神殿伝説

以下は、国書刊行会の「神殿伝説と黄金伝説」\4,500のP406〜P410からの転載です。

 ソロモンは神殿の建設を決定すると、建築師を呼び集めてグループに分けた。そして彼と親交のあったテュロスの王ヒラムが遣わしたアドニラムまたの名をヒラム・アビフに建設の指揮をとらせた。
 伝承によると、神秘の神殿の建築師の由来は次のようである。エロヒーム(原初の神)のひとりと結婚したエヴァは、カインという名の息子を産んだ。一方、別のエロヒーム、つまりエホヴァまたはアドナイがアダムを創ってエヴァと結婚させ、アベルが産まれた。カインが熱心に農作業をしてもわずかな収益しか得られないのに対して、アベルはのんびりと家畜の番をしていた。エホヴァがカインの捧げものを拒否したので、火から産まれたエロヒームの子らと、ただ大地から産まれた人間との間にいさかいが呼び起こされた。その結果カインはアベルを殺した。アドナイはカインの末裔を迫害し、芸術と科学の発端となったこの高貴な一族をアベルの末裔の支配下においた。
 カインの息子のエノクは石を削り、家々を作って市民的な社会を形成する術を人間に教えた。エノクの息子イラデと孫のメホヤエルは堤防を築き、杉の原木で角材を作った。カインの別の子孫であるメトサエルは、T(タウ)文書と象徴的なT文字を案出し、火の系統の労働者が互いを認知できるようにした。その予言が世間に理解されることがなかったレメクには、四人の子どもがあった。長子としてらくだの皮加工を教えたヤバル、竪琴を創案したユバル、紡績と織物の母であるナアマハ、最初の溶鉱炉を作り、最初の金属加工を行ったトバル・カインである。トバル・カインは、一族を大洪水から守るために山の中に地下洞を掘ったが、それにもかかわらず彼と息子しか生き残ることができなかった。ハムはノアの二番目の息子であるが、その妻はトバル・カインの息子をしてニムロドを生んだ。ニムロドは狩猟を考えだし、バビロンを建設した。トバル・カインの子孫であるアドニラムまたはヒラム・アビフは、火の子らを、思考と前進と真理の子らと結びつけるべく、自由な男たちによる騎士団を指揮する使命を神から授かったという。
 ヒラム・アビフは素晴らしいソロモンの神殿を建て、見事な黄金の王座を作り、壮麗な建物を数多く建てた。しかしいくら偉大でも、彼はまわりから理解されず、孤独であった。わずかな人びとだけが彼をし、他の多くは彼を憎んだ。ソロモンも彼の優れた才能と名声を羨み、ねたんでいた。しかし王の叡智は広く知れ渡っていたので、シバの女王バルキスが王に謁見し、そのすばらしい統治ぶりを学ぶために、ある日エルサレムにやってきた。金色の衣服をまとい、金箔の杉の座にいる王を見たとき、彼女は象牙製の手のついた黄金の立像だと思ったほどだった。王は王女をこの上なく手厚くもてなし、宮殿と見事な神殿を案内した。見るものすべてに彼女は感激し、驚嘆した。その彼女の個性的な美しさが彼の心を捉え、やがて王は王女に求した。誇り高き男を征服し得たという喜びから、彼女は求に応じた。もう一度神殿を訪れたとき、これらの見事なものを作り上げた謎めいた建築師に会いたいと彼女はふたたぴ願い出た。ソロモンはためらい、できるだけ会わせまいとしていたが、ついにヒラム・アビフを連れて来させることを承知せざるを得なかった。そしてこの男がシバの女王を一瞥した瞬間、彼女は動揺したがすぐに落ち着きを取り戻した。ソロモンの怒りと嫉妬からヒラム・アビフを守ったのだ。彼女が神殿建築に取り組んでいる労働者たちを見たいと申し出たとき、王はそれは不可能だときっぱりと断った。そこでヒラム・アビフが彼女からよく見えるように石の上に乗って、右手で空中にT(タウ)文字のシンボルを描くと、すべての労働者が四方八方から一斉に駆けつけてきた。このことにバルキスは大いに驚き、王の求を受けたことを密かに後悔した。というのは彼女の中で力強い建築師へのが燃え上がったからである。嫉妬深いソロモンはヒラムを恋仇と見て、彼を辱め、破滅させようと心に決めた。
 神殿建設者の中に、シリア人の左官ファノール、フェニキア人の大工アムル、ヘブライ人の坑人メトサエルがいた。彼らは役に立たず怠け者だったので、親方(マイスター)への昇進をヒラム・アビフが拒んでいた。そのため彼に悪感情を抱いていたこの三人組は、対抗してソロモンに仕え、共謀して「青銅の海」の鋳造を邪魔しようと企んだ。その鋳造が成功すれば、その栄光によってヒラム・アビフが王位につくことは確実だったのである。しかし、師のヒラム・アビフを尊敬していた若き労働者ベノニは、この三人の悪巧みを見破り、王に打ち明けて企みを頓挫させようとした。バルキスも出席して鋳造が始まった。溶鉱炉が開くにしたがって大量の液状の青銅が巨大な型に流れ込んだが、あふれて外に流れ出したため、集まっていた多くの人びとは焼き殺されないように逃げ出した。ヒラム・アビフはそれでも神のような静けさで、偉大な水の精を使って火の流れを止めようとしたが無駄だった。水と火が混ぎって熱い湯気が昇り、火の粉となって襲いかかってきたのである。この不運な建築師は、慰めを求めて忠実なベノニを探したが、見つけることはできなかった。というのはこの気高い若者は、進言にもかかわらずソロモンが悪企みを阻止しないのを見てとると、自分で親方を破滅から救おうと伺っていたのだが、そのときに殺されてしまったからである。
 ヒラム・アビフは不運の現場にとどまっていた。悲嘆にくれて、火の海の危険が迫るのを顧みようともしなかった。まず彼が考えたのは、シバの女王の落胆と心痛であった。彼女は鋳造の成功を待ち望んでいて、今日はそれを祝うために来ているのだった。突然上方から不思議な叫び声が響いた。「ヒラム! ヒラム! ヒラム!」。仰ぎ見ると巨大な姿が空に浮かんでおり、彼にこう話しかけた。「恐れるな、わが息子よ。私はお前が焼き殺されないようにした。炎の中に飛び込め!」。
 そこで彼は溶鉱炉の中に入ったが、傷ひとつ負わなかった。いい知れぬ歓喜を感じながら、抗い難い力に駆り立てられて、どんどん中へ押し進んだ。「私をどこへ連れて行かれるのですか?」と彼は尋ねた。「地球の中心、世界の魂、自由が支配する、偉大なカインの王国へ。そこではアドナイ(エホヴァ)の暴君的な妬みはやみ、私たちは彼の怒りに邪魔されずに、認識の木の実を味わうことができる。そこはお前の父たちの故郷なのだ」−−−「私は誰ですか、そしてあなたはどなたですか?」−−−「私はお前の父たちの父であり、レメクの息子トバル・カインである」。
 トバル・カインはヒラム・アビフを火の聖域に導き、彼にアドナイの弱点と低級な情熱について話して聞かせた。アドナイは彼自身が創ったものに対して敵意を持ち、人間に多くの恵みを与えた火の精に復讐するために、人間に冷酷に死を宣告したのだという。ヒラム・アビフはまもなく彼の原初の父、カインの前に立った。その美しさには彼を産み出した光の天使が映し出されていた。カインの高貴な心情がアドナイに妬みを引き起こしたのである。彼は冷酷なエホヴァが彼に下した苦しみについて語った。突然「トバル・カインとその妹ナアマハの末裔よ」という声が鳴り響いた。「お前にひとりの息子が生まれるだろう。その子をお前は見ることはないが、お前の数多くの子孫が一族を不滅のものにするだろう。お前の一族はアダムの一族を凌いで世界を支配するだろう。何百年にも亘ってその勇気と気高い能力は、不遜なアダムの一族に奉仕し続けるであろうが、ついには最高のものが最強のものになり、ふたたぴ拝火教が地上で信じられるようになるのだ。お前の無敵の末裔は専制政治のアドナイの共犯者である王たちの権力を打ち壊すだろう。行け、わが息子よ。火の精はお前とともにある」。
 トバル・カインは、みずからが多くの偉大な事業を成し遂げたときに用いた槌を彼に手渡して言った。「この槌と火の精の助けで、愚かな人間の悪意によって成し遂げられずに残った仕事を迅速に終わらせるがよい」。
 ふたたぴ地上に出るや否や、ヒラム・アビフは高価な槌の驚異的な力を試し、明け方には「青銅の海」の鋳造を完成させた。名人とバルキスは歓喜し、あわてて駆けつけた民衆は、昨日の不運を一夜のうちに取り戻した神秘の力に驚嘆した。
 その後まもなく、ある日バルキスが供を引き連れてエルサレムの外に散歩に出ると、考えにふけってひとりで歩いていたヒラム・アビフに遭遇した。そして二人は互いのを打ち明けたのである。ハドハド(シバの女王のそばで火の精の使いをする鳥)はヒラム・アビフが空中に神秘なT(タウ)文字を描くのを見て、彼の頭のまわりを飛んで手首に止まった。そこで昔王女の乳母だったサラヒリが叫んだ。「予言は適中しました!火の精が定めたバルキスの夫、彼女だけがそのを受けることのできる夫がハドハドにはわかるのです」。
 二人はもはやためらうことなく結婚の約束を交わすと、これからのことを相談した。ヒラム・アビフはまずエルサレムを去ってアラビアヘ赴き、バルキスは王の監視の日をごまかして婚約が解消できたらすぐにヒラム・アビフの後を追う、ということだった。彼女の方はうまくいった。ある日ソロモンが酒に酔ったとき、彼女は彼の指から婚約指輪をはずしたのである。一方ソロモンは嫉妬にかられて、「青銅の海」の溶鉱炉をだめにした三人の職人に、恋仇を殺したいとほのめかした。それを受けて彼らは、旅立ちの前にもう一度神殿を訪れたヒラム・アビフを打ち殺してしまった。しかし彼は、息を引きとる前に、マイスターの言葉が彫ってある黄金の三角形を首からはずして深い泉の中に投げ入れた。殺人者たちは死体をくるんで、人気のない丘に埋め、その上にアカシアの枝を植えた。
 ヒラム・アビフが七日間ずっと姿を見せないため、役を探すことを民衆が願い出た。ソロモンが嫌々ながら探させると、三人のマイスターが遺体を発見した。マイスター昇進をヒラム・アビフが拒んでいたことから、例の三人の職人に殺人の疑いがかけられた。そして三人の職人に秘密を漏らされることを恐れたマイスターたちによって、念のためにマイスター同志の合言葉が変えられることになった。遺体を引き上げるときに思わず口をついて出る言葉が、新しいマイスターの合言葉になるのである。彼らのうちのひとりが死体から皮がはがれるのを見たとき、思わず「Makbenach」(「兄弟が打ち殺した」または「肉が骨から離れた」というような意)と叫んだので、これを合言葉にした。三人の殺人者は捕らえられ、裁判官の手にかけられる前に自殺した。披らの首は王に引き渡された。ヒラムの遺体には黄金の三角形がなかったために探されて、ついに泉の中で見つかった。ソロモンはそれを神殿のもっとも人里離れた秘密の地下室にあった三角形の祭壇の上に置かせた。そして三角形をよりうまく隠すために、十戒の刻まれた立方形の石をその上に置いた。その地下室はただ二七人の選ばれた者だけが知っていたが、最後には壁で囲まれてしまった。(199802180339)


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