「あなたの凍えは焚き火の傍に来ることで解決したか?」と天使 - FARION MES( 5):**/////*/////*/////*/////*/////*/////** 96/02/01 - 00567/00568 GBG02043 維/YUI ひとりごと ( 5) 96/02/01 00:43 スペインを旅しながら、その土地ごとの過去の歴史や、現在の出来事を おりまぜてある、随筆(?)のたぐいの本を読んでいた。 スペインは、なぜだかとても気に入っている土地で、以前二週間程度の めまぐるしいツアーに参加しただけなのだが、その後もことあるごとに 気になっている。 そのくせ、そこの歴史などについては、皆無といえるほどしか知らない。 想像もしなかった殺戮、強奪、裏切り…、そういうものの果てに、今の あの地があるということを、その本を通してほんの少しわかった。 考えてみれば、日本だってそうなのだけれど。 そうでなかった国が あるのだろうか。 人間の欲の陰惨さ、いまさらだけど、背筋が寒い。 その本ではっとした文章が一つあった。 ”そのものがそこにあれば、それは現在である。「歴史」とは現在、である。 歴史上の人物は、昔の人のように思えるが、私は「歴史」の現在にいる。” そう書かれていただけなのだが…。 私は自分が歴史の一部であることをまるっきり忘れている。 歴史とは、その世の流れ全体であり、教科書で学ぶものでも、遠い昔に 想いを馳せるだけのものでもない。この瞬間もそのまま歴史の一片だ。 そして、歴史はそこにあるからこそで、それを改竄するなどということは、 できっこないことだ。どんなにおおいかくしても、けしてなくなりは しない。 そして隠したものは、時を経て表に出てしまうものでは ないか。 もともと無い事柄が、在る事柄を隠し通せるはずがない。。。 そんなことをつらつらと考えてしまった。 維/YUI - FARION MES( 6):ハロー・メッセージ ★ 今日のハロー・メッセージから 96/02/01 - 00639/00639 KFQ02761 しまうま あなたの凍えは解決したか? ( 6) 96/02/01 02:10 :96/02/01 「あなたの凍えは焚き火の傍に来ることで解決したか?」と天使  うーん、シビア〜(^^;。  果たしてこの問いに、凍えた人はどう答えるんでしょうか。「まだ今のとこ ろは暖まっていません。これから暖まるところなのです」とか言うのかな?  「あなたの凍えは焚き火の傍に来ることで解決したか?」というフレーズは、 いろいろ自分に当てはめて考えることができそうです。  なんとなく思うのは、もしかすると「凍え」というのは誰しも内在している 要素なのかもしれない、ということです。よーするに「自分自身で不満な点」 とか、「何とかしたいのに何ともならないこと」とか、「単純に淋しい気持ち」 とかいう、まあ、誰もが心にあるであろう、ちょっとした傷みたいなもの。  それが大きくて自分で持て余してしまうほどの「凍え」であるか、ある程度 自分で処理したり扱ったりすることができる程度の「凍え」であるか、という 違いなのかも知れません。  もっと言ってしまえば、このFARIONという焚き火(ここが焚き火だとすれば、 の話ですが)に集まっている人たち、というのは、それぞれ自分の中に何かし らの“凍え”を見いだした人たちなのかもしれない、と思います(少なくとも、 自分はそうだなー)。  最近のHMを読んでいて感じるのは……この場にいる、ということが大切な わけではぜんぜんなくて、この場とどういう姿勢で関わっているか、というこ とが問われているんだなあ、ということです。「誰々がああいうことをするか ら、もうやめてやる」とか「あの人がこうしてくれるから、ここにいる」とい った、他社依存型の、自分の尻を自分で拭けないような関わり方では、いくら この場にいても暖まることはできないんだろうなー、と思います。多分に自戒 を込めて。   しまうま(KFQ02761) - FARION MES( 7):自分を観る  ★ ARIONを鏡にして 96/02/01 - 06887/06895 HGE02116 MAKOTO RE:自分の痛みについての熟考 ( 7) 96/01/31 22:52 06873へのコメント #6873>プレアデスさん、RESありがとうございます(^^)  プレアデスさんのお気持、何となくわかるような気がします。実の所、私もか なり頭出っかちなんですよ。考えに耽りすぎて、いろんな落し穴に落っこちまく り(^^;)  ただ、それに嫌気がさしちゃったんですよね…(^^;)  私は何をしたいのかしら? やっと本気で、そんな事を考えるようになりまし た。今までも、色々な事を考えてはいたのだけど、どちからと言うと頭の中で完 結させて、行動にはうつさなかった。でも、それでは何も変わらない。思ってい るだけでは、何も変わらないの。今は、少しだけ、そこから踏み出したかなとい う所。本当に、何もかもがこれらからなんですよね(^^;)  私には、偉そうな事は何も言えないのだけど、やっぱりね、痛いときや、辛い 時って、チャンスなんだと思います。どうしようもなく煮詰まってしまった時に 始めて気がつかせてもらった事が、自分の思ってる以上に一杯ありました。真っ 只中にいる時って、苦しくて、情けなくて、どうしようもなくて、本当に苦しい けど、そのぶん、うまく生かさなきゃもったいないと思う(*^_^*)  いろんなできごとに磨かれて、ひと皮もふた皮も剥けていくプレアデスさんの 姿、楽しみにしてます。あはは、こんな事言うとプレッシャーになってしまうか しら(^^;)  それでも、また何か見つかったら、ぜひ教えて下さいね(*^_^*)                          MAKOTO でした☆ 06890/06895 GBG02043 維/YUI その後 ( 7) 96/02/01 00:43 06677へのコメント 又(まだ…カモシレナイ(^^;))、しがらみと自分を育てる場について考えている。 今年になってから、やたらと過去のこと、いろんなことを次々と思い出して いる。嫌なことの方が多い。 臆病でチャンスがあっても手を伸ばせない 人間であったこと。  そんなこんなの日々で、私は他人から指図されるのがものすごく嫌なんだと、 いまさらだけど、気づいた。前は、あんまり好きじゃないくらいに思って いたけれど、これは”あんまり”どころではなくて、”とことん嫌い” なんだと思いついた。 ん〜、そうするとなんでまた、私って昔から指図される状況にいるのだろう? 特に、自分のパートナーなんかについて言えば、あれやれ!これやれ!と 言われるんではないにしても、なぜだか私がやるはめになる相手ばっかり だなぁ〜。”やってあげるわよ”みたいな顔しているのかなぁ…。 そういう相手を選んでいるのも自分だからね…。 ひとつ、そんな中でやったことと言えば、やらなきゃいけなくなった ことがらをひとつひとつやって、その事柄の周辺にまで手をのばし、 自分で仕切るところまで、やれるようになったことがいくつかあった ということぐらい。 それは自分の能力を育てることと言えるかも しれないけど…。  不平不満をため込まずにいるには、不平不満を相手にぶつけないまでも、 伝えるようにしなきゃ、意味ないね。 けどそれをやって、相手が 受けるだけになっちゃったら、それはシーソーみたいなもんで、 何にも解決しない。 ふと、脳裏にかすめることがあるんだけど、自分がお人好しで 受けたことを、なんなくこなしていることってあるんだよね。 友人からみると、そんなことまであんたがやらなくてもいいでしょと 言うようなこと。 そういうこととの違いが何だったのか、うまく 表せない。思い出せない。 感覚だけが記憶されているみたい。 維/YUI 06892/06895 GBG02043 維/YUI あ、どうもどうも。 ( 7) 96/02/01 00:43 06876へのコメント SUKEさん、ありがとうございました。 なんとなくですけど、今年はFARIONの会議室同士の話題の行き来が 活発になるのかなぁ〜なんて、思ったりしていたんで、議長連が その辺了解してるなら、楽ですねっ! 維/YUI - FARION MES( 9):日本魔界巡航 ★ 神と人の関りを探る 96/02/01 - 764/764 JBH00712 桂 桂 RE^2:折口学と菊理姫 ( 9) 96/02/01 01:56 759へのコメント  #759 TAO さん  え〜毎度の毎度の講談師で、発言をしにやってきました〜(^^;  今ひょうたんさんも交えてやっているAMA族談義、日本の民俗学のキーワード から模索していくアレですが、最近本屋でチラリと立ち読みした谷川健一氏の著作 に中々耳目を引く記述を見つけました。  それは海人族(アマ、ですね)の信仰形態には「マムシ」も含まれるということ です。  蝮、これは元の形態を海蛇=蛟(ミズチ)という動物になぞらえているものでして、 何度も脱皮しながら成長して行く生き物に、その生命力の強さと信仰を顕したもの であるらしいとのことです。  これから察するに、例の「サンカ」なのですがこれもまた同じ様に「マムシ信仰」 を持っているのですね〜       タジヒ  サンカの場合ですとこの一族の中に「田治火」という名称(サンカ言葉でもある のですが)が使われていまして、これは部族長のような意味合いで使われていたそ うです。  従来ですとサンカは山にいる者であって、海との関り合いについてはあまり示唆 されておりません。ただ海辺で「ホアカリ(サンカ言葉で家を示す。天幕のような もの)」を作ったりもしていたそうですが。  してみるとサンカもまた海にその起源を求めるのなら、これはこれで非常に面白 そうな考察が出来そうです。  では今回はこの辺で。でわでわ〜 桂 桂(JBH00712) - FARION MES(13):神秘学遊戯団 ★ 限りなき神秘への航海 96/02/01 - 04234/04236 GGA02514 KAZE RE:天使の奏でるハープとしての感情 (13) 96/01/31 15:32 04229へのコメント しまうまさん、どうも。 》 そーかー。そういうときこそ、極端な感情に右往左往させられないように、 》自分を客体視することが必要なんですね。 客体視しながら、操作技術を習得するということでしょう。 よく使われる譬喩に、舟を櫂でこぎながら川をゆくイメージがありますが、 その川がゆるやかでやさしい川なのか、激流なのか、また大きな海で、 たまには台風が襲ってくるのか、そうしたことに応じた、 操舵技術というかそうしたことになるでしょうか。 よく、仏教などで執着を断てとかいって、感情をコントロールするために、 最初から荒れた川には漕ぎ出さないようにすることがありますけど、 そういうのだと、もし激流に遭遇したらおしまいになります^^;。 ですから、まずは「客体視」というように、 自分はどれだけの状況に対することのできるまで成長しているのかを確かめ、 さらにそれに応じた操舵技術を身につけながら、 またそれに甘んじることなく、自分を成長させていくような、 そんな方向性が理想のように思います。 とはいいつつも、もちろん、ぼくも、けっこう客体視が甘かったり、 操舵技術が未熟で沈没寸前になったりといろいろで、なかなか大変です^^;。 》もしかすると天才とか言われる人たちは、自分の「激情や耽溺」を世界の中で 》うまくハーモナイズできちゃう人なのかも……なんて思いました(^^)。 そういうところもあるかもしれませんね^^;。 でも、天才でないぼくのような存在は、やはり、 「激情や耽溺」からは一歩身を置きながら、行きたいものです。 もちろん、たまにはその渦中にいることで学ぶものありますから、 それから逃避してしまうのももったいないですよね^^;。 では(^^)。 ☆☆☆KAZE☆☆☆ 04235/04236 QZD02307 ジョリー RE:「雄叫び」に寄せて (13) 96/01/31 18:40 04230へのコメント KAZE さん、こんにちは。 ううむ、風に伝えておくれって言ったら、KAZEさんに伝わってし  まいましたね(^^)。  いつもながら、KAZEさんの詩は素晴らしいですね。視覚的にも美  しいと思ってしまいます。  ばずかしながら、僕もへたくそな詩をアップしてしまった訳です  が、これに懲りずに今後とも挑戦してみたいと思うしだいであり  ます(^^;)。 (ボキャブラリーも増やさねば。)  早々と、でわでわ(^^)/。          ジョリー - FARION MES(14):預言解読村  ★ 預言・予言は何を語るか 96/02/01 - 03612/03617 HQK00566 SOUND RE:「炎で書いた物語」第三章、 (14) 96/01/31 17:30 03599へのコメント      「炎で書いた物語」第三章       (IN SEARCH OF THE LOST ARK)      (イン サーチ オブ ザ ロスト アーク)       「失われたアークを求めて」(その2)          前回、  「 (IN SEARCH OF THE NOAH'S ARK)(イン サーチ オブ ザ ノア ズ アーク)という30分の科学ドキュメンタリーシリーズがあった事を思い出した。」 と書いたが  正しい題名は (IN SEARCH OF NOAH'S ARK)(イン・ サーチ・オブ・ノアズ・アー ク)で  THEが入ってなかったかも知れない。  バンドの名前などの場合もTHE付きだったかどうか、記憶があやふやになって困る ことがある。  中学で習ったはずのTHEの使い方がいまだによくわからない。            ********************    昨日、ぽくはよろめいてこけた。  だれにも見られていないかと辺りを見回して 何事もなかったように立ち上がると ズボンの右膝が破れてしまっていた。 皮膚も破れてひどく出血していることに気がついた。 久しぶりに自分の体の中を流れる血の色をまじまじと見た。 まるでぼくに血を見させるための転倒のように思った。 >> 94/06/04 解かれた封印から赤い色を頼りに、隔り世から鬼が来る… >>94/06/05 解かれた封印から血の色を頼りに、あなたの心から鬼が出る… 前章では心から魂魄、百鬼という鬼が出たが、今回は 赤い血の色を頼りに隔り世から鬼が来ようとしているらしい。 >>95/01/06 虹色三角は、緋と藍の交点を頂にした光と闇の三角が用意される 見上げれば、ぼくの上には青空がひろがる。そして、 体の中には、赤い血が流れる。 その青と赤を隔てる交点にあるものは黄色い皮膚にほかならない、と思いついた。 しかし、皮膚の色は人種によって違うのでもっとよく考えなければならない。 ぼくはこの思いつきから人体について考え出した。 ギリシャの哲人は 大宇宙をマクロコスモス 人体をミクロコスモスと呼んだ。 つまり人体は大宇宙の雛型である。 人体を見れば大宇宙もわかるはずだ。 >> 05/13 赤い横線3本の中央に直角に交わる群青の線1本‥浅黄色の裏地‥ >> 05/14 浅黄が萌黄に変わり、朱鷺色の枢軸の輝き増す頃、新たなる決意を  このハロー・メッセージを人体に当てはめて考える。 浅黄色の裏地とは皮膚の裏の脂肪のことらしい。萌黄は青と黄の中間の色。 皮膚の裏を通る青で示される静脈と浅黄の脂肪が透けて混ざって萌黄になる。  朱鷺色は薄桃色の肉色を指すらしい。本当の枢軸は骨で白。  朱鷺色が輝きを増して桃色になる。それは百色のこと。  骨の白に一を加えた色である。  と考えが進む。   それでは、 人体のどこが太陽にあたるのか。 ゲーテは色彩論のなかで 眼こそが太陽だといった。 眼がすべてのものに光を与える。 眼がなければすべては闇に過ぎない。 眼は二つあるが両眼とも太陽なのか。 「イザナギ尊の左目から アマテラス(日)が生まれ 右目からツクヨミ(月)が生まれた」 ということから考えれば左目が日であり右目が月を象徴しているのだろう。 しかし、それはイザナギ、イザナミの二尊のマグワイによって生まれたアマテラス ではない。 >> 94/06/04 解かれた封印から赤い色を頼りに、隔り世から鬼が来る… のように地表を象徴する皮膚の下に広がる赤い世界を隔り世になぞらえて考える。 そこは赤い 血潮の流れる世界である。 >>95/05/12 始動。海龍王は容赦せず。赤き盟友は太古の力を露に‥。待機せよ 現実界では青い潮の海流が流れ、海龍王は海流王、血潮の流れを司る王のようだ。 赤い血モ(ノリス)が太古の力をあらわにするときが来たので用意してまたねばなら ない。 身体や臓器類は肉であるため月(ニクヅキ)に支配される。  胸、腿、胃腸、肝腎臓、書き出せばきりがない。 さて、それではその肉体の隔り世の統率者はどこに座するのだろう。 高天原(タカマガハラあるいはタカアマハラ) というからにはやはり、ハラなのだろう。 ハラの内の場所を特定すれば、それは臍下丹田となる。 古来、そこが気の中心とされる。 >>95/11/09はじかみの色立つ午後、酒匂(サカワ)の戒めが解かれる…十種神宝 ここでやっとこのハロー・メッセージに戻る。 はじかみ=端神とすると最後のくくりの神様ともとれる。 九九理で考えるために九*九の将棋盤を使おう。 午後は五五なので、将棋盤の中央の地点。「田」の字の中心点。 俗に都と呼ばれるヘソの位置。都=霊家壷、天子様のおわすところ。 >> 94/06/14 94/07/02…黄泉の壷は映し世に向けて  このハロー・メッセージでは黄泉の壷と表現されている。 将棋盤は九*九=八十一枡の盤で その中央を都と呼び、 そこに王を追い込み詰むと都詰め、 九九の端で詰むと俗に雪隠詰めと言う。 将棋盤をお持ちなら確かめていただきたい。 都、五五の位置から どの方向に進んでも四舛ずつの世界が広がる合計八十一舛の 平面宇宙。 この二次元平面の世界を立体にして九九理の宇宙として考えれば 水平、垂直、斜めの端のどこから数えても五の点がヘソになる。 中心を示すヘソということばから考えれば 「平」のソの指すところは、十の結び目である。   黄泉平坂(よもつひらさか)の黄泉をヨミと読まず、四方(ヨモ)と読むのは 中心五五から四方八方に四舛ずつに広がる九九=八十一舛の平らな坂を示してい るようだ。   「平」を分解すれば八十一の数霊が浮き上がる仕掛けになっている。一八十(い わと)ともとれるし、どうも岩戸開きとは、黄泉平坂が開くことらしい。   平坂=平逆と考えて「平」の字を逆にすると十の世界、神界から斜めの八の坂を 降りてきたイザナギ尊の目の前を岩戸が塞ぐ。その先は見えない。   前回、埋没していた文字「黄」を掘り出してはじかみの色とは黄色と推理した。 九九=八十一枡の平面の真ん中に黄色が立つということになる。 はじにおられた九九理の神様が宇宙の中心の都に立たれたとき 酒匂(サカワ)の戒めが解かれるという。 サカワ=逆吾 すなわち、逆さになっている「吾」の文字の戒めが解かれる。 、「吾」の五の下の口。 本来、そこを中心に宇宙は縦横に回転するのだが、そこには空の口があるだけだっ た。  >>95/02/14 幽遠(ユウオン)に木霊(コダマ)する「ハジカミバシ」の音、桜咲く頃、壷の中‥ >>95/10/25 霧の晴れた「木霊谷(エコーバレー)」には、人の住まぬ家がただ一つ  このハロー・メッセージの持つ寂しいイメージを重ねると  エコーバレー=回向谷でそれぞれの文字霊の回転の中の口の虚ろさが見える。  本来は人が住むはずの家に人がいない。  みやこ=霊家壺  その人とは人=一の数霊  口の中心に一が入ることによって完全な宇宙が現出するように思える。      まだ、うまくまとまりがつかないのでこの項は次回に持ち越そう。         (つづく)       ♪♪音(SOUND) ♪♪ 03613/03617 VFB01471 たくや 動物に埋め込まれたマイクロチップ (14) 96/01/31 21:39 コメント数:1 みなさん初めまして。たくやと申します。よろしくお願いします。 以前から、予言本などが好きで、ノストラダムス関係本なぞを読んでおりました。 素人ですが、よろしくお願いします。 さて、ここに書き込んでいいものかわかりませんが、最近きになった、 ニュースがアメリカからありまして、書き込みをしようと思いました。 今朝、ラジオ(BAYFM)を聞いていたところこんなニュースがありました。 「今度、動物(ペット等)に迷子になった際、識別できるよう、  マイクロチップを埋め込むことになった。このマイクロチップに  機械をかざすと、血液型、住所、犬の種類、電話番号などがすべてわかる  ようになる。このマイクロチップは米粒大であり、超小型。  これを制作しているのは3社あり、識別方法が違うため、  争っている。この三社すべてのペットのデーターは一つにまとめている・・」 といった内容でした。 ようするに、ペット一つ一つにマイクロチップを埋め込むわけです。 このニュースを聞いたとたん、ある本が浮かびました。 すみませんがその本の題名は忘れてしまったのですが、オニズカ氏の 本だったと思います。内容は悪魔の陰謀みたいな内容だったのですが、 こういった内容でした。 「将来、人類はある印をそれぞれに埋め込まれることになる。  それは凄く小型のマイクロチップで、それをかざすだけで、  その人の住所、血液型、等々、ありとあらゆる情報が  ひきだせることになる。そのチップにはある番号が書かれており、  それにより、完全管理ができるようになる。また、銀行の引き落とし、  等もそれで出来るため、人々は進んで受け入れる・・。」 「だがそれは非常に危険である。そのチップは指示を出すと溶けて  殺すことも可能であるからだ。また、これこそが、ヨハネの  モクシロクに書かれている悪魔の刻印666であり、  そのチップこそがその証明である・・・」と。 僕は、この文章を読んだ時、「なにいってんだろ、チップなんか入れたら 痛いよ。第一でかくて無理だよ。」と考えて遠い先の事と考えていました。 しかし、そのチップが米粒大であり、すでにペットで実用化されて いることを知り、愕然としたんです。ペットで可能ということは、 いつでも、人間に応用可能だからです。 ここからは僕の推測なんですが、僕はすでに軍用、つまり兵隊には実行直前か、 実行されているとみています。また一般にも応用を考えているでしょう。 手をかざすだけで、ショッピングも鉄道も高速道路も行ければ、 人々は喜んで埋め込みに参加するでしょう。だって持ち運ばなくていいのだから。 僕はぜったい嫌ですけどね(^_^;)。 こういう予言をみていると、某宗教団体のように、予言があるから、 無理やり実行するタイプと、予言の通りに実際に動いていること。 これはどちらなんでしょう・・・。でも予言の通りには絶対進んで欲しく ないです。これどう思いますか?                              たくや。 03615/03617 VFB01471 たくや RE:動物に埋め込まれたマイクロチップ (14) 96/01/31 21:51 03613へのコメント あ、正確には、「ペットにそういった商品が売り出された。」というニュース です。オーナーには好評とのことです(^_^;)。                               たくや - FARION MES(15):マホロバ誕生 ★ 大和魂復活のために 96/02/01 - 00497/00501 PXY03747 諏訪みのる RE^2:満員電車での事…割りコメです。 (15) 96/02/01 02:08 00489へのコメント   #489 ぷんすかさん、こんにちは。    >>あなたの割りコメを拝見して気がラクになりました。ふぅ・・ >>「偽善者」と言われるのを異常に恐れていたのでしょうか。 いえ^^:)、元来が臆病者で、 放っておくと、つまらない事を いつまでもウジウジ引きずってしまう質なもんで、 いわば保身の為の防衛反応だとも思っているんです。(^^;) 「偽善」に関して言へば、 実は、「善」そのものについて理解が及んでおりませんでして、 たとえば『余計なお世話!』って思われるような行為でも、 行為自体は善なのか、そうではないのか…なんて考えてたら、 眠れなくなる^^;)ばかりか、何もできなくなってしまうんです。 だから…って訳ではないのですが、 人が 誰か(何か)に対して建設的に見える行為をするのを目にした時、 その行為が偽善のなせるものなのかどうか…って考えるよりも、 その行為そのものに関心を持つようになってきました。 そして、善か そうではないかは解らなくても、 おしなべて『宜しかろう』と感じる事は、 とにかくやってみるべきなんじゃないかナァと思うようになったんです。 ですから、「批判する」なんて 畏れ多いくらいですし、 私程度の若輩者の“物差し”なんて たかが知れてますから…。(^^;) >>すわさんありがとう。SWANのようにはばたいてくださいね。 あはは、ありがとうございます。(^^) どこへ向かってはばたきましょうか…。 はばたく前に、まずは減量しなくてはネ。(^^;) 隆さん(Mes.13の副議長さん)曰く、「みのる♪さんは巨大だから…」 でわ、では。(^^)              みのる♪デシタ。 00499/00501 PXY03747 諏訪みのる RE^2:満員電車での事…割りコメです。 (15) 96/02/01 02:09 00495へのコメント   #495 まるにちょんさん、こんにちは。    >> ううむ、「何事も勉強だ」良い言葉ですね。(^_^) はい。(^^) 人が「十人十色」であるように、様々な現象も 時と場合や場所によって、 似たように見えても微妙に(あるいは大きく)違いますよね。 仕事にしてもそうですし、そう考えると、 生きている限り、目に映るものは いつも目新らしいものとも言えますし、 意識して それらをみつめることができれば、 それら一つ一つが成長の糧と成り得るんだなぁ…と最近特に思います。 ただ、これが、その場しのぎの、 いい加減に生きる事の“逃げ口上”に成らないようにと気を付けてはいますが。 >> むきになると確かに自分で訳が分からなくなってしまうことってありますね、 >>僕には(^^;。 あっ、私も その口です。(^^;)オナカマ オナカマ 上辺だけでなく、本当に身に付いたものであれば、 どんな方向から攻められても的確な返答ができるんじゃないかなと思いますが、 知ったかぶりだったり、単なるイメージ的なものとしてしか頭に無い場合には、 それこそ まるにちょんさんのおっしゃる足下に支えが無いのと同じですから、 いとも簡単に化けの皮が剥がされてしまうんですね。 私が 受け流そう、受け流そうとする心の背景には、 どうも こうした災難^^;)から回避しようとする臆病さがあるようで、 決して自分に自信があるからではないと思います。情けない事ですが…。 それに、議論するのが苦手…というか、億劫なんです。キライジャナインデスガ こんなことではイカンと思うのですが、なかなか・・・ねぇ。(^^;)コマッタチャン デス 論理に耐えられない軟弱な脳味噌しか持ち合わせていないんですね、実際は。 でわ、では。(^^)              みのる♪デシタ。 00498/00501 PXY03747 諏訪みのる RE^4:満員電車での事(ぼやきでおます(^ (15) 96/02/01 02:09 00494へのコメント   #494 まるにちょんさん、再び こんにちは。(^^)    >> 実際に対面して、話をする分には、言葉のニュアンスだとか相手の仕草だと >>かで、言わんとすることを理解できたりもしますが、パソ通では、相手が見えず >>書かれた言葉しかありませんので、そこに憶測が入ったりすると行間読みまくり >>状態になって、とんでもない誤解が生じたりします。 そうですね、私もパソ通という経験を持って初めて、 文字のみの会話というものの難しさを知る事ができました。 文章での会話の欠点の一つですよね。 反面、都合の良い面も多々ありますよね。 いくら大きな反感や怒りを持たれたとしても、 殴られて、直に身体を傷つけられる心配は無い。(^^) …まぁ、これは冗談半分ですが、 例えば、思いを文字に置き換える際にも、また、実際に文章を相手に送る際にも、 その過程に於いて、いくらでも言葉を選び直したり、削除したりできますよね。 つまり言葉での会話に置き換えてみると、 前言を全くの御破算にして白紙に戻し、 何事も無かったかのように(相手の記憶を消し)、 言葉を変えたり削除したり…というような事ができてしまうという事です。(^^;) 実は、普段の日常の会話でも、セリフとセリフの間の ごく短時間の合間に、 頭の中で、これと似たような過程を踏んでいる訳なんですが、 なにしろ会話にはテンポっていうものが必要ですから、 ついつい 言葉選りのチェック機能による制御が働かないうちに、 心の内そのまんまが口をついて言葉として外へ流れ出てしまう事があります。 世間では これを「口を滑らす」って言いますよね。(^^;) 『覆水、盆に返らず』っていう格言がありますが、 一旦口に出した言葉は、取り返しようがありませんから、 一言言うのも難しいんですよね。 この点、言葉での会話と違って、文章での会話に於いては、 そういった「口を滑らせる」といった問題は比較的回避しやすいですね。 ある意味で“本音を語る”という趣旨からは遠ざかる可能性はありますが、 無用な(あくまでも無用な)誤解や反感を持たれる事態を回避しながら、 なおかつ「本音を語る」って事は十分可能だと思いますから、 こうしたパソ通のような文章による会話形態っていうのは、 言葉での会話では得られないような違った長所を持っていると思います。 『朝まで生◯◯◯』とかいう様な討論番組がありますよね。 あれは言葉での会話の典型だと思うのですが、 論者個人の本音や程度が現われやすく、それが面白くて時々拝見するのですが、 ボルテージが高まる(興奮する)と言葉選りの機能制御がきかなくなってきて、 時には全く論旨から逸脱した中身の無い痴話喧嘩に成り果ててしまう事があります。 そんな時、貴重な睡眠時間を削ってまでして見ている自分にとって、 あのような中身の無い痴話喧嘩に付き合わされるのは懲り懲りだと思う訳です。 あれが、言葉による会話の欠点の一つなんじゃないかと思ったりしています。(^^;) でわ、では。(^^)              みのる♪デシタ。 00500/00501 KHC01313 まるにちょん RE:「悪の計画」 学と神力の戦い (15) 96/02/01 02:09 00492へのコメント  #492 KAZE さん まいどどうもー。(^_^)  はあ、KAZEさんが天邪鬼ですって?  ちょっとにわかには信じられないなぁ(-_-)ウタグリノマナコ  僕が思うところ、KAZEさんは、何でも鵜呑みにするのでは無くって、ご自身 の身に付くようによく咀嚼しておられるように見えますね。  だからいろんな切り口からのお考えを展開をされているのではないでしょう か?(間違っていたら御免なさい) 僕に関して言えば、とことんひねくれた性格でして、素直じゃなかったし、 今もすぐに理屈で物事を考えてしまいがちですね、しかも思いこみが多いとい うか(^^;  これでも少しはましになるように努力が必要です(^^;  ああっと、何で素直じゃないのかを先に観ることを忘れないようにしなきゃ… >> しかし、あえていえば、そういう素直さをいいわけにして、 >> 物事をちゃんと認識しようとしないムード派と >> 物事にとらわれないで何からでも学んでいこうという姿勢とは >> よく混同されがちですから気をつけたいですね。 同感です。 何でも受け入れれば、それが素直であるというのはおかしいですね。 それこそ思考停止になりかねない。 自分で物事を考えないこと=素直、では無いはずです。  物事に囚われないことは、やはり難しいことだけど、そのように心がけて、 何でも自分の身となり血となるような真摯な姿勢でありたいです。 >> そういう素直さを言い訳にしない虚心な自助努力こそが >> 必要なのだと思うのです。 「溺れず、浸らず、流されず」と言う言葉を思い出しました。 これを生活の上で、常に円筒に念頭に置いておけば、素直さ自体が言い訳に なることもでしょうね。  僕は全くと言っていいほど、これがていない(^^; 日々日々の鍛錬を心がけたいと思います。  日月神示で遊んでしまうなんてKAZEさんらしいですね。(^_^)  KAZEさんの解釈を読んで気が付いたんですが、  日月神示は、結果が先にあって、そうすればそうなるとかのノウハウ部分は あまりありません。  結果に至る過程は、人間個人個人に任せられているようです。  故に奥深いものなんですよね。  だから、KAZEさんのように、結論に至る過程や書かれてあることの裏返しも 解釈していくことが凄く大切なことなんですね。 理屈も持つ本質も知らないで、単に日月神示に書かれているからと言って、 理屈はダメだと思ってはイケナイ。  神キチガイになって肝心の人間業が疎かになっては、神の器として失格である ということでしょうね。 >> 理屈を越える魂の力が求められているのではないでしょうか。 >> 素直でありながら素直さに甘え、依存しないようでありたいですね。 そうだと思いますね。 僕自身心しなければと思います。 では、また。                   まるにちょん、○ゝ 00501/00501 KHC01313 まるにちょん RE:真に受けていいですよ>たあぼうさん (15) 96/02/01 02:10 00496へのコメント #469 たあぼうさん 早速の持論の展開ありがとう。 で、僕なりにコメントしますね。  たあぼうさんの持論って、ユニークですね(^_^)  正直に言うと目が(・O・)状態になって、へーそう言うことも言えるんだと 思いました。  僕も確かなこと言えないんだけども、  人間って、肉体はカミのワケミタマ(分魂)を入れる器で、その魂の経験値 を上げてよりよく成長させるものだと考えています。  魂も肉体も共に、カミが現象界で何らかの表現(目的)をするため創ったの ではないかと考えます。  カミさまのことはよく分かりませんが、僕たちを時に優しく時に厳しく見守 り鍛えてくれる存在ではないかと思います。愛そのものなんだと思います。  サタンについてもよく分かりませんが、なんだか人間の悪想念が累積して、 悪意そのものが一人歩きしているような感じですね。  しかし、このサタンも人間にとってなにか重要な意味があると思います。  例えば反面教師だとか(^^; 人間をカミとサタン(もしくは悪魔)の役割と言うかそれぞれの持つ意味を考 えることがあります。  たいきゅうさんはこの関係をどう捉えていますか? - FARION MES(19):世も末ばなし ★ ぶっ飛び話・罰当たり話 96/02/01 - 801/801 QZY01267 猫の手 寂しがり屋の甘えん坊 (19) 96/01/31 21:21  私はとっても寂しがり屋で  私はとっても甘えん坊。  私はずうっと寂しさ抱えてきてしまってたから  私はずうっと甘えること出来ずに来てしまったから    いつも、  甘えちゃいけないと頑張ってきた。  いつも、  責任とらなきゃいけないと頑張ってきた。  いつも、  義務感に囚われて、  いつも、  正義の使者になること夢見てた。    厳しく、厳しく自制して、  厳しいことで  幸せな社会実現すると信じてた。  甘えた奴には  厳しい罰が必要と信じてた。    霊性なんてこと  全く信じちゃいなかった。  カルマなんてこと  全くバカにしきってた。    厳しいことが良いことで  甘えることは悪いこと。  厳しく厳しく生きていき  その上で  ご褒美がもらえて、  安らぎがもたらされる。  そう信じてた。    甘えてばかり居る奴は役立たず、  生きる価値などない。  と思ってた。  努力しない奴は能無しで、  堕落していく。  そう信じてた。    だから自分にも他人にも  厳しく、厳しく。  成果を上げない限り、  厳しく、厳しく。  思いっきり厳しく生きてきた。    ところがどうしたことか、  成果を上げようと思っても、  成果を上げられない自分に出くわした。  嫌気がさして、  投げ出したい気持ちがあっても  厳しさが足りないからと  自分にむち打ち、  それでも成果を上げられず。  益々成果が上げられず、  自己嫌悪の世界に落ちてった。    いいかげんな自分をむち打ち続け、  不真面目な奴等を毛嫌いし、  偏差値の高さに憧れて、  スピンアウトした連中を見下していた。    そしていつの間にか、  自分自身がスピンアウトしてしまい。  そうなった理由を社会に見い出して、  こんどは、  そういう社会を非難して、  いつもいつも  自分を正当化してきてた。    あるとき、  友達に誘われて  息詰まって苦しんでいるときに  友達に誘われて  自己啓発のセミナー受けた。  それが自分に向き合う最初の出来事。    その後、 「怠けものの悟りかた」  なんて本を紹介されて  これまた感動し、  それを訳した山川夫妻の講演を聴くために 「アウト・オン・ア・リム」  なんて本を読んだのが  精神世界への入り口だった。    そう私も  月並みに、  そう私も  多くの誰かと同じように、  そのきっかけは大したことないの。  その辺の誰かとちっとも変わりはしない。    そして私は、  戦争が終わって  共産党員になった人が多く居たように、  時計の針が右から左に振れるように、  縛られていた世界から  縛られるのを嫌う世界に  振れ戻してしまったの。    そう、  私は自分が  極端から反対側の極端へ  振れていること知っている。    そう、  右が正しいか、  左が正しいか、  それを論じている内は、  それがどちらに振れようと、  どちらも同じものに囚われていること知っている。    そうだから、  私はそのどちらにも  囚われることのない、  第三の道を探しているの。  オルタナティブな道探しているの。    そうすることで  私は自由になっていくって知っている。    だから私は  寂しい自分を意識しつつ、  甘えん坊の自分を意識しつつ、    誰かに媚びを売るわけでもなく、  誰かとの関わりを投げ出すわけでもなく。  厳しく生きることに囚われず、  甘えることに執着せず、    感覚を研ぎ済ませ、  怖れを洗い流し、  このとき、  この瞬間に、  大切なこと。  このとき、  この瞬間に、  必要なこと。  それができるような  私になってくの。    そう私は、  そこら辺の  誰とも同んなじ私。  そう私は  どこにでも居る。  そういう私。    べつにチャネリングができるわけでもなく。  人のオーラが見えるわけでもなく。  お化けや幽霊が見えるわけでもない。  ましてや未来を見通すことなどできるわけでもない。  どこにでも居る普通の私。    そういう私が、  こんなこと想うようになったことが大切なの。  そういう私が、  誰もが手にできる  当たり前に手にできる  ありふれた情報を元に、  精一杯、  誠心誠意、精一杯、  考え尽くしたことが大切だったの。    何事も信じ込まず。  一つ一つのその意図を確認し、  本来の意図に想いを巡らせ、  投げ出すことなく問続け、  希望的観測に寄らず、  冷静に冷静に判断してきただけのこと。    その上で、  私は最後の土壇場で、  起こる何かに期待しているの。    たとえそれが起こらなくても  幸せ築けるようにして。  私自身が幸せ感じる  誰も彼も、何もかもが幸せな時が  いつかくること信じて。       ** QZY01267/『猫の手』 <96/01/30 22:34:01> **