以下は、徳間書店の「チベット永遠の書」(テオドール・イリオン著、林陽訳、\1,600)から要点と思うところをまとめました。

 この本は、あとがきによれば、訳者の林陽さんが20年近く前に存在を知って探していた「In Secret Tibet」と「Darkness Over Tibet」(by Theodore Illion, Rider & Company, London, 1937)の邦訳であり、合本である。原版は第二次大戦の動乱によって失われていたが、大英博物館に眠っていたことで日の目を見るようになった本である。50年振りの復刻である。

 著者のテオドール・イリオンはドイツ人の探検家で、1930年代初め、チベット領内に白人が入ることが違法とされていた時代に単身入国し、3年間の探検の後、ドイツに戻って2冊の著作を著した。テオドール・イリオンの著作はナチス政権を1934年に掌握したヒットラーが毎年、チベットに調査団を派遣する誘引になった本だと言われているそうです。

 探検家のフェルディナンド・オッセンドフスキーはその著書「Beasts, Men & Gods」の中で、
『アムール河流域に住む古老達は、あるモンゴル部族がジンギスカンの追跡を逃れるために、地底の王国に身を隠した、という古い伝説を語ってくれた。それから、モガン・クル湖近くから来た一人のソヨトが、アガルティーへの入り口になっているという煙の立ちのぼる門をわたしに示した。かつて、この門から一人の猟師がアガルティーに入り、戻ってからそこでみたことを話し始めた。ラマは彼が秘中の秘を口外しないように舌を切ってしまったのである。』

 1930年代にインドからチベット入りしたアメリカ人探検家ドク・アンダーソンはラサのポタラ宮に招かれ、宮廷の侍医をしていた白人ラマから、アガルティーは地下トンネル網を通して全世界と繋がっており、ポタラ宮にもその入り口の一つがあると巨大な黄金の扉が示されたそうです。

 ロシアの神智学者(画家)のニコラス・レーリッヒはテオドール・イリオンの10年前に大規模なキャラバン隊を率いてチベット入りし、師と仰ぐマハトマ・モリアの足跡を辿り、シャンバラを探し求めたが、最後には挫折したそうです(彼の400ページを越す克明な日記は「Alta Himalaya」として1929年に出版された)。彼の息子のゲオルゲ・レーリッヒがまとめた「Journal of Ursvati (Roerich Museum 1932)」の中には興味深い記述があるそうです。1627年、ステファノ・キャセラ、ヨハネス・カブラルという二人のイエズス会士が、中国に行くルートをみつけるためブータンを訪れたときに、シャンバラの存在を知ったそうです。キャセラによれば、『チェンベラと呼ばれるとても有名な国が実在する。それは、ソグポと呼ばれる渓谷と境を接し…』テオドール・イリオンの書いている渓谷名サンポ(Sangpo)とあまりに似ている…。この二人のイエズス会士は「チェンベラ」にはたどり着けなかったのだが、テオドール・イリオンの書き残した地名の信頼性を裏付けているようにも思われる。

 「秘伝者の地下都市」は、中央チベット・サンポ渓谷の谷あいの一つにあるそうです。谷底は楕円形または紡錘形をしており、一番広い部分で幅約400m、紡錘形の両突端の2箇所の出入り口にはそれぞれ巨大な3つ(計6つ)の白い石板が同一平面を成すように距離を置いて並べられてあり、大きく「境界」と書かれているそうです。一番近い村から約20マイル(約32km)あるそうです。現地の人々は皆、シャンバラに関して知っているが、秘密なので誰もほとんど何も言わないそうです。中にはシャンバラの「同志会」の会員として入信している人もおり、そういう会員は時々地下都市を訪れているそうです。渓谷の丁度真ん中には大変に深い直径10mの縦穴があり、地面からは高さ1.5mの円柱形となっており、テオドール・イリオンによって何度も石が投げ込まれたが、深さを測ることができなかったそうです。
 この縦穴を中心にして半径100m程の円周上に、7つの正方形があります。それぞれ、一辺が40m程度で、それだけの大きさのガラス板がはめられてるそうです。この1辺40mの正方形は地下ビルの天井に当たり、採光窓だそうで、地面から高さ約2.5mの木製の板で4角形に囲んであり、それぞれの四角の、上記100m円周の内側に当たる側面に、都市へ延びる階段が降りてるそうです。渓谷の入り口の巨石板からこの円周までが約400mあるそうです。

 この「光の同胞団」の地下都市に出入りする会員とは別に、生気のない目をした、まるでロボットのように命じられた仕事だけをこなす人々が沢山おり、後で分かったところによれば、彼らは死体蘇生術で生き返らされた人々でした。その現場をテオドール・イリオンは遠く離れた別の場所で見ました。イリオンによれば、最初は都市に迎え入れられてその後3日間生活したが、自分でものを考えられなくなって来るそうです。都市の人々の排泄は一箇所で行うようになってて、そこから抽出したアルコールを燃やして調理などに使ってるそうです。彼は形式ばったことをことごとく嫌がり、最後にはマニ・リンポチェ(尊き宝珠)と呼ばれる王子と謁見したが、彼の本質が悪魔であるとみなした彼はそこから脱兎のごとく走り去って都市を逃げ出し、その逃げ出す時に、建物を間違えて調理場の扉を開けたほんの2〜3秒、「調理場で人の死体が切り刻まれていた」のを彼は見ている。蘇生法で蘇らなかった体はこのように使われているらしい。その後、都市を抜け出し、何度も危機に見舞われながらドイツへ帰ることが出来たのです。(200106232311)

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