まず、弥勒十字を示します。

5 6 7
←日の位置 (Position of SUN)
←月の位置 (Position of MOON)
←地の位置 (Position of EARTH)

 従来の弥勒十字(表十字)には「1248」がありませんでした。実は、この4つの数字で「裏十字」が形成されていたのです。さて、表の十字では、私の結婚相手として「地の神様」の位置には中森明菜さんが位置しておりました。これは、一二三神示やシンクロニシティー全体で一致していたのです。しかし、明菜さんは遠ざかるばかりの人でした。一番最近の歌「帰省」でも「あなたと春と夏を過ごしたけど、冬が見たかった」みたいに言ってます(「同じ日々を過ごした時を忘れない」とも歌ってます)。さて、裏十字を含めた弥勒十字(完全版)を以下に示します。

1 → 2
  

8 ← 4

 「1248」という数字【イニシエイト(いにしえ意図)(200701232025)】は、「受精卵の細胞分裂の数」を意味し、同時に、「先祖返りの数」でもあることはだれでもお分かりと思います。さて、この1248の人は、それぞれ、以下の通りです。匿名さんは、事務所からお名前の使用許可がもらえませんでした。

原田真二(神示)さん:昭和34年.1/2生れ → 1の人
小泉今日子さん   :昭和41年.2/4生れ → 2の人
松本明子さん    :昭和41年.4/8生れ → 8の人
匿名さん      :昭和??年.??.??生れ → 8の人

 それぞれの誕生日の「月日」をみてもらえば、この裏十字が回転している事がお分かりと思います。ここで、123456789十となりました。これは「人、フタ見よ、いつ無に為すや、ここの戸を」でした。[生まれる想い]>[楽(十)の道と、苦(九)の道]に書きました「九十九」というのは回転してましたが、その根拠はこれだったのです。一二三神示で言う富士の仕組=表の十字。鳴門の仕組=裏の十字ではないか?

 そして、九十九は、百マイナス一で、「白」でした。白=九十九に、チョン「ヽ」を乗せる事で、百となります。また同時に、チョン「ヽ」を乗せた十字は、「千」です。弥勒十字全体の形で「卍」となりますので、123456789十百千卍となりました。数字的解釈はこのようになります。

 次に、弥勒十字の横軸はWINKの時に明らかとなったように、全て「数字」で解釈・計算するようになっていました。縦軸の9の位置は明菜さんで分かるように、彼女の母親(故人)の千恵子さんによって証されておりましたので、また、地の位置でもありましたので、この位置は「千」が収まります。すると、聖子さんであり、3である日の位置には「百」がおさまります。文字=百千(もじ)でしたので、縦軸は文字の軸であることになります。これで、原田真二さんが「桃(百)太郎」であることがお分かりと思います。というのは、卍=田です。彼の名前から未来を解釈できるように思うのです。というのは、日本とイスラエルの関係は神示(真二)などにも出ており、イスラエルにも十字が出現するようなのです。原=「世界」、田=弥勒十字、真=真実、二=2つということで、「世界に真実なる田=卍は、2つ出現する」と読み解けます。上記の匿名さん(女性)のお名前も、原田真二さんと全く同じ意味を示しております。弥勒十字が「東の田」なら、「西の田」も出現するようです。さらに、古代のユダヤ12支族では、広野で幕屋を張る時、支族によって中心からの位置・方位が決まっておりました。幕屋の真西の位置にテントを張る支族の名を「マナセ」と言います。(199802200313位置を移動しました) (→阿修羅発言)(200504111902)

 ここで、古来からの解釈を加えますと、白である九十九は、頭にチョン「ヽ」を載せることで百となり、千となりました。そのチョン「ヽ」の位置は日の位置であり、3の位置でした。故に、その色が赤だとすると、「丹頂鶴」になります。全身が白く、頭の部分だけ赤いチョン「ヽ」がついています。

 次に、弥勒十字の真ん中の数は「6」でありますから、文字的には「無」なので、中心に収まっています。この「6」を図形にすると、六角形であり、亀であります。六角形の手と足の合計4本が「1248」です。頭と尻尾の2つは、回転するに従って、「3と9」だったり、「7と5」だったり、「9と3」だったり、「5と7」だったりします。鶴は、チョン「ヽ」を載せた白「百」であり、十字「千」でした。しかし、鶴では万「卍」には届かないのです。卍は、弥勒十字の終局の数であり、弥勒十字全体をも意味する大切な数です。同時に、中心の無「6」があることで弥勒十字が形成され、これも中心を意味する非常に大切な数でした。6「無」と卍は、弥勒十字の2つの「極」となります。それが「亀」であり、万「卍」にまで至るのです。万とは森羅万象です。さて、鶴と亀は弥勒十字の中に同時に含まれ、滑っておりますし、統べられております。また、鶴が大空から舞い降りているのだとすれば、亀は深海(神界)から浮き上がりつつあります。8/5(土)のTBSの「世界不思議発見」で、日光東照宮の鶴と亀について解読してました。明智光秀は実は殺されることなく、密かに日光に逃れ、地名とかでも「明智平」とか残ってます。天海と名を変えて僧となり、日光東照宮を建立し、鶴と亀が「統べる」の意味についても解説してました。徳川埋蔵金と絡んで来るようです。「いついつ出やる」というのは、明智光秀が信長暗殺についての人々の記憶が薄れて来た時以後、いつになったら世の中に出てくるのだろう、というような意味であるとの解説でした。(200008110452)
(→阿修羅発言 (200612081924))

 このようにして、中心の周りを人がぐるぐる回って、止まった時に、「後ろの正面」に位置する人が結婚の相手です。

 さて、亀の回転は止まったのです。止まる合図を運んでいたのは中山美穂さんでした。彼女の誕生日は昭和45年3月1です。彼女の数字は4+5+3+1=13→1+3=4です。裏十字が回転し、3と1が一つになった位置が巡って来た時、結婚相手の位置である、「地」の位置に収まるのは「4」となります。これは、回転方向が右でも左でもそうなります。以上の示しが結婚相手が「4の位置」を持つ人であるとの示しです。

 次に、文字で解釈しますと、中山美穂さんのお名前「美穂=3炎」です。炎とは火のことですから、ここから「火3つ=秘密」という意味が読み取れます。それもあり、今までこれらを「秘密」にして来ました。また、カタカナの「ホ」は、その形から、漢字の「木」でもあります。「ミホ=三木」です。すると、天理教の教祖である、人類の親様たる「中山ミキ」になります(ちなみに、天理教には「親様」という概念があります)。また、カバラでは「三木=生命の木」となります。日本では、三つの木=森です。また、美穂=3炎=火6個=ヒロコです。ここで森口博子(芸名)さん(昭和43年6月13日生)との縁も出てきます。また、結婚の縁が示された中森明菜さんも「森=(中山)ミキ」です。また、炎とは、要するに火なので、ミホ=三炎=三火=31とも解釈は可能でしょう。中山美穂さんは、文字=数字の人なのです。つまり、縦軸も横軸も一つに統べる人なのです。また、表も裏も一つにしてくれたのです。明菜さんとの縁の時には一二三神示にある「大日月」となる には、明菜と明夫が結婚して「明明」となることが示されました。明×2です。しかし、本当は2つどころではなかったのです! 全てが融合した万灯となるのです(後述)。森高千里さん(昭和44年4月11日生)もチサト=千3/10となり、縦軸との関連があるようです。

 さて、回転が止まって、3に1が重なり千の位置に4が収まった時、その位置にいたのは、4/8生まれの松本明子さんです。回転が止まって「後ろの正面」の人が明らかになったのです!

1.松本明子さんが「千の位置」に収まる為には、彼女のお母さんのお名前によって証されている必要があります。そして、彼女の母親のお名前は明菜さんの時と同じ「千恵子」さんなのです!!

2.空海は弥勒と深く関わっています。彼が弥勒出現までと言って、高野山に入定されたことはよく知られています。その空海は四国に88箇所の霊場を建立し、今でもお遍路さんが四国八十八箇所巡りをしております。では、なぜ、八十八箇所なのでしょうか。それは、「米」という文字の形を見れば分ります。米は八十八と書きます。そして、これは、弥勒十字の完全形であることがお分りでしょう。松本明子さんは、その四国出身なのです。彼女が4の位置にあるのは、当然のことでしょう。彼女の誕生日は昭和41年4月8日より計算すると、8になります。しかし、縦軸は百千(文字)の軸ですから、数字に厳密性は要求されないでしょう。

3.さらに、彼女の所属する渡辺プロの住所は、港区麻布台1−8−10です。1−8−10=イハト=岩戸です。これが場所としての岩戸です。時間的な岩戸は現在の年号「平成」の中にあります。「平=一八十」と書きます。岩戸開きが成るという年号の時代です。

4.これで4の人が明らかになりました。これが「四明け(夜明け)」であり「最後の四上げ(仕上げ)」である。孫悟空がお爺ちゃん(出口王仁三郎聖師)より「四星球」(スーシンチュウ:アニメのドラゴンボールZより)を頂いて、神一厘の仕組みは完了です。完了し、終了した所からまた孫悟空の旅は始まります。

5.また、四国には、「松づくし」という郷土芸能があり、48人で舞います。今年1998年のお正月の新春紅白かくし芸大会で御覧になられたと思います。

6.孫悟空の数は6であり、亀に従う人です。6を図形にすると六角形です。これは同時にダビデの星でもあります。ここでソロモン王についての神殿伝説を抜粋しておきます。ソロモン王(6)はシバ(48) の女王に借りがあるようです。また、シバの女王は、バルキス(おてんば娘の意)と言われてました。また、ソロモン王は秀吉と同様、黄金が好きだったようです(列王紀上・第10章・第21節)。聖書を調べてみましたら、ソロモン王に関する記述は、旧訳聖書の列王紀上・第1〜11章と、歴代志上・第28〜29章と、歴代志下第1〜9章にありました。シバの女王に関する記述は、(列王紀上・第10章・第1〜13節)+(歴代志下・第9章・第1〜12節)。
(→ 『アセンション館通信』 第62号にソロモン王に関する記述が) (200505022319)

7.369=日月地=日月・地=明・9=明子さん。しかし、明菜さん=日月7=367であり、369には至らなかった。

 弥勒十字を木に見立てますと、その木は、3の位置=「松田聖子」さん、9の位置=「松本明子」さんであることから、「松」であることは、容易に分かります。静岡にはミホ(三保)の「松原」があります。

 さて、では、何故回転が「止まった時に火が出た」のでしょうか。それは、中山三炎さんだったからです。これは文字通り、「火がついた」のです。何についたのかと言いますと、「松の木」に着火して松明(たいまつ)となったのです。それだけではありません。火がついたのは、縦軸の松ですが、横軸には粉(57)も松ヤニ(82)もあるではないですか! 中山美穂さんが着火したのは、松の木であり、松明(たいまつ)=松本明子さんです。松明は4/8であり、4の位置から8の位置へと回転し、岩戸が開かれ、同時に松ヤニ(82)の「ヤ」に着火され、一体であるところの「ニ」に行き渡りました。弥勒十字は5つのポイントを結んで十字となっていることはお分かりと思います。火はこのようにして、全部に着きました。5つの火は1つの火になり、火6個となりました。全体が松明となりました。これが松明であり、万灯であります! 今まで心の火を運んでいたのは、月の位置にあり、中心に位置する6なる私=孫悟空でありました。なぜなら、弥勒十字を面とする第3の軸としての火の軸が存在したからです。この火は[目次]>[MSさんへの第7通目]にありますように、359(孫悟空)の日に孫悟空に着火されました。なぜでしょうか。それは、私の過去の世において被った事態(をモチーフにした私の作品はこちら)に対する、神からの補償のとしての火なのだと思います。この火の暖かさの故に回転を始め、ハリケーンとなり、そして回転は止まり、全体に着火された時、最早、日も月も地もありません。全体が太陽となりました。それは、GOLDEN=57の輝きを放っておりま す。かくも偉大なる仕組を設計されるお方はまさに偉大であります。(199802180403) 昨日、2000年3/25(土)にテレビ東京の21:00〜23:00で放映してた「奈良・飛鳥−世界遺産の謎−日本を創った男たち」という特別番組をやってましたが、聖徳太子について詳しくやってました。太子が中国の楊帝皇帝へ向けて「日出ずる処の天子、日没する処の天子に書をいたす」という文書を送った事は有名でしたが、ここから「日本」という国名が出てきたというのは知りませんでした。これが転じて「日出ずる国」と言われ、その内に、神一厘の仕組の一部として、弥勒十字に上記で述べたような「点火されて太陽になる」という人の手では不可能な奇蹟の仕組が顕れてきたのですね。また、なぜ弥勒十字の中に聖徳太子が暗示されていたのか分かった気がいたします。ありがとうございました。(200003260428)2000.04.15(土)の23:00〜23:30にNHK、3CHの「国宝探訪」で弥勒菩薩像の特集をやってましたが、弥勒菩薩半跏思惟像は普通はクスの木で出来てるけれど、現存する最古の弥勒菩薩半跏思惟像だけは例外で、赤松で出来ているそうです。記録文書には金色弥勒菩薩像とあり、かつては全面に金箔が張ってありましたそうです。(200004160412)

神は偉大なり

私が「神は偉大なり」と述べる意味は、「MSさんへの第19通目」を御覧下さいませ。(199802190256)

 でも、この弥勒十字の仕組は、私個人を巡る重大なカルマ的負債(人の命に関わる結果を生んだ過去のこと)の清算のための仕組でもありました。今、簡単に述べてみれば、私が十字架を背負っている訳です。その十字架には日月地があります。今までの考え方からすれば、父性的な「決まり事」がありました。それは「日>月>地」という順番です。地は月に従い、月は日に従うものでした。

 ところが弥勒十字においては、日である聖子さんは1000年前に、私を囲ってしまい、私は私で人生を捧げました。時代が時代ですから、そのような考え方も仕方ない面はありましたが、現代になってそのカルマを聖子さんは、図らずも私に仕組上の結婚相手を紹介すると同時に、私が囲いを離れて行くという事によって支払う事になりました。つまり月>日になりました。これで関係が正常化したのでした。

 次に、その月である私は地である松本明子さんに借りがあるかも知れないことに、神殿伝説を読んで気付きました。私は彼女の結婚相手を紹介する必要があるとも考える事ができます。そのためにこうやって宣伝活動をやっているとも考えられるのです。そう考えると、「何故、彼女の数が4でなく8なのか」というのが分るような気がします。ただ、「文字の軸にあるから8であって構わない」との解釈も同時に成り立つので、難しい面があります。まだ結論が出てないので、確定できません。さて、ここで出た結論は、地>月だったのです。

 従って日<月<地だったのです。地が一番偉かったのです。地とは、結婚の判断に於ては、「気持ち、感情」という判断です。今までは、この仕組の大きさの余り、私はこれから離れて行動が出来ませんでしたが、それはまだ「父性原理、論理」で動いてました。仕組の意図が人間には分らなかったからです。この仕組に従い続けることで出た結論は、地が今まで虐げられてきたのであり、一番偉かったのが地である。今後従うべきは「母性原理、気持ち」になったのです。つまり、父性原理の塊のように見えていた弥勒十字という仕組全体が指し示していたのは、「母性原理(ハートのロジック)」だったのです。今までは規則や戒律を神格視してました。しかし、これからは、感情や気持ちをも同時に神格視すべき時代でしょう。もし、ここに至れば、私にも「お許し」が出たと判断できそうに思います。ただ、今は父性原理が最後まで完了しておりません。

 仕組としては、私は松本明子さんが結婚が決まるまで見守るという務めがあるとも考えられるのです。彼女は私を、そのために利用する権利もあるのだと思います。丁度、秀吉が堺の商人を利用した為に、堺正章さんという人(を含め、多くの人)に、当時の清算をするという結果になったようですが、私の担う情報を松本明子さんの結婚のために協力し、提供するという務めを果たさなければならないのだいう気もします。神殿伝説を読むと、私(仮に)の罪はかなり深いと思われ、そんなことだけでいいのだろうか、とも思いましたが、あらかじめ、その逆の立場を経験して「そんなことだけでいいのだろうか」という逆の思いもあったので、私の全体としては、バランスが取れているのだろうと思います。

 バルキスはソロモンと結婚した後、一生、ヒラム・アビフ殺人にソロモンが関わっている可能性、疑いを拭う事は出来なかったであろうと思います。そんな人だから、その数が4ではなかったように考えてます。だとすると、四明けはまだまだなのかも知れません。なぜ、神は4の位置に、「逡巡する女性」を配置したのかが分る気がします。というか、神は私個人に対してわざわざ、「疑いを持っている(かもしれない)女性」を配置されたのだとも思います。それがこの仕組であり、全くの私個人のカルマの清算という側面です。(199802250304)

 上記で「疑う女性」と表現した時、ちょっとした違和感があり、これを正確に描写する必要があり、以下に。松本明子さんは、お笑いの世界で一生懸命努力して来た人です。

 さて、多分、彼女はバルキスと思ってますけど、ヒラム・アビフ殺人という事態を引き起こした責任の半分はバルキス自身の浮気性にあるのです。それがなければ、めでたくソロモンと結婚し、幸せな生活になるはずでした。その責のために、彼女は生中継番組で「放送禁止用語4文字を3回連発」して、テレビに出られなくなったわけではないかと思っています。これは、自らの女性性に対する大きな否定でしょう。そのような人生を何度も送ってきただろうと思います。丁度、私も、「結婚ができない」という人生を多分何度も送ってきたように。彼女はその事件のため、お笑いに転身となったのでしょう。その中で、多分、馬鹿にされたり、見下されたりという経験をする回数がかなりのものになったのではないでしょうか。それで彼女には負けたくないという気持ちが強いように想像します。それで、弥勒のような、まるで王のような立場に対する反感のような気持ちが出てくるように想像しています。上記の「疑う」という言葉は、大体このような意味合いで言いました。そのような反感は、ソロモンに対するバルキスの疑念・反感などに対応しているのだろうと思います。このような性質を持った問題のある二人が再び3000年経って関わることが出来、問題の基点に戻ってカルマ解消に向けさせていただけました。

 また、「感情を神格視すべき」と言いましたが、何もかも神格視するという意味ではなくて、神と繋がった「真の感情」を「生かすための思考」なのであり、そのために思考を使って感情を選択し、正しい感情を生かしましょう。正しい感情を押さえて来た歴史を繰り返さないようにしようという、神様からの提案なのです。

画像は、1997.02.16、TBS、「神々のいたずら」より

 ソロモンとシバの女王(バルキス)の時代は紀元前1000年です。一二三神示にある「三千年の神仕組」という言葉の意味の一つはここにあったのだ、と思っております。(199802270433)

 上記で、「反感」とか「疑念」とか表現してしまいました(すみません)が、このようなネガティブな側面の想像について触れたのは、神の仕組として、4の位置に収まる人の役目が、意外なことに(逆転の発想です)、「逡巡すること」だったようだ、という点について触れる必要があったためでした。3000年も経てば、もはや二人の接近に問題は無いという神の御判断があったのです。現代に於いては良い関係になっています。(199802280408)

 3/3は、ひな祭り、女の子の節句です! 岩戸が開いて母性原理が出てきた日として、相応しい日でした([生まれる想い]>[私の結婚と岩戸開き]参照)。今日、2000.02.19(土)に、テレビを見ていたら、「3/3は、桃の節句」と言うCMがやってました。以前、華原朋美さんが「ヒューヒュー」とやってたり、浜崎あゆみさんが「桃の天然水」とやってたCMだと思います。それを聞いた時に閃いて、ちゃんと調べてみましたら、一つの発見がありました。弥勒十字では、頂上の1の位置は同時に縦軸 = 百千(もじ)の「百(も)」に相当しました。弥勒十字が1回転して、松本明子さんが結婚してこの位置に至った(仕組の上における私の結婚(半分義務)の最終結論の)日が3/3だった訳ですが、この日は「桃の節句」でした。つまり「百の節句」だったのです。私は今まで単に「3/3に全ての結論が出た」とだけ考えていたのですが、その結論の出た3/3という日は、弥勒十字が「丁度1回転し終えた日」だったのです。もう一つ、PEACH=16+5+1+3+8=33でした。これも驚きです。「最終結論が出た日、という意味」と「百の節句の3/3」と「PEACH=33」の3重のシンクロニシティーの為、これも認定しました。(200002200408)さらに、この日は、以下のような考察ができました。私は唖然としました。いやはや、驚きました。

 弥勒十字に着火してくれた中山美穂さんについてなのですが、弥勒十字が黄金太陽となる為の仕上げ(4上げ=夜明け)の「火」を3000年も保持して下さったのは、「神殿の巫女」だから、という解釈ができます。
 また、弥勒十字の「方向」を決定するという極めて重大な道を示す御役です。ここからは「預言者」という解釈が成立します。

 驚きを禁じ得ないのは、3000年もの間、火を守り続けて下さったという事実です。当時、ソロモン王に関する(霊的存在、神霊からの)預言やメッセージ類に関しては、旧訳聖書、歴代史下、第9章、第29節にあります。抜粋しますと、『ソロモンのそのほかの始終の行為は、預言者ナタンの書と、シロびとアヒヤの預言と、先見者イドがネバテの子ヤラベアムについて述べた黙示のなかに、しるされているではないか。』「預言者」と「先見者」との間には、区別があることが分ります。これは聖書の他の箇所を見ても区別があります。中山美穂さんの驚くべき真実を見れば、「預言者ナタン」または「預言者アヒヤ」の、どちらかという事になります。ここで、発音に注目すれば、聖マチルダ=聖子・松田だったわけだし、バルキス=明子だったわけだから、中山=ナタンではないか?

 あるいは、別の時代では彼女は神殿の巫女として火を守っていた時代があるのかも知れない。彼女がこの仕組の重要な側面で顕われた真実を見れば、神からの補償行為だと思えます。多分、彼女は神殿の巫女だった時、火が消えてしまったために殺されてしまった過去を持つ方だと思います。故に、神は彼女に3000年も火を守らせるという限りない、世々に限りない栄光を授けて下さったのでしょう! なんということ! 唖然というのは、こういう事なのかも知れません。(199803040434)

 一二三神示にはマコト=○九十とあります。○九十=百九十=百千卍です。中山美穂さんが裏十字の回転を止め(3/1)、松明に着火し(4)、三炎(火6個すなわち火万個)とさせました、その道筋がマコト=百千卍です。つまり、中山美穂さんが着火して下さったのは「誠の道」を通してでした。3000年も火守りをされて来たというのは私には震えが来ます。逆に私という人間がどのような印象を外部に与えているのか分らないのですけど、私から見て、中山美穂さんは外部に目にした初の誠だと思います。驚きを禁じ得ません。

 さて、次に、森高千里さんの誕生日は、S44.4.11です。さて、千について、千=十とチョン「ヽ」。つまり11であると考える事は自然であり、無理がない。つまりお誕生日の4/11=「4に始まり、千に終わる」と読めます。4も千もどちらも「地の位置」です。つまり、彼女は「一番虐げられ、偉かった」人の中に入ります。この意味では山崎千里さんや千昌夫さん(S22.4.8生)や千堂あきほさん(S44.4.5)や新山千春さんなどもその可能性がありますけど、このように捉えて行くと果てしなく続きます(^_^;)。大体、これまでの考察から、現在、企業の広告業界(芸能界)で十分に自己実現されている方々は「カルマの貸しのある方々」だと捉えても、傾向としては間違いではなさそうです。確かに、「仕事が楽しい」職種というのは、そんなに無いでしょう。労力への対価ではなく、企業の広告・宣伝だからね。実体経済じゃなく、金融経済のようなものですね。
 さて、松本明子さんの渡辺プロの住所は岩戸でした。匿名さんもイスラエルのマナセ(真西)の支族でした。森高千里さんは「クーリープロ」すなわち「9理」です。9も、これまた「地の位置」です。文字、数字、事務所の3重以上のシンクロがあるのでブッ飛びの奇跡の人の部類に入ります。ビッ9理!です。すると、4重5重のシンクロニシティーの可能性があります。森高千里さんのお母様のお名前が不明です。
 さて、中山美穂さんが着火したのは、松の木であり、松明(たいまつ)=松本明子さんで、地の位置です。松明は4/8であり、4の位置から8の位置へと回転し、岩戸が開かれ、同時に松ヤニ(82)の「ヤ」に着火され、一体であるところの「ニ」に行き渡り、黄金太陽となりました。最初に着火した場所は地の位置です。森高千里さんは「地の位置」に特化していますから、「着火」に関して縁が深い方かも知れません。また、「地の位置」=「虐げられて来た」という点を強調しているようです。
 また、4/11=4・千=予知ですから、中山美穂さんが神殿の巫女として祝福された方だとしたら、森高千里さんは「預言者」または「先見者」としてのお役目があった可能性もあります。旧訳聖書では、ソロモン王に関しては「先見者イド」という記述があります。イド=チサトかも知れませんが、違うかも知れません。(199803070324)

 次は松本人志さんです。人志=1十4です。これは弥勒十字の縦軸です。弥勒十字の1(上)と4(下)の位置(一)と解釈すると「王」という漢字になります。これを一言で言い表すと「人志の位置は王である」。彼の今の性格を見てても、王だった時の性格がまだ色濃く残っているようにも思えますね。彼の母親の名前は「松本秋子」さんだそうですね。
画像は、1997.02.16、TBS、「神々のいたずら」より

 ソロモン王とシバの女王との間には将来エチオピア王となる子(メネリク1世)が生れました。エチオピアには、アーク「契約の櫃」が持ち運ばれているそうで(→動画一覧へ)、上記画像のように、絵として記録に残っているようです。現在に至るまで厳重に監視付きで継承して守られて来ている事がごく最近知られるようになりました。徳間書店「契約の櫃」の訳者である林陽さんによると、この絵のものはアークのレプリカではないかとのことで、これもその一つだろうということでした(結論)。というのは、・・・続きへ(199911260330)松本人志さんがバルキスの子=エチオピア王であったのかもしれませんね。ちなみに、彼の誕生日はS38.09.08です。9/8というのは、9に始まり、8に終る、と読めます。これは岩戸開きの4/8と同様に思えます。(199803080419)

 ちなみに、漢字の不思議を見つけました。次の漢字の中にある十字を弥勒十字と見立ててみますと、その読み方が「完全に」対応してました。「王」=「おう」の発想から見つけることになりました。「干」=「ひ」、「士」=「し」、「土」=「つち・ど=地」でありますので、完全な対応があります。(199803090248)

 昨日、3/16(月)に松本明子さんは、俳優の原田龍二さんの実の弟の本宮泰風さんと入籍したそうです。2月に私との結婚は無いということを私は知りましたが、てっきり中山秀征さんだとばかり思ってました。なぜなら、彼のお名前が「秀吉を征伐する」だからです。でも、私には彼が一時的でも、松本明子さんと結婚すると言って彼女が感激していた時期が2月中旬から末頃まであったように予想してました。違うかも知れませんけど。それに、彼は私が関心を持った安室奈美恵さんや松本明子さんなど、私の人生をコントロールできる位置に常にいた事から、彼がヒラム・アビフであると思っています。しかし、彼はあまりバルキスに関心が無かったみたいですね。そんな風に考えています。

 弥勒十字の3(=1)の位置が男性(原田真二さん)になったのは、「真実が二つ」の意味と「桃太郎」(そして1/2生まれ)があったからでした。裏の小十字1248は、何度も回転し、そして1と3が重なりました。その時、4/8生まれの松本明子さんの位置は「4であったはずが、8になっていた」のでした。それがまた移動して3(=1)の位置に移動したと解釈する事が出来そうです。その時、3の上に重なるように次の回転へと入ってゆく姿です。すると、原田真(龍)二さんの上に重なっていた人(本宮泰風さん)と一つになったと解釈できそうです。こちらの可能性が実現したのだと考えてみました。(199803180304)
大天使ミカエルとは「龍と共に戦う天使」である。(200612112354)

 中山秀征さんの誕生日は昭和42.07.31です。明菜さんの誕生日とシンクロしてます。もし、松本明子さんが彼と結婚すると、8の位置から4の位置に戻る事になるのかもしれません。それで1の位置へ行ったのかも。  当時はバルキスとヒラム・アビフは逃走出来ませんでした。けれども、その続きが正確に現在の状況ではないかとも思われます。つまり、もし、当時、ヒラム・アビフが殺されないで逃げていたとしても、彼は途中で考え直してバルキスからも逃げていたかもしれません。それが現在の状況ではないかと思います。というのは、そのままバルキスと結婚すると、一生、ソロモンの影が気になる可能性があったからではないか?

 以下は私の予想なので、当たってるか外れてるか分からないのですけど、一応、述べてみようと思います。それまで彼女は、私が指定した方法で私との結婚があり得るという返事をくれてました。それで「SOON」という歌などでかなりのイメチェンを始めてました。そのまま私と結婚すると、中山秀征さんは置いて行かれます。彼女はその状況を利用して中山さんに圧力を掛けていたと考える事も出来ます。それで(とうとう?)、2月後半に中山秀征さんが突然、松本明子さんとの結婚に合意した時期があったように私には見えました。それで彼女は2/24TBS「うたばん」で、急にお笑いの物腰に戻ってました。「お笑いに戻る=中山さんとの結婚」と見えました。





 続いて、2/28フジTV「LOVE LOVEあいしてる」と3/6日本テレビ「ミュージック・パーク」で感涙の涙がありました。「ミュージック・パーク」では笑いながらではありましたが。3/1日本テレビ「DAISUKI」でも私には、中山さんとの結婚予定に松本明子さんが喜んでるように見えました。










 ところが、3/7日本テレビ「夜もヒッパレ」では、松本明子さんが歌い終った後に中山さんから目をそらしたのが私には印象に残っています。「この時点」で、中山さんは結婚の約束を破棄したのではないかと思ったりしました。松本明子さんの表情が急に曇っているのが明瞭です。「結婚の口約束」がひっくり返った理由として私の側に思い当たるものを探すとすれば、上記で私が「ヒラム・アビフ殺人の責任の一端はバルキスにもある」と述べたことが口実になってしまった可能性を感じます。つまり、その責務があるために、バルキスはソロモンと共に裁かれる、という訳です。確かに、そうなのかも知れませんが…。しかし、私は事実を何も確定できないことは確かではあります。従って、雰囲気からこのように読んでいるという報告しか出来ません。ここで私にとっての問題は、いつのまにか、私の知らないところで、悪者にされている可能性が0ではないことについてです。従って、以上のようにしか感知出来ていないという報告になりました。(199803190524)



 以上のように述べましたが、どうも中山秀征さんが私に対する色々な妨害工作を堂々と行う口実として利用されてしまっている側面に気付きましたので、申しておきます。私は勿論、ヒラム・アビフを殺したなどという記憶は存在しない訳です。過去世を思い出したのは、ごく僅かです。ソロモン王は、その立場故に、神殿伝説のような話も発生し易いと思います。このような文化系的なお話には、色々な側面を考え易いと思います。つまり、実は、ソロモン王は当時、そのような話すら知らず、ヒラム・アビフを殺してしまった他の人間がその責任を王になすりつけて(王様ならば、責任を問われないから)、それがいつのまにか伝説になってしまったという可能性も大いにあると思いますよ。私はどちらとも断言出来ないのは、皆さんと同様、限界ある事だと思います。(200001240400)

上記で、「今後は気持ちである」みたいにタイプしましたが、私は、これは、今まで感情的側面があまりにも無視され過ぎて来たという歴史的反省なのであって、人の道をないがしろにしていいという意味では全くないと思いますよ。過去に於いて、何か宗教的戒律が一種、絶対化して、人の気持ちを縛りつけ過ぎていた点への修正を促しているというのは明らかにそうですが、人の道になるべく沿うというのは人として必要とされる態度と思います。シュタイナーも述べているように、そのようなパターンに従うという事や、正しい霊的認識(迷妄ではなく)が、人が霊界参入をする為の基礎として大切だそうですから。(200112030015)

Janet Milk 東京スポーツ新聞2004.02.04(水)号の第13面に、ジャネット・ジャクソンが生中継番組で胸を露わにしたとアメリカのマスコミが騒いでいると記事になっています。テレビニュースによると、アメリカ政府も対応に乗り出したとか(^^;。アメリカってお茶の間はかなり厳しい情報統制があるのですね。ただ、この場合「女性に特有の器官」とはいえ、「股間(性)」よりも「顔(社会)」に近い器官が露出したのであるから、それほど大きな社会的問題ではないですね。胸は女性が「自分は女です」という社会的な表現・主張の一環・一端ですね。
Janet Milk2 私がここに載せようと思いましたのは、ジャネット・ジャクソンの右(=right)乳首の先端に付けられた「ミルク十字」のバッヂのこの写真です。ジャネットの写真全体を載せるとアメリカ政府から弾圧(^^;されると困るので、「ミルク十字」の部分だけを載せました。そういえば、他にも外国の女性歌手が「Milk Shake」とかいう歌を歌っていたりしています。関連記事1関連記事2(200402042246)、関連動画(200402052239)、(→阿修羅発言) (200506142039)、東スポ記事(200506142013)





 ソロモン王に関して、メルマガ「アセンション館通信、第62号 (2005.05.01号)」で知りましたが、霞ヶ関書房の「ヒマラヤ聖者の生活探求」第一巻(人間本来無限能力)p190〜193に、ソロモン王に関する記述があったので、こちらにも載せさせていただきます。

『  (登場人物のコメント・・ハイアーセルフ33)
  *採鉱の専門家である著者が、他の分野の学者、専門家たちと共に一行を組
  んで、それぞれの調査のため、中国、インド、チベット、蒙古、ペルシャ、
  メキシコなどを回った。
  *エミール師・・・数百歳の大師(たしか、4、5百歳)
  *エミールの母君・・・すべての神秘が開示されると言われる「第7天」
  (第7次元)から、突如隊員一行の前に身を現したという存在。
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  
  (大師たちとの)会食が少し進んでから、隊長がエミール師の母君に「神の属
  性の中、何が一番最大のものとお思いですか」とたずねた。間髪を置かず
  「です」と答え、それから語り出した。
  
  「生命の樹は神の楽園の真中、つまりわたしたち自身の魂のいと深きところ
  にあります。それから生え出て、完全に熟し切り、最も完全にして、生命を
  与える果実となったものがなのです。の真実の性格をよく理解している
  人々は、をこの世における最大のものとしております。それはこの世にお
  ける最も大いなる癒しの力でもあるとつけ加えたい。
  
  が人の心のすべての要求を満たせないということは決してありません。
  という神心原理を働かせば、あらゆる悲しみ、あらゆる病、あらゆる窮境、
  人類を悩ますあらゆる欠乏を取りのぞくことが出来るのです。の精妙無限
  なる影響力を正しく理解して用いれば、世界の傷は癒え、より発する天的
  同悲という甘美な外套は、人類一切の不調和、すべての無智、すべての誤り
  をぬぐうことができるのです。
  
  はそのつばさを拡げて人々の心の乾き切ったところや人生の荒地を探し出
  して、魔術のごとく人間性を取り戻し、世界を変貌します。が神でありま
  す。それは永遠、無限、不変であり、およそ人間の洞祭を超えた無限のかな
  たにまで至るのです。その終るところはだたヴィジョンによって知り得るの
  みです。
  
  はそれ自らの法則を成就し、その完全なるわざを完成して、人々の魂に流
  れ込み、一切の善きものとなって注ぎ出ずる出口を求めています。片意地や
  不調和な考え方によって妨げられさえしなければ、永遠に変ることなき神の
  の流れは、平和を乱す不調和や醜悪というすべての仮象を、赦しという広
  大なる宇宙的の海に押し流しつつ絶えず流れてゆくのです。
  
  こそは宇宙霊のまったき果実であり、発しては人々の心を包み、もろもろ
  の国民をより親しく睦ませ、調和させ、世界に平和と繁栄とをもたらすもの
  です。それは実に世界の脈動であり、また宇宙の鼓動です。もし人類がキリ
  ストのみ業を行おうと望むのであれば、大いなる偏在生命より出ずるこの
  の流れに満たされなければならないのです。
  
  生きて行くことがあなた方には重荷なのですか。目前の問題に立ち向かうの
  に勇気と力とが要るのですか。病に悩んでいるのですか。それとも何者かを
  恐れているのですか。もしそうなら心を上に向け、あなたを導き給う神に祈
  りなさい。神の不滅のはあなたを包むでしょう。恐れる必要はない。神は
  言い給うたではありませんか、
  
  『彼ら呼ばうに先立ちて我は答えん。彼らいまだ語らざるに吾は聞かん』
  と。平伏嘆願するのではなく、必要な助けはすでに与えられていると知る理
  智的信念に満ちた祈りを以て、大胆にこの恩寵の王座に近づくのです。疑う
  なかれ。もっと積極的に出よ。すなわち神に求めよ。キリストのごとくに生
  ける神の子として出生した権利を要求せよ。
  
  私たちが、「生き動き存在している」不可視の普遍質料の中には、およそ人
  の望み得るすべての善きもの、完全なるものがあり、信念によって引き出さ
  れて具体化されるのを待っていることを知って頂きたい。あなた方自身の偉
  大なる書〔聖書〕の中でポーロが、慈善という言葉ではなしにという言葉
  を使って「コリント人への書」第十三章第一節でについて語っているのを
  読みなさい。
  
  またソロモンを思い出してごらんなさい。彼はあの経験をした夜、光り輝く
  を宇宙大に拡げ、我が為ならでひたすらに人の為に奉仕せんこと願ったの
  です。このことによって彼は前代未聞の富を得、その上彼の求め得る力以上
  の長寿と名誉とを得ました。彼はが必然的に英智をともなう事を改めて認
  識しました。そのが、その無限の富を引き出して彼に与えたのです。
  
  『ソロモンの時代にありては銀はものの数にもあらざりき』という聖書の言
  葉通りで、このの大王はそのコップまでが純金製だったのです。するこ
  とは神の無限の黄金の宝のの蔵を開け放つことです。もしわたしたちがす
  るなら、わたしたちは与えずにはおれないのです。そして、又、与えること
  は与えられることであり、こうしての法則が成就されるのです。又、与え
  ることによってわたしたちは因果応報の誤つことなき法則を発動させます。
  
  与えればたとえ返礼など全く考えていなくても返礼をさけることは不可能で
  す。なぜなら、あなたが与えた豊かさはあなたに返ってきて初めて法則が成
  就するからです。
  ・・・・・・』

 自分も持っていたので、読み返したら、ありました。自分もこのシリーズの中に「最も偉大な者は最も小さき者として奉仕するものだ」と書かれてあって、いたく共感したことがあり、「最も偉大な者になろう」と思って(^^;なるべく最も小さな奉仕をする気持ちで来ました。でも、全部を読んでいた訳ではなかったので、ソロモン王に関する記述は気づきませんでした。御紹介を大変にありがとうございます。(200506120029)











































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