「では、凍えさんもそうしてくれるかな?」と村長は言った """"""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""" - FARION MES( 5):**/////*/////*/////*/////*/////*/////** 96/06/25 - 01020/01021 GBG02755 すまる RE:思い込んでいたもの ( 5) 96/06/25 00:16 01019へのコメント コットンマウスさんへ。 RESをどうもありがとう。 なかなか、染み着いてしまった習慣は、離れませんね。 ただね、病気が後押ししてくれるんで、その点はありがたいんだけど・・ つまり、疲れはてるのが症状だもんで、頑張れないって感じなんだ。 要するに、頑張りすぎたってことなんだろうな。限界だったんだろうな。 もしくは、方向が間違っていたのかも・・・・先生はそういうんだけど。 方向転換させるだけの元気もないもんで、しかたなくぜーんぶ、ってわけなんだ。 ただね、こういうことがわかると、人に優しくなれるって思うの。 頑張らなくていいよ!って言ってあげられるじゃない。 頑張っていない人を軽蔑することもなくなるし。 ありのままを受け入れられるって思うの。 病気って素敵な回り道だね!(^_^)                             すまる - FARION MES( 7):自分を観る  ★ ARIONを鏡にして 96/06/25 - 07854/07862 SDI00635 みれ えぇ〜〜〜(^_^;) ( 7) 96/06/24 15:53 07836へのコメント コメント数:1 RE:#07836 MAKOTOさん  どもども、こんにちわです。  うぅ〜ん、多分切れていたかぁ?(笑)  文字だけだからね、サイドの話が見えないですものね。  でも脇道話とは言え、本論の真横を走っているものだから、この話を続けな がら時々本論に戻るやり方もアリだと、なんかそんな気がします(^_^) つーこ とで脇道からのアプローチを続けますね。 | あれって、私にとっては、一番苦手というか、嫌悪感を感じるやり方なんですよ |ね。切り刻んでの分析ってのが大嫌いですから(^O^)  でも、こうして話しをうか |がってみると、感情はともかく、納得するしかないんですよね。それがまた、しゃ |くにさわるんだけど(^。^)  ふみふみ、やっぱり…というか、私も苦手だったんで(笑)  んでも苦手っつーことは、そこにお宝が隠されていても分からない、損な状 況であることは間違いないとか思ったんですよね、私は。で、MAKOTOさんが癪 に触る気分はようく分かるんだけど、癪に触りながらも「おっし、やってみた るか」と思って貰えたようで、これは良い兆しだとか勝手に喜んでおります(^^;) | 私と思っているこれは何? よく浮かぶ疑問です。ぷんすかさんへのRESでも |書いたんだけど、こんなのおかしい、こういう考え方は苦しみを招き寄せているだ |けだといったものでさえ、一端できあがっているルートからは、中々自由になる事 |ができないでいます。慣れ親しんだルートって、本当にやっかいなものです。…と |思いながら、やっぱり執着しているわけなんですが…(^^;)  かなり手を焼いてい |る部分です。 | | しかし、はっきり言って「嫌」なんですよね。でも「必要なもの」だってのはわ |かってる(^"^;  だから余計に苛々する(^"^;  …結論としては、御提案戴いたも |のを試さないわけにはいかないよなぁ〜なんですけど。でないと文句の一つも言え |ないからね(^O^)  うんうん、そうそう。  慣れ親しんだルートを変えるのが厭だってのは、恐らく万民共通なんだろう なぁとか、そう思います。  でも、これって何でだろう?と考えてゆくと…(-_-;??アレレ …となって (。_゚)?…となって、(☆_★)…なんじゃこりゃ、と(笑) | 話しは飛んで、理性や合理性といったものへの疑いと、感情的である事への憧れ |が、私の中にはあります。よく考えてみれば、理路整然としたものに、そのまま納 |得する事もあるし、文章が整っているにも関わらず、激しい嫌悪感を憶える事もあ |る。逆の場合もしかり。いったい私は、何をもって判断しているのか…? 少なく |とも、感情に親和性を感じているだけだといったものではないようです。これはこ |れで、「?」が渦巻いてしまうんだけど(^^;)  うぅ〜ん、これまた異論無し(笑)  ただ、「激しい嫌悪感」の部分だけちと私と違うかな。  あ、いやいや、昔はそうだったかな。  でも合理的であることって、感情を排している訳ではなく、理性的なもので も同様だと私は思っています。感情的であることと感情を肯定していることと は、表現方法で言えば全然異なるんですよね。たとえそれが同じ内容を表現し たものであっても、感情的表現は読み手を限定してしまう。それに比して理性 的な表現は読み手を限定しないメリットがあるなぁと思います。  また感情的表現は、そこに表現されている内容を伝えようとしているにも関 らず、そこに表出した「感情」の部分だけを伝えてしまうというデメリットも あると思います。これは、ARIONがよく言う「分かった振りの優しさ」に 通じるものの一つだと思います。  私なんかは、自分の伝えたい内容ではなく、そこに表れた喜怒哀楽に呼応さ れて「うんうん、分かるよ」と言われても、嬉しくないんですけどMAKOTOさん はどう?                              ☆みれ・:・。,☆ 07858/07862 HGE02116 MAKOTO そう、驚かなくても…(^^;) ( 7) 96/06/24 23:22 07854へのコメント #7854>みれさん、RESどうも(^。^)  「えぇ〜〜〜(^_^;)」って言われても、現実問題として、切れてる可能性は大 でしたのよ(^。^) でもって、その切れていく状態を、笑いながら眺めてたよう な気がします(^^;)  お前は、またぞろこりもせずに「どつぼ」にはまるんかぁ 〜(^"^; ってね(^O^)  ど〜もね、まじになればなるほど、真剣になればなるほど、反動というか、バ ランスとる為というか、そういった部分が出てくるみたいなのね。私の中の一部 分は、どんな状況になっても、面白がっている。まぁ、こういったものは、表に は出さな部分なんだけどね(^^;) | ただ、「激しい嫌悪感」の部分だけちと私と違うかな。  感情的に反発しての嫌悪感ってわけじゃないです。すごく理路整然としていて どこにも論旨に破綻がないにも関わらず、ひと目見ただけで、鳥肌がたったりす る事があるんです。これって、何に反応しているのか、自分でもよくわかんない ものなんだけどね(^^;)  伝えたい内容ではなく、感情のみが相手に伝わってしまって、その結果どつぼ にはまるってのを、私は、ここFARIONでも、何度となく経験させていただいてま すね(^O^)  それでも懲りずに、感情も交えて書いてしまうんだけどね。ま、い つだって、単なる感情論で終わらせる気はさらさら無いんだけど、これはかなり 強い私の拘りですわ(^O^) | 私なんかは、自分の伝えたい内容ではなく、そこに表れた喜怒哀楽に呼応さ |れて「うんうん、分かるよ」と言われても、嬉しくないんですけどMAKOTOさん |はどう?  所詮は、怒りたいのはわかる、泣きたいのはわかる、嬉しいのはわかるって、 その程度の理解にすぎませんね。にも関わらず、感傷まみれで「うんうん、分か るよ」なんて頷かれた日には、「あんたに、何がわかるっていうの? わかった ふりなぞいらん(^"^;」って、拒絶しちゃいますね(^O^) でもって、思いっきり 噛付いてしまうっと(^O^) これって、私が実際に何度もやってしまった事なの ですが、共鳴した方にとっては、思いっきり理不尽な反応でしょうね。事実、怒 ってしまった人もいるからね(^O^)  それでも、感傷まみれの理解や共鳴であるか、もっと深い部分から来ている反 応なのかは、何となく感触でわかるからね… シミジミ  さて、どういった展開になるのか、実際には戦々恐々なんですけど、みれさん の方は、今も病人を抱えていて大変なようですし、無理せずに、みれさんのペー スですすめて下さればいいですから(^^) では、気長にお返事お待ちしています。                          MAKOTO でした☆ 07855/07862 SDI00635 みれ RE^3:これって、見落としがちかも ( 7) 96/06/24 15:53 07838へのコメント RE:#07838 維/YUIさん  うんうん、気付いたとっから始めるしか無いものね(^_^)  で、気付くとこが段々と近くなれば、しめたもんだと思います。  最終的には相手との話の最中に擦れ違ってるかどうかが分かるようになれば、 もう百人力(…って、何がや?>私(笑))                              ☆みれ・:・。,☆ 07856/07862 SDI00635 みれ RE:その後の「信じず疑わず」 ( 7) 96/06/24 15:54 07840へのコメント コメント数:1 RE:#07840 ぷんすかさん  こんちわぁ(*^^*)  RESの内容、「あほ」じゃなかったですよ、だいじょうぶ(~^~)キッパリ(笑) |ところが、「信じず疑わず」という心構えで新たにARIONの発言に触れると、 |「疑念・侮辱」といった感情をそのままにして、ARIONのことばの意味を |考えたり、いろいろ想像をめぐらせることができた。 | |ARIONへの疑念・侮辱の感情と、ARIONへの興味ARIONのことばへの理解を深めよう |とする気持ち、この矛盾する気持ちがそのまま同居している感覚。 | |とても、おもしろい(なんだそりゃ)  ぷんすかさん、そりゃ面白いでしょう(^^;)                          シミズ  その状態は、昔ARIONが言っていた「混沌より清水を得る」の一つです ね。信じる=水、疑う=灰とします。コップの中に水と灰を入れてかき混ぜる、 暫く放置しておいたら灰汁と沈殿物に分かれる、ようく見ると水と灰汁と沈殿 物になっているらしいんですけど、この状態っていうのが「信じず疑わず」の 状態だそうです。(水の量と灰の量はいくらか?なんて聞かないでね(^^;))  ここで生じた灰汁というのは、信じるでも無いし疑うでも無い、同時に信じ るでも疑うでもあるかも知れないという、そういうものだろうと思います。そ して、このコップ全体が「全容」であると。 |自分の中にある感情をカテゴライズして、善し悪しを決めてしまうことは、 |ただ単に、一つの「自分」というもののある一側面に価値を与えているに過ぎない。 |そして、悪い方の価値を与えられた一側面を「無いこと」にしたいと思う。  そうそう、そうなんですよね。  で、その価値基準が何であるか?という点も考えると面白いと思います。  何故、これを間違っていると思うのか?とか正しいと思うのか?を分解する 作業ですが、これをやってみると、意外にも「正しい」「間違っている」の双 方が同じ価値基準から出てきていたりして驚いたりもします(^O^;) |ということを、思いました。 |結果、ARIONを信じる信じないにとらわれて、なかなかARIONのことばを |よく読もうという気になれなかったのだ、というあたりまえのことに |改めて気がつき、自分の嫌な部分を、落ちついて見れたことが不思議。 | |カテゴライズする快感も捨て難いけど・・・ |なんか、ピシッ!と白黒分けるのも気持ちいいですしね^^; | |「宙ぶらりんにせずカテゴライズせず」っているのも、ありでせうか?^^;  カテゴライズしても構わないと思います。同時にカテゴライズしないという 選択をも考え併せるといいんです(^_-)-☆ ただし、カテゴライズした結果出 た答に執着しては駄目ですけどね。  宙ぶらりんというのは、物事を放置するのとは違います。この辺り、時々間 違っちゃうことだけどね。善悪のレッテルを貼らず物事を在るがままに観る練 習ですから。  で、在るがままに観えたものに対して価値観を付加するのは、また別の行為 です。これはこれで間違った行為じゃない。でも、この価値観は何故出てきた のか?を知っておくべきですよね(なんか、ややこしいけど(笑))  話は変わりますが、この間ビデオ屋で「Brave Heart」という映画を借りて見 ました。この映画の底辺に流れるのは「信念」だなぁと思ったのですが、「信 じず疑わず」ということを実践してゆく先に見えてくるものは、多分、信念な んだろうと脈絡なく思ったので、ちょっと書いておきます(^^;)(或は、信じず 疑わずで鍛えられるのは信念!?)ちょっとぶっ飛んだ話だったかな(^O^;)                              ☆みれ・:・。,☆ 07862/07862 QZY10121 ぷんすか RE^2:その後の「信じず疑わず」 ( 7) 96/06/25 01:36 07856へのコメント こんばんは(^^) 早速ですが、コメントします。 * ここで生じた灰汁というのは、信じるでも無いし疑うでも無い、同時に信じ *るでも疑うでもあるかも知れないという、そういうものだろうと思います。そ *して、このコップ全体が「全容」であると。 すごくわかりやすいたとえですね(^^) 普段つい忘れそうなときに、このヴィジュアル・イメージで スッと思い出せそうですね。 * で、その価値基準が何であるか?という点も考えると面白いと思います。 * 何故、これを間違っていると思うのか?とか正しいと思うのか?を分解する *作業ですが、これをやってみると、意外にも「正しい」「間違っている」の双 *方が同じ価値基準から出てきていたりして驚いたりもします(^O^;) とっても重要なことを今日、やっと思い出したんです(^^) すごく個人的なことだから、わかりにくいかもしれませんが・・・ 「なぜ、僕は疑念・侮辱といった感情をおそれるのか?間違っていると思うのか?」 ・・・ぼくが小学生6年ぐらいか、中学1年のころです。 昔からオカルトや精神世界の本を読むのが割と好きだったのですが、 このころ、顕在意識と潜在意識の知識を仕入れました(^^;)。 「人間の心には顕在意識と潜在意識とがある。 普段の生活で、人間は顕在意識のみでいろいろ考えたり、 行動したりしていると思いがちである。 しかし潜在意識というのは、人間の心を流氷にたとえるなら 顕在意識は海から顔を出しているほんの一部分にすぎず、 潜在意識が大多数を占めているのである。 ・・・・であるからして、否定的な感情というのは口に出さないこと。 (ここ重要→)常によいイメージを抱き、悪い意味の漢字、ことばを 使わないこと。たとえば、「負けない」「・・しなくちゃだめ」という 一見ポジティヴにみえることばも「勝つ」「・・・しよう!」に 置き換えなくてはならない。」 僕のボキャブラリーが減少したことは言うまでもないです(^^;) でね、上の文章は当時読んだ文章で強く記憶しているものに若干の手を加えたの ですが、これらを実際に読んだとき、すごく「こわかった」んです。 なぜかというと、「思ったことが、現実になる=肯定的なことを考えれば肯定的なこと が 、 否定的なことを考えれば否定的なことが起こる」というふうに、当時の僕は受け取けと った んだけど、この「否定的なことを考えれば、否定的なことが起こる」という部分が 強烈に恐かった。 だって、ポジティヴなこともネガティヴなこともまあ、一日のうちにいろいろ 浮かんでくるじゃないですか。しかし、「ネガティヴ」なことを真っ向から否定してる わけですよね、この潜在意識理論(便宜上こう呼びます)は。 たとえば、「あいつ、死ね」とか思い続けるとどうなるのか。 「ばか」とか、心で思い続けると自分はどうなるのか。 自分が殺されるところをずっと思っていたら、そうなるのか。 そういう疑問がわいてきたんです。 それで、こわくなって「ネガティヴ」な感情というのを異常におそれるようになった。 でも、やっぱり先ほども書いたように、いろんな感情が自分の中にあるじゃないですか。 その中でも特に、ネガティヴな感情や憎しみ、人の生死にかかわることなどが心に浮か んで きたのを捕らえて離さず、「ああ、もうだめ。こんなこと考えたからには きっと現実になるに違いない。」とずーーーーっと悩んでたたわけものなのです!(^^;) そうすると、今度は普段、楽しい嬉しいときにふと、「今こんなに楽しいときに ネガティヴなことが浮かんできたらこわいだろうな」 と、先回りするようになったのです。 すると、ムクムクとネガティヴな感情が浮かんできて、押さえつけても 浮かんでくる。「ネガティヴを排除」しようとして、逆にネガティヴに支配されてしま っ た と感じるときが多かったです。 で、「否定的なことばもだめ」ってなわけで、そういうことばが浮かんでくるだけで もう「だめ」と思っていました。だから、感情が「思ったことが実現すれば、神様なん かいらんわい!」と大いに納得しているのに、そういうことばを見聞きするだけで、暗 い 気持ちへ突入していました。 というわけで、「ネガティヴ=だめ」という思い込みから始まり、さらにねじくれて いったのです。もはや当たり前の状態なので、思い出すのにやや困難でした^^; ところで、まず僕が潜在意識論を気に入ったのは、 やっぱり「ポジティヴなことを考えよう」というところが気に入ったわけです。 当時、現実逃避として精神世界系を好んでいたことから考えると、どうも僕は 「やった!このポジティヴという概念に出会えたことで、すべてのことが 解決する!」と最初は興奮した記憶があります。 僕は当時、かなり無気力な人間でした。自分が最終決断を下すことを非常に 嫌うところがありました。そんな自分が嫌で嫌でしょうがなかった。 でもって、「なにもかもいや!」とすぐに根気無くなげだす癖があったのです。 だから、マニュアル・ハウツーのようなものが好きで、読んだだけで実行した 気になれるところが好きでした。書いてあることも、いわゆるアフォリスムの ようなもので、それさえ常に心に思い浮かべてればよいのです、というような 感じが好みでした。 潜在意識論は、当時の僕にとって、最高の「ハウツー」だったのです。今思えば。 なんとか嫌な自分を変えたい、とは思い続けていたけれども、 「結果を焦っていた」としか、思えません・・。 「憎しみを抱く」自分を、「嫌だ」と思い込んできたことが、 これらのことをはっきりと思い出させなくしていたのだとおもいます。 わかりにくいかもしれませんが、とりあえず今はここまでしか 思い付かないです。長年悩まされ続けた恐怖感・罪悪感の原因の一つで あることは確信しています。 あと、似たような悩みで「集中しているときに、雑念が浮かんでくるのがこわい」 というのもあります・・。 * 宙ぶらりんというのは、物事を放置するのとは違います。この辺り、時々間 *違っちゃうことだけどね。善悪のレッテルを貼らず物事を在るがままに観る練 *習ですから。 おっとっと宙ぶらりんを、物事の放置のように捉えていた・・・ これで、「信じず疑わず」がなぜかうまくいかないわけがわかった^^; というわけで、アンバランスなレスですが、とりあえず 思い出したことをいろいろ書いてしまいました。 それでは、おやすみなさい。zzz・・・ 96/06/24(月) 23:11 ぷんすか(QZY10121) - FARION MES(11):狼を生きる  ★ 平井和正の著作から 96/06/25 - 02285/02285 JBH00712 桂 桂 月の光のように (11) 96/06/24 20:08 02282へのコメント  #2282 月影 さん  どうもこんにちわです(^_^)  又一人「月光魔術團」の魔法にかかっていらっしゃたようで(^_-)  どうにもこうにも平井氏の作品は新作が出る度に新しい風を吹き込むよ うで、今度はどのように変わられたのか楽しみですね(^_^)  異色学園ものながら近未来、ヒーローは再び帰ってくるのか?!ってとこ です。  永らく会議室の未読が溜まっていたようでうすので、未読の山を消化す れば色々言いたいこともあることでしょう。色々な意見、感想お待ちして おります。  でわでわ。 桂 桂(JBH00712) - FARION MES(12):精神世界裏表 ★ ニューエイジビジネス を斬る 96/06/25 - 01085/01087 SGK02506 わう RE:EMの効果について (12) 96/06/25 01:20 01082へのコメント コメント数:1  #01082 喜久井 町子 さん こんにちは (^^)/  ちょっと会議室のカラーから外れるので、簡単に説明しますネ。  EMの何よりの効果は、物質循環のサイクルが加速化されることです。 【生ゴミの堆肥化】  例えば、家庭の生ゴミをEM処理して土に埋めるのと、何も処理しないで埋 めるのとでは、夏場で1ヵ月、冬場で4ヵ月の差がでます。  ただ単に生ゴミを土の中に埋めるとすると、夏場でも30日〜60日の間、ゴミ は原形をとどめていますが、EMで処理して埋めると、わずか2週間で後かた もなく黒くて良いかをりの堆肥になります。冬場でもEM処理した生ゴミは、 1ヵ月も経つと堆肥化するのに対し、ただ単に埋めたゴミは4ヵ月以上もその まま残ってます。 【土壌改良】  最初、うちの庭だけを菜園にしていたのですが、昨年から近所の土地を借り ました。家庭菜園にしてはちょっと大規模に作付けしてるのですが、その畑が とんでもない粘土質なんです。  EMを全く使わなかった試験区では、どれだけ堆肥を入れても、やっぱり粘 土の塊は粘土のまま土の中に残っていますが、EMで処理(EMボカシをすき 込んだところ)したところは、いつの間にか粘土質土壌がサラサラの土に変わ りました。これは、大きな労力の軽減になります。 【生育促進】  これは、同じ土壌で同じ種を使って実験したわけではないので、厳密には客 観性を失っていますが、化学肥料と農薬を使いたい放題に使っている近所の農 家と、雑草&落ち葉&米ぬか堆肥とEMだけで作っている私との比較において 近所の人がシャッボを脱ぐ(古い表現だこと)出来映えとなっていることでわ かります。(といっても、これを読んでる皆さんには、ひとつもわかりません ね)  まあ、これだけだと堆肥が効いたのではないか、と思いがちですが、非EM 使用区では2粒さやが多い枝豆が、EM使用区だと3粒〜4粒が多いなど、比 較において、EM使用区の優位性が認めました。 【悪臭除去】  わが家は、合併浄化槽を使っているのですが、時々、菌のバランスの関係か らか、悪臭が便器の穴から立ち登ってきてます。  そこに生ゴミをEM処理したときに出てくる液を流すと、瞬間的に臭いが消 えます。EM液を流さなかったときは、どんなに水を流しても消えなかった臭 いが、たったそれだけのことで消えてしまいます。  さて、EMの効用について述べてきましたが、EMを使わなくても、おいし い野菜はできますよ。 》喜久井さん  私はただ単に、家庭から出る生ゴミを、重油をかけて燃やしていると聞いて、 そんな無駄なことをするなら、せめて自分のとこの生ゴミだけでも肥料にした いと思っただけでして、行政が堆肥化してくれるならば、自分のところでEM を使ってまで堆肥にしないかもしれません。  喜久井さんも、生ゴミの処理に重点を置くならばEMを使えばいいと思いま すが、ゴミ処理を考えないならば、普通のオーガニック栽培で十分と思います よ。                  ◇  健康診断で“健康”と診断された人の中でも、元気な人と元気じゃない人が います。きっと、科学的な計測では、“元気”は計れないのでしょう。  EMで作った野菜が元気だと主張したところで、それを計る科学のものさし がないのですから意味がありません。  酒の仕込みが難しいのと同じように、EMの使用も簡単ではありません。そ れは微生物(生きもの)を相手にしているのだから当然なことでしょう。  それを、科学物質のようなインスタントな結果が出ないからと言って、批判 するのであれば、その人は味噌も醤油も日本酒も批判の対象としなければ、バ ランスを欠いていることになります。 ==☆☆☆== SGK02506 わう ==☆☆☆== 01084/01087 GFB00026 一輝 再び、吟味するということ。 (12) 96/06/25 00:28 01080へのコメント コメント数:1 >#1080 わうさん  他の方へのRESを飛ばして緊急にRESします。せっかくの初登場の氷室さん とのやりとりに水を差してしまうようで、私としては残念でならず、大変申し訳な いのですが、EMについての発言の中に、当会議室で既に見解を明らかにしたにも 関わらず、再び似たような趣旨の部分が見られましたので、ここにイエローカード を出すことにしました。 | 現在科学的と思われていることのすべては、もともと科学的根拠がなかっ |たことをこの人は忘れてしまっているようです。 | |(略) | | 学校教育のマインドコントロールの呪縛を外されましたね? ……………私も、このようにして科学的と思われているドラッグ有害論に対し      て、根拠がなかったとドラッグを始めたのです。その時、学校教育      のマインドコントロールの呪縛を外せたと思い込みました。そして、      以下の部分に、私は”懐かしい苦い響き”を思い出しました。 |    私も眉に唾をつけながら使い始めたんですが、他人の噂話(週刊誌 |など)に左右されないで使い続けた今、噂は噂でしかなかったことを知りま |した。 | | すべての人が使うようになれば、あの本の内容もまんざら夢ではないかな、 |と今では思っています(笑)。 ……………実際にドラッグをやってみて、この部分と同じような思いが走った      のです。「後遺症の噂は噂でしかなかった」「すべての人がドラッ      グ使うようになれば、地球は救われると…」。では、実際にどうだ      ったでしょう。何年も服用を続けた果てに待ち受けていたことは、      いったい何だったでしょうか。私は<EM=ドラッグ>などと申す      気はありません。また全ての有用生物はダメだとも思いません。し      かし私たちが、早急に結論を出す病に取り憑かれているのだとした      ら、それは忽ち奇術師の手中に陥ることになりはしないでしょうか。      それでは今年1月30日に記した発言を、以下に再掲載します。 ============================================================================ 00762/01083 GFB00026 一輝 吟味するということ。 (12) 96/01/30 13:01 00757へのコメント コメント数:1                 (…略…) EMとは、比嘉教授の提唱する有用微生物群のことです。家庭から出る生ゴミに EMを用いて有用微生物を作り、それを肥料にする。お金を出してお気軽に時間を かければ、自分もエコロジカルな行動に参加できる、というのが特色でした。ここ で気を付けたいのは、なぜ他にも無名ながらもいろいろあるのに、EMだけが脚光 を浴びたのかという点。  これはマスコミが飛びついて派手な売り文句の本を出し、世間的な注目を集め、 消費者が情報の吟味のしにくい地域を中心に盛んに講演会をやったことや、ある宗 教教団が大々的に乗り出したこと、製造販売源である地球環境財団の理事である矢 追純一氏の知名度が働いたこと、カラーパンフを大量に蒔いたこと、などが上げら れると思います。  また会員でなければ教えない売れないという専売的売り方、健康に良いというE MXスープ、癌が治るというEMX注射(薬事法に触れる可能性ありと製造中止)、 汚れが落ちる、頭が良くなる……、万能品としてのEM。パイウォーターとの抱き 込み販売などを見ていると、販売方法にアムウェイを彷彿とさせるものがあります。  では、実際にEMはどうなのか。このたび中矢伸一氏から転載許諾が頂けました ので、ここに紹介します。    『EMについては、慎重に慎重を重ねて対処するように警告したい。     この農法を取り入れた東北の一部の農家では、全然効果がなかった     り、本でうたわれているようには効かなかったりで、損害を被ると     ころが出始めている。販売元に問い合わせると、「効果が出るのは     二年後」とか「やり方が悪い」と言われるという。『週刊読売』平     成六年7/3,7/10,7/24 以後連載中)がEM菌の正体と題して組んだ     特集記事を見ても、いかがわしい面が多分にあることは事実のよう     だ。EMを頭から否定するわけではないが、もう少し冷静に、客観     的に事実を見つめながら進めた方が良いだろう。微生物のことをも     っと研究し、どういう条件でどういう結果が出るのかなど、更なる     調査と改良を期待したいところである。農家の場合は生活がかかっ     ているのだから、本の内容を額面通りに受け取って使用してから「     効果が出るのは二年後」などと言われてはたまらない。発売元では     詳細なデータを何故か公表していないようだが、これはむしろ積極     的に公開して頂きたい』……「真正日本」VOL.1[1994/08]より    『九月二十五日、問題の比嘉教授がEMの講演のため、長野県穂高市     の町民会館にやって来た。約千五百人の聴衆を前に行った比嘉氏の     話ぶりは、実に雄弁で、「奇跡的な」とか「ものすごい」とか「こ     れで地球が救える」などの言葉が飛び交う。本稿に挙げたような悪     い面に関する話は、まったく出てこない。そして、次の講演会があ     るとかで、質疑応答もなしに急いでその場を去っていった。『地球     を救う大変革』という本は、誠に素晴らしい内容で、良いことも沢     山書かれてある。しかし、その大部分が、虚飾と、ハッタリと、大     ブロシキから成り立っているとすれば、われわれはこれを受け入れ     るために、比嘉氏の著書や発言をいちいち洗い直し、裏を取るとい     う、膨大な作業に追われることになる』……「真正日本」VOL.4[19     94/11]より  付け加えれば、地球環境財団は、エイズ入り血液製剤の緑十字(七三一石井部隊 残党によって創立)と笹川良一氏が動いて作られたというエピソードがあるそうで す。ま、本当に本物ならば敢えて「奇跡的な」とか「ものすごい」などと言わずと も、詳細なデータを公開すれば、十分に本物であることが伝わると思います。  もしデータにバラ付きがあるのだとすれば、それは商品化する以前の問題でしょ う。ただ、中矢伸一氏も申されていますが、有用微生物菌の全てが問題であるとい うわけではなく、他のいろいろな有用微生物菌に挑戦して、冷静にデータを取って 調べてみてはいかがでしょう。それからでも遅くはないはずです。  さて、私は「未科学」を認めていないわけではないのですが、この手の話は当会 議室の趣旨とは異なる方向性を持っており、当会議室では扱わないものとしますの で、ご了承下さい。                 FARION 12番会議室*精神世界裏表案内人:一輝 ============================================================================== 01087/01087 SGK02506 わう RE:吟味するということ。 (12) 96/06/25 03:09 01084へのコメント  #01084 一輝 さん こんにちは (^^)/  今、#1084の一輝さんの書き込みを読みましたが、その前にオートパイロッ トですでに喜久井さんへのレスを書き込んでしまいました。一輝さんの注意に 対して、それを無視するような書き込みになっていますが、それは時間的なズ レのなせるワザ、決して他意はございません。 |  ……………実際にドラッグをやってみて、この部分と同じような思いが走った |      のです。「後遺症の噂は噂でしかなかった」「すべての人がドラッ |      グ使うようになれば、地球は救われると…」。では、実際にどうだ |      ったでしょう。何年も服用を続けた果てに待ち受けていたことは、 |      いったい何だったでしょうか。私は<EM=ドラッグ>などと申す |      気はありません。また全ての有用生物はダメだとも思いません。し |      かし私たちが、早急に結論を出す病に取り憑かれているのだとした |      ら、それは忽ち奇術師の手中に陥ることになりはしないでしょうか。  私も、そう思います。早急に決論を出す必要はないでしょう。  ただ、現在の情報は明らかに偏りがあります。EMが有効であるとするのは、 開発者の比嘉照夫氏とその周囲の人だけ。かたや効果がないとするのは、大多数 のマスコミです。私もサンマーク出版の本の編集姿勢には関心しない部分が多々 あるのですが、情報の偏りは正常な状態ではないと思います。  むしろ、EM=偽物と早急に結論づけているのは、多くのマスコミであると思 いますよ。 |    『EMについては、慎重に慎重を重ねて対処するように警告したい。 |     この農法を取り入れた東北の一部の農家では、全然効果がなかった |     り、本でうたわれているようには効かなかったりで、損害を被ると |     ころが出始めている。  このあたりのになってくると、○○ゴロ、という言葉が連想されます。自分 の意志で何かを選択し、それを採用したにもかかわらず、結果がうまくないと 販売者や生産者のせいにして、賠償金を請求したりする輩です。  自分で決定した事項に対して、相手の責任とするその態度に甘えはないでし ょうか。  例えば、○○株式会社の株を、セールスマンの言われるままに買って、それ が値落ちしたからといってセールスマンの責任にするのと同じようなものだと 私は思います。 |                       農家の場合は生活がかかっ |     ているのだから、本の内容を額面通りに受け取って使用してから「 |     効果が出るのは二年後」などと言われてはたまらない。発売元では |     詳細なデータを何故か公表していないようだが、これはむしろ積極 |     的に公開して頂きたい』……「真正日本」VOL.1[1994/08]より  生活がかかっている農家の人が、自分の農地に全面的に新しい技術を取り入 れることは、その人にとって落ち度ではないのでしょうか。  生活がかかっているからこそ、その人はもっと慎重に事に当たるべきなので はないでしょうか。例えば、自家用の菜園で使ってみて、それで効果が得られ たら、販売用の畑の10分の1ぐらいの面積に使ってみる。そこでさらに確証 が得られたら、2分の1に使用する・・・・、といった具合いです。 私は今、農地に住んでいますが、農家の人たちを見て思うのは、成熟してない ということです。例えば、自分の作物がうまく育っているときは、自分の手がら のように自慢するのですが、ちょっと生育が悪いと、天気が悪い、日当たりが 悪い、雨が降らない、隣で○○を作っているから・・・・と、他人(自然)の 責任にする人が多いのです。年齢は関係なく、若い人もおばあちゃんも、みん な同様な発言をします。  EMを使って効果が出なかったといって週刊読売に苦情を持っていった人は、 ある会社に入社したが上司がちっとも自分を認めようとしない、彼は自分の才 能を理解できない、と言ってはばからないバカものと同じ程度の人でしょう。 |   ま、本当に本物ならば敢えて「奇跡的な」とか「ものすごい」などと言わずと | も、詳細なデータを公開すれば、十分に本物であることが伝わると思います。  でも、それも値段を考えてみれば、決して儲け主義でないことがわかると思い ますよ。  EM1(200ミリリットル)は800円ですし、1リットル入りはわずか2300円です。 これを使うときは、1000倍程度に希釈して使うのですからね。また、比嘉氏が すすめているボカシとしての利用の場合、10キロのボカシを作るのに必要な EMはたったの3ミリリットルです。通常の化成肥料の場合、10キロで700円程度しま すから、圧倒的な安さ(12円=200ml瓶/6.9円=1000ml瓶)がわかります  ちなみに、株式会社ニチゾーで売られている「土壌改良剤」は500ミリリットルで 10,300円ですヨ。 |                 製造販売源である地球環境財団の理事である矢 | 追純一氏の知名度が働いたこと、カラーパンフを大量に蒔いたこと、などが上げら | れると思います。  それは妙ですねぇ。EMの販売元は、EMジャパン(神奈川県鎌倉市)のは ずですよ。もっとも、EMを語って儲けを狙うあこぎな連中がたくさんいるそ うなので、その地球環境財団とやらがEMを売っていないと証明できるもので はありませんが・・。 |  また会員でなければ教えない売れないという専売的売り方、健康に良いというE | MXスープ、癌が治るというEMX注射(薬事法に触れる可能性ありと製造中止)、 | 汚れが落ちる、頭が良くなる……、万能品としてのEM。パイウォーターとの抱き | 込み販売などを見ていると、販売方法にアムウェイを彷彿とさせるものがあります。  ほとんど初耳の話ばかりです。いったい、どこの誰がこのような売り方をして いるのでしょうか。どうか教えて下さい。  また、アムウェイはマルチ商法の元祖的な存在ですが、EMもそのようなマルチ 的販売で売られているのですか? 私がいつもEMを仕入れているEMジャパンは、 決して会員だけの販売ということもないし、ましてやマルチ的な販売もしていませ ん。 そのマルチ的な販売をしている業者名も教えてください。                  ◇  誰かが、アリオーンを語って金もうけをたくらんだからといって、本家本元 のアリオーンまでペテン師よばわりされては、かなわないと思いませんか。  また、アリオンのメッセージを読んで自分なりに解釈して、そのとおりにし たら事業が失敗した。どうしてくれるんだ、金を返せ。という人がいたらどう 思いますか?  会議室の趣旨を外した話題を続けたこと、お詫び申しあげます。  すみませんでした。 ==☆☆☆== SGK02506 わう ==☆☆☆== - FARION MES(13):神秘学遊戯団 ★ 限りなき神秘への航海 96/06/25 - 04817/04819 VYX05032 ERT 「いか超」読書会参入希望 (13) 96/06/24 22:21 はじめましてKAZEさん。当方「いか超」歴約15年,パソ通歴約15日の新参者。「いか超」 を一緒に読める仲間に出会えたことは最初の収穫です。これまでに数年おきに思い出し たように読み返してきました。おそらく一冊の本との付き合いとしては私自身の最長記 録ではないかと思います。シュタイナー自身のものであったか,高橋巌氏のものであっ たか忘れてしまいましたが,「他者のもとでの目覚め」ということばがどこかにあった と思います。自分ひとりでの読書によっては体験できない,「他者のもとでの目覚め」 が,この「いか超」読書会で体験できたらなと期待しております。ちなみに私も,「修 行するぞう」という意気込みに欠けていたせいか,超感覚的世界の認識は未だに獲得し ておりません。「修行」というのも少々重い。「練習」くらいがちょうどよいかな,と いう感じです。数年ぶりにまた読んでみようかな,と思っております。遅れ馳せながら, 読書会参入希望。どうぞよろしく。ERT 04818/04819 MHD02672 TAO RE:理不尽な事 (13) 96/06/24 23:27 04816へのコメント  #4816 あとみさん   初めまして。かなり昔に、ここの副議長(初代目)を務めさせて頂いていた  TAO という者です。   さて#4816 のご発言ですが、あとみさんが感じていられることは、私自身  生来のハンディキャップ(聴覚障害で、障害者手帳も持っています)で、日常  茶飯事として接していることです。   重複障害者(視覚と聴覚、聴覚と知恵遅れなど)も実際に知っている方々が  いますし、生まれつきの難病で早逝された知り合いの方も少なくありません。   さてカルマですが、過去生にどの様な原因があってこうなったのだと言っ  ても、それで現実がどうのこうのと変わる訳では無いのですね。本人や周囲  の方々にとっては、それは絵空事でしか無く、現状を改める力にはなり得な  いのです。   カルマと言うと、仏教的な因果広報のイメージが強い為か、ネガティブな  響きを持って来ますが、シュタイナーのそれはちょっと違うようです。来世  を形取る為の積極的なカルマをも示しています。   つまり現世がどんなに外的条件において不利に見えようとも、悲劇的に見  えようとも、それをいかに生ききるかによって、来世における自分の在り方  をステップアップさせて行くことも可能になるという考え方の様です。   実際、障害者の方のうちには、自らの条件を逆手に取って人類全体のモラ  ルを高めて行くことを可能にした人もいる訳で、そのようなポジティブなカ  ルマを人類の歴史に導入したということですね。   理不尽というのは、むしろそのような現実に対して何も働きかけようとし  ない「怠け者」と「傍観者」こそを指すかもしれませんね。いくら自己憐憫  に勤しんでも、また哀れんでも、単なる感傷的な自己満足に終始するのなら  ば、むしろ迷惑にしかならないと思います。   私自身、時々陰鬱な気分に浸ってしまうこともありますが、それだけでは  何も変わらないことも分かり切っていますから、何とか気力を奮い起こして  は、落ち込みから浮き上がる次第です。   「愛」とは実践が伴わなければ、この上なく酷い偽善になりますね。私も  言葉だけ優しいという人は信じません。偽善とは、優しげな仮面の下に無慈  悲な本質を秘めているものですから。   「愛の鞭」を「愛の無知」と言い換えた愚かな人がいましたが、こういう  人にとっては、障害児を抱えた親が「無節操な愛情の垂れ流し」で逆に我が  子をスポイルしてしまうという悲劇の本質は分からないだろうなと思います。  そして愛情が籠もった厳しさの、深い浸透効果も(いえ、他会議室での話な  んですが)。   ではこれにて。  TAO - FARION MES(14):預言解読村  ★ 預言・予言は何を語るか 96/06/25 - 04134/04135 HQK00566 SOUND RE^10:炎で書いた物語」最終章(その6の4) (14) 96/06/24 17:08 04084へのコメント 「炎で書いた物語」最終章(その7の2)  <わかりあえる日まで>(その2)    毎度のことながら前回の訂正から始めることになってしまって申し訳ない。    [BY THE DAY WE SEE EYE TO EYE]の歌詞     Sing across the fies, Jump acrossthe wires, >> Sing across the desires, >> By the day we walk hand in hand. 上の一行目fiesは firesのrを落としたためfiesになって意味不明になっていた。 正しく修正した歌詞は以下の通り。 Sing across the fires, Jump acrossthe wires, Sing across the desires, By the day we walk hand in hand. これを日本語に直すと 「戦火を超えて、国境線を超えて、欲望を超えて、手に手をとって歩む日まで」 という意図を含ませたつもりの箇所であったが アルファベットひとつ打ちもらしていつものようにドスンッとこけた。 いつもいつも、訂正が多く多謝。 **************************************************      >>94/04/27 蓮華の花はヘルメスの杖によって開く、麒麟の瞳は何処を示すか    長い間ご無沙汰だったWEBSTER’S NEW WORLD   DICTIONARY1972年版を繙いて  「ヘルメスの杖」をやっと見つけた。   Mercuryの項目にローマ神話のマーキュリーの絵があった。  それはギリシャ神話ではヘルメスと呼ばれる。  頭に羽のついた帽子をかぶり、左右の足に羽のついた靴を履いて走っている。  そして、左手に杖を握っている。その杖の上端には羽があり杖全体に蛇が巻き付いて いる。  それが「ヘルメスの杖」そのものであった。  蛇が再生の象徴として医学者のシンボルにされているのではないか。 そういえばアメリカの病院にはあのマークが掲げられていたことをおぼろげながら思い 出した。 あのころはそれが何を意味するのか興味がなくて知らなかったけれど…。  「炎で書いた物語」最終章(その6の1)で引用した「Xファイル」のスカリーの台 詞  SCULLY,"It's not a same car. It's called the PRODUCE C.S.  このthe PRODUCE C.S.がやはり聞き取りミスで  実は、 REPRODUCESだったのではないかと今にして思う。  そうであればこのハロー・メッセージもやっと意味が通じる。 蓮華の花は蛇によって象徴される再生の杖によって開くということであった。  .  そして、もうひとつ心にひっかかっていた「鷲」も見つけた。 ウェブスター英英辞典の見開きの歴代アメリカ大統領の肖像画のページに 大統領のハンコが描かれていたのである。 SEAL of the PRESIDENT of the UNITED STA TES と大きな円をえがいて書かれその中に星が丸く並べられ、中心に白地に赤い縦筋の模様 の盾を胸にして羽をひろげた鷲が正面から描かれていた。あの鷲の紋章である。 歴史が創られるすべての最終的決断には、 アメリカでたったひとりしか使える人はいないというこの印璽が捺されてきたのだろ う。 BS放送のABC WORLD NEWS TONIGHTでちらっと見た 裁判所のマークはあの鷲を横から描いてあった。 やはり鷲はアメリカの象徴であったという気持ちが確信に近くなってきた。 こうして、日を追って行きつ戻りつしながら、 真実が半透明のベールを一枚ずつじらしながら脱ぎ、姿を見せてゆくようだ。 そう、まるで、巧妙なストリップ・ティーズ・ダンサーのように…。 すべてのベールがタマネギの皮のようにはぎとられたときそこに残るものは…。 タマネギは皮が本体なのだから…。        *******************************************************                    >>十字の真下に穴があった。  >>緋色の紐が投げ入れられたが、  >>それは飢えた者に盗まれた。     「十字の真下に穴があった。」という行はある文字の成り立ちを示していると言っ たら   あなたの脳裏にはその文字がすぐに浮かぶことだろう。次の行に目が進むまでに …。   そう、その通りそれは『古』である。   というわけで今回は饒速日尊(ニギハヤヒ)の幼名、布留(フル)の   『古』代コースに足を踏み入れることになる。     ARIONは饒速日尊を中心とする時代に起こった出来事の数々を   上記のわずか三行のことばに圧縮している。             それは実に複雑で整理するのが大変であるが  「古事記」「日本書紀」原田常治氏の「古代日本正史」(同志社刊)   その他の書籍を参考にその古代の事件のあらましをなるべくわかりやすく述べてみ たい。   古代人の名前はロシア文学の登場人物のように馴染みがなくて難しく   だれがどうしたのかこんがらがってしまうがこまめによみがなをつけて書いてみよ う。     ではまず十字の真下を神下と読む。そのころすでに素盞鳴尊は神格化されてを神と 呼ばれていた。  十(ス)字、素盞鳴尊の下(もと)に穴があったということになる。     饒速日尊は素盞鳴尊に協力して働き大和の初代大王となった。  当時は末子相続の時代で、そのことがその後の色々な事件の引き金になった。     素盞鳴尊の正当相続人は末子(マッシ)の須世理(すせり)姫であった。  それを真下(マッシタ)で暗示している。女性であるから養子をとることになった。  「穴」とは、ここでは大国主、大己貴(おおあなむち)尊のことである。     「緋色の紐が」の緋色は「緋」は系に非(あら)ざる日色でつぎの「紐が」と重な る。  紐がは「紐が」であって「紐を」でないのが音霊的に大切なところ。  「紐が」とは音霊から判断すればヒムカのことで日向を示唆している。  須世理(すせり)姫の養子に出雲の系ではない日向から  大己貴尊(おおあなむち)を迎えたということである。      大己貴尊の統治はうまくいったがかれの没後、  それから続くべき系統の紐が「飢えた者に盗まれた。」  本来なら正妻、須世理(すせり)姫との子「山代日子(やましろひこ)尊」「武御名 方(たけみなかた)尊」兄弟の末子である方の「武御名方(たけみなかた)尊」が正当 な出雲の相続人であった。  ところが、210−220年頃、九州では大己貴尊(おおあなむち)の日向の妻「多 紀理(たぎり)姫」の子で最年少の「事代主」(伊毘志都幣(いびしつぬ)尊)を擁立し ての九州独立運動、  いわゆる「高千穂の旗上げ」が行われた。 高千穂とは彦火火出見(ひこほほでみ)尊から神武東征までの日向の皇居であった。     それがのちの「出雲の国譲り」と呼ばれる分家が本家に挑戦状を突きつけたような  事件に発展して全面戦争になる。 日向軍に追われた出雲の武御名方(たけみなかた)尊は信濃へ脱出した。     結局は勝利を得た日向軍の事代主が幼すぎたため、祖母にあたる「緋」出雲の系で ない紐「悲母」 「卑弥呼」が国を治めるしかなかった。 かの女はのちに天照大神とされた「大日霎貴(オオヒルメムチ)尊のことである。 「霎」(ルメ)は靈と女が重なった文字で一字で霊の巫女であることを示している。 彼女は日霊女(ひみこ)であって真の天照太神ではなかった。 霊をルと読むかミと読むかでヒルメとヒミコに分かれる。    さて今度は「穴」を分解してウと八(や)とみたとき 「ウが八(や)」があったと読める。  ウが八(や)とは大日霎貴(オオヒルメムチ)尊の八人目の子で 末子相続人、鵜茅草葺不合(ウガヤフキアエズ)尊、熊野楠日(クマノクスヒ)尊であ る。 鵜戸神社の祭神であり、「鵜戸」とは空洞(うつろ)のことで穴そのものである。 おかしな名前だが日本書紀や古事記では母、豊玉姫が出産時に鵜の羽で作った産殿が 葺き合えないうちに生んだ子であるからということである。 シーザーが帝王切開(Caesarean operation)で生まれたので 鋏を意味するシーザー((Caesar)と名づけられたのに似ている。 >>95/05/27 矢車、鵜の小鳩、輪印、人の思いは幾星霜を超えるだろう この「鵜の小鳩」の鵜が鵜茅草葺不合尊でかれは親鳩で小鳩は伊波礼彦である。 >> 野鼠は藁を敷かずに眠った。 この行の野鼠も鵜茅草葺不合(ウガヤフキノアエズ)尊のことなのである。 鳩は九の鳥かと思ったがハトで八十、すなわち、ヤソである。 キリストと紛らわしいが、鵜茅草葺不合尊なら生まれた直後、藁を敷かずに眠った、は ずである。 かれは高千穂の旗上げに参加し、九州一帯を統治した。 かれの夢は輪印、大和統一であった。その思いが幾星霜を超える。 鵜茅草葺不合尊の末子相続人、伊波礼彦(いわれひこ)はすでに、 吾平津姫(あびらつひめ)との間に豊受姫(台与)を設けていた。 そのころ、大和の饒速日尊の末子相続人は伊須気依(いすけより)姫であった。養子を とらねばならない。 そこで鵜茅草葺不合尊は夢の実現のために伊波礼彦を大和にやることを思いついた。 可愛い妻子を日向に置いて伊波礼彦は大和へ東遷することになった。  >>緋色の紐が投げ入れられたが  「緋色の紐が」系の非なる日向、鵜茅草葺不合尊の夢を託した小鳩  末子相続人伊波礼彦(神武天皇)が投げ入れられた。    伊波礼彦はこうしてワジルシ(大和)の初代天皇となった。    ここに日向大和の合同が実現した。     一方、九州では大日霎貴(オオヒルメムチ)尊没後のことが魏志倭人伝に 「さらに男王を立てしも、国中服さず、更々相誅殺し、当時千余人を殺す。復た、卑弥 呼の宗女、台与(とよ) 年十三なるを立てて王となし、国遂に定まる」と記された。  卑弥呼の死後、激しい後継者争いのあと、  伊波礼彦が日向時代、吾平津姫(あびらつひめ)の間に設けていた  子豊受姫(台与)が正当相続者と認められてやっと国が定まったのである。    日本書紀では  神武天皇を「初馭天下之天皇(はつくにしらすすめらみこと)と記し  十代崇神天皇を「御肇国天皇」(はつくにしらすすめらみこと)と記している。  これではどちらも初代になってだれもが首をひねることになった。 自分の系統の皇位を正当化するための 顕かな改竄である。   改竄者にとって崇神以前の天皇は邪魔であった。  欠史八代と呼ばれるほどまともな記録は消し去ってしまった。  つじつま合わせの記事に目を惑わされて  神武でさえいなかったという論が出されるほどである。  崇神の名前に注目してみよう。  御間城入彦五十瓊殖(みまきいりびこいにゑ)天皇  すなわち崇神は朝鮮半島南部の金管加耶(任那)の城からの入り彦で入植者である。  「飢えた者」とは崇神天皇一族で五十の瓊(たま)に殖えた者なのである。  かれらに次の血を盗まれたのである。      そのことを怒って神上がりされていた饒速日尊が崇神の代に大物主としてお出まし になった。  大物主は音霊的には宇宙の聖音AUMの主である。  日本書紀によると  崇神五年に国内に疫病が蔓延して人民の大半が亡くなった。  六年には百姓が逃げたり背いたりして治まらなくなった。  それまで、崇神朝では天照大神と倭大国魂神を宮廷に一緒に祭っていたのでうまくゆ かないと考えて  豊鍬入(とよすきいり)姫命に命じて天照大神を大和の笠縫邑に奉らせた。     このとき、磯堅城(しかたき)の神籬(ひもろぎ)を立てた。  そこに供えたのは緋色のひもろぎ、古代の赤米であったのだろう。  それが緋色の紐の意味である。  この供え物(ひもろぎ)からの連想で飢えた者に盗まれた、という文が続けられる。     しかし、倭大国魂は饒速日尊の別名なのでそうはゆかなかった。  渟名城入(ぬなきいり)姫命に託して祭らせたが  髪が抜け落ちて体が痩せさらばえてとても祭ることができなかった。   豊鍬入(とよすきいり)姫命も渟名城入(ぬなきいり)姫命も   名前に入り姫を使って入植者であることを示している。   倭大国魂は外来者に祭られることを拒んだのである。      そこで七年の二月に天皇が神浅茅原(かむあさじはら)に行幸して神意を問うと 神明倭迹迹日百襲姫(かみやまとととびももそひめ)に大物主が憑いた。 自分は倭の大物主で敬して祭れば平和になると約束した。 ところがその通りにしても一向に改善の兆しがなかった。 それで天皇は斎戒沐浴して祈った。 するとその夜の夢に大物主が現れて 「わが子、太田田根子(おおたたねこ)に祭らせよ、そうすれば治まって海外の国も伏 する」 と申された。  八月に倭迹速神浅茅原目妙姫(やまととはやかむあさじはらまくはしひめ)と 穂積臣の遠祖大水口宿禰(とほおやおおみくちのすくね)と伊勢麻績君(いせのおみの きみ) の三人が同じ夢を見た。 「太田田根子に大物主を祭らせ、市磯長尾市(いちしのながおち)に倭大国魂神を祭ら せれば 天下太平となる」とのことであった。  それで天皇は喜んで確信して太田田根子を茅渟県(ちぬのあがた)の陶邑(すえむ ら)に探し出した。 天皇自ら諸侯を率いて神浅茅原に赴いて「おまえはだれの子か」と太田田根子に問う た。 「父は大物主大神、母は活玉依媛(いくたまよりひめ)、陶津耳(すえつみみ)の女 (むすめ)、 あるいは奇日方天日方武茅渟祇(くしひかたあまつひかたたけちぬつみ)の女なり」 とかれは返答した。 そこで、太田田根子に御諸山で大三輪の大神(大物主)を祭らせ、 長尾市(ながおち)には倭大国魂神を祭らせた。 そうしてやっと災厄が鎮まった。  しかし、天照大神の方は最終的に伊勢に落ちつくまでに  笠縫邑からはじまって二十カ所も転々とすることになった。 盗まれた緋色の紐(悲母)そのものである。 かの女は外来者の政権維持のために利用されつづけついには伊勢の地で鎖につながれ た。 #04070「炎で書いた物語」最終章(その6の1)で崇神その他の行った政権維持法をす で に述べた。 よければ参照されたい。 多くの人がそのことを知ることによって緋色の女、天照大神の鎖が解き放たれる。 真の天照太神の登場は近い。 >>94/10/25 朱き門に丹塗りの矢、小槌の沙汰は龍の眼尻を掠め、矢は的に…  古事記に三輪の大物主が丹塗りの矢  になって勢夜陀多良比賣(せやたたらひめ)の陰(ほと)を突いたとある。  その名のセヤとはヤジリのことでタタラは(立たれ)でホトに  丹塗りの矢を立てられたということそのままの名前゛ある。  そのとき、イススキキ(ぶるぶるふるえた)ので  生まれた子が富登多多良伊須須岐比賣(ほとたたらいすすきひめ)命で  ホトというのを嫌って比賣多多良伊須氣余理比賣(ひめたたらいすけよりひめ)と改 めた。  饒速日尊(大物主)の血をひく伊須氣余理比賣とイワレヒコ(神武)との縁組みが決 まり、矢は的に(大和)が成ったというハロー・メッセージである。  ここでもう一度大物主に関連して先に引用したハロー・メッセージをご覧いただく。    >>94/04/27 蓮華の花はヘルメスの杖によって開く、麒麟の瞳は何処を示すか    崇神十年、三輪山の大物主は倭迹迹日百襲姫(かみやまとととびももそひめ)と結婚 したが、  姫はある朝、大物主が櫛函の中に入っていた小蛇であったことに  驚いてホトを箸で突いて死んで箸墓伝説を残す。  ホトを突くイメージがよくでてくるのは一○の最高神、そして一寸法師につながる。  再生、創造を暗示している。  蛇神であり、太陽神であり海を照らす神でもあることから  「ヘルメスの杖」に巻き付く再生の象徴の蛇が大物主であると考えると  やはり、蓮華の花は大物主(饒速日尊)=真の天照太神の再生によって開くのであろ う。  うまく整理できたとは言い難いが、  これが現在のぼくにできる古代史コースを辿る最大限の解釈である。    (つづく)   ♪♪音(SOUND) ♪♪ 04135/04135 CZA03240 すろす 現代のソドムとゴモラ (14) 96/06/25 06:15 04125へのコメント こんにちは。 『緋色の女』・・・ 92/08/30 のARIONのメッセージにも登場しています。 >緋色の女は、藍のローブを纏い、緑のおしろいを身体に塗り準備している。 >黒鉛の嘆きは、人々の知らぬところで埋葬されるだろう。 >目に見えるものだけを信じる人々が、大きな男に連れて行かれる。 >この男は、片目だけしか開けていないのだが、両目が開いているように見える。 『緋色の女』・・・聖書をつかって考えてみます。聖書に関係する書籍も参考に しました。 参考にした本は「悪魔大事典 成沢大輔・編」        「天使とはなにか フィリップ・フォール著 片木智年 訳」        「キリスト教の本」です。 かなり空想ぽい解読です (^^;)。 「大天使ガブリエル」を『緋色の女』と考えてみます。 「ガブリエル」は「神の力」を意味します。 「ガブリエル」は二つの翼を持っているそうです。 「右の翼」は「純粋な光」をあらわします。 「左の翼」は「暗黒のひろがり」をあらわします。 光の魂は右の翼から、暴力、貧困、人生の浮き沈みは右の翼からでてくる。 翼の上部は月の昇るときの赤みのかかった色、もしくは孔雀の足の色に似た黒い 影・・・というイメージがあるようです。 マリアに受胎告知をしたのが「ガブリエル」です。 また、背徳の街「ソドムとゴモラ」を炎で焼き尽くした天使が「ガブリエル」と 言われています。 タロットカードでは、最後の審判のラッパを吹きならし、死者を復活させる天使 として描かれているそうです。 「ガブリエル」は大天使で唯一、女という説があります。 「ガブリエル」は「誕生と破壊」のふたつの顔をもっていると考えます。 それで「長い間、繋がれていた鎖が解放された」ということは 「ガブリエルの破壊の力」が「ソドムとゴモラ」のように再び使われると言う意 味と考えます。 「ソドムとゴモラ」の街が滅んだ事実は歴史に残っているそうです。 「短剣」は聖書で暗殺を意味するようです。 「ガブリエルが破壊を行うスタンバイをした」と考えます。 しかし、いつ破壊されても、人間は文句はつけられません。 自分たちの行いのつけを払うということだから。 「破壊」それは「神の愛の力」ということだと考えます。 ただ、「ソドムとゴモラ」の場合、善人がいれば炎で焼き尽くされなかったのです。 いまの時代にも善人がいれば、破壊を切り抜けることは、できると思います。 たとえ破壊があっても真の人間には、立ち直る力があると思います。 96/06/23(日) 01:36 すろす(CZA03240) - FARION MES(16):心霊学研究所 ★ シルバーバーチと共に 96/06/25 - 638/638 BYI17604 虫人 RE:善悪は相対的なもの (16) 96/06/24 16:06 620へのコメント 自然科学の世界では通常「善悪の判断」はしません(この部分が科学の限界 だと言われればその通りです)。科学的に判断できるのは「正誤」と「損得」 だけです。したがって科学者は通常「善悪の判断」の代わりに「損得の判断」 を用いています(もちろん『効率的なものは善である』という大前提がある わけですが----)。例えば、自然環境保護の問題にしても科学者は「生物の 多様性を保つことがいかにヒトにとって利益があるか?」とか「CO2の排出 量を抑えないとヒトがどれだけの損失を被るか?」ということを真面目に議論 しているわけです。法律を作ったり、行政に働きかけたりするときも有効なの は基本的にはこの「科学者の損得勘定」の方で「宗教家の善悪判断」ではあり ません。科学者が善悪のことを言い出すと私なんかは「善悪の話に逃げるな! きちんと損得の計算をしろ!科学者なんだから」とか思うわけです。 ですから、 >> たとえば、下等動物にとっては、同種の仲間を共食いするのは「悪」では >>ありません。人間でさえ昔の未開の地域には、人間を食べる種族もいたでし >>ょう。それも彼らにとっては、決して「悪」では無かったはずです。 >> しかし、現代の人間にとっては、人食は言うまでもなく「悪」です。 >>この、悪になるかならないかの違いは、何によるのでしょうか。 >> >> それはやはり、人類全体の(またはその属している社会の)霊的な進化の >>程度によるのだと思われます。現在、霊的に到達した境地から、より前に進 >>む行為が「善」であり、後退する行為が「悪」であるということです。 >> ですから動物にとっては悪ではない共食いが、現代人にとっては悪になる >>わけです。それの行為が、前者にとっては必然であり、後者にとっては霊性 >>進化への反逆行為だからです。 というのも、私には少し抵抗があるんです。ヒトが共食いしないのは、共食い のデメリットの方がメリットよりも大きいからで、「霊的な進化」なんていう あるのかないのかわからない概念まで出して善悪の問題に逃げるのは無理が あるような気がするのです。ちなみに、一口に共食いと言っても、親が子の、 子が親の、兄弟同士が栄養源になることで餌不足に対処するという戦略(極端 な例ではカブトエビの一部の個体群では『幼生期の主食は共食いである』と 記載されています)もあれば、ライオンやハヌマンラングーンの子殺しの ように他人の子を殺すことで自分の子孫の適応度を上げることを重視する戦略 (単なる栄養補給のためだと考えられていたイモリの共食いも、調べてみると、 自分と血縁関係の濃い個体同士の共食いを避ける傾向があるそうです)もあり、 それぞれ生物の生存にとって非常に意味のあるものです。また、未開人の共食い も殺して喰うのは他の部族のヒトだけで、部族内での共食いは行われなかった はずです。同じ部族内での共食いしているような部族は存続できないでしょう。 現在、ヒトが共食いをしないのは、タンパク源としてのメリットもそれほどなく (もっと簡単に家畜からタンパク質を得ることができるので)、他の部族の人口 を減らして自らの部族の人口を増やすという点でも共食いは恐ろしく効率が悪い (近代兵器による戦争の方がよっぽど効率がいいですから)からです。 余談ですが、私も参加している宗教HPのオーナーの小池さん(PXN04757)が、 「FARIONに宗教HPの宣伝をしたら、削除にあった」と愚痴ってましたが、 何がまずかったんでしょうか?宗教HPは霊現象否定派の方が多くて議論が 偏りがちになるので、FARIONに来ている人にも参加してほしいのですが----。 やっぱりHPのパスワード公開が問題なんでしょうか?でも、HPは私信扱い とか言っても、実際にはオープンなHPも多いと思うんですが----。                     ◆パスワードはREL1996こと虫人◆ - FARION MES(19):世も末ばなし ★ ぶっ飛び話・罰当たり話 96/06/25 - 995/996 QZY01267 猫の手 RE^2:異星人に関するご意見はありませんか (19) 96/06/24 21:27 990へのコメント コメント数:1  こんにちは、中井さん。中井さんの一連のUPを読んで中井さんの考えがよ うやく見え始めてきました。私は知りませんが、中井さんのおっしゃるような ことが実際に起こっているのかもしれません。  この世界には霊的に存在する宇宙人もいれば、地球人と同様に物質世界の肉 体に執着してそんざいしている宇宙人もいれば、当然両方を意識して生きてい る宇宙人も居ると思います。    地球に生息している人類を遺伝子操作で生み出した宇宙人がいたとして、そ の宇宙人達は何を目的にしていたのでしょうか? そしてその宇宙人達はその 目的を手にしているでしょうか? その宇宙人達は今も存在しているでしょう か? 今もいるとして今も同様の考え方をしているでしょうか? 更にはその 宇宙人を生み出しされたのはどうしてでしょう? 地球人を生み出した宇宙人 に対してと同じ質問が私の中に浮かんできます。  こういう方向で思考が飛んでいくのを私は建設的だとは思いませんが、神話 や、過去に残された記録から人類を支配していた神々、もしくは宇宙人がいた のではないかというような推測をしている本はこのところ多数出版されている ようですね。私とすれば、誰がどういう目的で私を生み出そうと構わないので す。私は私の感性の中で生き、必ずしも私を生み出した者の意図通りに生きる とは限らないですし、その私を生み出した者さえも、私を通じて『幸せ』を感 じたいと思ったから私を生み出したことは確かだろうと思っています。  こんなこと以前書いたっけ?  私が造った粘土細工、  その粘土細工を私のものと主張する。  でもしかし、その粘土細工は永遠に私のもの?  私は誰かにそれを譲り渡すかもしれないし、  誰かに奪われるかもしれないし、  先に私の寿命が尽きちゃうかもしれないね。  私の子ども、  私の子どもを私のものと主張する。  でも本当に私の子どもは私のもの?  本当に私の思う通りになりそうに見えるのは、  ほんの幼いときだけのこと。  私がどう思っていようとも、  時と共に彼は彼を生き始め、  私の手には負えなくなっていく。  私の粘土細工も、  私の子どもも、  それはそれに属し、  それぞれの主体性持っている。    それぞれはそれぞれに属し、  私はそれぞれの中の私という属性に於いて  それぞれに係わっていく。  互いに造り造られて、  それぞれに影響受けながら、  新しい世界がまた生み出されていく。  アメリカのやっていることが気になるのでしたらクリントン大統領に E-mailでも出してはいかがでしょうか? 他人のやることにただ単に不安に おののいているよりはましかもしれません。   宛先は<INET:president@whitehouse.gov>ですよ。     ** QZY01267/『猫の手』 <96/06/24 06:34:51> ** 996/996 HGE02116 MAKOTO これ、いいなぁ(^^) (19) 96/06/24 23:23 995へのコメント #995>猫の手さん、割りコメでーす(^^) | アメリカのやっていることが気になるのでしたらクリントン大統領に |E-mailでも出してはいかがでしょうか? 他人のやることにただ単に不安に |おののいているよりはましかもしれません。 |  宛先は<INET:president@whitehouse.gov>ですよ。  この部分を読んで笑ってしまいました。気持ちのいい笑いです(^^) この考 え方いいですね(^。^) 情報に振り回されて、ただただ不安がっているより、 遥かに建設的だわ(*^_^*)  実際には、メールしても無駄かも知れない。でも、思い煩ってるだけってい うよりは、行動にうつした方がよっぽどいい。その結果、面白いものを見つけ る可能性も0じゃないですしね(^^)                         MAKOTO でした☆