でその絵を描いたのか?そして、廻りの人が己の描き方を自分に押 しつけてきた時は、なんで押しつけてきたのか?自分と他人の手法 の差はなにか? 自分のやりかたを否定された時自分はどう思った か?なぜそう思ったのか?・・・   私は青を使いたいと言った。でも回りは赤にしなさいと言った。私   はどうしても青が使いたかった。でも、その色を使うと絵の輪郭が   ぼやけると廻りの画家達が言った。   ここで考える。 何故私は青なのにまわりは赤にしなさいと言った のか?何故、廻りは赤なのに私だけが青なのか?と。   そして、この事を追求していく先に、青は赤になり、赤は青になる   境地・・・・つまり、「差取り」に至ると。   でも(^^;) 言う易し行うは難し。でも果敢に挑戦して行きたいと思 ってます。お互いガンバロウね(^_-)-☆                            月狼 P.S ちょっと優位さんの書き込みの論旨とはずれてますが(^^;)>僕 02841/02848 JCF00616 優位 祈りの消えてゆく姿 ( 7) 94/07/27 23:24 02836へのコメント RE:02836/TO:エスペラントさん  こんにちは、エスペラントさん。  レスポンスをありがとうございます(^o^)/ >優位さんのイメージを見る限りでは、それぞれの想いの向かう先を観ることが必要 >であるように思います。同時に向かう先をすべて、自己の空へ向けるために、祈り >の求心力を発現させるのですね。  ふつう、力というのは出せば出すほど強力になってゆくものです。  しかし、祈りの「力」とは、それとは逆に「消えて行く」方向にある、  ということなのです。しかも、中心に近づけば近づくほどに、  その力は消えてゆくものなのです。  これは、パラドックスです。  だから、「祈り」というのは、念じれば念じるほど、逆効果になる、  そしてそこまで断言してしまってもよいものである、そう考えています。  求めて求めず、希求して希求せず、探して探さず、そんな境地なのです。 >台風を例にとるということは、4つの力が均衡を保ちながらグルグル回っていると >いう事ですね。そろそろ日本にもやってくる季節になりましたが。  当然、4つの力はバランスを崩す事だってありえます。  ゆらぎが少なければ少ないほど、中心に帰一した状態に近いのです。  大宇宙の4大力を見て、均衡が取れているな、と解っていても、  大宇宙の一部である小宇宙(人間、太陽系など)をピック・アップして  みるとかなりバランスを崩している所もあります。  (この太陽系がその一例ですね) >なるほど、発散しがちな情報を祈りによって中心に帰一するのですね。  ですから、情報はまったく関係が無いのです。  「情報」は人格を作り上げている張本人ではないのですから。  発散しがちな、と来ればその人の悩みや恐怖、優等感、などの想念なのです。  想いの無い世界、すなわち心だけが在る世界を「祈り」というのです。 ∴ YUI ∞ TANAKA Masanori ∴ 02842/02848 JCF00616 優位 絵の展覧会 ( 7) 94/07/27 23:30 02840へのコメント コメント数:1 RE:02840/TO:月狼さん  レスありがとうございますm(__)m  補足、みたいなカタチでとても感謝しています(*^^*) >  でも、大切なのは、その人がどんな絵を描いたか?でなくて、なん > でその絵を描いたのか?そして、廻りの人が己の描き方を自分に押 > しつけてきた時は、なんで押しつけてきたのか?自分と他人の手法 > の差はなにか? 自分のやりかたを否定された時自分はどう思った > か?なぜそう思ったのか?・・・  それが、「自分の絵を観る」ということなんですよね?  「観る」はふつう風景、絵画などに使う字だけれど、そういえば心=絵。  絵画って、案外人間の心と深い結び付きがあるものなのかもしれない…。  神霊族のアート・ラインの方法は、心への効果を知っていたんだね。  いつでも真理はそこに転がっています。  大宇宙をすべて把握しようと躍起になって立ち向かうよりも、  その相似形である、「自分」というものは、誰もが持っています。  …と、いうよりもそれが「在る」ということです。   お金が無い?だからセミナーに通えないって?   友達がいない?だから真の友情が解らないって?   知識が無い?だから僕のいってることが解らないって?   直観が冴えない?だからうまく生きられないって?  いつでもそこに「自分」という最高の鏡があるじゃないか。  ぴっかぴかに磨かれてはいないかもしれない。  黒く汚れていて、観るに耐えない姿かもしれない。  だからどうだっていうんだ?そこに在るのは事実ではないのかい?  −−−−−  僕は、イーゼルに絵が立て掛けてあったら、まず遠くから眺めてみるんです。  そしてどこかバランスが崩れていたり、絵の具が足りなかったり、  他の部分と調和していなかったり、抑揚が取れていなかったりする場合には、  もういっかい接近してチャレンジしてみるんです。  その絵がどこまで成長できるかは、僕の絵心が知っていますが、  それでもやはり、たまにはふらふらと出歩いて他の人がどんな絵を書いているのか  を研究したり、参考にして吸収するんです。  散歩してると、自分とは異質に見えるもののあるんだけれど、  みんなそれなりに巧いんだなあ、って感嘆することがあるんです。  「あ、この部分いいなぁ)^o^(」「ダイナミックな書き方だなぁ(^O^)」…。  「こんな色使い考えてもみなかったな〜(゚゚)」って(笑)  みんないいモノをもってる。いいアジ出してる。  ほんとうに、そう感じるんです。  そしてそう感じる自分さえもいとおしく思えて来るんです。  たぶん…このフォーラムにはいろんな色の絵画があって素敵だから、  いつまでもここに居たいし、またいろんな絵とも出会いたいんです。  出会って参考にして、そしてお礼を自分の絵を見せる事で返したい、  そうできるように、お互い切磋琢磨して頑張りましょう! ∴ YUI ∞ TANAKA Masanori ∴ 02843/02848 JCF00616 優位 RE:絵の展覧会 ( 7) 94/07/27 23:44 02842へのコメント RE:02842/TO:優位さん  せっかく絵の展覧会を開こうと提案した方が居るのに、  自分の絵が下手だとか、見せるまでもないとおっしゃる方が  多いのは大変残念に思います。  僕だって、絵はきっと完成する事はないし、  どれだけ立派になってゆくのかはぜんぜん解らないけど、  技法とかは下手っぴでも、廉価な絵の具でも、いつだって  恥ずかしながらも見せる準備くらいはできていると信じています (^^) ∴ YUI ∞ TANAKA Masanori ∴ 02844/02848 CXE02430 プレアデス プレアデスからの ( 7) 94/07/27 23:49 世紀末の危機について 多くの人々が世紀末に来る大災害を予告している。それは、地球的規模で起こる歴史上 初めての激しい災害になるという。 その予告を裏づけるようなデータは、確かに認められる。まず、現在の地球上には核ミ サイルがある。それに、産業廃棄物の増大と、産業開発は留まるところを知らず、現在はそれが第三世界にまで及んでいる。50億以上の人々が産業社会によって物質の栄華を手にしたとしたら、地球に森林はなくなるだろう。そうなる前に、地球の文明は破局に向かうに違いない。 今、根本的な文明の変換が必要なのである。それは、「自然に還えれ」というような、 単なる産業社会の否定では済まされない。自然に生きるというのは、決して単に考えるのをやめて山に籠ることではない。それは、我々の文化の中に自然の偉大なる叡智を組み入れることなのである。本当に我々が自然に還えるのは、我々が勇気を出して前進したときのみである。 我々は、人類のこれまで歩んできた足取りを精密に観察してから、根本的変換を具体的 に推し進めるべきである。きっと、その時は私たち一人ひとりにできうることがあると思う。 ここで、世紀末の危機を予感するすべての人々に、注意しておかなくてはならないこと がある。我々は、世紀末の危機を、どうしてそんなに意識するのか、そのことについて自問自答してみよう。単に現代社会から、疎外感を感じているからだろうか? 社会を怨ん でいるから、社会全体の崩壊を望んでいるのだろうか? だとしたら、世紀末を考えるよ り先に、自分自身の内面を見つめるべきであろう。我々は、その場合、社会を怨んでいるのではなく、自分自身を怨んでいるのだ。その際は、自分自身との和解をすることが先決である。世紀末の危機が来るにせよ、来ないにせよ、自分自身と和解のできた人は幸いである。 02845/02848 HGB02122 あもり RE:見極めるという事 ( 7) 94/07/28 00:16 02814へのコメント  #02814 ゆうじ57世 さん  相手のレベルに合わせて愛を行使する....それが今までおっしゃっていただ  かれた内容です。  あと、「愛に細則はいらない」「愛は束縛するものではない」それらが、ゆ  うじ57世さんの標榜される「愛」の説明でした。 § どんな人にでも誰でも愛を与えることはできる、という意味です。  人を選ばなくても良いと言う事でしょうか?  人を選択して愛を行使する事をせず、人のレベルに合わせた「愛」を広く行え  ということでしょうか?  相手のレベルに合わせて「愛」を行使するのはいいことだが、そのために自分  を抑える事は好ましくない....察するに、「苦」を感じることすら、広い心で  受け入れ、創造的な「愛」に変えて行く(ちょっと表現が難しいけれど)作業  が必要だという事でしょうか?  私には、相手が「どのレベルにあるのか?」の判断がまだ出来ていないようで  す。増してや、自分を「相手のレベル」に合わせることなど考えても見ません  でした。  だからゆうじ57世さんの言う「愛の行使」が不完全なのだと思います。  取り急ぎご教授をお願いします。                  HGB02122 あもり 02846/02848 HGB02122 あもり RE:どのようにして創造を大きくするか ( 7) 94/07/28 00:18 02817へのコメント  #02817 ゆうじ57世 さん  肯定=創造  否定=破壊  結構重要な定義ですので、よく覚えておきますね。                  HGB02122 あもり 02847/02848 GEG03766 トマス RE:正邪善悪問題パート2 ( 7) 94/07/28 00:28 02804へのコメント  >ゆうじ57世さん>RES#02804ありがとうございます。  >実はARIONの本を手にしたことがないんです。(;_;)ドウモマズソウダ  こないだから、地元の本屋さんでは探しているんですけど、どこにも置いてない  んですよ。  >で、取り敢えずはゆうじさんの体験談を使わせてもらいます。  この前のRESで、すごく忙しかった時に他の人がゆうじさんの仕事をやりたい  って会議で申し出たという話しがありましたよね。結果的には、その人が仕事の  期限に間に合わなかったけど、誰もゆうじさんを責める人はいなかったとか。  >そのエピソードは、ゆうじさんにとってはハッピーだったでしょうけど、  ゆうじさんの仕事を肩代わりした人の立場って、いったい何なんでしょうね?  まさか、ゆうじさんの仕事を楽にするために、この世に生まれて来たわけではな  いですよね。  皆がそれぞれパラレルワールドに住んでいて、皆がそれぞれ物語の主人公だった  ら全然気にならないのですが、日常的な判断に従えば我々はみんな同じ世界に住  んでいますよね。ですから、凄く引っ掛かるものを感じてしまいます。  因果の法則によって、その人はゆうじさんの代わりに仕事の期限を守れないとい  う結果を自分で招きよせたと考えるのですか?  正邪善悪問題パート1で、正邪善悪には絶対的な基準は設定できない。大多数の  人が正とするものを正として認めざるを得ないという結論に至りました。  では、「より大きな創造」も大多数の人の判断基準に従うのでしょうか。どうも、  心もとない気がしますね。  >さて、話が大きくなると理解が困難になりますので、経験の無いことになって  いる「不倫」の問題に戻りますか。(^_^;  SUKEさんから、善とか悪の問題ではなく心の問題だっていうコメントを頂きまし  た。う〜ん、確かにそうだって気はしますが、心にもいろいろありますよね。  >一度結婚したら相手を裏切ってはいけない。というのが、今でも大多数の人が  認める「正」ですよね。そこに、配偶者よりもはるかに自分にぴったしの相手が  現れたと仮定します。どう考えても新しい相手と一緒になる方が自然で、相手も  それを望んでいる。そうなると、配偶者に悲しい思いをさせてはいけないとか、  子供に悪影響だとか、いろいろと悩むことになると思います。それで、どうして  も諦めることができなければ・・・、わたしなら新しい相手を選びますね。どう  しようもなくなったら、よけいなことを考えないので、自分の素直な心に従って  行動するだろうと思います。「最良の調和」を生むかどうかは分かりませんが。                           †  (良き家庭人のトマスより)            ▲                           ■ トマス (GEG03766)                           ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 02848/02848 GCG01101 アマデウス RE:ひとりとふたり ( 7) 94/07/28 01:17 02785へのコメント  英雄さん  これは考え出すと結構ヘビーなテーマですね。  答が出せる自信はないのですが、思いついたことをつらつらと書いてみます。  ひとりでは生きて行けないと感じることには、2つの側面があると思います。  一つは、「愛してる」が実は「自分を愛している」というケース。  自分が幸せな気分になりたいから相手が必要だという意味ですね。  この場合、相手が居なくなることによって自分の快い空間が失われてしまう。  それが寂しさ・失意につながることになる。これは結局エゴの範疇で、結婚後  熱がさめるとまるで他人のような夫婦になってしまうと言うのは、このケース  であるように思います。  もう一つは、、、英雄さんは以前、僕宛てのARIONのレスの中の、結婚に  ついての話にレスをつけておられましたよね。 あのときのARIONの話が  まさにもう一つのケースではないかなぁと思うのです。  そのARIONの話とは、次のようなものでした。 >> 結婚とは生まれも育ちも性も異なる者二人が、お互いに出会うまでの間に培った >> 経験などを持ち寄って、お互いの個性を維持しながら、二人の個性を合わせた >> 「第3の個性」を築き、二人だけでは得ることの出来なかった世界を共有し、 >> 二人で多くの経験を積んで生活してゆくもの、という風に私は解釈している。                            (7番会議室 #2123)  当時の会話のテーマが離婚だったので、結婚に焦点が当たっていますが、それ  に限定しなくても成り立つ話だと思います。  「第3の個性」は、自分そのものではないけれども、自分の一部であることに  間違いない。でも、相手が居なくなってしまうと、この「第3の個性」が崩れ  去ってしまうのですね。すると、自分の一部がごっそり抜け落ちてしまったよ  うな喪失感を味わう。 このときの喪失感は、先のケースの寂しさとは全く異  なるということは間違いないですね。  僕は、例の離婚騒ぎ(^^;)のとき、「嫁さんがもし今突然居なくなったら」を  想像したことがあります。そのとき、この喪失感を予感して戦慄したことを  明瞭に覚えています。(もっとも第3の個性が築けているかどうか自信はあり  ませんがね(^^;))  前者の場合、たとえ別離があったとしても、次の対象が見つかれば割と簡単に  立ち直りそうですが、後者の場合はかなり後を引きそうです。  「第3の個性」を築いてしまった者にとっては、ひとりでは生きて行けないと  いうのは、かなりの程度まで真実であると思います。  そうでない者にとっては、ひよっとすると寂しさを感じつつもひとりで生きて  行けるかもしれない。(断定は出来ません)  でも、「第3の個性」を知らずに人生を終わることは、とてももったいないこ  とではないかなぁと思ってしまいました。                                アマデウス - FARION MES( 8):★恋愛玉手箱/風まかせ編★・・・・・・・・・・シゲ 94/07/28 - 00346/00346 PGB01143 魔界のめーそん 愛・恋・性愛 ( 8) 94/07/27 09:01  前回「8月15日に消えた彼女」を予告したが、やはり終戦記念日 が時期を得ていようと思うので、機会を後にします。  近頃この8番で話題となっている同性愛について、拙老には直接的 な意見は無いが、ここに書いた、又これから書き続けるであろう人間 編の中に書く、恋しいもの.愛ほしいものが、性別を問わず、なお且 つ人間をも特定しない事象も含むことから、何らかの主張を汲み取っ て欲しい。  ただ小生は、恋しいと言うこと..愛ほしいと言うこと..そして 性愛は、ある時は同意義であり..ある時は異意義でも有ると考えて いる。  小生の幼い頃、最初の性衝動は不思議な状態の中で体験した。それ はある読書の最中に、突然下腹部に異常な衝撃を感じたものであった。  一度目は源平戦記の中で、源頼朝が旗揚げの初戦、石橋山で敗戦し、 落ち延びるくだり..二度目は尼子戦記で、山中鹿之助が上月城で敗 れて首をかかれるくだりで....  こうした性衝動は何が因したのか、小生には未だに不可解なこと.. どなたか心理分析をお願い出来ないだろうか。                      魔界のめーそん - FARION MES(11):★平井和正/異界漂流★・・・・・・・・・・・・アキラ 94/07/28 - 604/613 GDB00064 オリハル 個人的な嗜好で説明! (11) 94/07/27 03:25 602へのコメント しろおかさん、RESどうも。 薬物による精神への影響というのは、なんでしょうね。何か、脳内電流とか光流に 「影響」を与える、という様な説明で色々と解釈することは可能だと思ってます。 もちろん、人間の心というものは、脳内の神経機構の働きに多くを依存していると 思います。 私は以前、精薄者の方と一緒に仕事してましたが、彼らは純粋です。私は一般の人より も彼らとの気持ちの交流が容易です。彼らは「絶対に」企まないし、「絶対に」心の底 からの愛と真心で、時にはストレスで反応するのです。彼らの特徴としてはコンピュー ター的な用語を使ってしまって申し訳ありませんが、「ループ」状態にあります。多分、そのために、いわゆる、エネルギーがショートしてるような気がします。彼らはほとん ど外界に注意が向かないようです。その個々の特異な性質も千差万別です。このように 理解できると思っています。 要は、エネルギー的に階層的になっているのではないかと思っています。 (というだけの「意見」であります) P.S. つまり、「階層的」なのであり、排他的ではないという意見です。                                オリハル 605/613 GEH01636 酔狂生 玉置詣、参加したいです (11) 94/07/27 07:36 597へのコメント  ず〜っとまよっていたのですが、#597のかきこみをみて、玉置詣でに参加す ることを決意しました。  まるにちょんさんをはじめとして、今回の玉置詣でに参加する皆さん、よろ しくおねがいいたします。なお、小生はJRの南紀5号で新宮入りをする予定 でおります。  それにしても、なんかまたカミゴトをするみたいだけど、ついていけるかな あ… 般若心経をおもいださなくちゃ(^_^;                           酔狂生(GEH01636) 606/613 HGE02116 MAKOTO 夏の玉置詣で☆ (11) 94/07/27 19:46 597へのコメント まるにちょんさん、日程の予定のアップ、ご苦労様です(*^_^*) MAKOTOは、新大阪からJRの「スーパーくろしお」を使うつもりなんです が、新宮への到着がPM1:40になります。 TAOさんに遅れること4分 だっけ? 何とか、2時までには合流できると思います。…っと、新宮駅 前って、迷うようなところあります? それから、赤米なるものを沖縄で手に入れたのですが、当日持参しましょ うか? 何となく買ってきてしまったのですが…(^^;) どうしましょう… ?>まるにちょん なにはともあれ、右も左もわかりませんので、当日はよろしくお願いしま す>参加予定者各位                     MAKOTO でした☆ 607/613 GHF02266 カンチャン 大橋薫のコミック (11) 94/07/27 20:06 603へのコメント 今日、別の本屋を覗いてきたのですが、やはりMANBOは山積みでした。 僕自身、この会議室を覗いていなかったら、『BACCHI☆GAMI』 (←早速、採用)の存在は全く知らなかったでしょう。 最近は小説の新刊チェックが疎かで漫画などの開拓は全くやっておりませ ん。ましてや、以前足繁く通った”精神世界”のコーナーなどには近寄り もしなくなってしまいました。(^^;) いろいろと食傷気味です。 平井さんが何かに、”本屋に入ったが買う物がなくて、既に何度も読んで いる愛読書を買って出てきた”ってな意の文を書いていましたが、正にそ んな感じですね。僕も以前は活字中毒気味だった。 本題です。 大橋薫がキャプテンに書いていた”ウルフガイ”ってコミックに収録され てますか? 買うかもしれないので教えて下さい>カナメさん 僕は妹の楠桂(圭? どっちだっけ?)よりは大橋薫の漫画の方が好きで す。マニアックかな? マニアはある程度の”人口”が確保されている(?)からいいのですが、 MANBOに関しては少し心配ですね。 ある日、手に取ったMANBOの全ての漫画が最終回ってことになる日は 近いか? でも、『BACCHI☆GAMI』って”ヒラリンの怒りを買 って、世界破滅”って安易な手を使えるから楽ですね。(^^;)(^^;)(^^;)                    GHF02266 カンチャン 608/613 GHF02266 カンチャン 玉置詣、いってらっしゃい (11) 94/07/27 20:06 597へのコメント 僕は今回は遠慮させて頂きますが、興味津々です。 尾鷲神社、九鬼神社ってどこにあるのでしょうか? どんな神社なんで しょうか? また、海神さまが荒れるとどうなるのでしょうか? 熊野には僕の行っていない、知らない神社がいっぱいありますね。機会 があればいずれ訪れようと思っています。 (もう少し、心の雲をとってからです(^_^)) そう言えば、8月に まるにちょん さんの迎撃オフって話が前にMES 4で上がってたと思うのですが、どうなったのでしょうかね。 オフに参加すれば、会議室には書けないような話を聞けるのならば、 日程に都合がつけば僕も参加してみようかな?と考えております。 (後半の件は4番会議室に書かないと駄目なのでしょうか……(^^;))                    GHF02266 カンチャン 609/613 GEH01636 酔狂生 RE:荒巻作品と玉置山 (11) 94/07/27 22:42 595へのコメント  だいあんさん、さっそく荒巻作品をしらべていただきまして、ありがとうご ざいました。(ペアレントリンクをまちがえて、失礼しました) >> 少し読み返してみたのですが、「旭日・・」7巻では、大高首相は元旦に >>玉置山に登山、瞑想した後下山、伊勢神宮に参拝しています。 >>つまり玉置神社には参拝していない。これは荒巻氏が玉置神社の存在を知らないか >>知っていてもあまり重要視していないという事でしょうか。  そういえば、玉置の主ことN地さんも、玉置神社はたいしたことない、むし ろ、あまりよくない霊があつまっている場所だ、というようなことをおっしゃっ ていたようにおもいます。本命は、あくまで玉石社だ、ということのようです。  ところで、大高首相のモデルはだれなのかな? >> 私もそんな気がします。調べてないけど、この会議室で玉置山の話題が出始めた >>時期と、「紺碧の艦隊」5巻が出た時期は同じ頃だったような気がします。  「紺碧の艦隊」5がでたのは、1992年の3月ですから、「地球樹の女神」の PART13(最終巻)が発売されたころですね。 酔狂生(GEH01636) 610/613 GEH01636 酔狂生 RE:荒巻作品と玉置山 (11) 94/07/27 22:44 599へのコメント  うむむ、荒巻さんは、吾郷清彦さんとつながっていたのですか。  以前、この会議室の#125にもかいたのですが、吾郷さんは、玉置神社がかつ て所蔵していたという、神代文字でかかれた文書を雑誌に紹介してたりするん ですよね。 酔狂生(GEH01636) 611/613 GEH01636 酔狂生 RE:ウ、MANBO (11) 94/07/27 22:44 603へのコメント 『BACHI☆GAMI』か、『BACHI★GAMI』か? 黒星のほうが、 バチあたりの感がつよいかも。もっとも、単純に『BACHIGAMI』とし たほうが楽でいいかもしれませんね。  マンボー売れ残りについては、超特大の目玉がないんだから、あんなもんで しょう、と納得するしかないんでしょうか。最初はうれなくてもたくさん出荷 する、これが定石パターンかとおもうのですが、このあたりって、どうなんで しょ。出版関係におつとめの某氏のご意見をうかがいたかったりする…                          酔狂生(GEH01636) 612/613 MHD02672 TAO あと5日かぁ… (11) 94/07/27 23:55 597へのコメント  >まるにちょん さん  日程や準備についてのUP、お疲れ様でした。  写経は5枚しか進んでいませんが(^_^;)、休日を利用して何とか15枚 ぐらいは… アセアセ ¢(. .;) しかし“体ひとつ”と書かれると、何やら  人身御供のような気も…(^_^;)  玉置詣りの晩には、N地さんにお会いできるそうで、それも楽しみな限  りですね。新宮市には、頑固オヤジが営んでいる「千佳」という、滅法  うまい小料理店もあるんで、出来ればそこにも足を延ばしたいですね。  月夜の那智の滝見物も、風流でいいなぁ(*^^*)。カメラと高感度フィル  ムを持って行こうかな。  九鬼付近の九木神社にも足を延ばすかもしれないとのこと、九鬼家出身  の母が居ながら行ったことはないんで、一目でも見れれば幸いなのです  が、無理は言いたくありませんので…。  それではどうぞよろしくお願い申し上げます。  >#605 酔狂生 さん  初めまして。をを、同じ南紀5号に乗られるのですね。こちらこそどう  ぞよろしく申し上げます。(^_^) m(_ _)m  >#606 MAKOTO さん  新宮駅は小さな駅で、改札口も一つしか無かったと思うから、すぐ分か  りますよ。沖縄の赤米かぁ。9月か10月に沖縄へ行く予定があるんで  すよ。沖縄のこと、聞かせてね。(^.^)/ 写真もあればなおさら嬉しい  けど…(^_^;)。 TAO 613/613 KHA02710 S・N 「バベルの戦士」第7巻 (11) 94/07/28 01:31 「バベルの戦士」第7巻が27日、発売されました。 第5巻での予告どうり、「バベルの戦士」は7巻で完結です。 が、物語のほうは....。ううっ! 第1巻がでてから、約2年弱...。終わってみればあっとゆー間 って気がしますが..しかし、待つ身はまだまだ長いのであります。 『BACHI☆GAMI』とともに、佐々木君紀さんの、次回作が 気になるところです。 KHA02710 S・N - FARION MES(12):★アジア・チャンプル★・・・・・・・・・・・・・・一輝 94/07/28 - 00308/00310 GFB00026 一輝 RE:「AMA族の系譜・外伝」の感想 (12) 94/07/28 00:38 00305へのコメント >船木さんへ  …日ユ同祖物の文献は、だいたい目を通しています。「現ユダヤ人=アュケナジー  ユダヤ人(白人)」とあったのが、宇野正美氏の『古代ユダヤは日本にに封印され  た』でした。彼らに支配されるスファラジーユダヤ人こそが、セム族であり日本人  と同祖であると述べていますが、私がARIONから聞く範囲によると、スファラ  ジーユダヤ人でさえも違うというわけです。中東地域に生存する、日本人と同祖で  あるところの部族は「アラム人と呼ばれる民族に僅かに見られる」とのことです。  …スペイン中央山地に住む謎のアジア人種、AMA族でアラン人というのが居て、  彼らと名前が似ています。彼らは中央アジアのフン族の系統ですが、遠い祖先は同  じです。ハンガリーのマジャール人やフィンランドのフィン人も、フン族から別れ  たAMA族です。  …他に日本人と同祖である部族が、ARIONいわく「アフリカ北部の山岳地帯に  住んでいる」というので、調べてみたらベルベル人(モロッコ)でした。大昔、私  と別れた女性がここに旅行して、あまりに日本人とよく似ている彼らの一人と恋愛  したので、結婚して永住しようと思ったが結局断念した、という旨の手紙が届いた  ことがあります。彼らはアフリカに住んでいるにも関わらず、アジア人としての身  体的特徴、言語、習慣まで日本人によく似ていたそうです。私の最近の調べでは、  ベルベル人も自らを十支族の子孫と信じていることがわかりました。「日本人と同  祖である」とは言わなかったそうです。  …私は、日ユ同祖論という表現そのものにも、語弊があるような気がしているので  す。つまり血の系譜の中心がイスラエル諸地域との関係にばかり目が行ってしまう  ことです。思考を釘付けされるかのように、三大宗教の中心的聖地と辺境の聖地と  の血縁的強調ばかりが、語られてしまう。十支族の一つを称する民族にも同じよう  な症状の傾向がある。  …AMA族というのは、本来定住する農耕民族ではないのにも係わらず、「コメ」  を携えて多神教的アニミズム文化の伝播を各地に行ってゆきます。ですから、現在  の一神教的ユダヤ世界観を基盤にして考えると、「AMA族の系譜」は、日ユ同祖  論に似て非なる展開になってゆくような気がします。  …十支族症候群についてのお話、面白いです。また何かありましたら教えて下さい。                      《アジア・チャンプル》案内人 一輝 00309/00310 GFB00026 一輝 RE:ヨーグルトキノコ(ケフィール) (12) 94/07/28 00:39 00306へのコメント >EXさん  …食品、最近いろいろ取り組んでおられるようですね。ヨーグルトキノコですか。  味噌汁ってよくよく考えると奇異な食べ物で、小学生の間で「あんな泥湯だけは  飲みたくない」という話があるんだそうです。味噌汁嫌いが増えている。  …生で何でも食べてみたかと思うと、腐ったものを食べてみたり、日本人は変わ  っていますよね。中国人に言わせると「あんなに冷たいものばかり食べていて、  体が悪くならないのか、不思議だ」とのことです。  …食物の本来持っているパワーを最大限に引き出す術を、直観的に捉えていたよ  うにも思えます。  …関係の無い話ですが、匂いの無い納豆が関西方面で売上げを延ばしているよう  です。納豆はバリ島にもあって、ピーナッツを込めて乾燥され、お菓子として扱  われています。あの強烈な匂いはありません。水戸出身の知人から聞いた、納豆  通の食べ方はワサビを少し混ぜることなのだそうです。付属の洋ガラシを混ぜる  のは、戦後に作られた邪道である、と主張していました。実際にワサビを混ぜて  食べてみると、おいしかったです。                      《アジア・チャンプル》案内人 一輝 00310/00310 GFB00026 一輝 RE:アジア経済諸々(1) (12) 94/07/28 00:42 00307へのコメント >智美パパさん  …ようこそお越し下さいました。初心者でも分かる”やさしいアジア経済講座”を  首を長くして待っておりました。  …我々の心の奥深くには、「日本人もアジア人である」という事実(ニューヨーク  に行った時、ウィンドウに映る己の姿を見て自分が日本人であることを改めて思い  出したことがありました)を棚に上げて、アジアに対する未開文明観があります。  …これは、彼らが未開文明なのではなく、我々自身が彼らの国々の事情に関して無  知であることを、ただ彼らに投影しているだけなのではないのでしょうか。もっと  我々は、生きたアジアの在り態を識る必要があると思います。  …時には「差別的」と解釈されることもあるでしょう。経済活動は戦場です。日本  経済から見た視点というのも、智美パパさんから見たら致し方ないことなのかもし  れません。ありのままの戦況をお伝え下さい。期待しています。  …なお、昨年から二回、史上初の米ロ合同軍事演習が東シナ海で行われています。  新聞の片隅で小さく取り上げられるこの記事から、東西冷戦構造が終わり、ある意  味で再び時代が第1次大戦前後の状況に戻っているのを感じます。イデオロギーに  よる冷戦構造が、第三世界の台頭を抑える為の時間稼ぎだったことが明白なのです。  …日本から目と鼻の距離で行われた東シナ海の米ロ合同軍事演習は、勢力を延ばす  中国海軍の制海権への牽制球でしょう。中国海軍について何か知っていることがあ  ったら、ぜひ教えて下さい。  …台湾バブルの崩壊、バリ島のオイルショック…、ゴミ問題、公害問題、アジアは  もはや欧米と同じ病を抱えこんで、何でもアリになってきましたね。そう簡単に問  題解決というわけにはいかないでしょうが、見逃しがちな問題提起にこそ意義があ  ると考えています。  …これからもよろしくお願いします。                      《アジア・チャンプル》案内人 一輝 - FARION MES(13):★神秘学遊戯団★・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・KAZE 94/07/28 - 01608/01613 GGA02514 KAZE 鏡・反射・相互作用 (13) 94/07/27 11:41 01605へのコメント 隆ちゃん、どうも。 >人間はある意味で鏡のような存在なのかもしれませんね。光(影でもいいですが) >が行ったり来たりする事で、どんどんエネルギーが高揚してゆくのでしょうか。 そんなイメージが僕にはあります。 そこらへんのことについては、以前FFORTUNEのカズタマの部屋で 「反射」ということで幾度かお話したことがあります。 その「反射」のときの「関数」として、「自由意志」があるわけで、 その自由意志によってエネルギーを増幅することもできますし、 変容させていくこともできるのではないでしょうか。 もちろん、それによっていわゆる「堕落」していくこともできるのですが^^;。 >「何がなんでも平等!」っていう自称フェミニストのおばさんの話はどうもおか >しい。 「何がなんでも平等!」っていうのには、 「個性」という関数が無視されてるのは確かでしょう。 マルクス主義なんかでも、労働時間を絶対化し、その質の部分をなおざりにした 労働の無差別的平等観?のようなものが支配的になり、 結局それらを基盤としたシステムが崩壊することになりましたが、 「何がなんでも平等!」は、人間の「やる気」を奪うんだと思います。 自覚のない公務員さん方が事務的でどうしようもないのも、 その「やる気」という個性的な部分を無効にしてしまうシステムだからです。 男女に限らず能力が適正に生かされるということが大事なのであって、 男女を均等に扱うというかその個性を無視した能力評価をするというのは 話にならないと思うんです。 それだったら、極端な話、マラソンなどの陸上競技だって、 男女一緒の基準でなければならなくなりますよね。 >自称フェミニストのおばさん達は実は男性そのものだと女性的な僕などは感じて >しまいます(^^;)。彼女達は男になりたいんですよね。 そうそう、僕もそう感じています。 そういう方が「私たち女性は・・・」っていうのをよく言いますが、 相棒などは、「私はあんな『私たち女性』のなかにははいってない」 というくらいです。 自称フェミニストのいう『私たち女性』っていったいなんなんでしょうか。 >ちなみに美貴子ちゃんは非常にひつこいところがあって、あっさりしすぎている >我々夫婦は時々うんざりしてしまいますが・・・(^^;) 粘液質のひとは、ひとつのことをじっくりと取り組むことで、 その「対象」と少しずつ少しずつ「仲良く」なろうとしてる傾向があると思います。 その「対象」を総合的なに自分のなかにじっくりと取り入れようとする、 とでもいったらいいでしょうか。 ですから、一見、ぼ〜っとしてたり、「ひつこ」かったりしますが、 その「内」では魂が着実に四股を踏んでるんだと思います。 そうしたあまり外に魂の活動が現れにくいひとを、 たとえば多血質的な落ちつきのないタイプ^^;は理解しがたいんですが、 その違いということはちゃんとみていきたいものですね。 子どもだけではなく、人間を観察するときには、その外面的なあらわれだけではなく やはり、その魂がどう活動しているかということをみていかなければなりません。 シュタイナーの教育に関するものを読みながらよく思うのは、 自分はそうした観察がぜんぜんできてないなあということです。 ひとを理解するということの基礎として、 そうした観察力をしっかりと身につけるということが必要だなあと このごろとみにつくづく思うのでありました。 >吉田松陰の教育のされ方、面白かったです。僕は吉田松陰そのものをあまりよく >知らないのですが、けっこう壮絶な少年時代ですね。ポイントは思いやりだと感 >じました。現代のスパルタ教育だとか英才教育と玉木文之進さんとの決定的な違 >いもそのへんなんじゃないかと思われます。 僕は「世に棲む日々」を読むまで、吉田松陰のことをそんなに知りませんでした。 読んでみてかなり印象が変わったのですが、 松陰は恐ろしいほどのお人好しというか人を疑えない性格をもっていたようです。 これは、おそらく、いかに厳しい教育とはいえ、 「人を信じる」ことを幼い頃にかなり純粋に教わったんだろうと思いました。 それと、松陰の家庭環境というのは、いかにそれが苦境であろうとも、 非常に明るさの絶えないものだったようで、 そうした家庭環境というのは一生涯、魂の傾向性になるのだろうなとも思いました。 読書会の第三章をもうすぐご紹介することになりますが、 教師の条件は、知識なんかではなく「精神性」だとシュタイナーはいいます。 要するに教員採用を知識を基準にしたテストなんかでするなということです。 精神性が通常の知識偏重のテストの点なんかでわかるわけがないのです。 今、「世に棲む日々」(全四巻)の後半にはいってまして、 今度は高杉晋作の活躍する場面になていますが、 この高杉晋作もえらく個性的なひとでして、 このひとは驚くほど甘やかされて育ったんですね。 で、「わしは一生、困ったと思ったことがなく、口にだしたこともない」 と晋作は晩年に述懐していたということですが、 恐ろしいほどのプラス発想というのは、教育が大きいなあと思いました。 もちろんそれはそれぞれの魂の傾向性の上で それが倍加されるということでしょうが。 日本人のメンタリティや教育についてみるのに、 司馬遼太郎さんの歴史小説はとってもおもしろい視点を提供してくれます。 以前、阿部謹也さんの「自分のなかに歴史を読む」というのを ご紹介したことがありましたが、そこに描かれている人物を通して 結局は「自分のなかの歴史をよむ」ということでもあるのでしょう。 つまり、それによって「自分を見」、「自己教育」するということです。 >利他の発想はすなわち自分の為とも言えますが、そこには自分と他との相互作用 >があってこそですよね。今の教育はその相互作用の観点が抜け落ちていて、限り >なく地獄へ堕ちて行くという印象があります。 「自分と他との相互作用」というのは、 結局、「他という鏡」を通して自分を見、自己教育していくということで 今の教育の在り方は結局「我」の発想でしかありませんから、 「他」がいい意味での「鏡」にならないんだという気がします。 ものすごくいびつに「反射」しているんでしょうね。 ☆☆☆KAZE☆☆☆ 01609/01613 GGA02514 KAZE いよいよ楽しい断水だあ^^; (13) 94/07/27 11:42 01607へのコメント 隆ちゃん、どうも。 こちらでは昨夜からいよいよ断水がはじまっていますが、昼間は出ますし、 風呂にさえはいらなければ^^;、ほとんど気になりませんね。 じたばたしても仕方ないですので、ま、お気楽でいくことにします。 かえって、水を大切に使う習慣ができていいかもしれないとさえ思います。 しかし、断水中の喫茶店や飲食店などはどうするんだろうという興味はあって 昨夜は、「ちょっと偵察に行ってみるか」なんて相棒と話していたのでした(^^)。 >今度は何がなくなるんでしょうね。いい加減にこの情けない本性をなんとかしな >いと、何かがなくなるという循環はこれからも続くような気がします。 何かがなくなったとき、それでじたばたしてつまらん時間を過ごすか、 それともそれをきっかけにして何かを学ぶかということですから、 なんでもこい!って感じもしますが、ほどほどではありますね^^;。 最後は命がなくなるところまでいくんでしょうが、 それもまたあまりの苦痛さえなければ、それはそれでいいんだと思ってます。 人間、死ぬのがそんなに恐くなければ、たいていのことはプラス発想できます。 だからといって今すぐ死にたいというわけでは決してありませんが^^;。 >貯めるという行為は、確かにこれまでの日本の発展にかなりの部分で助けになっ >ていますが、本来はあんまりほめられた事じゃないのかもしれません。うんこも >貯めるとろくな事はないですし(^^;)、動きが滞る事を考えるとやっぱりまずいで >すよね。 僕はほんと「貯める」という発想がないので困っています。 もちろんお金だって貯めることなんてほとんど考えてないですね^^;。 ミヒャエルエンデのインタビューを以前ご紹介しましたが、 そこで銀行の金利などについて、その破壊的システムを問題にしてましたが、 お金がお金を生むというシステムはやはりどこか間違っているという気がします。 だからといってそれを全部やめてしまえというのはおかしいですが、 世の中がもっとよくなるためには、そのシステムを どこかで見直していかなければいかないと思うのです。 だからといってそれにかわるもっといいシステムは考えつかないのですが、 それを模索していくことには大きな意味があると思います。 シュタイナーのいう「経済における友愛」というのは、そのひとつの考え方で ドイツなどでそのシュタイナーの考え方で銀行を運営してますから、 そこらへんのことは参考になるかもしれませんね。 アリとキリギリスの話の結末が逆転している話は僕も読んだことがあります。 僕の読んだ結末は、最後に地盤沈下でアリさんが全滅しちゃう話でした(^^)。 これもほんとうはアリさんのいいところとキリギリスさんのいいところを 「いいとこどり」してもっといいあり方を模索していく話にすれば、 もっと「いいお話」になりますよね。 アリさんは芸術を解しはじめ、キリギリスさんは働くことの喜びに目覚める、 なんていうお話はどうでしょう。 それだと、「バカの一つおぼえ」でないですしね。 >「わかんない」のが恐いのは仕方がないとしても、「理解」しようとすればそれは >恐怖でなくなるんですが、何故かそうはしない。ほんと、なんででしょう?と思い >ます。まあ、理解したくない事っていうのもありますが(^^;)、…… 「わかんなくてもいい」というのは、つまりは「食わず嫌い」といっしょで、 最初に偏見の強い朝日新聞のような評論家が、 自分のなかでのさばっているということですよね。 「そんなものが食えるか!」っていうわけです。 そういうときには「まんじゅうコワイ!」っていいながら、 どんどん食べていけばいいのにな、となんでも食べてしまう僕は思うのですが…^^;。 >僕も原子力発電には反対ですが、反対するからには代替え案を提示しなければな >りませんし、原子力発電所を不要にする努力もしなくてはねぇ。 >それから、ゴミ消却場や火葬場などもそうですが、必要だけど自分達の生活圏に >作られるのは困るというわがままは言うべきでないと思います。 議論をするときには、一方的な「おまえが悪い!」になりがちですが、 やはりマナーとして、 「おまえのここがよくないと思うが、それは一応理解してみよう。 しかし、こんなベターなやり方もあるじゃないか。……」 という感じで話が進められたらいいのに、現実はほとんど暴力的になってしまう^^;。 「おまえは悪だ!」の一点張りになるわけです。 結局、そういうのは「脚下照顧」してないというだけなんですよね。 社会党さんも、現実の立場に立ってみると そういうのが通用しないのがわかったようで、 結局「党名変更」にまでなりそうですよね。 「現実路線」を選択する方向性にあるということですが、 これまではやはり「非現実路線」だったということなんでしょうね^^;。 現実的な「代替え案」をだせないこれまでの批判のアホさを 露呈したものなのでしょう(^^)。 >マスコミってコミュニケーションって名前のくせに、コミュニケーションしよう >という気がないのは何故なんでしょうね。変なの。 まだ時代が遅れていて「双方向コミュニケーション」ができてないんでしょう^^;。 あれは、垂れ流しの一方通行の逆戻り付加のコミュニケーションですが、 やはりそういうのはコミュニケーションとはいわないんでしょうね。 >山登りをすると身にしみてわかるんですが、どんなにスローペースでも、止まっ >ているよりは歩いていた方が頂上に近づくんですよね(あたりまえだが)。 >理解しようという姿勢はこの歩くという行為と同じだと思うのです。どんなに歩 >が遅くてもいいから、常にそういう姿勢は持っていたいものです。 僕がこの会議室をはじめるにあたった思ったのはそういうことでした(^^)。 たとえしょうもない歩みでもいいから、決して立ち止まらないようにしよう、と。 少しでも歩いていると、少しは景色も変わりますし、 ひょっとしてこれまでになかった景色が現れてくるかもしれませんし、 少しずつ視界もよくなってきますよね。 これからもそういうスタンスでいきたいものです。 こうして続けている隆ちゃんとの往復パソ通書簡も、 もう二年ほど続けていますが、それなりに勉強になるなあと僕は思っています。 これも、ほんと「少しずつ視界がよくなってくる」という感じですよね。 >最近本当に貧乏を堪能しています(^^;)。 ううん、僕はまだ堪能するまでの境地には至ってませんねぇ^^;。 ま、貧乏とはちょっと違いますが、僕は相棒といっしょに暮らすようになってから モノを大切にする、溜め込まない、というあり方を勉強させてもらってます。 僕はB型的アバウトの性格であまりよくない意味でのテキトーだったので、 これはほんと助かっています。 洗い物ひとつにしても、水をできるだけ使わないで済むように、 洗剤をできるだけ使わないで済むように、というのは とっても大切なことなんですよね。 >そういう遊びを子供の頃しませんでしたか?。座布団にうっぷして、暗い瞼に浮 >かぶいろんな色を楽しんだり、真っ暗な納屋の中で目を凝らしてみたり・・・。 しました、しました(^^)。 あれって、子どもに共通する遊び方なんですかね。 それともかなり特殊なのかな。 >僕は自慢じゃないですが、根が暗いです。だからいいってもんじゃないですが、 >光と闇はバランスしてないとうまくないなぁとは思います。最近の不必要な明る >さは、かえって闇を際だたせてしまいます。表面的には明るいのに、起こる事件 >のなんと陰惨な事。 僕も自慢じゃないですが、根が暗いです^^;。 だから、自分のなかの闇の部分というのを見つめざるをえなかったし、 やっと最近になってその闇を見つめることの大切さを理解できるようになりました。 マザコンもほんとは男のフェミニストもその闇を否定するところから そういう極端な姿勢をとるようになっているのではないでしょうか。 >そう考えてみると落語は凄いです。お笑いと怪談が同居してるんですからね。 そういえばそうですね。 落語のすごさは、やはりひとりのひとがいろんな視点を縦横無尽に駆使しながら 語っていくということにあって、その意識の幅はすごく広いと思います。 その意識の幅のなかに「闇」のぶぶんも滑り込みやすいのかもしれません。 落語の妙っていうのは「間」というところにあると僕は感じていて、 語りの主体がすっとした「間」の間で交替するんですよね。 その「間」が「魔」を許容していくというところがあるんでしょうね。 ☆☆☆KAZE☆☆☆ 01610/01613 GGA02514 KAZE シュタイナー読書会●第三章●概要 (13) 94/07/27 14:15 ●ルドルフ・シュタイナー「シュタイナー教育の基本要素」(イザラ書房)  第三章/「受胎・誕生・成長」 *この章は、シュタイナーの宇宙進化論的なビジョンを前提にしているところも  ありますので、そこらへんについては随時「補足」としてコメントしていきま  す。 *この章の冒頭に、  「人生をほんとうに理解しようと思うなら、人生とは単純なものだという考え  を捨てねばなりません。…人間を包んでいる宇宙の調和の複雑さと多様性に注  意をうながす必要があるのです。」  という箇所がありますが、この章は、決して「単純」ではなくて、  ちょっと複雑な宇宙過程が説明されていますので、  それを理解する必要があることを聴衆に納得させるためでもあるようです。  ですので、わかりにくいとは思いますが、よろしく。 ======================================================================== <受胎・誕生・成長にはなにが反映されるか> ■生まれてから死ぬまでの私たちの人生全体は幻であるが、 それは私たちが世界を見る方法によって大きな幻となっているのであって、 世界が幻だというのではない。 ■生まれてから死ぬまでの人生は、死んで再受肉するまでの人生を反映する。 そのことを理解するためには、 まず第一に、生まれてから死ぬまでの人生に、どれほど死から再受肉までの人生が 反映しているかを主要な時点で考察することが必要で、 第二に、死から再受肉までの人生が、 地球生成以前の「古い土星」「古い太陽」「古い月」での経過と 深く結びついていることに注意しなければならない。 死から再受肉までの人生は、『土星』『太陽』『月』におけるかつての人生 から決定的な影響を受けている。『土星』『太陽』『月』における人生が死 から再受肉までの人生に反映し、さらに誕生から死までの人生に反映するの である。誕生から死までの人生は、死から再受肉までの人生の鏡像であり、 死から再受肉までに生起することは、古い『土星』、古い『太陽』、古い 『月』で生じたことがらの影響を受けている。(P48) ■受胎  ●受胎に関して生じることは「地球生」だけに関係する。  ●受胎の経過は、太陽と地球の共同作業を反映するものであって、   それは死から再受肉の時期に私たちが精神の世界において生じることの   「鏡像」のひとつである。   女性的要素は太陽の影響を受け、男性的要素は地球の影響を受ける。  ●誕生に向かうものは、まず母親のイメージを持ち、   その母親がもっている自分の夫のイメージを通して父親のイメージを持つ。 ■胎児期の生活(受胎から誕生まで)  ●古い「月」進化で生じた経過がくり返される。  ●死から再受肉までに私たちは太陽と月の影響を受けるが、   受胎から誕生までのの間、わたしたちは太陽と月の経過の影響を受ける。 ■幼年期(生まれてから自我意識が発展しなじめるまでの時期)  ●古い「太陽」進化で生じた経過がくり返される。  ●この時期は、さらに過去に遡る精神過程を反映するもので、   太陽と月を除いた太陽系の諸惑星が共同する。  ●誕生前に太陽と諸惑星の間で働いた力が、   生まれて地上生をはじめた子どものなかに存在する。   幼児期には、この力が外に現れていこうとする機会を与えなければならない。  ●この現れ出るものはひとつの「鏡像」であり、   その「鏡像」に現実を付与し確かさを与えなければならない。 人間は実際、鏡像として世界に生まれます。人間は、この鏡像を確固とし たもの、現実のものにしなかればなりません。それが、生まれてから死ぬ までのあいだの進化になるわけです。現れでようとするものを、わたした ちは妨げてはなりません。生まれるまえに宇宙から得た経過の鏡像が現れ 出るのです。しかし、わたしたちの働きかけをとおして、鏡像として現れ 出たものを現実へと固定しなければなりません。そして、鏡像を誤った現 実へと固定しようとすると、つまりその鏡像を訂正しようとすると、その 力の現れを妨げることになります。その像は、超地上的なものなのです。 (P56) ■少年時代・少女時代  ●古い「土星」進化で生じた経過がくり返される。  ●この時期も以前の経過の鏡像であり、   太陽から土星(あるいは海王星)までの全惑星系が共同し、   星空と惑星系全体とのあいだに生じるものが、   この時期にわたしたちが活動する力である。   ■教育が終了して、社会にでる時期  ●古い「土星」進化の時代以前に生じた経過がくり返される。   目に見える星々には相関物のない経過が反映される。   教育を終えると、私たちは目に見える世界から解放される。 <教師のあり方について> ■「よい教育者」になろうとする人は、  授業を愛し、授業内容を精神的・内的に愛情深くつくったうえで  授業に望むことが大事である。  それは、「どのようにすれば正しいか」という教育原則で  がんじがらめになって授業に望むよりも大きな成果を生む。 ■教員の採用にあたっては、知識の豊かさよりも、  精神生活に適した心魂ということを判定すべきである。 <精神科学と自由について> ■道徳的ファンタジーと自由 精神科学が与えるものを受け取るということは、感覚世界の操り人形である ことをやめて、人間になることを意味します。自由を獲得し、生涯にわたっ て自由のなかで活動するということを意味します。自由というのは、感覚世 界に由来しない概念からのみ理解できるものです。わたしたちは感覚世界か ら有するものによっては、自由になることができないのです。『自由の哲学』 で、倫理学の基礎を道徳的ファンタジーと呼んだとき、わたしはそのことに 注目していたのです。……感覚世界からは見いだしえないものである道徳的 ファンタジーという土台の上に、倫理学を見いだすのです。「道徳的ファン タジー」の章は、人間が自由に生きようとするなら、感覚世界から取り出さ れたイメージではなく、人間のなかに自由に現れるイメージ、人間が内に担 うイメージ、目に見える星々を越えるイメージとの関連を持たねばならない ということを裏付けるものです。感覚世界から取り出すことのできるイメー ジではなく、内的、創造的な手続きをとおしてのみ創造できるイメージです。                               (P63〜64) <死後の目覚めについて>  ●通常の「眠り」では私たちは意識がなくなるので眠るが、   死後は、意識があまりにも強いため無意識になる。  ●死後、私たちは過度の意識の中に生きるが、   その過度の意識のなかで方向を定めなければならない。 満ち満ちる宇宙思考から「それは、おまえであった」という言葉が 現れてくるまでに宇宙思考の充満から自分の過去の地上生活を区別 しはじめると、この意識の充満のなかで、「われらは目覚める」と いうことのできる瞬間を体験します。おそらくは、地上の生活で特 別に意味深いものであった出来事が、死後の出来事のなかにも介入 することによって、わたしたちは目覚めるのです。  それは超感覚的思考に慣れることです。物質界を基盤として構築 された意識ではなく、それみずからのなかで活動する意識です。そ れが死後の「目覚め」です。この目覚めによって、死後に特別に発 展しうる意志が正しい道を見いだします。(P66〜67) ☆☆☆KAZE☆☆☆ 01611/01613 GGA02514 KAZE シュタイナー読書会●第二章●補足1 (13) 94/07/27 14:16 シュタイナーの宇宙進化論の概略について、 特に、該当する章に関係する部分についてその概略を述べる。 一週間の曜日は、土曜日・日曜日・月曜日・火曜日・水曜日・木曜日・金曜日と 名づけられているが、その名に沿って、 このわれわれの地球の進化が説明されている。 ちなみに、現在のこの地球の進化期は、 「地球紀」もしくは「火星・水星期」である。 過去、地球は、「土星紀」「太陽紀」「月紀」という進化を辿り、 これからはさらに、「木星紀」「金星紀」そして「ヴルカン星紀」という 進化紀を辿ってゆくことになる。 ちなみに、「土星紀」は「熱の時代」とも呼ばれ、 「太陽紀」は「空気の時代」、「月紀」は「水の時代」、 「地球紀」は「土の時代」とも呼ばれる。 つまり、土星紀においては「熱」、太陽紀においては「光・熱・空気」、 月紀においては「音・光・熱・空気・水」、 地球紀においては「生命・音・光・熱・空気・水・土」が形成されたのである。 こうした惑星進化紀に獲得された人間の意識及び形成された構成要素には 次のような関係がある。 ●土星紀/昏睡意識/肉体 ●太陽紀/眠りの意識/エーテル体 ●月紀/夢の意識/アストラル体 ●地球紀/目覚めの意識/自我 ●木星紀/意識化された夢の意識/霊我 ●金星期/意識化された眠りの意識/生命霊 ●ヴルカン紀/意識化された昏睡意識/霊人 こうした惑星紀のひとつひとつに七つの「周」あるいは七つの「生命状態」があり そのそれぞれについて七つの「球=形態状態」が存在する。 つまり一惑星紀の中には、四十九の形態状態が存在することになる。 七つの周=生命状態は、「第一元素界」「第二元素界」「第三元素界」 「鉱物界」「植物界」「動物界」「人間界」と名づけられ、 七つの球=形態状態は、「没形態的状態「形態的状態」「アストラル的状態」 「物質的状態」「彫塑的状態」「知性的状態」「元素的状態」と 名づけられている。 こうしたことを詳述していくと、果てしなくなりますので、 とりあえずアウトラインをご紹介させていただきました。 ☆☆☆KAZE☆☆☆ 01612/01613 KFH00666 ten 進化の行方 (13) 94/07/27 16:36 コメント数:1  こんにちは。TENです。 「進化」に絡めて今までROMしていて思った事など。  進化というのは文字も見るからにある方向へ向かっていって、より高次のレ ベルへ移行すると言うようなイメージを受けるけれど、私は、(もちろんより よくなりたいけれど)なにか多様化とか、固有さが豊かになって行くことでは ないか、と思います。進化というよりは系や、展開。一つの存在が一つの意味 や位相だけで成り立っているのではなく、龍も天使も内包した複合体のような あり方。死や種、生態系や普遍的な系の中へ含まれていきながら、確かに固有 の音を奏でている存在がたくさんある。例えばライアル・ワトソンの「未知の 贈り物」のティアがそんなイメージ。私たちは身体を持っているのだから、身 体感覚の精妙さや暴力性を引き受けることで立ち上がってくるよりリアルな新 しい認識や存在することの責任や勇気(勇気団ね^^)があるのではないかな と思うのです。  そうして、そういう様々な精神や物質的環境の位相を様々にを意識化して往 来できるのはやはり人間ではないかな。ーというわけで、Paper Birchさん、 「鉱物や無機の系」とは書いたけれどTENとしては「鉱物や無機の系」イコー ル生命系というつもりでいったではないよ^^;;。ー人間が延々コンピュータに 至る機械を作り続けたことや、またそれらが社会の中にシステムを形成してい ること、鉱物の結晶に何か感じてしまう人(そうそう、千早振るというのは水 晶が発する微細で高速な震えからきているんですって。)は確かなわけで人間 にはと物質に対する愛情や畏怖、願望があって、その結果、具体的に知識や科 学で結ばれているし、私はそういう無機の系と生命の系を結ぶ感覚や認識を持 ちたいなと思います。  何かの対談で(しかも相手は荒俣宏^^;;)コリン・ウィルソンが「これから は垂直方向の集中力よりも広く見渡せる水平方向の集中力が必要だ」と言って いたのは共感しました。ストンと自分を静めて外から来るものに耳を澄ます、 でも遠慮しないで私の音を発信する、てような。進化は変容も含みつつ、新し い往来の線が縦横に拡がっていくことの様な気がします。  そうそう、KAZEさん「天河曼陀羅」読んでいただいてありがとうございま す。上野さんには、この間ETV8でやっていた癒しと現代人など見ても、癒しっ てそんなに簡単にできるのかしらんとか、集団に帰属できることだけが癒しな の?とかちょっと簡単すぎるなーと思ってしまう所がありますね。うーむ。  細野さんは銀河鉄道の夜のサントラも好き^^。ところで水の方は大丈夫で すか?  隆さん、私は鉱物は本当に好きですが、残念ながら、「少年」 *^^*ナゼカココデテレルではなかっただよ。;;ナゼカココデナク。よく間違えられていた し、今でも母親と接していると息子のような気分になってしまうし、うちの師 匠には「お前は女体男霊だ」と(男性は男体女霊がよいとか)いわれている し、内なる私は何者でしょう?  因みに実家は今でも諏訪にばっちり^^。私と弟の名前は諏訪大社でつけて もらいました。あ、それからよく石採りの他に縄文の遺跡なんかにもよく行き ました。なにか低い音がいつも鳴っているような気がして一人になると恐かっ たのを覚えています。                          < TEN > 01613/01613 GGA02514 KAZE 意識のオープン性と集中性など (13) 94/07/28 01:40 01612へのコメント TENさん、どうも。 >進化というのは文字も見るからにある方向へ向かっていって、より高次のレ >ベルへ移行すると言うようなイメージを受けるけれど、私は、(もちろんより >よくなりたいけれど)なにか多様化とか、固有さが豊かになって行くことでは >ないか、と思います。進化というよりは系や、展開。一つの存在が一つの意味 >や位相だけで成り立っているのではなく、龍も天使も内包した複合体のような >あり方。 進化が単に垂直方向への上昇ということならば、 この宇宙というのが展開する必要は必ずしもなくて、 いまのような物質的な世界が創造される必要もなかったのだと思います。 根源的な高次のエネルギーが流出し逆進化のプロセスを経て、 ふたたび高次へと向かう進化というのは、 神が自ら創造した合わせ鏡をのぞいたときに そこに無限の世界が現出するように、 その多様性、豊かさそのものに意味があるように思うのです。 旅の目的が目的地へと急ぐことだけにあるのではなく、 その道中のさまざまこそが目的でもあるというほうが、 ずっと豊かさを持っているというようなものなのでしょう。 >何かの対談で(しかも相手は荒俣宏^^;;)コリン・ウィルソンが「これから >は垂直方向の集中力よりも広く見渡せる水平方向の集中力が必要だ」と言って >いたのは共感しました。 それはたぶん1992年のマリ・クレールの2月号での対談でしょう。 そのころ荒俣宏さんの連載ものが載ってたので、 その雑誌の対談は僕も目にしたことがありますし、 今回、新刊で出ている集英社文庫の「神秘学マニア」に収録されてます(^^)。 TENさんのおっしゃっているであろう箇所を理解のガイドとして 参考までに引用しておくことにします。 (でも、違ってたりして^^;) ……トラ狩りをするハンターのジム・コーベットという人を知っていますが、 かれの場合、木の上からトラがいつ飛びかかってくるかを感じとれるといっ ていました。そしてかれは、これを密林の感性と呼んでいました。このよう な感性をもつためには、意識をひろく、オープンな状態に保っていなくては ならないんです。しかし、ふつうの生活で、こういうことをしますと、物事 に集中ができなくなってしまうんですね。人間は文明をつくり上げるために さまざまな活動に集中して取り組んできたわけですが、現在、人間は再び新 しい別の姿に変貌しつつあるのではないかと、わたし自身は考えています。 つまり、文明をきずきあげた現在、よりリラックスして、おたがいを殺しあ うことは止め、ひろく、オープンな意識をもつようになれるのではないかと。 でも、新しい人間は、同時に集中力も兼ね備えている。この両方の能力をつ かい分けることができるようになっていくのではないでしょうか。 (P412/413) こうした意識の集中と拡散というか、求心的と拡散的というか、 マクロとミクロというか、そういった状態の双方を兼ね備えるということの 重要性というのは、非常に重要なことですよね。 霊的・精神的なことと物質的なことというのも、 その双方への感性をうまく使い分けていくということとも 通じるような気がします。 >上田さんには、この間ETV8でやっていた癒しと現代人など見ても、癒しっ >てそんなに簡単にできるのかしらんとか、集団に帰属できることだけが癒しな >の?とかちょっと簡単すぎるなーと思ってしまう所がありますね。うーむ。 上田さんは「出る杭」のネットワークということをいうのですが、 ちょっとおかしいのは、その「出る杭」の個としての主体性の確立をいうまえに 安易に、「出る杭どうし、頼りあおうよ。それでわくわくしようよ。」 というようなことをいいます。 僕はそういうのは、「癒し」ではなく、 新たな逃避の場所づくりのような感じが強いんですよね。 先日もそのことで友人と話したのですが、 個として主体性をもった人は、二人、三人と増えるごとに 指数的な豊かさの向上が期待できるけど、 ひとりでいられないからみんな集まろう!というスタンスの人があつまると、 1+1=1/2、1+1+2=1/3、というように、どんどんレベルが下がって 次第に群集心理に近くなっていくのではないかと僕は思っています。 こうしたことって、とっても大事なことなんですよね。 >細野さんは銀河鉄道の夜のサントラも好き^^。 僕もそれ、大好きです(^^)。 サントラといえば、「源氏物語」もよかったですね。 映画はいまいちだったけど。 >ところで水の方は大丈夫ですか? いえ、断水に突入しています^^;。 でも、こうしたことくらいでじたばたしませんから、 じっくり構えて、世の水に対する反応をウォッチングしてみることにします(^^)。 水がなければ、流したくても水に流せないから、 ときには水について考える機会も意味があると思います。 ☆☆☆KAZE☆☆☆ - FARION MES(14):★Room 666/預言解読の部屋★・・・・YHVH 94/07/28 - 02232/02233 GDB00064 オリハル 興味持ちました。 (14) 94/07/27 03:26 02228へのコメント Konyさん、こんにちは。 色々な事を見るんですね。 関心を持ちました。       オリハル 02233/02233 GFB00026 一輝 『光の黙示録』詩的メッセージP.191-192 (14) 94/07/28 00:21 02230へのコメント 以下、『光の黙示録』詩的メッセージP.191-192より。   「7.………こと これに覚えしサキツチのシズカネいわく   日の本の島々 これ総ての流砂の磐に留まるが如し    この磐 揺るがせば形変へるべし    かの人々来たる日には この島大いに繁栄すべし    西の雲 茜に染まり日の暮れるを忘れる日に    かの人々 この島に来たりて杖を振るい いにしえの力を隅々に行き渡らせり    山々の裾野の集えり人々は ただ ただ 空を仰ぎ    声なき声持て 叫ぶであろう    こは如何にして この災いを避けるべきかは不二の高嶺を奉る    亀石の翁のみ知る事ぞ    しかして この災いを転じて福と為すは そちらの志ひとつぞ    闇から闇へと葬るも良し 闇からサキツチの世に出すも良し    滴岩 勝ち得て喜ぶ者よ    そなた達の玉緒に残れり その土をば    不二に帰す事ぞ 世の東西を結ぶ磐 二にして一なり    多くを持つ事は 必要無し    真珠の光 浮かぶ日こそ世に茜さす日ぞ」 以上です。 - FARION MES(18):★二人三脚ネットワーク実験室★・・・・あもり 94/07/28 - 01426/01429 SGW00342 エスペラント 幾つかの良くない傾向 (18) 94/07/27 21:43 コメント数:1  エスペラントです。  だいたい、自分の心の中に、次のような傾向があることが分かりました。  1 勝ちたいという気持ちが、本来の自分の心の働きを阻害する。  2 策を弄する傾向があるために、自分の動機に自信を持てなくなる。  3 網羅的に考えようとするために、1つの決定を下せない。  4 完全であろうとして、視野を狭くする。  5 まず相手の言葉に反発して、自分のとるべき位置を確保しようとする。  6 難しく考えすぎるために、本来の自分の気持ちを見失う。  7 物事を悲観的立場から観察しようとするので、意識が分裂する。  8 孤立無援の状況に自分を追い込もうとするので、救いの声に気がつかない。                        ≡△○ エスペラント ☆★ 01427/01429 HGB02122 あもり RE:7日間ー2 (18) 94/07/28 00:17 01425へのコメント  #01425 エスペラント さん § 申し訳ありませんが、私は、今現在のところ、あもり議長の問いに対して、 § 充分な答えを出すことができません。  「充分な答え」とは、誰にとっての「充分」なのだろうか?  それは、「自分自身として完全に納得出来る」答えではないことを指している  のだろうか?  「より善い」発言に縛られるからこそ、エスペラントさんが自由な会話が出来  ない原因だとは思えないだろうか?  「より善い」意見が、実はひどく自分を傷付けるものであったり、他者を陥れ  るような意見であったりした場合、エスペラントさんは一生口を開かない可能  性があるのかも知れない。  逆に、「より善い」意見と思われたものが、明日には最悪の意見であったこと  となる可能性もあるのではないか?  7番で議論されているようだが、それもまた「傲慢」と呼べるものではないだ  ろうか?                  HGB02122 あもり 01428/01429 HGB02122 あもり RE:幾つかの良くない傾向 (18) 94/07/28 00:17 01426へのコメント  #01426 エスペラント さん § だいたい、自分の心の中に、次のような傾向があることが分かりました。 § § 1 勝ちたいという気持ちが、本来の自分の心の働きを阻害する。 § 2 策を弄する傾向があるために、自分の動機に自信を持てなくなる。 § 3 網羅的に考えようとするために、1つの決定を下せない。 § 4 完全であろうとして、視野を狭くする。 § 5 まず相手の言葉に反発して、自分のとるべき位置を確保しようとする。 § 6 難しく考えすぎるために、本来の自分の気持ちを見失う。 § 7 物事を悲観的立場から観察しようとするので、意識が分裂する。 § 8 孤立無援の状況に自分を追い込もうとするので、救いの声に気がつかない。  「一体あなたは誰なのか?」  過日、この質問をエスペラントさんにしたが、「自分の心の中」というのは、  誰の「自分の心の中」なのだろう....  エスペラントさんか、セン・シュアか、それともまた別の人格か?  会員の皆さんは決定的に曖昧な立場に立って今まで議論してきた。  それは、エスペラントさんが「誰であるのか?」分からない状態での会話の  ことだ。それでもなお、議論が続けられたという事は、何らかの結果がここ  には提示されているのではないだろうか?  上記の8つの文は、それがはっきりしないと、なんら価値を持たないような  気がする。                  HGB02122 あもり 01429/01429 HGB02122 あもり RE:思いつきで書いてみただけ(^_^;) (18) 94/07/28 00:17 01424へのコメント TBE03167さん、発言自体は構わないのだが、ハンドルを奇妙に弄ぶのは止めて 頂きたく思います。  何らかの意図があってかようなハンドルを使っているのであれば、その理由を  即刻説明して下さい。  「うんこ」に殊のほか思いがあり、愛着があるのなら、その旨説明して頂きた  く願います。                  HGB02122 あもり >