聖母マリアの「緑のスカプラリオ」

 聖母マリアの初期のもっとも有名な御出現は、1830年11月27日に、パリのリュドバックにある聖ビンセンシオ徳姉妹会本部修道院で、聖カテリナ・ラブレー修道女に起きたものです。ラブレー修道女は、人々の回心のために大きな働きをする不思議のメダイの幻を見て、それを製作し、頒布するよう聖母から求められました。メダイは以来、全世界に行き渡っています。

 その10年後の1840年1月、前年の御出現記念日の11月27日に、奇しくも同じ修道会に入ったシスター・ユスティノ・ビスケイブルーが、黙想会の間に聖母の御訪問を受け、続く幾つかの御出現のなかで、「汚れなき御心の緑のスカプラリオ」を啓示されました。これは、罪人の回心と癒しを目的として啓示されたものです。

 シスター・ユスティノ・ビスケイブルーは孤児でした。裕福な親戚に引き取られ、のちに遺産を相続しましたが、全てを捨てて聖ビンセンシオ・ア・パウロ徳姉妹会に入りました。修道女は、出会う人の誰にもと模倣の精神を吹き込んだことで知られています。バチカンでの幽閉に先立つ暗黒の日々に教皇ピオ九世を力づけ、北アフリカの回教徒からも厚い尊敬を受け、クリミアの戦いではフロレンス・ナイチンゲールが模範としたシスターでした。彼女は自分が知られないよう極力努めたため、私的記録は多く残されてはいません。

 シスターに起きた御出現の経緯を簡単に述べましょう。ビスケイブルー修道女は、1839年11月27日に、パリ徳姉妹会修練院に入りましたが、三日前に終わった黙想会に参加できなかったため、翌年の1月まで黙想会への参加を待たなくてはなりませんでした。1月に、聖堂の上に位置するホールで黙想会が行われました。そこには、古くから伝わる、奇跡で有名な聖母像をすえた祭壇があります。

 御像を前にするこのホールの中で、修道女は黙想に入りました。1840年1月28日のこの日に、聖母が初めて彼女に御出現になりました。修道女が祈りをささげていると、突然、目に見える姿で聖母が御出現になりました。

 聖母は、足下まで垂れる長く白いガウンに身を包み、上からとても薄い青のマントを着ておいででしたが、ヴェールは付けておいでにはなりませんでした。髪はまわりに長く垂れ、手には心臓が見えました。心臓の頂きからは光が溢れています。聖母の荘厳さは、何もかもが天的な美に彩られ、その美しさは例えようのないほどのものでした。この光景を見て、若き修道女は崇敬と畏怖の気持ちに襲われ、口がきけなくなりました。

 修道女は、黙想会が終了する日に同じ幻に浴し、聖母の主な御祝日に、四、五回御出現の幻を受けました。そのときまでは、この恵みはかなり個人的なもので、聖母とその御心への信心を強めるためのもののように思えました。しかし、出来事の経過とともに、神はまもなく他の計画が啓示されることをお示しになります。

 正式な修道服を受けてから、シスター・ビスケイブルーは、学校で教えるためにブラーンジュ(セーヌ・インフェリエール)に派遣されました。到着してしばらく経った1840年9月8日(聖母の無原罪の御宿りの御祝日)に、シスターはもうひとつの幻を受けました。

 神の母は、右手に炎に包まれた心臓、左手にスカプラリオのようなもの、正確にはその半分をもって、黙想中の彼女に御出現になりました。それは、中央から紐で吊り下げられた四角い緑の布の一片で、首にかけるよう紐は閉じられていました。全体は、正しくはスカプラリオと呼ぶより、布のメダイのように見え、片面には、かつての幻で御出現になったときそのままの聖母の御姿があり、もう片面には「太陽よりも眩しい光に全面輝き、水晶のように透明な心臓」がありました。剣で刺された心臓の周囲を、金の十字架を頂点に楕円状に、次のような文字が並んでいました。

 「汚れなきマリアのみ心よ、今も臨終のときも、われらのために祈りたまえ」

 同時に、幻の意味を説明する内なる声が、シスターの心の耳に響いてきました。彼女は、この聖なる絵が、霊魂、特に未信者の回心と癒し、臨終における救いを保証するために、徳姉妹会を媒介として与えられたものであり、できる限り早くその複製を製作し、確信をもって配布すべきことを理解したのです。しかし、教会の指導司祭は、初めはことの重大さが分からず慎重過ぎたため、聖母はその後何度も修道女に御出現になっては、スカプラリオの製作を強く促し、その結果ついに教会は動き出しました。

 1846年9月8日の無原罪の御宿りの御祝日、指先から燦然たる光線を放つ手を差し延べ、ビスケイブルー修道女に御出現になった聖母は、緑のスカプラリオの使い方について、大略このように御説明になりました。

 「緑のスカプラリオは、他のスカプラリオのような着衣式の必要はありません。二つの聖なる御絵を配した一枚布を、メダイのように紐で吊り下げたものに過ぎません。祝別のための特別な式次第も不用で、強制されるべきものでもありません。司祭によって祝別され、その心地よい影響から益を受けて欲しいと私たちが望む未信者あるいは罪人が身につけさえすれば十分です。本人に知られないよう衣類、ベッド、部屋にそっと忍ばせておくこともできます。

 唱えるべき祈りについて言えば、スカプラリオの上に描かれている聖心を楕円状に取り囲む言葉を毎日お唱えするだけでよいのです。

 『汚れなきマリアの御心よ、今も臨終のときも、われらのために祈りたまえ』

 スカプラリオをあてがわれた人が祈れなければ、スカプラリオを使っている人、あるいは与えた人が、代わりに祈らなければなりません。このスカプラリオは、フランスでも、諸外国でも使えます。使用には大いなる恵みが伴います。しかし、恵みの大きさは、多かれ少なかれ、それに伴う確信の度に比例します」

 最後の部分は、最後に御出現になったときに聖母の両手から流れ出していた、各種の光の意味を物語るものでした。これらの指針をもとに、緑のスカプラリオの頒布が始まり、以来、多くの奇跡的な回心と癒しの事例が伝えられています。緑のスカプラリオは、1863年に、教皇ピオ9世により認可されました。1870年にふたたび認可された際に、教皇は「それを作り配布する権威を与えます。良き姉妹たちにそう伝えなさい」と言われています。

 ロバート・A・マクドナルド神父様は、自分の経験をこのように記録しています。

 「緑のスカプラリオを知ったいきさつについてお話しましょう。聖母の汚れなき御心の真に優しい御を広げ、聖母の御恩に報いるためです。まだペニシリンが使われていなかった頃に、私は肺炎を患い病室で寝ていました。喀血を起こし、医師は手術しか方法がないと決断しました。そのときに、一人のシスターが見舞いに訪れました。

 『神父様は、聖母を篤く信仰なさっておいでですか。特に、聖母の汚れなき御心に。もしそうなら、癒されます』
 『どうやって癒されるというのです』
 『緑のスカプラリオによってです』
 『それはどんなものなのですか』
 『四年前に、私は癌の手術を受けました。けれども、あまりに癌が広がっていたので、病院の医師たちは私を隔離して、死を待つほかありませんでした。そのときに、私は、死を待つのに疲れて、緑のスカプラリオの聖母にお祈りを捧げたのです。そして、今では仕事に戻れるようになりました。神父様、私は癒されたのです。スカプラリオをお受け取りいただけますか』
 『シスター、是非ともください』

 すると、シスターは、それを私の頭の上に置きました。非常に大きな確信が心の中に流れ込み、喀血は止まりました。その二日後に、X線室で、医師たちはいつ喀血が止まったのかとききました。ここ二、三日のことですと話しますと、医師たちは非常に驚いたようすです。

 『六ヶ月の病が癒えたのですよ。肺炎の跡さえないのです』

 今も、病のあとは残っていません。聖母の汚れなき御心に対するはかりしれぬご恩をこうしてお話するのは、まったく自然なことなのです。以来、私はこの信心を進めるために、できる限りのことをしてきました。そして、緑のスカプラリオについて話して聞かせた人々が、私以上に熱心になるのを見て、非常に喜び驚いています。この新しい信心において、マリアの使徒たちの信仰と確信が、これほど等しくなるのを見たのは初めてです。

 五月に、私は、トロントの聖パトリック修道院長に、水曜のミサでこの話をしたいと願い出ました。私は手に千枚の緑のスカプラリオを持っていましたが、せいぜい三〇枚しか行き渡らないだろうと誰もが考えていました。ところが、第一日目の朝だけで、千枚すべてがなくなってしまったのです」

 京都で緑の聖母会を主催されていた、レオ・スタインバック神父様は、このようにお書きです。

 「緑のスカプラリオの表にはマリア様の御姿が画かれています。マリア様は、原罪をもつ私たちとは異なり、罪汚れがまったくありませんでした。私どもはいろいろと罪を犯します。腹を立てたり、人を憎んだりしますが、マリア様にはそのようなことがありませんでした。そのために、被昇天後に、天国(極楽)でもっとも高い席にお上りになったのです。

 およそ百年前、マリア様はフランスにお現れになりました。そのときに、緑色のスカプラリオを手にもって「誰でも、このスカプラリオを身につけて、毎日少くとも一度、この裏に書いてある祈りを唱えれば、間違いなく幸せになります」とお約束になりました。

 マリア様は、むろん神様ではありません。しかし、御子イエズス・キリスト様は神様であられるため、マリア様は天国において私どものお願いをイエズス様に伝えて下さるのです。イエズス様は孝行な御子ですから、御母の願いを必ず聞き届けて下さいます。

 あなたも今までに犯した罪を心からお詫びして、このスカプラリオを始終身につけ、そこに書かれた祈りを唱えてください。

 「聖母マリアの汚れなき御心よ、今も臨終のときも、われらのために祈りたまえ、アーメン」

 ある方々は、一日に何度も、ただ自分のためばかりか他の人のためにも、この祈りを唱えまています。この祈りのお蔭で、どれほど多くの人が有難い信仰のお恵みを頂いて霊的に救われ、体の色々な病が癒されたか分かりません。その数は数えきれぬほどです。

マリア様は、汚れなく原罪がありませんでしたが、この地上において大変お苦みになりました。御子イエズス・キリスト様が、十字架の上でお亡くなりになられたとき、御母はその十字架の下にお立ちになり、御自分の胸に剣を刺されたように御心をお痛めになりました。このスカプラリオの裏に、十字架を頂く剣に刺された心臓が描かれているのはそのためです。

 汚れなき聖母マリアは、これほどにお苦しみになったその御功徳によって、人間の一番大切な死の瞬間(臨終)において、今もって、私たちの救霊のために尽くしてくださっているのです。

このように、御心の清く慈非深い聖母マリア様にいつもお祈りする人は、必ずや救い助けられます。

 緑のスカブラリオは、聖母マリア様の御加護を受けるため、また救霊のために、マリア様から授けられたものです。冷淡な信者や求道者のためにも、スカプラリオを身につければ、聖母の御恵みをいただき、知らず知らずのうちに、その方は本当の信仰者になります。

 このスカプラリオを求めたがらない人はほとんどいないほどです。お寺の住職までもこれを身に付け、聖母様に祈っておられる方がおります。差し上げるときは、由来書を見せ、粗末にしないようよく説明してから、真実求める人に差し上げ、差し上げた方々の上に神様の御祝福があるように、毎日お祈りしてください。

 スカプラリオは祝別済みであり非売品です。痛んだスカプラリオは庭に埋めて下さい。埋めれば庭も祝福されます。スカプラリオは身につけるのが一番よろしいのですが、財布や定期入れに入れてもよく、また部屋や乗物の内側、外側、玄関、お子様のランドセル、カバン、幼稚園や保育所の出席カードにお貼りになっても結構です。マリア様が子供達を守って下さいます」

 緑のスカプラリオを介して、皆様の上に神様の豊かな御祝福がありますように。

入手先は、パリミッション会(聖ヴィンセンシオ徳姉妹会・神戸市)にお問い合わせ下さい。

 実は上記のスカプラリオに関する文章は私のタイプした文章ではありません。「載せてくれ」と言われて載せた文章です。(200204070208)

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