人間トワ

人間は機械ではない。ロボットではない。
が、人の身体は地球上の物質で出来ており、それは基本的にロボットである。
では何が人間をロボットではないようにさせるのだろうか。
星を見た時、朝日や夕日を見る時、その氣を感じる時、思い出が蘇る時、
真に人と交わった時、人からのを実感した時、音楽を聞く時、
人間という存在を越えた力が働いているのを感じやすい。
だから、人間はロボットではないことが感じられる。
つまり、人間は、ロボットという人間以下の貧相な存在ではなく、
人間以上の豊かな力が注がれている存在なのである。

音楽も似ている。
個々の部品は色々ある。
全音符の半分は2分音符であり、その半分が4分音符である。
他にも休止符とか色々あるよね。
これも大変、機械的な部品であろう。
そこには人間性などまるで無いかのような無機質な羅列がある。
そのような所だけを見ていると恐ろしくなるかも知れない。
そこには何の情も感じられない。ほとんど数学的なまでの法則が並んでいる。
リズムを正確に刻み、強弱も正確に、音符も正確に鳴らして、
人間として一切の妥協が無い時に、そこには最高の芸術である音楽が現出する。

人の性格もそのような面がある。
パーツしか見ないのではほとんど何も分らない。
人によってはがんじがらめのロボットに見えるかも知れない。
しかし、総体としてはどうであるだろうか。
総体で音楽となるには、基本的にはそのパーツを、
人間としてただの一つも外したり、誤ったりしては本当はいけないのである。

なぜ、法則は美しいのだろう?


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