「そうか?…では、これを見よ」と天使は剣に手を掛けた。 - FARION MES( 3):Media Talk ◆ 本/映画/音楽を語る 96/02/05 - 01189/01190 PAG03543 NOISE RE^3:友川かずき ( 3) 96/02/04 21:36 01170へのコメント コメント数:1 どうも しまうまさん >> 「表現」が「祈り」や「呪文」である、という言葉を聞いて、やっぱこの人 >>って芸術による自己表現しないと生きてけない人なんだなー、となんとなく思 >>いました(^^)。 そうそう、自己表現が即この人の「生きる」こと。 でもなかなかそれで飯を食ってはいけないし、家族への仕送りもできない。 アルバムだってそんなに売れないから、出した端から廃盤。 最高に売れたのが『花々の過失』PSFD-29で、1.500枚が売り切れ、 初めての再プレス。 この時はさすがに喜んでいましたが、今はどうかわからないけど、 数年前までは食えなくなると土方をやったりしていました。 さて、この下に「友川=スサノヲ説」なる顰蹙モノをアップしますので、 笑ってやってください。 01190/01190 PAG03543 NOISE 友川=スサノヲ説 ( 3) 96/02/05 00:41 01189へのコメント  生と死の、肉体と魂の、狂気と正気の、現界と異界の境界を往来するシャーマ ン、またはマレビト、のような友川とその歌。  しかし、憑かれたように歌う友川のエネルギーの源泉、友川を突き動かしてい るモノの正体、そして、どうして自分がこの男に、こんなにも惹かれてしまうの かということが、いまひとつわからなかった。  その疑問を解きほぐす鍵が中原詩郎さんの文章(#1166)であり、そしてもう一つ の鍵が『初期傑作集』23JC-457に贈った大島渚のライナーの一節。 ********** 限りない激しさと限りない優しさが友川のうたの中に同居している。限りなく 繊細な詩のことばと限りなく露骨な日常のことばが友川のうたの中に同居して いる。 ………… 友川かずきのうたが胸にしみいるとしたら、きみは幸せだと思え。涙があふれ たら、きみは選ばれた人間だと思え。君にもまだ無償の愛に感応する心が残っ ていたのだ。無償の愛がまだこの人の世に存在すること。それこそが友川が身 をもってあがない、あかしてくれたことなのだ。                               **********  この文章を読み返して連想したのは、スサノヲ。  鎌田東二はスサノヲの二面性をつぎのように語る。 ********** スサノヲが智慧と残虐、あるいは無垢と暴力、あるいは荒魂と和魂という一見 相反するかにみえる両極の双結者であることはすでにくりかえしのべたとおり である。このようなスサノヲの双結性がつねに笑いや朗らかな諧謔とともにあ  ることを私は興味深く思っている。スサノヲの暴力性や残虐性は、笑いや諧謔  あるいは荒唐無稽さや滑稽さによってやわらかにたわめられている。スサノヲ  には、根源的なヴァイオレンスと清明さ・純真さがあるが、それはエロスの  二面性である。……。 『翁童論』新曜社より                               **********  この一節は、まるで友川のことを語っているかのように、自分には写る。  友川が深く傾倒した中原中也もまた、過激さと繊細を秘めて逝った詩人であっ たが、限りない激しさと、限りない優しさをあわせもち、あきれるほど純粋で、 誰かに「自己顕示欲を芸にしたピエロ」と表された友川に、贖罪神であり、トリッ クスターでもあったスサノヲの面影を垣間見るのは穿ちすぎか。  ライブでの過激で泣きいさちるような歌の緊張は、間合いに語られるユーモア と笑いによって、やわらかにたわめられている。  そしてもう一つの符合が、地霊。  友川が生まれたのは男鹿半島の付け根、八郎潟の北端に位置する八竜村(今は 町)。  八竜とは、そもそもスサノヲが退治したヤマタノオロチであり、八郎潟は八竜 湖と呼ばれていた。これが八郎太郎伝説のルーツだろう。  琵琶湖に次ぐ大湖であった八郎潟は先見の無い国策により干拓され、わずかな 残存湖を残すのみになってしまったが、周囲には縄文遺跡が散在し、魚介類、鳥 獣類の宝庫であり、生活の糧となっていた。  かつては鹿の生息した男鹿は、古くは恩荷と表記されている。  恩荷(オンガ)は蝦夷の族名、または族長の名であり、この蝦夷の住む浦がオガ とよばれた。  八竜から春来る鬼(ナマハゲ)の住む信仰の山を、右手に南下し、潟の下まで来 ると、天王という町があり、駅から数分の場所にスサノヲを祭神と奉る東湖八坂 神社、別名・牛頭天王社が鎮座する。  この神社に伝わる、スサノヲに扮する男が酒辺屋という部屋に籠り、スサノヲ の神格を身に付けトランス状態で牛に乗って練り歩く牛乗り、蜘蛛舞いなどの一 連のスサノヲに関する神事は、他に類例のない貴重なものだという。  余談になるが、ナマハゲの由来の一つにタタラ説がある。  ナマハゲは「生身剥ぎ・なもみはぎ」が語源。寒中に火にあたり、脛が赤く低 温火傷のあとが残った赤班(なもみ)を剥ぎにくる鬼、ということになっている。  囲炉裏から離れず怠けていたり、泣いているこどもに、「山からナマハゲ来る ど」と脅すと、大晦日にやってきて「怠けものはいねがぁ。泣く子はいねがぁ」 と奇声を発した鬼の恐ろしさを思い出し、囲炉裏を離れ、泣きやむというわけ。  今時は囲炉裏もないし、こんな子供もいないだろうが……。 しかし、火傷の赤班はタタラ師の勲章であり、蓑はタタラ師が火を避ける装束、 片手に提げた水桶も必需品だ。  「鬼」は友川の歌詞の中にも度々登場する。ある歌では「鬼の首に巻かれた血 糊のついた輪っか」と「井戸の底で泣く神さま」を幻視する。  スサノヲと龍と鬼の伝説の残る八郎潟周辺は、遥かいにしえに出雲族が海路で 到来した地なのだろうか。  こんな風土のもとに友川は生まれ育った。  これが友川が愛憎した「見棄てられし夢」の故郷だ。  「八雲たつ出雲八重垣……」と歌った日本詩歌の祖であるスサノヲは、あらた なヤマタノオロチの闊歩する現代に、一人の男を依り代として、詩歌もって荒ぶ る言霊の剣を揮っている、のかもしれない。 ********** 友川は歌なぞ歌ってはいない。ましてや叫んでもいない。反語を弄しているの ではない、事実である。言語化し得ぬもの、叫びにならぬ叫びを発し放ってい る。悲界の闇に。    梅崎幸吉『まぼろしと遊ぶ』PSFD-43 ライナーより                               ********** - FARION MES( 6):ハロー・メッセージ ★ 今日のハロー・メッセージから 96/02/05 - 00644/00645 HGE02116 MAKOTO うおぉ〜い(^。^) ( 6) 96/02/04 22:44 コメント数:1 >「そうか?…では、これを見よ」と天使は剣に手を掛けた。  剣が出た、剣が出た(゚-゚)                         MAKOTO でした☆ 00645/00645 KFQ02761 しまうま RE:うおぉ〜い(^。^) ( 6) 96/02/05 08:45 00644へのコメント #00644 MAKOTOさん  こんにちは(^^)。 |剣が出た、剣が出た(゚-゚)  ついに出ましたね〜(^^)>剣。アマデウスさん(でしたよね?)の予想大的 中! うーん、この剣、果たしてどう使われるのか……。   しまうま(KFQ02761) - FARION MES( 7):自分を観る  ★ ARIONを鏡にして 96/02/05 - 06904/06904 QZS02151 WA 人間が生きる意味は? ( 7) 96/02/05 00:46 みなさん、はじめまして、WAと申します(^^) こんな事を書いてもいいのかどうか解りませんが・・・ ここ1カ月、このボードを読ませていただきまして、思い切って私が、 最近考えている事を、少し書こうかと思います。 昨年、たまたま精神的世界を知り、色々考えたり体験した事です。 人間の生きる意味は、魂を磨くためだと思います。 それは、富や名声を得ることでも、自己の欲求を満たすことでもないと 思っています。 よく、比喩で用いられる”舞台”を例にとっていわさせてもらえば、 主役、脇役、その他大勢、裏方、たくさんの人たちがいます。 なかには、欲の多い人もいて、自分こそ主役でありたいと願う人もいる でしょう。 このような人がたくさんいれば、調和が乱れます。 これは、人間界にもいえることだと思っています。 そこで、己自身を知ることが、大切かと思います。 一人一人が、自分の立場をしり、与えられた使命を感謝の気持ちを持って、 全うすることが、自分の魂を磨くことだと考えています。 なにしろ、死んだあとにもって帰れるのは、魂だけだと思っていますので(^^; 魂を磨く一歩は、自分を幸せに感じる事だと考えています。 だれもが、自分を幸せにする権利があると思っています。 ただ、これは、義務ではありませんので、実行するかしないかは、自由です。 その為には、現在の自分を好きになることだと思います。 もちろん、人間には、長所も欠点もありますから、それをひっくるめて、 自分を肯定する(好きになる)ことが、必要かと思います。 これは、いっけん難しそうに思われるかもしれませんが、わりと簡単です。 一日一回でも、自分は最高、やれば出来る、私は全てを愛せる、全ての事に 感謝している、自分は魂を磨くんだ等と、自分に、言ってあげれば、だんだ んとマイナス思考が、少なくなってきます。(自己暗示ですね) 特に、マイナス思考になってしまった時には、効果があります。 私は、この方法でやっていますが、他もあるかもしれませんね(^^) 自分がだんだん好きになっていくと、自然と全ての事に感謝する気持ちが、 わいてくると思います。 文章を書くのが、苦手なので、うまく伝わったかどうか? 上記のことは、私の体験と考えです。みなさんは、どのように考えているの か、意見や感想がありましたら、言ってくださると嬉しいです(*^^*) この、フォーラムに書きこをしている方達にとっては、あたり前のことか もしれませんね。 偉そうに書いてしまいました(^^; WA - FARION MES( 9):日本魔界巡航 ★ 神と人の関りを探る 96/02/05 - 785/788 JBH00712 桂 桂 RE:生贄の浅草と呪術師たち ( 9) 96/02/04 22:46 772へのコメント  #772 一輝 さん  弾家といいますと、司馬遼太郎の「胡蝶の夢」という小説の中に少しだけ出て 来ます。  その描写から察するに、浅草非人頭弾左衛門は扱いは他の士家同様身分家禄は 与えられて門付きの家を構えていたものの、その様式は全て「逆」であったとい うことです。  家紋は有るがこれは衣類には逆縫い、着物も縫い付けが武家様式とは異なる縫 付を、従者行列も許されていたのだが一目で武家様式とは異なるものを仰せ付かっ ていたということです。  元よりこの被差別部落制度というのが何時ごろ発生していたのかそれ自体がま だまだ不明瞭なのですが、浅草は台東区一帯に白山神社が散見していて永きに渡っ て被差別部落民の信仰対象になっていたというのは面白い話です。  神話と現実が交錯する例では、京都の方には自らを「安倍清明の子孫」と名乗 る部落地域があったそうです。これは研究者が調べに行った所、既に離散して跡 形もない様子だったという事ですが、関西地方の部落民ではこの伝説にまつわる 謡曲「葛の葉」を部落民のことを指す歌であると信じていた人達が結構いるそう です。  つまり泣く泣く里に戻された狐は身分が割れた非人のことであると。  余談続きですが、先の小説ですと維新政府樹立後弾左衛門は板垣退助に直訴状 と金を持参し、身分制度の理不尽さと官軍への参加を申し出ているのですが、ま だ身分制度そのものを理解していなかった板垣はこれを受けたものの、官軍への 参加は見送ってしまったとのことです。 桂 桂(JBH00712) 784/788 JBH00712 桂 桂 RE^3:キリストはコーカサイドだったか? ( 9) 96/02/04 22:46 768へのコメント  #768 はな さん  黒っていいますと、やはりアレですか。  ミヨイ クログロ・・・・ナンノコッチャ  赤というのは「朱」という言葉で置き換えても良いかもしれませんね。朱は 産鉄と深い関りが有る水銀を意味しますから。いわゆる「丹生」のことです。 その使い方を誤れば猛毒、有効に使えば当時は不治の病といわれた梅毒を直す 妙薬と、水銀には様々なモチーフが付けられています。錬金術・カバラでも盛 んに象徴的に扱われていましたね。日本では水銀使いの大手に成ったのは弘法 大師・空海がいます。  黒って言いますと、「黒子」傀儡のことを連想しますね。  傀儡は本来的な意味では「裏で操る」という悪い意味ではなく、「土師部」 のような影の部分を支えるものではなかったのではないのかという気もします。 これは勝手な推察なのですが。  「鬼道」という言葉が何を指すのか具体的には解りませんが、呪的な要素が あって初めて黒子が傀儡に転化したのではないのか、そんな気がします。陰陽 道でも人型の紙にもして「式神飛ばし」等のマジックも用いられていましたし。  「隔り世」っていうのは文字通りの「カクリヨ」って言う事ではなさそうで すね。うーんっていうとヨモツ国のことを指すのでもなさそうですし、これは もしかして外国の事でも指しているのでしょうかね(゚゚)  ちなみに日本ですと産鉄と黒の両方のモチーフを兼ね備えているのは、神武 東征の際、熊野にて神武の先達をした「八咫烏」がそれに当たるかもしれませ ん。  八咫烏は三本足のカラスで高倉下尊といいます。  黒いカラスが神話の中で使われる時は大抵「智慧」を意味し、それは太陽に 現れる黒点を指します。また奇数も同様に智慧を指す数字です。これは北欧神 話にあるオーディーンの飼い鳥もまた同じカラスですし、この神もフイゴ吹き にて智慧と引き換えに片目を捧げるというエピソードを持っています。  話があっちこっちに跳びますが(^^ゞ、陰陽道ですと伝説ではその聖典といわ れるのは「金兎玉烏集」というのがあるそうです。またまたカラスが出て来る 次第というわけでして。  うーん勝手気儘に書いてしまいました〜m(__)m 桂 桂(JBH00712) 786/788 MHD02672 TAO 夜の海に光る海蛇 ( 9) 96/02/05 00:40 779へのコメント  #779 ウルヴィーさん  早速のレスポンスをどうも〜(^^)。  ふむふむ、やっぱり現地では「今年は蛇が上がったか?いや今年はまだだよ」とか  言う会話をやっているんですね〜。谷川氏によれば、佐太付近の浜辺や海上で捕ら  えられた海蛇は「龍蛇様」と呼ばれ、龍宮の使いと信じられているそうです。  出雲では毎年十一月中旬頃になると、海上にアナジという北西の風が吹き募って海  面は荒れ、この現象を「お忌み荒れ」と言い習わしているそうですが、この季節に  なると「お忌み荒れでございますね。龍蛇さんが上がりましたか」なんて言う会話  が挨拶代わりに取り交わされるそうな。  出雲の浜辺に上がる海蛇はセグロウミヘビと言い、黒い背に比して腹部は鮮やかな  黄色を成しており、夜に海蛇が海上を渡ってくる時は金色の火の玉に見えるという  言い伝えが漁師達の間にあるのも、集魚灯が黄色い腹部に反射してのことでは無い  かと言います。  黄色い光と共に海上を渡る海蛇の姿を想像すると、結構神秘感にとらわれますね。  親御さんからも宜しく伺って下さいね〜(^^)。  TAO - FARION MES(14):預言解読村  ★ 預言・予言は何を語るか 96/02/05 - 03624/03624 HQK00566 SOUND RE^2:「炎で書いた物語」第三章、 (14) 96/02/04 17:12 03612へのコメント      「炎で書いた物語」第三章       (IN SEARCH OF THE LOST ARK)      (イン サーチ オブ ザ ロスト アーク)       「失われたアークを求めて」(その3)          カーペンターズブームが再燃している。   CD売り上げトップの店が多い。   ドラマ「未成年」に使用されたことから火がついたという。   アメリカでは   あまりに健康的で甘ったるいかれらのサウンドに反発する若者が多く、   隠れカーペンターズファンであったロッカーたちが昨年はカバー曲を出したりし た。   天性のポップソング歌手、カレン・カーペンターは拒食症でこの世を去って世界 を 驚かせた。   もう伝説化したその拒食症の原因は   A&Mレコードのスタッフが久しぶりに会ったカレンに   「肥ったね」   と言った一言だったという。      人を殺すほどの言霊の恐ろしさに驚いた。      どうせなら人を生かす言霊使いになりたい。        ***************************************************         >>95/11/09はじかみの色立つ午後、酒匂(サカワ)の戒めが解かれる…十種神宝      2月2日、衛星放送では羽生善治将棋六冠王が谷川浩司王将を下す終局の場面まで 映した。  これで三連勝、ついに前人未到の七冠王になろうとしている。  そして、そのあとフジテレビ系列で1947年に起きた「ロズウェル事件」と呼ばれる UFO墜落事件の宇宙人解剖フィルムを紹介する特番があった。 そのなかでゲストの北野武氏は金属片に残された「王」のような形の文字に注目して いた。 世界各地に現れたUFOにその文字が見受けられることが多いことにも言及していた。 これでは否が応でも、このハロー・メッセージを将棋になぞらえて解かねばいけない。 「十種神宝」にはいままで触れなかったが今回はまず肩の力を抜いて気楽に トクサカミダカラ、と読んでしまう。「解くさ、神だから」ということである。 神の戒めだから、きっと時が来れば解かれるはずだ。  「十種神宝」の構成は『剣』『鏡』『鰭』『玉』などで説が多くて特定しがたいが 十種神宝を将棋に当てはめれば、敵味方20枚ずつ計40枚の駒になる。 将棋の駒は宝物を意味するのである。 「王」は実はギョクと読み、玉のことである。チョンがあってもなくても宝物の玉な のだ。 UFOの文字も王と書いて玉、すなわち、タマシイを意味するのだとぼくは考える。 王の横に並ぶ金銀はわかりやすいが、桂は月を意味する宝だった。香は香木などの貴 重品。  歩兵も裏返せば、と金だとわかる。  将棋とは互いの宝物を奪い合い。最後に「王」をある枡目に詰めて動けなくするゲ ームなのだ。 その至難の詰め方が王を九九の隅っこすなわち、括り(九九理)の神様の座する位置に 追い込んで動けなくする雪隠詰め、五五の中央、本来の王(ミタマ)の座すべき位置、 にお入りいただくことを究極の詰め方、都詰めと呼ぶ。 このように見てくると「十種神宝」というつけたしてあることばは このハロー・メッセージが将棋で解けることを知らせるヒントのように思える。  さて、ここまで考えて食事をしたとき硬い物が前の差し歯に当たって浮いてしまっ た。  ♪あなたがいれば(入れ歯)、わたしが差し歯♪  かつてのヒット曲「東京砂漠」をもじって口ずさみながら歯科医に行く途中でふと 思いついた。  「酒匂(サカワ)の戒めが解かれる」のサカワは逆歯ではないか、と。  ワを逆さにするとムに似ているが、そこから発想が飛ばない。ワムは解散して久し い。  義経の八艘飛びのように、発想は飛ばなくてはゴールに届かない。途中で水中に没 する。     さあ、発想が飛ぶかどうか。どうぞ、しがみついて…。     歯(ハ)あるいは八(ワ)であれば、逆さにすると、「ソ」の形。  なにやら見えてきた。  「平」や「幸」には八が逆さになってソの形で使われる。  八に関係があり、逆さの戒めを受けている方はどなただろう。  それは根の国で雌伏されている祖土(オヤツチ)、土も逆さにすれば干(カン)となり 神。 国祖として思い出すのはやはり「十種神宝」とも関連がある素戔鳴尊。 素戔鳴尊(スサノオのみこと)は昔はソサノオと読まれていた。 江戸時代からスサノオと読み仮名を振られ出した。どうやら「ソ」は素戔鳴尊らしい。 京都の八坂神社の祭神は素戔鳴尊であることも八坂=八逆と見ればわかる。 >>95/11/09はじかみの色立つ午後、酒匂(サカワ)の戒めが解かれる…十種神宝 >>95/02/14 幽遠(ユウオン)に木霊(コダマ)する「ハジカミバシ」の音、桜咲く頃、壷の中‥ 幽遠(ユウオン)=奥深くて遠い。ハジカミ=端神、恥神(悪戯で高天原の恥とされたスサノ オ)、 ハジカミバシ=恥噛み箸あるいは端神橋。 このふたつの関連ハロー・メッセージを重ねて読めば 「幽遠の地、九九の隅っこに雪隠詰めになっていたハジカミ=端神、スサノオが いわれなき恥に箸をを噛んで橋を通る音がこだまする。 桜の咲く頃には壷の中、つまり、中央の五五の都=霊家壷、に入られる。 その時、逆八(サカワ)の戒めが解かれ、その方が素戔鳴尊であることがわかり、 いよいよ、祖土(おやつち)の力が蘇る。」 と解釈してみた。 悪神とされたこの方の名前がこんなところで出てきた。 この章の標題「失われたアークを求めて」のアークのひとつ、  失われていた悪(アク)のようだ。 やっとこの標題が意味を持ちそうだ。ほっとした。それではまた。                 (つづく) ♪♪音(SOUND) ♪♪ - FARION MES(15):マホロバ誕生 ★ 大和魂復活のために 96/02/05 - 00514/00514 KHC01313 まるにちょん RE:新生日本人の行く道。 (15) 96/02/05 01:31 00511へのコメント  #511 ゾウリムシ さん、初めましてかな、ここでは。(^_^)  いつぞやのオフ以来ですが、お元気にされていますか? ゾウリムシさんが言われるように、人類史を見渡せば、略奪ばかりが目に付きま すね。奪い合いは、恨みが恨みを呼んで復讐心の応酬になって行きますね。  こうなると泥沼にはまるようなもので、実際そのような状態ですね。(__; >>  人類は、もう、他から奪い取ることによって自分の生活水準を上げようとする >> 生き方を止めて、全体の水準アップにより、自らも豊かになるという生き方に >> 変えていくべきだろう。 そうですね。 自ら生み出していかないと、資源にしろ他民族の財産にしろ枯渇してしまう でしょうね。そうなると地球そのものが枯れてしまい、人類の未来も暗いよう な気がします。   >>  これら一連の歴史から、何か感じられないだろうか。 >> 私は感じる。・・・「奪い取った者は、奪い取られる。」と。 僕もそう感じていました。因果応報ですね。 因果応報は、物理の作用反作用と同じで、その行為を為した者にブーメラン のように返ってくるものだと思います。  現に征服王朝がさらに征服されると言うのは歴史の常のようです。  強者が生き残るのは、この世の摂理ですが、その強者こそ「奪うもの」では なく「生み出す者」「与える者」でなくてはならないと思います。 >>  新生日本人が行く道、まほろばの道は、長く根気のいる道だが、これしかない。 >> すなわち、奪い取る者から、生み出す者へ。 僕は、人間同士が、自分の心の中の温かい灯火をそれぞれ分かち合えるよう な世の中が来てほしいと思っています  お互いの心の中に、よきものを生み出すことのできる世の中です。    ゾウリムシさん、お互いに長く根気のいる道を、ゆっくりでもじっくり歩いてい きましょう。(^_^)