「日本の警察」 西尾漠(著)より引用です
陰の組織・公安
もっとも陰に隠れているのが公安部。政治団体はもとより、あらゆる労働組合や大衆団体の活動を監視し、共産主義国の「スパイ」を摘発するのがしごととされる。公安総務課は公安部全体の事務をつかさどるほか、内乱罪や騒乱罪などにかかわる事件が担当。
事実上は日本共産党の監視である、といわれるが、東アジア武装戦線事件でヴェールがはがされた公安秘密部隊が、総務課に置かれていたことからすれぱ、必ずしもそれだけではなさそうだ。公安一課は新左翼、学生、二課は労働運動、大衆運動、「文化人」、三課は右翼を受けもっている(自衛隊のクーデターを監視する「自衛隊係」というのもあるという)。四課は統計・資料が受けもちで、アパート住民をしらみつぶしに調べあげるアパート・ローラー作戦はこの課の管轄だ。「日本のCIA」ともいわれる外事警察は、外事一課がソ連、東欧、二課が中国、北朝鮮を主として担当する。
警察の階級制度は軍隊より厳しい
厳しい規律と監視によって、「事故」(警察用語では、犯罪や交通事敬の加害・被害も拳銃暴発も異性関係のトラブルも、総称して「事故」と呼ぶ)の予防がなされるというのが警察幹部の考えだが、実は、逆ではないのか。それこそが警官犯罪の温床というマスコミの観察のほうが、やはりリアリティがあるだろう。
四六時中胸をしめつけられるような抑圧下に置かれていることからすれば、そしてしかも、それを抑圧とも不合理とも感じないように、非人間化する教育が行なわれていることからすれば、犯罪を犯してしまうことこそ・ある意味で「人間的」とすらいえるのかもしれない。一方で、警察官の非行に目を光らせている幹部たちが、有力者の圧力で交通違反のモミ消しなどを指示してくるのだから、マジメにやる気をなくすのも無理はないと思う。
しかし、警官犯罪の原因を、ただその点だけに求めるわけにもいかないだろう。もうひとつの要素として、階級制度を挙げることができる。自衛隊に出向いたある警察幹部は、「階級の間がはなれすぎていること警察は軍隊以上だ」と、あらためて驚いたという。
「この階級制度の人間関係の中で、いかに傷つき、ゆがみ、卑屈になっていくかは、その中に生きたものでなけれぱわからない」と、ある”万年巡査”は書きのこした。将来の不安もある。高級官僚ならそれなりの天下り先もあるが、一般の警察官には、再就職の道もひらけているとはいえない。交通安全協会や警備会社、興信所などに勤められれば運のよいほう(刑事生活が長いほど、権カをバックに捜査する体質が身についてしまうので探偵には不向き。
退職刑事は雇わないのが興信所の原則だという)とあっては、総会屋やサラ金、あるいはゲーム機会社といった暴カ団関係の企業や右翼団体など、在職中からコネのつけやすい取り締まり対象を、再就職先として癒着していくのも無理からぬことといえよう。暴カ団関係の企業に天下った元警察官の数は、すでに1万人に近いそうだ。そうした”適応”すらできなかった元警察官のなかには、日雇い労働でその目を暮らす者も多く、そのため、いわゆる”山谷暴動”などでの警備出動は気がすすまない、と漏らす現役警察官もいる。

不満はうっ積し、陰にこもって
外勤から早く抜け出したいと多くの者は考えている。外勤を素通りした高級官僚たちとの摩擦はたとえがたいものだという。
拳銃窃盗・郵便局強盗未遂事件で服役・仮出所した京都府警西陣署のH元巡査部長の犯行動機は、内勤の通信司令室から派出所へ配転された不満からといわれた。H元巡査部長は被疑事実そのものを否認、デッチあげであると主張しており、真意のほどは明らかでないものの、内勤から外勤への配転が犯罪の動機たり得ると、警察では考えているということだ。
刑事になれないことを悲観した外勤巡査が拳銃自殺するという例も何度かあった。ちなみに警察官の自殺は、83年の1年間で19件、うち銃殺自殺は5件である。
外勤よりはるかに満足度の高い捜査官にしたところで、刑事畑をコツコツ歩いていれぱ、公安組から「ドロ刑(ドロボウ刑事)」と蔑称される。いくら泥棒をつかまえても、天下国家にたいした影響はない」というわけだ。歴代の警察庁長官のうち、刑事局長出身者はただ1人しかいない。
不満はうっ積し、陰にこもっている。天皇那須用邸での皇宮警察の警備隊幹部の賭けマージャンも、皇宮巡査の”内部告発”によって明るみに出された。告発のハガキは「緊張して勤務しているのは現場だけ。幹部は夜中も勤務している隊員をシリ目に賭けマージャン(20万円近くも動く)をして、栃木県警の人もあきれている」と怒りをぶつけている。78年2月、赤坂の高級料亭に人りびたっていた村上健警視庁刑事部長が芸者のマンションで病死したのを、警視庁は、公務多忙ゆえの自宅での公務死といつわり、公葬にして勲章まで与えた。これを告発する「下級警察官の怒りの声」の投書が日本共産党の機関紙『赤旗』に寄せられたという。
交通機動隊長が「暴走族の動向を視察してくる」と公用車で女性の家にしばしぱ出かけていた件でも、隊員が尾行して調べ、告発の投書をしている。不信はそこまで成長しているのだ。警察官は、警察学校入学の時点で一般行政職員の3年半先の棒給を受け、卒業時にはそれが4年半先となる好待遇とはいえ、その代償はあまりに大きい、といわなければならない。それというのも、真実世のため人のためを思ってつくそうとする、一人ひとりの警察官の善意が、その本意に反して、権カの走狗として支配階級に奉仕してしまう構造があり、みずからの立脚点を見失わせるところにつねに追いやられているからだろう。資本主義社会のもとでのあらゆる労働が逃れられない疎外よりも、さらに一段とその感は強い。
調書の捏造のように直接の職権上の犯罪行為も、いくつか明るみに出た。もはや個々の警察官の、必然的にして偶発的な犯罪とは趣を異にし、警察機構そのものが抱え込む犯罪としての冤罪やフレームアップ(意図的に仕組まれた冤罪)に、切れ目無しにつながっていくものといえるだろう。みずから、それを不合理と感じさせない非人間化の、それは教育の成果なのだろうか。
その同情的余地はあるにせよ、しかし実は、警察機構そのものが確信犯的な犯罪組織であり、まさに警察こそが法を破っていることを、指摘せざるを得ない。
ここでも、後に述べるように、同情すべき点がないわけではないが、個々の警察官の犯罪と違って、犯罪として摘発されることなく、時としてはかえって賞揚されたり実情からは、厳しい批判の目が必要だろう。
(つづく)
次回は冤罪・裁判所に迫ります。
国際評論家小野寺光一の「政治経済の真実」メールマガジン
http://www.mag2.com/m/0000154606.html
まぐまぐ大賞政治部門第一位!わかりやすい!面白い!得をする!
政治経済の裏にある「あなたが絶対に知らない」ような情報を発信します。
このマガジンを読むと政治経済の謎が解けるでしょう。
独創的な情報分析マガジンです。
過去記事http://blog.mag2.com/m/log/0000154606
石原都知事バッシングについて
石原都知事バッシングは民主党をおびき出すのが目的か?
多少、不完全な形かもしれないが、
書いておいたほうがいいと思うので
書いておきたい。
また本格的にこれを論ずる必要があるかもしれない。
<石原都知事の報道>
それは石原都知事の件である。
<再度石原都知事が選出されたほうがいい>
結論から言って、私は、ネット上ではおそらく珍しいのかもしれないが、
石原都知事は再度、都知事になっていただきたいと思っている。
<石原都知事は東京都を壊滅状態から黒字化した政治家>
それは、なぜか?というと、
この石原都知事は、東京都の財政が壊滅状態であったときに
就任して、その手腕と優れたブレーンによって
黒字化したという点である。
それに、都営大江戸線の開通にしても、
都立学校の改革にしても
都民用の銀行設立にしても
東京は明らかに石原都政によって
改善しているといえる。
政治家を評価するときには
風評よりも
実績で判断するほうがいいと思われる。
ちなみに実績で最悪なのが小泉政権であった。
<最悪の青島都知事の行政>
青島都知事で一度
壊滅状態に都の財政は落ち込んだ。
私が再三再四にわたって、経済運用のノウハウを
書いているが、この法則を明らかに石原都知事は
「知っている」そして「運用」している。
ちなみにそういった法則を知っているのは、政治家では、
小沢一郎氏、石原慎太郎氏、亀井静香氏、故田中角栄氏、故竹下登氏、
経済評論家では、植草一秀氏、リチャードクー氏、または、
小野善好氏(大阪大学教授)
ちなみにこの「法則」というのは、
経済の状態によって
やるべきことが違うということである。
それを悪用して「節約してはいけない」ときに「節約させる」から
余計悪化するという
のが小泉構造改革であり安倍政権である。
そして「自分自身には決して適用しないが、相手国の経済にだけ適用して
だめにしてのっとりを図る」のが、ロック○ェラー氏やロス○ャイルド氏である
。
また、わざとそういった経済の法則を悪用して企業をだめにして倒産させて
売り飛ばしてしまうのが
、竹中平蔵氏であった。
<マスコミの攻撃をうける石原都知事>
石原都知事を
マスコミが総攻撃している。
しかし
4男にしても相手が
指名してきたというのはうそではないだろう。
私は石原のぶてる氏は全く支持しないが、
石原慎太郎氏は、のぶてる氏とはかなり
違う人物である。
<石原都知事を困らせて 自民党に公認をとらせることがねらいか?>
こうマスコミから攻撃されると、もしかしたら、石原都知事は、応援を
自民党に求めて公認をとるかもしれない。
<小沢民主党への2方面作戦か?>
そうなると、民主党は相乗り禁止をかかげているため
都知事選挙で誰か大物をたてる必要がでてきてしまう。
これがねらいなのではないか?
つまり民主党に負け戦をさせて
参議院選挙で自民党が勝つためではないか?
<石原都知事バッシングの真のねらいとは>
もし、今の石原都知事バッシングが
成功して、石原都知事が自民党や公明党の推薦を
もらわないと再選が危うい事態になったら、
自民党の公認を得た時点で
民主党が、独自候補をかかげなければいけないことになる。
つまり、管直人や田中康夫といったメンバーをたてざるを
得なくなる。
<民主党をわなにかける>
ここで、民主党が出てきた時点で
パタッと、石原バッシングは突然終結をする。
<私の予想>
つまり今の石原バッシングは、某自民党が、電通を通じて、各マスコミに
ひそかに依頼しているものかもしれない。この目的は
民主党をおびき出すことなのかもしれない。
<共産党が騒いでマスコミもそれをいっせいにとりあげることは
今までほとんどない。自民党の意向がマスコミには働くはず>
一見、共産党が騒いでいるようにも見えるが、以前、共産党が
騒いでいる問題は、ことごとくマスコミは無視してきたのに、
今回だけ大々的にとりあげている。
<海外出張費用は都職員は安売りチケットでいくわけにはいかない>
豪華海外出張というが、都知事やその職員は、HISで安売りチケットを
買うわけにはいかない。
たとえば、東京からニューヨークへエコノミークラスでいくだけで
正規航空料金は、確か、片道で30万円から40万円するはずである。
大人数でいくはずだし、変に節約していると外国の首長から
「貧乏人」と
馬鹿にされかねない。
と考えると、豪華海外出張というのは、あまり、批判にあたらないように
思う。
というか、安売りを使わずに
大人数で行けば、
あれだけのお金はかかると思われるからだ。
第一 埼玉県の支出額とそう変わらない。
とにかく石原都知事は都政を黒字化した人物である。
都民があまり不況を感じないでいられるのは
石原都知事のおかげが大きい。
それにこの石原氏は外資から
金をもらうような性格ではない。
これは貴重である。
<石原都知事と青島都知事とどちらがいいのか?>
そういった優れた人材の支出を
ほじくりかえすように問題にするのと、
青島都知事のように何億円と都政に穴をあけて、
壊滅状態に都政をしてしまい、
本人は「毎日数千円を節約しています」と
満面の笑顔で語るひとえまぶたの人物と比べて
いったいどちらがましなのか?
あのまま青島都知事がいたら、東京都は破産していたはずである。
なぜかというと何ひとつ仕事をしないで全部「お金を出すのはもったいない」
といっていた
都知事だったからだ。
彼の業績は新宿に寝泊りしているホームレスが寝れないように
したことくらいである。
<マスコミの報じない本物の無駄遣い
たった2ヶ月で8億円の小泉卒業旅行>
またマスコミは本当に小泉首相が、たった2ヶ月の外遊で8億円も
無駄遣いしたことについては
ほとんど問題にしない。
<年間100億円を超えるばらまき公共広告費で口封じ>
それは、年間100億円を超える、公共事業ならぬ公共広告費が
ばらまかれていたからである。
<無駄な道路ではなく、無駄な世論を100億円で建設>
つまり「無駄な道路、無駄な橋、無駄な何か」とねつぞうキャンペーンを
行っていたかと思ったら、
それは、マスコミに発注されて、
100億円も年間に費用をかけて、立派な「無駄な世論」をつくっていたのだ。
<年間で100億円でつくるお手製の政治プロパガンダ>
国民に真相を知らせないようにだましていたのである。
<マスコミとユダヤ外資と癒着している政権>
この政権は、マスコミと癒着して
談合して、ばらまき行政をやっていたのだ。
<石原都知事がバッシングされていなかったら
民主党は対立する必要がない>
石原都知事がもし現在のようにバッシングされていなければ、
民主党は独自候補を出す必要がない。
<石原都知事は底力がある>
ところが、石原都知事に
対抗しようとすると、まず
勝ち目はうすいと思う。
それはなぜか?というと
石原都知事は、公がやることに
ついてはまともにやっているという現代では
珍しい政治家だからだ。
私は、もし石原都知事でなくなったら
おそらく都民は困るだろうし、(おそらく都政は不況になる)
次期参議院選挙で
もし民主党が負ける事態になったら
さらに国民は困るだろうから (軍国国家になる)
あえて
こういう記事を書いている。
つまり石原都知事はきちんと公共的な事業もやっている。
<ユダヤ外資の策略>
外資は、日本が「公共的な事業」を
やられると、景気が良くなってしまい、困るので
「公共事業=悪」「官僚=悪人」という
キャンペーンをはっている。
外国人の書いた、外国人向けの
「日本の陰謀」という本を読むと
日本が強すぎるのは、
官僚を中心とした
優れた頭脳機能にあるため
官僚をたたく必要があり、悪者にして
弱体化させる必要があると
はっきり書いてある。
あなたがたは、以前、田中角栄時代だった
好景気に沸いていた時代と
今の時代とどちらが「良い時代」だったか?
国民から集めた税金を
きちんと次世代に残る形で
公共的な事業を行った政府と、
今のように、
節約を唱えながら、
形に残らない「世論」を100億円も年間かけて
つくりあげる政権とどちらがましなのか?
そして「増税」ばかりやっている。
<ユダヤ外資に国民を売り渡さない石原都知事>
あとは外資としては本来は、石原都知事を嫌っているはずである。
なぜかというと、せっかく政府系金融機関を廃止してみたりして
日本の中小企業が倒産するように仕向けているのに、
彼は都民のために銀行までつくって「助けている」からだ。
<東京都を破綻させて買い取りたい外資の策略>
それに、都政は、景気が良い。または地方よりはるかにましである。
とにかく外資としては、都知事が、できれば、財政に無知な馬鹿に
就任してもらって、都政ははたんしてほしいはずである。
つまり地方自治体そのものを破綻させて買い取ってしまいたいのだ。
だから、最近地方の知事はどんどん、
失脚するのである。
夕張市が破綻してしまったのは、
竹中の策謀である。
つまり、財源を譲渡しますよと
言いながら、地方から金を吸い上げるだけで、
まったくその約束を実行しなかった。だから破綻してしまったのである。
夕張市と、りそな銀行、植草一秀氏の痴漢冤罪事件とは
実は同一の起源の問題なのである。
<外資は地下鉄をもらって5倍に値上げしたい>
外資としてはせっかく株式会社化された地下鉄を
株(経営権)を公開して自分たちのものにしたい。
<羽田もほしい。>
ほかにも羽田空港や、いろんな公共のものを民営化して
しまって自分たちのものにしたいのである。
それが完了して時点で好きなだけ値上げができる。
<石原都知事は外資の策略にのらない>
ところがそういったことをこの
石原都知事は許さないだろう。
それにそういったことを見抜けるブレーンがいる。
だから石原都知事のことを外資は嫌いだろうが、それ以上に
懸念しているのが、民主党が参議院選挙で自民党に勝ってしまうことなのである
。
つまり外資の理想としては、
石原都知事を交代させることにあるが、
しかし石原氏は都民に人気がある。
なんだかんだいって都民は「実績」で
判断するし、以前の最悪の青島より
はるかにましであると思われる。
石原氏に対抗する人物を自民党が出せるかというと
出せないだろう。
ほぼ負けるはずである。
というわけで二次的な目的の
「民主党をおびきよせて
負かす」という方向で動いているのではないか?
<参議院選挙で民主党が負けるようにしたい勢力>
つまり参議院選挙で民主党が負けるように外資は仕向けたいという予測>。
となると参議院選挙前に行われる都知事選挙で
民主党のエースといわれる管直人や、
その他大物をひっぱりだして
石原都知事を勝たせて、
民主党に壊滅的な打撃を与える必要性が出てくるだろう。
<民主党の弱点>
民主党は選挙の際に結果に敏感である。しかもマスコミのプロパガンダに
踊らされる。
つまり、
民主党が都知事選挙でまければ、
「やっぱり今までの戦略はまちがっていた」
と若手が言い出すだろう。
だから若手(前原やN島)といったような人たちが
「やっぱり自民党と同じような政策を掲げたほうが、責任ある
野党だから、選挙も有利なはず」
と間違った論理を
振りかざす可能性がある。
それにプロパガンダが拍車をかける。
<民主党は「何でも自民党に反対」のメッセージを伝えれば
国民から支持されて政権交代が起きる>
実際に民主党が一番やる必要がるのは、「われわれは自民党ではない。
正反対だ」
というメッセージである。
<石原都知事と戦うのは民主にとって良くない>
しかし、石原都知事と戦うのは、負け戦を戦うようなものである。
それは回避して、
参議院選挙に総力をあげていったほうが良い。
<野党は電通と戦うべき>
それでは、野党はどう戦えばいいのか?
というと、今の石原都知事をたたくキャンペーンを
やっていると思われるプロパガンダ機関をたたくことである。
そうすれば、このいびつな世論操作は
終結するだろう。
つまり
野党が戦うべき相手は
電通である。
それは簡単である。電通と政府の癒着を追及すればいい。
電通のタウンミーテイングで
奇妙な
調査研究費、調査開発費という項目があり、
ろくに使い道を示していないらしいが、
それの中身を追求すべきである。
何らかの不正が隠されているはずである。
<マグナカルタという新型のカルタのような名前を使わない>
そしてマグナカルタという相手にとってわけがわからない言葉を
使わないことである。
マグナカルタとかマニフェストとか、説明がないとわからないような
言葉は
は使わないほうがいい。
現代の若者や老年層でマグナカルタと聞いて、イギリスの大憲章のことだと
わかる人間は非常に少ない。
<マグネットカルタかマグナカルタか>
マグネットカルタのことか?と思われるだけである。
わけのわからない言葉を使うと相手に嫌われる。
かっこいいと思ってそういう
言葉を使うのは、エリートのおちいりやすいわなに思える。
おばあさんは、「何?民主党は何をカルタだっていっているのかね。
「マグネットカルタって何のことやら?磁石でできたカルタかねえ」
と思うかもしれない。
日本語で誰にもわかりやすいように「国民との聖約」「国民との
聖なる約束」とか日本語で
いうべきである。
私は、相手に説明しないとわからないような、
わけのわからない言葉を使いたがる民主党はすでにわなに
はまっているとしか思えない。
相手にわからない用語を使う
エリートは嫌われるのがおちである。
<政治的プロパガンダとしてのいじめ問題と未履修問題>
ちょっと思い出してもらいたいのは
教育基本法改悪の直前に
あれほど、「未履修単位」とか
「いじめ問題」をさんざん報道していたのが、
採決がおわった翌日から
ぴたっと報道がやんだのをどう思うだろうか?
簡単に言えばあれは、政治的なプロパガンダである。
国民に「教育基本法はだめなんだ。変えないといけない」と
思わせるための報道だったわけだ。
<年間100億円の広告費で電通や広告会社の酒池肉林>
年間100億円も広告費を出すような政権である。
電通を通して、各マスコミに、金がばらまかれているから、
あれだけ「偏向報道」をするのだ。
<かわいそうな子供たち>
連日「いじめだ」「未履修問題だ」
と報道され、各学校の子供たちは
「もしかして大人たちが僕たちのことを
真剣に考えてくれるのかもしれない」と勘違いしただろう。
あれに便乗して「自殺を選んでしまった」子供たちも大勢いたはずである。
<目的を達成したとたん、いじめ問題も、未履修問題も最初からなかったかの
ようにプロパガンダ報道がストップ>
ところが、教育基本法改悪が決定したとたん、プロパガンダは終了して
今の冬休みにもおそらく「つまらない」授業を強制的に
うけさせられているかわいそうな高校生が
ごまんといるはずである。
彼らは政治的に利用されただけである。
<おそろしいのは憲法改悪の国民投票法案>
それに恐ろしいのは
これから待っている
憲法改悪である。
これについては
SIGHTという雑誌の最新号が特集を組んでいる。
http://www.fujisan.co.jp/Product/1281680189/
この内容は一番すごいので
関心のある人はこの最新号を
持っておいたほうがいい。
自民党憲法改正の本音
が暴露されている。
とにかく戦慄すべき内容なのだ。
安倍が、この正月に
六本木ヒルズのグランドハイアットに
泊まりこんでいるのは
外資から洗脳レクチャーをうけているのかもしれない。
結論は
民主党は石原都知事と対決を避けて、
参議院選挙に専念することが良いと思われる。
石原都知事が自民党の公認を得る必要のないように、
プロパガンダをやっていると推論される
電通と自民との癒着を
たたく。
最近になって安倍と各新聞者の記者との懇談会が
復活しようとしているが、これは
税金の無駄遣いである。
なにしろものすごいステーキが出るらしい。
それにマスコミの社長が定期的に官邸に呼ばれて、
(一説によると毎週)
飲み食いをずっと小泉政権時代にやっていたが、
これも
癒着のもとである。
一切
官邸と食事することを禁止すべきである。
<電通をたたく必要>
われわれは、国民として
電通をたたく必要がある
<テレビに出ると民主党の票を減らすと思われる人物>
また民主党では、前原氏やN氏を中心として、
参議院選挙の前にテレビに出て好き勝手なことを
いい、民主党の支持率を下げるかもしれないので
それを防止したほうがいい。
彼らがテレビに出ると
とても国民への印象は良くない。
なぜなら、彼らがテレビで
主張していることは
自民党と同じであるから。
選挙民を激しく失望させるのである。
<マスコミのプロパガンダにほんろうされる民主党の若手>
民主党の若手は新聞にかかれることが世論だと勘違いしているから、
「安倍政権に、不信任案を出す」ことが
最大の国民へのPRとなったことを
理解していない。
<欠席戦術のときの誤りは、自民党と電通の癒着を
たたかないことから来る>
教育基本法改悪の時に欠席戦術をしたが、
この戦術が誤っていたのではなく
それを電通を通じて、自民党が「強行採決」と
報道させずに、ねじまげて「民主党はだめだ」
という表現に変えたからだ。
<国民は「だめな自民党に同調しているから」という理由で民主党に失望した>
ところが、国民のほうは、
マスコミのプロパガンダとは別に
「えっ民主党はだめだな、きちんと反対しないのか。
これじゃあ自民党と変わりないじゃないか」
と思われてしまった。
だから、支持率が下がったのである。
救いは
小沢一郎氏が党首をやり、
あまり大幅な路線変更にはいたらずにすんだことである。
小沢氏は「反自民党」のシンボルである。
野田聖子氏や、堀内氏のように「生活のために」
郵政売却化は正しいですといって
自民党に舞い戻るような生き方とは
無縁の信念の政治家である。
これはあくまで
私個人の見方だが、
もし、民主党が、「自民党と裏でつながっているのではないか?
」と国民から思われている政治家
と思い切って、関係を断ち切れば
おそらく、次回選挙で恐ろしいほど民主党は
票を集めるだろう。
とにかく国民はもう自民党政権がいやなのである。
いい加減にしてほしい。
残業代はフルカットしたいわ、国民を好き勝手に
逮捕したい共謀罪や、
徴兵制をしたいとか憲法は恐ろしい形態になるわ、
消費税は、そのうち21%にするつもりでいるわ
もう最悪である。
共謀罪に反対するストリートミュージシャンの
野生化の時代ブログより(変な共謀罪という歌を歌う)
2006年12月29日
今年の活動総括。
共謀罪、臨時国会でも何度か強行の危機がありましたが、
みんなの力で今期成立を防げました。
来期通常国会でもこの世紀の悪法を出して来るのは
、統一地方選、参院選へのダメージが出るので、
そうそう出せないだろうとの事です。
もちろん油断は禁物ですけどね。
(抜粋)
来春、支持率の急落している
”戦争推進安倍政権”をやっつける大チャンスを迎えられるという事です。
政府与党側のたび重なる金権スキャンダルも、
支持率急落に追い討ちを掛けています
。
徴兵制を復活させられたら
(今の戦争政策の延長に十分あり得る)、
死地に向かうのは私たちの子供達、孫達です。
まだ安倍政権が戦争を推進し、
金と利権を貰っている大企業のために
庶民の奴隷化を進めていることを知らない人々に
、どんどん知らせて行きましょう!
以上 引用
国際評論家小野寺光一の「政治経済の真実」メールマガジン
http://www.mag2.com/m/0000154606.html
まぐまぐ大賞政治部門第一位!わかりやすい!面白い!得をする!創刊以来約
19ヶ月余りで読者数4589名突破!
記録破りのNO1超高度経済成長メールマガジン。
マスコミ、政治家も多数愛読。政治経済の裏にある
「あなたが絶対知らない情報」を配信します。登録しないと損。
過去記事http://blog.mag2.com/m/log/0000154606
※小泉構造改革・売国奴・郵政民営化・道路公団民営化・猪瀬
飯島・竹中・外資の真相を明らかにする。
◎国際評論家小野寺光一の「政治経済の真実」のバックナンバー
⇒ http://blog.mag2.com/m/log/0000154606/
▲このページのTOPへ HOME > 政治・選挙・NHK29掲示板
フォローアップ:
痴漢容疑で東京拘置所に3ヶ月以上も勾留され現在係争中の植草一秀氏の逮捕の理由はりそなに関する疑惑について触れたからだと書いたけれどいよいよもってこれは推測の域を出て当たらずとも遠からずのようだ。そして、非常に恐ろしい状況に突入していると断言していいだろう。
「りそな銀行、自民党への融資残高3年で10倍」という見出しの朝日新聞12月18日
http://www.asahi.com/politics/update/1218/002.htmlのスクープ記事を書いた記者が記事の掲載の前日に不審な死を遂げている。表向きは「自殺」だが果たしてそうだろうか?日刊ゲンダイが「朝日新聞 敏腕記者が自殺」という見出しに続いて次のように伝えている。
「朝日新聞の48歳の論説委員がさる17日に自殺した。海に飛び込んで亡くなったというが、この人、かつて敏腕記者として鳴らした。80年代後半に起きたリクルート事件の発端となった疑惑をつかんだことで、戦後最大級の疑獄事件の実態が明るみになった。日ごろはボサッとした髪に黒縁眼鏡をかけ冴えない感じだが、いずれは朝日名物の天声人語を担当するとも目されていた。そんな人物がなぜに自殺したのか、朝日社内は大揺れだ。」
朝日新聞は大揺れだそうだ。朝日はこの記者の自殺を報じたのだろうか。恐らく報じていないと思う。もしそうだとすれば何か大きな圧力があったのではないかと推測できる。
亡くなった記者はスクープ記事以外にも何か重要なことを掴んでいたのかも知れない。それが記事になっては困る人・組織があるのかも知れない。
いずれにしても「りそな問題」は鬼門だ。
植草氏がブログなどで「りそな救済劇の小泉・竹中インサイダー疑惑」を追及せよ、と書いたことが逮捕への引き金になったのではないかという推測が成り立つかも知れない。
植草氏の痴漢容疑不当逮捕は単なる冤罪ではなくあらかじめ用意周到に計画されたデッチアゲではないか、という疑問はぬぐい去ることができない。
★参考までに「怒りの投稿」のYさんのコメントを紹介します。
(引用、ここから)
[6823] no subject 投稿者:Y 投稿日:2006/12/22(Fri) 11:42
阿修羅で、17日に海に「飛び込み自殺」したとされる朝日新聞論説委員の鈴木啓一さんは、横浜支局にいた1988年に、リクルート事件の発端となった川崎市助役の疑惑をつかんだ(川崎市の助役がリクルートコスモスの未公開株を上場後に売り抜け、1億円の売却益を得ていたとの情報を入手した)実績があるそうです。
鈴木さんが「飛び降り自殺」をした翌日、朝日新聞に大スクープ「りそな銀行、自民党への融資残高3年で10倍」が掲載されたそうです。この記事に鈴木氏が関与していたとの噂があるそうです。
あくまで噂にすぎず、今のところなんの証拠もないそうですが、りそな銀行が自民党への融資を10倍に増やしたという記事を読んで思ったのは、りそな銀行の国有化は自民党がりそな銀行を私物化するために、故意に債務超過に陥らせて税金を投入したのではないか、という疑念です。
あたかも銀行を救済するようなイメージを取り繕いながら、実は政権政党によるとんでもない犯罪が行われていたのではないか、そのことをこの記事は伝えてようとしていたのではないか。もしこの記事に鈴木さんが関与していて、これからその事実を書こうと取材を進めていたのであれば、あるいはすでに証拠を入手し、記事に書こうとしていたのであれば、なぜ鈴木さんが「飛び込み自殺」をしたのか、その理由がわかるような気がするのです。
鈴木さんは48歳。論説委員で、将来「天声人語」を書くことが期待されていた辣腕記者だったそうです。そのような記者が、この寒空の下、海に飛び込んで自殺をするようなことをするでしょうか。そもそも自殺だと断定する根拠はあったのか、誤って海に落ちたのかもしれないし、だれかに突き落とされたのかもしれない。自殺と断定した警察発表をまず疑ってかかるべきですが、鈴木さんの死因に関する続報はいまのところまだ聞こえてこないようです。
朝日新聞では藤田さんを支え、ともに耐震偽装の追求をしていた記者も亡くなっています。この記者の死因については「自殺」「他殺」「病死」説いろいろあるようですが、植草さんの事件についてもわかるように、政権の根幹を揺るがすような犯罪の告発をしようとする人たちが不可解な死や事件に巻き込まれていることを考えると、国民の知らないところで権力によるとんでもない犯罪行為が行われているのではないか、との疑念がわいてきます。問題は警察や検察や裁判所がその仲間であるために、犯罪を裁くことができないということです。
なにかと批判されることの多い朝日新聞ですが、NHKへの政治介入を告発した記事や、今回のりそな銀行の自民党への融資額10倍をスクープした記事など、朝日の記者の中には権力に毅然と戦いを挑む勇気と正義感のある記者たちがいて、その人たちを国民は応援しなければならない、ということです。
自民党に対するりそな銀行融資10倍の記事は、朝日のスクープのあと、東京新聞や日刊ゲンダイでも報道されました。日刊ゲンダイは、りそなが自民党への融資を増やしたのは、公的資金を投入してもらい、助けてもらったのでそのお礼をした、というような論調で、融資はあたかもりそなの意志であるかのように報じていましたが、国有化されたりそなが自分の判断で融資ができないことは自明の理であり、これも追求の矛先をそらすための情報操作の一種だとの印象を持ちました。
朝日新聞頑張れ、と言いたい。
(引用、ここまで)
▲このページのTOPへ HOME > 政治・選挙・NHK29掲示板
フォローアップ:
2006.12.29
森田実の言わねばならぬ[560]
マスコミを信用してはならない――日本のマスコミは政治権力と合体し国民を支配し圧迫する凶器と化した【46】
関岡英之編『アメリカの日本改造計画――マスコミが書けない「日米論」』のなかの第1章【アメリカに「国益」を売った者の正体!――なぜ、政府は「年次改革要望書」を拒否できないのか?】冒頭の[日本政治 「日本独立」の気概は、どこで失われたのか?――戦後60年、日本の歴代内閣の対米政策を徹底検証する]における私の発言要旨
「無垢の手が嫌悪に震えることなしに新聞に触れることができるとは思えない」(シャルル・ボードレール)
--------------------------------------------------------------------------------
本書の編者の関岡英之さんの質問に答える形で、私は私自身が生きてきた戦後60年の歴史を次のように話した。少々長い引用になりますが、お許しください。
《昭和26(1951)年にサンフランシスコ講和条約が締結されたとき、アメリカは日本支配をつづけるために欲を出し、吉田茂一人を引っ張り出して日米安全保障条約を締結してしまいます。これは一方的に、日本国内には実態が何も知らされないまま結ばれてしまいました。吉田茂は後々問題になることがわかっていましたから、一人だけでサインしてきた。》
《日本の国連加入を実現した鳩山一郎政権が退陣すると、安倍晋三現総理のお祖父さんの岸信介が圧倒的な力で台頭してきます。岸はどういうわけか占領軍とうまくやって、A級戦犯としては不起訴処分になるわけです。そして、サンフランシスコ講和条約が発効するころには追放解除となり、政治活動に乗り出した。ほかの政治家たちと比べると、岸はアメリカ側から特別扱いされたようだった。岸が出てくるや、あっという間に岸派が最大勢力となります。石橋湛山総理が病気で引退すると、ついに岸が総理に就任する。》
《岸は憲法調査会をつくって審議させ、そのうえで改正の必要はないと結論づける。…そうして岸は日米安保条約改定に向かう。ここで岸は無理をしすぎたため、安保条約は批准しましたが、退陣に追い込まれました。次に登場した池田勇人内閣は高度経済成長路線を打ち出す。池田内閣の時期が、戦後日本で一番自立していた時期ですね。ちょうど民主党のケネディ政権時代です。》
《池田が病気で引退すると、今度は岸信介の弟の佐藤栄作が政権の座につきました。佐藤政権時代、アメリカは共和党のニクソン政権でした。佐藤は日米間の矛盾を秘密外交で乗り切りました。》
《次の田中角栄は、1972年の総裁選で日中国交正常化をスローガンにして、福田赳夫に勝利して総理になりました。田中が日中国交正常化を実現した後、石油危機が起こりました。》
《(1980年)共和党のレーガン政権が出てきた。レーガンは「強いアメリカの復活」を掲げて大統領選で大勝した。レーガンは日本を軍事的パートナーにしようとしたのですが、池田勇人、大平正芳の流れを汲む当時の鈴木善幸総理は、日本は軍事的なことには関与すべきではないという考え方でした。鈴木善幸はレーガンとの首脳会談の後、「日米安保条約は軍事同盟ではない」と発言します。これにアメリカが激怒して、またしても対日工作を仕掛けます。そのとき、アメリカのレーガン共和党政権の代理人になったのが岸信介でした。》
《岸信介は秘かに田中角栄と手を結んで鈴木内閣を倒して中曽根康弘内閣をつくった。レーガンは中曽根を完全に取り込み、イギリス保守党のサッチャー政権とも三角関係を結んで日本のアングロ・サクソン化を水面下で推進し始めたのです。中曽根は「戦後政治の総決算」「日本は不沈艦空母」などと威勢のいい発言をして日米一体化を進めました。》
《日本にとって不幸なのが、中曽根だけが長く健在だったことです。…中曽根だけがいまも「大勲位」として隠然たる威光を持ち、中曽根のエピゴーネンたちもまだ論壇の現役で活躍しています。だから、日本の論壇には中曽根批判がなかなか出てこないのです。中曽根批判をすると、すぐに叩かれてしまう。これは日本にとって大変不幸なことです。これが日本の1980年代を正当に分析することを妨げているのです。80年代こそ、戦後の本当の終わりの時なのです。》
《戦後というのは、アメリカに占領され、去勢され、蹂躙されながらも、日本人の魂は「独立国でいかなければならない」という方向にかろうじて向かっていた。政治家の中にもその血は脈々と流れていた。この流れを変えたのが中曽根でした。中曽根のレーガンとの密着、「ロン・ヤス関係」の誕生こそが、日本がアメリカ化、アングロ・サクソン化に向かって走り始めた第一歩でした。少しでもアメリカを批判すれば容赦なく叩かれるという状況になりました。とくにマスコミが親米的になりました。》
《中曽根の「ロン・ヤス」政治によって促進された日本の独立精神の喪失は、深刻な問題です。》
《アメリカ政府が郵政民営化=350兆円を露骨に主張したら日本国民が反発すると判断して、経済政策の協調という形を取った。これが「年次改革要望書」の出発点です。》
《日本経済そのものを全部呑み込もうとして経済政策の調整を提案したのがクリントン政権でした。その延長線上に立っているのが現ブッシュ政権です。》
《日本の国富をアメリカ帝国主義が利用する。この体制への移行の第一段階が中曽根政権だった。第二段階が橋本龍太郎政権だった。橋本は「米国債を売りたくなった」という一言のために徹底的に叩かれて気の毒な最期でした。そして第三段階が小泉純一郎政権です。小泉は中曽根や橋本とは比較にならないほどアメリカにのめり込みました。》
《小泉は横須賀(神奈川県)出身です。横須賀と沖縄は基地の街です。沖縄は抵抗する精神のある基地の町ですが、横須賀にはアメリカ軍に抵抗する気持ちは全然ない。迎合路線だけの基地の町です。そこでアメリカに対する迎合路線にどっぷり浸かった小泉が5年間も徹底した対米追随路線を走った。》
《国が生きる上で何が一番重要かといったら、独立です。独立精神を失ったら、国家は成り立ちません。これを中曽根、橋本、とくに小泉によって喪失してきた。そこに戦後日本の最大の問題があると私は思います。
以上が、私が語った戦後史の経過についての部分の抜粋です。【以下つづく】
http://www.pluto.dti.ne.jp/~mor97512/C03111.HTML
▲このページのTOPへ HOME > 政治・選挙・NHK29掲示板
フォローアップ:
http://www.liberal-shirakawa.net/dissertation/policestate.html
※この小論は、「白昼堂々、4人組が!」と題して3回にわたり永田町徒然草に連載した職務質問を受けた体験と法的問題点をまとめたものです。小さな一事ですが、このことに潜んでいる問題は極めて大きなものです。自由な社会を作ることを使命とする自由主義者にとって、絶対に等閑にできない問題です。永田町徒然草で一度お読みいただいた方も、ぜひもう一度お読みいただければ幸いです。
★ちょっとむさい格好で渋谷に
私が新潟県中越地震の視察から東京に帰ったのは11月8日の午後でした。風邪気味だったので、東京に帰ることにしたのです。帰る途中から容態は悪くなるばかりでした。これは仕方ない、いい子になって寝るしかないと覚悟しました。風邪薬を飲んで、厚着をしてベッドで寝たのですが、だんだんひどくなるばかりです。1日も休めば治るだろうと思ったのですが、なかなか治らず丸4日寝込んでしまいました。
11月11日、午前6時過ぎに私は目覚めました。体調は昨日よりはいくぶん良いものの、依然として本調子とはいえない状態でした。昨日の夕食にお粥を食べただけですから、お腹が空いていました。食べるものは食べないと風邪も治らないので、家内が用意してくれたお粥を食べました。食欲はありましたし、美味しくいただけました。昨日もほとんど寝ていたのですが、ベッドで横になるとまた眠れるのです。これが病気ということなんですね。
4時間くらいぐっすり眠りました。10時ころ目が覚めました。下着がまたびっしょりと濡れていました。これを脱ぎ捨て、新しい下着を身に付け、外出着に着替えて、私は渋谷に向かいました。3日間も風呂に入っていないので髪は乱れていまし、髭ものびていました。ですから、普段は地下鉄なんですが、むさ苦しい格好なのでタクシーで行きました。どうしてもその日に振込まなけければならない用件があったからです。
★4人組がグルリと取り囲む!
タクシーを降り、2箇所の金融機関に寄り、振込みを済ませました。熱のためでしょうか、すごく喉が渇いていました。バニラシェイクを飲みたくてなって、馴染みのモスバーガーに行こうと歩いているその時でした。何処となくきた厳つい格好をした4人組に、私はいきなりグルリと囲まれました。私は、反射的に両手を入れていたベストのポケットから手を出し、身構えました。タバコとライターが左手に、右手にはライターがありました。4人組はズボンのポケットを中のものを見せてくれというやいなや、私のズボンのポケットの上を強く触ってくるのです。一瞬何が起きたのか、状況を把握するのに時間がかかりました。私が4人組の襲撃を受けたのは、ハチ公前交差点から100メータ―ほど道玄坂を登った広い歩道で、通行人も多いところでした。
白昼堂々、突然4人組にグルリと囲まれ、いきなりズボンのポケットの中にあるものを見せろといわれて、身体検査よろしく体に強く触られたのです。私は腕に自信にあるわけではありませんが、「お前たち一体何なんだ、冗談じゃない」といって突き飛ばすなり、ぶん殴りたくなりました。でも、幸いにも私は冷静さを少し残していました。それをやったら、彼らの思う壺だと判断する思考能力が、働いていたのです。
そうなのです。私を白昼堂々襲ってきた4人組は、警察官だったのです。少しむさ苦しい格好だということは自覚していました。だからといって警察官の職務質問を受けなければならない状況ではないということは明らかでした。それも質問などというものではなく、いきなり4人にグルリと取り囲まれ、ズボンの左右のポケットと財布の入っている後のポケットを、4人の屈強な男に交々強く触られたのです。彼らが制服を着ていなければ、反射的にこれを突き飛ばすなり、殴り飛ばすなりして、私は自分自身を守ったでしょう。しかし、この自然な行動を私がとれば、彼らが待ってましたとばかり公務執行妨害で私を逮捕することは、火を見るよりも明らかです。私は、弁護士である自分に戻っていたのです。
★執拗に身体検査をしようとする
私は、私のズボンのポケットを上から強く触ろうとする彼らの手を払いながら、大きな声でこういいました。
「君たちは何で私のポケットの触るのだ。何で君たちにポケットのものや財布を見せなければならないのだ」
彼らの中でいちばん歳をくった男がいいました。
「あなたは、いま手を入れていたチョッキのものは、見せてくれたじゃないですか。怪しいものをもっていないのならば、ズボンのポケットの中のものも見せなさい。なぜ、見せられないのですか。見せなさい。財布を出しなさい」
そういいながら、執拗に私のズボンのポケットに触ってくるのです。私はだいぶ冷静になってきました。この手を払いのけることは正当防衛的な行動ですから、公務執行妨害にはなるまいと思いながら、強く払いながら大きな声でこういいました。
「私は、見せる気がない。何で財布まで見せなければならないんだ」
それでも、この4人の警察官は、ズボンのポケットの中を見せなさい、財布を見せなさいといって私を取り囲み、そこを動こうという私の自由を完全に奪っているのです。そして、こりもせずに何度も何度もズボンのポケットの上を強く触り、中のものを確かめようとするのです。「何で触るんだ」と詰問すると、「触るのは職務質問として許されているんだ」と開き直るのです。正確な時間はこういう状況ですから分りませんが、おそらく3〜4分くらい激しく揉み合い、いい合いました。
★「怪しいものがないのなら、見せなさい」
私はこういうことをしながらも、次第に極めて冷静になってきました。そして、本当に空恐ろしいものに遭遇した自分に気付きました。私は弁護士ですし、また国家公安委員長をしましたので、職務質問の有用性も問題性もよく知っています。しかし、いま私が受けていることがこの職務質問であるとしたならば空恐ろしいことであり、曖昧に済ますことはできないと思ったのです。怖いというのは、警察官が怖いということでは、もちろんありません。こんなことが職務質問として行なわれていることが、空恐ろしく思えたのです。こんなことは許されてはならない、ここはじっくり勝負しようと、私は考えはじめたのです。今度は「こっちの方が執拗に食い下ってやろう」と覚悟を決めました。
私は、なぜ私のポケットの中を見せなければならないのか、何度も何度も聴きました。彼らの答えは、「怪しいものがないのなら見せてください。見せられないの、怪しいものをもっているからじゃないですか」というのです。「なんで私の体に触るんだ」と聴くと、触るのは許されているというのです。いく見せなさいと言われても、見せるつもりは私にはもうまったくありません。身体検査的に私の体に強く触ることは、職務質問として許されないことので、これも絶対に許すつもりはありませんでした。
「ポケットの中の物を見せなさい、財布を見せなさい。なぜ見せられないのですか。ますます見なければなりません。体に触るのは、許されているのです。弁護士さんに相談するという人もいますが、弁護士さんに警察官にいわれるとおりにしなさいといわれて、皆さん協力してくれるんですよ」
こんなことをいいながら、彼らは少しも態度を変えないのです。囲みを解こうともしません。正直いって私の我慢も限界に近づきつつあったのですが、無理してこの囲みを解こうとすれば、彼らが公務執行妨害として私を逮捕することは明白でした。人通りのある中、こんなことを10分以上繰り返しておりましたが、埒があかないことは明らかでした。彼らの言葉や行動は、棒を飲んだようにまったく変わらないのです。
私は、別にズボンの中に何も怪しいものなど持っていませんでした。家の鍵と小銭が入っていただけです。なぜ財布を見せろといったのか理解に苦しみますが、財布には4万ちょっとの現金と免許証と病院の診察券、それにパスネット(地下鉄のプリペイドカード)があるだけです。先ほどの振込みの控もありましたが、見られたからといって別に困るほどのものでもありません。ですから、私が素直に見せればそれで終ったかも知れません。また、それで終らせるのが賢明なやり方かも知れません。しかし、私にとって、これはもうそういう問題ではなくなっていたのです。こんなことがまかり通っていたのでは、自由も人権もあったものじゃないと私は考えていたのです。彼らも、よりによって変な人物に関わってしまったものです。
★警察署か交番か
人通りの多い渋谷の歩道で、「見せろ、見せない」「触るな、触るのは許されているんだ」ということを15分くらい繰り返していました。遠巻きに時には人垣もできましたが、それは近くの信号待ちの時間だけでした。皆、関わり合いたくないのでしょう。本当は、誰のために鐘が鳴るなんですがね。
どうやって局面を変えようかと考えました。彼らの言動は何度もいうようにまったく変わらないのです。局面を変えることは、極めて難しい状況でした。ですから、私は、ひとつのカードを切ることにしました。
「私は弁護士だ。いま君たちがやっていることは、警職法では許されることではない。君たちのやったことを私は署長に訴えなけれならない。だから、まず君たちの認識番号を押さえておかなければならない。君たちの認識番号を書く。私はいまボールペンを持っていないから、貸してくれ」
私はタバコの包み紙に4人の胸にある認識番号を控えました。彼らは素直にボールペンを貸してくれ、番号も見せました。
「それでは、渋谷署に行こう。しかし、私はいま風邪をひいていて、いままでほんとに寝ていたんだ。歩いていくのはちょっとシンドイので、タクシーで行く。君たちも乗っていいから、一緒に行こう」
こういって、タクシーを拾うために反対側の車線に行くために近くの信号に渡ろうとしたのですが、4人組はこれを体を張って妨げるのです。そして「ここじゃなんですから、交番に行きましょう」とさかんにいうのです。私は彼らと話すつもりもありませんでしたし、彼らと話しても何にもならないことですから、まったくとり合いませんでした。ですから、状況は先程とまったく変わらないのです。
今度は「渋谷署に行く。署長と話をする」と私がいい、「交番に行きましょう。交番で話を聞きましょう」と警察官が答えるといういう押し問答を同じ場所でまた10分くらいしました。そうこうしている時、私は顔見知りの人を見かけましたので、ちょっと呼びました。彼は来てくれてました。私は事の次第を話して、「私が警察署へ行こうというのに、彼らが納得しないんだ。どう思う」とあえて周りの人にも聞こえるように大きな声でいいました。そして、数人が見ていることを確認して、私はタクシーを拾うために囲みを振り切って道路を渡りました。タクシーを拾って警察署に行くために多少強引に4人組の囲みを破っても、公務執行妨害で逮捕することはできないという状況と証人を作っての行動でした。
★タクシーかパトカーか
とにかく20分くらい同じ場所で4人にグルリと囲まれていた状態から、私は道路の反対側に移ることがようやくできました。しかし、4人の警察官が私をグルリと取り囲んでいるという状況はまったく変わりません。私には逃げるつもりなどまったくありませんでしたが、タクシーを止めてこれに乗り、渋谷署に行くことは4人に完全に阻止されていました。こんな状態ですから、第一タクシーが止まってくれません。1、2台は止まってくれたのですが、私が乗り込むことができないので、そのまま先に行ってしまいます。私の行動の自由は、事実上奪われているといってもいいのでしょう。私が彼らの職務質問から解放され、自由にどこかに行くことができなかったことはいうまでもありません。
こんなことを10分くらいしているうちに、彼らも私を交番に連れて行くのはさすがに諦めたようです。後はどうやって渋谷警察署に行くかという問題です。渋谷署は、いま私たちがいるところから1キロメートルくらい離れたところにあります。私は警察署長に会って、彼らがやったことを包み隠さず話し、反省してもらいたいから警察署に行くつもりですし、本気なのです。逃げる気など毛頭ありませんし、いまさら解放されても私は渋谷署に行くつもりでした。いくら彼らがそれは勘弁してほしいといったって、今度は私の方に譲る気がないのです。
渋谷署に行こうというのですが、今度はその方法が問題になっているのです。
「私は、いま風邪をひいているので、渋谷署まで歩いていくのは正直にいってシンドい。だから、タクシーで行く。君たちも乗ってもいい。もちろん、お金は私が払う。なんでこれがいけないのか?」
「それはできないのです。私たちはタクシーには乗れないのです。パトカーを呼びますから、それで行きましょう」
こう繰り返すだけなのです。パトカーならタクシー代は確かにかかりません。「理不尽な職務質問をさんざん受けた上、パトカーに乗せて下さる!? 冗談じゃない!よくも平気でそういうことがいえるものだ」とさすがに腹が立ってきました。
「冗談じゃない。パトカーなんかにのれるか! 私はタクシーで行く」というと、「私たちはタクシーには乗るわけにはいかないのです。それでは、歩いて行きましょう」というのです。私は、風邪がひどくやっとベッドから這い出てきたのですから、1キロちかくある渋谷署まで歩いていくのは本当にシンドいのです。このことを何度話しても、彼らの答えはまったく同じなのです。
タクシーかパトカーか、車でいくか歩いていくかの押し問答です。こんな押し問答を5〜6分、車がひっきりなしに通る交差点の路上で行ないました。交差点ですから、信号が変わるたびに多くの人が通ります。私だって、こんなことをしているのは嫌になってしました。だからといって、パトカーを差し向けて下さるというご好意を受ける訳にもいきません。また歩いていくのは、シンドいのでOKという訳にもいきません。どうして、こんな石頭を相手にしなければならないんだろうと苛立ってきました。
★警察官に付き添われて渋谷署へ
彼らもさすがに参ったのでしょう 。4人組の一人が無線で上司と相談しれいるようでした。間もなくして許可が下りたらしく、私がタクシーに乗っいくことを了承しました。手をあげてタクシーを止めました。一人が前に乗り、もう一人が私の側に乗らせてもらいますというのです。そんなこと、最初から私は当然のこととしていましたので、許可するもしないもないのですが、逆に私はこういいました。
「後に二人乗らなくていいのか? 君たちは私がタクシーに乗って、怪しいものをタクシーの中に置いていく危険があるから、タクシーはダメだといったんのだろう。私の左右に二人乗ればいいじゃないか。お金は私が払うから」と同乗を勧めたのですが、「いえ、それはいいんです。逮捕ではないんですから」といって、一人だけが私の左側に乗りました。
彼らも状況が少し変だなと気付きはじめたようです。いままでに比べると態度がだいぶ丁寧になってきました。言葉使いも丁重になってきました。車がけっこう混んでいましたので、1キロ足らずの距離でしたが10分以上はかかったのではないでしょうか。車中で、
「君たちはいつもあんな風な職務質問をするのか? 日本という国も恐ろしい国になったもんだなぁー。困ったことだ」
といいますと、
「私たちは、この渋谷の治安を守らなければならないのです。拳銃を持っている者もいれば、薬物を持っている者もいるのです。ですから、職務質問をして未然に犯罪を防止しなければならないのです」
というような趣旨の話をさかんにするのです。
彼らをこれ以上責めても、悪いことをしているという認識がないのですから仕方がないと思い、私は取り合わないことにしました。彼らと30分ちかく押し問答する中で、彼らが今日私にしたことを正当な職務行為だと信じ切っていることはよく分りました。私がいくら彼らにいって聞かせても、彼らが私のいうことを聴かないことは明らかです。私は、このような職務質問をさせている警察署長に現状を話し、これを改めさせるために渋谷署に向かっているのですから。途中で私は、警察署にタバコ販売機があるかどうか聞きました。もしなかったらタバコを買っていこうと思ったからです。丁度、タバコがなくなっていたのです。けっこう長引くだろうから、タバコはいるなぁと思ったのです。
★何とか課長さんの登場
車は、渋谷署に着きました。代金を払い、署内に入りました。私は、入り口の近くの部屋に案内されました。取調室ではないようですが、応接室としては味気ない小さな固いソファが一つだけ置いてある広い部屋でした。まずはタバコを確保しようと思い、自動販売機はどこかと聞いたところ、買ってきてくれました。灰皿がなかったので「ここは禁煙か」と聞くと、床に置いてある大きな吸殻捨てをもってきてくれました。ドアを閉めないので、出入りする人が見えます。
タバコを吸って待っていると、何とか代理という人が出てきました。私は、署長としか話すつもりはなかったので、応対する人には興味ありませんでした。ですから、あえて肩書きには関心がなかったので、その警察官にも失礼ですが、申し訳ありませんが「何とか代理さん」としかいえないのです。
私は、その何とか代理さんに「今日私が職務質問を受けたことで、署長にいいたいことがあるのできました。署長にお会いしたい。私は国家公安委員長をしたことがある白川勝彦です」と告げました。何とか代理さんは、私を知らないようでした。また、国家公安委員長というのもよく知らないらしく、都の公安委員ですかとか、国家公安委員ですかとかいって、何度も書きかえていました。「私が平成8年9月から翌9年9月まで、国家公安委員長をしていた白川勝彦だということ。その白川が署長に会って話をしたいので、取り次いでもらいたい」旨を丁寧に説明しました。
よく分ったのか分らないのかしれませんが、その何とか代理さんは退席していきました。その代わり、今度は何とか課長さんという人が出てきました。張り切って出てきたその人には失礼ですが、私は署長と話すつもりしかありませんでしたから、その課長さんの肩書きにはまったく関心がなかったので、この人もまた「何とか課長さん」としかいえないのです。その何とか課長さんは、何とか代理さんから変な風体をした公安委員長と称する者が来て、署長に会わせろといっているといわれて、こんな者は追い払わなければならないと思って張り切ってでてきたのだと思います。最初からいやに肩に力が入っていました。
しかし、私が会いたいのは署長だけですから、誰が出てきても同じです。私は先の何とか代理さんにいったと同じように、国家公安委員長をした白川勝彦であること、今日職務質問を受けたことで署長に話をしたいので取り次いでもらいたいといいました。そしたら、その何とか課長さんの返答がふるっているのです。
「国家公安委員長は、どうやって任命されるのですか。どういう仕事をするんですか」というのです。そんなことをどうして聞くのかと思ったのですが、要は私がかつて国家公安委員長をした白川勝彦だということを信じられないのでしょう。住所はどこですかとか、そのときの総理大臣は誰ですかなどと執拗に聞くのです。しかし、何とか課長さんがどう思おうと、私がかつて公安委員長をした白川勝彦であることは間違いない事実ですから、仕方ありません。
彼が私をどういう素性の人物だということを知らなかったのか、あるいは知っていてもこういう問題で署長に会わせることはできないと思ったのか不明ですが、一向に署長に取り次ごうとしません。そして「もし、あなたが国家公安委員長をした人ならば、警察官を苦しめるようなこんなことはしないはずだだ」とか何とかいうのです。今度は、私が国家公安委員長をした白川勝彦であるかどうかが、押し問答の中心的なテーマとなりました。15分くらいこんな押し問答をしたでしょうか。彼の言わんとすることを要すれば、署長に会わせる訳にはいかないということです。だったら、もうこの何とか課長さんと話をする必要はありません。
★副署長さん現る!
「分かった、もう、あなたに取次ぎは頼まない。直接私が面会を申し込む」といって、私はその部屋を出ました。別に制止はありませんでした。もし、私がそのまま警察署を出ようとした場合、彼らは制止したかどうか? それは分りません。制止はしなかったのではないかと私は思います。その証拠に、私についてきませんでしたから。何とか課長さんにしてみれば、なんとも得体の知れない人物には、早々に立ち去ってもらいたいというのが本音だったのではないでしょうか。しかし、今度はこっちがこのまま引き下がる訳にはいきません。何としても今日私が受けたことを署長に知らせ、このようなことが行なわれないようにすることが私に与えられた任務であると確信し切っているのですから。
その部屋を出たところに、渋谷署のカウンターがあり、そこに「総合受付」というところがありました。そこで、署長への面会を申し込もうと思い、話はじめようとすると、件の何とか課長さんはあたかも大事件のように「受付はあっちです、あっちです」といって、入り口のカウンターを示すのです。それなら、「総合受付」というのは一体何なんだといいたくなります。しかしいまはくだらないことでクレームを付けられることではなく、署長に面会することが先決ですから、入り口のカウンターで求められた申込書に必要事項を書いていました。すると遠くのほうから大きな声で「白川先生!白川先生ではありませんか」といいながら、誰かが駈け寄ってきます。一体、何処のどなただろうかと思いました。
「私は、昔、警察庁の政府委員室にいた○○です。いまここで副署長をしています」といって、私を先程の部屋に引き戻しました。正直にいって、私は彼を知りませんでした。彼が政府委員室にいたのは、平成7年までだそうですから、私が知らなくても不思議ではないのです。私が国家公安委員長を務めたのは、平成8年から9年ですから。
事情は、すでに部下から聞いていたのでしょう。彼は警視庁の警察官ですが警察庁に出向し、政府委員室という国会対策をするところに勤務していた関係で、私を知っていたのでしょう。人定ができた以上は、それなりの対応をしなければならないので、出てきたのだと思います。その証拠は、「一体何があって、いま私がここにいるのか」ということについて、まったく質問がでなかったことです。そして、今日起こったことには多少問題もある、ということも承知していたのだと思います。
この人柄のよさそうな副署長は、政府委員室に勤務していた時や、私の国家公安委員長時代の話をし、私を誉めてくれるのです。だからといって、私はそれに気をよくしてそのまま帰る訳にはいかないのです。私はまずお茶を所望しました。バカバカしい押し問答を相当長いことやっておりましたので、喉が乾いていたのです。お茶を飲みながら、私は改めて事の顛末を詳しく副署長に話しました。そして、これはよくないことなので、ぜひ是正しなければならないといいました。さらに、このことを署長にもちゃんと伝えるようにいいました。彼から特に反論はありませんでした。
★罰としての長説教
最後に、私は副署長に「現場にいた4人でいちばん階級の高いものを呼びなさい」といいました。勘違いしたのか、警邏(けいら)の現場の上司と思われる警察官がきました。私は実際に職務質問した警察官に話したかったので、彼らの中で一番階級の高い者を呼びなさいと,、再びいいました。4人組の中の一人がきました。君がいちばんの上司なのかと聞いたところ、階級は同じだが年齢が一番上だということでした。彼の上司には後ろで聞いてもらうことにして、彼と副署長に対して、私はこういいました。
「今日の職務質問で一番問題だったことは、ズボンのポケットの中のものを見せなさいといって、ズボンの上から強く触ったことである。見せる見せないは、あくまで私の意思でやることであって、これを強制する権限は君たちにない。『怪しいものがないのなら、見せてもいいじゃないですか』と君たちは執拗にいったが、それは根本が違うのだ。自由主義社会というのは、国家からの自由も、できるだけ保障する社会なんだ。私は自由主義者として、そういう社会を作ろうとして努力してきたのだ。怪しいものを持っていないのなら見せなさい。見せないからといって、怪しいものを持っているからだろうと疑うことは、とんでもないはき違いなのだ。ここのところを、よく分ってもらいたい」
「君たちの中では、一体、誰が一番の大将なんだ。誰が現場において臨機応変な措置をすることになっているんだ。犯罪の現場だろうが、今日のような警邏であろうが、一つひとつの現場は決してマニュアル通りにはいかないのだ。そこで、経験と臨機応変さが必要になるのだ。私は国家公安委員長時代、これからは“はぐれ刑事純情派"の藤田まこと(正式には、安浦刑事)のような刑事を大切にしていかなければならないといい、そのよう制度を作らせた。それは、そういうことをいいたかったのだ。それなのに、今日の君たちの対応は一体なんだ。石頭すぎる。副署長、これは、このような編成で警邏させる方に問題があるんじゃないかな」…などなど。
例によって、私の長演説に付き合ってもらうことになりました。しかし、長い間私の自由を奪い、また私の名誉をいささか傷つける行為をしたのですから、このくらいは我慢してもらっても罰は当たらないでしょう。最後に私はこう付け加えました。
「今日、私が体験したことは、私のWebサイトに書くつもりだ。君たちもインターネットを見るんだろう。どう書くか、ぜひ見てもらいたい」
副署長は「今日のことはこれ限りにしてほしい」と頭を下げました。人のいい彼には申し訳ないことですが、私はこれには応ずることはできませんでした。私の体験は貴重であり、また空恐ろしいことであり、こんなことを野放図にしてはならないと思ったからです。これは、もう私の不動の信念となっておりましたから。
★自慢話ではないのです
「白昼堂々、4人組が!」などと大仰な見出しにもかかわらず、こんなことに過ぎないのか、大騒ぎする程のことじゃないではないか、という人もおられるかもしれません。しかし、私が経験したような状況の中で、私と同じ行動を取れる人が、果たしてそんなに多くいるでしょうか。私は弁護士です。私は政治家です。私は国家公安委員長をしました。また私は熱烈な自由主義者です。そんな私だから、ここで詳しく書いたような行動を取れたのだと思います。
私は自慢話をしているのではないのです。自慢話なら、もっと別の行動でなければなりません。非礼かつ無法な4人組をちぎっては投げ、ぶっ飛ばしたというような話でなければなりません。実際のところ、あまりにもしつこいものでしたから、突き飛ばして4人組の囲みから脱出しようと何度も思いました。しかし、そんなことをすれば彼らの思う壺だと思ったから、やらなかっただけです。私は狡猾だっただけなんです。考えてみれば、こんな意地悪な人物に目を付けてしまった4人組こそ、災難だったのかもしれません。
警察官に取り囲まれ、見せろ見せないなどといって揉み合う姿は、決して格好いいものではありません。東京の繁華街ですから、顔見知りの人はあまりいませんが、それでも私を知った人がいたかもしれません。名誉な光景では決してありません。だったら、素直に彼らのいうことを聞いていればいいじゃないかという人がきっと多いでしょう。確かに、そうしても私は困るようなものを持っていた訳ではありませんから、直ぐに無罪放免になっていたかもしれません。しかし、自由主義者の一人として、それだけは絶対に認めることはできません。
いずれにしても、私と同じような行動を取れる人の方が少ないと思うのです。それが彼らの狙いで、職務質問ということで、本来は許されないことを平気でドンドンやっているのでしょう。テロとの戦争また治安の維持ということで、こうしたことが平気で罷りとおる社会的風潮だと思います。アメリカでは、9 ・11以降、アラブ系の人々などに対して、憲法で保障された人権をまったく無視する違法なことが行なわれていると聞いています。でもアメリカ追随の日本ですから、こうなっても不思議ではないでしょう。しかし、そんなことは、絶対に許してはならないのです。
私としては、できるだけ忠実に私が体験したことを永田町徒然草に書いたつもりです。別に誇張をしなくても、十分に問題のある(私にいわせれば、違法な)職務質問でした。しかし、私は一方の当事者です。しかも、かなり緊迫した状況の連続でしたから、客観性を欠く惧れはあるでしょう。ですから、私は、もう一方の当事者である4人の警察官に、釈明なり、反論の機会を保障しました。若い警察官ですから、インターネットくらいは見れるでしょう。また、私は今回のことをウェブサイトで書くからとちゃんといっておいたのですから、見ているでしょうし、見ていないようじゃ困ります。
私が書いた事実に釈明なり、弁明や反論があったら、Eメールで私宛てに送ってくれれば、そのまま掲載することを約束しまました。もちろん、それに対する私の再反論の権利は当然のこととして留保しましたが。また彼らの上司であり、直接の責任者である渋谷警察署長の釈明や反論も同じです。さらには、今回の私のクレームをどう受け止め、どのような措置をとったのか、これはぜひお伺いしたいところでもありました。しかし、2004年12月1日現在、メールは届いていません。
★Due Process Of Law の精神
警察官というのは、名刺を出さないんですね。私が会った全部で8人の警察官の中で、私に名刺をくれたのは副署長さんだけでした。彼が私にくれた名刺にある標語が「好きだから 正義で守る この街を」でした。警視庁全体のものか、渋谷署だけの標語かは知りませんが、おおいに結構なことです。
しかし、正義とは何か。ここで問題になるのは、Due Process Of Law という考え方なのです。法の適正手続きなどと訳されますが、本来の意味はちょっと違うような気がします。国民の生命・身体・財産などに対する強制力の行使は、法が定める正当な手続きと方法に基づいて行なわれなければならないという、かなりポヂィティブな意味をもっている概念で、アメリカ法のもっとも基本的な理念のひとつです。
勝てば官軍とか、結果良ければすべて良しとか、長いものには巻かれろなどという言葉がある日本では、これはなかなか理解されない理念です。しかし、わが国が自由主義の国であるならば、絶対にないがしろにしてはならない理念なのです。今回私が遭遇した警察官には、この理念に対する理解がまったくないと断ぜざるを得ません。だからこそ、私は空恐ろしいと思ったのです。
Due Process Of Law は、正義です。特に警察権力の行使は、絶対的にDue Prcess Of Law の精神に基づいて行なわれなければなりません。わが国の警察権力や国家権力には、彼らが思っている程の信用はないのです。ですから、殊のほか Due Process Of Law が求められるのです。しかし、その自覚がもっともないのが警察官であり、検察官であり、官僚です。ですから、ちょっと油断するとわが国は、警察国家になり、官僚王国になってしまうのです。「権利のための闘争」…ドイツの法哲学者イェーリングの有名な言葉です。この“権利のための闘争"というビヘイビィアこそ、自由主義者としての私の発想と行動の原点です。
全体的国家では、人権など保障されません。国家は神聖かつ絶対な存在であり、国家の犯罪などという概念は、最初からありません。こういう社会では、国家の人権に対する犯罪は一般的であり、日常的に行なわれます。しかし、最低限の生存すら保障しえない北朝鮮は国民から見放されて、“脱北者"を多数生み出しています。こうした北朝鮮の現状を私たちは、不幸な他国のことといえるのか? といいたいのが、今回私が受けた職務質問なのです。
私が受けたような職務質問が公然と許されるようになれば、わが国は早晩警察国家となるでしょう。犯罪は現在よりも摘発が楽になるでしょう。治安も多少は良くなるでしょう。だが、私たちの人権は確実に侵され、私たちは国家に対して従順に生きていかなければなりません。テロとの戦争ということで、イラク国民を十数万人も殺したアメリカを公然と支持する小泉首相が率いる国家に、私たちはどうして従順に従わなければならないのでしょうか。私に対してあのような石頭的対応しかできなかった警察官のやることを、私たちはどうして素直に受け入れなければならないのでしょうか。少なくとも私はそういう社会には住みたくありません。日本をそんな国にはしたくないのです。
★職務質問の要件
警察官職務執行法(以下、警職法といいます)は、第2条において次のように定めています。
「第1項 警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行なわれた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者を停止させて質問をすることができる。 第2項 その場で前項の質問をすることが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合においては、質問をするために、その者に付近の警察署、派出所又は駐在所に同行することを求めることができる。 第3項 前2項に規定する者は、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない。 第4項 警察官は、刑事訴訟に関する法律により逮捕されている者については、その身体について凶器を所持しているかどうかを調べることができる。」
以上が、職務質問といわれることに関する規定です。それほど、難しい条文ではありませんから、普通の人でも理解できると思います。職務質問に何かと問題があることを知っている方は多いと思います。この規定を読めば、4人の警察官が私に行なった職務質問は明らかにおかしいということを分っていただけると思います。私は弁護士ですから、若干説明を付け加えましょう。
まず、どういう者に対して職務質問が許されるのかということですが、次のような者に対してできるのであって、誰に対してもできるというものではないのです。
異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して、何らかの犯罪を犯し、または犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者
異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して、既に行なわれた犯罪について、または犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者
Aは、犯罪を犯し、または犯そうとしている者です。しかし、ただ警察官がそう思っただけではいけないのであって、「異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して、そう疑うに足りる相当な理由」が必要なのです。「現に罪を行い、または現に罪を行い終わった者」は、現行犯人として逮捕することができます(刑事訴訟法第212、213条)。現行犯逮捕は犯罪を行なったことが明らかである場合にだけ許されます。
4人の警察官からみて、私の挙動のどこが異常だったのか、そして私がどのような犯罪を犯しまたは犯そうとしている者と疑ったのか、これはぜひ聞いてみたいところです。警察署に行くタクシーの中で、ひとりの警察官が、「私が彼らを見てこれを避けようと通路を変更したから」といっていました。私は彼らをまったく認識していません。ですから、これを避けようとして進路を変更したこともありません。一体、私のどこの所作を指しているのかも分りません。百歩譲って、仮にそういうことがあったとしても、それだけで「異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して、そう疑うに足りる相当な理由」があったとすることはできないでしょう。
Bは、既に行なわれた犯罪について、または犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者に対して行う職務質問です。この場合にも、「異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して」という条件が必要だと記されています。すなわち、問題にされている犯罪との現場性が必要とされるということです。ですから、一般の捜査の聴き込みのことではないのです。このようなことが許されるのは、犯罪の現場における捜査上の必要性と現に行なわれる惧れのある犯罪の予防という観点から認められたものと思われます。
一体、私に対する職務質問が行なわれた現場の近くで、どのような犯罪があったのか、または行なわれようとしていたのか、私にはまったく分りません。そのようなことについて4人の警察官や渋谷警察署であった警察官から明らかにされてもおりません。ですから、私の場合は、このケースではないのでしょう。
★職務質問で許されること
さて、次は、「警察官は、停止させて質問することができる」ということです。これは、二つのことを警察官に許しています。「停止させることができる」ということと、「質問することができる」ということです。
これに基づいて、4人の警察官はグルリと取り囲んで、私を「停止させた」のでしょう。しかし、正しくは停止させることができるのではなく、停止することを求めることができるということです。それは、次の第3項の規定から導き出されます。
職務質問を受けた者は、「身体を拘束され、又はその意に反して警察署などに連行され、若しくは答弁を強要されることはない」と明記されているからです。屈強な4人で私を取り囲み、行動の自由を奪ったことは、事実上身体を拘束したと同じことです。もちろん手錠をかけるなどされた訳ではありませんが、この不当な拘束を解こうとして、私が彼らを強引に振り切ろうとした場合には、彼らは私を公務執行妨害として逮捕することは十分に予想されます。いや、待ってましたとばかりに逮捕したでしょう。ですから、私はこの不当な拘束に抵抗することも許されなかったのです。
「質問することができる」ということですが、これは文字通り質問「することができる」のであって、それ以上でも以下でもありません。改めて考えてみると、彼らは、一体、私に何を質問しようとしたのでしょうか。「ズボンのポケットの物を見せなさい。財布を見せなさい」というのは、果たして質問でしょうか。これは、そもそも質問ではありません。あえて質問といえば、「ベストのポケットの物は見せたのに、ズボンの中の物を見せないのはどうしてか?」ということでしょう。
私は、彼らにベストのポケットの物を見せたのではありません。私は、突然の襲撃に反射的に身構えるために、ベストのポケットから手を出しただけです。その時、ベストのポケットの中で手にしていたタバコとライターが一緒に出てきただけです。勘違いされては困ります。
そして、この質問には私はハッキリと答えました。「どうして、私が君たちにポケットの中を見せなければならないのだ」と。それは、「私は、見せるつもりはない。君たちは、私のポケットの中のものを見る権限はないはずだ」ということです。それに対する彼らの答えは、「怪しいものをもっていないんならば、素直に見せなさい。見せられないというのは、何か怪しいものでももっているのか?」ということを何十回も繰り返し、ポケットの上から中のもの確かめようとして何度も何度も強く触ったのです。4人のグルリとした囲みは、20分も続いたのです。これが「答弁の強要」でなくて一体何だというのでしょうか。
★身体検査は許されない
第4項に、「警察官は、刑事訴訟に関する法律により逮捕されている者については、その身体について凶器を所持しているかどうか調べることができる」と明記されています。このような条件にかなわなければ、職務質問において、どのようなものを所持しているか調べるために、身体検査的なことをすることはできないのです。私は、職務質問で身体検査など許される筈はないと思っていましたので、「何で私の体に触るんだ」と抗議しました。すると、彼らは鬼の首でも取ったように、「体を触ることは許されているんだ」というのです。私は、現場の警察官に一体誰がこのように教えているのか、興味があります。いずれ調べてみたいと思っています。
以上が職務質問についての逐条的な解釈です。この職務質問については、制定当時から強い反対がありました。私はまだ小さかったので詳しく知りませんが、昭和20年代に数次にわたる警職法闘争といわれる出来事があったと、歴史で学びました。戦前の「オイコラ警察」に対する恐怖からだったのでしょう。そのせいでしょうか、警職法第1条第2項は、次のような規定をわざわざおいています。
「この法律に規定する手段は、前項の目的のために必要な最小の限度において用いるものであって、いやしくもその濫用にわたるようなことがあってはならない」
警職法が定めた最大の手段こそ、職務質問なのです。したがって、「必要な最小の限度において用いるものであって、いやしくもその濫用にわたるようなことがあってはならない」のです。少なくとも私に対して行なわれた職務質問は、濫用以外の何ものでもありません。
★偶然は2度続けて起きない
さいとうたかをの『ゴルゴ13』は、私が学生時代から好きな劇画です。もう30年以上も続いている連載漫画です。その中の名作のひとつに、「偶然は、2度続けて起きない」といって、正体不明なターゲットを暴き出す作品があります。私が体験した職務質問を単なる偶然とみるか、考えてみました。そして、たまたま私が粗暴かつ無礼(私にいわせれば違法)な職務質問に引っ掛かったのではなく、このような職務質問が一般的かつ日常的に行なわれていることの証拠だという結論に至りました。
私は、このことによって、何の被害もありませんでした。むしろ途中からしたたかな観察者としての目をもちながら、彼らと対峙し行動しました。これは、私が弁護士であったために、職務質問というものの限界をおおむね知っていたからです。しかし、一般の人々が同じような知識をもち、冷静に行動できるかどうか問うた時、そのような人がいたとしても、非常に少ないのではないかと考えざるを得ませんでした。Due Process Of Law の精神は、まだまだわが国ではそんなによく理解されていません。
わが国では、テロへの恐怖は、まだそれほど切迫感がありません。しかし、犯罪の多発化や凶悪化には、多くの人が恐怖を感じています。かつてのような日本の治安に対する神話は、もはやありません。当然のこととして、警察には、その責任が問われています。日本の治安を守るためまた犯罪を検挙するために、警察官がその職務を遂行する上で多少の強権をふるうのは仕方ないのではないかという風潮が強くなっていることは、容易に想像できます。
そういう中で、今回のような職務質問がなされたのでしょう。しかし、このようなことが許されるようになれば、日本という国はあっという間に警察国家となることは明らかです。警察国家になった時、その国の国民がどういうことになるか、これもまた明らかです。残念ながら、日本の警察にも、日本という国家に対して、私はそれほど楽観的になれないのです。そのような考え方は、決して危険思想でもなんでもありません。そもそも、自由主義というのは、権力への不信から出発した思想なのです。
★強い警察の条件
私は、国家公安委員長の時に、「国民に信頼される警察になれ」と口酸っぱく訓示しました。強い警察というのは、国民に信頼されてこそはじめて作られるものだという私の信念からです。それは、長いこと政治をやってきた私の経験に基づくものです。選挙をいつも戦っている政治家は、有権者の信頼があってこそ選挙もできるし、政治も行なうことができると、私はいつも思ってきました。威光や権限で選挙をやろうなどと思ったら、とんでもないことになります。
自民党というと政権党であるために、いろんな権限や人脈や利権があり、それ故に強いと思っている人が多いのですが、実はまったく違うのです。自民党の中にもそう思っている人が多いですが、それは間違っています。政党にとっていちばん大事なのは、選挙です。その選挙にそんな考えで臨んだら、まず負けます。自民党がいちばん選挙に強いのは、自民党に対する国民の信頼が強くある時です。それがないのに、政権党ということを嵩にきて、組織を締め付けたり、脅しをかけたりしても、選挙に勝つことはできません。私は党の総務局長をしながら、このことを嫌というほど味わいました。
警察だって同じです。警察が権限をもっていることは、当然です。それでは、権限があれば犯罪の捜査ができ、検挙率を上げることができるかといえば、そうはいきません。国民に信頼されない警察には、情報も集まらなければ協力も得られないからです。国民の情報提供や協力がなければ、犯罪の捜査といえどもその実をあげることはできないのです。それは、他の警察活動でも同じです。しかし、権限の塊ともいうべき警察組織の中で育った警察官は、意外にこうしたことを知らないのです。国民に恐れられる警察が強い警察だ、と勘違いしている人も結構いるのです。だから、私は「国民に信頼される警察になれ」ということを強調したのです。
あなたは、あなたに対して私が受けたような、粗暴かつ無礼な職務質問を平気でする警察官に好感を持てるでしょうか。好感をもてない警察に、国民は果たして協力するでしょうか。日本の警察は、彼らが考えるほど国民に好感をもたれていませんし、信頼もされていないのです。しかし、彼らはこのことに気がついていません。不幸なことに、そんなものは必要ないとすら思っている警察官が多いのです。強い警察を作るための根本が分っていないのです。残念なことです。このことを指摘し監理するのが国家公安委員会の仕事なのですが、この公安委員会がまたこのことを分っていないのです。悲しい現実です。 (了)
イェーリング Rudolf Von Jhering 1818-1892 歴史法学の立場からローマ法を研究、さらに法を社会における目的や利益の観点から分析・研究する必要性を説いたドイツの法学者。主著“ローマ法の精神"“権利のための闘争"“法における目的"等。法は究極的に個人の権利を保障するものであり、権利とは利益であると考えて、その基本的な部分の考え方を「権利のための闘争」という言葉によって表わした。「法の目的は平和であり、それに達する手段は闘争である」 (ダス・ツィール・デス・レヒト・イスト・デア・フリーデ,ダス・ミッテル・ ダーツー・デア・カンプ)
□石原親子 料亭2000万円疑惑 [ゲンダイ]
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2928705/detail
石原親子 料亭2000万円疑惑
石原都知事(74)と三男・宏高(42)父子の裏献金2000万円疑惑が不可解な展開になってきた。騒動が過熱する中、疑惑の核心を握るキーパーソンたちが次々と姿を消しているのだ。
東京・銀座の料亭で問題の宴席がもうけられたのは昨年9月14日。石原父子と水谷建設元会長の水谷功被告(61)、元衆院議員の糸山英太郎氏(64)らが集まり、糸山氏から石原知事に焼酎「森伊蔵」の箱に詰められた2000万円が渡ったとされている。水谷被告をはじめ、複数の関係者が詳細を語っているが、「ボクも札束を森伊蔵の箱に詰めました」と関係者に証言していた人物が“行方不明”になっている。
「この証言者は糸山氏の経理担当秘書だったAさんです。彼は問題の宴席の直前、2000万円を森伊蔵の箱に詰めた。水谷被告と知人の女性社長から受け取った500万円と、宴席に同席した石材業者からの500万円の計1000万円を糸山氏の秘書室長から渡され、これに糸山氏が用意した1000万円を加えて、封をし直して詰めたことなどを証言していた。ところが、A氏との連絡がまったく取れなくなってしまった。引っ越したのか、彼の幼い子供2人も、通っていた幼稚園を退園しているのです」(事情通)
A氏は現在、糸山氏が経営する新日本観光グループの関連会社に勤務していることになっているが、会社に問い合わせても「本日は出社していない」と言うだけ。携帯電話に連絡しても応答なし。渦中の糸山氏も「海外出張中で、しばらく日本を離れている」(糸山政経塾事務局)という。
2週間前には宏高氏の秘書の“謎の辞職”が話題になったばかり。秘書が水谷被告から50万円の裏献金を受け取っていたことが報じられた直後だった。
次々と消えるキーパーソンたち。事件の裏側では政界フィクサーの暗躍も見え隠れするだけに不気味だ。
【2006年12月27日掲載】
2006年12月30日10時00分
東京都:1億円不適正補助 石原知事四男登用の事業に
東京都の若手芸術家育成事業「トーキョーワンダーサイト」を巡り、都が実質的な内部機関の任意団体「トーキョーワンダーサイトコミッティ」を都庁内に組織し、04年度まで総額約1億円の補助金を支出していたことが分かった。補助金の交付でも不適正な手続きが行われていた。コミッティは都幹部が委員長を務めるなど都と一体的な関係。石原慎太郎知事の発案の事業で、スタート当初の不明朗な運営実態が浮かび上がった。
都によると、事業は01年度途中から始まり、02年度から都生活文化局が所管。コミッティは同局内に置かれ、事業の企画、イベントや展覧会の運営を行った。委員5人は同局長が委嘱し、委員長は都文化振興部長、副委員長は今村有策・都参与が務めた。
コミッティに対し都は、02年度998万円▽03年度3493万円▽04年度6079万円の補助金を交付していた。関係者によると、コミッティは、委員会で事業計画や決算を審議しないまま、委員長決定で都に補助金の申請をしていた。都側も実態を知りながら、補助金を交付していた。
また、都は補助の条件として、事業内容や経費配分が変更された場合は都の承認を得るよう定めていたが、その手続きを経ないまま02年度の事業計画と実績報告では、事業の内容が変更されていた。03年度の事業計画は事業別予算額の記載がなかったが、都は受理していた。これらについて都監査委員が04年12月の監査で是正を求めていた。05年度以降は適正な手続きをしているという。
都生活文化局は任意団体で事業運営し補助金を支出したことを「民間の寄付もあったほか、作品の販売も行っており、都直轄の形ではやりにくかった」と説明。不適正手続きは「計画通り進まない事業もある。都庁内に組織が置かれたため、ルーズになったことは否定できない」と話す。
ワンダーサイト事業の運営は、05年度から都と外郭団体の東京都歴史文化財団が共同で行い、今年度からは同財団が事業主体となった。同事業を巡っては石原知事の四男の登用が批判を集めている。【北村和巳、夫彰子】
毎日新聞 2006年12月29日 3時00分
(回答先: 佐田氏は閣僚辞任・・・but 小泉前首相&安倍内閣の伊吹・松岡大臣にも不明瞭な政治資金報告の疑いが。(日本がアブナイ!) 投稿者 gataro 日時 2006 年 12 月 28 日 19:25:34)
辻元氏の時には徹底的に批判していたマスコミの甘いこと、極甘ですね。
今回は偽装報告というのがぴったりと思う。
2006/12/26(Tue)
平和に貢献する日本外交ではなかったのか(天木)
平和に貢献する日本外交ではなかったのか
天木直人
日本外交の目指すところは一体何だったのか。それを根本的に疑わせる記事を最近の新聞に見つけた。
一つは12月18日付毎日新聞夕刊の、「クラスター爆弾禁止」に関する国際会議への日本不参加である。主催国のノルウェー政府がクラスター爆弾禁止に積極的な国や被害国「有志」を集めて35カ国と市民団体に招待状を送ったらしい。しかしその招待国の中に、クラスター爆弾禁止に消極的な日本や、クラスター爆弾を生産・使用している米・中・露、イスラエルは含まれていないという。
招待されるまでもなく日本こそ率先してこのような会議を呼びかけるべきではないのか。百歩ゆずって自ら主催国にならないまでも、ノルウェーが呼びかけたこの会議へ参加を、「招待されていない」からといって参加しないのであれば「平和に貢献する日本」は嘘だという事になる。
有志国や非政府組織の主導で条約づくりが進められた例として96年にカナダと市民団体がイニシアチブを取った対人地雷全面禁止条約(オタワ条約)がある。日本はこの時も最初は消極的だった。地雷を製造している国内業者(天下り先)の利益を損ねるとする防衛庁の反対があったからだ。これを知った小渕首相(当時)の一声で方向転換し、あわてて条約に署名した経緯がある。これが小渕首相の手柄であると語り継がれている。官僚は態度を豹変し、恥知らずにも今度はこれを「平和に貢献する日本」の宣伝に使ったのだ。
それならば問う。クラスター爆弾は地雷以上に非人道的な武器だ。米国・イスラエルがイラクやレバノンで使ったクラスター爆弾を、日本はなぜ禁止すべきだと世界に働きかけないのか。
もう一つの記事は米国とインドの原子力協力法が成立したという12月19日の日経新聞の記事だ。それによるとブッシュ大統領は、核拡散防止条約に未加盟のインド、従って国際原子力機関の査察下にないインドに対し、米国企業による原子力関連物資の輸出を可能にする法案(米インド平和原子力協力法案)に署名するという。
問題はこれに対する日本政府の対応である。米国がインドに輸出を始める為には日本も参加している原子力供給グループのルール改正が必要である。被爆国の日本はルール改正に反対であるべきだ。それはそうだろう。核不拡散こそ日本が一貫して言い続けてきた国是なのだから。
しかし日本は米国の手前反対とは言えない。従っていまだに態度を留保している。しかしブッシュ大統領が協力法案に署名してしまえば、早晩態度を明らかにしなければならない。そして日本がルール改正に反対して米国企業の対インド核物資の輸出を妨げることなどできる訳はない。またしても日本の非核政策が後退するのだ。
三番目の記事は12月19日付の朝日新聞一面にある特集「日本と国連」に書かれているPKO(国連平和維持活動)に関する日本の対応だ。
防衛省の格上げを決めた一連の自衛隊法改正において、自衛隊の海外派遣が補助的業務から本来業務に変更された。これは本来であれば国連の平和維持活動にこれからはもっと積極的に貢献するという宣言である。ところが日本政府の念頭にあるのはPKO活動の強化ではなく米国の戦争への協力なのである。
朝日新聞の記事は、シリア、スーダン、カンボジア、東テイモール、レバノンなどのPKO活動に対するわが国の貢献が皆無ないしは先細りとなっている事をいみじくも指摘している。そしてその理由が、イラクへの自衛隊派遣やインド洋での給油など米国の「対テロ戦争」への協力が優先された為だと喝破している。中国が犠牲者を出しながらも中東やアフリカへ軍人や警官を送ってPKOの主要な要員提供国となりつつある事とあまりにも対照的なのだ。
この三つの新聞記事が意味するところは何か。それは日本の平和外交は米国追従外交の為に最後は捨てさられてしまうという否定できない現実である。屈辱的な対米従属外交は日本の外務官僚のやる気をその根底のところで崩壊させてきた。張り切って対米従属を繰り返しているのは出世した、あるいは出世を目の前にしている、一部の幹部だけである。彼らは「対米従属」という卑屈な外交を「日米同盟重視」という言葉で欺いているのである。その他大勢の外務官僚たちは、そんな外交に疑問を持ちつつ黙って従うだけである。そんな外務省に国民を守る力強い外交が出来るはずはない。
http://www.tembosha.com/kd_diary/kd_diary.cgi?20061226
タイトル(バックナンバー)一覧:
http://www.tembosha.com/kd_diary/kd_diary.cgi?kind=title&size=50
<発信者情報>同意なしで開示へ ネット被害で業界が新指針
12月26日3時3分配信 毎日新聞
インターネット上のプライバシー侵害や名誉棄損について総務省と業界団体は、情報を書き込んだ発信者の同意がなくても被害者に発信者の氏名や住所などを開示する方針を固めた。これまでは発信者が開示を拒否すれば、誰が悪質な情報を流したか被害者側には分からず、泣き寝入りするケースが多かった。業界団体は新たなガイドライン(指針)を年明けに作り、来春から導入する。【ネット社会取材班】
02年に施行されたプロバイダー責任制限法はプライバシー侵害など正当な理由があれば、被害者がプロバイダー(接続業者)に対し、書き込みをした発信者の情報開示を求める権利を初めて認めた。しかし、実際の運用では「どのような内容が侵害に当たるか明確な基準がなく、業者側で判断できない」(社団法人テレコムサービス協会)との理由で、発信者の同意が得られなければ事実上、開示できなかった。
このため、業界は総務省とも協力し、同法に基づく自主的な発信者情報開示のためのガイドラインを策定することを決めた。原案によると、他人の氏名や住所、電話番号など個人を特定する情報を掲示板などに勝手に書き込む行為を幅広く「プライバシー侵害」と認定。個人を名指しして病歴や前科を公開することも含まれる。
こうした場合にプロバイダーが被害者からの要請を受け、発信者の同意がなくても、その氏名や住所、電話番号、電子メールアドレスなどを開示できるようにする。
一方、名誉棄損については、プロバイダーによる任意の発信者情報開示をあまり広く認めると「政治家や企業経営者らの不正や問題点の内部告発までネット上からしめ出す懸念もある」(業界団体幹部)と判断。これまでの名誉棄損裁判の判例も踏まえ、公共性や公益性、真実性などが認められない個人への誹謗(ひぼう)や中傷に限って自主的な開示の対象とする。
被害者は裁判で発信者情報の開示を求めることが多かったが、悪質な書き込みをした発信者を早急に特定し、損害賠償請求できる可能性も高くなるとみられる。
業界と総務省は一般からの意見も募集したうえで、早ければ来年2月にも導入する方針。
最終更新:12月26日3時5分
キリストは将来に来るであろう「最後の審判」と「自ら(の論理)の再臨」を、自分を受け入れる事を全く不十分に行う他なかった民衆に対して知らしめ、且つ、その時までの希望をつながせる為に、ユダを誘って磔刑と復活の歴史的演劇を創り上げたものと考えられる。
その様にして自らの布教を閉じなければ納まらない状況に追い込まれていたものと考えられる。
しかし、実際にはキリストとユダは命を無駄に落としたと言う事はあるまいと私は考えている。
そしてキリストの信じて疑わなかった「最後の審判」と「自ら(の論理)の再臨」、それはまたムハンマドが信じたものでもあった。
「だがお前は真の私を包むこの肉体を犠牲とし、すべての弟子達を超える存在になるだろう。」
この記述で有名な『ユダの福音書』(グノーシス派の文献、日経ナショナルジオグラフィック社刊)にも「アイオーン」についての記述がある。
例の一つを挙げると次のようなものがある。
「自ら生まれた者は言った。『照り輝くアイオーンを生じ[させ]よ』するとアイオーンが生じた。」
「アイオーン」について、『ナグ・ハマディー文書』(株)岩波書店の用語解説では次のように説明されている。
ギリシャ語で(ある長さの)「時」、「時代」の意。グノーシス神話では至高の神的「対」から流出し、「プレーローマ」の中に充満する、擬人化された神的存在。(後略)。
また、この岩波版『ナグ・ハマディー文書』では、文書の一つである「ヨハネのアポクリュフォン」の中で彫像の「アイオーン」像を載せている。
それは、「蛇を身にまとって獅子の頭を持つ人物像」なのである。
これの意味するところは、蛇は大地の神を表し、獅子頭の人物は天の神を表わしているのである。
従って「天地和合」に意味をも表わしている。即ち完成された現実世界をも表わしているのである。
では、「アイオーン」の語源は何処から来ているのであろうか?
日本における「アイウエオ…51音」には意味があり、それは宇宙の構成要素を表わしたものとされているのである。それはに備わる属性と考えられているのである。
つまり、「アイウエオ」から始まって「ヲ」までの50音そしてその総称である「ン」の夫々が宇宙の構成要素を表わしたものとされているのだ。
「アイオーン」と「アイウエオ…51音」に類似性を私は見出すのである。
またこれは『カバラ』における「アインソフ」にも類似している。
こちらについては稿を改めて提出する積もりではあるが少しだけ触れておくと、
「アインソフ」を「アイン+祖父」と分解すれば、
「アイウエオ…51音+神的存在」と理解する事は可能である。
ちなみに、興味深い事に岩波版の「ナグ・ハマディー文書」の同じく「ヨハネのアポクリュフォン」では、
とぐろを巻いた蛇を中心にして、回りを16人の男女で囲んだ彫刻も載せている。
止む無く触れざるを得ない事を御赦し頂きたい事ではあるが、これが菊花紋章に大変に似たものとして興味深い。
菊花紋章では中心に真円を置いているが、真円には勿論のことであるが意味がある。
又16の花弁には人を表わしている意味もあるので、岩波版「ナグ・ハマディー文書」に載せられた16人の像はその意味では間違いとは言えない。
真円の代わりに蛇を置いている事は、じつは意味している事柄があり、
それは、
「アダム・イブが蛇に誘惑された事」の本当の意味を表わしていると考えられる事なのだ。
あまり横道に逸れてはいけないので、元に戻るが、
グノーシス派における「アイオーン」はカバラにおける「アインソフ」とも我が国の「アイウエオ…51音」とも通じていると私は見るのである。
2 81 +−(『90』)
(回答先: 親しく連携の根拠 投稿者 オリハル 日時 2006 年 12 月 27 日 14:30:17)
ここで述べました個人的な出来事は200606上旬頃のもので、まだラディカルな性格が強かった時の出来事です。その後、200607下旬頃に大きな変化があり(http://oriharu.net/jstopwar.htm#kirai)、私の性格も変化しました。ただ、「事実は事実」というスタンスは同じままでおります。
(回答先: 東京地検・特捜部長1月異動の「なぜ?」 [ゲンダイ] 投稿者 white 日時 2006 年 12 月 24 日 11:25:17)
大鶴基成東京地検特捜部長は、都政私物化スキャンダルで最近ニュースの石原慎太郎氏と個人的に親しく連携していました。しかし、石原氏が危うくなって来て、大鶴氏も「従来の乱暴なやり方」を続けられなくなったということでしょうね。つまり、「乱暴派」は撤退させられたということでしょう。
□東京地検・特捜部長1月異動の「なぜ?」 [ゲンダイ]
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2902154/detail
東京地検・特捜部長1月異動の「なぜ?」
泣く子も黙る東京地検特捜部長の「異動」が一部で報じられ、関係者の間で話題になっている。大鶴基成特捜部長が来年1月16日付で、函館地検検事正になるというのだ。
大鶴氏といえば、昨年4月の就任会見で「額に汗して働く人が憤慨するような事案を摘発していきたい」とぶち上げ、実際にライブドア事件、村上ファンド事件を手がけた“有名人”だ。前福島県知事の汚職事件などの捜査も指揮した。
法務省は「何も報告がないし、コメントしようがありません」(広報担当者)というし、ネット上では「左遷説」も飛び交っている。ライブドア事件の陣頭指揮に当たった特捜副部長が突然捜査から外され、辞めた件をめぐり内部で確執があったというのだが、ある関係者はこう言う。
「大鶴氏の異動は来年2月か3月あたりと聞いていたので、1月というのは早すぎます。周囲でも『おかしいな?』と話題になった。とはいえ、地検トップの検事正になるのは同期の中で初めて。函館地検が小さいわけでもないし、いわゆる左遷ではありません。ただ、福島県知事の汚職事件では、強引な捜査手法に内外から『乱暴だ』と批判の声が上がっていたのも確かです」
別の関係者もこう口をそろえる。
「福島の件を含め、政界からあれこれ圧力があったというウワサもある。ゴタゴタになる前に、たまたま空いていたポストに“避難”させたということでしょう」
三十六計逃げるに何とやら、か。
【2006年12月21日掲載】
2006年12月24日10時00分
フォローアップ:
□郵政民営化に米国がクレームを付けている!! [ゲンダイ]
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2898377/detail
郵政民営化に米国がクレームを付けている!!
郵政民営化後に誕生する「ゆうちょ銀行」「かんぽ生保」に、米国商工会議所が、もう“懸念”を示している。米国の言いなりで郵政民営化を強行したのに、ハシゴを外された格好だ。
民営化作業を監視する郵政民営化委員会は、2011年度までに予定している株式上場の前から、新規業務の参入を認める方針を決めた。こんなことがまかり通れば、民間の銀行や生保が客を奪われ、経営はアップアップという事態を招く。
方針通りにゴーサインが出れば、ゆうちょ銀は住宅ローンや中小企業向け融資、かんぽ生保は医療保険に参入するとみられている。この2つの民営化会社が、町の銀行や生保と同じというなら何の問題もないが、どちらも政府が株式を100%保有して支配する会社だ。事実上の政府保証は残ったままだから、顧客獲得などで民間金融機関よりも有利になるのは間違いない。
こうした流れに米国が噛み付いているのだ。在日米国商工会議所がまとめた最新のビジネス白書は、国営企業の民営化について〈特別便宜や優先権、支援、保護は一切廃止した上で初めて、民営化後の企業はこうした便宜を享受しない民間企業との自由な競争を許されるべきである〉と書かれている。ゆうちょ銀などを意識した提言なのは間違いない。白書にはこんなくだりも出てくる。
〈規模の大きな国営企業が完全民営化に向けた移行期間中に競争上有利な立場に立つ可能性があるため、国営企業が新規事業を展開したり、自己の有利な立場を利用できるようになる前に、規制内容を平等にする必要がある〉
民営化委のやり方は容認できないというのだ。
それでなくても最近は、各都道府県の消費者センターに郵便局関連の苦情・相談が殺到しているという。一体、何のための郵政民営化だったのか。改めて、問いたくなる。
【2006年12月20日掲載】
2006年12月23日10時00分
中東の一神教の神は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の夫々が表現しているものは総て同じものである。それにもかかわらず政治的大混乱を招いている事は真の悲劇である。
ここで私は、イスラームとクルアーンの宣伝や紹介をするつもりは無い。
私はもともとイスラームの「アラー」なる表現の由来に関心を持ってきていた。
今まで表現の由来についてはっきりとしたものに接してはいない。
恐らく多くの由来が語られているのではあろうけれども。
しかし、私が「アラーの神」について語られることを聞く時に、
日本語の中で関係付ける事が出来る言葉を見出すのである。
それは、「あり」または「ある」なのである。
「ある」は客観的表現であるのに対し、
「あり」は主体を想定した主体的表現であると言えよう。
元々が神の始まりであるところの「始源」は、「ない」と言えないものであり、
「ある」なのであり他に言い様は無く、始まりの何者かが「ある」から総てが始まる訳である。それは意思を持ったものであるから主体として「あり」と表現できる訳である。
日本語では歴史的に長い間、様々な漢字を充ててきている。
「ある」には次のような様々な漢字を充てて、その都度の用法に適切な物を選んでいる訳である。
例としては次のようなものだ。
存る 在る 有る 或る
これらは総て「ある」の様々な形態を表しているだけのことである。
クルアーンを読んでみれば判る事であるが、そこでは「確かに神が存在し、人は、背くべきではない事、さらに最後の審判が必ず来るからそれに対しての心構えを持つべき事」が
情熱的に語られている。そして神の存在について大変に激しく語られているのだ。これは当時の歴史的背景としての思想的混乱を想像させるに十分なものである。ムハンマドはクルアーンでキリスト教徒の分裂・仲間割れを激しく批判している。これは今では表面的には存在しなくなったグノーシス派の活発な活動やローマにおいて誕生した正統派の活動などキリスト教を巡っての混乱をも念頭に置いていたと思われる。勿論のことユダヤ教の有様とユダヤ国家の消滅も念頭に置いている。
その上で、「神の存在」を強調した表現として「アラー」があったと考えるのである。
そして、そこには日本語の「あり」又は「ある」が「なし」・「ない」ではないものとして、「必ず『ある』もの」として何故か適切に重なると私には見えるのである。
いか、「アラー」についてイスラームの解説を紹介しておく。
http://isuramu.netfirms.com/questions/Q0.htm
イスラーム Q&A
イスラームの神様 『アッラー』 がどういう存在ですか?
アラビア語でイスラームの唯一神を示す言葉は「アッラー」という。イスラーム世界では、アッラーがもつ様々な性質を示す計99の名称が、「アッラーの美名(アル=アスマー・アル=フスナー)」という名前で呼ばれている。イスラーム諸学の一つに神学があるが、この一つのジャンルとして「アッラーとは何か」を論じる「タウヒード」学がある。イスラーム神学では、神の本質と属性との関係についての議論が長い間なされてきたが、とりあえずここでは「アッラーの美名というのは、イスラームにおける神が有する様々な属性を示す名称のリスト」と理解すること が必要。アッラーの美名とその数については異論があり、99にとどまらないとする意見もあるらしい。しかし、一般には99が普通である。
和訳
アッラーの名称
属性の意味
アッ・ラフマーン
アッ・ラヒーム
アル・マリク
アル・クッドゥース
アッ・サラーム
アル・ムウミン
アル・ムハイミン
アル・アズィーズ
アル・ジャッバール
アル・ムタカッビル
アル・ハーリク
アル・バーリゥ
アル・ムサッウィル
アル・ガッファール
アル・カッハール
アル・ワッハーブ
アッ・ラッザーク
アル・ファッターフ
アル・アリーム
アル・カービド
アル・バースィト
アル・ハーフィド
アッ・ラーフィウ
アル・ムイッズ
アル・ムズィッル
アッ・サミーウ
アル・バスィール
アル・ハカム
アル・アドル
アッ・ラティーフ
アル・ハビール
アル・ハリーム
アル・アズィーム
アル・ガフール
アッ・シャクール
アル・アリー
アル・カビール
アル・ハフィーズ
アル・ムキート
アル・ハスィーブ
アル・ジャリール
アル・カリーム
アッ・ラキーブ
アル・ムジーブ
アル・ワースィウ
アル・ハキーム
アル・ワドゥード
アル・マジード
アル・バーイス
アッ・シャヒード
アル・ハック
アル・ワキール
アル・カウィー
アル・マティーン
アル・ワリー
アル・ハミード
アル・ムフスィー
アル・ムブディウ
アル・ムイード
アル・ムフイー
アル・ムミート
アル・ハイユ
アル・カイユーム
アル・ワージド
アル・マージド
アル・ワーヒド
アル・アハド
アッ・サマド
アル・カーディル
アル・ムクタディル
アル・ムカッディム
アル・ムアッヒル
アル・アウワル
アル・アーヒル
アッ・ザーヒル
アル・バーティン
アル・ワーリー
アル・ムタアーリ(ー)
アル・バッル
アッ・タッワーブ
アル・ムンタキム
アル・アフーウ
アッ・ラウーフ
マーリク・ル・ムルキ
ズ・ル・ジャラーリ・ワ・ ル・イクラーミ
アル・ムクスィト
アル・ジャーミウ
アル・ガニー
アル・ムグニー
アル・マーニウ
アッ・ダーッル
アン・ナーフィウ
アン・ヌール
アル・ハーディー
アル・バディーウ
アル・バーキー
アル・ワーリス
アッ・ラシード
アッ・サブール
慈悲深き
慈愛あまねき
王、王者
聖なる、神聖な
平安、平和
信仰を守る、信仰を与える
保護する、守護する
強力な、威力並びなき
制圧する、強制する
偉大な、至大なる、尊い
創造者
創物主、無の状態から創造する者
造形する、形を与える
赦す
征服する、征服者
恩寵を与える、授ける、才能を授ける
糧を与える、恩恵を与える、恵みを与える
開示する、裁決する
全知の、全てを知る
掌握する、摑む
拡げる、拡張する、発展させる
下げる、低める
上げる、高める
強くする、強化する、栄誉を与える
低減させる、卑しめる
全てを聴く、全聴の
全てを見る、全視の
裁定する、正しく裁くもの
正義、公正
優しい、心優しき
全てを知る、知悉の、通暁する、知らせる
優しい、よく耐える、寛大な
偉大な、無限大の、絶大なる
罪を赦す、多く赦す
感謝する、よく感謝する
高き、至高の
大きな、至大なる、偉大なる
保持する、護る
糧を与える
正しく計算する、決算する
栄光ある、栄光の主たる、威力ある
寛大なる
監視する
応える、応答する
広い、広大無限な、包括する
賢い、叡智ある
愛情ある、愛を与える
荘厳なる、栄誉ある
復活させる、復活をつかさどる
目撃者、証人
真理
代理人、代理者
強い、強力な、力強い
強固な
援護する、助力する、助ける、後見人
称賛される
計量する、通暁する
創始する、開始させる、始める
再生させる、死者に生を戻す
生を与える、生きるものにする
死を与える、死なせる
生きる、永遠で無限の生命を持つ
自存する、他のものを必要としない、自足する
見出す、見つけ出す、発見する
栄光ある、高貴なる
唯一なる
唯一なる、唯一無二の
永遠に自存する、永遠なる
能力ある、万能の、全能の
全てを行う力をもつ、権能をもつ、権威ある、威力ある
優先させる、順序を先にする、前にする、前進させる
遅延する、(罪への罰を)遅らせる、延期する
最初の、第一の
最終の、最後の
明らかな、あらわれる
隠れている、内に隠れている
統治する
高い、至高の、他のものから超越した
善である、正しき、恵み厚き
人々の悔悟を受け入れる、赦す
復讐する、アッラーを認めないものにその報いを与える
赦す、罪を赦す
慈愛ある、慈愛厚い、慈悲厚き
大権を所有する者、王権をもつ
栄光と恩寵の主、栄誉と博愛の主
公正なる、公平なる
統合する、集める、召集する
豊かな、富める
豊かさを与える、富を与える、富ませる
禁じる、禁止者
害を与える、損害を与える
益を与える、利益をもたらす
光
導く
創る、創造する、創始する
残る、存続する、永続する
相続する、相続者たる、真の相続者
導く、正しい導き手
忍耐ある、よく耐える
http://www2.dokidoki.ne.jp/racket/koran_frame.html
聖クルアーンの注釈について
一、イスラームは、時空を超越した真理、創造の主、偉力の方・自存永生の方・仁慈な方・全知全能の唯一の神を、アッラーと呼んで崇拝する。人間は、かれに感謝して仕え、直き道の上に四六時中かれと一緒に暮らし、よろずの事をかれによって言いかれによって行い、その守護のもとにあって導きのまにまに、あやまちや罪を犯すことなく、恐れも憂いもなく、各自の大切な人生を最も有効営み、至上の幸福を成就するのである。およそイスラームでは、王侯も庶民も労資も貧富も男も女も、神のみ前においては何の差別もなく、成道した先達も入教したばかりの真の信者も同列で、みんなが和尚おしょうであると同時に小僧である。各人は人間の尊厳を自覚し、物質面神面来世や現世その他何事にも偏することなく、修道のための特別の苦業もなく、中正の道をたどり、それぞれの分野においてアッラーの道のため己れの業のために、刻々を真剣に積極的に営むのである。ムハンマドかれの上に平安あれは、わずか二十三年間のイスラームの布教により、全く文盲で未開な欠陥に満ちた砂漠の民を教化した。それでかれらは世界のどこに行っても、立派な人物として、また平安な道への教導者として敬慕された。かれらはイスラームを宣揚し、やがて輝かしいサラセン文化をうち建て、現代科学技術発展の基礎を築くに至った。これらは、史上の例のない奇跡ともいうべきである。実にイスラームは、この語が意味するように、平和な教え、神の意志に服従帰依きえし、己れ自身を完全に発揚するよう導く、自然な教えである。
http://quran.magicabbage.com/quran_s/?size=10&sura=3
「クルアーン イムラーン家章」より
3_6.かれこそは、御心のままにあなたがたを胎内に形造られる方である。かれの外に神はなく、偉力ならびなき英明な方であられる。
--------------------------------------------------------------------------------
3_7.かれこそは、この啓典をあなたに下される方で、その中の(ある)節は明解で、それらは啓典の根幹であり、他(の節)はあいまいである。そこで心の邪な者は、あいまいな部分にとらわれ、(その隠された意味の)欠陥を求めて、それに勝手な解釈を加えようとする。だがアッラーの外には、その(真の意味)を知るものはない。それで知識の基礎が堅固な者は言う。「わたしたちはこれ(クルアーン)を信じる。これは凡て主から(賜わったもの)である。」だが思慮ある者の外は、反省しない。
--------------------------------------------------------------------------------
3_8.(かれらは祈って言う。)「主よ、わたしたちを導かれた後、わたしたちの心をそらさないで下さい。あなたの御許から、わたしたちに御慈悲を与えて下さい。本当にあなたこそ、限りなく与えられる御方であられます。」
--------------------------------------------------------------------------------
3_9.「主よ、本当にあなたは疑いの余地のない(最後の審判の)日に、人びとを集められる方であられます。アッラーは約束をたがえられることはありません。」
--------------------------------------------------------------------------------
3_10.本当に(その日)、不信者たちの財産も、その子女も、アッラーには何の役にも立たないであろう。かれらは業火の薪となろう、
--------------------------------------------------------------------------------
2 81 +−(『90』
http://www.tokyo-np.co.jp/flash/2006122101000512.html から転載。
「凍結が実現」と知事明言 滋賀、新幹線新駅建設
滋賀県の嘉田由紀子知事は21日、記者会見し、同県栗東市の新幹線新駅建設問題で、来年3月末までに地元で結論が出なかった場合は工事費などをJR東海と清算するとの合意について「これで凍結が実現する」との認識を示した。
嘉田知事は「3月末で工事が終わり、それ以上進まないという意味。あとは県の負担をできるだけ少なくしたい」と強調。その上で「来年度当初予算に新駅関連の予算を盛り込まない」と明言した。
凍結に伴うJRへの補償については「工事事務所の撤去費など小さな修復はあるが、JRは逸失利益を請求しないことも確認した」と述べた。
県新駅問題対策室によると県、栗東市、JRの協議で、工事の中止に当たり、新たな協定を結び直さなければ建設計画は白紙になることも確認したという。
工事費清算をめぐる合意は15日にまとまり、覚書を作成した。
(共同)
「まるでヒトラー」 迷走続く教育再生に有識者委員反発
2006年12月22日07時54分
安倍首相直属の教育再生会議(野依良治座長)が21日の総会で提示した第1次報告の原案には、教育委員会の見直しや不適格教員の排除などの具体策がほとんど盛り込まれなかった。原案の作成は「実現可能性」を重視する事務局が主導したものだが、「独自色」にこだわる有識者委員は「我々の意見が反映されていない」と猛反発。来年1月のとりまとめに向け、首相の指導力がここでも問われている。
「まるでヒトラーのようだ。事務局の案と私たちの言っていることが全然違う」
劇団四季の代表である浅利慶太氏は総会後、吐き捨てるように言い、首相官邸を後にした。原案作成が、官僚中心の事務局の「独裁」で決められたとの受け止めで、不満が収まらない。
浅利氏ら17人いる有識者委員の一部と事務局が参加し、素案や原案を練り上げる運営委員会では「あきれるくらいのスピードで教委を全面的に見直す」「文部科学省が用意する教員免許更新の法案にストップをかける」との意見が相次いでいた。
しかし、教委については、11月30日に示された素案にあった「教育委員に保護者代表を任命」「教育長は教職経験者に偏らせない」などの具体策は、原案では姿を消し、「今後の検討課題」に。「学校再生」をテーマとする分科会に出席した有識者委員の間では文科省の準備する免許更新制だけでは不十分との意見が大半だったのに、不適格教員排除の具体策は盛り込まれなかった。
当初の素案に盛り込まれた「ゆとり教育の見直し」の文言も消えた。歴代文相・文科相の決定を否定しかねないだけに事務局が配慮した。大半の委員が賛同した「教員の量の確保」も「予算の裏付けがない」と事務局が難色を示した。
第1次報告の素案や原案は、総会や分科会での各委員の発言をもとに事務局がたたき台をつくり、運営委員会で意見を言い、事務局が書き直す――を繰り返し、最終的には事務局がまとめた。
21日の総会は「百家争鳴」状態で、ワタミ社長の渡辺美樹氏は「我々が話し合ったことが(原案で)触れられていない。会議を報道陣に公開し、そこで総理が判断するなら納得できる」と首相に「直訴」。首相は「みなさまの意見をまとめるのは大変な作業だが、だんだん収束していくと思う」と、理解を求めざるを得なかった。
その首相は今月6日、再生会議座長代理の池田守男・資生堂相談役らとの会合で、「教育改革の意見は出尽くしている。実行できるかどうかだ」と強調したという。有識者委員には「もっと再生会議の独自色を」との思いが強いが、事務局はこうした首相の姿勢を盾に「立派な作文をしても、実現しなくては意味がない」とかたくなだった。
事務局は政策決定過程を熟知する官僚出身者が仕切る。教育改革には、与党の文教族議員や文科相の諮問機関の中央教育審議会、規制改革・民間開放推進会議などが絡むため、慎重になりがちだ。伊吹文科相も21日、「皆さんがおっしゃったことを国会に出すか、まず行政が判断する。その上で立法の判断がある」とクギを刺している。
一方、再生会議担当の山谷えり子首相補佐官は21日の原案について「おおむね方向性は了承された」と述べたが、担当室長に抜擢(ばってき)されたヤンキー先生の義家弘介氏は「ペーパーは提出されただけ。たたき台のたたき台」と食い違いも見せる。
首相が掲げる官邸主導が機能しているとは言えない状況だ。
http://www.asahi.com/politics/update/1222/002.html
□慎太郎親子への“ウラ献金”水谷建設元会長も認めた [ゲンダイ]
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2888783/detail
慎太郎親子への“ウラ献金”水谷建設元会長も認めた
石原都知事ファミリーへの「2000万円ウラ献金疑惑」で、新たな証言が出てきた。銀座の高級料亭「吉兆」の宴席に同席した水谷建設の水谷功元会長(61=脱税事件で公判中)が初めて口を開いたのだ。
水谷建設グループは、昨年秋の総選挙で、東京3区の石原宏高議員(42)の選挙に社員を総動員、決起集会では水谷元会長が50万円の祝儀を差し出したことになっている。そして宏高議員当選から3日後の9月14日、吉兆に写真のメンバーが集まり、1000万円ずつ入った焼酎「森伊蔵」の箱2つが都知事側に渡ったとされている。
この2000万円のうち500万円が水谷元会長の分で、会長と親しい女性が立て替えたという。
その知人は本紙の取材に、「1000万円は都知事と親しい糸山英太郎元衆院議員が負担、残りは石材会社社長と水谷さんが500万円ずつです。水谷さんの熨斗(のし)紙をつけたお金を糸山事務所に運んだ」と答えている。
石原親子は金銭授受をすべて否定、糸山元議員も「作り話」としているが、本当はどうなのか。同席した関係者が2000万円ウラ金を認めたのに加え、水谷元会長も18日発売の「週刊朝日」の取材で、「その話は聞いた」「(都知事は)感謝していた」などと答えている。50万円と500万円の“献金”を認識しているというのだ。
「当然、水谷元会長や関係者は、検察の事情聴取でも同じ話をしている。検察は“500万円では少なすぎる”と事件化には躊躇(ちゆうちよ)しているが、これだけ報道されると無視もできない。年明け1カ月くらいが、事件になるかどうかの分かれ目でしょう」(司法関係者)
石原親子は眠れない夜が続く。
【2006年12月18日掲載】
2006年12月21日10時00分
▲このページのTOPへ HOME > 政治・選挙・NHK29掲示板
フォローアップ:
AAA植草一秀氏を応援するブログAAAより転載します。
http://yuutama.exblog.jp/4871451/
> 第二回公判(傍聴した方から教えていただきました)
傍聴した方から教えていただきました。
教えていただいた内容は次の通りです。
私の考えはまた、夜にでも更新しようと思いますが、とりあえず、
いただいた内容をそのまま転載させていただきます。
(下記の文章に私の考えは一切入っておりません。)
皆様も一度お読みください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
12月20日東京地裁で10:00より植草一秀氏の公判が
ありました。今回は、目撃証人という人(検察側の証人で
名前は我々には明かしませんでした)の証言です。
何と、彼は車両内で植草氏を捕まえたのは私服だったと証言
しました。まさか警官だったとは言いませんでしたが、
暗にそれに近い表現で、本音がぽろりと出たのではないで
しょうか。車両前方に座っていたそうで、その人がすぐに駆け
つけて来て植草氏のネクタイをつかみ連行したのだそう。彼も
その人は一般人ではないと感じたのではないでしょうか。
本日の証言の前に、蒲田警察署で6〜7時間、検察でも4回も行った
そうで十分の特訓を受けたのでしょう。さすが検察の質問には途切れ
なく見事な受け答えをしていました。事件を目撃し、すぐに『W』と
いう友達にメールを送ったそうで、そのメールが証拠物件として提出
されていました。長いメールで、何回かスクロールがしてあって、
その写真が何枚か出されていたのですが、
最初の画面でバッテリーが空になっていたのに、
後の方ではバッテリーがフルになってたのはおかしいと裁判官が質問したら、
充電器を借りて充電しながらスクロールしたのだそうです。
スクロールというのは、そんなに電気を食うわけがないでしょう。
ねつ造は明らかでしょう。その男性とはどの位の割合でメールのやり取りをするのですか
という問いに答えられなくて1週間に一回とか半年に一回とかですかという質問には、
そうですと答えた。
半年間もメールを出さないかもしれないような相手に、
事件直後メールを出すとはおかしいでしょう。
送信メールが49/50
となっているのに、
返信メールは134/200となっているそうです。
これは何を意味するのでしょう。
彼は、目の前に植草氏がいた。
彼は女子高生に体を密着させ、前かがみだった。
しかし、手に傘やかばんを持っていることは確認できなかった。
前かがみで体を密着させていたが、頭は彼女からは離れていた
(そんな格好ができるのだろうか)。
そのときは、植草氏とは気がつかなかったが、友人がメールで、
あれは植草氏ではないかとメールで教えてくれたから、
そうかなと思い、ヤフーニュースで調べたら、載っていた。
そこには顔写真は載っていなかった。
更に植草さんを支援するサイトも読んだ。しかしそこでも植草氏の顔写真は載っていなかった(これも嘘ですね)。
自分の目の前にいた女子高生が、体を密着されて、前に逃げなかった
のかという質問に対し、前に動いたと思うと答えたのだが、では何歩
動いたのかという質問に、一歩も動いていないと訂正した。
被告人席に座っている植草氏を見て、その痴漢をしていた人に違いないか
という質問に対し、違いないと答えた。今のほうがやつれたとか、
やせたとかとの違いはないかとの追加質問に対しても全く違っていないと
答えた。しかし、逮捕前よりやせたのは一目瞭然なのに。
この証人の前方に女子高生が、電車の進行方向に向かって立っており、
その後ろに植草氏、さらにその後ろに母と子ども(小学校に入る前)が
いて、植草氏と証人の前にも女性が、電車の進行方向に向かって立っていた。
女子高生が「子どもがいる前で恥ずかしくないのですか」と発言している
のを彼は聞いたと言う。しかし、自分の後ろに植草氏がいて、さらにその
うしろに子どもがいたのだが、その子どもが痴漢を目撃したのをどうやって
確認したというのだろう。
この証人は植草氏が2分間触っていたと証言。しかし、スカートの上から
触っていたと証言した。
<引用終わり>
▲このページのTOPへ HOME > 政治・選挙・NHK29掲示板
フォローアップ:
我ら言葉のほかに失うものなし
天木・筆坂熱血インターネット対談
2006/12/20(Wed)
中川昭一軽率発言の行き着く先(天木)
中川昭一軽率発言の行き着く先
天木直人
18日の日経新聞を読んで驚いた。中川政調会長が「米国の原爆投下は犯罪だ」と講演で述べたというのだ。
主要紙を調べてみたが、この発言を掲載しているのは今のところ日経新聞の小さな記事だけだ。これから報道されるのかもしれない。週刊誌が書くかもしれない。しかしこの中川政調会長の発言を米国が見逃すはずはない。中川政調会長は間違いなく米国のブラックリストに入れられてしまった。彼の政治生命はこの発言で終わることになるだろう。
日経新聞の報道によるとこうだ。17日夕長崎市内で講演した中川政調会長は、米国が長崎に原爆を投下したことについて触れ、
「ああいうものを撃ち込むという米国の判断は本当に人道的にも許すことができない。原爆投下は犯罪だ」と述べたというのだ。核武装についての発言から始まって、最近の中川政調会長の発言はとどまるところを知らない。それをまた日本のマスコミが許している。なかにはよくぞ言ってくれたと持ち上げるものもある。それに気をよくしたのか、中川政調会長はまるで将来の日本のリーダー気取りで舞い上がってしまったかのようだ。
この発言は正しい。イラク攻撃を見るまでもなく、米国は戦争犯罪国家であり人道に対する罪を繰り返してきた国である。私はなんのためらいもなくそう発言する。しかし日本の政治家、しかも政府自民党の政調会長である中川昭一がそう公言するとなると話は別である。米国政府が許すはずはない。
もちろんだからと言って彼が直ちに政治家を辞めなければならない事態に追い込まれることはない。しかし彼は決して首相にはなれないだろう。彼の政治家としての発展は、この発言で下降の一途になるのである。
かつて石原慎太郎は、1989年初め、その著書「NOと言える日本」(光文社)の中で米国を人種差別の国であるとこき下ろし、「いざとなったら日本はソ連と組めばよい」などと米国の神経を逆なでする発言をした。冷戦は終わりに近づいていた頃とはいえ、ソ連と同盟を組むなどという事を発言する政治家を米国は決して許さない。石原はそれを悟ったに違いない。1995年に突如として国会議員から決別する決意をしたのも日本の総理になれない事を悟ったからに違いない。
中川政調会長の今回の発言は、石原慎太郎の発言をはるかに超える反米発言である。米国は「原爆投下を犯罪である」と公言する政治家を決して許さないであろう。中川昭一は観念したほうがよい。これで政治家中川は終わったと。しかし悲しむことはない。ハマコーのようにテレビの御用放言者として第二の人生を歩めばよい。それのほうがはるかに高収入であり世の中から注目される。
放言大臣の行き着く先としてはこれ以上しあわせな人生はない。
http://www.tembosha.com/kd_diary/kd_diary.cgi?20061220
タイトル(バックナンバー):
http://www.tembosha.com/kd_diary/kd_diary.cgi?kind=title&size=50
▲このページのTOPへ HOME > 政治・選挙・NHK29掲示板
フォローアップ:
市町村が運営し、サラリーマンや公務員が非加入の国保がどう持つと思ったのか?最初から破綻するのは分かりきった事ではないか?何故国保こそ国の管掌しない。収入が安定した人が加入する健保の方が国の管掌にしているというのに。大体、なんで同じ日本国民として医療保険を一元化しようとしないんだ。
政府の夕張市への対応には日本人としての連帯感を感じない。これでは日本は市町村ごとにバラバラになってしまう。医療保険や義務教育、ゴミ処理、交通機関等生活に必要不可欠のものは国営にすべきだ。
それにミサワホーム前倒し売上計上で営業停止なら、国交省の問題ももっと厳しく追及してはいかがか?
イーホームズ藤田氏 強度偽装、国の責任追及を…JANJANにアップされた。
http://www.asyura2.com/0610/senkyo27/msg/1362.html
投稿者 大二郎 日時 2006 年 11 月 10 日 12:43:50: .awpUTT4/7pQQ
イーホームズ藤田氏 強度偽装、国の責任追及を
http://www.janjan.jp/living/0611/0611100412/1.php
2006/11/09 (木) 藤田社長からの最新メッセージ (きっこの日記)
http://www.asyura2.com/0610/senkyo27/msg/1366.html
投稿者 天木ファン 日時 2006 年 11 月 10 日 13:47:02: 2nLReFHhGZ7P6
イーホームズ藤田東吾氏06年11月 日本外国特派員協会で記者会見
http://www5c.biglobe.ne.jp/~fullchin/kuni/fuzita/0.htm
姉歯元建築士喚問
http://www5c.biglobe.ne.jp/~fullchin/kuni/aneha/01/01.htm
▲このページのTOPへ HOME > 政治・選挙・NHK29掲示板
フォローアップ:
NATOの首脳会談と「防衛省」法案の成立。一見まったく無関係に見えるこの2つの出来事に私は大きな歴史の流れを見て取った。戦後の平和日本を大きく変えることになる亡国の流れである。
北大西洋条約機構(NATO)は11月29日、ラトビアの首都リガで首脳会議を開いた。その合意である「リガ宣言」では、冷戦後の新たなNATOの役割として、今後10〜15年はテロや大量破壊兵器が世界的脅威となるとの認識で一致し、城外での作戦展開をにらんだ機動力の大幅増強とその負担を日韓豪にも要請することが明記されている。ありていに言えば、米国の「テロとの戦い」への犠牲をNATO加盟国だけで負担するのは困難になってきたので、NATO以外の米国の従属国にも負担させろということだ。たしかにアフガンニスタンの状況は酷い。戦闘が激しいアフガン南部では英国、カナダ、オランダ軍の死傷者が増えている。その犠牲を他の国にも負担させないといずれの国ももはや国内の反発を抑えられないのだ。
そのNATO首脳会議に続き、日本では12月15日の参院本会議でいわゆる「防衛省」昇格法案が成立した。この一連の防衛庁改革法案の中心は名称の変更などでは決してない。自衛隊の海外派遣を「本来任務」に格上げし、海外派遣をいつでも、どこでも可能にす