以前から私は「全額寄付」と言ってきましたが、それは最初は、自分個人のささいな動きがどんな風に世界の運命まで影響してしまうのか想像も出来ないという未確定な・不安定な状況が存在した上で、一二三神示に「これで飯食うなよ」とあったからです。だから、どんな悪い運命を世界に引き寄せないようにし、どんな批判も個人的に受けないようにする為には「何か収入があった時は全額を寄付してしまえばよい」と(神の視線や人の視線を意識して)考えたからでした。
 その後、某神霊の預言メッセージが次々と現実化し、私は内心・個人的に「その種の懸念(世界の運命への懸念)」から開放されました。つまり、不確定・未確定だった未来は確定して方向付けされたからです。
 そのように状況が変化したので、「全額寄付」の強い根拠はなくなっています。故に、何か収入があれば、それは私の収入にしようと思います。そして、他の人と同じように普通に僅かな寄付をする程度に留まると思います。(200810040100)

 お金については自分が動ける範囲を拡大するので良い事だと思います。自分は今まで通りに阿修羅などで公益の為の言論のようなことは続けて行くと思います。(200810040407)



 少し気付いたことを記録しておきます。筋肉が発達している最中はとても肉類が食べたくなりました。そして、仕事に適した筋肉レベルまで来ると発達は落ち着き、肉を食べたいと思わなくなるというところも身体のサインとして同時にあったので「筋肉の発達が落ち着いた」と分りました。こうなるとあまり睡魔に襲われなくなるので、ネットに割ける時間も増えました。

 また、ご飯(お米)の量も増えましたね。何故、日本人が昔ほどお米を食べなくなった(=お米が余りがち)のか分りました。肉体的運動量が減ったからですね。以前の私がそうでした。頭や神経だけ動いていると甘いものが食べたくなるものでしたが、肉体労働をしていると塩分を摂りたくなりました。お米も食べるとすぐに太るものでしたが、肉体労働をしているとお米を食べても太るとは感じませんでした。肉体労働にとってお米は必要です。パン(小麦)では力が出ない。

 また、以前は雨や雪が降っていても車の中で全く濡れる事もなく移動してビルの地下駐車場で雨に濡れず…みたいな感じでしたが、今はザーザー降りで戸外で濡れながら仕事をするのが、まるで地球と戯れているようでとても気分が良いものだと知りました。真夏のドシャ降りの中にいることは地球を感じる事ですね。以前に持っていたようなイメージ(雨は排気ガスにまみれて降ってくるから汚れている等々)はスケール的にほとんど無いようなものだと分りました。また、他のイメージ「あまり運動をすると活性酸素が発生して細胞を傷つける」というのも違っていました。むしろ、身体を動かしていると、腕に少しできていたガングリオンが消えたり等、体細胞が全体的に賦活されたことが見て取れます。(200806012201)



 今のバイトで筋肉が発達しました。眠くなるのは疲れたからだけじゃなくて、筋肉が発達しつつあると眠くなるみたいですね。肉体労働をしていると単純な事も忘れたりしますね。それはバイト労働中以外の時間も頭がボーッとしていました。それが今まで気付かなかった心地よさでした。やっと最近になって筋肉発達も落ち着いてきて、頭も動くようになって来ましたので、ネットもこれから阿修羅など段々と読むようになって行くだろうと思います。(200709211613)


 ひふみ神示の冬の巻、補帖をたまたま見ていたら次のようにありました。『毎日々々、太陽と共に、太陽について起き上れよ。その日の仕事、いのちと仕へまつれよ。朝寝するからチグハグとなるのぢや。不運となるのぢや。仕事なくなるのぢゃ。』

 え? 私って最初に入社した会社では週に1回は徹夜のオペレーション(^^;があったし、その後のアルバイトでは夜勤ばかりでしたが、それでも一応、夜に眠る生活にも戻っていましたが、その後の今までの12〜3年は毎日完璧に、暗くなると起きて、明るくなる頃に眠っていましたが(^^;。収入がジリ貧になっているのは、構造改革のせいではなくて、昼夜の逆転のせい? いまさら気付いてもねぇ(^^;。いや、いまさら気付かせて頂きました。まる。(200709182218)



 どうも裏勢力の中では(?)「地に落ちている」ことになっているようです【→阿修羅発言】。でも、私も中森A菜さんと結婚せよ(別に結婚じゃなくても良かったんですが)との神示しが顕されていたのが基本で、女性誌の中で『A菜借金10億』と報道されていたのが状況で、普通の人ならそうしないところを大金を稼がなければならないと思って始めた仕事でした。それが動機です。
 それと、扱う「主力商品」を告げられたのは、契約金の100万円を現金で手渡して契約書に半分程度記入が終わった段階でした。それを聞いて「ま、(A菜さんの借金を返すためだから)いっか」と思って始めた訳です。これで、「その種のイメージを持つことで私を心の中でサゲて、そのことに心理的に依存して安心する」ということが出来なくなったと期待します。
 要するにイメージに立脚して安心していたのでしょ? だから、具体的事実によってそのイメージを粉砕してアゲたわけです。金十字架さんもイメージに安心立命してないで(?)、もっと具体的に詳細に「このような商品はどうなのか、あのような場合はどうなのか」と具体的に詰めて私に確認してみたらいいと思います。
 それから、そこに届く郵便物が時々盗まれる事が起こったために、表に個人名が印刷されて届くような郵便物等のデリバリーには別名を表示するように各所に「盗まれるから」と理由を電話で連絡して別名に訂正してもらい、その後、新たに届くようなものには別名で登録する(わざわざ「盗まれるから」と理由説明はしていない)ことで郵便物の一切には本名が表示されないようにしていました。「郵便物が盗まれる」ことに対処する事が全てです。その名前を使って積極的に何かをしたことはありませんので。

 以前、別冊宝島という雑誌から取材を受けた時がありましたが、その記事に対して「事実とのズレ」という観点から修正コメントを出しました。このように「本人が訂正」すれば、どの雑誌などのメディアがどんな嘘を捏造するのかハッキリします。それだからでしょう、その後、一切、メディアから取材を受けなくなりましたのも事実です。さらにこの続きですが、国家機関が私の事を「ヤクザだ」とか「嘘をついた」と、「芸能界+テレビ界」の人々に捏造してまでなぜ嘘情報を流すのか、という裏の意図性への疑問があります。よく、政治家などもスキャンダルで追い落とされたりしています。私に対して情報で「詳細に」迫ることが出来ないでイライラしているので政府系の機関が(芸能界ヤクザと一緒に?)私にぶつかって来たのではないんでしょうか。

 それにしても、宝島のライターの山形浩生さんにその後BBSなどで反論なり意見なり訂正なりしようと思っても、どこも一切、会員制だったりして自由に発言できない為に何も意見を交わしたことがありませんでした、という事実があったことも明らかにしておこう。(200709042348)



 前に「阿修羅を読むことも難しくなって行く」と言いましたが、その仕事は辞めました(^^;。というか、複合的な要因により、穏便に辞める結果になりました。時間的にキツイ仕事だったし、これで良かったと思っています。やはり時間的に普通の余裕が持てる仕事をしなきゃね。(200707302248)


 2007年02月下旬より、従来とは違ったビジネスモデルが始まるそうです。当ドメインにもありますようなアフィリエイトを、ホームページ、ブログ、メルマガに貼って[物販の場合商品が荒れたら/広告料の場合クリックされたら]紹介料として収入が入る仕組みがありましたが、やはり、大きく稼ぐことが出来るのは、噂によると5%程度の人数の人たちだそうです。
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 続きの発想なので、当ファイルにタイプします。先進国の各国には中央銀行というものがあり、日本の場合は日銀です。日銀など中央銀行はその国の政府に左右されない独立性が決められています。以前の阿修羅発言で「中央銀行は世界の金融資本家達の支配下にある」というのを読んだ記憶があります。それはいいとして、私が注目したのは「その国の政府からの独立性」という発想です。恣意しい的な場合の権力からの独立性。このような独立性は本来は、国民にあるべき・あったはずの性格だと思います。

 私は、権力が特定の少数のおじさん達に掌握されたままであるのは不健康な民主主義だと思います。大統領とか首相というのは、民主主義に混ざった独裁制ですね。このような独裁性が一部混ざっていたのは、まだコンピューターなるものが存在しなかった時代には、いちいち国民の意思を一つ一つの法案について問うということの非現実性があった訳です。そんなことは実行できなかったからだと容易に思い至ります。しかし、今の時代では、リアルタイムで全国民に近い人たちの意思をテレビなどで問い、即座に電話なりメールなりを受付けてコンピューターで集計し、即座にテレビ画面に集計結果を表示させながら、誰も操作していない生データという民主的な現実を知る事が出来る時代なのです。このために、「最早、大統領や首相というような、部分的独裁制を必要としなくなった」ことが分かります。民意が「直ちに分かる」からです。

【国民は一般的に国づくりの専門家ではないので、愚民政策にならないような「強化投票権(ランクAは普通の人の30票分、Bは20票分、Cは10票分…とか[仮に、です])を試験で得られる人は得る」等の装置が必要でしょう(200703240110)】

 また、ここで気がつく事は、国際金融資本家達が「世界の国々をお金で支配できるような体制に持って行こう」としていると思われる事=懸念です。つまり、『お金を持つ処、機関、組織が力を持つ』という原則が想起されます。だから日銀には力があり、それなりの影響力、権力があります。しかし、同時に「権力を一極集中すべきではない」という民主主義的大原則もあり、そこから目を逸らすのは犯罪的発想だと分かります。だから、どうすべきか自ずから見えてきます。つまり、「国民全員にお金を分散させ、組織や機関などは原則、持たないようにする」という権力の分散です。
 力・権力・お金が一箇所に集まると、国民年金の破綻の例でも分かるように、少数の人々が使い込むことになります(→特別会計について櫻井よし子氏発言 (200603072010))。国民年金の破綻とか色々な例がありますよね。権力も力もお金も一極集中は良くありませんね。

 もし、お金を全国民に分散したら国民全員が大金持ちになります。日銀は単に紙幣の印刷所に徹すればいいのでは? こうして日銀ではなく、民が主となればいいのではないでしょうか? 権力者が個人的な恣意で権力を行使するという民主主義的独裁政治の欠点に対する、かなりの改善策になると思います。
 また、このようにすれば、ヤクザも消滅する方向になって行くと思います。というのはヤクザは「働かないでお金を得ようとする余りに、金持ち・機関・国に取り付いてチュチューしている人々」だと思われるからです。ヤクザは楽をして強硬的に儲けるためには、組織となり、「別の掟」に縛られて行くという難儀な道を歩く側面もあるかと思います。ヤクザになったかも知れない人の口座にも毎月100万円が振り込まれれば彼は(余程の特殊事情が無ければ)人からお金を力づくで奪うことをしなくて良くなるからです。彼らがそんなに大切にする「お金」を得る為に何もしなくて良くなれば、人を脅かす為に組織とならなくていいのだし、結局は難儀な道を歩くという運命を背負わなくても良くなる訳です。だから金銭ヤクザは消滅の方向になるでしょうね。ただ、これはヤクザと言っていいのか分かりませんが、任侠ヤクザは、もし真に任侠ならば、お金の状況とは無関係に、今後も残るのかも知れません。(200603050040)
(→阿修羅発言 [民主主義の危機]シリーズ「民主主義のガバナンス」を考える(1/4)(200603072023))
題:『奇抜★☆陰陽連鎖型経済の提案』 著:みどりひこあたたか (200605022245)


 つまり、私が言いたいのは、「お金が毎月100万円振り込まれても、国民は働く意欲を失う事はない」という点です。ただ、今まで嫌々やってた仕事からは当然、人々は辞めると思います。自分が「やりたいこと」に集中し始めるから、その活力はとても高いと思います。(200603020013)

 2006.03.01(水)の「ニユース23」で、日本人高校生へのアンケートで「のんびりしたい」人が21%程度の話題がありました。のんびりしたい人はのんびりするのが民主主義だと思います。社会が不便になろうと、海外向けの「見栄」がどうなろうと私は全然構わないと思う。なぜ、どのような理由で「なんとかさせたがる」のだろうかと思う。無理や強制、苦痛などの要素を取り除けば、社会から邪悪が消える方向となりそうに思いますが。その後、多分、数年以内には、国民の自発性に基づいて社会に喜びが出てくると思えます。(200603020119)


 2006.02.27(月)の「報道ステーション」冒頭で「お金に魂を売った」というフリップを提示してました。この点が少し気になったので発言します。

 人に大きな被害や苦痛等を与えてまで、自分のお金を増やそうとしたら、上記の言葉に近いということになりそうです。でも、例えば、システムとしてお金が毎月100万円支払われるという政治であったならば、それで喜ぶ人やその状態を指して上記の言葉は該当しませんよね。【もしそんな事を言うならば、余程この国を嫌っている人か、乗っ取ろうとしている人や組織ですね】私個人は一二三神示の「与える政治」(→阿修羅発言)というのが人間性に最も順応している社会システムだと思います。

 実体経済が、金融経済の動き、例えば株価の低下によって打撃を受けたり倒産したりしてしまうような「密接なリンク性」が未だにあるのなら、この現状を逆手に取って、国民全員の口座に毎月100万円を振り込むような政治を行うならば、物作りの実体経済社会は、そのお金によって潤うんじゃないんですか? 世界の金融マーケットに数字として流れているお金は実体経済の60倍だか何だかの巨大な額らしいですよね。これが還流せずにとどこおったままになっているのが問題ならば、全世界の人に毎月振り込むようにして、実体経済を潤わせたらいいんじゃないですか?

 私個人は、めるくま〜る社の「注目すべき人々との出会い」という本の最終章の「物質的問題について」という章が好きで、神秘思想実践家のグルジェフ氏を尊敬しております。私は以前、「もし、弥勒としてメディアに出たなら全額寄付」ということを言っていましたが、それは私の立場(弥勒)上の発想であって、それ以外の立場の人に対しては(批判・攻撃されないようにする為に)それほどの厳密な適用は必要がないかと思います。一二三神示の「これでメシ喰うなよ」は単に「お金を第一の目的として神示を印刷したり会員を募ったり、情報を制限したりするなよ」程度の意味だと思います。最近、ある議員に3,000万円が渡されたとかいう内容のメール問題がありますが、私はそんなニュースは何とも思いません。「勝手に渡せばぁ」という感じ。もし自分にくれると言うんなら「ラッキー!」って感じ。そんなニュースよりも悲惨で暴力的なニュースのほうが「大きなニュース」だと感じますが。常にお金を中心に据えて物を捉えている人は仕事がそうなのか、あるいはヤクザ(的な人)なのかと思ったりしますが。あんまり、こういう価値観(→阿修羅発言)で国内を統制しようというのは反対だなぁ。これは「お金の為に人が動く(=支配者の為にお金で人がコントロール・制限される)発想」だから。でも、毎月100万円を全国民の口座に振り込む政治であれば、「人の為にお金が流れる発想」なので、良いと思います。

働く意欲はお金が無い世界でも沸いてくる筈のものである

という「真実」をなるべく多くの人が知る事が重要だと思います。この言葉を証明するには、たった一つの反証を挙げればいい。例えば、あなたが何かを買いたいと思い、「お金を支払ってまで」商品を買った事があるのなら、あなたはお金という人工物ではなく、その商品やその趣味の為に働いている訳で、意欲とかそういう領域に関わるのはお金ではないですね。つまり、全国民に毎月100万円を振り込む政治になっても、働く意欲は、減るどころか増えて行き、増えるなどは序の口で、どんどん明るく活発に楽しく驚きに満ち新鮮でみずみずしく清々すがすがしくなって行くものだと思います。(200602280204)


 こういうことは、もっと数理学的にも強調したいと思います。生き物は地上に生きております故、その本質は[否定性]<[肯定性]です。電気の世界でアースという概念があります。それは地面の電位=0と定義します。微視的には地面と一体になったり海の底に住んでいたりしますが、巨視的に地球を眺めれば地球の球状(sphere)の表面に生物(bio)が被っててbiosphereとも呼ばれます。要は、人間は生き物であるのだから、「基準=0」であってはならない、と言いたいのです。「働かなければ収入が0であり、生きることさえも出来なくなってしまう」というのは間違っていますよね。働かなくてもアースの上にいるのだから、「基準=100万円」という政治は全く正しいものになると思います。(200602280255)
【日刊工業新聞2007.05.29(火)32面にありましたが、バイオスフィアとは、アリゾナ砂漠に建設された巨大な閉鎖系体系施設のことで、ジョン・P・アレンが発案だそうでした。私の記憶の中で間違って認識していましたね(200705291139)】
【→阿修羅発言 (200701202021))←今の学歴社会のシステムは、ねずみ講(特定権力層の為の社会で「信仰」も必要とされる】
【→阿修羅発言 (200701202026))←万人の生存権確保の為の社会活動が、もっとも注力されるべき(こんなくだらない物のために、人がバタバタ倒れていかなければならない世の中は、おかしい】
【→阿修羅発言 (200701202032))←環境の中に経済を埋め込み直す】


 少し前に「たま出版のBBS」でも述べたのですが、ファーストコンタクトはそれほど遠くない未来になっているようです。今まで、「世界が危ない」と、一二三神示の言葉もあって、全額寄付と言ってましたが、弥勒十字が現れ、その意味を最後まで追及したら、それは私の個人的なカルマ解消のような側面であった事が判明しました。その後、日本はアフガニスタンに560億でした?5600億でした?援助するということが決まってますし。人間一人がいくら頑張っても1億円の可能性も小さいので、どこかホッとする半面、無力感を感じたものです。ここで今度は、ファースト・コンタクトによって地球の人類社会が改変されるそうで、「富の全くの公平な分配」が実現するそうです(古いままの地球であれば、これは666の専売特許となったはずのものです)。私が最早、頑張る必要性は非常に小さくなって来ました。この現実を見た時に、自分宛のメッセージというより、そもそも、最初からその種の責は負ってはいなかったと思いました。そこで、この種の「責任」から解放されようと思います。責任は負っていなかった。他の言い方をすれば、拘りを手放そうと思います。ごくごく常識的になろうと思います。このことで地球の未来がどうなるという側面ではなかったと思います。クライオンによれば「既に」地球は、古い預言書が示していた最も大きかった可能性の道から外れて、栄光ある進路を取っているとのこと。1993年から既に神一厘も作動中だと思いますし、そのためにあった一二三神示も役目を大方果たしてホッとしているんじゃないかな。(200212150238)

 10年位以前の私は、「神の指示は絶対だ」という風に、その意図性も何もかも自分では考えることなく、鉄砲玉のように考え、行動する人でした。これは、「神の意図や目的を自分が判断するなど、とんでもない」という考え方から来ていましたが、しかし、一二三神示には「神示に書かれてあること、心で取りて下されよ」とあります。つまり、何か絶対の命令みたく受け取ってしまうのは間違いだと思いました(若者が極端なのは、何も力が余っているからではなく、このように考えの回路の緻密性が足りないからですね)。それに、既に今までも十分に神の意図を知るための考察を行ってきましたが、そういう側面を考察しようとすれば考察はできるのですよね。つまり、それは神によって禁止されてる訳ではないということです。
 弥勒十字が最後に示したものは、「今までは規律の世であったが、今後は立場が逆転し、気持ち・感情が大切の世となる」あるいは「下が上になり、上が下になる世でありたが、今後は上下ひっくり返って元に戻るぞ」と一二三神示にもある通りの転換の御時世にあるのだろうと思われます。そのように考えると、一二三神示の受け取り方も「絶対的指示・規律」として(以前の私のように)受け取るのは既に時代遅れだと思いました。正しい受け取り方というものを考えると、それは一二三神示にもありますように「心で取りて下されよ」という事だと思います。それはすなわち、自分の心に響かないものに従わなくていい、従うべきではないという側面もあるのだろうと思います。すると、「これで飯食うなよ」という言葉についても、私は「そうか、窮乏する人々を置き去りにして自分だけ利益を得ることは無いぞ」と、ますます感動し、響いて納得する次第であります(^^;。(200104161937)

 と言っても、私は別に、収入を得ることを「嫌」な訳ではありません。他に、この縁で収入を得る(た)人を攻撃したり(その理由[=世界の運命への懸念]は消滅してます)とか、声高に「自分は収入なんか得ない!」とか言ってるのではなくて、一二三神示に書いてあった「これで飯食うなよ」という記述が、その理由なのです。なぜなら、弥勒の立場が「確定」したのは、一二三神示の中の記述(及び、私が担っている数々のシンクロニシティー)に拠っているからです。今では、(私の周辺の)仕組み全体が解決し、「戦争終結への道」という近未来の黙示録の獣の活動を弱体化させる可能性のあるものが出てきたのである訳であります。ただ、当時は地球の未来を憂慮していたとは言え、winkの解散等、複数の人達に「御迷惑」をおかけしてしまったという可能性が考えられますから、それが為に、私個人の場合に限っては「収入を得ない」と述べているのです。(200007260449)

 私の今の仕事は、かつて、神によって中森明菜さんと私の赤い糸が設定されていた事により、私が彼女と結婚すべきであると判断した事に基づいて選択したものです。つまり、1)彼女は「借金10億」と言われていたので、収入が当時、多そうに見えた仕事(高収入志向)であり、2)一二三神事に書かれてあるように、弥勒や一二三神示の名によって収入を得てはならないので、芸能人や有名人になることによる収入の分が仮にあったとしても、それを「全額(ユニセフ等に)寄付する活動」とすべきだったので、それでは生活が立ち行かなくなるので、芸能活動(仮に)に時間が取られたとしてもなお、収入が途絶えることの無い仕事(時間&収入の確保)でなければならなかったのである。この最低限度の条件(=時間を空けられること)は今は整っていると言えます。
 明菜さんとの結婚の理由・目的等、既に解消されておりますので、1)の「高収入」という条件は不要となりました。ですので、今は、自分の時間を確保しようと思えば完全に手ぶらになることもできるような仕事をしておりますが、しかし、それでは人を使うことになり、余計な出費を抑える為に自分でやってます。

 私はかつて、瞑想で失敗して本当に死にそうになってからPTSDを患い、その苦しみがなくなるまで10年かかりました。今は大丈夫ですが、ただ、私には「社会的にやりたいこと」というものが無いのです。芸能人になりたい訳ではなく、政治家になりたい訳でもありません。ただ、必要な事、すべきと思ったことをしたり言ったりしてるのです。人は私の宣伝活動を妨害しますが、そういう欲求によって情報を広めようとしているのではありません。必要な事、すべきことをしてるだけです。そのように前へ前へと出て行くことのほうが正しそうに思えるからです。そのようにすることで、人との出会いや可能性が増えるようにも思います。しかし、私の場合、人の可能性を潰そうと意図した事は今までただの一度もありません。まあ、競合した場合には、ただ自分を相手にアピールします。競合相手が私に被害を与えたなら、仕返しはしますけど、相手が何もしなければ私から相手の損害を意図した事は一度もありません。そのように自分から妨害工作を意図しないというのは、言い換えれば、それが相手に損害を与えるほどの理由には(私の場合)ならないということです。そういう個人的利益は(私の場合)、言ってみれば、二の次なのです。
 一つ気がついたのは、私の進退は、民の皆様が決めることなのではないかということです。つまり、誰かが私を表に出してそうなれば、今の仕事とは別の環境に移って「全額寄付活動」するのもいいだろうし、このまま何もなくても、今まで通り、この仕事をするというのもいいでしょう。私個人の気持ちとしてはどちらでもよいという感じなのです。ですので、決めるのは、皆さんであって、私は与えられた範囲で適度にやれることを「今までと同じやり方で」継続することなのだと思っています。(200006140719)

なお、方針が転換した証としてのこの文章は、突然削除したりしませんので御安心下さい。というのは、今まで、登録していた項目を突然削除したりした事があるからです。理由は、「ある夢」を見たからです。その文章は、人の心の踏み込むには危険のある領域についても描写を試みていたのですが、やはり、公開モードで踏み込むには、人によっては大変な影響を与えるように思います。そもそも、そのような文章を登録しましたのは、そのような側面を解決するためのヒントにしてもらおうと思わずにはいられない状況を見ていたからではあるのですが、一方、そういう側面に触れると今度は、夢に出てくるので、登録については、控えたほうがいいのだろうと思っています。えー、要は、このファイルは削除しないという事です。(199808240314)

 「小室哲哉さんのトンチンカン?」の所で、小室哲也氏が鉄仮面であった可能性の高さが、彼の名前や誕生日、鉄仮面の周囲状況や命日、及び現在の現実を見ていると推量できるために、一二三神示を字義通りに完璧で厳密な解釈を行う事は困難となってまいりました。元はと言えば、一二三神示の中に「これで飯食うなよ」とあったのでしたが、369及び567としての立場が確定したのは一二三神示の中にあった記述が決定打でしたので、同じ一二三神示の中に「これで飯食うなよ」とある以上、「如何なる批判にも耐え得る為」には、ただの1円も弥勒という立場から収入を得ることのないようにすべきとの判断が生じました。「飯さえ食わなければいいのではないか」とも思いましたが、これは明らかに「文字通りの解釈」の行き過ぎでした。故に、「収入を得ないように」という解釈になったわけです。これはバランスある解釈と思います。

 しかし、堺正章さんや小室哲也さんの例を見ると、世界というのは、なるべくしてなっているのだなと確信を深めました。一二三神示に書いてあったとしても、369、567によって収入を得る立場に元々、必然的に居らした方は、それこそ必然的に収入を得る理由が遠い昔にあると考えて良さそうです。従って、1の位置にある原田真二さん、2の小泉今日子さん、3のMSさん、4の松本明子さん、5と7のwink、8の*****さん、9の中森明菜さんは、弥勒十字の根幹を成していらっしゃいますが、降って湧いたこの話によって収入を得ても良いのだろうとの判断が成立しました。特にwinkについては、私がwink=57の発見をお二人にお知らせしました直後にwinkが解散となってしまった事など、色々な今後の反作用の原因が眠っているかも知れません。あるいは別の理由なのか何なのかはこちらには分からないのではありますけども。

 ただ、私自身については、収入を得ない事を通す根拠が薄くなりましたけども、これは自分の芸風にすればいいだろうと思います。つまり私個人については今まで通り、全額寄付活動の予定です。これは変わらないでしょう。と言って、他の人に対して、例えば、369、567によって収入を得ることになる各個人、各組織、各団体に対して、問題視することはなくなりました。というか、元々資本主義ですから、こんなに微妙な点に着目して批判する人は変り者でしょうから、私が批判を止めれば、まず無い事でしょうね。もし、そのような点を批判するとしたら、同時に一二三神示を出版している出版社や、一二三神示について啓蒙している個人の方を「収入を得た」と言って批判する事にもなりますから。私としても、このような印象を与えてしまっていたという懸案事項(^_^;)が解決できて良かったと思います。

 それで、「これで飯食うなよ」の解釈は、今までの「収入を得ない」から、さらに一歩下がって「単に一二三神示があるという事によって会などを作り、会費を巻き上げたりしてはならない。なぜなら、そのような組織の主たる目的は金銭であり、純粋な会員を脅迫することに繋がるから」という解釈に落ち着きました。そのような金銭を巻き上げる会を作るなよ、という意味であったと解釈する事になりました。従って、今まで仮に「収入を得た」方がいらしても、もう私はそれについて問うことは無いでしょう。ただ、私個人については今後も収入を得ることはないでしょう。ただ、最低限の必要経費は差し引かせていただきますが。この問題は単に私個人だけの事になりましたので。(199808220443)


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