当然かも知れませんが、「ダウンロード違法化」はどうしても継続して行こうという力があるようです。資本主義の中では芸術家の作品は商品となり、その販売で収入を得ます。だから美しい・良質の情報世界の「流通の自由」が阻害されてしまう自由権とは、人が「受けて当然の権利」を妨害する勢力に制約されないで振舞う権利でしょう】。権利者の利益を優先し過ぎると一般市民の利益が阻害される。なぜなら、宇宙の原則として、情報自体の性質として、それは自由に流通するものだから。故に、経済原則(所有の原則)というもの、資本主義(所有主義)というものが流通制限を言い張り、作り出しています。
 故に、前に述べましたような「生存権」の故にアーティストには給料が支払われる社会になることは、創作活動のストレスフリーの為にも大切なことではないかと思います。多分、各(大)企業が「お抱えアーティスト」の生活費を保障し、アーティストの「作品」は無料で世界を駆け巡り、「アーティストが自身の作品を自由に使用したら、著作権団体が本人にクレームしてきた」というようなこともなくなるでしょうし、アーティストもお金だけに邁進することは現状当然性がありますが、社会が変わればいくら働こうが支払われる生活費に変化は(それほど)ないので、やがて作品自体(量や質)へと努力が傾注される性質が出てくるものだろうと思います。そうなると、合法化された自由流通環境により、最大多数の人々が芸術的な恩恵を享受できるようになると予想できます。そのような自由流通環境の中をサーフィンしていたどこかの(大)企業宣伝担当者が「こ、これは!」と思った大人気作品をピックアップしてお金を絡ませて宣伝すればいいと思います。その人気作品はもともと人気がある=大衆を基盤にした民主主義的判断をベースとするので、良いと思います。アーティストとしても、そういう千載一遇のチャンスによって「生活費以外の大金が入る」のですから、やる気が出るものと思います。つまり、どこぞの(大)企業のお偉いさんの発想不明の鶴の一声で物事が決まるようなプロセスではないのです。ただ、民主主義と言っても、衆愚には迎合しないで、何が真に価値のある情報・芸術か、という判断を誤らないでいられる人々がお偉いさんとして判断できる社会であれば現状、理想的ですね。つまり、ダウンロードしようと、作品投稿しようと(通常の判断の範囲内であれば)合法が当たり前になれれば…と思います。(200804031741) 【→阿修羅発言 ←『【警察国家の談合政治】 漆間巌と麻生の密約、『ダウンロード裁量逮捕権』がすんなり閣議決定』(200904090100)】


 違法ストリーミング配信を初摘発 「ドラえもん」など公開の男逮捕という記事が出ました。YouTubeの合法性を改めて考えるという記事も出た。こんな記事これも。それに、「個人罰則が懲役5年以下・罰金500万以下から、10年以下・罰金1千万以下にひきあげられる」(→阿修羅発言 (200612012141))そうですし。前から思うんだけど、「あるビットレート以下の粗雑な動画や音楽であれば、デジタル・ファイルのフリーな流通を公に認めるべき」ではないかと思います。YouTubeの成功は、それがフリーだからですね。
 この種のことで逮捕していたら、市場も、人の心もしほ゛んで行く一方ではないでしょうか(まあ、確かにこの場合、画像がクリアーだったようですが)。「市場が萎む」という意味は、良い音楽や映画などの作品が、「普段から無料で流れている」という無料環境の中で大多数の人々の認知世界が創られ・維持されるのだから、この「無料環境」という“先立つもの”がなければ、「良いものが良いと認知される」こともなくなってしまう(=文化の衰退)。本当に欲しいものだったら、自分でお金を出しますでしょ。私も自分で作っている「歌の一覧表」で秀逸マークを付けた歌はCDを買ってるんですよ。著作権とかいう概念とは全く無関係にね。
 命に関わる極端な例として、食料で例えれば分かり易いかも知れませんが、北朝鮮のような国を考えて見ましょう。「お金を持たない人民にまで回す食料なんかないよ」という環境だと、人間自身が消えてゆきます。音楽の例としては極端かも知れませんが、「お金を持たない人民にまで回す“音楽”なんかないよ」という政策が現に実行され、逮捕されたりしている現状では、「著作権先進国」などという都合の良いイメージ政策も、どこかの近隣国のようですね。認識を持っている人間の数が著しく減って行く=市場縮小ではないでしょうか? 現に、iPOD用のデジタル音楽が流通するようになった初期の頃はCDの販売が減りましたが、今は増加傾向に転じていると2006.05.09(火)の「WBS」でニュースdownloadありましたよね。
 低ビットレートの無料データ流通により、「無料(または超低額)環境」が常時存在している事は、「人々の認知=市場の創造・維持」のためにどうしても必要なものであり、義務ですね(ここでVMCの"SET MUSIC FREE"も生きてくると思う)。権利ばかり声高に主張するのは、バランスを欠いており、むしろ、「著作後進国」では? 「先立つ無料認知・情報環境(=義務)政策」は、必要なことだと思います。(200607052326)
(変な夢を見たので、印象の強い表現に原因があるのだと思い、一部、表現を変えました(200607060720))
最新ニュース (200607120714)
「低価格」「コピー・転送可能」が音楽配信拡大のカギに(200607161630)
孫正義社長に提案,iPod携帯より「YouTube携帯」を(200607181316)
ポッドキャストでの音楽利用、新使用料率でも進まぬワケ(200608070123)
ITmediaの項目「著作権」 (200611290433)
音楽著作権JASRAC問題考、その貧困なる精神について (200705312332)
【→阿修羅発言 ←「参考:「Fair Use(公正的使用)」の場合は、"独占権”は適用されない(アメリカの著作権法)」(200706011156)】
ダウンロードしただけでそのユーザーが逮捕されるかも知れない(?)ような未来が決められようとしている。
【→阿修羅発言 ←『【みくみくに】役所もテレビ局も権利者団体も、新しいサービスを妨害して既得権を守ろうとしている為新しい産業が立ち上がらない』(200712190234)】
【→阿修羅発言 ←『JASRAC、市場独占の歴史 使い勝手考えた市場開放を【朝日】』(200902281909)】
From today, feel free to download another 25 million songs(2500万曲) - legally (200801311736)
【→阿修羅発言 ←『【著作権守銭奴の新聞社とレコード会社よ、よう聞けや!】 天下の吉本興業にあって、天下のジャニーズにないもの』(200904090101)】


 団藤保晴さんという方の「ブログ時評」というところで、興味ある分析がありましたので、リンクしておきます。(200508082334)

 いよいよ政府が立ち上がりました!(200506120003)
日刊工業新聞、2005.06.10(金)第01面

 米リアルネットワークス社が日本にやって来るそうです。だんだん、人間の森の木々の枝々がざわついて来たぞ〜。(200505162357)
朝日新聞、2005.05.14(土)第11面

どうやら、著作権についてすっきりしてきたようですね。(200504192246)
日刊工業新聞、2005.04.18(月)第01面


 下記で私は「JASRACへ信託しない事を選択した作家の方は、JASRACが代行してくれた筈の権利主張・徴収作業を自ら行ってほしい」と述べました。これは裏を返せば、「そっちが自分で連絡して来ないんなら、私が皆さんの選択により発生した作業を負担しないよ」というものでした。これが実はJASRACも同様だったのですね。というのは、私的録音補償金制度というのがあり、要は、録音機器の値段の中に著作権料を上乗せして販売している制度で、平成5(=1993)年6月1日から上乗せ(^^;している訳です。そのお金は私的録音補償金管理協会(sarah)【〒163-1411 新宿区西新宿3-20-2 東京オペラシティータワー11F TEL:03-5353-0336】が集め、関係各団体(JASRACもその一つ)に分配しています。sarahからお金を受け取ったJASRACは、著作家が「JASRACに信託[している/していない]の区別に関わらず、全員に分配する」ことになっていますが、信託していない作家の場合、連絡先をJASRACも知らないので、「連絡してチョ」と言っています(→PDF)。やっぱり信託していない作家の方は自分から権利行使・主張の作業をする必要があるようですよ。早い内にJASRACに「補償金ちょーだい」と連絡しましょう。でも、その内、15%は管理手数料として差し引かれます。

 へぇー、著作権というのは、作者の方の死後、50年間保護されるんだね。ということは、楽曲の売上金は死後、50年後まで保存しなきゃ、ですわ。というか、権利を引き継いだ人がいたら早目に連絡してよって感じですかね。その前に、御本人から連絡してきてよ。(200504170025)

 私の「歌の一覧」に載せている歌のどの程度が、「著作権者(主に作詞者と作曲者)が、自らの権利徴収業務をJASRACに信託しているか」調べたら、「約半分の楽曲」がJASRACに信託している状況でした。これはすなわち、JASRACに信託してない楽曲の場合は「作詞者または作曲者に個別に使用許可を求める」という非現実的な手間や、「自分のサイトでJASRACへ信託をしていない作者の楽曲が売れた場合に、その売上の何%かを作詞者、作曲者の個々人の銀行口座に振り込む」という非現実的な手間とお金が掛かる事に気づきました。

●「JASRACへ信託していない作詞家または作曲家に使用許可を求める」という非現実性

 JASRACへ信託している作者の楽曲はJASRACからの許可をもらえれば、使用することができます。問題はJASRACへ信託していない作者の楽曲です。私の歌の一覧でも約1300曲分の作詞者と作曲者の方がJASRACへ信託してませんので、個々に使用許可を求めなければなりません。人数にして約1,000人だと仮定すると、80円切手を貼り、返信用ハガキ\50を入れ、封筒代\10だとすると、一人当たり\140となります。これが1,000人分となると、14万円になってしまいます。これはあまりにも非現実的です。[音楽が自由に流通すること>音楽が自由に流通しないこと]という優先順位がある筈です(Set music free !)。音楽が沢山流通することによる目に見えない社会的安定のメリットは多分、とても大きいものがあると予想します。現在の法律では権利者の権利が神のように強大なものです。確かに倫理的・道義的にも人の権利を侵すべきではないのは勿論です。しかし、その権利を持つ著作権者は「自ら利益徴収の作業をすべき」義務もあるはずです。ふんぞり返っているべきではない筈です。これを主張したい。つまり、私のように個人で音楽のダウンロード・サイトを作って公開するのは、とりあえず許可の[ある/なし]に関わらず、すぐにできるようにすべきです(社会安定のメリット等の故)。

●「JASRACへ信託をしていない作詞者、作曲者の個々人の銀行口座に振り込む」という非現実性

 JASRACへの著作権料の支払いによって約半分の(仮に)1,000人の著作権者への支払い作業は完了します。厄介なのは、JASRACへ信託していない個々の著作権者達です(基本:作詞者・作曲者の全員がJASRACへ信託してほしい)。JASRACへ信託していない作者の数が仮に「私の歌の一覧」の場合、1,000人だとすると、毎月?毎年?私一人が1,000人の作者の銀行口座に振込み作業をしなければならない。大きな問題は振込み手数料です。仮に1件の振込みで\210平均だと仮定すると、1,000人に送金する振込手数料だけで21万円もかかってしまいます。故に、振込み手数料は差し引いても良いことにしてほしいですね。そうすれば振込手数料の非現実性の半分は解消します。
 残りの半分の非現実性は、音楽配信サイト管理者個人の作業の手間(場合によっては数千人の作者の口座に振り込まなければならなくなる点)です。この問題に対する解決法としては、「著作権者が自らの楽曲を販売しているサイト管理者に“自分から連絡して”権利行使作業を自ら行うこと」を提案します。JASRACに信託していないのですから、ある意味、「当然の作業」だと思います。つまり、音楽サイトとしては、「連絡をして来た作者の銀行口座に振り込むだけでよい」ということになります。勿論、未だ連絡のない作者の楽曲も、売れた分の合計金額を例えば「最低10年間は保存すること」という風な縛りだけにして、10年(例)を過ぎたら何も連絡して来ない著作権者の権利は消滅するようなフローにしてもらうとサイト管理者としては助かります。

 以上のようにして、配信サイト側の負担を軽くするようにすれば、「著作権者側のメリット」も実は増える事になると思います。なぜならば、音楽配信サイトがとても多くなるだろうからです。つまり、インターネット上の売上が、かなり増えてくると思うのです。だから、それら「何万とある筈の音楽配信サイト」に対し、著作権者はメール1通出して権利を行使作業するだけで、売れた分の何%?何割?かが自分の口座に、年に1回でも振り込まれるようになる訳です。こうすれば、利益の一極集中という現在の状況から作詞家・作曲家の皆さんは「解放される」ことにもなると思います。つまり芸能界とか音楽会社とか何処だか分かりませんが、金銭の配分を握る「権力者」から段々と解放され、彼らの圧力を意識しなくて良くなって行くと思います。何故なら、収入源は、何万とある音楽配信サイトになるのですから。
 また、そういう一般の音楽サイトからの「利益率」が例えば20%にもなるので、JASRACに信託していた作者達が、雪崩のようにJASRACから離脱して無信託となって行くという場合も考えられそうです。何故なら、JASRACの場合、場合分けが色々あるようですが、高くても7〜8%程度でしたから。音楽サイトとしても、作業軽減の点から、全ての楽曲がJASRACによって処理されると助かる訳です。そういう意味で、多分、音楽サイトとしては、JASRACによる楽曲の使用料規定に準じる金額だけを著作権者に支払う以上には支払わなくなるという可能性が高いかも知れません。(200504080029)

 著作権で保護される著作物の定義は以下のようになった(ている?)ようですね。うん、なかなか良いではないですか! これで、「重要な情報」を知ったと同時に発生する「情報共有」の義務=布告活動は継続できそうな気が…。(200411020056)
http://www.bunka.go.jp/1tyosaku/main.asp{0fl=show&id=1000002958&clc=1000000081&cmc=1000002923&cli=1000002937&cmi=1000002950{9.html

 鍵をかけたコンテンツならば、いくらWinnyとかで流通させても問題ない
日刊工業新聞、2004.07.21(水)第11面
(200408132304)

 JASRACとかで、「視聴用音楽データ(MP3など)」の規約(例えば、楽曲全体の1/4以内であればどの楽曲もOKとか)を決めてもらえれば、音楽の一覧から自由にリンクすることができるのに。
 それに、音楽データを途中まで聞いて「これは良い」と感じた楽曲はその後、買いに行く人が増えるだろうと思えるのです。なぜなら、途中まで聞けるだけで欲求不満になるからです(^^;。途中で切れる視聴データだけを延々と聞いていられる人は、そんなにいないのでは? 故に、「売上のベースアップ」に繋がるのではないでしょうか。また、そのような「自由な視聴」ができるのであれば、音楽そのものに一層の関心が持たれるようにもなり、これは「新規顧客の開拓」となると思えます。

 どうでしょうか? 「視聴データの自由作成=自由リンク」を認める取り決めです。(200401242148)(→阿修羅発言)(20040408008)

 掲示板のほうで、自分のスタンスを述べる機会がありましたので、リンクしておきます。(200306252251)

 阿修羅発言(←議題違いか何かで削除の模様)でリンクされてましたが、「著作権法」というサイトがありました。

 著作権に関していつも思うのは、権利ばかりが主張されている点です。「義務」の側面が注意も向けられないか忘れられている。

権利:著作者は、著作物が尊重されるような権利を主張できる(=この個人的権利を誰も侵害できない=aとする)。
義務:著作者は、著作物の内容が重要であればあるほど、それを広く知らせるべき義務が生じる(=この義務遂行社会を誰も侵害できない=bとする)。

 この時、絶対値で比較すれば、a=b であると思う。(200304251933)

 「INTERNET MAGAZINE」誌、2002.07号のP274に載ってましたが、スタンフォード大学法学部教授のLawrence Lessing氏は非営利団体の「Creative Common」を設立したそうです。教授には「Code and Other Laws of Cyberspace」等の著書があり、インターネットにおける著作権管理の現状を厳しく批判しているそうです。
 同団体では、クリエイター自身が著作権管理を簡単に行えるツールを提供しており、既存著作権団体に依存しない知的財産管理を目指しているそうです。というのは、ハリウッドやレコード会社などの既存団体による組織的圧力によってインターネットにおける新しい創造活動が著しく妨害されているという現状があるからだそうです。でも、「Creative Common」の配布するツールを使えば、例えば作曲家が自分の作品を「非営利に限定」したりとか、著作権を明示さえしてくれれば「自由に配布してよい」とか、設定すればよく、クリエイターは緩やかな著作権「行使」が可能となり(勿論、厳格な行使も可能でしょう)、人々は、その範囲内で今までより格段自由な作品の流通を行ってもよいことになる。教授は「連邦議会は再三に渡り著作権保護の期間を延長し続けており、もはや、著作権の“公益性”が見出せない」と指摘しているそうです。

 今後は、歌手の方々自身による著作権管理に移行すべきのようですね。有線などでリクエストによりリアルタイムでかかる曲については曲の題名や歌手名を公開の場(例えばホームページ等)に「表示できない」などという宗教団体みたいな事はもう止めるべきではないかと思う(あらかじめJASRACなどに届け出ていれば、その一覧に基づき、曲をかけることはこの限りではないそうですが)。著作権管理はクリエイター個々人によるべきだというのは正論だと思います。

 一つ提案したいのは、インターネットで例えば「この歌(作品)は、本人がどこまで使用許可制限をしているか」という事を調べられるように、決まったフォームで各アーティストのホームページに載ってるような情況が良いと思います。使用許可範囲のデータベースなど作ろうとすると、著作権を管理する団体が必要になっちゃいますからね。(200206202325)

 人によって「音楽の購入可能性」に違いがあると思います。

・ある人は誰かのCDのコレクターだったりすると思います。そのような人は特定の人のCDについては100%買う訳です。
 でも、それ以外の人のCDは滅多に買いません。
・ある人は、たまに気に入った曲を買う程度かも知れません。
・ある人は、音楽業界に関わっているので、かなりの数のCDを買います。
・ある農家の方は、生れてこのかた、CDを買った事が一度も無く、「音楽を購入する」という概念から遠いという人もいるかも知れません。

 このような「人による購入可能性の違い」を判定する判定シートみたいなのがあると便利ではないでしょうか。もっと言いますと、自分が作成した「音楽データ」を「購入可能性=0」の人に仮に提供したとします。そのような場合、私は、将来の売上を決して減少させていないと考えられます。むしろ、それによって刺激を受けた「購入可能性=0の人」が将来、音楽を購入する場合も出てくるように思います。故に、この問題は、一律に規制できないと思います。故に、インターネットで主に音楽ファイルを集めているような人に音楽データを配布したらレコード会社は大打撃ですが、「購入可能性=0に近い人」に配布したら、「市場の拡大」ですよね。(200204132231)

 すみません、間違えてました。実施は4/1からではなく、今国会で通れば、2003年1月頃から実施の予定だそうです。特に実演家の人格権については2002.10から実施する方針だそうです。(200203290259)

 確か、今年の4/1からだったと思いましたが、今までテレビ局が持ってなかった「送信可能化権」という権利が与えられ、テレビ局は4/1以後、この権利を主張できるようになるそうでした。つまり、私がテレビ番組をRealPlayerファイルにして載せて送信しているのは、今後、「違法行為」となるのですね。ただ、今までそのような権利に関する知識は持ってませんでした。また、これで金銭的利益は得ていないし、これでは、国民の「知る権利」が多少、狭くなるという側面はどうなるんだろう。(200203062152)

 JASRACの現在の方法では、「音楽データそのものの流通」を「大幅に」制限することになると思います。その結果、「新曲以外がどんどん忘れられて行く」事となり、古くても良い歌の多くは、「音楽の流通制限」が原因となり、本来流通して認知されていた場合と比べての平均で約9.7分の1(^^;の利益にしかならないと思います(左記下線部は白昼夢です)。でも、本当は発想を金銭的に行うべきではない分野だと思います。特許の場合は、発明者に敬意を表して50年間(?)は特許権を認めていますが、それを過ぎると公共の利益の為に皆が自由に使える技術となります。これと同じ発想を導入してほしいと思いました。つまり、「新曲の間」(=レンタル店に回せない間?)は音楽データ流通は100%制限を受けるとしても、例えば1年後には、音楽データを自由に流通して良いとか決めてもらうと、古くて良い曲は損害を受けないと思います。「規制を撤廃するだけ」で、音楽は水のように自由に大量に流通を行うと思います。水瓶座=アクエリアス時代(←今思いついた)に相応しい動きじゃないでしょうか。(200108142318)

 「好きな音楽を自分のホームページにアップロードしたいな」と思ってる人は結構いるんじゃないでしょうか。かなりの程度、音質を粗悪化すれば、誰でもJASRACの音楽をホームページ上で登録・公開・頒布してもいいとか決めてくれればいいのに。(199910100345)

 「日経エンタテインメント!」誌1999.02月号のP78にありましたが、ネット上の音楽使用料が暫定的に決着しているそうです。著作権者の権利を主張するJASRACと、配信を主張するネットワーク音楽著作権協議会NMRCとの間で暫定的合意がなされたそうです(1998.11)。現状としては、全世界的に、MP3フォーマットによる音楽データの普及という現実が爆発しており、インターネットからダウンロードして聞くタイプの携帯型プレーヤーがアメリカで発売された時に、米国レコード協会RIAAが、カリフォルニア連邦地裁にプレーヤーの出荷差し止めの仮処分を1998.10に申請したが、10月末にはあっさり却下されたというファンキーな判決があり、事実上、アメリカでは音楽データのネットワークによる配信が認められたことになったわけです。細かいところでお互い譲らないままであっても、CDの音楽著作権料の6%より大きく、業務用通信カラオケの12%よりも少ない7.7%で合意されたそうです。つまり、今後、CDという物理媒体によらず、インターネットによる合法的音楽配信はあり得るのである。でも、何故、7.7%なのかな。つんくプロデュースの7HOUSEとか、とかく自称レインボーマン(仏陀に対抗するダイバダッタの魂を宿している)を意識しているみたいな所を見ると、JASRACの裏に大物がいるのかな。大体、CDが\3,000なんて、高いんだよ。\500位が適当でしょう。シングルCDは\100位でいいよ。(199901310541)

 週刊新潮、1998.10.15号のP41に載ってましたが、MPというものがあり、日本の音楽業界が戦々恐々としているそうですね。

 MPとはインターネットで自分の好きな楽曲をダウンロードして、聞くためのタバコ箱程度の大きさのWALKMANのようなもの。ポータブルMDプレーヤーよりも小さいそうです。カセットテープやCDやMDと違うのは、機械的に動いてるのではなく、内臓メモリーに(インターネットから)移植するいという点です。ダウンロードは1曲あたり5〜6分だそうですね。

 それでJASRAC(日本音楽著作権協会)や日本レコード協会がインターネットの各プロバイダーに「問題サイト(自由に楽曲をダウンロードできるようにしているサイト)」を排除するよう求め、また、そういうホームページを見つけ出すシステムを開発するのだといいます。

 でも、私はCDというものが登場し、\3,000と初めて知った時「高すぎるな」と感想を持ちました。今回のMPのように、音楽も映画も今後はオンデマンド方式へ移行するのが自然な流れだと思うけどね。音楽を作るのに元手はかからないし。音楽によって収入を得ていられるという現在の状況のほうが不自然で逆転しているように思うんだけどね。でも、最近はインディーズ系が躍進しており、やっと実力が生かされるようになって来てるみたいで、その点は良いと思うな。(199810191333)


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