「焚き火の前に来れば凍えない」と天使は答え、焚き火を見つめた - FARION MES( 1):相 談 室  ◆ パソコン&通信の話題 95/12/28 - 00149/00156 HGC02325 ガッチャ データライブラリ登録のお知らせ 95/12/ 11 ( 1) 95/12/26 17:14   データライブラリに維/YUIさんから以下のデータが登録されました。  皆様、どうぞご利用下さい。    ※LIB8【★音楽・画像データ】     番号 ID 登録日付 バイト データ名   16 GBG02043 95/12/24 20394 J OSORE .JPG 恐山の写真   15 GBG02043 95/12/24 102732 J INE .JPG 稲の写真     #15の補足説明です。    |-----------------------------------------------------------------------  | 激動の(???)1995年、秋に東北を旅行した時の写真です。  | 久しぶりに黄金の稲穂の原をみて、嬉しくなりました。  | できの良い写真ではありませんが、今年の実りのおすそ分けです!  |-----------------------------------------------------------------------     #16の補足説明です。    |-----------------------------------------------------------------------  | 激動の(???)1995年、秋に東北を旅行した時の写真です。  | 下北半島の横浜町の海岸から撮影した、恐山の姿です。  | 恐山・・・って名に似合わず、やさしい姿に思えました。  | 上空の雲が、山の上だけ抜けています。動く映像でお届け  | できないのが、残念。一瞬一瞬、雲が舞うような空でした。  | (余談ですが、このあと、六ヶ所村の日本原燃PRセンターに  | 行ったのですが、着いたとたん、雨に降られて見学は止めました。)  |-----------------------------------------------------------------------                      FARION SUB-SYSOP HGC02325 ガッチャ - FARION MES( 3):Media Talk ◆ 本/映画/音楽を語る 95/12/28 - 01069/01074 GFB00424 PORAN 「ぼくたま」アニメ総集編が大晦日に ( 3) 95/12/27 22:42 ARIONが作詩で主題歌に参加した「ぼくの地球を守って」のアニメーション 総集編完全版〜亜梨子から輪くんへ(全100分)が 大晦日に流れます。 NHKBS衛星放送で12月31日朝9時30分からだそうですよ。 冬休みアニメ劇場とか何とかいうやつらしいです。 ビデオの6巻には入ってなかったシーンも少しあるそうです。                               **PORAN** 01074/01074 CXK03125 月影 ネルフの回し者 ( 3) 95/12/28 13:36   ここ最近まで、早く続きが見たいと思えるアニメは皆無でしたが、ようや   く現れてくれました(T_T)   『新世紀 エヴァンゲリオン』テレビ東京系 水曜午後6:30〜   作っているのが、ガイナックスということで、それはもう絵はメチャ綺麗   だし、しかも、あれだけ緻密な画像を一週間に一回のアニメで制作してい   るのだから、その底力には、とんでもない物を感じます(^_^;   オープニングでは、皆さんご存じの『生命の木』なんかが出てきて、歌の   題名も『残酷な天使のテーゼ』と、ま、これまた意味深な・・・・(^^;   制作元のガイナックスと言えば、『不思議な(の?)海のナディア』なん   かがありますね。   あれも、途中から超古代文明を扱いだしましたが、その癖は、このエヴァ ンゲリオンも引き継いでいるらしく、未だその物語の全貌を視聴者に明か しません。   しかも、主人公に対置する敵の総称は『使徒』と呼ばれ・・・・ああ、たまら   ん(^^;(^^;   カルト的アニメ。マニアックなのが大好きという人は、超お薦めです。   また、根底には、生命と機械の合一・・・・と言った物も見受けられ、ガンダ   ムのニュータイプ云々をさらにスケールアップしたような雰囲気が、奥ゆ かしさに拍車をかけてくれています。 フォーラムを間違えているかもしれませんが(^^;   ハルマゲドンアニメである事は間違いないと思うので、紹介してみました。                     勉強せいよ(^^;>月影 - FARION MES( 6):ハロー・メッセージ ★ 今日のハロー・メッセージから 95/12/28 - 00435/00445 KFQ02761 しまうま RE^2:玉手箱 ( 6) 95/12/27 20:48 00432へのコメント #00432 みれさん  ご来室いただきましてどうもです(^^)。  わははっ(^o^;。あーゆー感受性って、かつて自分の中に大いにあったし、今 も根強く残っていたりするので、書きながら自分でも苦笑いしてました(^^;。  ま、でもどっちが気持ちいいかっつったら、やっぱ玉手箱全開で「どうだっ、 これっぽっちの貧弱な紙っ切れがワシのありのままじゃーい!」と(いやそこ まで力まなくてもいいかもしんないけど(^^;)、手の内をさらけ出していくの が気持ちいい、というのも実感として知っています。  笑う角には福きたる。来年もよろしくっ(^^)/"。(って何の話や(^^;)   しまうま(KFQ02761) 00440/00445 VFD07310 NORI RE:玉手箱 ( 6) 95/12/28 00:09 00431へのコメント コメント数:1 #431 こんばんわ、しまうまさん。 前のRESがまだですがちょっと。 玉手箱を開けるのを嫌がるのは、本当の事を知ることを嫌がっているように みえるのですが、どうでしょう? 特に、「自分の実力」を見たくないというのは進歩を妨げると思います。 「これはできるんだあ」と出来てないのに思い込んでいる時に「本当は出来て いない」という事実を見ないようにするならば、改善の努力をする必要を感じ ないので、もちろん、改善しなくなってしまうと思います。 「自分のことをどう思ってるだろう」というのはどうしてか分かりませんが ぼくも知らないほうがいいかな、となんとなく思ってます。 なんでなんだろなあ。                              NORI 00443/00445 GBG02043 維/YUI RE:玉手箱 ( 6) 95/12/28 09:56 00431へのコメント >後生大事に持ち続けた玉手箱を開けると「自分」と書いた小片が… ふぇ〜、しまうまさんってすげーって、思ってしまうのはこういう時です。 だってさ、私このハロ−メッセ−ジ読んだとき、なんかニッコリしちゃった だけなんだもん。(^^;) あー、これで荷物も軽くなったし、中身がなんなのか気にすることも いらないし、取られるのを気にする必要もないし・・・・。ってさ。 もうひとつは、玉手箱って大切なものが入っている箱って感じでしょ。 そのなかに、「自分」って紙がはいってた・・・ってイメージだったんで 思わずにっこりしてしまったのね。 やっぱり能天気だろか・・・ > 維/YUI 00437/00445 KFQ02761 しまうま RE:中道 ( 6) 95/12/27 20:49 00434へのコメント #00434 KAZEさん  またまたこんにちはです(^^)。 :その「中道」については、ぼくのメーンテーマのひとつですので、 :ここ数年のあいだ、何十回もMES13で繰り返してきたことなんですよね(^^)。  そうですよねー。  実は僕も中道について、KAZEさんのおっしゃる「教条的な受け取り方」をし ていて、正直いって「中道」といわれてもどうしても手垢の付いた単なる「ほ どほどの中庸」的なイメージが拭いきれず、あまり身に即した読み方ができて いなかったと思います(ごめんなさいm(__;)m)。 :「苦楽の中道」っていうようなのは苦行の中にも、快楽的なあり方のなかにも :その真実はありませんよ、その両者を離れた中なる道にこそ真実があるのです。  ふむふむ。「苦からも楽からも離れた道」というと、なんとなく「キチガイ じみた享楽的な刺激がない代わりに、のしかかってくるような重い苦悩もない、 刺激のない道」という画一的な感じ方をしてしまうのですよね>自分。  でも、本当の中道というのは、おそらく「究極の苦を包含し、究極の楽をも 包含する躍動的な道」なのではないかなあと、最近は思い始めました。  もしKAZEさんの「中道」観について読み返したほうがいい発言がありました ら、お手数ですがお教えいただけませんでしょうかm(__)m。  それから、この「中道」についてつっこんだお話をさせていただくとすれば、 もしかして13番のほうがいいのかな?とも思うのですが、いかがでしょう。  ではでは、今後ともどうぞよろしくお願いしますね(^^)。   しまうま(KFQ02761) 00439/00445 KFQ02761 しまうま 【期間限定】一連のメッセージHM(1) ( 6) 95/12/27 22:41 コメント数:1  ハローメッセージの中には「1日分だけ読んでもよくわからないけど、何日 分かまとめて読むとよくわかる」という種類のモノがあります(まとめて読ん でもよくわからない、というのも中にはありますが(^^;)。  今回は、そのうちから1まとまりをご紹介しましょう。  93/11/02 ★左舷より呼ばわる声は、手垢にまみれた美辞麗句を伴い、誘う  93/11/03 そして右舷より呼ばわる声は、甘く優しく通りの良い言葉で誘う  93/11/04 ★船底から力強く呼ばわる声がする…雄々しく潔い誘いの言葉だ  93/11/05 右舷、左舷、船底…全ての言葉があなたがたの心を揺さぶるが…  93/11/06 ★どの言葉も「一つの船」を基盤に語られたものであるならば…  93/11/07 あなたがたの観るべきは船の全体像で、一部の誘い言葉では無い  93/11/08 ★船の全体像を観るには、右舷左舷船底等の言葉で結論しない事  93/11/09 …結論を早く出したいばかりに安易な結論に飛び付かない事…  93/11/10 ★結論が出ない時は、取り敢えず「ない」状態を受け入れる事…  93/11/11 「ない」状態を受け入れ、「ない」状態そのままにしておくこと…  93/11/12 「ない」状態のまま暫く観察していると、結論を焦る気持ちが薄れ  93/11/13 混乱を混乱にまかせる…自らは混乱の中に居ながら傍観者であれ  93/11/14 傍観者であるというのは、無気力に無関心でいることでは無い…  93/11/15 混乱の中に活きて存在し、混乱の一部でありながら…呑まれない事  93/11/16 混乱に呑まれない為には、その動き・流れに目を奪われない事  93/11/17 周囲の織り成す模様に心を奪われぬ様に注意しつつ、観察する…  正直いって、このうちの11月2日から8日までのメッセージの意味はよく わかりません(^^;。“左”“右”という言葉を聞くと、左翼と右翼のことかな あ、とも思うし、あるいは左舷の「手垢にまみれた美辞麗句」というのが保守 政党のことで、右舷の「甘く優しく通りの良い言葉」というのが革新政党のこ とか、という気もします。“船底”は、いずれにせよその2つを統合し、昇華 したようなもののような気がします。  で、僕が心に留めておきたいと思うのは、9日以降のメッセージです。結論 を急がない。結論が「ない」という状態を受け入れる。混乱を混乱に任せる…。 普段なんてことないときに読めば「簡単だよ、そんなの」と思っちゃいがちな ことなのですが、実際しっちゃかめっちゃかに混乱している場面に出くわすと、 冷静さは何処へやら、ついつい一緒になって大騒ぎしてしまいます。  例のセアカゴケグモの騒ぎなんかも、典型的な“混乱”状況だったと思いま す。マスコミがぶち上げたセンセーショナルな結論を鵜呑みにして、右往左往 する人たちの姿には、毒グモ以上の危機感を感じさせられました。ホント、日 本なんてちょっとした情報操作で簡単につぶされちゃうんじゃないか、なんて 思っちゃいました。  もし例の毒グモ騒ぎを、例えば石屋さんなんかから見ると「しめしめ、日本 人たちは順調に“混乱に弱い盲目の羊たち”への道を歩みつつあるわい」とほ くそ笑むんじゃないか、とまで邪推してしまいます(^^;。  しかし、敏感すぎるのがダメだからといって、“毒グモ”に鈍感ならいいの かというと、そうではありません。「混乱の中に活きて存在し、混乱の一部で ありながら呑まれないこと」「周囲の織りなす模様に心を奪われぬように注意 しつつ、観察する」という心構えが大切になってきます。  「心を奪われる」というのは、受動的に“我知らず関心がいってしまう”状 態です。こうなってくると、目の前のものを見ていながら、本当の意味で“現 実を見据えている”ことにはなりません。「注意しつつ観察する」というのは、 能動的かつ意識的に“全体の中の部分”としての注目すべき部分に目を向けて 見守る、という状態のことでしょう。こういう統合的な視野の広い見方ができ てはじめて「現実」が見えてくるんだと思います。  「目を開けているからといって現実を見ているとは限らない」というのは、 最近自分の行動を省みるにつけ(^^;、本当にそうだなあと思います。   しまうま(KFQ02761) 00441/00445 KFQ02761 しまうま 【期間限定】一連のメッセージHM(2) ( 6) 95/12/28 01:04  今度はちょっと長いけど、(1)のシリーズが終わって少ししてから始まったH Mです。これもまた味わい深いものがあります。  93/11/22 鏡に映る像が歪んでいると責める前に、鏡の歪みに気付きなさい  93/11/23 歪んだ鏡は直せば良い。問題は歪みを恥とし、隠そうとすることだ  93/11/24 悲しみは、自らの歪みに気付かず不満の因を外部に探し求める時に  93/11/25 苦しみは、身近な者に自らの歪みの因を押し付けるときに始まり…  93/11/26 身近な者にその因がない時、曲解してでも押し付けようとし…怒る  93/11/27 怒りが的外れであるがために、心は虚しく悲しい思いに満たされ…  93/11/28 虚しい心を満たす為に更に外に目を向ける…寂しい回遊魚の世界  93/11/29 自らの歪みに気付かぬ、外部に不幸の因を求める回遊魚世界は…  93/11/30 同じ所をグルグルと回遊し続けるので、出てくる不満も似ている…  93/12/01 そんな状態の自分に気付いたら、先ず今の状態のまま止まってみる  93/12/02 自分が最も生き生きする時が分かったら、それを思い描いてみる  93/12/03 同上  93/12/04 その状態へ向かう事を「前向き」とし、今はどちら向きか考える  93/12/05 向きが見えたら、混乱の中でその向きへ進むのに何が必要かを…  93/12/06 じっくりと見つけだす努力をすると、混乱の中に幽かな道が見える  93/12/07 点在する オブジェクト であれ、必要なものが見えた時混乱は消滅する  93/12/08 見えたものを、前向き人生の為に如何に取り入れるかを考えなさい  93/12/09 混乱の中でこそ出来る一連の事柄は、確実にあなたを成長させる  93/12/10 そして成長したあなたには、以前の混乱は既に混乱ではなくなる  93/12/11 混乱は丁度「学び舎」であるかの様に、あなたには感じられる…  93/12/12 同上  93/12/13 そして、新たなる混乱に遭遇した途端に「学び舎」の事を忘れる…  93/12/14 これを繰り返す内に、混乱に遭遇した時「学び舎」を忘れない日が  93/12/15 必ず来る。たとえ辛くとも「学び舎」から学ぶことを諦めないこと  93/12/16 人生での学びの情熱は即「より良い生き方への情熱」なのだから…  うーん、ええ話やのー(泣)。いや、なんとなく。  最後の一行は、なんだか“青年の血”を呼び覚ます呪文のような調子が感じ られるなあ。  僕がいちばんよく思い出すHMは、上から2番目、11/23のものです。 :歪んだ鏡は直せば良い。問題は歪みを恥とし、隠そうとすることだ  なんでこのHMをよく思い出すかというとですね、僕にはどっちかというと ……というか、かなり明確に「歪んだ鏡が人前に露呈すること」のほうを問題 としてしまう傾向があるからです。露呈して恥をかくくらいなら隠したほうが まし、という感覚です。  つまり、自分の中に「歪んだ鏡」があったとしても、それが人目にさらされ なければそれでいい、と思ってしまうわけです。だから、もし自分の中に「歪 み」があることを感じても、それを抑え込んで(隠して)、無難な、表面だけ の“歪みのない”受け答えをしてしまうことが時々あります。  うーん、どんなときにそういうことになるかという実例を考えてみたのです が、ちょっと最近の例ではあまりないなあ。少しは“歪みを恥とし、隠そうと する”ことが減ったのかな?(^^;ユダンタイテキ…  あと、「学び舎」がらみのHMにもずいぶん助けられました。あたふたと周 囲の事ごとに追い立てられて「もういやじゃ〜!」と半泣きになっちゃってる ようなときに、このHMを思い出すと不思議に落ち着いて「そうそう、学び舎 なんだよね。うんうん」と、なんか妙に達観した気分で、(比較的)冷静な対 処ができるようになるのでした。  もっとも、この「学び舎」を思い出す余裕もないことが多いんだけどね(^^;。   しまうま(KFQ02761) - FARION MES( 7):自分を観る  ★ ARIONを鏡にして 95/12/28 - 06743/06751 HGE02116 MAKOTO 経過報告かな(^^;) ( 7) 95/12/27 00:03 06599へのコメント コメント数:1 #6599>ARIONへ  「相手が納得するまで、MAKOTOからの質問の催促をしないで、   相手の質問に徹底的に応える」  この提案をいただいてからほぼ一ヶ月。まだ何かを実感したとは言い難いの だけど、それでも私なりに感じた事があるので少しだけ。  自分の中にできあがっているパターンを崩すのはかなり難しいです。むっと した瞬間には、いつものパターンに引きずられてしまいます。で、自分の中が 神経戦といった状態になりやすいようです。ちゃんと相手の言葉に耳を傾けら れているかどうかといった部分にも、まだ、自信がありませんし…(^^;)  少し意識しただけでも、私が、いかに感情に左右されて、相手の言葉に対し て反応しているのかがわかります。また、相手に伝わってなんぼの世界なのに 今だに自分のやりように拘りすぎて、伝える以前の段階に留まり続けていると いう感触もあります。  それをいかにして崩すかなのですが、これが中々どうも…(^^;)                         MAKOTO でした☆ 06746/06751 MHD02502 ARION RE:経過報告かな(^^;) ( 7) 95/12/27 12:04 06743へのコメント  ARIONより #06743 MAKOTO へ  よく頑張っているね、MAKOTO。  もうちょっとしたら、私から少しまとめたコメントをしよう。  それが、何故「もうちょっとしたら」なのかは、今は秘密だが。  どんなことでも「あれ?おかしいぞ」と思ったなら、  そう思う自分自身もおかしな所に立脚して物を見ていないかを、  考えてごらん。  どうにもこうにもならない…と思った時には、  現実が見えていないな、と思ってごらん。                 −−−ARION,O∴O−−− 06744/06751 CXE02430 プレアデス 真剣さについて ( 7) 95/12/27 11:50 コメント数:1 中尾さんの文章を読んで、触発されて書いています。真剣になり過ぎると精神的 におかしくなってくることもあるので、逃げ場を用意しておいてもいいのではな いかとのご発言に共感します。私は、おっしゃるように真剣になり過ぎて精神の バランスを崩してしまうようなことがあります。(このような場合、真剣ではな く、深刻と表現した方がいいのかも知れません。)そうなると、非常な苦痛に耐 えなくてはならなくなります。 精神的苦痛の中にいる時、助けになるのは意味の無い軽い言葉だったりするもの ですから、そういう意味で逃げ場を用意しておくのは賢明だと思います。また心 の態勢を整えてから、一歩一歩進めばいいのです。 しかし、前進するにはどうしても最後に思い切りがなくてはなりません。苦 痛の中で、「苦しんでいるのは誰だ?」と質問するのは、私にとってとても勇気 がいることです。 - FARION MES( 8):恋愛錬金術  ★ 愛と性を本音で語る 95/12/28 - 01254/01258 JCF00616 優位 まなび ( 8) 95/12/27 10:52  ここ数日間、四六時中、頭であれこれ考えているうちに、いろんなことを学んだ。  将来の結果がOKであれNGであれ、そんなこととは関係なく、学んだものはと  ても大きい。  物事の関係が見えないで、または観ようとしないで偽りの関係のままであるより、  まっすぐに観て物事の関係が分かってくるほうが、どんなに幸せか…と思う。  盲動は苦悩を招く。勇気を出して、相手と対峙し、観る方がサッパリしていて気  持ちがいいものだ。心のなかに、もう隠し偽る部分は無くなってしまった。  心はいつも青空。  そんな、カラッとしていて果てしなく爽やかな心であり続けたい。                          優位(JCF00616) - FARION MES( 9):日本魔界巡航 ★ 神と人の関りを探る 95/12/28 - 712/714 GFB00026 一輝 近代から現代へ浮上する忍者達1 ( 9) 95/12/26 23:33 704へのコメント コメント数:1 <近代から現代へ浮上する忍者達>1 ●シーボルト事件 『たとえ徳川家が滅ぶとも草の名は明かすな』と厳命したのは、徳川家康だった。 「草」とは「忍者」のこと。全国に散る草々の根が江戸に通ずることを報せしめ たのは、「幕末」を迎えようとする文久三年(1828)に起きた、シーボルト事件で はないだろうか。 シーボルト事件というのは、オランダ国王ウィレム一世の外科医として頭角を現 し、王より日本の総合的調査を委託されたドイツ人シーボルトのスパイ事件であ る。この事件は同時に、日本の開国と近代化、そしてアジアを象徴する「龍」と ヨーロッパを象徴する「フェニックス」の、凄絶なる戦いの歴史への狼煙となっ た。 この事件は、シーボルトがそれに乗って帰国する予定だったオランダ船コルネリ ウス・ハウトマン号が台風によって座礁してしまい、船積み荷物から禁制となっ ていた伊能忠敬の日本地図が発見されたことで、その地図を渡した幕府天文方・ 高橋作左衛門景保が死罪になり、関係した人々が断罪され、主犯のシーボルトが 国外追放になった大事件のことである。 高橋作左衛景保にクルーゼンシュタインの『世界周遊記』『世界地理記』やオラ ンダ領の地図や地理を本を渡す引換えに、シーボルトは伊能忠敬の『大日本沿海 輿地全図』や間宮林蔵のカラフトの地図、武器や武具の図といった禁制品を得る。 シーボルトに命を発したヨーロッパの王家は、日本の地図、特に不明瞭な北方方 面の地図、そして日本の軍事機密についての詳細な情報を欲していた。 シーボルトからヨーロッパへ発せられた情報はアメリカへも伝わり、後にペリー 提督は、シーボルトの日本情報を特別に尊重した。織田信長の「本能寺の変」時 点で、日本は世界最大最強の兵力と美麗な文化を持っていたとされている。その 軍事及び文化大国・日本に関する最新情報を、シーボルトはヨーロッパに伝えて いたのである。シーボルトが持ち出した日本地図は、最近ドイツのフランクフル トで発見されている。 1823年、シーボルトは長崎の出島に到着した。当時天然痘が流行していたため、 牛種痘で予防接種を行うが成功しない。ところがこの噂を聞きつけた日本人の若 き医師たちが殺到した。その中には後に蘭学の大家となった緒方洪庵がおり、後 にシーボルトが幕府の許可を得て開いた鳴滝塾からは、「蛮社の獄」事件の首謀 者となった蘭学者・高野長英が輩出した。 鳴滝塾では、医学、自然科学、博物学の講義を行い、現在の大学のようにレポー トを門下生に提出させたり、自由な討論が随時行われており、先見の目のある若 い学徒が集結していた。また、人々の治療も行うのだが、一切お金を取らないと いう方針だったことも、評判を生んだ。そしてお金を取らない代わりに、珍しい 日本各地の芸術品、各種情報などを受け取っていた。 しかし、その内実は計画的に日本の極秘文書を収集していたスパイだったのであ る。1844年、オランダ国王は将軍・徳川家慶に世界情勢を示して開国を促す親書 を提出しているが、この文案は時の植民大臣バウドが、前年にシーボルトに起草 を依頼したものだ。 オランダ船コルネリウス・ハウトマン号の座礁に先立って、幕府はシーボルトが 禁制品を密輸しようとしていた事実をある人物の密告によってすでに掴んでいた。 その人物とは、地理学者・伊能忠敬の弟子として世界地図に唯一名を残した探検 家・間宮林蔵である。林蔵は、かつて自分の樺太行きを幕府に推挙した高橋作左 衛門景保を情け容赦なく告発している。 彼の出生や生い立ちに不明な点が多いのは、「草」であったためではないかと私 は考えている。林蔵は日本各地を旅しながら、草の者たちからの情報を集め、そ れらを検討し、再び草の者たちに託して幕府へと逐一報告していたのではないだ ろうか。第二回樺太探検時、林蔵は樺太が島であることを発見し、後に間宮海峡 と呼ばれた海峡を渡って大陸に達し、満州仮府の清国役人とも面会している。 林蔵の隠密としての活動は、長崎、薩摩、石見の三件が知られているが、その全 貌は闇に包まれている。林蔵は薩摩藩の中国や挑戦との密貿易を探り、石見国・ 浜田では、廻船問屋・会津屋八右衛門の竹島密貿易の摘発にもあたった。シーボ ルト事件以後、洋学者や長崎役人が林蔵を恐れたことは、異常なものであったと いわれる。だが、それでもシーボルトは帰国後に著した『日本』の中で、林蔵の 海峡発見を大きな功績だと讃えていた。 シーボルト事件の背後で動いていたのは、林蔵の諜報網だけではなかった。日本 各地の情報を集めるシーボルト側の諜報網も存在したと考えても不思議ではない。 これら諜報活動は、財源が無ければ成り立たない。権力・革命・諜報…これらは スポンサー無しには成立し得ない。そこで考えられるのが、密輸によって私腹を 肥やしていた闇商人たちと、彼らの下で動く「草」の存在である。                                  (つづく) 713/714 GFB00026 一輝 近代から現代へ浮上する忍者達2 ( 9) 95/12/26 23:36 712へのコメント コメント数:1 <近代から現代へ浮上する忍者達>2 ●蛮社の獄 シーボルトの弟子・高野長英は、渡辺華山、小関三英ら進歩的知識人は、尚歯会と いうグループをつくって政治問題や国際問題についての研究を重ねていたが、1837 年アメリカ船モリソン号が漂流民送還を兼ねて通商を求めに来航していのを、幕府 が異国船打ち払い令によって撃退すると、華山は『慎機論』、長英は『戊戌夢物語 』を著し、幕府の処置を批判した。これに対し、幕府の目付・鳥居燿蔵、書物奉行 ・渋川六蔵らは翌々年五月、尚歯会のメンバー26人を逮捕する。蛮社とは蛮学社中 すなわち尚歯会のことである。 ここで注目したいのが、1845年に起きた牢獄火災の際に脱獄した高野長英の逃走経 路である。まず長英を最初に保護したのが、田原藩医・鈴木春山、その後長英は、 上越、東北、関東各地を潜行、1848年には伊予宇和島藩主・伊達宗成の保護を受け、 藩士に蘭学教授と『砲家必読』を翻訳、その後1849年広島を経て鹿児島に入り、島 津藩主・島津斉彬の保護を受け『兵制全書』を翻訳、まもなく伊予、大阪、名古屋 を経て薬品で顔面を焼き面貌を変じて江戸へ潜入。1850年幕吏に踏み込まれ自刃す る。 幕吏の追手を逃れながらの脱獄囚が、これだけの逃走を単独で行うとは思えない。 しかも渡り歩いているのは、後の倒幕運動の発信源となった急進的な政治家ばかり である。ここにもシーボルトに関連する影のスポンサーと逃走を導く「草」の存在 が浮上してくる。この時に長英を匿いながら逃走を手助けしたのが、明治維新後に 新たな「出島」として、軽井沢を開発した雨宮一族と堤一族だった。                                  (つづく) 714/714 GFB00026 一輝 近代から現代へ浮上する忍者達3 ( 9) 95/12/26 23:38 713へのコメント <近代から現代へ浮上する忍者達>3 ●軽井沢開発 堤一族は、滋賀県愛知郡秦荘町の出の一族である。地理的には甲賀の里に近い。堤 一族のある若い人物が、「私たち一族の祖先は忍者集団だった」と述べたそうだ。 「草」が自ら名を語ってしまうとは時代の流れなのだろうか。伝え漏れてきたこの ひと言で明治期のエスタブリッシュメント形成の契機に、幕末のシーボルト事件時 「草」が関与していたことが明らかとなったのである。 軽井沢は明治頃より「日本のヨーロッパ」と呼ばれ、特に内外の政財界、芸術家な どの一部特権階級層の社交場となっており、それまで名も知られることもなかった 立役者たちの登場によって別荘地として開拓されてゆく。それが明治期の雨宮一族 と大正期の堤一族である。当時、一般人はこの特別地区一帯には足を踏み入れるこ とも制限され、一種のブラックホールゾーンと化し、選ばれた者だけの完全なブル ジョワ世界=近代的〔出島〕を形成していた。 天皇家、皇族も軽井沢一帯に広大な土地を所有しており、その皇室の軽井沢デベロ ッパー役を担ったのが、薩摩閥の中心だった島津家である。島津家と言えば、藩主 島津斉彬が高野長英を手厚く保護していたことから、江戸期の島津家と堤一族との 関係を窺い知ることができるだろう。彼らは安政の大獄などの幕末期の受難の時代 を経て明治に元号が変わると、それまでの「草」としての下働きの役目を終え、そ れまでの地下人脈と商業戦略を駆使し、一斉に頭角を現したというわけである。 そして戦後、旧皇族の土地が次々と堤一族の手中に落ちてゆく。この経緯は猪瀬直 樹のノンフィクション作品『ミカドの肖像』で描かれている。堤一族の族長であり、 西武財閥の創始者だった堤康次郎が、最初のデベロッパー事業として着手したのが 軽井沢開発。軽井沢の大規模な土地を獲得したのは、1917年康次郎、時に29歳。現 在も軽井沢別荘地帯の大半は、西武セゾングループが所有している。 その西武セゾングループは1987年の中頃、フランスの名門財閥ロスチャイルド家と 提携したことが明らかになっている。そしてそれから間もない年末に、今度はアメ リカの大財閥ロックフェラー家との提携を行った。ロスチャイルド家・ロックフェ ラー家といえばユダヤ人の印象が強いが、ローマ帝国建国以前から分裂と統合を繰 り返して、ヨーロッパ各地を支配してきた王家共同体「クラブ・オブ・アイルス」 の宮廷商人である。同時に彼らは20世紀末オカルティストたちのスポンサーでもあ った。 クラブ・オブ・アイルスは、フランス革命や世界中のテロ組織・環境保護団体の影 の支援者とも呼ばれているが、陰謀論を仕掛け、宮廷商人たちを真の世界支配者と 見せかけてきた組織体と言えば、少しは分かりやすいかもしれない。ダイアナが果 敢に挑戦しているのは、この組織体だ。 例えば、彼らはロンドンの60パーセントの土地を持っている。100年単位・20 0年単位で貸しているのだが、その利子が一秒間に200万円単位で入ってくると いう。彼らの中には東京から静岡ぐらいまでの土地を持っている者もいる。そんな ヨーロッパの王室にとっての金庫番として、名を成したのがロスチャイルドやロッ クフェラーだった。 田中角栄は、彼らの意向を無視して独自の石油開発を行おうとして逆麟に触れ、メ ジャーによって潰されたのだと言われている。この頃サウジのファイサル国王・韓 国の朴大統領・中国の周恩来・日本の田中角栄の四者によって同盟関係の密約が進 んでいたと伝え漏れているが真相は明らかでない。田中角栄の失脚以外、全員瞬く 間に暗殺されている。 ユダヤの名門であり宮廷商人の一族と、日本の流通王であり、かつて開国派の忍者 一族の結託による国際戦略とは何か。阪神大震災数カ月前に神戸を撤退した西武セ ゾングループの、身変わりの早さの裏にあるものとは…。「草の者」たちは我々の 存在を。に飛び越えて浮上していたのだ。                                   (了) - FARION MES(13):神秘学遊戯団 ★ 限りなき神秘への航海 95/12/28 - 04110/04112 QZD02307 ジョリー 「わすれずに’95」 (13) 95/12/27 22:26  「わすれずに’95」  今放送している、NHKの年末特番のタイトルです。  阪神大震災を始め、地下鉄サリン事件、銃による凶悪犯罪事件、ハイジャ  ック事件、などなど、もはや日本の安全神話は崩れ去ったとも言えますが、  しかしそれは、バブルの時代に内在していた「膿」が、ドーッと排出され  たようにも、僕には思えたりします。  見た目の艶やかさに心を奪われ、自分というものを置き去りにしてきた時  代。お金を儲けることが善で、まっとうなことを通そうとしてきた人が、  虐げられてきた時代。  その時代・・・・つまり、つい5、6年ほど前までは、殆どの人が「薔薇色の  未来」を、信じて疑わなかったのではないかと思います。  しかしそれは、「物質的な豊かさの追求」という意味でしか、なかったの  だけれども・・・。  時代は、「安定」から「激動」へと変わり、かつての幻想を未だに追い続  ける人は、もはや、時代に取り残されてしまうのかも知れません。そして  その激動の時代には、「心の準備」が出来ているかいないかで、その後の、  個々の行動というものに、大きな隔たりができるのではないかと思います。     そして、このFARIONという場の存在している意味も、そのようなところに  あるのではないかと。  ――平井和正の「ジム・パットンの箴言」(ジム・パットンという人物か    ら送られてくる、言霊のこと)より    『真実は甘い蜜にまぶして与えることは許されぬ。苦く無情な容赦のない  味をそのまま与えねばならぬ。』  『真実が明らかにされる時、妨害を加えるものは、かつてない強烈な自壊  作用に見舞われるであろう。』  『アクーエリアスの時代に入れば、若者たちに大きな変化が生じ、物質世  界での世渡りにのみ興味を持つ人間は淘汰される。』   今年になって、長年気になっていた、これらの言葉の意味するところが、  ようやく見えてきたような気もします。  「わすれずに’95」  1995年は、これからの時代を生き抜くための大きなヒントを、たくさ  ん与えてくれたように思います。多くの「気づき」を忘れないように・・・。  最後になりますが、皆さん良いお年を!(まだ早いか(^^;))。             ジョリー 04111/04112 KFQ02761 しまうま RE:器を広げること (13) 95/12/28 01:04 04091へのコメント #04091 KAZEさん  毎度お邪魔してまーす(^^)。 :さらにいうと、臨済(だったかな?)の言葉に、 :「仏陀に会ったら仏陀を殺せ!」という過激なのがありますが、 :「悟ったと思ったら、その悟りを火にくべて焼いてしまえ!」というような :解脱病への徹底的な否定衝動も必要になります。  うーん、確かに過激ですねー(^^;。  言葉通りの意義を解釈する、というよりも、その気合いを感じろ!みたいな 世界なのでしょうか。  禅宗って、ホント変な坊さんや過激な坊さんが多かったみたいですね。  今でも、禅宗の修行というのは、師匠に公案のお題をもらって、ひたすら禅 を組み、答えを考えて師匠のところに行って「これこれこういうことですか」 と回答らしきものを提出したら「何考えとんじゃー!」とか言ってむちゃくち ゃに叱りとばされて、また部屋に戻って禅を組んで……というのを延々と1日 中繰り返されたりする、という話を聞いたことがあります。こういうのも、気 合いじゃないと乗り越えられないんだろうなあ(^^;。  道元の書いた何とかという有名な本が、日本の哲学史上では最高峰に近い高 みまで到達している、という話を聞いて読もうとしたのですが、難しくてすぐ にギブアップしてしまいました(__;)。 :ですから、「わかろう」「わかりたい」はとっても必要なことだけど、 :それを「なにかがわかったらそれでOKだ」という発想にすり替えると :それが一つの執着になってみずからの歩みを :結果的には止めてしまうことになるというわけです。  なるほど。これって僕の陥りやすいパターンですね(^^;。  1つ「手段としての目標」を設定して、それに向かってがんばって達成する と、それが本来の目標ではなかったにも関わらずそこで満足しちゃって、元々 定めていた目標には届かずじまいになってしまう、という……(__;)。  気を付けようっと。 :でも、自分の器を広げようとすると、 :それなりの自己否定を繰り返していくことが求められるといえます。 :自分という思いこみ、マーヤの部分を否定する作業なんかもそうで、 :偽我にとってはまさに「死」を意味するわけですから、 :その偽我は、その過程でさまざまな抵抗を試みます。  そうですねー。「偽我の死」というのは、その「偽我」にとってはまさしく 「死」と感じられるのでしょうね。そして「真我」(というのでしょうか?) にとっては「再生」になるのでしょう。ということは「自己否定による器の拡 張」というのは、まさに「死と再生」を必要とする作業になるんですね。ふむ ふむ。(マーヤというと、ついついミツバチを思い出してしまいます(^^;。) :禅なんかは、どっちかというとブッチギリって感じがありますが^^;、 :こうして現代社会にいきてるぼくらはなかなかそうはいきません。 :ですから、「自分を見る」ということで、少しずつ自己のマーヤを剥ぎながら :着実に、魂の器、魂の力を育てていかなければならないのだと思います。  そうですね。ARIONが「I LOVE YOU 2」の一番最後で、 あなたがたの未来は、あなたがたの冷静な決断に掛かっているんだ。 決して熱狂の中の決断に掛かっている訳では無い。  と言っていたのを思い出しました。今の世の中では、むしろブッチギリの勢 いで、極端な話、家も家庭も捨てて自己変革しちゃうほうがずっと安易なよう な気がします。  僕はやっぱりKAZEさんのおっしゃるような「着実に、魂の器、魂の力を育て て」いく道を、たとえ困難でも選びたいと思いました(^^)。   しまうま(KFQ02761) 04112/04112 GGD03030 《 隆 》 1995年もそろそろ終わりですね (13) 95/12/28 10:49 04064へのコメント  KAZEさん、どうもです。    >ぼくの場合、かなり最近まで生きていることがかなり苦痛でした^^;。  >そのくせ、死ぬのは恐くて死ぬに死ねない、そんな感じ。  僕は、今そういう状態です(^^;)。まあ、別に死にたいのに死ねないってわけで  もないですが、「生きてるというのは大変だ」と思いますし、死ぬのもまだまだ  恐いです(頭では恐くないと理解していても、それがまだ実感になってません)。  逆に言うと、30歳くらいまでは、生きるのが無節操に楽しかったんでしょうね。  それはそれなりに幸せなことだったと思いますが、KAZEさんが乗り越えて来た山  を、僕は今現在登っているのかもしれません。    >死ぬのが恐いくせに生に意味を感じられないというのは、  >実は、世界に対して責任を負う気などさらさらないということです^^;。  ふうむ、なるほど。自分では、生きてることに意味を感じないわけではないです  し、世界に対して責任を負うつもりもあるんですけど、実体はそうではないのか  もしれませんね。実際どうなのかはともあれ、そういう視点を持ち続けないとま  ずいですね。さきほども書きましたが、身体でわかるとか、魂でわかるとかいう、  とにかく確かな「実感」が伴わないと、それは幻想に終わってしまいそうですか  ら・・・。そうでなくても、どうも最近、自分が存在しているという実感に乏し  いんです(^^;)。コマッタモンダ    >どっちにしたって、一人になったら、途方に暮れるわけなのですから^^;。  まあそうですね。少なくともお互いに依存しあっている関係ではあります。そこ  にあるのは、おっしゃるとおり「責任回避」なのですけど、なんかやっぱり少し  違うような・・・。少なくとも、一緒でなきゃ不安という種類の感情は、「逃げ  てる」とか「責任を放棄している」という自覚があるんじゃないでしょうか。そ  れとも、ないのかなぁ・・・だとしたら、とても不思議ですけど・・・。    >しかし、観点を変えれば後者のほうがクリエイティブであるとはいえます^^;。  >ま、どちらにしても、権威に追従したり、権威を振りかざしたりするのは、  >やはり、あまり好きにはなれませんね。  確かにね(^^;)。しかし、後者がクリエイティブであるかもしれないというのは、  ちと同意しかねます。どちらかというとデストロイティブ(こんな言葉はないで  すが・・・(^^;))な気がします。押しが強いだけで、ちーとも創造的ではない  場合が多いんじゃないでしょうか。少なくとも僕がクリエイティブだと感じる人  たちは、ほとんど例外なく「暗くて」「ちょっと屈折」していまして(^^;)、少  なくとも権威者(こんな言葉もありませんねタハハ)になりたい人は見あたらない  です。僕の感覚がちょいと変なのかもしれませんが・・・。(^_^)ゞ ポリポリ    >最初から悟りきったような存在よりも、必死であがいてあがききって、  >その末で、ある種の諦念にも似た気づきが訪れるようなのって、いいですね。  そう思います。彼はレプリカントの中でも最高で、そういう意味では無敵の存在  なのですが、大きな悲しみを背負っているわけですよね。人間にとって悲しみが  いかに大切かしみじみ感じたものです。悲しみを知らない人間は不幸であるとさ  え思います。もちろん、その悲しみを変容させなければ、意味がないのですし、  それはなかなかに難しいことなのだけど、人間は悲しみを「愛」に換えるリアク  ターとしての資質を神様から与えられているのだなぁと、あのシーンを見る度に  感じるのでした。    >小坂国継さんの「西田幾多郎」(ミネルヴァ書房)から、少し。  ううむ、この本を読んではいませんし、西田幾多郎さんの著書もほとんどなじみ  がないので、何とも言えませんが、この抜粋を見る限りは、ちょっと視点の次元  が低いような気がします(^^;)。わかりやすく、あえてそうしたのかもしれませ  んが、無限大の円という例えはどうもうまくないと思いました。自己否定という  言葉も、誤解をうむだけで感心できません(これに関しては、僕自身の「否定」  という言葉に対するアレルギーが大きく関与していますが・・・(^^;))。    「一」と「多」の関係性というのは、もっともっと豊かな感覚でとらえるほうが  僕は好きです。こういう嗜好は哲学という学問からはそれてしまうかもしれませ  んが、少なくとも、「個物の側の自己否定による自覚、すなわちわれわれの自己  が歴史的形成的世界の創造的要素ないしは作業点であるということの自覚の喚起」  などという表現で、一即多・多即一を説明することは無駄だと思うのです。「自  己とそれ以外」という対立概念(この表現にはそれを強く感じます)は、「一」  と「多」の関係性の本質を曇らせてしまうだけなんじゃないでしょうか。    >しかし、自分のことをみていればよくわかりますが、  >ほんとうに、鏡ってすぐに曇るんですよね^^;。  全く、おっしゃるとおりです(^^;)。すぐ曇るばかりか、同じ所が何度も曇った  りもします。「こないだ、拭いたばっかりやないか!」と自己嫌悪に陥ることが  しばしばで、困ったモノです。まあ、拭く(磨くまでまだ行っていない(^^;))  のやめるよりはましかもしれませんけど、たぶん、一生拭き続けてるんでしょう  ねぇ。コキュコキュ    >そうですね、でもその20代の方々をつくった世代も  >すでにその時点でその萌芽を用意していたという感じはあります。  そう言われれば、そうかもしれません。っと言うことは、我々もきちんと姿勢を  正して日々を送らないと、我々の育てた世代で・・・大恥をかくはめになります  ね。ウウム、ココロセネバ    >そもそもマルクスはプロレタリアの云々といっているわりには、  >自分はまさにブルジョアの生活をしていて、奥さんもまたそうでした。  なーるほど。じゃあ、現在のエセ共産主義&社会主義国家というのは、ああなっ  てしかるべきというか、道を誤ったわけじゃないんですね(あんまり品の良い皮  肉ではないですが、こう言うしかない(^^;))。    >ぼくもそこらへんは?なのですが、この民族問題というのは、  >人間の個としてのレベルを超えた集合的な意識の問題のようで、  >それを変えるというのはほんとうにむずかしいんですよね。  みたいですね。僕やカミさんは、なかなかのナショナリストで、ひょっとすると  国粋主義者に近い感覚を持っているのかもしれませんが、どうも「他民族を排斥  する」という感覚がわかりません。「どの民族が優秀で、どの民族が劣っている  か」何てことを口にするのは無粋なことですし、優秀かどうかなんて個人の問題  なのですよね(視点によっても違ってくるでしょうし・・・)。百歩譲って、自  分たちが優秀な民族だとしても、それがために他の民族をないがしろにしても良  いという理屈はないはずです。皮肉を言ってしまうと、民族闘争なんてしている  民族はかなり劣っているような・・・(^^;)。    >ま、そういう民族運動の根っ子は、出身地の高校野球が勝ったの負けたのや  >阪神が買ったの負けたので喧嘩になってしまう・・・  はあ・・・タメイキ、全く無粋な話ですよねぇ。勝った負けたで騒ぐのは、まあ、遊  びとしては面白いと思いますが、それがマジになるなんて・・・じつにダサイ話  です。    >でも、やってけるかなぁ^^;。  >ううん、そこらへんはいちどちゃんと考えてみたいものですね。  やってけますよ(^^)。日本がやってんですから・・・(^^;)。  冗談はともかく、小さな国がやって行けないような世界では困ると思います。大  国のエゴなんて、そろそろ終わりにしなければ・・・。もちろん、小国のエゴも  ごめんですけどね。    >年明け締切の作業が恰好つく1週間後あたりまでは、漂流する時間がない^^;。  >お正月には漂流してみたいと思っているところです。  あっという間にお正月ですね。今年は嫌な事件がたくさんあった、どたばたした  一年でしたが、それだけ膿も出せたのかもしれません(まだまだ序の口だったり  して・・・(^^;))。来年に期待したいものです。    それでは、よいお年をお迎え下さい(^^)。                                by 隆ちゃん - FARION MES(14):預言解読村  ★ 預言・予言は何を語るか 95/12/28 - 03480/03489 PAG03134 はな RE^2:剣を手にした天使ってARION (14) 95/12/26 16:49 03468へのコメント  ひょうたんさんの発言にコメントつけて・・っと(^^;  以前ハローで「心の中に火を灯せ」というのがありました。そこから12/25 のハローを見ると、二つのことを感じました。 「あなたがたと共に火にあたろう」と天使は剣を置いて言った。(95/12/25)  一つは、天使が私たちとともに火(=神)の近くに居よう、という意味。  もう一つは、自分の心の中に火を灯していれば、火にあたる必要がある のだろうか?という疑問。つまり自分の中にではなく、自分の外に火を求 めているような依存心を誘うような言葉なのか?と思いました。  こんな預言解読をしているとき、自分の心象風景を映し出しているよう な気がします。「心の中に火を灯せ」「あなたがたと共に火にあたろう」 こんなところから、みなさんはどんなイメージを思い浮かべますか?                       はな 03485/03489 PAG03134 はな RE:ここんところの天使シリーズ (14) 95/12/27 21:44 03471へのコメント コメント数:1  光の黙示録によると、みれさんが聞こえだした「声」がはっきりしだ したとき、その声は「マーロート」と言ったそうです。  先日天使の本を買い込んだら、ちゃんと「マーロート」という天使が いるのでびっくりしました。  マロートと呼ばれる天使は、イスラム教において地獄の審問官とされ ています。天使は「天使」と「堕天使」に分けられていますが、このマ ロート、実は「堕天使」に分類されています。  アリオンによればミカエルも、堕天使呼ばわりされるルシフェルも、 共に「光り輝くもの」だそうで、マロートも堕天使呼ばわりされるのは 人間の誤解だと思います。  堕天使は日本で言えば鬼。「汝の名はマーロート」と呼ばれたみれさ んは、鬼の復権の使者といえるのではないでしょうか。                       はな 03486/03489 SDI00635 みれ RE:ここんところの天使シリーズ (14) 95/12/27 23:37 03485へのコメント  #03485 はな さん  な、な、な〜んと知らない内に私の名前が(笑)  でも、この私が言うのも変かも知れないけど、マーロートの話は面白い ですよ(^^;)  汝の名はマーロート(MAROOTH)と言われて面食らったのは置いといて、 この名前が何語なのかを当時、翻訳会社をしていた私は各国の外人に尋ね た結果、これがヘブライ語であることを知りました。マーロートの意味は、 「Order of Orde(権力の権威とでも訳すべきか?)」であるということも 知りましたが、この名前が天使辞典に載っていることを知ったのは、かなり 後になってからでした。   堕天使ということで一瞬ガックリ(^^;)したんですが、当時、懇意にしてい た大沼忠弘先生から堕天使の意味を教えてもらって安心しました。  つまり人間の目から見たら天界から頭を下にして降りて来るので「堕天使」 と呼ばれるけれど、これは天界の存在なれど人と同じ高さに存在することに よって、人と交流を果たし文化の交流を行うことを可能にするという意味な のだそうです。  マーロートには色々な伝説がありますが、堕天使になった理由が人間の女 性に恋して神様の名前を教えてしまったからだという話もあります(^^;)  まぁ、私がマーロートということは考えにくいのですが、一度はそういう 名前で呼ばれた以上、この天使に関ることを勉強せいということかなと思っ ています。堕天使=鬼、いいですね。  最近のハロー・メッセージも小説みたいで、明日が楽しみですよね。  実際に天使が巷に降りてきている様ですよ(^_^)  ほら、はなさんの隣にも………(^-^;)   ・:*:・みれ・:・。,★ - FARION MES(16):■特設会議室 ■ シルバーバーチを語る 95/12/28 - 204/208 GBB03425 Paper Birch シルバーバーチ読書会・四章 (16) 95/12/27 21:47 コメント数:1 ■「シルバー・バーチの霊訓.(5)」読書会■ ■四章 軽蔑と嘲笑の中で----スピリチュアリズムの歩み■  四章は、スピリチュアリズムの意義が述べられます。  初期のスピリチュアリズムは、幼稚な物理的現象(テーブルターニングのよう な)が主でした。スピリチュアリスト達はテーブルラッパーなどと呼ばれ、馬鹿に されていたのだそうです。しかし各界の名士を中心に、その影響力は徐々に広がっ ていき、シルバーバーチの言葉を借りれば「宗教を腐敗から守る運動の旗手」にな ったわけです。  そこで、シルバーバーチは、これまでに達成されたことの大きさを強調すると同 時に、これから成就されねばならないことの多さについても述べます。そして、そ れを達成するためには、より多くの人財が必要であることも。しかし、そういう人 財は「何でもいいから、とにかくたくさん居ればいい」というものではありませ ん。....あたりまえですが。(^_^;;   「私たちが望んでいるのは、まずそうした霊的真理のメッセンジャーみず   からがそれを日常生活において体現し、その誠実さと公明正大さに貫かれ   た生活を通して、見る人の目になるほど神のメッセンジャーであることを   認識させることです。それから今度は積極的に世に出て社会生活のすべて   の面にそれを応用していってほしいのです。つまり、まずみずからが身を   修め、それから他人のために自分を役立てる仕事に着手するということで   す。」                           (P.51)  いつも思うんですが、あの宗教団体の勧誘というやつは、あれで本当に入信する 人はいるんでしょうか。見ず知らずの人がいきなりやってきて、いくら「素晴らし い」と勧められても全然説得力が無いと思うんですが。  ここ(FARION)でも、宗教団体の人が出てきて宣伝の書き込みをしたり、「天界 と交信」していると思い込んでいる人が、何やらやたらとスケールだけは大きい(^^; 神霊話を書いたりすることがあります。しかし、その人がどんな人間かも分からな いのにそんな話しをされても、誰も耳を貸すはずもありません。逆に、その人が本 当に素晴らしい人間であれば、少しばかり胡散臭い話しでも、「ちょっと聞いてみ ようか」という気持ちになるものです。  僕もここでは「スピリチュアリズム」と「シルバーバーチ」の素晴らしさを宣伝 するメッセンジャーのつもり(^^)ですから、責任重大と思っています(^_^;ゞ   「常に基本的な霊的真理を忘れぬように、と私は申し上げております。常   にそれを念頭におき、その上に宗教観、科学観、哲学観、倫理観、道徳観   をうち立ててください。すぐにご大層なことを想像なさる御仁に惑わされ   てはなりません。私たちの説く真理はいたって単純であるがゆえに、誰に   でもわかり誰にでも価値を見出すことができます。神の子としての人間の   有るがままの姿を何の虚飾もなく説いているからです。すなわち神の分霊   を宿し、その意味において真実“神の子”であり、永遠にして不変の霊の   絆によって結ばれているという意味において真に同胞であり、人類全体が   一大霊的家族であり神の前に平等であるということです。(略)    私は魂をより意義ある生活に誘(イザナ)うものでないかぎり教義、信条、   ドグマといったものには関心がありません。日常の行い以外のものには関   心がないのです。根本的に重要なのは日常生活の生き方だからです。」                               (P.52〜53)  「人類皆兄弟」とか「愛し合いなさい」とか、たやすく言われます。しかし、ど うして人類がみんな兄弟なのかとか、何で愛し合うわなきゃならないのかとなる と「???」なんじゃないでしょうか。シルバーバーチの答えは単純明快です。つ まり、私たちは皆、同じ神の分霊であるということです。霊の絆でつながっている 仲間なのだから助け合うのは当たり前ということです。  また、神の分け御霊である同胞に奉仕することが、すなわち神に奉仕することだ ということも、シルバーバーチはよく言います。   「私たちは刀剣や銃を手にせず愛と寛容心と慈悲と奉仕の精神でもって闘っ   ている大軍の一翼を担っております。私たちの武器は真理と理性です。そ   して目指すのは人間として当然受け取るべきものを手にできずにいる人々   の生活に豊かさと美しさをもたらしてあげることです。」    (P.54)  これは僕の解釈ですから間違っているかもしれませんが....。  霊的真理を広める目的は、悟りを得たり頭でっかちな心霊学者を養成することで はなく、あくまでも「人間が、人間らしく」生きることが出来る世の中をつくるこ とにあるのだと思います。霊的なことを知ったことで、いきなり「人類の運命が云 々」などと抽象的な世界に飛んでしまうのではなく、今現在、現実に起きている問 題に、どういう風に対処するのかということを考えるべきです。  霊的な知識とは、暗闇の中を手探りで進んできた人類に与えられたライトのよう なものです。そこでライトの研究をするのか、それともそのライトを使って回りの 世界を観察する事を選ぶのか....。   「意気消沈した人、悲しげにしている人に元気を出すように言ってあげて   ください。先駆者たちの努力のたまものをこれから刈り入れるのです。そ   してそれが明日を担う子供たちにより大きな自由、より大きな解放をもた   らす地ならしでもあるのです。不安は無知という暗闇から生まれます。勇   気は自信から生まれます。すなわち自分は神であるとの真理に目覚めた魂   はいかなる人生の嵐をもってしても挫かせることはできないとの自信です。    私がお教えしているのはごく単純な真理です。しかし単純でありながら   大切この上ない真理です。地上人類がみずからの力でみずからを救い、内   在する神性を発揮するようになるためには、そうした霊的真理を日常生活   において実践する以外にないからです。あなた方はその貴重な霊的な宝を   手にされていること、それがすべての霧とモヤを払い、悟りの光によって   暗闇を突き破ることを可能にしてくれることを知ったからには、自信をもっ   て生きてください。しかし同時に、知識にはかならず責任が伴うことも忘   れてはなりません。知った以上は、知らなかった時のあなたとは違うから   です。知っていながら霊力を無視した生き方をする人は、知らないために   霊的真理にもとる生き方をする人よりも大きな罪を犯していることになり   ます。    その知識を賢明にそして有効に生かしてください。一人でも多くの人が   その知識を手にすることができるように、それによって魂を鼓舞され心が   開かれる機縁となるように配慮してあげてください。」   (P.55〜56)  なんと力強く、力づけられる言葉でしょう。ここを読んでいて、またもや不覚に も涙が出そうになってしまいました(^_^;ゞ。  わが身を振り返ってみると、確かに「自分は本来霊的存在である」という知識を 得たときから(ホンの少しですが)勇気をもって物事に当たれるようになった気が します。  つまり、人間は本当は霊的存在なのですから、所詮『モノ』のことに過ぎない物 質の世界のことで負けるはずがないということです。また、どんなに苦しいと思う ことでも、背後霊団の計らいによって起こっていることが、最終的には悪いことの はずがないということでもあります。何が起ころうとも、それは自分の成長のため に「良いこと」のはずだという安心感です。  それで、ふっと思い出したんですが(^^)、そういえば大学受験の時にもそんな事 を考えていました。僕は浪人の時にも二校しか受験しなかったんですが、本命の学 校に入ることになるか、それとも滑りどめで受けた学校に入ることになるのか、ど ちらになるにしても背後霊団が僕にとって一番良い道を選んでくれるはずだと言う 確信がありました。で、実際その通りになったと、今でも思っています。  だから、皆さんも確信を持ちましょう。「良きに計らわれる」と(^^)。 (ただし、一生懸命やった人だけですよ(^^))  さて、ここからシルバーバーチは、既成の宗教とスピリチュアリズムについて話 し始めます。  シルバーバーチを始めとする高級霊界の霊達は、スピリチュアリズムと他の宗教 を同列には考えていないと明言します。「スピリチュアリズムというのは宇宙の自 然法則そのものなのです。(P.57)」  もちろん他のすべての宗教も最初はそうでした。しかし、時が経つとともに「真 理」の部分が人間的夾雑物に埋もれてしまいました。そこで、今度こそは霊的知識 を地上に根づかせようと、組織的な努力が始められたのです。今までのように単発 的に、ずば抜けた霊格者がひとりだけあらわれて民衆を指導するのではなく、継続 的に且つ世界的規模で、たくさんの霊能者によって霊的真理を根づかせようとして いるわけです。  その時、本来ならその仕事を手伝わねばならないはずのキリスト教陣営は、スピ リチュアリズムに対して激しい敵意をもってあたりました。しかし、真のイエスの 後継者はどちらなのか、答えは明らかです。キリスト教の教えは、イエスが説いた こととは全く無縁のモノになっているからです。   「しかし、そうした激しい抵抗の中にあっても、私たちの説く真理は今や   世界中に広がり、これまで抵抗してきた勢力は退却の一途をたどっており   ます。私たちは現今のキリスト教が基盤としている教説を否認する者です。   愛と正義と慈悲と叡智の根源である大霊が地上人類に対して呪うべき行為   を働くはずがないことを主張する者です。神の怒りを鎮めるのに残酷な流   血の犠牲(イケニエ)が必要であった、などという言い訳は断じて認めません。   いかなる権力をもってしても自然の摂理に介入できたためしは一度もない   ことを主張します。神学の基盤と構造のすべてを否定する者です。なぜな   らば、それは人類の進歩の時計を逆まわりさせ、その狭苦しいひとりよが   りの世界に合わないものはいかなる発見も発明も進歩も拒絶してきたから   です。   (中略)私たちはそのイエスを鼓舞したのと同じ霊の力の直系の後継者と   して、同じ福音、同じ真理を説いている者であることを宣言します。人間   に贖(アガナ)い主はいらないのです。神との仲介者は不要なのです。自分の   荷は自分で背負う義務があり、日々の生活の中の行為によって霊的生命を   高めもすれば傷つけもするのです。内部に神性を宿していることは今も、   そしてこれから先も永遠に変りません。変るのは程度の上下であって、本   質は決して変わりません。向上進化というのはその潜在的神性をより多く   顕現していく過程にほかならないのです。   (中略)   私どもは地上の人々がみずからの力でみずからを救い、死せる過去と訣別   し、精神と霊を物質による奴隷的束縛から解放する方法をお教えするため   に戻ってまいりました。古くからの教えだからといって有難がってはいけ   ない----知的な目をもって真理を探究し、常識に反し理性を反撥させるも   のは一切拒絶しなさい、と申し上げているのです」     (P.59〜61)  新しい時代が到来しつつあるという事でしょう。英国では現在も「心霊治療家連 盟」に所属する治療家の数が増え続けています。交霊会にも、(2〜3年前のサイ キック・ニューズによれば)モーリス・バーバネルやオリバー・ロッジが出現して います。「死」は終わりではないこと、寧ろこの世にいる時間の方が、魂の永遠の 旅の中ではホンの一瞬にすぎないことが常識になりつつあります。(とまで言う と、少し先走りすぎかもしれませんが)   「誤謬と利己主義、迷信と無知、自惚(ウヌボ)れと悪逆無道の勢力を蹴散ら   し過去のものとしなければなりません。    もはやそうしたものが許される時代は終ったのです。真理が理解される   にしたがって暗闇が光明へとその場所を譲ってまいります。人々はその目   を上へ向けて新しい世界の夜明けを待ち望んでおります。新しい世界は新   しい希望と新しい悟りを与えてくれます。    神のみ恵みの多からんことを」               (P.64) △▼△ Paper Birch △▼△ (元発言のタイムスタンプ:mes(13) 95/03/22 02:09) - FARION MES(19):世も末ばなし ★ ぶっ飛び話・罰当たり話 95/12/28 - 769/772 NAG02033 EX RE^2:悪魔レス (19) 95/12/26 20:39 766へのコメント シュメ−ル さん、こんにちは。 fmistyのシリウス関連ですが、確かにそれとあと彼らの言うフォトンベルトについ てもアップした憶えがあります。訳については、すいません、最近そういう本屋に いってなくて・・・ プレ+の二冊目の翻訳が出ましたか。 現存する存在形態が本来の自己の本質から分離する。のくだりは原書「Earth:Pleiad ian Keys To the Living Library」では、 the separation of existing life forms from their essence.となってます。 うーむやはり「時」とは一体なんでしょうか? 確かに自我の想念が自己反芻するためには、「時」という器が必要のようです。 または、様々の「概念」を作り出しているのは誰なのか、というか。 永遠とか実在に、自我が到達した験はないということに、自我はなかなか気付こう としない。というか・・・なんだかよくわからなくなったのでやめておきます。 年の瀬ですが、これから沖縄に行く予定です。家族旅行です。 95/12/26(火) 18:53 EX(NAG02033) 770/772 NAG02033 EX RE:EXさまへ・・・悪魔話の・・・ (19) 95/12/26 20:39 764へのコメント 伊良 武 さん、こんにちは。 自分が誰なのかを問うてみて、「人間」「個人」「肉体」と思っているなら、 つまり自我意識の持ち主ですから(パクリFrom知花俊彦)、自分も含めて、神という か、全体的普遍的な意識から、逸脱しているなあと、いう視点のわたしであったわけ です。 そしてすべての存在はあれであったりこれを持っていたりに関わりなく、まさに事足 りてそのままに安らいでいるのがいいんでは(?)なんておもったりして。 とはいえ、もしかして、黒いしっぽの生えたものとして言われるところの、あれ、の ことを研究してるんでしょうか?それでしたら、目覚めの時も、夢見の時も出くわし たことはないです。なんていってるやつほどあやしいんですよと。 Niftermはいまのところ便利してます。DOS版エアクラフトでやってたPAD作成、ラ イ ブラリ・会議室のリスト取得などスムーズに移行できましたよ。ログブラウザも兼用 なので他から持ってこなくていいので楽ですね。とはいえまだ試用中です。 95/12/26(火) 19:58 EX(NAG02033) 771/772 QZY01267 猫の手 頑張ってね。 (19) 95/12/26 21:43 768へのコメント  追いかけても追いかけても捕まらない。  必死に追い求め、  何とかしようと思い、  追いかけ、追いかけ、追いかけ続け、  なりふり構わず追いかけ続けたけれど、  それは私の手には届かない。     払っても払ってもまとわりついてくる。  必死に払いのけ、  何とかしようともがきにもがき、  はたき落とすべく払いのけ、また払いのけ、  怒りをあらわに払いのけ続けてきたけど、  それは今も私に着いている。    それは  追いかければ追いかけるほど逃げていく。  それは  逃げれば逃げるほどまとわりついてくる。    何故山に登るんだい?  だってそこに山があるんだもん!  何故逃げて行く?  だって追いかけてくるんだもん!  何故まとわりついてくる?  だってだって逃げていくんだもん。    何故そこになくちゃいけないの?  何故そこにあっちゃいけないの?  追いかけるのが歓びならばそれはよい。  逃げるのが楽しみならばそれはよい。  何もそれを「べき」ものにしなくても  何もそれを「ぜったい」にしなくても    追いかければ追いかけるほど  逃げたくなってしまうから  逃げれば逃げるほど  追い回したくなっちゃうのだから。  それに疲れてしまった私は  ひと休み、  ふた休み。  そろそろゆっくり休みたい。  怠けたくなってしまった私は、  放棄して、  何もかも放棄して、  あるがままに任せましょ。    疲れたら帰っていける。  嫌になったら帰っていける。  全てを放棄することで帰っていける。  それをしたくないってことは  まだ頑張れるってことだから。  そうしたくないってことは  やり残してること  沢山あるってことだから。  頑張りなさい。  頑張りなさい。  頑張って、頑張って、頑張り続けなさい。  それが嫌になったなら。  全て投げ出しちゃえばいいんだからね。  私がどうしたくって、  どうするか、  それは全て私の選択だから。  そろそろ全てに疲れて来たから  全てを投げ出して  全てを受け入れて、  そろそろそこに戻りたい。    もっと楽しめる何かがあるならそれはいい。  もっと歓び見出せる何かがあるならそれで良い。  でも私はそろそろ疲れて来たから  私はやり尽くした気がしてきてるから。  そろそろ私は終わりにしたい。  まだ終わりにしたくない連中は連中で勝手にすればよいさ。  まだもっといろいろ味わいたい連中は連中で勝手にすればよいさ。    すべてこの世界は自分で楽しむために  自分で生み出して  自分で造り上げてる世界なんだから。  自分が一番楽しめるようにすればよい。    追いかければ追いかけるほど逃げていく。  逃げれば逃げるほど追いかけてくる。  疲れて疲れて疲れ切って終わりにしたけりゃ  それをやめればいいだけのこと。  それを止めたくないってことはまだ頑張れるってことだから、  頑張りなさい。  頑張りなさい。  好きなだけ頑張りなさい。  そして疲れて、疲れて、疲れ切ったなら。  いつでもいいから戻ってこれるよ。  どこからでもいいから戻ってこれるよ。    私が頑張っているから今世界はあるの。  私が頑張っているからこんな世界になってるの。  私が頑張ること止めたなら  私は私の世界終わらすこと出来る。  あなたが頑張ること止めたなら  あなたはあなたの世界終わらすこと出来る。  いつでもどこでも終わらせられる。  いつでもどこからでも帰っていける。  だから安心していいんだよ。  だから好きなだけ頑張っていいんだよ。  疲れたら全てを受け入れればいいだけのことだから。  終わらせたければあるがままに任せればいいだけだから。  それが嫌なら頑張り続ければいいさ。  頑張って、頑張って、頑張り続ければ良い。  頑張り続けられるってことはまだ大丈夫ってことだから。  この世界をまだ当分味わってればいいんだよ。    じゃあ頑張ってね。       ** QZY01267/『猫の手』 <95/12/26 21:29:54> ** 772/772 QZY01267 猫の手 世界標準時1月1日午前0時 (19) 95/12/28 04:35  やっぱり私は笑うだろ。  やっぱり私は笑ってしまうだろ。  世界標準時1995年12月31日午後12時に  世界標準時1996年1月1日午前0時に  たった一人でも笑うだろ。  誰もいなくても笑うだろ。  もしかしたらどこかにこのこと憶えてて、  もしかしたらどこかでこのこと気になって、  笑ってる誰かがいるかもしれないし。  笑いたい誰かがいるかもしれないのだから。  きっと私は笑うだろ。  忘れず私は笑うだろ。    誰もが本当は笑いたいこと知っている。  誰もが本当は笑えたらいいと思っていること知っている。  だから私はこのとき笑うんだ。  誰か必ず笑っている人いると信じて笑うんだ。  もし笑っているのが私だけならば、  馬鹿な私と思って笑うんだ。  馬鹿な私が他にもいたら面白いと思って笑うんだ。  世界中の誰もが馬鹿になれたら面白いと思って笑うんだ。    世界中の誰もが笑ってその年迎えること出来たなら  その年は目覚めの年となるでしょう。  誰もが笑えたら、と思ってて  誰もが笑いたい、と思ってる。  それは歓びから来る笑い。  それは希望から来る笑い。  誰もが自分だけが笑える世界より、  誰もが笑える世界望んでる。    このイベントのためには何も要らない  なーんにも要らない。  ただ私が笑うだけ。  ただ誰かも笑ってること信じて笑うだけ。  きっといつか誰もが笑えるときが来ると信じて笑うだけ。    誰にも強制しやしない。  誰にも強制される訳もなく。  ただそのとき私は笑うと伝えるだけだから。  誰か物好きがいて、  一緒に笑うこと信じて笑うだけだから。  強制されたら笑えやしない。  命令されたら泣いてしまう。    笑いたいときに希望を持って笑うこと。  笑いたいときに喜び持って笑うこと。  この地球の裏側に  同じような馬鹿がいて、  この海の向こう側に  同じこと考えてる馬鹿がいて、  それを思って  それを信じて笑ってみるの。  馬鹿やってると笑ってくれる人がいればみっけもの。  それだけで一緒に笑うこと出来るから。  それだけで笑いの輪が出来るから。  去年、十人笑ってくれて、  今年、百人笑ってくれて、  来年、千人笑ってくれたなら、  きっとその次の年には一万人、  その次の次の年には十万人、  一緒に笑ってくれる馬鹿が現れてくれるでしょう。  笑ってるときが幸せだから。  歓びもって笑えてるときが幸せだから。  すぐには世界中が笑うこと難しくたって  誰もが笑いたいって知っているから。  誰もが笑える世界、  誰もが望んでること知っているから。  ほんの一瞬だけだって、  世界中で笑ってる瞬間創れたならば、  誰もが幸せ願ってる。  そのこと信じること出来るから。  今年は私一人だけかもしれないけれど。  来年も私一人だけかもしれないけれど。  私はやっぱり笑うでしょう。  アホ面かいて笑うでしょう。  世界標準時12月31日24時  世界標準時1月1日0時    このとき笑ってるの誰ーれ?       ** QZY01267/『猫の手』 <95/12/26 23:22:51> **