フリーエネルギー(∞のエネルギー)の実現の為に欠かせない事も「無限=永遠=美しさ=黄金率」のようです。最近、Johan Oldenkamp博士という人(オランダの人)が著した本(PDF)「Understanding Nature -- the Quest for Free Energy: 2nd Ed.」の紹介がPES wiki(March 11, 2010)にありました。(201003231201)


 これは今回の新たな発見ではなく、前から気づいていたことです。これを述べようと思ったのは最近「永遠などない」とか言われ始めているのが見られるし、「美しい国」ということも言われているので、タイムリーと思ったからです。「美しい」とはどういうことでしょうか。以前も[0=∞=美=神]にタイプしましたが、「美」は極性が正反対のものが出会うところに生まれます。存在としては決して交じり合うことの無い2つのものの間に生まれるのは「新しさ」です。新しいというのは創造力=に溢れているという意味です。何故「新しい」のか? それは交じり合えない2つの存在の間だからこそ、そこには間隙かんげきを埋めようとする波動・活動・プロセスが無限に発生します。天の川を挟んで織姫と彦星は1年に1回会えますが、会えない期間は、例えば、お互いに俳句を詠んだりして発信する情報が(方向としては)無限に発生します。天と地の間には無数の生き物が発生します。

 実際、惑星上の生物は、占星術からも分るように、天体活動を反映するアンテナであり、惑星の感覚器官と思われます。確か満月や新月の時に出産や犯罪や交通事故が増えるのでしたよね。新月の夜に伐採した木材は大変に長持ちするという伝承が科学的に解明されています。太陽黒点数の増減と人間の欲望活動(経済活動)との相関も知られています()。さらに、太陽系の惑星の(地球を含めた)配置が太陽を中心に直角(を含んだ)配置=(グランド)クロスの配置になるとラジオ電波などの雑音が多くなるそうで、また、惑星が30度×n(0、90、180、270度以外) の位置関係にある時は良好だそうです(←これは記憶で述べた部分)。

 つい、話がれましたが、2つの正反対の領域間には相互作用が新たに無限に続くという事を言いました。これが「美しさ」(ハート表現)であり、「無限・永遠」(マインド表現)と同義なのです。何か、例えば、音楽(ちなみに、抽象性が高い最高の芸術()です)を聞いて「美しい」と感じた時、それは「無限の時間=永遠【=golden spiral (200801311807当リンク追加)】」を感じたのです。以前、ジョージ・アダムスキーというコンタクティーがいて、スペース・ブラザーの言として「地球の人たちには永遠という概念を理解できないのですが、私達には永遠という概念を理解できます」という旨の言葉が書かれてありました。果たしてアダムスキーがここまで踏み込んだ説明を受けていたのか、いなかったのかは分りませんが、「美しい」と感じた瞬間、あなたは永遠(無限の時間=第5次元)を知覚したのです。(200704080247)←あ、電波時計の時刻が1分足りないから、こうやってつらつらとタイプを継続したりして(^^;。(200704080248)

 「一つ」足りない言葉がありました。「美しい」と感じた瞬間、あなたは永遠(無限の時間=第5次元)を知覚したのです。そのように心は神の心と一つですね。←これをタイプし忘れたから時刻が「0248 - 1」だったのかも知れません。(200704080309)



 つい昨日、気づいた事があります。私は今まで「神が居る」と思いたい人はそう思えばいいし、「神はいない」と思いたい人はそう思ってればいいという考えを持っていました。しかし、人間自身の利益にとっては、「神は居る」と信じるスタンスが大変に重要である事に気づきました。それは、人間の意識が神にまで繋がり得るスペクトル存在であるから、人が神(の力)に祈ったり、神に全託したりと、神に則った精神生活をすることが、すなわち人間の意識の活動領域を物理的肉体を超えた領域との相互作用に入り、その可能性拡大の切欠となるからこそでした。ところが、「神はいない」というスタンスになると、人は神を全く忘れてしまい、意識に昇らないという状態になります。全くの認識の対象にすらならないでいるままとなるのです。神御自身にとっては何も困らないでしょうが、このような精神性は他ならぬ人間自身にとって物質的肉体を超えた領域との繋がりが途絶える傾向となってしまうだろうと気づいたのです。従って、人間自身の利益招来の可能性を高めるという点で、「神は居る」「いつも神に見られている」等々のスタンスを持つ事は大切な事なので、それに神を離れた客観性など持ち得ないのだから、神の中で主観的に人間自身の為を思うスタンスは、親である神からのを受け取る器であるとの認識とともに、必要なことだと分ったのです。(200703180128)

 以下は、1979年頃に山本佳人さんというアダムスキーの宇宙哲学の先達の方が主催していたSPNW(あるいはまた、別名だったかどうか…)という私的な哲学的会合の中で「神=存在そのもの=0=∞=今=」旨の発表を行った時に私が資料としてコピーして配布させて頂きました手書きの原稿を入力したものです。一言一句を同じにしてあります。但し、「論理…」とコメントした所は、今思うと無限と融合する「体験」もあったので、違うかなと思いますので、横線で打ち消しました。当時は、これが「論理」に思えるほど覚醒の実感の度合いが高まっていたのだと思います。また、下の六角形のような図の辺などにある2本線は数式のイコールの意味ですので。私の高校の卒業文集も相当疑われましたが、今回も疑われるのかな。ワクワク。

神について

・神を、「宇宙の始めからあり、万物を支え、それらをコントロールしている本源なる不変、普遍の絶対なるもの」とする。

    神   // \\      の本質 無限大   エネルギー{  ||   }=英知ある力  ||   ||     そのもの   無    現在   \\存//     在    ┏┻┓    そ の    の=本    も 質    の         (順不同)



 ・宇宙の中にあるもの(物質、法則、etc)は全て関連し合っているから、宇宙は、ただ一つのものから生まれた。
 ・この共通不変、普遍のものを、我々の一番やりやすい方法つまり、言語中枢を介して論理解釈するため、「神」と名づける。この理解は一時的である 「名称」とは、分割的であるからである。なぜなら、「名称」は「区別」だから。
@・「共通不変、普遍なるもの」とは何か━━━それはエネルギーそのものである。電気や磁気や熱や光etcは、全て、エネルギーの表われ(結果)であり、本質ではない。本質は無である。
 ・エネルギーの本質に大きさはなく、故に動きも何もない。しかし、どこにでも“在る”ものであり、その広さに限界はない。
A・又、別のアプローチとして、「共通不変、普遍なるもの」とは、「存在」である。万物は認識的に、別個に「存在して」いる。しかし、万有に共通な「存在そのもの」について、「存在している」or「存在していない」と論ずる事はできない。普遍だからである。
B・「現在」なしに万有は存在し得ない。
 ・「エネルギー」なしに万有は存在し得ない。
 ・「存在」なしに万有は存在し得ない。
 ・神は、他の何物にも基礎を置かず、自分自身に頼っている。
「アルファでありオメガである。」・神は「英知ある力」である。英知は、エントロピー減少性、力はエントロピー増大性であり、「英知」という働きは、パワーなしでは無に等しく、反対に「力」というものは、英知なしでは無限大に等しい。つまり、英知の本質は無であり、力の本質は無限大である。「英知ある力」とは、0と∞の結合したものである。
 ・「英知ある力」の表現は、精巧に創られた自然界に表われている。
 

 以上は、意識的意識を知識的に理解するためのものである。




意識的意識(以後*で表わす)について。

 ・*は、「現在」と融合することである。これより大切なことはない。
 ・思考とは「現在」から離れることである。フィーリングは、「現在」だけに生きている。それは「現在」だけを感じて「現在」とともに動く。フィーリングは記憶に基づかない。神(現在)に基づく。
 ・*とは、現在の実感、存在感を得ることで、このときには、「現在」の実感“だけ”があり、記憶(パターン)に基づくいかなる想念もない。
 ・認識作用(4官)が、現在のフィーリングの存在感の実感に、注意することで、4官は、フィーリング(触覚)に融合する。
論理…・「現在」は普遍であり、これと結合することは、∞と結合することである。
 ・我々は日常、習慣想念(脳細胞のパターン)の中に埋もれて生きているのである。つまり、眠っているのである。主観的、個別的世界から目を覚まして、「実在」「現在」に目を覚ますのだ。
 ・*は、今!自分がここに「居る」という現在を感じること。これから何をするか、かつて何をしたかを思わないことである。安心して実在感に浸るのである。
論理…・「現在」と結合することは、全存在と結合することである。
論理…・ダイノ・クラスペドンとコンタクトしたブラザーによると、想念は純粋なエネルギー(エネルギーそのもの)であるという。すると、想念は空間を超越していることになり、想念通信に空間は障壁にならない。すると、英知ある力と考えられ、英知は想念の内容、力は想念のパワーであると考えられる。

 以下は、Yahooの物理学掲示板にあった「======空間======」板に投稿したものですが、私が投稿すると、板が後で消えてしまう【確か、「重力とは」「重力制御」「======空間======」「空間とは何か」が消えたと思う。名称はうろ覚えですが】ので、保存LOGを下記に載せます。【「タイムマシンについて」板は未だ消えてませんでした。(200606122208)】

「無限」について
2004/10/22 18:32
メッセージ: 153 / 153

投稿者: oriharu359 (男性/埼玉県)
 私は0〜7次元について次のリンクのように考えております。
http://oriharu.net/jstopwar.htm#one

 0〜7次元を「この宇宙」と言いますと、この宇宙のテーマは「存在すること」のようです。「存在する」というテーマで全ての存在は共鳴し合っているとイメージすることが可能です。これがだと思います【今後、この種のの定義を言う人が増えて来るのかな…】。

 絶対なるものを神と定義すれば、神は全てを包含するものとなります。すなわち、0〜∞の全てを包む卍(よろず)であるということで私は神を「0=卍=∞」と表現したりします。
【卍は中心の0ポイントが無限遠へと繋がっている図象であると考えております】

 例えば、神の一側面の0は「存在する」のでしょうか「存在しない」のでしょうか。0は存在するとも言えるし、存在しないとも言えます。また、存在するとも言えないし、存在しないとも言えません。
 これが意味するのは、「神はこの宇宙に存在性を与えているが、神御自身は存在性を超えている」ということです。「存在性を超えている神は、存在をテーマとするこの宇宙よりも高次の次元(8次元以上)の性質もあり、それが随所ににじみ出ている」と言えると思います。

 空間の「大きさ」が無限だというのも、そもそも空間自体が存在物ではなく、「存在している」とも「存在していない」とも言えない(または、言える)ために、存在と非存在を超えている様を表していると思います。つまり、「空間が無限であり得る理由」は、存在性を越えた次元がバックアップしているからこそだと考えられるのです。



これは sleetblue さんの 152 に対する返信です


(200606111958)


表紙]または[私は誰をパクッているか?]へ戻る


free counters