神津、神志、神幸足る者よ、海龍王は逆矛を高く上げた・・・ - FARION MES( 3):Media Talk ◆ 本/映画/音楽を語る 95/10/16 - 00956/00956 HGB02122 あもり RE:RE^3:野田昌弘氏 ( 3) 95/10/16 05:02 00955へのコメント  ##00955 SUKE さん  知人と話していたのだけれど、勧善懲悪ものも少なくなったけれども、  最近は悩める歌と言うのもめっきり減ったな〜というのがあります。  以前はどの歌を取っても何か心に重しを抱えてそれをどうしようか?と  いうような歌ばかりでしたが、最近はその傾向すらない。ちょっと前の  世代の私にとっては、何だか寂しい気がしますね。詩を大切にしなくな  った、というのも感じます。  こゆこと言うと小うるさいオヤジになっちゃうのかな〜                    HGB02122 あもり - FARION MES( 5):**/////*/////*/////*/////*/////*/////** 95/10/16 - 00345/00346 NBB01420 SUKE 祖母の詩 ( 5) 95/10/15 23:20 亡くなった祖母の弔いにか、64もの句を集めた詩集があります。 那須の奥に独居を構えた祖母の四季の詩から… 春   下草を 刈れば可憐な 花のあり 夏   籐椅子に ゆれて眺める 花火かな 秋   台風に 堪えし梢に 鳥の声 冬   仙人の 心地味わう 冬の靄 気持ちが荒れている時は、こんな詩集を繙いてみるのも悪くないですね。                          (^^)…☆ッテナモンダ Suke. - FARION MES( 6):ハロー・メッセージ ★ 今日のハロー・メッセージから 95/10/16 - 00167/00169 JCF02051 めのう RE:ささやかなお願い ( 6) 95/10/15 20:30 00163へのコメント  #163 しまうまさん  もうレスがついているかなと思いつつ。   》10/08 嘘は赤く錆びた鉄。恥知らずには誇りを盾に戦うべし、目覚めよ 》10/09 血のモノリスに呼び掛ける音(コエ)に耳傾けよ…良心を磨け                         ◆◆ めのう ◆◆ - FARION MES( 7):自分を観る  ★ ARIONを鏡にして 95/10/16 - 06469/06471 JCF02051 めのう 虚無感 ( 7) 95/10/15 20:30 06460へのコメント  #6460 しまうまさん  ども(^^)    「虚無」という言葉の使い方がはたして正しいのか自分でもちょっと怪しい  ところなんですが他に言葉を知らないので(^^;  避けて通れないところを「無価値な、どうでもよいこと」として避けようと  することを私はそのように呼んでいます。  (もっと適した言葉があれば教えてください)  自分がイヤだと思う状況を避けるために、どうでもよくないことをどうでも  よしとしたり、大切なことや人に対して無関心になってしまうのが私は怖い  のです。    例えば、   何度やっても思うような会話が出来ない、不愉快な感情しか残らない。   こんなのはもう無駄だ、やめてしまおう。  という具合に、大した努力や模索もしないうちに匙を投げようとする自分が  怖いんです。    スキあらば楽な方へ逃げようとしちゃうのよね(^^;>自分                           ◆◆ めのう ◆◆ - FARION MES( 8):恋愛錬金術  ★ 愛と性を本音で語る 95/10/16 - 01135/01142 TBE03167 ねずみ RE:結婚と宗教について ( 8) 95/10/15 22:50 01132へのコメント コメント数:1  うんうん。えのさんの言いたいことは、ようわかります。 なんちゅうんですかなぁ。 陰湿なイヤミちゅうのは、しんどいです。 もうちょっと、こうイヤミを言われた相手が追いつめられるような イヤミはたまらんもんがあります。 子供のけんかというのは、ま、ある面ではとことん冷酷なとこが あるんですが、うーん。 しゃあないと言えばしゃあないんやけど。 そういう人の相手するのん僕もきらい。 (大人になっても、まだそういう性格の人が身近にいるのだが、これがもう うっとおしい。ダマレバカと言いたいのをぐっとこらえている今日この頃です^^) 01138/01142 SDI00635 みれ RE:結婚と宗教について ( 8) 95/10/16 06:03 01135へのコメント コメント数:2  #01135 ねずみさん  ちょっと思い当たったので割りコメです(^_^)  陰湿なイヤミね、厭よねぇぇぇ〜(声を大にする私(^^;))  実は、私の近くにもいまして………。  なんかこう自分がして欲しいことを言う時でも、こちらが「するべきなんだ」 というニュアンスを込めてイヤミという形で表現されると、簡単なことでも、し てあげるのが嫌になるもんです。  特に、大人は厄介です。  イヤミなんか言わないでストレートに物言えば、こちらも気持ち良く話ができ るのに…(;_;)と何度思ったことか…ハーア。  ほんまに、世の中にイヤミと意地悪はいらんなぁ。   ・:*:・みれ・:・。,★ - FARION MES(11):狼を生きる  ★ 平井和正の著作から 95/10/16 - 01796/01797 VFD01505 みんた 独白モード その弐 (11) 95/10/16 03:21 さて、続きです。なんかやたら浮いてるような気もするけど。(^^; さて、私の生まれた町では別に毒をもられて一族惨殺なんて、わかりやすい惨劇は 起きなかったけど、長い闘争の歴史のなかで、確実に様々なものが蝕まれて行った。 ダムができるってことは、そこに住む人はお金がもらえるってことだ。 労せずして、今より多少なりとも便利な場所に新しい家が建つ。 多額のまとまった現 金がいきなり転がり込んでくる。それは必ずしも幸福を約束することではないけれど も、そういうことに、心動かされる人も少なからず存在する。 そして、為政者は確実にそこにつけこんでくる。それはもう実に泥臭く、あざとく。 集落の中の人間関係は、確実にある種の緊張を高めていく。そんな中で私は育った。 人間の醜い部分を、豊富に身近にみる機会に恵まれていたかもしれない。 どうしても忘れられない象徴的な出来事がある。それは祖父の死の数カ月前に起き た。祖父は、老衰のため、そのころ病院に入院していた。痴呆もかなり進んでいて、家 人の区別もおぼつかなくなっていたと思う。 その祖父の病室に、賛成派のある集落の人たちが集団でおしかけ、罵詈雑言を浴び せて行ったのだ。そのころ頼んでいた付添い婦さんが、どうもその集落の人たちの縁 者で、手引きしたということらしかった。家人のいないときを選んで、死にかけた老人 に罵詈雑言を集団で浴びせに来るとは。 当時私は、高校生だった。すでに家を出て、下宿生活をしていた私は、そのことを 母からの電話で聞かされ、言葉を失った。 「憤り」が心の奥底から沸き上がって、私はしばらく部屋のなかで歯を食いしば って震えていた。 次にやりきれない思いに浸されて、涙が溢れた。 驚くべきことに、祖父の病室を訪れた闖入者は、その集落の人たちだけでは無かった。 時期は多少前後するが、「県の副知事」までもが、すでに第一線から退いて久しい、祖 父を「説得」しにきたそうだ。 これを書いてても私は「殺意」にちかい衝動が沸き上がってくるのを止められな い。 もう十年も前のことなのに。 人間のするこっちゃないと思う。恥を知らない所業とはこういうのを言うんだろ う。 だけど、私は誰に向かって憤ればいいんだろう。 件の集落というのは、長い歴史の 中で権力者のために生み出された不幸を囲ってくることを余儀なくされて来た人達で ありもちろん、だからといって、許されることじゃないとおもうけど。 だいたい、後ろでけしかけてる、奴がいるに違いないわけであり。こうして、今で も権力者に利用されている人たちが哀れだった。 また、木っ端役人の首なんて、次々にすげ変わるものでもあり。 結局、 知ってか、知らずか、無関心を決め込み、こんな計画を横行させている、大多 数の人たちにか。 行き場を失った「憤り」は、自分に向かってさえもきて、こんなに憤っちゃう、自 分がおかしいんかいな、とも思った。 どうしても、理解できないともおもった。 仮に祖父の主張ややり方に、間違った 点があったとしても、こんな形で、溜飲を下げようとすることで、その人達の馬脚が現 れてるわけであり。 仮に、私が、誰よりも熱心にありとあらゆる、やり方でダム建設 推進をはかった、県知事が、引退して病院で死にかけてるという情報を入手したとして 病室に押しかけて、罵詈雑言浴びせたりする気になるだろうか。 そんなことして何になるんだ。 呆然とする。 そのばかばかしさに。 自分の後生がわるくなるだけのことだ。 そういえば、私自身この事件より、遡ること3、4年前に、やっぱり件の集落の男の子 に、乱暴された、という噂を流されたことがあるんだもんなぁ。 私はそのことを脳天気にも、随分後になって知ったんだけど、後になって思い返す といろんな大人に気をつけるように、言われていたのだった。 あんまりにも、心当たりも何にもなかったもんで、なんかの勘違いとしか思ってな かった。 でも、後でその集落出身の女友達に聞いたら、その集落じゃ、既成事実とし て語られてたらしい。 そういう噂を口にのぼすのがうれしい大人がいっぱいいたわ けでこのことに、思いを馳せるとぞっとする。 中学生だったんだぞ。私は。 ま、他にもいろいろありますが、やっぱドロドロしてるよなぁ。生まれたときから 住んでた環境だから、なかなか、客観化ができないんだけど。 で、私が何が言いたいのかというと、私の内側には、「憤り」もう少し、おどろおど ろしい言い方をするとしたら、「怨念」に近い感情が降り積もってるわけです。 自分自身を焼き切っちゃいそうな。 誰に対して、怒ればいいのか、すっきりすれば、なんとかなりそうなんだけど。 結局、自分の中で整理がつかないまま、今にいたっている。 だから、私は平井作品にひかれるんだろうと思う。 (ちょっと、飛躍があるなあ。でも、これ以上長くなるのもなんなんで、次回に 続くってことで。) みんた 01797/01797 KHA02710 S・N 「集合点」 (11) 95/10/16 06:50 どうも。御無沙汰しております。  先日、カスタネダ本を読んでいたら、なかなか興味深い記述があるのに気がつきま し たんで、ちょっと書いてみます。 >>ある限界を越えて移動した集合点は、わしらの知っている世界とはまるでちがった >>世界を組み立てられるということなんだ >>ある種の地域は集合点の不安定な動きを助けるだけでなく、その動きの特定の方向 >>も選択するという。                          『意識への回帰』p151より T山やT峠には"異界ゲート"と言われる様な何かがあるのだとしても、訪れた全て の人に、その力が作用するとは限らない。  この違いは、その人に「集合点」を移動する力があるかどうかにかかっている様だ。 "異界"そのものを創出する力は、人間自身の内にあり、T山やT峠といった地域に は"異界"のイメージに対して、ある種の具体性を与える力があるということらしい。 >>古い見る者たちが犯した数多くの判断の誤りのなかで、いちばんひどいもののひと >>つが、集合点を極端に下へ移動させることだったという。そのせいで、彼らは動物 >>の形をとることについてはエキスパートになってしまった。 『意識への回帰』p146より >>集合点の下方移動は、つねに全的変身をともなうという。そして、集合点が決定的 >>な境界を越えてしまうと、世界が消失する。つまり、人間のレヴェルで存在してい >>る姿をとるのをやめてしまうのだ。 『意識への回帰』p147より 超古代文明の、バイオテクノロジーの産物として物語られている人狼族らホモ・モ ンストローズス。  この「設定」は、つまりは70年代の「SF小説」の為に必要とされた「虚構」な のではなかろうか。とはいえ人狼族の存在そのものが「虚構」なのではなく、彼らは 実は呪術によって生み出された者達?ということなのか。  ウルフガイ・シリーズで語られるバイオテクノロジーとは、集合点を移動させる呪 術の技術によっても可能であり。超古代文明人とは「古い見る者たち」のことなのか もしれない・・・・。  と、まあこんな調子です。う〜む、カスタネダ本って、とても刺激的であります。                     ハマっているS・N - FARION MES(13):神秘学遊戯団 ★ 限りなき神秘への航海 95/10/16 - 03706/03722 GBB03425 Paper Birch 恥を知りなさい (13) 95/10/15 19:05 03703へのコメント コメント数:2 #3703 南天さん。   #3704のコメントをアップしたあとで、今日のログをチェックしていて、あな たの発言を見つけました。なんですか、これは? 僕がパソ通を始めて17ヶ 月、間違いなく今までで一番不愉快で、気分の悪い発言でした。  あなたの事を、真面目に真理を求めている人間だと思って話しかけてきました が、それは間違いだったようです。あなたの勝ち誇った醜い書き込みの…、そし てその尊大な姿勢の、いったいどこに“礼”が在るというのでしょう。まさに“ エゴ”そのものではないですか。  あなたは以前、こう仰いましたね。 | 人間の本質が永遠なる霊であればこそ、肉体を「主」なる客として迎え、 |自分のもとに居てくださることに感謝しなければならないのではないでしょうか。  あなた自身が、この言葉を裏切っているのです。肉体を主なる客として迎える と云い。それが礼というものだと言う人間が、どうして肉も霊も供えた他人に対 して、あんな汚い言葉を吐けるのですか。  いや、答えなくても結構。それは、あなたの“礼”なるものが口先だけのごま かしであり、“肉主体従”は思いつきの空論でしかないからです。そして、あな たにとって議論とは、真実を求めるためのものではなく、相手を言い負かして優 越感に浸るためのものでしかないのでしょう。  あなたは事在るごとに「エゴ」という言葉を使っていましたが、あなた自身の 在り方こそエゴであることに気付きませんか。これは、肉が主であるとか霊が主 であるとか云う以前の問題です。  そもそもあなたは、肉体に対して「居てくださることに感謝」などと云うこと を、本気で信じているのでしょうか。肉体というのは自分以外の何かなんでしょ うか。肉体も霊体も含めて「自分」なんじゃないですか?  因みに心霊学では、霊が肉体と結びついて、はじめて「精神」が生まれるとも 云われています(もちろん異論もありますが)。そういう意味でも、肉体をお客 さん扱いするなんてナンセンスです。第一、お客さんとして迎えられる立場って、 やっぱり「従」ですよね。....ま、これは余談です。  “肉主体従”などという言葉を言い訳に、動物的レベルに安住するのはもう止 めましょう。此の物質界にあっても、霊性に目を向けられるレベルまで進化した からこそ「人間」として生まれてきているのですから。肉が主で良いのなら、も う一回動物として転生してみますか?  最後に、あなたはこむさんに勝ったと思っているようですが、それは勘違いで す。こむさんがあなたにレスを書けないのは、あなたに何と書いても頓珍漢な答 えが返って来てしまうからです。要するに#3689のこむさんの発言は、「日本語 が通じない相手にどう話せば良いのか分からない。この人にも理解できる書き方 が分かるまでお休みします。」と、そういう事であると僕は読みました。  それをあなたは、自分が勝ったと勘違いして、得意満面な浮かれた書き込みを しているのです。……恥ずかしくないですか?  あなたのように、勝つために議論している人と議論しても、労力のわりに得る ものは少ないと判断しました。勝手ながら、あなたとの議論はこれをもって打ち 切らせていただきます。もちろん、PaperBirchは逃げたと受け取っていただいて も結構です。では、ごきげんよう。 △▼△ Paper Birch △▼△ PS. この会議室を読んでいる全ての皆さん、ごめんなさい。   Paper Birchは、こんな気分の悪い言葉も吐ける人間だったのでした(;_;) 03717/03722 GGA02514 KAZE カルマと自由 (13) 95/10/16 02:52 03675へのコメント 柳 風男さん、どうも。 >つまりカルマとは霊的な存在そのものなのでしょうか? いえ、カルマというのはカルマの法則といわれるように、 運命形成の条件と法則です。 つまり、原因とそれがどう作用するようになるかという原則です。 それは霊的なものに限らず、物質体、エーテル体、アストラル体の 原因がどういう作用を引き起こすかということを探求するものです。 そして、それは自分が自分で望んで形成するもので、外的な強制ではありません。 もちろん、そのプロセスにおいて、霊的な存在が関わってはくるのですが、 カルマが霊的存在そのものだということではありません。 自分が自分を望む姿に形成していくための作用という観点で、 霊的存在が関わることはあるでしょうが、それを作用させるのも自分なわけです。 おそらく少し誤解されたのは、デーモンやファントムなどの影響について テキストに説明されていたからだと思いますが、 それはカルマということではなくて、そういう作用を及ぼす存在も 人生においては大きく影響することを忘れてはならないということです。 ちなみに、カルマに関わる霊的存在という視点でいえば、 カルマの第一の構成要素である「健在、安楽、快・不快」に関しては、 第三ヒエラルキアのアルヒャイ、アルヒアンゲロイ、アンゲロイが、 カルマの第二の構成要素である「共感・反感」に関しては、 第二ヒエラルキアのデュナミス、エクスシアイ、キュリオテテスが、 カルマの第三の構成要素である「出来事、体験」に関しては、 第一ヒエラルキアのセラフィム、ケルビム、トローネが、 関わっているといいますが、ここらへんに関しては、 「カルマ論集成3/カルマの形成」(イザラ書房)に解説されています。 また、これについて詳しくはは次章あたりで説明しようかなと思っています。 では、ここでは、参考までに、「カルマと自由」について、 「カルマ論集成3/カルマの形成」(イザラ書房)から、 少し確認しておくことにしたいと思います。   ほんとうにカルマを洞察すると、そのカルマを了解していないというケースは   ひとつもないのです。カルマのなかに自分の気に入らないことがらがあるなら   それを世界の一般法則から考察しなければならないでしょう。しかし、やがて   カルマ的に規定されているということは、新たな地上生活のたびにまったく白   紙の状態で新たに始めねばならないよりはよいことが明らかになっていきます。   わたしたちは、わたしたちのカルマそのものだからです。前世から到来するも   のが、わたしたち自身なのです。わたしたちのカルマのかたわらには、自由の   領域があります。わたしたちのカルマのなかで、なにかが別様であるべきだっ   たと語ることには意味がありません。法則的に関連する全体のなかで、個別の   ものを批判することはできないからです。だれでも、自分の鼻が気に入らない   ということはあるでしょう。しかし、たんに鼻を批判することには意味があり   ません。自分がいまのようなありかたをするには、鼻はそのようでなければな   らないのです。もっとちがう鼻になりたい、という人は、まったく別人になり   たい、と言っているのと同じです。しかし、そういうことによって、その人は   自分のことをちゃんと考えてないのです。そのようにすることはでいないので   す。   わたしたちは自分のカルマを排除することはできません。わたしたちは、わた   したちのカルマそのものだからです。カルマはわたしたちを混乱させません。   カルマは。わたしたちの自由な行為のかたわらで経過するのであって、わたし   たちの自由な行為をいささかも妨げないからです。(P72-73)    カルマは、自分そのものの基本的条件として作用します。 わたしたちはカルマそのものなのですから、 それを条件としてはじめなければなりません。 そして、その条件を前提にして自由があるわけです。 魚は水を条件としていますが、その水が自由を侵害するわけではありませんし、 またわれわれは大地の上で歩きますが、 その大地が自由を侵害するわけではないのです。 では(^^)。 ☆☆☆KAZE☆☆☆ - FARION MES(14):預言解読村  ★ 預言・予言は何を語るか 95/10/16 - 03261/03266 KFR02037 ひょうたん 投げられた壷 (14) 95/10/15 19:26 03257へのコメント しまうまさん、いつもどうもです。(^^) 「柩の中は空だった…別の壷が泉に投げられたが、何も起きなかった」 泉ではありませんが、琵琶湖の竹生島から葛篭尾崎の湖底に沈められた壷のこと をTAOさんが9番会議室で書いてらっしゃいました。(ありゃりゃ、こちらも 葛篭が出てきますか… (^^) )かなり長い時代に渡って続いていたらしいのです が、どんな信仰があったのでしょうか今ではわかりません。本当に「何も起こら なくなった」為に、いつしか忘れ去られていった信仰なのでしょう。TAOさん なら、このあたりの風習や信仰の事をなにか掴んでいらっしゃるかもしれません。 お話しいただければ有り難いのですが… (過去のLOGをまだ読み切れており ません。こちらの会議室でも既に話題となっていたのでしたらスミマセン(^^;)) 聖櫃に入れられていたユダヤ判三種の神器についても、この村にはきっと詳しい 方がいらっしゃると思いますので、出来ればフォローお願いします。壷とか杖と かは、HMとのかかわりの多い語句のようですので、何かそちらの方面からも裏 打ちが出来るかも知れません。(スミマセン。実は手元に資料ありません…) P.S.出雲国造の火継のこと、面白いですね。案外、中央の日嗣を意識してたりし   て…。(^^)                                ひょうたん 03265/03266 QZG02773 ウルヴィー RE;3249 うちのカバラ本 (14) 95/10/16 07:45 03249へのコメント  ふむぅ。数字の意味を知りたい、で、カバラの入門書、ですかぁ。  では入門書と、数字の意味という二つの点から何冊か挙げておきましょう。  入門編(私の持っている本で入門として適しているものをあげておきます)      「カバラと薔薇十字団」象徴哲学体系III     マンリー・P・ホール 人文書院   「カバラ ユダヤ神秘思想の系譜」     箱崎 総一 青土社    この二冊くらいでしょうか。実をいうと、私はムーの別冊とかから    (世界魔術大百科(笑))入門的な知識は手に入れていったので…。    あと、平凡社のイメージの博物誌4「魔術」とか。  あと、毛色の変わった本も持っているので何冊か。   「実践カバラ 自己探求の旅」     大沼 忠弘 人文書院       カバラとは単に占いではなく、そのうちにしっかりとした      修行体型を含むということを実感させてくれる本。   「ユダヤ神秘主義」     ゲルショム・ショーレム 法政大学出版局      最も異端的な思想としてだれひとりかえりみることなかった      ユダヤ神秘主義カバラの歴史と思想を体系化し一個の独立した      正当な学問分野として定立したショーレムによるユダヤ神秘主義      解説本。この一冊でカバラの歴史が見渡せる。が、むずかしいよ。      さすが学問書。      ショーレムに関しては「カバラーと反歴史」昌文社という評伝も      あります。   「カバラの真義」     M・ドーリル 霞ヶ関書房      確かこの出版社はどっかの宗教団体の下部組織だったと思うのだが。      その意味で面白い本かと。  では長くなったので次の発言へどうぞ。 03266/03266 QZG02773 ウルヴィー RE;3249 うちのカバラ本2 (14) 95/10/16 07:45 03249へのコメント  では数字の意味という点から。  おそらくしまうまさんのほしがっている情報は、正確にはカバラの本とは  言えない次の本にある情報だと思いますので…。 「777の書」  アレイスター・クロウリー著作集 5 国書刊行会   数字やアルファベット、各地の神格、動植物や鉱物などの「万物照応表」   をメインに据えたクロウリーのカバラ辞典。 「柘榴の園」世界魔法大全 3  イスラエル・リガルディー 国書刊行会   22のヘブル文字と、タロット、生命の樹の関係をとく本編を中心にした   魔法文書集。777の書の一部を詳説したものと思えばよいかと。  あと、私は次の本をよく参照します。カバラとは関係ないけれど。 「イメージ・シンボル事典」   アト・ド・フリース 大修館書店 「神話・伝承事典」   バーバラ・ウォーカー 大修館書店  ただねぇ。うちの本は高い本ばっかりだからなぁ(笑)。本に関しては  金に糸目をつけないことにしてるんですよ。  というわけで、今なら大きな本屋に行って捜した方がいい本が手にはいる  かも知れないということを付け加えておきます。     最近は科学の本が増えていく傾向にある本棚の所有者ウルヴィー 03264/03266 KHC01313 まるにちょん RE:仮宮から正宮へ (14) 95/10/16 00:39 03247へのコメント #3247 しまうま さん ちょっとズレた視点で思いついたことを書き書きします。(^^; :麒麟の咆哮は大地を轟かせ、白菊の君は百合を龍に与えるだろう  百合を「揺り」として、龍を「日本列島」とすれば、大地のモノリスが 振動し、この日本をグラグラと地震で揺り動かすと読めます。  また、天皇陛下を古来から日本では、龍として表し申し上げます。   現に、大阪にある造幣局では、メダルなどに天皇陛下を表し申し上げる 場合、不敬にならないように肖像は避け、龍として刻印しているそうです。  で、白菊の君(おそらくは、ククリ姫さま)は、天皇陛下もしくは皇家 に、百合を与えるとも読めます。  この百合は、恐らく百鬼夜行と関連していて、恐らく霊的なものだと思い ます。では、百合って何?(^^;ってことになりますよね。  すっごくブットンダ話になりますが、  古事記では、宇宙始まりになったアメノミナカヌシノミコトから数えて殺 される前のホノカグツチノミコトまで五十柱の神様がおなりになり、また、 殺されたカグツチから数えてスサノオノミコトまでまた五十柱の神様が生ま れたとされています。(確かそうだと思う(^^;)  でもって、日本の玉体に対して、正式に古代の日本の神々の霊統が引き継 がれたと言うことでは無いでしょうか。  その証が地震かなとも思います。  おっと麒麟さんの解釈が…。  あくまでイメージなんですが、麒麟さんは、地球の象徴ではないかと思い ます。もうちょっと詳しく言うと、地球が現象界に何か干渉するために、エ ネルギー体として地場を形成したのが、麒麟さんではないかとイメージが湧 きました。  で、今回の世界的な環太平洋地域の地震は、地球と日本の神様の共同作業 って感じもしますね。  ブットビ過ぎちゃいましたか、(^0^;アハハハ  では、また。                 まるにちょん、○=ゝ