「別冊宝島356」が発売されましたが、ライターさんのとても素直なコメントが載ってて面白かった。そんなに色々あったのなら、取材の時にどんどんつっこみを入れてくれれば内容的にも深まったのに、と思いましたが、内容的にはちゃんとまとめられており、意図的な改変やら削除やらは基本的に存在しない、真面目な出版社だと思いました。でも、ちょっとした細かい修正点を以下に列挙しとこうと思います。その前に、表題が「中森明菜への求婚状」となっているのですが、これは私の説明不足でして、いくらレターを出しても、むしろ離れて行くばかりの明菜さんとは1994年の10月に、別れているのです。[目次]>[中森明菜さんへの第48通目](の中の「中森明菜さんとの別れ」)参照下さいませ。(199712110323)

・P126で「覚醒意識」と言ってますが、その「吸込まれて行く体験」のことではありません。日常意識の中でのリアルでビビッドな意識体験が集中する期間があり、その日々の中で、「吸込まれる体験」が起こったのであり、これ自体を「覚醒意識」とは言われませんので。私が一度にまとめた言い方をしたのが原因です。混同しないで下さい。

・P128に「大本教の一二三神示」とありますが、これは、世的に正確な事を言えば違うわけです。これも私の補足が不十分な為でした。

・P131の下のほうで「無慈悲」と言ってますが、これは当時の私の恋路を、それに至る前段階で「“既婚者が”妨害する」事について言ってるわけで、この点がまとめる編集段階で抜けたのでしょう。

・P132の下でライターの山形さんが「そんなのは無意味」と言ってます。その結論になるのも仕方がないでしょう。彼は個人的な観点から考察してますから。確かに個人的な観点からは、文字や数字が合致したところで、彼が言うように「それがどうした」という事になってしまいます。でも、私がテーマとして従っているのは、そもそもの最初の最初から神なのですよ。文字や数字が合致する事で示される神の御意志によって道が示されたからこそ、それに従って「示された通りの結婚」を目指すのであります。この弥勒の縁には他にも多くの人が関係があるかも知れません。取材の時、私はそれを「三重以上のシンクロがなければ認定してない」みたいな事を言いましたけど、それを私が要求するのは他者に対してです。弥勒十字そのものについては3重どころではありません。30重を越えているのです。なぜなら、複数の人がそれぞれの誕生日やお母様の御名前を持ち寄って完成するからです。

・P133の中段で「お手軽道徳」とありますが、神が現代人に勧めているのは、そんなだいそれたものではなく、「基本」なのだということだと私は解釈しています。例えば、「嘘をつかない」という基本だけでも実行するならば、かなりの変化が期待できると思いますよ。

・P133下で「己の卑しい性欲の正当化に注がれる」とありますが、もしそうだったら、もっと早く結婚しますよ。それは比較的簡単でしょ。神に道が示されているからこそ、それに逆らう事は私には出来ない事です。

・P134の上で「あなたは基本的に、聞く耳持たない人」とありますが、取材の時に反論してくれたのは、私の記憶では、明菜さんとの結婚の縁についての「395に関する縁の発見」の時だけでしたよね。「395の人は7/13の人」→「本籍地の人は明菜さん」という繋がりについて、ライターの山形さんが反論した時に、出版社の方が「まあ、聞いておこうや」という感じでちょいと制止してから、あなたは一切、反論が無くなりましたね。ま、その変化については今、初めて気づきましたので、ここで言っておこうと思います。全体として、よく正確にまとめたと思いますよ。本当に。あえて言えば、もっと反論があって突き詰めてくれれば、もっと良かったとは思いますが、ライターさんのそのような側面に気づかなかった事は、私自身の今後の行動のために参考になって良かったと思います。

・P135の中段で「受け手にとってどのような価値があるか」という私の側の考察が不十分との指摘はその通りだと思います。今後、もっとそういう面で気づいた事は発言して行こうと思います。傾向としては、「神の御意志」というのがメインテーマになっておりますので、それが中心になって行く傾向はあるでしょう。それが「自身の事」でもあるために、ややこしいのですが、識別の方向であることは勿論です。

・P135の下で「反応が無くても方向を変えない」という点ですが、つきつめてしまうと、反応のある無しではなくて、神の御意志を実現する事さえ満たされれば、後はどうでもいいみたいな感性が私にはあって、これもまた一つの極端ですが、そういう傾向がある(あった)訳です。ただ、神の御意志は人間に対するものですから、人の反応というものを考慮すべきですね。

・P136の下で「もっと派手な情報発信をしようと試みるんじゃないか」との不安があるそうですが、派手な情報発信自体は在り得ると思います。ただ「自分は神だ」という主張みたいな事が「メインではない」のですから、大丈夫です。私がいかに神を畏れているかを知れば、少しは安心でしょうか? このような存在を知った時に、人々の心の中に「対応する要素」が目覚めて行くという側面に重点が置かれているのは当然と思います。そんな「一個人を崇めて」どうしようというのでしょうか? それよりも、より多くの人が内なる神性に目覚めたほうが、より素晴らしいではないですか! 私は決して悪意や欲望を通すような事はしませんので。まあ、言っときますが、私がいかに神を畏れているかを知れば、少しは安心でしょう。

おまかに以上の点を修正させていただきました。

細かい点を申せば、P129の下で私が「明菜」と言ってますが、正確には「明菜さん」と言ったはず、とかなんとかありそうですが、これ以上は止めときます。(^_^;)

全体として、安易な結論づけが多いんでないかい? まるで御自分を納得させるようにして必死に防御している感があるように思うんですけど(^_^;)。(199712060508)

以下は、テレビCMです。

取材費は2月に口座に振り込まれる予定なので、まだ金額が分かりません。(199712180250)と言ってたらもう2月です。「この話」による初の収入金額判明です。取材費は\20,000で、\2,000が源泉として差し引かれた\18,000が振り込まれます。「この話」による借金がまだ80万円残ってますので、既にお伝えしてます通りに、微々たる穴埋めに使用させて頂きます。(19980131003??)しかし、よく考えると、上記の借金以外に「この話」による4つのローンがまだまだ残っているので(残り総計\1,780,400)、時間はかかりますが、負担のかからないように徐々に払っております。(199802010325)

かつて、電波少年で小室さんが世田谷の5−6−6番地に家を建築中という事を知りましたが、日経エンタテインメント1998.01月号によると、今、自宅はロサンゼルスにあるそうです。移住されたとのこと。(199712190313)

その関連で、私は無意識に華原朋美さんを遠ざけていた事に最近気付きました。と同時に、彼女は小室さんとは別、という風に捉えて、私の中でイメージが好転しつつあります。つまり、私に対しての影響力の意味する筋は通っており、私の認識・感覚は、ちゃんと変りつつありますよ、という報告でした(^_^;)。(199801040355)


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