MRE - FARION MES( 2):【居酒屋1999】--------自己紹介・雑談 94/08/15 - 02601/02604 PAG03134 はな 今日はサラダ記念日ではなくて・・・ ( 2) 94/08/15 05:04    ARIONが  ハローで言ったから                    今日は  開戦記念日 (しかして、本人は、大真面目である)                * →・ はな ・← * 02602/02604 VED00156 めそっど はじめまして めそっどです ( 2) 94/08/15 05:04 コメント数:1  はじめまして、¨めそっど¨とゆう者です。  通信やるのも久しぶりで、もうかれこれ3年ちょいぶりぐらいでしょうか。 それもフリーソフト収集ばっかやってたもんで、会議室とかで何か(読む|書く) なんてほとんどしなかったと言う、ビギナーに等しい、って言うかビキナーその ものです。 では、なぜまたそんな私がここに来、これ書いてるのか・・・あんまり理由っ てものはないんですけど、なんとなくでしょうか。 そりゃ確かに昔っから、不思議な事、世間様の言うところでの超常現象っての ですか、大好きでその手の本もまたいくつか読んだりもしてます。 それに¨A・R・I・O・N¨って言葉(なのか人なのか??)も、どっかで 見かけたか、聞いたか、読んだかして興味を持ったってのもありました。 だからって、それらに起因してってわけでもないですし、やはり、なんとなく ですね、はい。 でも、なんとなくじゃダメなのかな、なのかも、なんだろうな、その時はゴメ ンナさい。  自己紹介は苦手なので、文調や内容から推測して下さい、たぶんその様な人 物です。 でもそれだけじゃなんなんで、今不思議に思ってて考察中の事と、好きな言葉 を一つずつ。 ・なぜ光は意識を押さえるのか ??   →自分の中のいろんな微細な思惟が、押さえ込まれてる様子より実感。 ・『意味からではなく、用法で考えろ』    →誰の言葉か忘れちゃったんですけど、何かの本で読んだんだと思いま     す。  Niftyも初めてなもので失礼があるかも知れませんが、何番かの会議室 で御会いしました時にはよろしくお願いいたします。                              めそっど 02603/02604 CXK03125 月狼 波動パワー(・_・;) ( 2) 94/08/15 12:20   なんか今日の午後12時頃、ポストを覗いてみると僕宛の手紙   が来ていた。   な、なんと「ヒ○ンヤ研究所」からである(^O^;)   昔(ずっと昔ね(^^;) に買った時からの関わりが今だに生きて いたらしい・・・・   「宇宙波動の認識を持つ者は幸いなり」で始まるそのパンフレ ットのヒ○ンヤ達は、相変わらず高価なり                          月狼 P.S 昔植物実験した時、みごとアサガオは枯れてしまった。あれって一体・・・・ 02604/02604 GBG02043 維/YUI はじめまして、めそっどさん ( 2) 94/08/15 22:16 02602へのコメント 維/YUIともうします。どうぞよろしく。 YHVHさんの、預言解読部屋で、副議長もやってます。 なんとなく、ここに来ちゃった人って、たくさんいますよ。 不思議なことに興味の有る人もいれば、みんなといろんな日常ごとについて、 話たい人もいる・・・って、人々の交差点みたいなフォーラムだと、私は 思っています。 来たときはなんとなくだけど、ふとしたときに、自分にとって素敵な力となる なにかをここでてにできたら、いいんじゃないかなぁ・・って思います。 もしかしたら、ここで経験するのは、楽しいことだけじゃないかもしれないけれど、 きっと、ここにきたひとがもっと本当にいい生き方するのに、役立つんじゃないかと そんなふうに思います。 なにはともあれ、会議室にRTにと参加してみてください。 めそっどさんが気に入る部屋がみつかりますようにっ!!!(^_^)                維/YUI。 - FARION MES( 6):∞・∞ 壁(カベ)・∞・∞・∞・∞・∞・∞・∞・∞・∞ 94/08/15 - 02813/02821 GBG02755 すまる 心 ( 6) 94/08/15 06:55 傷ついても、痛みがわからないってことはある。 私は傷ついていた。けれど、本当の痛みは「酔い」が醒めなければわからなかった。 何かに酔っている時、痛みを痛みだと感知するけれど、痛みの深さまでわからない。 醒めて、自分の傷だと認めて、やっと、心の底から痛みを感じる。 「酔い」は心地よい。体の酔いは時間が来れば醒めるけれど、心の酔いは なかなか醒めにくい。痛みを忘れられていられるからだ。 傷つくことを恐れているから、自然に防衛して、酔いから醒めることを 拒み続ける。 そして、酔っていたことがわかっても、痛みまで、わかるのに時間がかかる。 痛みまで認めたがらない。傷の深さを確かめるのはだれしも恐ろしい。 痛みに悲鳴をあげるのは、辛いと思い込んでいる。 酔っていると、人の心の痛みにまで鈍感になる。人の心の痛みは理解すれば即、 自分の痛みとなって跳ね返って来るからだ。そして、傷つけることは続く。 02814/02821 TBE03167 ねずみ RE:伝家の宝刀 ( 6) 94/08/15 07:50 02812へのコメント コメント数:1  >ガッチャさん ルール論から撤退したねずみでございます。 しかし、ガッチャさんの態度には、大きな疑問がありますのでひとつだけ言わ せてください。 LOCKEさんの#02806を運営削除したんでしょう?(もし、LOCKEさんの自己削除 だったらごめんなさい。) 相手の反論権を認めず、自分の意見は書く。そういうのはアンフェアだと思い ます。 もし、ガッチャさんが壁でルール論を展開したいなら、相手にも同様の権利を 与えなければならないと思います。 もし、壁でのルール論が迷惑であるというのであれば、ガッチャさんもここで そのような発言をすることは迷惑行為なのだからメールで行うべきかと思いま すが。 02815/02821 KFA05313 プラマタ RE:ボレロ ( 6) 94/08/15 11:38 02797へのコメント コメント数:1 * #2797の アマデウスさんへ はじめまして!ですね、アマデウスさん。 いえいえ、それは*私が不快に感じた*と言うのではないです。 そして、それはアマデウスさんの失敗でもないし その後の、#2760を見る限り、私の願いは、 充分届いていると、受け取って頂けたと確信しています。 それはもう、わたしが説明するまでもなく アマデウスさんには、理解されているとしか思えない。 あるいは、あんなことをアマデウスさんに言う必要は 全くなかったのかも知れないと、 かえって私の方が恐縮してしまう感じです。 それは、単に私の必要からでした。 引き合いにだして、ごめんなさい*です。 どうしてそう*ああなったのか説明してみますので、 どうかその辺から、お察しください。 LOCKEさんからの#2760(最初にして最後のRES)を受け取って 目を通した時の、最初の私の印象は、 「あ〜!、この人は脅えている、震えている」でした。 僕はただ、「大丈夫だよ、そんなに隅っこに逃げなくったって いいんだよ」ということを、LOCKEさんに伝える為に**** 「大丈夫だから、出ておいでよ」と言ってあげたかった。  そしてアマデウスさんの発言の仕方は、充分過ぎる程の、 強さと迫力を*備え過ぎている*ように、 私には見えてしまった。  アマデウスさんの発言は、完全に彼を追いつめてしまっていた 逃げ場が無いほどに、追いつめ過ぎているように 私には思えてしまいました。のです。 それは、明らか過ぎる程の間違いをおかしている人に対しては 強すぎると感じられました。 間違いが確か過ぎるのだから、そこまで追いつめる必要は ないのではないか*と。 せめて、「限度はないのだが」くらいで、充分ではなかろうか?と。 しかし、私も失敗してしまった。 なぜなら彼の次の言動を見ても解るように、 今度は、開き直ってしまった。 「窮鼠*猫を噛む」的言動に出させてしまいました。 わたしは、いまだに、何かしら別な方法があったのかもしれないと 今回の失敗を悔やんでいます。 いっそ、全面的に彼の側に立つ所から、始めるべきだったかな、とさえ 思ってしまう。  そうしたら、彼を連れて戻れたかも知れないと。***後悔します。 実の所、私には「勇気」を伝々する権利はなさそうです。 * お盆に、お墓参りの為に実家に帰ったおりの話しです(13日)。 連日の猛暑、水槽の金魚が水温の上昇で死ぬこともある*と兄が言い 何も知らない私は、水槽にわずかながら手を入れて 確かめてしまいました。兄は*あ〜っと叫び、これこれ*と言いました。 消毒液です。 愚かな私は一瞬、自分の手の方を消毒するのかな、と思ってしまいました。 それは、逆でした。 人間の手に付いたバイキンでも、 金魚を殺すには充分だ*と彼は言いました。 そうして、兄は「ほんの少しな」と言いながら、消毒液を注ぎました。 けれど、意に反して液は、ドボドボ*と入ってしまった。 兄は、「うわー」と叫びながら 私の顔をのぞき込むと、ひょうきんな真顔で*こう教えてくれました。 「消毒液も、入れすぎると、それでも金魚は死んでしまう。」と。 そんな感じです。 ありがとう、アマデウスさん。 僕は、議論が苦手なので、おそらく、滅多に直接話す機会は やって来ないかも知れませんけれど、 今後とも、どうかよろしくね(^_^)。 プラマタ 02816/02821 HGC02325 ガッチャ RE:伝家の宝刀 ( 6) 94/08/15 13:17 02814へのコメント  #2814 ねずみさん     私はルール論を展開したい等と思ってはいません。先の発言は、ここでの皆さ  んの対応から LOCKEさんがしている事がどういう事か解りやすくまとめて説明し  ただけです。さらに、運営が不快・不満に基づいて行動していない事を明示する  為に運営署名にしました。ルール論などは全く書いてありませんけれども、その  ように読めましたでしょうか?                               HGC02325 ガッチャ 02817/02821 KFA05313 プラマタ RE:ボレロ ( 6) 94/08/15 13:17 02815へのコメント * 追記; 訂正です>アマデウスさん 文だけの行*としての5行目 > その後の、#2760を見る限り、私の願いは、 は、指定されている文書番号に誤りがありました。 どこか他のメモを、見間違いしてしまったです。 ごめんなさい。訂正は、下記の通りです。 -- その後の、#2796等を見る限り、私の願いは、 でした。      :プラマタ 02818/02821 GDB00064 オリハル RESどうも。 ( 6) 94/08/15 17:34 02804へのコメント エスペラントさん、RESどうもです。 N森A菜さんは、彼女を「利用」しようとする人を、絶対に許さないみたいです。 私についてもそうだと思います。 さて、今日から、職場からアクセス出来るようになりました。 これは、その最初のUPです。 個人的な事ですが、昨日、私に示された事をここに発言しようと思います。 実は、明菜さんへはファンレターを出してきたのですが、まだ、個人的に返事を もらったことがないのです。 結婚しましょう>明菜さん P.S.詳細はPROFをどうぞ。                              オリハル 02819/02821 GDB00064 オリハル 補則 ( 6) 94/08/15 20:15 02772へのコメント やはり、つっこみは、無いのが普通なんだろう。 コメントリンクにして、自分で解説したいと思う。 |否定: |さて、私は有名になりたいと思ったことはありません。これは私の役目だからそうす |るのです。そこで私の性格の本来の位置に納まる気がします。このことはしかし好き |にならなければならない。 ここは、みれさんへ宛てた文章なので、みれさん的な表現をしました。 不偏化した文章ではないのです。 私は勿論、人に理解され、愛されるのは好きです。 それは調和です。 それは人間の基本ですが、これをとっぱらって受取ろうとする危険を防ぐ目的でこのフ ァイルをUPしました。本当ならば、つっこみなどを入れてもらうと助かるのですが、 あまり攻撃好きな人はFARIONにいらっしゃらないようで。ええ、それは良い事ですね。                                オリハル 02820/02821 HFC00771 天の邪鬼 RE:ボレロ ( 6) 94/08/15 22:23 02776へのコメント プラマタさん、天の邪鬼です、どうも初めまして(^^) > 私が知らないのを私が知らないならば*私は知っていると私は思う > 私が知っているのを私が知らないならば*私は知らないと私は思う  おお、これはっ! なんだか、とってもリズミカルですね 唄を聞いてるような気分になってしまいます 好きですよ、こういうのって(^^)  まるで、リボンをつけたかわいい少女が草原で花とたわむれながら  口ずさんだ言葉、のように思えます (変な例えですけれど) > なかば、会話をあきらめて、彼が、自分の机の上の > 別な仕事を始めようとすると、彼女はこう言うのでした。 > ああ、どうかそんなに遠くに行かないで > どうか、私から、離れていかないで。ください。 > ***そして彼の仕事は、無言の彼女の為に、 > ただそばに、在り続けるだけでした。 言葉にならない想いを汲み取って欲しいの あなたが離れていってしまうのが恐いんです もう2度と戻ってきてくれないような気がして・・・ 彼女は心の中でそう叫んでいたのかもしれませんね (TVドラマの見過ぎかな?) これからも、よろしく                                   天の邪鬼 02821/02821 PXP02610 孔雀 夢の話 ( 6) 94/08/15 22:35 最近よく見る夢がある。 だだっぴろーい海のど真ん中。濃い・・ けれど綺麗に澄んだ青い水の水面を シャチがジャンプする。 何度でも、繰り返し・・ ・・★・・  ・・★・・ ただ、それだけの夢。 でもね、僕にはすごく印象的でね。 きっと、毎日見てもあきない夢だろうと思う。 シャチと語ってみたい孔雀でした - FARION MES( 7):★世紀末書込み寺★・・・・・・・・・・・・ARION 94/08/15 - 03017/03025 MXE05137 マイケル釈尊 RE:神がイヤなら生命でも(^^; ( 7) 94/08/15 02:17 02998へのコメント コメント数:1 ■英雄さん、こんにちわ。夏はやっぱりカレーですね、ということで、今日はタイの カレーを作りました。具は鳥肉と茄子。ご飯はタイ米です。しかし、タイ米にたいす る日本人の態度は一体なんでしょう。偉そうというか、偏狭というか、アホなんで しょうね。タイ米が売れずに何トンも余ったなんて話を聞くと、今後、日本人がどん なに困ってもタイのひとは助けてくれないだろうな、と思ってしまいます。 ■タイのお米はそれなりの食べ方があるんです。それをたったひとつの物差しで測ろ うとするから、おかしなことになる。神様も同じで、いろんな神様がいていいじゃな いか。優劣をつける必要なんかない、と思います。でも現実には、かなり困った神様 もたくさんいる。そして、自分こそは絶対だと言い張っています。 ■そんなわけで、ぼくは最後まで神様という名前は出したくない、という考えです。 でも英雄さんの、神様の見分け方というのも聞いてみたい気がします。よろしくお願 いします。南無                     マイケル釈尊 03018/03025 PFH02766 河井 浩美 RE:神がイヤなら生命でも(^^; ( 7) 94/08/15 09:04 03017へのコメント マイケル釈尊さん、英雄さん、割り込みRESご容赦。 ;■タイのお米はそれなりの食べ方があるんです。それをたったひとつの物差しで測ろ うとするから、おかしなことになる。神様も同じで、いろんな神様がいていいじゃな いか。優劣をつける必要なんかない、と思います。でも現実には、かなり困った神様 もたくさんいる。そして、自分こそは絶対だと言い張っています。 ■そんなわけで、ぼくは最後まで神様という名前は出したくない、という考えです。 ; 私も基本的にマイケルさんの意見と同じです。 ここでマイケルさんの言う「神様」が、一つの宗教団体や一人の霊媒、チャネラーと ペアとして語られておいでになるのなら・・・という限定付きにですが・・・ でも現実には、かなり困った神様 もたくさんいる。そして、自分こそは絶対だと言い張っています。 この文章には二つ の可能性があります。.霊媒に降りた「神」なるものが言う。または自動書記等で言うと き。2.霊媒、もしくは団体のものが、自らの身欲(顕示)保身(組織維持)で言う。 2.はもちろん論外です。問題になるのは1.の場合です。 私はこう思ってます。「自分こそは絶対」という言葉は 自己顕示欲以外の何物でもなく 自己顕示欲は、つまり他者から認めて欲しいという願望は 反せば、他者から認められないのではないかという不安に他ならず この不安は、自らが他者の肯定的または否定的な意識に依存して存在するというコトを 自らの口から露呈しているのではないか・・・と。 自らの存在が他者の意識の介在によって成るものは すでに自らの他の他者が存在するということで これはすでに「絶対」なるものではない。 「絶対」なるものは他者を必要とせず(もちろん其の意識の中にも) それ自身で完結しているため、他者の評価など必要無く したがって自己顕示する必要もない。 自ら「絶対」と名乗る必要もなく、ただ存在し自らの欲するままに動き そしてそれに従い、自らに内包した森羅万象もそれにつれて動く。 その森羅万象が、自らに何と名づけようと関係無く存在する。 だから、悪と善が存在するということも、 悪あっての善、善あっての悪、善神、悪神を区別する自体、 すべて相互依存によりなりたつ「相対」なるもので 絶対とは相入れないものである。 だから私は「神」なる「言葉」でなくとも、「カエル」でも「ミミズ」でも どう呼んでもかまわないと思っています。 その「言葉」が「絶対なるもの」を指すのであれば・・・ 03019/03025 PXH01650 英雄 わたしのメソッド ( 7) 94/08/15 11:09 03000へのコメント お待たせしました、月狼さん。 自分が月狼さんの立場だったらどうするか、を考えてみる事にします。 わたしが、「他人の視線に写る自分を気にする弱い心を克服したい」 と決心したとしましょう。わたしのメソッドでは、他人を気にする弱 い心、は雲のようなものである、ととらえる事から始まります。 つまり、真実の自分が弱い心であるというのではなく、本心から離れ 去っていた間に自らが創りあげてしまった幻影に過ぎない、真実の自 分はいつでも強い心である、と見極めるのです。 次に、この幻影(雲)は絶えず縁に触れて潜在意識より表面意識に立 ち昇ってくる、しかしそれは現実に表れる事により消滅しようとして いるのだから、大きく増幅する前に消滅するようにと、祈りが導いた 光の中にその雲を投げ込みます。 この一連の作業は、人間の言葉・想念・行為には、真実の自分が発し たものと、偽りの自分が発したものとが入り交じっている、偽りの自 分の創造物はすべて、一旦表現された以上消滅するものである、偽り の自分が消滅することにより自ずと真実の自分が表れる、その消滅を できるだけ速やかに容易に行うために祈りが必要となる、という考え 方を基にしています。 もちろん、これは一回や二回行えばいいというものではありません。 しかし、一回やればやった分だけ確実に消滅し、その分真実の自分が 輝き出ます。真実の自分が100%輝くようになるまで、行い続ける のです。 こうしていく内に、自分というものが変化し始め、ある時、すっかり 以前の自分と違った事を発見し驚くことでしょう。知らぬ間に、自分 が数多くの階段を昇った事実に気付きます。 わたしは以上のメソッドで日々実践し続けています。その効果は図り 知れないものがあります。 みなさんは「自分を観る」という事を、具体的にどのように実践して いらっしゃるのでしょうか。 :英雄: 03020/03025 CXE02430 プレアデス 終戦記念日に合掌 ( 7) 94/08/15 18:57 今日は終戦記念日ですね。戦争で亡くなった将兵たちのことを偲び、 御冥福をお祈り申し上げます。本当に平和の世の中を迎えるために、 もう二度と国家のために死ななくて済むように、我々は今の一瞬を 大切に、心して過ごさなくてはいけないと思います。 なぜ、人々は戦争に行かなくてはならなかったのでしょう。ほとんど の方々にとって、それは選択の余地のない運命のようなものであった のでしょう。そして、軍国教育が彼らの行動に大きく影響を及ぼした ことは想像に難くありません。人間ひとりの思考というものが、時代 の流れの中でいかに無力であるかということを、改めて思い知らされ ます。 時代のうねりの中で、「自分」というものの存在は考えれば考える程 希薄なものです。自分の行動は、環境と遺伝特性によって、つまり時 代と生まれによってすべて規定されていると考えることも可能な位で す。事実、心理学の主流はそのような考えを前提としてなりたってい ると言っていいでしょう。そこでは、個人の主体性というものの可能 性が無視されています。 もし、環境と遺伝特性によってすべての行動形態が決定されるという 前提に立ったなら、我々は戦争の悲劇を繰り返さないために何ができ るでしょうか? 答えは環境を操作することと、DNAを操作すること になるでしょうね。 そう考えれば、いつかは達成されそうな課題に見えると同時に、今は 解決できない問題だという結論が導かれます。それで、逆に元気がでる というようなこともあるでしょう。例えば、心理的に不調な人 は、自分にある病名をつけてもらうと、ある程度安心します。また、 憑依という考え方も、患者に一時的な安心感をあたえるようです。体の 不都合や、他の霊の不都合が自分の不調の原因であると考えれば、少な くとも対処の仕方が解って来ます。自分以外の何かに対処すれば 良い訳で、自分自身の内面にかかわる必要はありません。 戦争を二度とおこさないために、我々は教育、社会システム、政治を 糾弾します。それは、戦争の環境要因を取り除くためです。無力感を 感じているよりも、そうやってできることをやっていれば元気もでて きます。 しかし、本当にそうでしょうか? それだけが、我々にできるすべて なのでしょうか? 仏教では、縁という概念があります。我々の人生は、縁によって成り 立っていると教えられています。他との縁によって、自分の人生が いかようにも変わって行く。これは、多くの人が実感するところの ものでしょう。 そう考えると、最初から自分の人生などというものがあるのか、と いうことになる。他の様々な事象との縁が連鎖しているだけで、 自分の人生などという実体はないのではないか、と。だから、 仏教では無我ということを言っている。 そうすると、やっぱり環境がすべてだということが言えるのでしょう か。 正しい。環境がすべてであるとしよう。その意味で、主体性などという ものは幻想に過ぎないと考えてみよう。だが、その環境を見ているのは 誰か。また、そこから眼をそむけているのは誰か。 縁で結ばれる現実の総体を、我々はどうすることもできない。しかし、 それを直視するか、ごまかすかというのは我々の選択である。そして、 本当に現実を直視した時、我々は現実を環境として外側に見るのをや めている。その時現実は、我々の内側にある。だから、影響を受ける こともない。すべては自分のなかの、様々な要素の戯れにとして受け 止められる。そうすると、他からの影響も自分自身のこのとして捉え なおすことができる。縁で結ばれる現実の総体の中では、自分とか他 人とかの境界線がない。 二度と戦争を繰り返さないために、一人ひとりが人類全体の幸福のた めに能力の限りを尽くすことができるために、私は自分自身の現実の 総体を、今しっかりと見つめたいと思います。 地球の生命に、合掌 ーープレアデス 03022/03025 MHD02502 ARION まことに心有る者に告ぐ ( 7) 94/08/15 19:16  *  第7霊線は、自らを選んだ者の額に、角を刻印した。  **  贖いの子羊は捧げられた。 アガナ ***  王は言った。「必ず聖杯を持ち帰るのだ」  ****  月の女神は舞踏を忘れ、青い部屋で佇む。  *****  大きく見えた筈のものが、実は小さいと知った時に、自らの真価が分かる。  ******  聞け、この声を。  呼べ、この思いを。  見よ、自らの足跡を。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  邂逅の時、  夢は流れ、  時は留まる。  遥かなる時を超えて、  大いなる御言葉を繰り、  振動し続ける水晶体へと、  光の粒子となって飛び込む。  我等が母に、あなたがたは何をしたか? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  愚かなる者達よ、扉の前で佇むか。  扉の材質について、形状について語り、  それで扉を知ったつもりになるか。  扉を知って、それで終わりか?  扉は、何の為にあるのか。  こちら側と向こう側に出入りする為のものだろう。  扉の向こう側には、どんな世界があるか。  分からないから、扉を開けるのは怖いと言う。  分からないなら、何故、怖いのか?  真実は、分からないから怖いのでは無くて、  自分が「分からないもの」に対応したくないだけのことだ。  対応しても、立派にこなせるかどうか分からないから、怖いのだ。  立派に対応出来なかったら厭だ、そんな自分を想像しただけで傷つく。  ならば、分からないものには立ち向かわない方が良い、と考える。  愚かなことだ。  分からないものに勇気を持って対応しようとする者に、  惜しみない賛辞を与えながら、  心の奥底には嫉妬の炎が燃える。  そして、頭の片隅で一生懸命に自分が対応しない理由を、  誰に話しても納得して貰えるような、  美しい正当な理由を考える。  愚かなことだ。  長年、これを繰り返すと、  自己暗示によって、  分からないものに傷つきながら対応することを  嘲るようになる。  更には、そうした行為をしようとする者を説得しようと試みる。  最後には、相手の可能性を潰してまで阻止しようとする。  愚かな・・・。  自立しなさい。  自立とは、分からないことの連続だ。  一瞬一瞬の行為を自らの決断で選び取り、  その結果起きるであろう全てのことに責任を持ちなさい。  だからといって、排他的になる必要は無い。  誰の意見であれ、自らの意志で選んでいるんだという自覚がなければ、  自らの能力を試す結果である責任も自分の手には入らない。  自立とは、そういうことだ。  自立を目指さない者に、私は今後、話し掛けることを善しとしないだろう。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・                     −−−ARION,O∴O−−− 03024/03025 PFH02766 河井 浩美 エスペラントさん、ただいまー ( 7) 94/08/15 22:25 エスペラントさん、帰ってきましたよ。 お留守している間にかなり煮詰まってしまったみたいですね。 この前の続きと今回のアリオンへの質問文から感じたこと書きますね。 この前の「此岸に残る教師」の例えは、その教師がボランティアで残っているような 印象があります。 しかしこうは考えられませんか? 悪(all lastまで身欲保身我好しに囚われきってしまった者)を引き連れて此岸に残り 最後の最後まで自らを観ようとせず、悟れなかった囚われの御魂に引導を渡し 無に帰す存在。;例え申せば、この者たちを恵胞(えな:胎盤のこと)として、 産みたる御魂いかほどに、無駄にすることあたわぬと、 元つ神様創られ賜いし御魂なれど、このように汚れケガれし御魂、 次のミロク世に持ち行くことならぬがため、されば御魂一つ無駄にはされぬ、 この度のミロク世育てる恵胞として使こうて元つ神のお役に立てれば この者どもの御魂も無駄とは成らぬ。 このつらきお役いたすは丑寅の金神、国常立の大神、ルシファーなる大天使の お役であるぞ。帰りて来るキリストであるぞ。裁きの神、地獄の閻魔であるぞ。; ここまでは浮かんできたそのまま書きました。ここからは河井が考えた 文章になります。 善と悪と名づけられた物事は御都合でしかなく、価値判断としては等価です。 「絶対」なる流れに従って泳いでいるか、逆らって泳いでいるかだけの違いです。 逆らって泳ぐとその両側にはたがいに反対向きの二つの渦が出来ます。 気象学的にはカルマン渦、素粒子学では宇宙線による陰・陽電子の対発生などが その型です。電気的にはコンデンサーに+と−の電圧が充電した状態、 もしくは電池ですね。元々中性であり潜在的なエネルギーを内包していても、 そのままでは力として現すことは出来ないので、 一なるものを二と別け(正反二分)、再び結び直すときにこそ、力が生じる。 この力を現すために流れに逆らう動きは必要なものであり、 善悪は再び結び合わすために解いた根源の流れなのです。 泳ぎ手が流れを読み切るだけの能力がないときは、 自らが流れに逆らっているかどうか判らないので、労多くして成果あがらず。 これをその泳ぎ手にとっての「苦」といいます。 そして泳ぎ手の周りには正反の渦がいくつも出来る。 これが善悪というものなのです。 自ら産み出した正反の渦を結びもどすことで力が生ずる。 自ら産み出した渦は自らが結ぶことが責任。そしてその出ずる力は創造です。 創造するがための善悪ですから、等価なのです。 ですから勧善懲悪では正ばかりとなり、力とは成らない。 勧善懲悪とは悪と称するものを影に押し込める働きでしかない。 私たちの言う善悪は、ともに身欲保身我好しの囚われでしかないのです。 だから最初の言葉は訂正しなければならない。  all lastまで善悪という身欲保身我好しに囚われきってしまった者を引き連れて 此岸に残り、最後の最後まで自らを観ようとせず、悟れなかった囚われの御魂に 引導を渡し、「神(絶対なるもの)」の創造物を涙を飲んで無に帰す存在。 これが悪のお役なのでしょうね。 「絶対なるもの」の創造物を無にすることが出来るものとは、 「絶対なるもの」の御使いなのかも知れません。 だいぶ話が離れてしまいましたがご容赦。 - FARION MES( 8):☆恋愛玉手箱/風まかせ編☆・・・・・・・・・・・・・・ 94/08/15 - 00365/00368 PXH01650 英雄 女性に関する素朴な疑問(1) ( 8) 94/08/15 11:11 コメント数:1 なぜ、女優も素人さんも、こぞってヘアヌ―ドになるのだろう? 女は、体に自信さえあれば、見せたいと思うのであろうか? :英雄: 00366/00368 PGB01143 魔界のめーそん 玉手箱.人生編 ( 8) 94/08/15 12:53  この会議室の議長「シゲ殿」が入院された由、お見舞い申し上げます。  一日も早いご快癒を、お祈りいたします。 8月15日に消えた彼女  昭和18年の初めの或日、めーそんに新しい友達が出来た。青い目の日本 語の満足に出来ない子だった。この戦争の最中に..と不審に思われるだろ うが、カナダ系(母親がカナダ人)の日本人で、父親に伴って捕虜交換船で 帰国してきたと言う。  小学校区は隣であったが、いじめが予想されるため、当時ガキ大将だった 小生を頼りに越境編入してきた。  毎朝、わが家まで姉さんに連れられて来て、それから小生が学校へ同行す る。帰りは、直接送り届けるのだが、時々は夕食をご馳走になって帰ること も有った。  この姉さんというのが、少年の言によれば母親似という事で、混血によく ある抜けるような白さ、黒い髪と灰色の瞳が眩しかった。  放浪癖のあるガキ大将のめーそんが一年間も続いたのは、この彼女に有っ たのかも知れない。23歳.一回りも年上の彼女では有ったが。  めーそんは進学し少年は止まったのだが、お互いの交流は続いていた。  中学(旧制)には在籍したものの、めーそんの放浪癖は治まらず、焼け跡 の東京での最中に8月15日を迎えたのだった。何かに急かれるようにして 京都へ帰っためーそんは、彼女の..いやいや彼の家を訪れたが、もぬけの 殻であった。  近所に当たっては見たが、2日前に突然居なくなったという。「心の中に ぽっかり穴が空く。」と言うことは、こうゆう心境を言うのだろうか。  昭和21年、不思議な再会から理由が解るのだが、長くなるのも迷惑なも の、次回へ続く.....        期待無用             魔界のめーそん 00367/00368 SDI00635 みれ RE:当会議室議長が入院治療中のため ( 8) 94/08/15 16:18 00362へのコメント  #00362 著美 さん  どうもどうも、早速の立候補を頂き、ありがとうございました (^.^)  「著美的個人生活絶対最優先」ってとこが、いまいち分かりにくいの ですが、当面、著美さんに議長をして頂くことにしましょうか?>ALL ---------------------------------------------------------------- --------------------- し〜〜〜〜〜〜ん ----------------------- ----------------------------------------------------------------  は、反対意見が無い様子なので(^^;) 著美さん、お願いしますね。  (これは、言うまでもなく冗談です(笑)異論のある方は表明してく   ださいませ) ・:*:・みれ・:・。,★ 00368/00368 GBG02043 維/YUI ヘアヌードねぇ・・・・ ( 8) 94/08/15 22:40 00365へのコメント 勝手な私の感想ですけれど、なんだか芸能関係の玄人さん達のあいだでは、 もしかしてそれが、流行なんじゃあないか・・・と。 んで、”もしかしたら・・・”を考える素人さんはやはり、インパクトの有る流行り物のヘャkード・・・なんてなっているようなきがします。 けどさ・・・、私は???なのだわ。 なんでヘアがみえているのが、そんなにウケるんですか???? ・・・以前素人の女の人のヌード写真集が、で始めた頃、モデルになった人いわく 若いからだの線がきれいなうちに、それを残しておくのもいいと思って・・ということをいってたような覚えが有ります。         このごろの世の中の流れって、理解不能な事が多いのに、            あぜんとしてしまうことの多い、維/YUI。 - FARION MES(11):★平井和正/異界漂流★・・・・・・・・・・・・アキラ 94/08/15 - 690/690 KHA02710 S・N RE:バチガミ第二話感想 (11) 94/08/15 02:15 685へのコメント う〜ん。現時点では、ヒラリン先生の、あの[吹き出し]に対しては、 私もちょっと、煩わしさは感じます。 原作者の出てこない表現法ではダメなのか?あるいは、ハヤカシさん が言われるとおり作品内のキャラクターとして「役者に徹したほうが良い」 のではないのか? とはいえ、あの様な表現法をとるのにも、なにか訳があるのかも...? 第一回目では、あのS氏のことが出てきたり、雑誌の記事をしっかり 引用したり、「フィクションじゃ...」とゆーレノさんの問い掛けに 「断じて違う!」っと力んだり...。 ここには、何というか、『BACHI☆GAMI』が、マンガ、コミック という物語の形を取りつつも実は.......、言い換えれば、物語と現実が グニャリと溶け合った、あの「異界感覚」の表出を狙っているのではないか などと私は思っています。 もしそうだとしても、例えば小学四年生ぐらいの子が読んでどう思うか? FARIONの入会者、または、そのご家族の方に、これくらいの年齢の方が おりましたらぜひ感想をUPしてほしいです。(^_^;)ハハハ ところで、14日のARIONハローメッセージ。あれってもしかして バチガミ様の宣戦布告だったりして...。(((((((^_^;)チョットマジ?コレ? ARIONと罰神様にはなにか関係が....? - FARION MES(13):★神秘学遊戯団★・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・KAZE 94/08/15 - 01669/01669 GGA02514 KAZE シュタイナー読書会●第四章●概要2 (13) 94/08/15 12:05 ●ルドルフ・シュタイナー「シュタイナー教育の基本要素」(イザラ書房)  第四章/「素質・才能・教育」その2 ■人間全体をみるとき、心魂および身体的−心魂的組織は単純ではないというこ とを理解しなければならない。心魂は単一的な存在ではなく、感受魂、悟性魂、 意識魂というふうに三つの部分に分けられる。 外界に向かい合い、外界から色と音の印象を受け、わたしたちが通常は意の ままにしていないもの、つまりわたしたちの衝動、欲望、情熱を手中に収め ることによって、感受魂は活動します。知覚などをとおして受け取ったもの をわたしたちのなかで消化し、外界をとおしてわたしたちのなかで刺激され たものを感情へと変化させると、わたしたちは第二の心魂の構成部分である 悟性魂(心情魂)のなかに生きていることになります。そして、わたしたち が思考を自分で導き、なにものかに引きずり回されないと、わたしたちは意 識魂のなかに生きます。 ■生まれてから7歳頃までの子供は、感受魂集中的に内面から形成させようとす る。このときに意見や理論、理念はほとんど作用しない。子供は、自分が見たこ とを真似し、外界との関連に適合するようにみずからを形成しようとする。だか ら、この時期には、大人は子供が真似してもよいことを行い、子供の個的本質全 体のための土台を築かなければならない。 大人は子どもから、子どもの周囲ではどのように振る舞うべきかを学ぶべき である、と精神科学は要求します。子どもの周囲ではどのような言葉を語り どのような心の持ち方をし、どのような考えを持つべきかを学ぶべきなので す。 7歳から14歳までは、子どもが大人のなかに、信頼できる人間を感じることが 重要で、「権威」というものが考慮されるようになる。これは、道徳原則から説 教するのではなく、「この人がおこなっていることはいいことだ。この人がやら ないことは、わたしはやめなければならない」と、悟性魂(心情魂)で感じるこ とができるようにしなければならない。 その後、14歳、16歳になると、人間を孤立させ、自分を内的に閉じられた存 在と感じさせる意識魂に働きかける可能性が生まれる。つまり、意見、概念、理 念に働きかけることができるようになる。しかし、その意見、概念、理念は確固 とした地盤をもっていなければならない。そうでなければ、浅薄になり、身体組 織の奴隷になってしまう。後になっても柔軟で活発で、新しい状況のなかで行動 できるようになるには、そうした地盤をしっかりと築き、教育を通して自由な発 展を導き出さなければならないのである。 ■人間が信じ、信奉するものは、論理や理解といったことから発するものではな く、意志、心情などの人間全体から発するものなので、「自分はこんなにはっき りわかっているのだから、わたしはみんなにも確信させることができる」という 論理的な証明の努力はなかなか受け入れられない。思考というのは、人間の素質 のなかでもっとも後になって現れたもので、それは「他者への通路」がもっとも 見いだせないのである。それに対して、心情や意志のようにもっと深い部分で把 握すれば、多くのことができ、その場合、身体組織にも介入できる。 唯物論的な環境で育ち、物質しか認めないと、成長期に、それに見合った身 体と脳を彫塑的に形成する心情衝動と意志衝動の総体が形成されます。のち になって非常に論理的な思考を身につけても、その思考はもはや脳の塑性に 影響を与えることができません。論理的思考は、人間の心魂のなかでもっと も無力なものです。ですから、他者への通路を、論理のなかだけではなく、 心魂のなかに見いださねばなりません。 精神的−心魂的なものを健全に発達させるためには、教育可能な年齢においてど のように身体的−心魂的なものに働きかけなければならないかが理解される。純 粋な論理よりも、偏愛のほうがものの見方の形成に大きく関与することになるの である。優れた人でも、人格の深みにあるものを発展させることができていない ならば、そうした偏愛などを通用させることになってしまう。 わたしたちはどのように、人間に対して振る舞わねばならないのでしょうか。 人間がまだ彫塑的に形成されるべき段階にあって、抽象的な概念と理念がわ ずかしか作用を及ぼさない時期には、抽象的な概念と理念ではなく、イメー ジ豊かな理念をもって接するようにするのです。イメージ、形態、輪郭をも ったものからなるべく離れない、イメージ豊かな、いきいきとしてものを概 念のなかに入れることを、わたしは強調しているのです。イメージとして、 形態として、ファンタジーの形態として受け入れられるものは、わたしたち の身体組織に介入する大きな力を持っているからです。形態のなかでわたし たちに向かい合うイメージ豊かなものが身体組織に作用するのです。 ☆☆☆KAZE☆☆☆ - FARION MES(14):★Room 666/預言解読の部屋★・・・・YHVH 94/08/15 - 02291/02293 KHE02065 メルク 日本語のゲマトリア (14) 94/08/15 01:24  アルファベットなどに数値を当てはめて、その合計を出して占いなどの判断に 用いる方法をゲマトリアというが、最近私の発見した日本語の仮名の数値を以下 に書こうと思う。  ヘブライ語には伝統的に決まった数値があるが、ローマ字や仮名文字には定説 がない。ローマ字の数値は、以前エドアルド・マイヤーによるものを以前UPし た。それ以外にも世間には、ヘブライ語のアルファベットから翻字したものや順 番に数値を当てはめていくものが色々とあるが、腑に落ちるものはない。  私は日本語の仮名にもゲマトリアの数値があるに違いないと考えていた。ガッ ケンの「古神道の本」などを見ると、定説はないものの、やはり色々な研究者が 色々な数値を当てはめているらしい。が、そうしたものの中に、私の腑に落ちる ものはなかった。  しかし、「超科学書カタカムナの謎」という本を見て私は閃いた。カタカムナ の文字というのは、大円の中に十字があり、まわりに8つの小円があるのが基本 型で、各文字はそれらの構成要素の一部が欠けた形になっている。たとえば、ワ は○、トは+、チは♀。同じ位置に小円のある文字は共通の思念を持つとされ、 ヒは右、フは右上、ミは上、という風に1〜8で一周している。  そこで、右に小円のある文字のゲマトリア数値は1、右上にあるのは2、とい う風にする。9のコは1+8という風に二つの小円があるので、複数の小円を持 つ文字は、それらの数値を足し合わせることとする。10のトは小円がないので、 小円のない文字は10ということにする。すると以下のようになる。   1=ア、カ、ヒ、レ   2=ク、フ、ヱ   3=ウ、チ、ミ、ラ   4=ヘ、ユ、ヨ、ヲ   5=イ、シ、ソ、ン   6=オ、ハ、ホ、ム、ル   7=ナ、ニ   8=ス、セ、ヌ、ヤ、ロ   9=コ  10=エ、キ、サ、タ、テ、ト、マ、ヰ、リ、ワ  12=ケ、ノ、メ、モ  16=ツ  20=ネ  思いついただけでは正しいかどうか分からないので、試しに計算してみると、 例えばアマテラス・イザナギ・タカミムスビなどは同じ32になり、ツクヨミ・ イザナミ・イワト・イカヅチなどは同じ25になる。月読をツキヨミとすると、 イワヤド・ナカツクニなどと同じ33になる。スサノヲ・オオクニヌシ・ヤオヨ ロズ・ニッポンは34、クシナダ・ミナカヌシ・イヤサカは24、クシイナダ・ クニツカミ・クサナギは29となる。なかなか信ぴょう性があるかもしれない。  ちなみに上記の例で見ると、月読の読み方にはツクヨミにもツキヨミにも意味 があるようである(33は月の数である)。奇稲田はクシナダよりもクシイナダ の方が本来の価値を反映している様に見える。思い付くものを適当に計算してい っただけで、徹底的に調査したわけではないが、スサノヲのではなくスサノオと した場合には、同じ数値のものが見つからなかったが、スサノヲとした場合は上 記の通りであった。また、高天原はタカアマハラとするとアマツカミ・スサナル・ マガタマなどと同じ31となるが、タカマガハラ・タカマノハラでは一致するも のが見つからなかった。  色々計算してみると面白いかもしれない。預言解読にも使えるかも?!                          メ ル ク 02292/02293 KHE02065 メルク 火と水、反転 (14) 94/08/15 15:35  オカルトや精神世界の本を見ると、霊的覚醒には2種類あるらしい。  クンダリーニの上昇と、サハスララ・チャクラが開くこと。  これはある意味で正反対のことのように見える。  クンダリーニ覚醒は、大地・過去に連なるエネルギーの解放であり、  いわば市民革命のようなものであろう。  一方サハスララ覚醒(?)のほうは、天空・未来に連なるエネルギーであり、  ある意味で、神との主従関係(霊主体従)のような状態と言えるかもしれない。  市民革命という暴力的な「火」のエネルギーによってまず過去の体制を破壊し、  それから水平平等な「水」のエネルギーの世界を実現させようとして出来たのが、  現在の民主主義の世界だ。しかしこれは、所詮カリマホロバでしかなかった。  クンダリーニ覚醒というのは非常に危険な現象で、  器の出来ていない人は廃人になって死んでしまったりするらしい。  セトモノを作る場合には、まず水で土をこねて器を作り、  それから火で焼くのである。      カリマホロバ → マホロバ        (火→水)→(水→火)                           メ ル ク 02293/02293 PAG03134 はな 第5の御使 (その3) (14) 94/08/15 17:50  ■ 第5の御使がラッパを吹き鳴らした時 『第5の御使が、ラッパを吹き鳴らした。するとわたしは、ひとつの星 が天から地に落ちてくるのを見た。この星に、底知れぬところの穴を開 くかぎが与えられた。  そして、この底知れぬ所の穴が開かれた。すると、その穴から煙が大 きな炉の煙のように立ちのぼり、その穴の煙で、太陽も空気も暗くなっ た。』 (第9章 1、2節)  この文章は、彗星衝突を表現したものではないでしょうか。地に落ち るのは、なにも地球の上だけではありません。地球1つがすっぽりはい るキノコ雲ができ、木星表面には、科学者が予想しなかった規模の、穴 が開きました。『穴から煙が大きな炉のように立ちのぼった』という表 現に似ています。  わたしがここで注目しているのは、 『底知れぬところの穴を開くかぎが与えられた』 です。  ここで、底知れぬところとはどこなのでしょう。黙示録をくまなく見 ると、「かぎ」についての表記は、一番始めの第1章にあります。 『・・・恐れるな。わたしは初めであり、終わりであり、  また、生きている者である。わたしは死んだことはあるが、見よ、世 々限りなく生きている者である。そして、死と黄泉(よみ)とのかぎを 持っている。』(第1章 17、18節)  両者のかぎが、同じ所の鍵ならば、「底知れぬところ」とは、「黄泉 と死」の言い換えになります。  ● 鍵の所有者 光の黙示録第13章で、ARIONは 『私は私であり、それ以外の何者でも有り得ない  初めであり 終わりである         』 と言っています。つまり、「死と黄泉とのかぎを持っている」のはAR IONです。そして、「死と黄泉」は、これまでに書かせていただいた、 ARIONであるところの第4の御使と密接につながっています。  第9章1節で、注意しなければならないのは、かぎが「与えられた」 という表現です。第5の御使は、はじめから鍵を持っていたわけでは有 りません。彗星衝突というシグナルによって、ARIONが持つ黄泉を 開くかぎが、第5の御使に渡されたのでしょう。第4から第5へとつな がる、バトンタッチなのかもしれません。  ● イナゴ  第5の御使がラッパを吹き鳴らしたとき、さらに続けて、 『その煙の中から、イナゴが地上に出てきたが、地のサソリが持ってい るような力が、彼らに与えられた。』(第9章 3節) このイナゴが、封印を解かれた「鬼」、百鬼夜行であると解釈していま す。はじめは、文字どおり、イナゴが押し寄せるのかと思っていたので すが、イナゴの線は否定しないにしても、彗星衝突という大きな合図に よって、出てきたイナゴは、まつろわれなかった一部のAMA族でしょ うか。  ヨハネ黙示録によると、ここまでを「第1のわざわい」として、一区 切りつけています。第6の御使がラッパを吹き鳴らすと、第2のわざわ いが始まります。  第5の御使には、 (1)子羊が、第5の封印を解く時      (第6章 9節〜) (2)第5の御使が、ラッパを吹き鳴らした時 (第9章 1節〜) とに分けて、これまで書かせていただきましたが、第5の御使最後の働 きがあります。第16章10節です。 (つづく) * →・ はな ・← * - FARION MES(18):★二人三脚ネットワーク実験室★・・・・あもり 94/08/15 - 01576/01580 GBE02650 ユ−リ RE:たまごさんの多重人格 (18) 94/08/15 02:20 01566へのコメント コメント数:1  「アメリカであった何十人格の話」というのは、 多分、ダニエル・キイスの『24人のビリ−・ミリガン』のことだと思いますが…  僕は心理学については門外漢なので、あまり詳しいことはわからないのですが、 あの本で読む限り、多重人格症というのは、 かつて、たまご君が言っていた「多重人格」とは全く別のものだと思われます。  本の主人公、ダニエル・キイスは、幼少期の虐待が原因で、 人格の分裂を引き起したのですが、その症状は、徹底的なものでした。  一人の人間の心の中に、人種、年齢、性別、性格等を全く異にする様々な人格が 存在するのです。  例えば、人格のひとつである「ア−サ−」は22才のイギリス人の男性であり、 また、別の人格「クリスティン」は3才の失語症の少女といった具合。  その他にも、ニュ−ヨ−クっ子、ユダヤ教徒、レズビアンと、様々です。  理解してもらいたいのは、それぞれの人格が、 最初、他の人格の存在を全く知らなかったことです。  例えば、「レイゲン」という人格が表面に表れている時は、 他の人格は、眠っているのと全く同じ状況になっているらしいのです。  ビリ−・ミリガンのケ−スでは、「ア−サ−」が他の人格の存在に気づき、 最終的に全ての人格で話し合いを持てるところまで持って行きました。  もっとも、それでも彼が掌握していたのは24人の人格のうちの、 わずか10人でしかありませんでした。  後の14人の人格は、ビリ−が逮捕されて調査される過程で発見されています。  全ての人格を統合する存在としての、 「ビリ−・ミリガン」という人格は、存在しませんでした。  「ビリ−・ミリガン」なる人格は、24人の全ての人格が、 同意のうえで融合されてから、はじめて出現します。  実をいうと、かつて僕も札幌で、たまご さんと酒を飲んだ時に、 彼の言う「多重人格」の話をしたことがありました。  多分、みれ さんが電車の中で話をする前のことだったと思います。  以前、彼が「自分には7つの人格が存在して、いろいろ話をしている」と、 会議室上(居酒屋だったか、壁だったか…)で言っていたことと、 僕が「めでぃあ室」で「ビリ−・ミリガン」の話をしていたことから、 この話になったのだと思いますが…  で、その時の彼の話というのは、 あくまでも、自分の心の中に7つの「人格」が存在していて、 なにか意思決定をする段になると、 その「7つの人格」でいろいろと相談して決める、 という話だったと思います。  別に彼に限らず、なにかモノを考える場合に、 意識的にせよ、無意識的にせよ、自分の心のなかで討論をするということは、 僕を含めて、誰にでも経験のあることではないでしょうか?  彼の場合は、その話相手が7人分存在するということだったのだと思います。  以上で良くわかっていただけたと思いますが、 「ビリ−・ミリガン」に描かれた多重人格症と、 たまご さんの言っていた「多重人格」とは全く別のものです。  たまご さんは、誰の心の中にでもあるものを、 自分固有の「多重人格」なのだと錯覚した可能性が大きいと思われます。  それだけに、たまご さんが自分の弁明に「多重人格」を持ち出し、 そのことについて、あもり さんが混乱し、激怒する姿は、 失礼ながら、僕にとっては滑稽以外の何者でもありませんでした。  もちろん、議論の当事者にとっては、 これは滑稽ですまされる問題では無かったと思いますが…                      ユ−リ(GBE02650) 01577/01580 KHE02065 メルク RE:たまごさんの多重人格 (18) 94/08/15 03:17 01576へのコメント コメント数:1  たまごさんのは、人格というより、性格というべきかもしれませんね。  しかし分からないのは、その自分の中のさまざまな性格を、それぞれが別々の 他人であると本当に認識していたのか、転んだ勢いでそう言ってしまったのか? という点です。後者ならいかにも理解出来る話ですが、前者ならたまごさんの精 神構造は依然として神秘のヴェールに包まれています。  人は状況によって色々な違った面が出るものです。それが普通です。ただ、普 通はどう転んだって、それを多重人格と感じたりしないような気がするんです。 もし、それがたまごさんに起きたとすれば、なにかが普通じゃなかったのかもし れないという気がする。いわゆる多重人格ではないにしろ、それはそれで、心の 病であるかもしれない。  なんて、つらつら考えます。                           メ ル ク 01578/01580 TBE03167 ねずみ RE:たまごさんの多重人格 (18) 94/08/15 06:26 01577へのコメント 僕にも、多重人格というのは、多少ならあります。 たとえば、きれいなオネエチャンを見て、「ああ、彼女を口説けたらいいな」と 思う自分と、「でも、そんなことして、嫌われたらどうしよう。やめとけ、やめ とけ」と思う自分。 対立する意志が自分自身の中にある状態が一種の多重人格なんだと思う。 そういうのが、強くなって治まりがつかなくなった状態が、たまごの言っている 多重人格なんじゃないかな。 まぁ、いずれにせよ、それ程大騒ぎする話でもないであろー、と ^^; 01579/01580 SDI00635 みれ RE:たまごさんの多重人格 (18) 94/08/15 16:10 01568へのコメント コメント数:1  #01568 エスペラント さん(長文:150行余り) どうも、こんにちわ。  今回はSYSOP という立場からの発言では無く、一個人としての発言が 出来るので、嬉しく思います。  夏風邪での発熱も治まり、後はしわがれ声を残すのみという、ほぼ平 常時並みの体調に戻ったせいか、ちょっとジックリ発言したいなという 気持ちになりました(^_^) | 全く、そうだと思います。同感です。けれども、一見、率直な感情表現に見える文 | 章が実は詭弁を基盤に展開され、話を誘導する意図に支配されていることもまた多 | いのですね。無自覚にそういうことをしているようなのです。  そうですね、ここに書かれてあることには、ほぼ同意します。  ただ、最後の一文「無自覚にそういうことをしているようなのです」と いうこの部分だけが、疑問です。  無自覚に詭弁を基盤に、論理展開するということがあるのでしょうか?  詭弁を基盤に論理展開するということは、つまり詭弁を弄するという意 味で、私は書いたのですが…。  ちなみに詭弁を広辞苑で引きますと;  詭弁… 1) 〔史記 屈原伝〕 道理に合わぬ弁論。理を非に言い曲げる弁論。               こじつけの議論。      2) 〔論〕(sophism) 相手をだますために行われる、外見上はもっと               もらしい虚偽の推論。  で、私は 2) の方の意味合いで詭弁を基盤に論理展開云々と書いたので、 無自覚に相手をだますために外見上は、もっともらしい虚偽の推論を弄する ことは無理なのでは無いだろうか?と思うわけです。 | 論理的であろうが、叙情的であろうが、いずれにせよ、詭弁であったり、誘導であ | ったりするものを見破るための唯一の観察方法は、相手が明確なことのみを基準に  判断しているかどうかを見ることと思っています。  観察方法は、私とは少し違いますね。  こうしてお互いの差が見えてくるのは、興味深いことです。  明確なことのみを基準に判断しているかどうか…これは、事象に関する場 合には簡単そうですが、こと人の心の話になると一転して困難になりかねな い方法のように、私には見えます。  相手が明確なことのみを基準にしている、と発言していても、実際に文章 を読むと「あれ?」と思うことがよくありますね。こうした場合には、自己 申告である「明確なことを基準にしている」を取るか、それとも文脈を読み 取った結果現れるものから、何を基準にしているのか?を推論するか…判断 の分かれるところです。  私の場合は、その人の文章の中の一文よりは全体を通しての文脈から伝わ るもの、そして発言態度との整合性などを観察して、その人が何を基準に話 を展開しようとしているのか?を見ています。 | たまごさんが多重人格という概念を自己弁護のためのツールとして用いたというこ | とですね。それは重要な発言なので、確認しておきます。それは、たまごさんとの | 様々な関わりに基づいた、責任のある発言であると受け止めてよろしいでしょうか。 責任のある発言である…ということですが、何に対する責任ですか?  多重人格云々をたまご氏が自己弁護のツールに使ったと私が判断した理由 は、彼とのRTや電話、実際に顔突き合わせた会話などの総合評価です。  以下に書きます事々が事実であったと言い切ることに、何の躊躇もありま せんが、たまご氏との様々な関りに基づいた、責任のある発言であるか?と 問われても、抽象的過ぎて答えようがありません。決して嘘は言っていませ んが、フォーラムにアクセスされる全ての人に、私の文章が与える影響の細 部に渡ってまで、責任を取れるか?ということならば、出来ませんと答える しかありません。ううっ、理屈っぽいなぁ、この文章(^^;) (注意:これは 個人的な発言ですので SYSOPとしてのフォーラム内での責任問題とは切り離 して考えてください)  たまご氏事件の経緯は非常に複雑ですが、簡略化すると(これはこれで問 題ありかも知れませんが、話の流れ上分かりやすく説明する為とご容赦くだ さい。従って、簡略化された経緯は事実の全てでは無いことは、予めお知り 置き頂きたいと思います。勿論、私の側の認識であることは言うまでもあり ません)  たまご氏がARIONからのメッセージとして数人の人に、あれこれと指 示を与えたり、アドバイスを与えていたという事実が先ずそこにあります。  ARIONは、これを知るやたまご氏と当時の関係者をRTに呼んで事実 の確認をして欲しいと望み、私はそれを実行しました。  たまご氏はRTの比較的初期にARIONからのメッセージとして、他者 に対してアドバイスをしたことを認め、それが自らの思い込みの産物という ことも認められました。そこで、たまご氏が自身の過ちに気付かれたことは、 大事なポイントです。  そこで、たまご氏から最初に出された責任の取り方は、議長の辞任であり、 当フォーラムからの退会でした。しかし、居合わせた誰も(ARIONを含 む)が、その責任の取り方に異論を投じ、たまご氏は暫く考えた末にARI ONから提示された「自らの失敗経験を自会議室で率直に話し、自らをまな 板の上の鯉にすることで、他の人達の肥やしにする」方法を選ぶ、と決断さ れ、そうすることを約束された(少なくとも、私は約束があったと記憶して いる)訳です。  熟考してからUPするべし、という忠告は当時のたまご氏には届かず、翌 日には彼のファイルがUPされていました。その内容が、自らの過ちの原因 を外に問う形であったため、RTに参加していた人達の間から、話が違うじ ゃないか、といった不満が出ました。  この辺りから、たまご氏はRT参加者やその近しい人達と頻繁に電話で話 をするようになったのですが、以前として会議室には彼がRTで認めた類の 話が率直に語られてはいなかったため、そうした彼の煮え切らない態度に怒 りを表明する人も増えたのです。  そして、ある日、たまご氏が一日と少しだけ上京するという話になり、当 然、この問題の解決を図ろうと考える人達が集まって、膝付き合わせての話 し合いになったのです。この会合は有意義な話し合いであったと、恐らく誰 もが思ったことでしょう。この日、会合場所であった横浜からの帰途上での 私とたまごとの戯れ言めいた会話の中に「多重人格」の話が出たわけです。  こうして何度も話し合ったけれど、一向にたまご氏の率直な自らを省みる 発言が無く、自らの言動の因を自らの中に求めるのでは無く外側に求めるか のような発言が目立った為に、私は落胆しました。  そして、ある日のRTにたまご氏が参加されているのを見つけて、約束は どうなったの?と問うてみたら、約束なんてしていないよ、との返事が返っ てきたわけです。あぁ、これはもう駄目だなぁ…と私は思った訳です。  アリオンが提示した条件は、元々、たまご氏がこの会議室を開催したいと 要請してきた辺りのメール交換の中で、彼自身が提案していた「自分を観る」 ことの実践論の中にあったもので、彼の目には奇異なことでは無かった筈で す。  そして…たまご氏は、黙って居なくなり…事はウヤムヤのまま取り残され たわけです。  たまご氏が自らを多重人格だとしたかった理由が、自ら認めた過ちの因を 自らの中に求めたくないが故だと、つまり「多重人格なんだから分からない でやったんだから、僕は何も知らないんだから、悪くないんだよ…」と読み 取れる発言をしたことに、多くの人は怒りを表明したんだと、私は解釈して います。  私がたまご氏に対して落胆したのは、平気で約束を反故に出来る人だった んだ、と分かった時でした。あまつさえ約束なんてしなかった…と言い切ら れて、怒りを通り越して失望してしまいました。  以上、私が書きましたことが事実に反するということがあれば、どなたで もご指摘ください。こちらの誤認であれば、謝罪します。  また、この文章はたまご氏の名誉を毀損する意図を持って書いたのでは無 く、この会議室の主旨に沿う自分を観ることの一助となれば…と願い、また 情報不足故に議論が混迷することを避けるためのものですので、その辺を宜 しくご理解頂きたいと思います。 ・:*:・みれ・:・。,★ 01580/01580 SGW00342 エスペラント RE:たまごさんの多重人格 (18) 94/08/15 22:44 01579へのコメント  こんにちは、みれさん。夏風邪が治まっても、まだまだ暑い夏は続いてますし、  気を抜かないで、頑張って下さいね。少し前の頃と比べると、フォーラムの様子も  だいぶ落ち着いてきた感じがありますし、次に起こることのために心のバランスを  取り戻すための期間なのかも知れませんね。  あるいは、そういう余裕もないままに次の事態が発生していくのでしょうか。私に  は、そういう状況の移り変わりの感覚がまだ把握できませんが、長くここを取り仕  切ってきた、みれさんには、きっと何か鋭い予感みたいなものが働いているのでは  ないでしょうか。    私の詭弁についての認識は、話を誘導するための会話の組み立てかた、ということ  です。話を誘導するというのは、自分に関心のあるテーマに話を持っていこうとす  ることを指しています。  たまごさんのことについては、もう少し色々な人の意見を聞いてから、思うところ  を発言してみることにします。ではまた。                        ≡△○ エスペラント ☆★ - FARION MES(19):※精神世界/見聞録/ぶっ飛び話/アレコレ・・・・ 94/08/15 - 289/290 GFB00026 一輝 洗脳を望んだのは誰か? (19) 94/08/15 22:28 287へのコメント >維/YUIさん 私もひとりごちっぽくいきますね。 私自身のニューエイジ指向というのは、70年代の対抗文化からの流れですね。 なんかこう行き詰まっている世相を何とか突破できないかというのがあって、 それが家出とか不良になることで精一杯表現しようとしていたんじゃないか な。社会を変えるまえに自分自身を変えようというムードになってきた。そ れから、そういった変わり者が訳者になったりしてゆくわけだけど、まだ、 70年代は、みんなピュアなところがあって、「志は同じだよな」とか「方向 性は同じだろ」とか、お互いにあいまいな仲間意識を持っていた。あれその ものは懐かしいもんだね。 ところが、そんな中から何人かが、版権とかノウハウをどっさり持った海外 のエージェンシーとコンタクトを取る奴が出てきて、ガンガン儲けようとい うことで、商売を始めていったんだよね。そうこうしているうちに「おかし いよ」と思い始めた連中は、どんどん離れていった。「なんだよ、ただの商 売じゃないかよ」ってね。利用されるか利用するかの関係で、傷ついたのは かなり居たんじゃないかな。かなりの著名人でもね。商業主義を超えたとこ ろで、みんなで高め合おうと言ってたはずなのに、これじゃあミイラ取りが ミイラだよってね。 そこいら辺のリアリティのズレを隠して、まあ相変わらずだ精神世界業界は。 このズレというのは、今では子供たちでも知っている。TVに出てくる霊能 者を「ウソなんだぜ〜」ってね。夢の無い話だけどさ。こんな夢の無い世界 にしたのは、嘘つきの大人なんだからな。責任大きいよね。おまけにだよ、 子供たちが「大人になってゆくって嘘付くことなんだ〜」とか認識してるん だよ、どっかで。そして、「わかんないように、自分で気づかないように、 洗脳されることを自ら望む」ようになるんだよ。なぜかっつーとさ、それの ほうが、くよくよしなくて楽じゃん。悩まなくていいしさ。……なんてね。 「お前らが望んでいるから洗脳やってるんだぜ」って誰かが言いそうだ。 人間って、頭の中では”殺し”もやる。 ”洗脳”も望むんだ。                                     一輝 290/290 GFB00026 一輝 計画的犯行と時代背景 (19) 94/08/15 22:32 288へのコメント >EXさん ■ こういった短絡論にならぬように、敢えて「洗脳」という語句を外したのです。 ■ 日本史の中に取り入れられてきたモノモノと70年代以降のニューエイジ思想は、 私の中では一線を画しています。まず第一に(約一世紀前から)計画的にタイミ ングを見計らって日本へ向けて輸出されたものであったということが、大きな理 由です。洗脳的な組織に注意せねばならないことは勿論ですが、それ以上に洗脳 せねばならないほどの社会状況や逃避せねばならぬほどの時代背景を熟慮する必 要があります。 ■ 私は「洗脳である」という一点のみをかいつまんで話しているのではありません。 また、ニューエイジをたまたま70〜80年代以降に日本にもたらされたものである、 という見方をしているわけでもないのです。ケン・ウイルバーはケン・ウイルバ ーだし、カスタネダはカスタネダだし、グルジェフはグルジェフだし、シュタイ ナーはシュタイナーです。彼らは自分の苦道を歩んで頑張ったし頑張っている。 ■ それらをあたかも”誰もが歩める花道”として語り、日本人好みの手頃なパッケ ージに納めて、さもみんな因果関係があるかのように売ったのは、なぜであった のか。そのとき懐から自己催眠の毒薬をそれらに入滴したのは、一体なぜだった のか。近未来を知るための現代史の謎として、興味のあるところです。これは、 私自身を識る上での興味でもあります。 ■ 外面的制度的な普遍性ではない、というのを確認した上で書いちゃいましたけど。                                     一輝 >