闇と光は、その役割を交換し人の期待を覆すだろう、気を付けよ… - FARION MES( 3):Media Talk ◆ 本/映画/音楽を語る 95/10/18 - 00958/00959 QZV02351 ホロン よろしくお願いします。 ホロンです。 ( 3) 95/10/17 20:33 コメント数:1 こんにちは。はじめまして。  ホロンです。                 よろしくお願いします。  パソ通歴はほんの1月たらず。アップロードだあ、ダウンロードなんて 右往左往状態ですがよろしくお願いします。  最近、新しい価値観を求めて、フラフラとさまよっているうちに、出逢った 本物(船井流?と言bニ言われるかも)。浅井隆さん、青山圭秀さん、新垣哲夫さ ん御堂龍児さんなどなど。その方々が述べる新しい価値観を求め、さらに聖なる 予言から波動の真実まで=Aまさに大世紀末状態の思考回路bノ一筋の光を求め、 開いた世紀末フォーラムの扉。きっとなにかに出逢えそう。  そっと除t`いただけですが、なぜか居心地がよさそう・・。  みなさんのお話からまたひとつ本物が見つけられそうです。                          ホロン                           QZV02351 - FARION MES(11):狼を生きる  ★ 平井和正の著作から 95/10/18 - 01799/01800 JBH00712 桂 桂 国破れて山河あり (11) 95/10/18 00:49 01789へのコメント  #01789 SHIBA さん  「国を滅ぼすのに、弓矢はいらない。歴史を学ばせればよい」ですか。  けだし、名言ですね。  ついでに「人に歴史あり」という言葉を思い出してしまいました(^^;  歴史を学ぶという事、それは過去に何が起きていたのか、その事実を 知る事だけでなく、先人達の失敗を知るということにも意義が有るよう にも思えます。  思い返せば今年はパールハーバー50周年ですか。  あの歴史的な奇襲攻撃一つ取っても、山本五十六は既に「この作戦は 失敗に終わった」と思っていたともいわれます。現代ではイギリスやア メリカの大国が、日本が参戦するように真珠湾攻撃の情報を見過ごして いたと多くの書物に書かれています。そしてその時の日本国民は大本営 発表に酔いしれていて、自国の置かれた立場を全く知っていなかった事 も。  これは現代になっては有る種の寓話にも似たような話です。  聖書のある一節にこんな言葉が書いて有りました。  「気を付けろ。泥棒は常にあなたの家の一番弱い所から入って来る」  それは浮かれて華やかな宴を催している時にだと。  国が亡ぶのは、そして人が何かの落とし穴にはまってしまうような時 は、必ず浮かれて舞い上がってしまうような瞬間でもあるかと思うので す。これは幻魔大戦では傲慢な狂信の罠としても描かれていました。  新聞では先程、オウム真理教の井上被告が在家信者に呼びかける異例 のコメントを掲載していました。「私のした事、オウム教は間違ってい た」と、はっきりと名言したことにいささかの共感を覚えたものです。  その罪は免れる事も減らされる事もないのに、自らの過ちの言葉を述 べるのはとても勇気がいることです。  だから、国破れても山河あり、ですか。  失敗を見届け、認める事も、これは勇気の所産です。  そうした行いは、歴史の中でも、そして小説の中にもきっと残り、後 世に残って語り継がれるものになるのではないのかしら、なーんて思っ たりもするんですよね。  そう、歴史に名を残す数々の預言者と呼ばれた人達の言葉も。  今日はSHIBAさんの言葉を受けてつれづれなるままに書いてみました。  オウム事件の公判も間近です。  SHIBAさんは彼ら裁きを受ける人達をどう思いますか。  私は彼らの言葉の中に「本当の勇気」「本当の強さ」が認められる言 葉を捜す事にいささかの救いを求める気も有ります。  んでは今日はこのへんで〜。  ところで私も20代なのですが、傍から見ると既に30間近に見られ る傾向があります(^^; 一緒ですね!(笑)ガチョーン 桂 桂(JBH00712) - FARION MES(13):神秘学遊戯団 ★ 限りなき神秘への航海 95/10/18 - 03732/03744 GGA02514 KAZE シュタイナー:薔薇十字会の神智学●VI-4<運命 > (13) 95/10/17 15:37 コメント数:2 ●ルドルフ・シュタイナー「薔薇十字会の神智学」(平河出版社)読書会 <VI-4/運命4> --------------------------------------------------------------------------- さて、「運命」の章の最後の節になります。   カルマについての深い認識から神智学運動は発生しました。エーテル体の中に   存在するものが来世で肉体に作用することがわかりました。心がけ、思考の傾   向、方法は肉体に作用し、心の持ちようが霊的か唯物論的かによって来世のあ   り方が変わってきます。高次の世界について何かを知っている人−−霊的世界   を信じているだけでも十分なのです−−は来世で中心がしっかりした肉体を持   ち、神経系統が穏やかに働き、手の神経が神経組織の中枢まで穏やかに伝わっ   ていきます。それに対して、感覚界にあるものだけを通用させようとする人は、   その態度が肉体に伝わり、神経病になりやすい、落ち着かない、確固とした意   志の中心点を持たない肉体を持つことになります。唯物論者は個々の部分の中   に崩壊します。霊は結合します。霊は統一だからです。(P90) 「カルマ論集成1いかにして前世を認識するか」(イザラ書房)の第五章は 「輪廻転生とカルマは人智学的世界観の基本理念である」という表題になっています。 上記のテキストからの引用で「神智学運動」とあるのは、「人智学運動」というふう に読みかえたほうが適切だということを念のために言っておきたいと思いますが、 シュタイナーの最晩年の講義の主なものがこの「輪廻転生とカルマ」という テーマをめぐって行なわれたことはよく知られています。 「思い」は現実化します。 従って、唯物論者の「思い」も現実化して現われることになります。 ですから、現代という唯物論化した世界に、「輪廻転生とカルマ」という考えを 少しでも流し込まなければ大変なことになるのです。 上記の「いかにして前世を認識するか」から少し。   輪廻転生とカルマを真理と認識すると、その知と認識をとおして、人間の自己   は拡張していきます。この真理を認識していないあいだは、知と認識はある限   界内に束縛されています。生まれてから死ぬまでのあいだのことしか認識でき   ない、とこれまで主張されてきました。その限界を越えた世界へは、ただ信仰   をとおしてのみ到達できる、と主張されてきました。霊的世界に、認識しつつ   上昇するという確信がしだいに強くなってきています。しかし、認識の立場に   立ち止まっているなら、あまり大きな意味はありません。認識の立場から道徳   の立場、心情的−道徳的な立場に移ることに意味があるのです。そうすると、   輪廻転生とカルマの理念の意味と偉大さが、はじめて示されます。   ・・・   輪廻転生とカルマを認識すると、事態はまったく異なってきます。死の扉を通   過するとき、人間の心のなかに生きていたものは天上の世界にとってのみ意味   があるのではなく、人間が生まれてから死ぬまでに体験することが未来の地球   形成を左右するということを明白にしておかなくてはなりません。地球の様相   は、人間がかつてなにをなしたかによって決定されるのです。人間が前世でな   にをなしたかによって、地球の様相は決定されるのです。これが、輪廻転生と   カルマの理念に結びつく心情−道徳です。このことを受け入れた人間は、「わ   たしは、どのように生きるかによって、未来の文化に働きかけるのだ」という   ことを知ります。   人間がいままで狭い限界のなかでのみ知っていた責任感情が、輪廻転生とカル   マの知によって、誕生と死の限界を越えて広がっていきます。 (P125-127)    単に、今目に見えている物質的な連関というのみではなく、 今ある環境は、過去のわれわれが形成したものであるということがわかれば、 すべては自分の課題として現象しているのがわかりますし、 「子供のために」というような多分にムード的な未来把握ではなく、 まさに自分が今来世で生きる環境を形成しているのだというとらえ方によって、 非常に切実で現実的なものに変わります。 自分はいま自分のつくり出した責任を負っている存在なのだし、 今自分がなにをなしているかによって、 未来への責任をも負っている存在でもあるわけです。 単に、「カルマはこういう法則だ」というような知識を持つのではなく、 この心情的−道徳的な責任感情をもって生きるということが重要なのです。 この章で扱っている「運命」についての話で最重要のは、 まさにそうした自己責任を生きるということです。 その「責任」は、自分だけではなく、さらに自分を包み込んでいるものにまで 広げて考えていかなければなりません。 人間は一人で生きているのではなく、社会の中で、民族の中で、世界の中で、 宇宙の中で生き、生かされている存在です。 そうしたことを仏教では「共業(ぐうごう)」と呼ぶのだそうですが、 まさに「業(カルマ)」をともに担って生まれてくる仲間達とともに、 過去の自分たちの形成したカルマを生きながら、 またともに未来を形成しているのだという視点を持たなければなりません。 そういう意味では、どこかの山に隠って修行するだとか、 小さなコミューン的なセクトの中で生きることに自己満足するなどということは 特に現代においては愚かなことだということを知らなければならないのです。   体質は個々人においては運命を通して来世に現われますが、同時に遺伝的に次   の世代に伝わり、唯物論的な考えの人の子や孫は神経系統がよくなく、神経病   を通してこの唯物論的傾向を購っていかねばなりません。今日のような神経症   的な時代は、前世紀の唯物論的な傾向の結果です。この唯物論的な傾向に対し   て霊的な志操を流し込む必要性を、人類の偉大な導師たちは認識していました。   ・・・   もし、霊的な流れが大きな力を持たず、腐敗や無精が混ざり込めば、カルマ的   な結果として、人類はますます神経質になり、中世に頼病が流行したように、   唯物論的精神を通して深刻な神経病が発生し、すべての民族が狂気の伝染に襲   われることになります。(P90-91) この講義がなされてからすでに90年近くが経過しています。 唯物論的な傾向がまさに神経系統に影響を及ぼしているのを見出すことができます。 こうした狂気を加速させないためにも、「輪廻転生とカルマ」という認識と それを責任感情にまで実践的に高めることが急務になっているように思います。       カルマの法則を洞察することによって、霊学は人類に治癒をもたらすものなの   です。人類が霊的になれば、神経系統と魂の疾病はなくなっていきます。(P91) 新宗教、新新宗教・・・と宗教の衝動が目立つ時代になってきたときに、 オウム真理教の事件が起こり、宗教ということについての、 両義的な見方に注目が集まっているように思います。 出口王仁三郎は「宗教は全廃されねばならない」と明言しました。 それは、「信仰」によって「救われる」というようなあり方は、 もはや時代の課題ではなくなっているということにほかならないように思います。 認識と心情−道徳感情とが一体となったあり方は、もはや宗教ではないのです。 我々は今、これまでの「宗教」のあり方を越えねばならない時代を生きています。 そのテーマが集約的にあらわれているのが「輪廻転生とカルマ」なのです。 (第6章はこれにて終了し、次からは第7章の「カルマ」に移ります。 基本的に、この第6章のテーマのつづきになりますが、 次章からはもっと詳しく、カルマの視点の検討に入りたいと思っています。)    ☆☆☆KAZE☆☆☆ 03740/03744 BYP00077 柳 風男 RE:シュタイナー:薔薇十字会の神智学●VI-4< 運命 (13) 95/10/18 02:34 03732へのコメント KAZEさん、今晩は、柳です。 第六章につきまして質問させて下さい。 人間の虚言から発生した細菌が、伝染病を伝搬します。細菌は物質に受肉した虚 言の悪魔にほかなりません。前時代の虚言は世界のカルマの中で、悪魔の軍隊と して現れることになります。(P89) 人間の発する言葉、思考から様々なデーモンが生まれます。事実に即した言葉・思 考からは善のデーモン、虚言や唯物的な思考からは悪のデーモンが生まれて来ますよ ね。そして、そのデーモンが直接/間接に物質界に、カルマの働きの一環として受肉 して来る。それがシュタイナーは細菌の正体だと言っているのだと思います。この点 に関しては害虫、害獣にもある程度同じことが言えるのでしょう。そしてこれらは強 力な存在を今なお産み出していると思います。なぜなら唯物的な思考は今なお”進 化”している部分があるからです。 同じ論理から言えば世界のためになる微生物、益菌、益虫、などは善なるデーモンの 働きだと言えるのだと思うのです。 さて、それでは我々の現状はどうなっているかということですが、例えば今話題の EMなどは善なるデーモンの働きかなと考えています。一方、エイズ、人体を食うバ クテリアなどは悪の化身なのかもしれません。これらは最近誕生したのか?と思って います。 おそらくはこれらに類した存在がこれからもどんどん出てくる、つまり受肉してくる。 そして世界は善なる存在と悪の存在がこの地上で対面する・・・・・・ 以前、高橋巌さんの話しのなかで「機械にも実は魂があって、機械そのものがこの 地上の歴史に積極的にかかわろうとしているのだ」とおっしゃっていた記憶がありま す(これはあくまでも私の記憶ですが)。「しばらくすると、機械に魂が受肉する、 もしくは、エーテル界に働きかける機械が発明されるといったことが起こるのでは」 とも言われていたようです。もちろんこれはカルマの働きだと思いますが。 このあたりのことは船井幸雄さんの一連のシリーズを見ていきますと、近い将来か どうかはなんとも言えませんが、そういう方向で技術が進んでいるのではないかと感 じています。 これはかなり私には衝撃でして、このあたり深めていきたいなと思っているのですが、 KAZEさん、そしてみなさんのご意見を頂ければと思うのですが・・・ よろしくお願いします。 ### 柳 風男 ### 03739/03744 GGA02514 KAZE 臨終から埋葬までの期間の意味など (13) 95/10/18 00:53 03726へのコメント コメント数:1 ゆきぼうさん、どうも。 > 寿命には、どうして個人差があるのか?死んだ時が、寿命というだけ >のことか、それとも、あらかじめ決まっているのか?決まっているとし >たら、その決定権者は神仏なのか?臓器移植は、神仏の決定に反して、 >人為的に寿命を延ばしていることにならないのか?これらが、小生が、 >ひょっとしたら、臓器移植は、人間の「分限」を越えているかもしれな >いと考える所以です。KAZEさんはどの様にお考えですが。 人は、生かされていることを知り、 その生をせいいっぱい生きればそれでいいのではないでしょうか。 寿命は決められているともいえますし、そうでないともいえます。 運命は宿命ではなく、立命するものなのですから、 それは、顕在意識ではわからなくとも、自分で決めていくものです。 それを「外から」決められているというふうなとらえかたは適切ではないでしょう。 ですから、長命もよし、また短命もまたよし。 健康もよし、病気もまたよし、です。 臓器移植にしても、それはそれで「生命」の尊さへの配慮であれば、 それはそれで否定されるべきではないとぼくは考えています。 ただ、「いのち」の尊厳を否定するものであれば、肯定すべきものではないでしょう。 臓器を愛をもって提供する人があり、 それを深い感謝と祈りをもって受け取るのであれば、 それをだれが否定できるでしょうか。 そして、医療技術がそれを愛を持って助けるのであれば、なおさらです。 ただ、問題なのは、まずは、臓器提供に関して、 それを実験のためのパーツのようにしか考えていない医療関係者です。 脳死した身体を利用した酷い人体実験の現実をご存知でしょうか。 脳死した人の身体には、人工呼吸器がつけられ、 身体にはちゃんと血液が流れています。 そうした状態だからこそ、その臓器を取り出して使えるわけなのですが、 それが臓器移植に利用してもいいなら、他の実験のためにも使っていいはずだ、 という発想になるのは当然といえば当然の成りゆきです^^;。 「臓器移植は、人間の「分限」を越えている」というよりも、 あまりに無自覚なあり方で臓器移植を考えるべきではない ということなのだと思います。 前回のレスのなかで、臓器が生きているということは、 そのレベルでの「いのち」はまだ残っているということで、 場合によれば、生きて臓器を取り出すに等しい場合がある、 ということを示唆させていただきましたが、 やはり、人は「死」に際して、それなりに厳粛であるべきだし、 「死」の迎え方如何によって魂のその後のあり方に深い影響を与えることになる ということだけは少なくとも考慮すべきだと思います。 そして、まさにそのことが臓器移植に際して、 もっとも考慮されなければならないことなのではないでしょうか。 死に際して、多くの宗教では、それなりの儀式やプロセスがあり、 そのなかに「死」という儀式の意味を込めていたように思います。 その意味がよくわからなくなって、次第に形骸化していくわけですけどね。 チベットの坊さんは、死を迎えようとする者に、 「○○○よ、よく聞くがよい・・」というように、 死者がその後辿るであろう道程を諭し、死後もそれを続けます。 それがまさに「引導を渡す」とうことなのですが、 文明社会と称する我々の葬式で、引導を渡せる坊さんなどいるのでしょうか。 そして、引導を渡せる役割のないままに、死者は脳死というだけで、 「臓器」を渡さなければならなくなりつつあります^^;。 参考までに、シュタイナーの訳者としても著名な西川隆範さんの 「死後の宇宙生へ/永遠の生命を生きる」(廣済堂出版)から少し。   死者の生活リズムというと変に思われるかもしれないけれど、死後の人生にも   それなりのリズムはあるのだ。   昔は、臨終の翌日に火葬にしてしまうということはなかった。日本では殯とい   って、埋葬のまえに遺体を一定期間安置する風習があった。生から死へと急激   に移行するのではなく、徐々に移行していくという考えから、ほとんどすべて   の宗教が臨終から埋葬までに数日おいている。   ・・・   死んだあと、人間は自分の一生を映像のかたちで眺める・・・。数日経って、   その映像が消え去るとき、死者の生命実質は生命界に解消していく。それまで   のあいだ、埋葬するのを待ったのである。                                 (P112) なぜ、臨終から埋葬までに数日おいたのか。 引用にもあるように、死者の生命実質の解消する期間をおくためだったようです。 それに、臨死体験の報告などでもありますが、死後、自分の身体をなかばはなれ、 自分とその周囲を見たりするときに、自分の身体が切り刻まれて、 臓器が取り出されるのをみて、平静で死を迎えられるでしょうか。 平静で、愛をもってその光景を眺められるのでなければ、 みずからの死の意味やそのプロセスを生前から達観しえているのでなければ、 その体験は、死者の「死後の生活」を乱すものなのではないでしょうか。 ですから、再度いいますと、「臓器移植は、人間の「分限」を越えている」 というよりも、その提供者、や受け取る者、それを扱う医者それぞれが、 その人の担える魂の能力の限度内で臓器移植は考えられるべきだということです。 ま、ぼくは、臓器移植が必要で、それが可能な状況にあったとしても、 それをしようとは思いません。 できるだけ安らかな死を望みます。 もちろん、今あるような葬式ではなく、ね。 では(^^)。 ☆☆☆KAZE☆☆☆ 03743/03744 MXK03704 ゆきぼう RE:臨終から埋葬までの期間の意味など (13) 95/10/18 11:39 03739へのコメント コメント数:1 KAZEさん、レス有り難うございます。しかし、いつもの事ながら、 大変難しいと思われる問題も、KAZEさんの手にかかると、いとも簡 単に解決されてしまいますね。小生驚きです。 (引用文は、機械の都合上、桁数を変更させて頂いております。) *運命は宿命ではなく、立命するものなのですから、 *それは、顕在意識ではわからなくとも、自分で決めていくものです。 *それを「外から」決められているというふうなとらえかたは適切では *ないでしょう。 *ですから、長命もよし、また短命もまたよし。 *健康もよし、病気もまたよし、です。 なるほど、その様にも考えられうるなぁ、と云うのが今の正直な感想 です。はたして、小生の意見と出来るのかを、現在検討しております。 お忙しいところレス有り難うございました。       合 掌 ゆきぼうより 追伸  このレスを読まれた方に 神智学は、学問なのでしょうか、それとも信仰なのでしょうか?扱う 事柄からして、自然科学ではないのだろうと考えています。社会科学と しても、どれだけの客観性があるのか、弁証法的思惟が可能なのか、勉 強不足の小生には未だ判断がつきません。  ファンタジーという言葉が、散見できることからして、記述されてい ること全てが検証できていないことは、認識しております。扱っている 問題が問題だけに、全てに客観性を求めることは酷だと思われます。一 点 「この世での生について、自身が霊界で設計図を書いている」とい うような記述の部分だけで結構です。どれだけの客観性があるのか、勉 強してみたいと思います。そこで、KAZEさんが、今まで書かれたも のの何番を読めばよいのか、教えて頂けると有り難いのですが・・・。               合 掌 - FARION MES(14):預言解読村  ★ 預言・予言は何を語るか 95/10/18 - 03270/03280 KFQ02761 しまうま 百合について(68L) (14) 95/10/17 20:04 コメント数:1  百合について調べてみると、少しずつおもしろいことがわかってきました。  まず、百合の語源ですが、何通りかあります。 1)花が風に揺れるさまを見て「揺り」と呼んだ。 2)韓語からきた言葉(元の韓語は未調査)。 3)玉に似ていることから。生瑠璃(イクルリ)の反。(←と書いてあったが意味不明) 4)ヤエククリネ(八重括根)の義。  (ここでは「ククリ」が絡んでいます。百合の球根の、皮が何重にも重なっ   て、てっぺんで括られているような形を指して、八重括根と言ったのかな?) 5)花が開くさまを「ユスリ」と称した(?)。 6)球根の形状を「百合(ゆる)」と称した(上代東国方言)。(←意味不明)  (あ、もしかして百合の球根の皮が「百も合わさっている」ように見える、   とかそういう意味かも)  (球根の形状といえば、宝珠に似ています。宝珠の○の上をちょっとつまん   だような形は、日月神示でも名高い「○にゝ」を表しているんですよね、   確か。)  字は古くは「由理」「由流」などの字があてられていたようです。「コトワ リノヨシ」と「ナガルルヨシ」。どちらの字も、意義がありそうな気がします。 なんとなく。  百合は世界中に80種近くあるそうですが、その内の1/6は日本原産のも ので、この割合は非常に高いものだそうです。なぜ日本に多いのかは調べてい ません。  「百(ヒャク)」という字は、「白(ハク)」に表音のための「一」をいわば発音記号 のように書き加えてできた数字だそうです。つまり「白」に一を加えたものが 「百」であり、「白」=「九十九」とも言えそうです。  (「九十九」と白山菊理媛の関係を示すものの1つかもしれません。)  (さらに蛇足を加えると、伝説上の龍は常に如意宝珠を従えているとされて   います。「白菊の君は百合を龍に与えるだろう」の「百合」=「宝珠」と  解釈すれば、「白山菊理媛は龍に宝珠を与えるだろう」となり、もし龍に   今まで宝珠が欠けていたとすれば、龍に宝珠を与えることが、「白」が   「百」になること、すなわち本身が完成するための発端になるのかもしれ   ない、と思いました。)  以下の記述は『花 古事記』(山田宗睦著/八坂書房)を参照しています。  百合が最初に出てくる書物は「神武記」。百合は、その皇后選定の箇所の注 記に出てくる。 『神武は、日向ですでにアヒラヒメとの間に二人の子をもうけていたが、さら に皇后となる女性を求めようとした。このときオオクメが、三輪のオオモノヌ シとセヤタタラヒメとの神婚譚を語り、さらにそこに生まれた神の子ホトタタ ライススキヨリヒメのことを話した。そこで神武は、このホトタタライススキ ヨリヒメを先頭にゆく7人の乙女を見て、歌で求婚した。オオクメがホトタタ ライススキヨリヒメに神武の意を伝えると、ヒメは皇后になることに同意した。 ヒメの家は狭井(さゐ)河の上にあった。そこへ出向いて、神武とヒメは一夜を ともにした。』  このような記述の注記として、 『其の河を佐韋(さゐ)河と謂ふ由は、其の河の辺に山由理草(やまゆりぐさ) 多(さは)に在りき』  とあるのが最初の記述。その後「その山由理の名をとって佐韋(さゐ)河と 名付けた。山由理の元の名は佐韋(さゐ)と言ったのだ」と続く。しかし、ヤ マユリの元の名が「サヰ」だったという話は他の文献には見られない。「神武 記」のみの記述。  今も、三輪山麓に狭井川跡というところがあるが、すでに川はない。狭井神 社(この神社はもともと大倭神社の摂社だったが、今は三輪神社に属している) の花祭りには、忍冬(スイカズラ)と百合の根が供えられる。佐韋河の伝承と関連が あるのかどうかは不明。  ホトタタライススキヨリヒメという名前は、以前にも預言解読で登場してい ましたよね。タタラ・アタタラとの関係か何かで……。あ、YHVYさんの 「なぜハジベなのか?」のシリーズでしたっけ。  それにしても、わざわざ本文の注記として「ヤマユリが多かったからその元 の名をとって川の名前をつけた」とかいう記述を挿入しているのは、なんだか 不自然と言えば不自然なように思えます。何か、そうするべき理由だか意味だ かがあったのかなあ。   しまうま(KFQ02761) 03279/03280 KFQ02761 しまうま RE:百合について(68L) (14) 95/10/18 01:40 03270へのコメント :「白」=「九十九」とも言えそうです。  ということは、「九重」=「九十九」だとすれば、「九重山」=「九十九山」 =「白山」という等式も成り立つのかな?と思いました。あまりに短絡的です が(^^;。 しまうま(KFQ02761) 03271/03280 KFQ02761 しまうま RE:国栖のことなど (14) 95/10/17 20:04 03251へのコメント コメント数:1  以下、『花 古事記』(山田宗睦著/八坂書房)を参考にして書きました。  葛(くず)という植物の名前は、「大和吉野の国栖地方(例の国栖人の住む 地方)で産出するクズ粉が良質なのでこの名になった」という説があります。 葛は、カタクリと並ぶデンプンをとる原材料として、かなり古くから知られて いました。国栖人は、神武記に国樔部(くずら)として出てくる先住民です。 天孫系以前の先住民と「葛」の間には、何か結びつきがあったものと考えられ ます。  尾張(って名古屋のことでしょうか? 調べてません)に久々利(くくり) という所があり、この地名は日本書紀の景行天皇条に「泳宮(くくりのみや)」 として出てきます。景行天皇は、ここでヤサカイリヒメを后としました。この ヒメはヤサカイリヒコの娘であり、そのヤサカイリヒコは、崇神天皇が尾張大 海媛(おわりのおおあまひめ)との間に設けた子供です。この尾張大海媛は、 その名の通り尾張を拓いた海人(あま)族の末裔にあたる方です。そして、こ の久々利の地も、当時から現代にかけて、未だに葛がものすごく茂っている所 だそうです。  著者の山田宗睦氏は「わたしは、尾張からきた海人族がクズと縁のふかいの を、偶然ではないとかんがえている。」と述べておられます。しかし、その論 拠はこの章では明確になっていません。  同じく山田氏は、「わたしは、海を渡ってこの列島にきた人と植物に興があ る。海人族のたどった“海上の道”をさぐることと、それとともに(あるいは それ以前に)この列島に移植された植物を追うこととは、私の関心にとっては、 事の両面なのである。」と書いていらっしゃいます。まだこの本の一部を読ん だだけですが、読んでいくともっとおもしろい事実に行き当たるかもしれませ ん。そしたらまたここでご報告します。   しまうま(KFQ02761) 03280/03280 KFQ02761 しまうま RE^2:国栖のことなど (14) 95/10/18 01:40 03271へのコメント  葛についてもう少し。いずれも『花 古事記』(山田宗睦著/八坂書房)か ら得た知識を元に書いています。  阿倍晴明の母親は、晴明の父安名(やすな)に助けられた女狐が人に姿を変 えたもの、と言われていますが、その女狐の名を「葛の葉」と言います。もし かするとこの女狐(と言われている母親)は、実際には海人族に関係のある女 性なのかもしれません。何か正体を知られたくない事情があって、女狐である ということにしておいたのかも。  古事記の雄略記に葛城山の話があり、そこに葛城の大神ヒトコトヌシが出て きますが、この ヒトコトヌシもいわゆる国津神で、天孫系に討伐されてしま う方だったと思います。  また、日本書紀の神武記で「まつろわぬもの」として描かれている中に「赤 銅(あかがね)の八十梟帥(やそたける)」という方が住んでいるのが葛城邑 (かずらきむら)です。  高尾張邑(たかおわりのむら)にいた「土蜘蛛」という方は、皇軍が作った 葛の網で覆い捕らえられ、殺されたそうです。おそらくこの土地にも葛が豊富 にあったのでしょう。  この高尾張邑の一族は、もともと尾張を本拠にしていた海人族の一支族が高 尾張に移住したものだろうと言われています。  葛は、照葉樹林文化の中では、栽培こそされなかったものの、自生種から優 れた澱粉が採れたため、非常に重宝されていたようです。それがやがてカタク リに代用されるようになり、今はさらにジャガイモに代替わりしています。  根を煎じたものを葛根湯として風邪薬に使うようになったのは、かなり時代 が下ってからだそうです。   しまうま(KFQ02761)