天使の庭では焚き火民達が自分達の生き方について話している - FARION MES( 5):|ψARION 関連 |日本正史・真実発掘 97/02/16 - 00085/00087 MHD02672 TAO 空海と宮島、蝦夷 ( 5) 97/02/15 17:23   これは18番会議室の、CHARANさんのご発言(#199)に対するコメントですが、  内容的には5番向けかと判断しましたので、ここにUPさせて頂きます。   CHARANさんのご指摘を受けて、改めて宮島の所在地を確かめると、確かに  広島県佐伯郡宮島となっているのですね。地名が佐伯となっているのは、空  海と血縁にあった佐伯一族と関係があったからかどうか、これについては未  確認ですが、この一族が「蝦夷」の血統に連なる人々だったとしたら、宮島  や厳島神社にも「蝦夷」の影が匂いますね。   社伝によれば、推古天皇元年、安芸国の豪族であった佐伯鞍職が神託を受  けて、島の三笠浜に社殿を造ったのが、厳島神社の始まりだとされています。  以降、代々佐伯氏が神主を務め、平安時代には当時の神主佐伯景弘が平清盛  と深く結び付き、この佐伯景弘を厳島神社を隆盛に導いた陰の立役者だとす  る説もあるようです。   平氏滅亡以降も厳島神社は時の権勢者の崇拝を受け続け、風波や火災等で  社殿が損なわれる度に、何度も当初のままに修復されたとされます。なお、  今テレビドラマになっている「毛利元就」も、元亀二年(1571)に末社までを  古式のままに造営したそうです。   空海の父、佐伯直田公は「大和朝廷に囚われ、隷民として播磨や讃岐等に  配置された東国の民=佐伯を総轄していた」といいますが、空海自身も讃岐  の生まれですね。(※讃岐国=今でいう香川県)   宮島と空海の関係を調べてみると、色々と面白いことが分かりますね。弥  山には空海が焚いたとされる「消えずの火」が燃え続けていますし、「錫杖  の海」「曼陀羅岩」と空海ゆかりの場所が幾つかあります。また高野山と宮  島の交流についても、11世紀以降に広島湾や付近では、能美庄・可部庄・安  摩(アマ)庄…等から高野山への寄進が盛んに行われていたそうで、特に安摩庄  からは年貢が高野山宝塔院へ寄進されていたといいます。   話が逸れますが、最澄と共にAMA族を封じ込めたとされる桓武天皇が没  した後は、平城天皇を経て嵯峨天皇が即位しますが、嵯峨天皇から「藤原薬  子の変」の平定を依頼された空海はその法力をもって見事に成し遂げ、嵯峨  天皇の庇護を受けるようになります。蝦夷征伐に勤しんでいた桓武天皇の意  図を、空海がどこまで知っていたかは窺い知れませんが、空海が蝦夷の血を  受け継いでいる可能性が高いことを考えると、浅からぬ因縁を感じます。   以上、想像力を逞しくして考えてみました(^^)。  TAO 00087/00087 CQE07040 ISE RE:大分県宇佐神宮の祭神 ( 5) 97/02/16 02:36 00077へのコメント 松川 貴さん はじめまして >比売大神、この神については私が以前地元の春日神社の祭神を扱ったとき、 >正体が分からないからということで、ほおっておいた神様で、名前だけはよ >く覚えております。 比売大神は全国の春日大社に、天児屋根命、経津主、武甕槌命と共に祀られて いますが例外的に、福井県丹生郡の春日神社や、島根県鹿足郡の春日神社では、 比売大神の代わりに天照皇大神が祀られています。 「奈良名所八重桜」の春日大社の項には、 「姫大神(第四の御殿)すなわち伊勢国渡会宮 天照大神の分身」 と書かれています。 つまり、国譲りの最終的な立て役者、経津主、武甕槌命などの武闘派の神と 共に祀られるときにアマテラスは比売大神と呼ばれるようです。 宇佐神宮で比売大神が三女神と言われる由縁について 大分県というのはスサノオを祀る神社が異様に多いのです。430社もある。 宇佐神宮のある宇佐市では四割がスサノオ、オオトシを祀る神社です。 政略結婚の場だと思うんですね。アマテラスとスサノオの。 それを大っぴらに言えないので、三女神(二人の子)を祀ることで暗にそれを 示しているような気がします。 宇佐神宮は元々地主神として比売大神だけを祀っていたのが始まりですから、 応神天皇と神功皇后は余分なんです。 ******** 今流行の三四五封印で考えると 春日大社は出雲との協調を望んだアマテラスの意志を、 天児屋根命、経津主、武甕槌命の「3」で固め「4」で封印していると言える かも知れません。 宇佐神宮はアマテラスとスサノオを祀る所に、応神天皇と神功皇后を足して 「4」で封印しているとか。 「柏手」について 私は全く気にしていません。というよりわたしは神社に行っても柏手を打った ことがない。「ハロー」と言ったり「ニイハオ」と言ったり「こんにちは」と 言うのと同じ意味ですよね。神が相手なのだから一から十まで心ですれば良いと 思ってます。 ただ今回ARIONの本を読んで思ったのは、柏手を何度打つというのは、 4回であれ8回であれ「封印」の後押しをしている可能性があるんですね。 「8を封じた渡来系の力を強めているのは、祖土をないがしろにするこの国の 民人である」て、言ってますね ARION。 ちなみに、私が最も興味をそそられるアマテラスという女性の名は、 ツキサカキイツ ノ ミタマ アマサカル ムカツヒメミコト 日本書紀にある「撞賢木厳之御魂天疎向津姫命」です。 それでは(^_^)/ ISE - FARION MES( 6):|ψARION 関連 |メッセージから学ぶ 97/02/16 - 02338/02343 KFQ02761 しまうま 幕が下りるまでの猶予 ( 6) 97/02/16 00:32 02336へのコメント #02336 あもりさん  こんにちは〜。この会議室ではお久しぶりですね(^^)。 |「もう猶予がない」と言われて、さて何を思うか?ですよね。  「もう猶予がない」とあもりさんがおっしゃっているのは、「12人の長と 12人の天使長とが12回祈る間…枯れ枝に若芽が吹き花が咲き実がなるかど うかを観る。観た後に時の神の要請処理に入ろうと思う」という天使長の言葉 から来ているのですよね(違っていたら教えてくださいm(__)m)。  「〜が12回祈る間」というのが、いったいどれくらいの間なのか(12年 なのか、1カ月なのか、36日間なのか、24時間なのか……)はわかりませ んが、いずれにしろ保留期間のおシリは決まっていて、そこで何事かが決まる、 ということでしょうね。そして、雰囲気的には、そこで決まった何事かは、も う覆せない、というムードを感じます。  おそらく、天使長のいっている「期間」がどれくらいの長さであるか、とい うのは本質的な疑問ではないんでしょうね。期間がどうであれ、期限があろう がなかろうが、「今」を生ききるしかないんだろうと思います。  もう「だろうと思います」なんてのんきに構えている場合じゃないのでしょ うね。焦らず、急いで、先に進みたいと思います。  ではでは(^^)/。 しまうま(KFQ02761) 02339/02343 VFG01465 ばかまま 970119-22 の ハローメッセージ ( 6) 97/02/16 07:39 >>「言われた事をきちんと遂行するのは正しい事だ」と天使 >>「だが、未だお前には知りようの無い任務もある」と天使は言った >>「私には時の神から依頼された別な任務があるのだよ」と天使 >>「そしてこれは未だお前達には理解出来ないものなのだよ」と天使   02340/02343 VFG01465 ばかまま 970123-25 の ハローメッセージ ( 6) 97/02/16 07:40 >>「そうでしたか…分かりました」と小天使は明るく言った。 >>「さて、皆は集まっているかな?」と天使「はい広間に」と小天使 >>この家の広間では数十人の大小天使が集まって天使長を待っていた 02341/02343 VFG01465 ばかまま 970126-31 の ハローメッセージ ( 6) 97/02/16 07:40 >>さて表の焚き火民達は明け方の空の下、真剣に話し合っている様子 >>「要は、一人一人が話し合った事をどう活かすかだね」と焚き火民 >>「そうだ自分で選んで自分でどう動くかだね」と別の焚き火民 >>「私は今後、一瞬一瞬何を選びとるのか自己観察を」奥の焚き火民 >>「…しようと。そしてその結果起きる事の全てが自分の選択で…」 >>「あるという事を常に自覚しようと思う」奥の焚き火民は言った  02342/02343 VFG01465 ばかまま 970201-03 の ハローメッセージ ( 6) 97/02/16 07:40 >>「私は先ず自分がどういう生き方を望むのか考える」脇の焚き火民 >>私は昨日の自分を超える為に今日を生きる術について」焚き火民 >>焚き火民達は其々に自分の生き方の方針について語り合った…   02343/02343 VFG01465 ばかまま 970206-07 の ハローメッセージ ( 6) 97/02/16 07:41 >>「時の神の要望を保留にして私がしようとしている事は」と天使長 >>「私達神霊族と会った後、人がどう考え、どう行動するのか?を」   - FARION MES( 7):|ψARION 関連 |自分を観る 97/02/16 - 09691/09701 SDI00635 みれ 龍さん、それはね… ( 7) 97/02/15 17:02 09690へのコメント コメント数:1 #09690 龍 さん |今日のRTで私の疑問をすべてみれさんに言いました。 | それで疑問はすべて解決しました。結論はいいません。 | RTでの発言を引用するのは違反だそうですから。  RTでのログを引用掲載するのは、そこに参加した人全員の許諾が必要なん ですよ。また、RTに参加していない人には分からない話を会議室でするのは、 マナー違反になります。  そういう意味で私は違反ですと言った訳ですが、今回のこのケースは会議室 上での話ですから、RTで何があったか分からない会議室のROMerさん達 にも分かる説明が必要です。  龍さんがどう解決したのかは私には未だ疑問ですんで、この話はちゃんと分 かる様にキチンとお尻まで持ってゆきましょう。分かったか分からないか不明 だけど、まぁいいか…とやってしまうと遺恨を残すことに成りかねません。  ということで(龍さんと私と優位くんだっけかな、あの時龍さんと対話して いたのは…?)その他の方々の会話部分を省略して、龍さんと優位くんと私の 対話部分だけを抜粋し、編集したものを会議室にUPする方向で如何でしょう か?  メールで昨日のRT参加者に上記のことへの許諾を取らねばならないのです が面倒を省くため、この会議室に参加されている方は私宛にメール下さいね。 ★-------------------★/みれ(Millenium)SDI00635/★-------------------★ 09692/09701 SGQ02661 龍 RE:龍さん、それはね… ( 7) 97/02/15 21:17 09691へのコメント コメント数:1  こんばんわ、みれさん、龍です。 |今日のRTで私の疑問をすべてみれさんに言いました。 | それで疑問はすべて解決しました。結論はいいません。 | RTでの発言を引用するのは違反だそうですから。  と「すべて」と書きましたが、これは優先順位がもっとも  高い問題が解決できたの間違いです。   ですから優位さんとの問題もまだ解決はしてませんし、  その他にも問題は残っています。  そういう訳ですがそれでもRTの内容をUPされますと  それについて質問されても、昨日、解決した問題がみれ  さんとARIONに関する問題なわけで、それを始める  とまたここの会議室の趣旨と離れることになるのですが  それでも良いのならRTの内容をアップしてもらっても  かまいませんが。 以上           龍(SGQ02661)でした(^_^)/~ 09701/09701 SDI00635 みれ RE^2:龍さん、それはね… ( 7) 97/02/16 13:23 09692へのコメント #09692 龍 さん  こんにちわ。 | そういう訳ですがそれでもRTの内容をUPされますと | それについて質問されても、昨日、解決した問題がみれ | さんとARIONに関する問題なわけで、それを始める | とまたここの会議室の趣旨と離れることになるのですが | それでも良いのならRTの内容をアップしてもらっても | かまいませんが。  RTでの会話の内容ですが、あれはUPした方がいいと思います。  一つ一つの事柄について、龍さんがどのように理解し納得したかの流れが見 えて来る方が、今後のその他の対話にも良い結果が出ると思います  会議室の主旨から離れることは無いと思います。  何故ならば話されているテーマは、龍さんの心の在り方ですから。  ARIONのことについて問うていると龍さんは言われていますが、ARI ONのことは契機に過ぎないんだな、と私はRT上で思いました。  ということで皆さんの了解を得ることが出来たら、ここにUPしたいと思い ます。編集は私がしましょう。 ★------------------★/みれ(Millenium)SDI00635/★-------------------★ 09699/09701 SDI00635 みれ RE^2:煙が燻り出す虎 ( 7) 97/02/16 13:22 09672へのコメント #09672 KAZE さん  ややノロなRESタイミングになってしまいましたが(^_^;)  KAZEさんの喫煙や飲酒へのスタンスは分かりました。  そういうことなら私も理解出来るんです。  以下の部分でKAZEさんが言われている部分; |その話はよくわかります。 |権威依存で鬱憤晴らし、または暇つぶし、自分から目を逸らすためのネタ・・・ |そういう方のメンタリティですよね。  これに加えて、何故「健康」という理由があれば、人はあれほど強気になれ るのか?といった部分とかも、再度洗いなおして行きたいと思うのです。  私がこういうのも実は、こういうことがあったからなんです。  普段はとても話の分かる人で、権利と自由についても一家言ある人が数人居 ました。 この人達は勿論責任や義務についての見解もしっかりしたものです。  ある時、この人の仕事仲間で毎年開いている懇親会を禁煙にしようと誰かが 言いはじめたのです。分煙では無く、禁煙です。その後で交わされた会話に私 は悩みました。何故ならば、彼らが普段口にしているモットーとは懸け離れた、 むしろ意地悪を感じる様な会話だったからです。  要するに「喫煙者には人権なんてないよ」とか「喫煙者がどうしてもと言う なら換気扇の下に集めて喫煙して貰う、椅子なんか要らないね。そこにデカデ カと喫煙の害についてのポスター貼っておこう」とか「毒ガスを口から吐く奴 等とは話さない」「健康を害する事が平気な人間は人間ではない」などなど…。  喫煙が迷惑になるなら、そう言えばいい。だけど、ここまで言うのはどうな んだろう?思えば、太古の昔から喫煙する人は居る訳で、でも今ほど攻撃され ていたんだろうか?  私には昨今の人々が言い方は悪いかも知れないけど狭量になったように思え るのです。相手が喫煙していて、それが迷惑ならそう言えばいいだけのこと。 嫌煙権などという大それた権利を付加して言うようなことじゃないと思うので す。私には嫌煙権を叫んでいる人達の中にヒステリックなものが見えるのです。  誰がヒステリィなのかを話したいのでは無く、何故、そうなってしまうのか? を話したい訳です。相互に許容しあう事が減って行く社会は、私には無気味なの です。  昔、風鈴殺人というものがありました。風鈴の音がうるさいからと人を殺し てしまう…こうした騒音にしても喫煙にしても昔からあったことですが、それ が何故、今の世の中耐えられないくらいに酷いと感じる人が増えたのか。  ここいらは多分、他人と自分という区切りが不明瞭になっているせいか?と も思うのです。他人と自分を明確に区分出来て初めて、人は自分も他人も尊重 出来るのだろうと思います。そういう意味で、騒音にしろ喫煙にしろ、お互い に狭量になっていないか?ということです。 |そうした習慣性というか、そういう依存状態ということについて、 |その精神構造のほうも興味があったりします(^^)。  習慣性とか依存状態とかについて話そうとすると、それがあるということが 前提になってしまいますんで、これは私には当てはまらないので一般論になっ てしまいますね。KAZEさんにも無いし私にも無い話を展開するのは無理なので、 これはテーマとして取り上げないつもりですが如何でしょう? ★------------------★/みれ(Millenium)SDI00635/★-------------------★ 09700/09701 SDI00635 みれ RE^3:煙が燻り出す虎 ( 7) 97/02/16 13:22 09683へのコメント #09683 スウ さん  どうも(^_^) | そんな身勝手さが嫌煙権を訴える心理の中に含まれがちなことを、当方は |コメントの中で暗に示したつもりです。同時に‘喫煙権’を訴える心理にも |自己正当化のための欺瞞が入り込みがちなことも指摘したくなります。  暗に示された部分が分かりました。これは私の読解力の無さですね(^_^;)  私の場合、誤読を避けたい気持ちが強い為に、暗に示されることには免疫が 無いというのもありますが…(免疫が無いというのかな、こういう場合) | 自分が吸っても他人が吸うのは煙たいとか、臭いが衣服につくのは嫌だか |ら自分の部屋では吸わないとか言う喫煙者もいるので、呆れてしまいます… |彼・彼女らに対して、当方は別に殺意を抱く訳ではありません。念のため。  呆れられるとのことですが、私も実は喫煙は好きだけど残留する匂いは嫌い です。でもこれってイワシは好きだけど、イワシの匂いがまな板に付くのは嫌 だというのと同じじゃないですか?そのものの持つ匂いと残留する匂いは別だ と思うので呆れられてもなぁと思います。  昔から喫煙者と非喫煙者は居たわけですが、昔は今ほど嫌煙権を叫ぶ人は居 なかった…これについてはどう思われますか?昔から健康に悪いというアタリ はあったのに、知っている人が少なかったからでしょうか?…それだけじゃ無 いと思うのです、私は。  何となくですが、人権や自由を叫ぶ社会にしては、ひとたび社会的コンセン サスの取れたテーマを掲げられると一気に排他的な不自由な社会になってしま う様な、そういう怖さみたいなものを感じるのです。  喫煙者も嫌煙者もお互いに許容出来る心を育てる社会であって欲しいと思う のです。酒にしても同じ…酒の害があまりないと皆さん思われている様ですが、 実際には飲酒の結果起きている犯罪は少なくないですしね。  喫煙されると周囲に迷惑が掛かる…飲酒も同じです。その影響がどの程度で あるのか?とかは私は問題にしていません。そういう影響の多寡が話のテーマ では無くて、何故、今はこうなのか?何故、昔は違ったのか?という観点から も喫煙、嫌煙の問題を考えたいと思います。  また「健康」とは何か?という話もしたいと思います。今、マスコミなどが 喧伝している「健康」には怪しさを感じるんですよ、私。  喫煙者が正しいか嫌煙者が正しいかの話では無いのです。でも、どうしても そっちの方に話が向かい易いみたいですけど(^_^;) ★------------------★/みれ(Millenium)SDI00635/★-------------------★ - FARION MES( 8):|ψARION 関連 |預言解読村 97/02/16 - 00324/00334 PAG03134 はな RE:濡れた衣 ( 8) 97/02/15 18:54 00282へのコメント 維/YUI さん          <2>  二一、 東の風が吹く時に 三番目の鐘が鳴る      朝告鳥の声を聞け      その時までに 濡れた衣(ヒスイ)を      脱ぎ捨てよ                    (光の黙示録より) >>ふと思ったんだけど、「濡れた衣」って、「ぬれぎぬ」のことかしら、有り体に >>言えば。。。  維/YUIさんの解釈、おもしろいと思いました。  「濡れる」には潤うという意味があります。潤った衣を脱ぎ捨てよとは、 贅沢三昧で過ごしたいという衣食住の夢を脱ぎ捨てよという意味が考えら れます。  光の黙示録には、「濡れた衣」には"衣"に「ひすい」とルビがふってあ ります。「ひすい」は「火水」と読めます。ここから、維/YUIさんの 解釈の他に、濡れた衣から「濡れた火水(カミ)」→「濡れた神」のダブルミ ーニングもありかなと。  火(ヒ)は霊(ヒ)であり神に通じます。濡れた衣は火で燃やそうと思っても 燃えませんから、火を寄せ付けない衣です。つまり霊(ヒ)を寄せ付けない衣 をはやく脱ぎ捨て、霊を寄せ付けるような衣を身にまとうべしという意味 にとりました。  心に炎を灯そうと思っても、濡れた衣であれば火は消えてしまうでしょ う。ハローメッセージに出てくる凍えさんが寒がっているのは、焚き火に くべる薪をもっていないだけじゃなく、身にまとっている衣が濡れている から「寒いんじゃねーの?」という比喩が込められていると考えれば、お もしろいですね。「おいおい、そんな濡れた衣をはおっていては、風邪ひ くぞ」って。(凍えさんの件は、私、人事じゃないな(^^;)  もう少し解釈を深めてみます。  では、濡れていない衣、つまり火を寄せ付ける衣とは何か。それがヨハ ネの黙示録に記されている「子羊が身にまとった麻布の衣」だと思うので す。  アリオンは「真理」とは「愛」の存在だと言っており、「真理」の智慧 の伝承部分の一例にヨハネの黙示録の下記の部分を引用しています。  「子羊の婚姻の時はきて、花嫁はその用意をしたからである。彼女は、   光り輝く、汚れのない麻布の衣を着ることを許された。   この麻布の衣は、聖徒たちの正しい行いである。」                   (ヨハネの黙示録第19章)  麻布を身にまとう子羊とは、「宇宙の清浄かつ、熾烈なエネルギーをそ の愛に満ちた清い心と体にまとうことを意味する」とアリオンは説明して います。熾烈なエネルギーを含めるほど、着火性のある衣。  濡れた衣を脱ぎ捨てて、麻布の衣を身にまとう。麻布の衣までは身にま とわないにしても、少なくとも火が燃え移らず、神を寄せ付けない衣は脱 ぎ捨てよ。そう考えてみました。                       はな - FARION MES(13):|∞シュタイナーその他|神秘学遊戯団 97/02/16 - 05446/05458 GGA02514 KAZE シュタイナー●精神科学と医学・第1章−3 (13) 97/02/15 15:47 05439へのコメント コメント数:1 ■ルドルフ・シュタイナー「精神科学と医学」  第1講・第3回   今回からは、翻訳引用部分を読みやすく段落分けすることにしました。 原文では、1ページほど段落分けのない場合がしばしばなので、 そのまま訳すと読みにくいのを考慮して、適宜そうさせていただきます。 そもそもこれは著作ではなく、講演集なので、理解しやすい形にするのが 望ましいのではないかとも思ったからです。 さて、ヒポクラテスのいう「血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁」を、 「単に化学的反応によって確認できる特性」としてとらえるのが 現代の科学的な観点での医学なのだといえるのですけど、 そうではなく、そのなかで「黒胆汁」だけがその要素を持つのであって、 それ以外のものは「地球の外部からやって来る諸力に浸透されている」と いうふうに考えられていたということを認識する必要があります。    さて、今日の人間が、そうできる限り科学的に準備してこのようなことに近   づくなら、まずもって次のように考えるでしょう、つまり、血液、粘液、黄胆   汁、黒胆汁が混ざり合うというのは、これらに特性として内在しているもの、   多かれ少なかれ、低次あるいは高次の化学により特性としての配列を確認でき   るものに従って混ざり合っているのだ、と。あたかもヒポクラテス派もこうい   う方法でのみ血液、粘液その他を見ていたかのような、こういう光のなかで、   体液病理学が端を発したと本来思われているのです。    しかし、そうではありません。そうではなく、ただ一つの要素、今日の観察   者にとって実際最もヒポクラテス的だと思われる黒胆汁についてのみ、通常の   化学的特性が他のものに作用すると考えられたのです。他の全てのもの、白胆   汁や黄胆汁、粘液、血液に関しては、単に化学的反応によって確認できる特性   のことが考えられていたわけではなく、人間の生体組織のこの液体的要素の場   合−−常に人間の生体組織に限定し、動物の生体組織についてはさし当たり考   慮しませんが−−、これらの液体は、私たち地上的な存在の外部にある諸力の、   それぞれの液体に内在する特性を有している、と考えられたのです。つまると   ころ、水、空気、熱が地球外の宇宙の諸力に依存していると考えられたように、   人間の生体組織のこれらの要素も地球の外部からやって来る諸力に浸透されて   いると考えられたのです。 「地球の外部からやって来る諸力」という視点は、 現代科学ではほとんど失われてしまっています。 ですから、15世紀以前の医学的文献を理解することは困難になっているといえます。 しかし、古代においては、生体組織内の液体的要素を通じて、 宇宙に由来する諸力の作用がもたらされると考えられていたことを ここでは理解していく必要があります。    このような地球の外部からやって来る諸力への視点は、西洋の科学の発展に   ともなって全く失われてしまいました。ですから、今日の科学者が、水は単に   化学的に検証できるものとして与えられた特性のみではなく、それが人間の生   体組織のなかに働きかけることによって、地球外の宇宙に属するものとしての   特性も持っているのだと考えることを要求されたなら、彼らにとって、それは   全く奇妙なことと思われるでしょう。つまり、人間の生体組織の中にある液体   要素を通じて、古代の人々の見解によれば、この生体組織の中へと、宇宙その   ものに由来する諸力の作用がもたらされるのです。    この、宇宙そのものに由来する諸力の作用こそ、次第にかえりみられなくな   ったものなのです。とは言え、15世紀までは、医学的思考はまだ、私たちが   ヒポクラテスにおいて出会う濾過された見解の、いわば残滓の部分に基づいて   いました。従って、今日の科学者にとって、そもそも15世紀以前の医学的古   文献を理解することは困難なのです。なぜなら、当時それを書いた人々の大多   数は、自分の書いたものを彼ら自身秩序立てて理解してなどいなかったと言わ   ねばならないからです。 「血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁」といった人間の生体組織の四つの基本要素などは ヒポクラテス以降失われてしまった古代の智慧へと遡ることのできるもので、 そういう智慧はまだ15世紀頃までは影響を及ぼしていたのです。    彼らは、人間の生体組織の四つの基本要素について語りましたが、彼らがこ   れらの基本要素をあれこれの方法で特徴づけた理由は、本来ヒポクラテスとと   もに没落してしまった智慧へと遡るものなのです。こうした智慧がのちに及ぼ   した作用、人間の生体組織を構成する液体の特性についてはなおも語られてい   ました。従って、ガレノスによって成立し、その後15世紀に至るまで影響を   およぼしたものは、基本的に、次第次第に理解不能になっていった古代の遺産   の組み合わせなのです。 ここででてくるガレノス(AD131-200)については、 小川鼎三「医学の歴史」(中公新書)でこう解説されています。   ガレヌスGalenusはヒポクラテスと並んで西洋の古代医学で二台巨像とされる。   古代の医学を集大成し自らも多くの価値ある実験を行い、著作の量も膨大であ   り医学を系統だてた。彼は実験生理学の創始者ということができ、その学説は   正否とも十数世紀にわたって欧州やアラビヤで金科玉条とされた。(P19) しかし、15世紀以降でも、すべてを化学的物理的に確認しうるものとするような 体液病理学と闘った偉大な医学者がいました。 パラケルススPhilippus Aureolus Paracelsus Theophratus Bombastus von Hohenheim (1493-1541)とファン・ヘルモントJohann Baptist van Helmont(1577-1644)です。    しかしながら、まさしくそこに在るものから認識することのできた人々が常   に少数存在していました。つまり彼らは、化学的に確認しうるものや物理的に   確認しうるもの、すなわち純粋に地上的なものに汲み尽くされない何物かを指   摘できることを知っていたのです。人間の生体組織においては、化学的に合成   するのとは別な仕方でその中の液体的な実質を作用させる何物かが指摘されう   る、ということを知っていた人々、つまり世に知られた体液病理学と闘った人   々の中に、パラケルススとファン・ヘルモント−−その他の名前を挙げること   もできますがーーがいます。    彼らはちょうど15、16世紀から17世紀への変わり目に、言うならば他   の人々がもはや明確に表現しなくなったことを、まさしく明確に表現しようと   試みることで、医学的思考の中に新たな動向をもたらしたのです。この表現の   なかにはしかし、人々がいくらか霊視的であった時にのみ本来追求し得たもの   が含まれていました。実際のところパラケルススとファン・ヘルモントが霊視   的であったことは明らかです。    私たちはこうした事柄すべてを明確にしておかねばなりません。さもなけれ   ば、今日なお医学用語に定着してはいるけれども、その起源についてはもはや   全く知られていないものについて、理解することはできないでしょう。こうし   て、パラケルススと後に彼の影響を受けた他の人々は、生体組織における作用   の基盤としてアルケウス(Archaeus)というものを想定しました。私たちがお   およそ人間のエーテル体について語るように、彼はこのアルケウスを想定した   のです。   ファン・ヘルモントに関しては資料が手元にないのでよくわかりませんが、 パラケルススについては、ふたたび小川鼎三「医学の歴史」(中公新書)から。   ドイツの貴族の出でチューリッヒの近くで1493年に生まれ、長じてフェラ   ラで医学をおさめ、その後に欧州の諸地を遍歴して実地医学を身につけた。   1527年、バーゼルの教授となり、市医を兼ねたが、ガレヌス、アヴィセン   ナなどの諸大家の学説に盲従することをはげしく攻撃して、自然の観察と実験   にもとづく医学の在り方をとなえた。その言動があまりにも過激だったため大   学を追われて諸国をめぐり、診療と著述をなして1541年、ザルツブルグで   病没した。   彼の医学思想はすこぶる独創にとみ、化学眼をもって生命現象をみて、新陳代   謝を論じている。身体を構成するものとして、硫黄、水銀、塩の3つを挙げた   が、硫黄は燃えて消え去るもの、水銀は熱により蒸発するもの、塩は火に滅び   ず灰となって残るものを意味した。人体に内在して生活現象をおこす力をアル   ケウスとよび、それはヒポクラテスの自然の力よりも、いっそう具体的なもの   である。たとえば胃のアルケウスは食物の中から有用なものを無用のものから   分離して、有用なものを同化するのであり、肺のアルケウスは空気を一種の栄   養物として吸収すると考えた。(P66-67)    パラケルススは、医学の分野にかぎらず自然科学、神学、哲学などなどを 縦横無尽に展開させた、いわばファウストのような人物だといえますから、 上記のような部分的な紹介では紹介しきれるものではありません。 このパラケルススについては、ユングの「パラケルスス論」(みすず書房)など 邦訳でもたくさんの解説書がでていますので、 ぜひ何かの機会にその魅力あふれる人物にふれてみていただきたいと思っていますし またぼくとしても、まとまって見てみたいと思っている人物です。 さて、パラケルススのいうアルケウスを、 シュタイナーはエーテル体のようなものとしてとらえています。 シュタイナーのいうエーテル体は、地上的なものではなく、宇宙的なものです。 私たちの物質的な生体組織は地球の組織の一部であるということができますが、 その根底には宇宙的なエーテル的組織があると考え、 パラケルススはそれを「アルケウス」と名づけたわけです。 しかし、それは個別的な形で暗示するにとどまり、 さらにそれを研究することはありませんでした。    パラケルススのようにアルケウスについて語るなら、私たちがエーテル体に   ついて語るようにアルケウスについて語るなら、存在してはいるけれどもその   本来の起源については追求されていないものが統一されます。なぜなら、その   本来の起源を追求するとなれば、次のような方法をとらざるをえないからです。    人間は、地上的なものから作用する諸力から本質的に構成されている物質的   な生体組織を有する、と言わねばなりません。私たちの物質的な生体組織はい   わば地球の組織全体の切り取られた一片です。そして私たちのエーテル体とパ   ラケルススの言うアルケウスは、地球には属さない、すなわち宇宙のあらゆる   方向から地上的なものへと作用するものの一片です。    つまるところパラケルススは、以前はもっぱら人間における宇宙的なものと   みなされていてヒポクラテス医学とともに没落したものを、物質的な組織の根   底にあるエーテル的組織という彼の見解において統合的に見たわけです。彼は、   このアルケウスにおいて本来作用しているものがどのような地上を越えた諸力   と関係しているのか、それ以上は研究しませんでした−−なるほど個別的に暗   示はしましたが、それ以上は研究しなかったのです。 最後に、この「アルケウス」についての理解を深めるために、 K.ゴルトアンマー「パラケルスス」(みすず書房)から、 それについて書かれているところを引用紹介させていただきます。      植物にも、生命の精気(Lebensgeist)は与えられており、「表徴者アルケウス」   (Archaeus Signator)がすでに植物の外形に、その本性と治癒力との表徴を刻   印している(たとえば、アザミは内蔵の刺痛に効くとされている)。「アルケ   ウス」は、世界の大いなる原理の一つなのだ。やはりアルケウスも、宇宙的な   生命力であり、原動力なのである。それは、自然における秩序原理、もしくは   エンテレヒーと解することができる。アルケウスは、「諸力を秩序だてる者」   であり、「配置者」(dispensator)であり、アルケウス直属の「職工」が、水   銀・硫黄・塩なのである。アルケウスを配置したのは神であり、それはパン職   人やブドウ栽培者と同じ働きをする。その仕事は、アタナール(化学炉)内で   の錬金術的課程に模することができる。ついには大宇宙全体がアルケウスと同   一視されることにもなる。とはいえ、アルケウスが一個の個体原理であること   に変わりはない。(P53)    ☆☆☆KAZE☆☆☆ 05458/05458 SDI00635 みれ RE^2:シュタイナー●酒とタバコ2 (13) 97/02/16 14:10 05456へのコメント KAZE さん  こんにちわ(^_^)  ここでも喫煙の話出てたのね(笑)  ところでインディアンと煙草についての話、何か分かったら是非、教えて下 さい。私はメキシコ〜南米のインディオと煙草についても知りたいのですが、 いかんせん時間が無くて【ノ_;】  どうも霊的なことと喫煙が非常に関連あるものという一面もありそうなんで すよ(これは自分の喫煙の正当化ではありませんので、念の為(苦笑))  私は幽体離脱したりチャネリングした後に煙草を吸いますが、これは地上と のアースをしているんだということは体験的に知っています。こういうことと 関係あるんだろうか?と最近考えています。 ★------------------★/みれ(Millenium)SDI00635/★-------------------★ 05452/05458 VFG13516 あとみ RE:はじめまして&教えて下さい (13) 97/02/16 11:08 05450へのコメント コメント数:1 #5450 さとさん、シャンプーさん、はじめまして。^^  少し前からこちらにお邪魔している、あとみといいます。 さとさんはお子さんがいらっしゃるのですね。わたしも9歳の息子を持つ 主婦です。どうぞよろしく。^^  えぇっと、シュタイナーの分かりやすい本をっという事なので、 お気に召すかどうか、或いは「シュタイナー」とこの本を括ってしまって 良いものかどうか判りませんが、お子さんがいらっしゃる女性の方、という事を 考慮して、この本はどうかな、と思いましてご紹介します。 (勿論男性にもお勧めです。^^;)   「エンデと語る  作品・半生・世界観」  朝日選書306  わたしが買った当時で950円でした。エンデへのインタビューを纏めた本です。 シュタイナーは日本では「シュタイナー教育」という部分ばかりが クローズアップされていますけれど、この本を読むと非常におぼろげながら、 多岐にわたっているシュタイナー思想の全体像が掴めるのではないかと思います。  そしてその中から、自分の興味のもてる分野から少しずつ当たっていくのが 良いのではないかな、と思います。  ちなみにわたしはこの本を読んで・・・、泣けました。^^;  あと紛らわしい題名ですが、 「エンデを語る」 というのも有ります。  大阪方面でシュタイナー的幼稚園や塾を、とのことですが・・・、 最近わたしは子供のためのお絵描き教室をはじめたのですが、 これは或児童画の研究所(本部は東京)が主宰しているもので、ここの画室が 大阪にもいくつか有ります。  シュタイナー教育、或いはシュタイナーのお絵描き、みたいなブランド名は 一切表に出していませんし、シュタイナーだけがすべて、といった思い込みも ないと・・・、思いますけど^^;、そんなモノも有ります。  ただ、最初に書いたようにシュタイナーの思想は、「全人的」なものなので、 芸術というのは、その一面、或いは取っ掛かりには成りますけれど、 それをしているからと言って、 「シュタイナー教育をやっている」、「シュタイナーを実践している」 とは、私自身も思っていませんし、画室もそういう性格のものではない、と思います。  カリキュラムも統一のものも有りますが、画室独自のものも多いし、 何より運営はそれぞれの画室任せなので、個性、方針、などはその画室ごとに かなり違うだろう、と想像します。  ですから、ご興味がおありでしたら、メールをいただければ、 紹介も出来ますが、最終判断は御自身の目で見て、の事だと思います。 あ、それに入会年齢もそれぞれでしょうし。(ちなみにうちは3歳から)  長々と書いてしまいましたが、シュタイナーの詳しい事は、 KAZEさんが書いてくれるでしょうから、バトンタッチ、>KAZEさん。  ではでは、これからもどうぞ、よろしく。^^                         あとみ