戦争論-1 「嫌いな人がいる人へ」

戦争終結への道]を参照してみて下さい。(200607232332)



 私には誰も何も教えてくれなかったので、大切な事を若い人に知らせるべきだという想いを最近持ちます。それで当ファイルを作成します。

精神論-1 「善悪の区別」

 善悪は人間に固有で必要な概念であり、原理・原則です。若い頃は、善悪をそんなに区別しない人も多いと思います。潜在意識の中は、まだ何も蓄積していないのですね。だから、「悪への抵抗感」とか、そういう性質が薄い人も多いのだろうと思う。このような精神段階から機械的・本能的に発してくる発想⇒行動は、「人を犠牲にしてでも利益に向かってまっしぐら」というものです。それは(この例に於いては)善悪を考慮していないので、「人を踏みつけても何とも思わず、彼ら/彼女らの犠牲の上に平気で自分の利益を打ち立てる」というのが最初にイメージするものだと思います。そして、それを実行に移してしまう人も、(仮に例えば)3/4はいるだろうと思います。でも、残りの1/4の人は、人に犠牲を強いる行動は採りませんでした。
 人を踏みつけなかった1/4の人たちは、その善意の為に損失者となり(物質的結果については)悔しい思いをします。しかし、待って下さい。1/4の皆さんは(霊的な成果については)自信を深め、自分に安らぐ、という当たり前だが基本的な基盤を(善性の故に)形成します。1/4の皆さんの潜在意識の中には「自分=善」という方程式が沢山形成されて行きます。これは「人生経験」であり「自己形成」です。死んだ後に持って行けるのは自分だけだと言われます。この1/4の人々は、社会の中でも、「出る杭を伸ばす」人々になることでしょう。優秀な人が、その能力を発揮できる社会になることで個々人=社会の豊かさが増すのでしょうね。こうなる為には、「自分の中の嫉妬心を軽蔑したりして脇にけておく」事が普通にできる人が増えることではないでしょうか。誰の中にも怒りもあれば悲しみもあり、嫉妬心もあれば優越感もあり、という具合であり、その比率や階層が人によって違っているだけですね。
 一方、あざとく利益をかっさらって行った3/4の人々の精神について見てみましょう。彼らは最初こそ勝利したと思っていました。しかしそれは、最初の10年or数十年程度だけです。彼らの潜在意識の中には、知らず知らずの内に「自分=悪」という方程式が蓄積して行きます。それ故、霊的な損失者になって行くのです。そういう人々の自己認識の最たる表現の一つは「自分は早く死んだほうが良い」とか「人類や地球が崩壊したって別に構わない」などと口走るところに現れるようです。一見、謙虚さの表現の一種のようにも見えてしまいますが、これは本心らしいのです。そういう自己認識が蓄積している証です。こちらの3/4の人々は、社会的な振る舞いとしては、普通に=機械的に「出る杭を打つ」発想・振る舞いをするだけでしょう。優秀な人が収入を増やす等の可能性拡大は単に嫉妬画策妨害され、その能力が他ならぬ3/4の人々自身に還元されることもなくなるのでしょう。個々人=社会がこのようになってしまう現状は「自分の中の嫉妬心を満たすことを何よりも大切にし、嫉妬心に自分が動かされる」事が何食わぬ顔でまかり通って=普通の事になっている為だと思われます。(200607040002)

精神論-2 「関係性に埋没しないように」

 人間「関係」を人生の最終目標と(本能的に)している人は、物事を関係性の次元で考える。「真実の次元で考えること」は、そういう認識のある人でも捨て去ってしまうか、本能的に考える人にとっては思いも寄らない。関係の中に最終目標を定めているから、関係性の中で「最高」を目指す。貴族だとか上流階級という概念⇒観念⇒感覚や、何カラットだとか別荘だとかいうところに力点を置く人々が出てくるのもそういう発想でしょう。ただ、上に立つために積極的に他者を攻撃する訳ではないから基本的に善良です。人によっては「上に立とう」として(大人も子供も)いじめを始める人がいる。そうすることで彼らは「上に立ち」プライドは満足し、自分の足元の人々の苦しみを見て自分と比較し、偽りの喜びに浸る。「偽り」の意味の基本は、「関係性に立脚し過ぎた精神状態」という意味である。彼らは自分をアゲアゲして、人をサゲサゲし続けなければならない精神世界で生きているから。(→阿修羅発言 (200701100024))

 故に、既に頭が固まってしまった人は比較的手遅れだとしても、やはり若い頃から、こういう認識を持っている事で、自己教育の方向を定め易くなります。なぜなら、この檄文げきぶんを読んだ人は「知った」わけだから。本能的に生きていると(物事をあまり考えないでいると)、やはり人との関係性に埋没してアゲアゲしたりサゲサゲしたりするような人生に「なってしまう」のです。「自己教育」はそれを防ぐ効果があります。「性格に軌道修正を加える」のは、まず知識⇒認識を持ち、自分の中の概念⇒観念⇒感覚というちょっとした進化を引き起こすまで継続する必要があり、他の人に強制されるようなものではないので、必然的に自己教育になって行くからです。何の疑いもなく関係性をメインにする(=アンバランス係数が高い)「感覚」の人々は、経済で言えば、絶えず価格変動の波にさらされるようなものです。利益を継続的に得続けていられる人は全体の5%程度しかいないそうです。「波」ですから、ここで経済と同じように捉えられると仮定すると、人間関係という精神世界の波の中に浸り続けてアゲアゲしたりサゲサゲしたりしながら(優越感や勝利感などの精神的な)利益を「継続して得られる人」は全体の5%程度ということになるのでしょう。しかし、彼らは相当の努力を払って自分の周囲の世界に対してアゲサゲさせたり、他の人を作為的・強制的にサゲさせて生きてきた結果として「関係性に立脚し過ぎた精神状態」という不幸が、彼らの精神の中でかなり拡大しているという状況に光を当てる必要があると思います。

 勿論、そういうアゲサゲの波は誰でも関わっているものですが、今はそういう精神世界があまりにも拡大してアンバランスに過ぎる(他人をサゲサゲ=いじめの原因)という認識を広める必要がありますね。でないと、そういう人々の人生の上げ下げの波は、発想中心が偽悪醜で「聞くに堪えない」でしょうから。でも、そういう「比較意識」から比較的自由な(アンバランスではない)人々は、その中心の真善美が有効であり、上げ下げに対しても操作の手を加えたり意図したり等しないでしょうからきっと和音・リズム・メロディーすらあり、その人生波動には「秀逸」マークが点くと思います。(200612190230)

この文章は[謙虚さと傲慢さ]と同時にタイプしたものです。(200612190325)
本日の追加更新

社会論-1「ヤクザの接近という現実」

 ヤクザは一般の人に混ざっています。外見上からは分からない場合も多いと思う。でも、さすがにイキナリ暴力を振るうことはないようです。彼らの目的はお金で、その為に人の弱点情報をつかみ、「言うぞ、言うぞ」と言いながら迫ってきます。情報的に迫ってくるのが大半なのだろうと思います。
 「どうしても言われたくない過去」を持ってしまうと、彼らに一生、飼い殺し状態になってしまいます。だから若い人は、「将来、封印せざるを得なくなるような過去」となるものを今、そして今後、作り出さないでいる事がとても大切です。よくありますよね。例えば、「あの女性アナウンサーが、こんなことを」みたいな記事にしてお金に変換されてしまうのです。だから、若い人は出来るだけ、「いつ、人に何を聞かれても全答できるような事実・実績」を積みながら、おまけに徳も積みながら生きてゆくと良いわけです。
(→阿修羅発言 (200612212334))
(→阿修羅発言 (200612212339))

社会論-2「権力者の裏指令による金銭的不自由」

 これは、主に、言論に関わる人に言えるかも知れない事です。権力者に睨まれると、ピンポイントで裏工作として攻撃して来る場合がありそうだと思います。それは「職を奪う」という場合が多いのかも知れません。組織の中に所属すると、容易くコントロールされます。権力者だから、あなたの会社の社長なり、あるいは株価を操作したり、よく分かりませんが、他にも権力者が使える装置があろうかと思います。その会社が、ほとんど数社の「特定された収入源」としか取り引きが無い立場にある会社だと、権力者は「簡単に」あなたの会社を潰せそうだとは思いませんか?
 対照的に、もしあなたが例えば中華料理屋をやってたとしたら、収入源を断つなどという芸当は出来そうもないという気がしませんか? そういう組織の「外」で独立的に営む職種は影響され「難い」わけです。まあ、地域ごとごっそりと目の敵にされたら、そこまで人を思い通りにしたい欲望の強い権力者だと、どうしようもない場合もあろうかと思いますが…

社会論-3「権力者の計画的な服従計画」

 例えば、あなたが趣味でも実益でも、どこかの小集団に属するようになった時、そこの支配者の人がやたらと「性情報を共有しようとする」ような時、友達だからと思って軽く性を共有していると、「実は」、それはあなたを支配し、逆らい難い状況を把握・維持して、あなたをコントロール・服従さるための計画的な“犯行”だった事が後で発覚する可能性の高さがあります。この事を最初から「知っていると有益」だと思います。性を共有したがる人間は、社会的にあなたを支配したいのです。性と社会はキッパリと分けて扱うべきでしょう。(200612191747)

職業選択論-1「人と関わりたいか/関わりたくないか」

 基本的に、いじめられっ子だったり、長男・長女タイプの人は、あまり人と関係を持ちたくない傾向の性格だと思います。この傾向の人は、「自分の店」の中でジッとしている仕事が合っています。
 一方、人と関わらずにはいられないタイプの人(次男・次女タイプ)は、組織の中で、周囲からの刺激をいつも感じながら仕事をするのが向いているのでしょうね。(200607040208)

職業選択論-2「創造的か/破壊的か」

 世界には銃を持って戦う事が仕事になっている人がいます。download(当動画の1h01m06s〜1h01m16sを見て下さい)誰でも内心、人を殺すような「仕事」をしたくないのです。相手が人の場合だけではありません。相手が動物でも植物でも、物体であっても破壊の為の破壊を続けることはしんどいことですよ(創造目的の為の破壊意図を除く[私は全く同等の復讐=破壊も認められるのですが…])。日本での仕事はほとんど、破壊の為の破壊をするような仕事は無いと思います。それだけどんな仕事も恵まれているという言い方も出来るわけです。強調すれば、人や動植物を助けたり環境を浄化したりする仕事は人に元気を分けてくれる側面があると思います。(200612312033)

人間関係論-1

 人のタイプには色々なものがあると思います。その代表的なものは「義務遂行タイプ」と「権利主張タイプ」があるでしょう。
・「義務遂行タイプ」とは、それをすることが必要だからと、人が嫌がることも遂行するというイメージです(先ずは与える人)。このタイプにも階層があると思います。義務と言っても自分の為だけの義務としての「仕事」をする人、あるいは今の社会全般の為を思って大きな最善を考えている人、あるいは、遠い未来に与える影響まで考えている人などになるかも知れません。こちらのタイプの人ならば、あなたに心の内なる「理由」を話してくれるでしょう。
・「権利主張タイプ」とは、先ずは得ようとするタイプでしょう。上記で述べましたように、先ずは物質的利益を得ようとする人は、人から大切なものを奪ったりするような行為をとにかくしてしまう事で、気づかぬ内に自分の精神的な利益を置き去りにしていると思います。何か議論をしている時でも、こちらのタイプの人は、自分の質問を相手に「答えさせる」ことには乗り気でも、相手が何か質問して来た時に全く答えないでシカトする場合があるかも知れません。が、それは最低の議論、最低の関係と言えるでしょう。つまり、こちらのタイプの人は、あなたに「理由」や「内心の事実」をなかなか話してくれません。

 人間関係で一番大切なのは信頼関係だと思います。「仕事の人間関係」というのは、結果を出したかどうかが問われる側面が中心的な関係ですので、ここでは扱っていません。ここで述べているのは、「個人的な人間関係」の信頼関係について述べています。例えば、恋愛関係や、友人関係のことです。では、誰が信頼できる人でしょうか?(または、誰が裏切り易いタイプの人でしょうか?)それは「理由について(聞けば)話してくれる人」(または、「理由をいつも隠すタイプの人」)でしょう。つまり、義務遂行タイプ(または、権利氏主張タイプ)寄りの人ですね。逆に、いつも「理由」について話さない人というのは、それだけ自分の側に密かに「非がある」ことを知っているからこそなのか、あるいは人間社会と関わろうとしていないのか、自分の事を話すのが怖いだけなのか色々な場合はあるでしょうが、大抵は「理由を言ったら損をしそうだから」というのがほとんどではないかと思います。
 個人的で親しい人間関係を繋ぐもの=信頼関係は、お互いに「理由」を開示し合える関係ですね。(200701080054)







































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