学研「ムー」誌2006年9月号のP177より、『「東海道五十三次」は予言書だった!!』という記事があり、大変に興味が引かれました。東海道五十三次(始点の東京「日本橋」と、終点の京都「三条大橋」を加えて全55枚の風景画)を描いた安藤広重は道教を信奉しており、安藤広重の誕生年1797(寛政9年)を基点として、道教の風水思想の4年サイクルで2013年までの予言を成しているそうです。しかし、よくぞ、こういうものを見つけるものですね。

 江戸大地震や大政奉還や第二次世界大戦開始、真珠湾攻撃させられ、原爆投下など、歴史上の重要事件を言い当てていると言えるほどの詳細な解説は「ムー」誌上にあります。ここでの要点は、去年の予言「草津(2005年)」と、これからの二つの予言「大津(2009年)」と「三条大橋(2013年)」です。

 草津(2005年)」は、草津であるのに琵琶湖を描かず、街道沿いにある名物店を描いている。その店の前で「4人で税金を運ぶ大きな駕籠かご」と、「2人で十分なのに他に3人もが気を使って、金持ち一人だけを運ぶ早駕籠」の二つの駕籠が対比されており、現代の格差社会を表現しているようです。
【→阿修羅発言 ←「格差社会の出現と財界人、労組幹部の責任 【天木直人のブログ】6/2」(200706030039)】

 大津(2009年)」は、暖簾のれんに「走井」と描かれた茶屋が描かれる。この茶屋の前には名物の小さな井戸がある。井戸の前では行商人が忙しそうに働き、たった一人の子供を相手に遊んであげる事も出来ない(少子化の暗示か)。元絵では3人の男が米俵を背負っていたのだが、広重は彼らを牛に変えて米俵を運ばせている。牛(BSE)の侵入=“米”国の侵入となり、少子化の意味もあろうし、「走井=総理」と読めるのであれば、牛車が向かうのは「小さな泉」と解釈できる。これは2009年の予言に相当するので、小泉路線を必ず引き継がなければならない安倍総理(=ネオコン)がBSEの国内大量罹患を容認することになる(ようだ)。

 三条大橋(2013年)」は秀吉が日本で始めて建造した「石の橋脚で支える橋」だそうで、この橋脚部分が何故か「木製(=脆く、いつ崩壊してもおかしくない)」になっており、人々が(不安そうに?)橋の下を眺めたりしている。また、現地には存在しない「赤い山」が背景にあり、これは富士山や浅間山の噴火ではないかと述べていますが、このことかも知れませんね(1年違ってますが…)。「最悪の場合」を想定した上での重要点をここで強調するならば、

2009年のBSE大量罹患に備えよ!

となりましょう。BSE発症までの潜伏期間は、罹患から2〜8年と考えられていますが、潜伏期間が50年を超える可能性もあるとのこと。しかし、なぜ小泉走井は、「日本橋」辺りの景観に拘っているのでしょうね? 起点の日本橋は、終点の三条大橋とは違い、大名行列のように大勢の人々や行商人が重い荷物を沢山運んでもビクともしない橋として描かれていましたね。(200608100055)

米産牛肉輸入解禁の根拠たる調査団の報告書の塗りつぶし工作具合⇒download (200608131413)
月齢制限撤廃求める、米牛肉輸入で米農務長官―東京新聞 (200611061554)
「米国の食肉管理システムでは安全確保はできない」とフェリシア・ネスター弁護士。やっぱり、米国産牛肉は食べないほうがいい。(200611290015)
【→阿修羅発言 ←松岡農相、後頭から側頭に掛けて銃弾が貫通してるのに自殺報道、とのことです。牛肉輸入に関して(?)アメリカに逆らい続けた為に(?)CIAにやられたのか(?)(200705281624)】

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