他にも私を含めたメッセージの可能性があると思えるものがあったので、載せておきます。

サナンダ・・・2014年10月15日 新しい地球のホ ログラム
『あな た方が今長い間十分なを交わしていなかったある関係にあるとしたら、将来変化を起こす必要がある事があなた方に分かっているとしたら、今のような機会は 他にありません。』

ババジ・・・2014年10月1日 10月の珠玉の言葉
『人間が変わったので、この世界はそのコースを変えるだろう!
一日は百万年のように、永遠から創造主の呼びかけが響き渡る:ようこそふるさとへ、ようこそ光の中へ!
旨くいった、お前たちは完璧だ。』(201501051849)



 今年(2014)の春に私は「世界の危機を救う神一輪とは「魔法の輪」のことだと確信した。もう「魔法の輪」があるから自分の結婚は全く自由に“近場”から選んでも大丈夫だ。」と考え始めていました。全くシカト一辺倒の芸能人との可能性を捨てました。すると、7月になってメッセージが出ました。

サナンダ・・・2014年7月14 次元上昇のシナリオ
『最後の瞬間に、結婚の瞬間に花嫁から去って行く花婿のように、ある光の戦士たちが別の決断をしたので今までいつも旨く行かなかったのですが、結晶化点に達するその瞬間です。』

その後9月に、私の頭の中で、私自身の想念に対して「やりとり」が起きました。正確には芸能人に「戻るように」と命令された訳です(^^;。私がごねていると「ギロチン」と言われました(^^;。まあ、ギロチンが真の理由ではありませんが、宇宙の勢力がそのように言ってくるのならと、戻る方向を了承してそのように考えていると誉められるというような「誰かが近くにいるような」ことを経験しました。すると、次のようなメッセージが、関係があるかどうかは心許ないですが、『変化に対する、柔軟性』という表現があり、私が芸能人との結婚可能性に「戻した」点を述べてくれた可能性を思いました。

プレアデスの高等評議会のミラからのメッセージ  2014年12月6日
『私たちの地上要員も最高の力を持っています。これはある 惑星の次元上昇に集まったことがある内で最大の光のグループです。私たちがあなた方の努力を如何に評価しているかを知って欲しいと思います。ほとんどの人 達は私たちと同じように貢献し、専念しており、それは事実です。私たちはあなた方の変化に対する、柔軟性、するハート、知性を持ったポジティブな取り組 みを信頼しています。あなた方一人一人は私たちを助けるユニークで驚くべき才能を持っています。将来はもっと大きい才能があなた方から引き出されるでしょ う。あなた方は幸せで自分たち自身に喜びを感じるでしょう。あなた方の優れた仕事とに感謝します。』
(201412140144)



 以前、テレビ弁護士達が、裏の無い私の何かを暴こうとして「遊び半分に」権力機構とつるんで私への追及行為を「束になって」(目の色を変えて?)行っていた事実を指摘したときから、彼らはパッタリとテレビに出てこなくなりましたが、あなた方はそのような「裏工作」によって、何を「意図し続けた」のですか? その期間(5〜6年程度か?)は、私個人に対して加害行為を行いましたね(そのように推測している)。なぜ、権力機構の非公開の意図に沿ってそのような智恵を提供し続けたのですか? オウム事件の直後だったとはいえ、非公開の目的も同じだったんでしょ?イメージで流されてませんか? 私は精神的な苦痛を感じております。石原慎太郎の急所を把握しているMSさんがその権力をバックに「私個人の」結婚可能性を潰し続けているのは、以前、ストーカーと認定される一歩手前だったんでしょ? お得意の権力の個人使用によって各方面に「黙らせた」んだと想像できる。

 前に、MSさんが日本の芸能界を独占している状況を夢で見ました。まだ述べていなかったので述べますと、そこは大きなビルの1階の(確か)食堂で、MSさんが現れると1階にいた人々はシーンと静まり返り、物音一つしませんでした。そういう状況です。

 ここでテレビ弁護士達が束になって私の可能性を潰し続けた事が許される条件を述べます。

 このようなMSさんの私に対する「ストーカー行為」と「憲法違反(結婚は両性の同意だけで成立すると憲法で保障されているのに、権力バックで弾圧する)」と「芸能界の独占禁止法違反」の(まず)事実から「逃げない(目や耳を逸らさない)」意図を持ち続け、同じ期間、反権力の立場に自ら立ち、意見や智恵を出し続ける事を要求します。もし、それを行わない時は、いつか必ずその何倍もの責任を取らされるよう、切に願います。何故なら、自ら「責任を取ろう」と自発的に善意で動いた人は、「たった一人」だった(ように見える)じゃないか。それに、MSさんが現在も、故に今後も妨害意図を実行し続けると確信できるからこその発言となりました。(200704010233)


 以前、篠原ともえさんがフジテレビのHEY!HEY!HEY!という歌番組の中で「お見合い相手募集」してました。先日はTBSのうたばんの中で岡本真夜さんが「(異性の?)友達募集」してました。私はこのような事をとても奇妙だと思います。なぜ、そういう「全くの」個人的な事柄を、ファンという社会的な側面を考慮する態度を見せるかのように、メディア上で募集するのだろう? 芸能人とは、自らの社会的な状況に合致するような「数々の条件」の適合する人を「考えて選ぶ」のだろうか?(そうしなかったら世界が滅亡する…なんて訳でもないでしょうに) もしそうだとしたら私には理解が遠いです。が芽生えたなら、相手との社会的な適合性など「どうでもよい」とは思いませんか? 身分とか、収入とか、どうでもよいことだとは思いませんか? あるいは、メディア上で募集をすることになったのは、誰か特定の「人物」が「ファンを裏切らない為に」とか何とか言ったんじゃないでしょうか? でも、結婚とは、特定のただ一人の異性との関係ですから、それ以外の全員を裏切る結果に、どうしてもなる訳で、それがこの物質世界のルールですね。だから本当に結婚を目指すのなら、今後はそのような意見(=周囲社会への過剰な考慮)に耳を貸さず、ファンなど考慮せずに、ただ一人の相手と仲良くするのがベストだと思いますよ。社会的な関係性は2の次に考慮すればいいと私は思います。第一に優先するのはの気持ちだと私は思います。そのような態度を指して「Selfish」と指摘する人も出てくる場合がありそうだと思いましたが、「Selfish」なのは、「社会の側」に立ちながら利権を維持・管理し続けようと意図する人たちこそ「Selfish」でしょ。自分の命の命じるままに行動することは利己的に見えますが、これは必要な利己性です。誰も責めてはいけないことです。普通、「利己的」と悪く言われますが、それは不必要なSelfishのことです。必要なSelfishとは、例えば、食欲を考えてみましょう。それは必要です。個体が元気に生きて行く為には必要な利己性です。このような事を言ってます。(199908060322)

 そう言えば、OMMGという結婚情報サービスで紹介があった人の中に、2/22生まれで、結構シンクロがある(確か3重以上)人がいたのですが、丁度その頃、私はシンクロによって相手を選ぶ義務から解放されたばかりの時(=松本明子さんが結婚して少し経った頃)で、「もう結婚相手は“好きになれるかどうか”で決められる」のだな、という事になったので、それでその人には「お断り」の返事を出した事がありました。逆に思ったのですが、私に対しては「お断り」の返事ばかりだったのは、もしかしたら、当ホームページを相手に紹介してたがために、相手が驚くか、または文字や数字の一致が無いからということで「お断り」ばかりだったのかな? そうだとしたらトホホですな。もうシンクロに拘る必要はなくなったのだ。(199907300410)

 上記で「確か3重以上」と書きましたが、2重になるかどうかというところでありました。(199907310327)

 ちょっと思うのですが、結婚の為に必要な「社会的条件」を考える風潮を最近感じたりするのですが、それは封建的な時代に逆戻りの発想ではないかと思います。結婚の相手が今の自分の社会的状況に合致するかどうかという点を基準に考えてから結婚の決断をするなんて本末転倒だと思います。やはりがあればそれを貫くのが光の道でしょうに。その点、SHAZNAのIZAMさんとひなのさんの結婚は、周囲の反対を押し切って、本人達の意志を貫いたイメージがあって素敵だと思います。やはり、結婚を含めて、の道を貫くことで間違った社会・体制・規則・支配を破壊し、新しい環境を創造することは、人間としての生きがいでもあるのではないでしょうか。かつてモナコ皇太子でしたっけ?を貫く為にその立場が邪魔になった為に、潔く身を引きましたが、本来、そうあるべきですね。「仕事」などというものはどうでもいいものだと私は思います。そんなものは何でもいいし、どうでもいい(この場合)。なぜ、「そんなもの」が原因で相手との結婚を放棄しなきゃならないんでしょうかね。(199907100435)

 全く個人的な事なのですが、現在の自分にとっての結婚相手というのは、自分が好きになれる人でしかありません。もう文字や数字に拘る必要は無いのですから。

 今までは、大本教の教主出口王仁三郎師が人生を掛けて、死後も活躍されたという「救世神一厘の仕組」に自分のシンクロニシティーが見えていて、この小さな事が今後の世界の運命に波及して行くのならば、それを無視できない故に、であったのです。しかし今は、それは神が私を試みたということであることが分かったので、今は実際に地球の運命を憂えるようなことは必要無いのです。そのような筋とか論理ではなくなり、気持ちや感情を神格視するように[それが普通なんですけど]なりつつあるのです(参考:[目次]>[「後ろの正面=松本明子さん」及び、万灯を掲げます])。結婚相手は、自分が好きになれればそれで良くなったのです。いや、よくなったどころか、そうでなければなりません。世界の運命が左右される訳ではないのですから。(199809231231)

上記で「芸能人と結婚したくない」という主旨の事を書きましたが、女性芸能人をおとしめる事を意図したものではありません。私が第一に問題としていたのは、神であって、その反映としての文字や数字だったのです。その努めに従うことが私にとっての大きな問題だったのです。「その義務から開放された」というのが、私にとっての一番大きな問題解決でした。これが私の判断の「基点」となりました。この時点で私は「表に出る」というのと「結婚」が別のものであったと分かったのです。“だから”芸能人にこれ以上のコンタクトを求めるつもりがなくなったのでした。「そういえば」、芸能人は今放映中のドラマ「サービス」でも松本明子さんがキス「させられ」たり、入浴シーンを「させられ」たりするという事があった訳です。でも、ヒラム・アビフとの結婚が決まってからはそのようなシーンが消滅しました。芸能人と結婚しなければ、このような、日本のテレビ局による局を挙げての「嫌がらせ」もなくなるから良かったな、という事です。問題は女性芸能人にあったのではなくて、第一は神でした。安易な文章で、すみませんでした。(199803120227)

それで、やっと神様からお許しが出て、神的存在の反映としての三千年の行が終ったと、弥勒十字を根拠に考えることが出来ます。それでこれから文字や数字を畏れることなく、結婚することができます。基本的には芸能人は、ドラマとかでキスさせられたり、裸にさせられたりするので、結婚したいとは思えないのです。それに、今まで返事をもらった事が皆無です。「具体的返事が無い」という失礼に7年も耐えたのは、我が無いからだとも言えるし、しかし、我があったからそれが「行」となったのです。それで、もし、仮に私との結婚を希望しているような女性がいましたら、ここに機会を設けてお待ちします。無視をしないために、です。期間は聖マチルダ皇后を記念して3/14(土)までとします。この日を過ぎたら私は自由に行動しようと思います。(199803060356)

一二三神示では「早よ型して呉れよ」とありましたが、やっと型すことが出来ました。4/8生まれで4の位置であった“はず”の松本明子さんは実は8の位置へ移動していました。そのようにして8と9の境が開いて、扉が開いたのだと思います[このページに抜粋の、一二三神示、扶桑之巻、第四帖・参照]。4に至り、そこに人はいなかったけれども、母性原理が「出てきた」ので、岩戸が「開いた」と解釈してよさそうです。私は時計の針です。私が夜明けを迎えたということは、皆様も遅い早いはあっても、夜明けを迎えていらっしゃることと思います。
 また、フォローしておきますと、レターを出していた私を差し置いてヒラム・アビフがバルキスと結婚することは私のカルマの清算であり、「正しい事」なのです。私は勿論、バルキスを好きでした。

私は以前、スブドという会に入っており、そこで2人の女性と縁がありました。一人は「5縁」があり、もう一人は、その母親の名前がヒナコ=179さんと言います。179+179=358(菅谷)となり、私の片割れという解釈を最近見つけました。しかし、私はスブドで自分なりの完璧主義を通して会の人間関係から離れました。もし、会の中で結婚していたら、弥勒十字は他の誰かの上に顕われたかも知れないのです。私が会を離れても完全主義を貫いた為に、このような超ド級のカルマ清算の仕組が顕われました。これで思い出したのは、ある霊能者が「人には3つの道が用意されている」という話でした。その人なりに完璧主義を貫いた時に顕われる道と、普通の時の道と、悪に転じて行く時に出てくる道の3つがあるそうです。(199803040429)この場合、スブドでの世的な関係は「普通の道」になるでしょう。リーディングにもあったようにスブドの悲劇は、新入会員の為に一つの特定の組織として存在しなければならないという点にありますね。実際の所は、スブドの霊的真実は如何なる組織形態とも無縁の真実そのものです。その地点から言えば、上記の3つの道としてスブドに関して私が意味したのは、世的な人間関係です。霊的な真実をJUDGEしたのではありません。また、その意味から、スブド組織内にいてもいなくても霊的には同様の事でしょうね。(199803060345)

弥勒十字の真意がやっと明らかになりました。[目次]>[「後ろの正面=松本明子さん」及び、万灯を掲げます]の中に書きましたように、弥勒十字が指し示していた筋道を行くと、最後に「地」に至りました。地=母性原理が一番虐げられてきたのであり、偉かったのです。そういう意味が提示されると同時に、これは私の3000年前のカルマの清算になっていたと思っています。ソロモンはバルキスとヒラム・アビフを結び付けるまでは結婚が許されなかったのです。二人を結んで【バルキス=人魚の涙】、清算行為となり、刑期は満了し、私は後の人生、後の転生でも正常に結婚することができるようになったのです。地、母性原理に至ったのです。

今までは弥勒十字の示しがあったので、文字や数字の合致する人という条件(父性原理)を、訳も分からず守って来たのです。一二三神示にも「変な人が表に出るぞ」とあるので、芸能人との結婚ばかりが示される意味が「表に出る」ことだとばかり思い込んでましたが、実は、4の人はいなかったのです。芸能人との結婚が示されてはいたけれど、それが成就“しない”事が正しいのでした。カルマの清算だったからです。従って、「結婚」と「表に出る」ことの2つは、別の事でした。もはや、“結婚”を目指して頑張る必要がなくなりました。つまり、神示の「表に出る」という意味は、こうやって自分のホームページを公開することがそれに相当すると解釈して差し支えないからです。

4の位置=地の位置でありましたが、そこに該当の人はいませんでした。しかし、そこには神示に示された通りに、「地の神様=母性原理」がありました。神示には「地の神様と御一体となり、大日月の大神様となる」とありました。その意味は、自分の内なる感情と一体となり、気持ちを大切にすべきであると示されたのでした。なぜなら、ソロモンはバルキスと強制的に結婚したからです。これでは気持ちを大切にしてませんでした。確かに立場上、やむをえなかった面もあったでしょうが、結婚とは、気持ちが大切です。これで地の原理と一体となり、「大日月」に至りました【亀甲の数字を手にする】。ここで歴史のページが一つめくられました。シンクロニシティーのほうも、火6個となりました。弥勒十字の2つの極は6と卍ですので、火6個とは、火万個のことです。地に至ることで、今までの「父性原理(論理)」から「母性原理(気持ち)」に転換しました。3000年前のカルマを清算させていただき、ここに至って、「結婚相手は自分の内なる感情で自由に決めなさい」と示されました。これで4が明らかとなったのです。それは母性原理=気持ちです。従って、(私は)4明けを迎えました。(199803030314)

まあ、なんと言いますか、あまりのコミュニケーション不全なので、私は某有名結婚紹介のデータベースの会に入会しました。どこかは、あえて言いませんが。一二三神示にも「替え御霊いくらでもあるぞ」とありますからね。でも、な〜んで、あんなに高いのでしょうか。40万円に迫る勢いです。勿論、ローンです。ローン。郵貯を解約したりローンを組んだり消耗が激しい?ひっ迫?うー、ひっ(ぱ)く。(199712090333)

林原めぐみさんの歌の歌詞「人は何故本当の気持ち閉じ込めるの」で気が付きましたが、一二三神示に「大工は大工の岩戸、医者は医者の岩戸があるぞ」みたいに言ってる箇所があります。今は、多くの人が本当の気持ちで行動できるようになって行くのでしょうね。生まれる思い(目次)の「人間心理の真相」の項参照。

 私の結婚問題に関する詳細は今はまだ公表できません。私が神縁を持った女性の人たちは皆、ほとんど芸能界の人であり、そのために私は容易に結婚出来ないでいます。自分の立場が立場だけに、簡単に誰かと結婚するわけにも行きません。今はそう思っています。そして、私がレターを出す事で関わって来た道筋は、

1234。 5 6 78?  9 十
人蓋見よ。いつ無に為すや?ここの戸を


に対応しています。これは、ある研究家が言ってるのを読んで知りました。私の変遷もこの道筋通りになっています。また、岩戸開きに関する一二三神示の色々な記述がそれぞれ、とてもよく符合していると思います。

一二三神示、扶桑之巻第四帖より

『ツミケガレ今はあらじとはらえ給ひそ。空白とは九八九であるぞ、八と九、九と八の境をひらくことが岩戸を開くことぢゃ、空白とは最も根本を為す最も力あることであるぞ。』
神示では、「びっくり箱が開くぞ」と所々で言ってますが、ハコ=89なので、岩戸が開くこと=びっくり箱が開くこと、と言えると思います。でも、実際のところ、「8と9の境を開く」とは、どういうことなのでしょうか?^_^;

一二三神示、紫金之巻、第七帖より

『太祝詞(ふとのりと)のりのり祈らば岩戸ひらけん。神は一時は仏とも現れたと申してありたが仏では、もう治まらん、岩戸が開けたのであるから、蓮華ではならん。人民も改心しなければ、地の下に沈むことになるぞ、神が沈めるのではない、人民が自分で沈むのであるぞ、人民の心によって明るい天国への道が暗く見へ、暗い地の中えの道が明るく見えるのであるぞ、珍しきこと珍しき人が現れてくるぞ、ビックリ、ひっくり返らんように気つけてくれよ、目の玉飛び出すぞ、たとへでないぞ。』
一二三神示、紫金之巻、第八帖より
『千引岩今ぞあけたり爽し富士はも。神は宇宙をつくり給はずと申して聞かせてあろうが、このことよく考へて、よく理解して下されよ、大切なわかれ道で御座るぞ。福はらひも併せて行はねばならん道理。光は中からぢや、岩戸は中からひらかれるのぢや、ウシトラがひらかれてウシトラコンジンがお出ましぞ、もうよこしまのものの住む一寸の土地もなくなったのぞ。』
一二三神示、極めの巻、第四帖より
『大空に向って腹の底から大きく呼吸してゴモクを吐き出し、大空を腹一杯吸ひ込んで下されよ。そなたの神を一応すてて心の洗濯を致してくれよ、神示が腹に入ったらすてて下されと申してあろうがな、神を信じつつ迷信に落ちて御座るぞ。日本が秘(1)の本の国、艮(宇訶答裸)のかための国、(ヒ)出づる国、国常立大神がウシトラの扉をあけて出づる国と言うことが判りて来んと、今度の岩戸ひらきは判らんぞ、こんなことを申せば、今のエライ人々は、古くさい迷信ぢやと鼻にもかけないなれど、国常立命がウシトラからお出ましになることが岩戸(言答)ひらきぞ、今の学では判らんことばかり。[後略]』
ウシトラの扉=岩戸が開く、という解釈が出来るように思います。

































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